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2011年11月

京都某IT会社事件の判決文

先月末に、塩見卓也弁護士が、ついった上で

http://twitter.com/#!/roubenshiomi/status/130875404641763328

>本日、過労死ライン以上働かされ耐えられずに退職を申し出たところ、会社から損害賠償請求すると言われ、退職したら本当に2000万円を請求する訴訟を起こされた件の判決がありました。会社の請求は全部棄却。こちらの反訴請求は、未払残業代と付加金を併せて1100万円以上が認容されました。

とつぶやいていた事件の判決文が、さっそく最高裁のHPにアップされました。

それだけの値打ちのある判決だと思われたわけですね。

これです。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111129185940.pdf

会社側が、この労働者に「2000万円払え!」と訴えた甲事件については、

>本件においては,被告BあるいはCチームの従業員のミスもあり,C社からの不良改善要求に応えることができず,受注が減ったという経過は前記認定のとおりであるが,被告Bにおいてそれについて故意又は重過失があったとは証拠上認められないこと,原告が損害であると主張する売上減少,ノルマ未達などは,ある程度予想できるところであり,報償責任・危険責任の観点から本来的に使用者が負担すべきリスクであると考えられること,原告の主張する損害額は2000万円を超えるものであり,被告Bの受領してきた賃金額に比しあまりにも高額であり,労働者が負担すべきものとは考えがたいことなどからすると,原告が主張するような損害は,結局は取引関係にある企業同士で通常に有り得るトラブルなのであって,それを労働者個人に負担させることは相当ではなく,原告の損害賠償請求は認められないというべきである

そらまあ、常識で言うたらそうでしょう。こういうブラックな会社がまかり通ったらあきまへん。

一方、労働者側の反撃で、専門型裁量労働制の適用を争ったところについては、「情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務」には、

>プログラミングについては,その性質上,裁量性の高い業務ではないので,専門業務型裁量労働制の対象業務に含まれないと解される。

と判断しています。

これは、かなり大きな影響を与えるところなので、詳しく見ていきましょう。裁判所のロジックによると、

>本来プログラムの分析又は設計業務について裁量労働制が許容されるのは,システム設計というものが,システム全体を設計する技術者にとって,どこから手をつけ,どのように進行させるのかにつき裁量性が認められるからであると解される。しかるに,C社は,下請である原告に対しシステム設計の一部しか発注していないのであり,しかもその業務につきかなりタイトな納期を設定していたことからすると,下請にて業務に従事する者にとっては,裁量労働制が適用されるべき業務遂行の裁量性はかなりなくなっていたということができる。また,原告において,被告Bに対し専門業務型裁量労働制に含まれないプログラミング業務につき未達が生じるほどのノルマを課していたことは,原告がそれを損害として請求していることからも明らかである。さらに,原告は,前記認定のとおり,F部長からC社の業務の掘り起こしをするように指示を受けて,C社を訪問し,もっと発注してほしいという依頼をしており,営業活動にも従事していたということができる(原告は,原告とC社との間で毎月1000時間相当の発注をすることの合意ができていた旨主張するが,目安という程度のものであったことは前記認定のとおりであり,営業活動を不要とするようなものではなかったといえる。)。
以上からすると,被告Bが行っていた業務は,労働基準法38条の3,同法施行規則24条の2の2第2項2号にいう「情報処理システムの分析又は設計の業務」であったということはできず,専門業務型裁量労働制の要件を満たしていると認めることはできない。

このロジックからすると、受託開発型、労働集約型、多重下請構造、顧客従属型で特徴づけられる日本の情報サービス産業で働く労働者の大部分には、専門業務型裁量労働制は適用できないことになりませんかね。

それとも、本件では、専門業務型裁量制といいながら、達成できないほどのノルマを課していたというのが効いているのかな。でも、そういうのもこの業界には結構ありそう。

けっこうインパクトの大きい判決ではないかと思われます。甲事件の方の会社の要求があまりにもトンデモなのですが、この乙事件の方は、上まであげて判断をしてもらう必要があるように思われます。

わたくしからすると、裁量労働制であっても野放図な長時間労働は許されず、自ずから制約があるという話に進んで欲しいのですが、現状ではこういう方向で歯止めをかけるしかないのでしょうか。

(追記)

ちなみに、この会社のHPを覗いてみたら、

http://www.addev.co.jp/aboutus/

「事業内容」として、

>コンピュータ技術者の出向による開発業務 (業務請負)

いやぁ、出向しちゃったら請負にならないでしょう。

仮に派遣という意味だったとしても、(商法上の労務請負ではあっても)やっぱり業務請負にはならないでしょう。

てか、そういう法律用語を書いてるわけではないんでしょうけど。

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若者賃金引下げ論@スウェーデン

ダブリン財団のEIROに、スウェーデンで若者賃金を引き下げろという意見が高まっているという記事が載っています。

http://www.eurofound.europa.eu/eiro/2011/10/articles/se1110029i.htm(Proposed youth salary sparks debate)

>In response to the high youth unemployment rate in Sweden compared with the EU average, the Swedish Liberal Party has rallied behind the Swedish Centre Party in its ambition to cut pay for young people aged 15–24 to increase their competitiveness in the labour market. This has sparked intense debate among social partners as they not only disagree over the issue of pay differentiation and wage flexibility, but also want to protect the labour market from political interference.

始めに言っておくと、スウェーデンには最低賃金はなく、賃金水準は労働協約で決まるので、これは(他の諸国によくある)若者向け最低賃金の導入論ではありません。

その労働協約の賃金がフラット過ぎて、未経験な若者の雇用を阻害しているから、入口近くではもっと年功的にして、若者を雇いやすくしろ、という話ですね。

実は、建設業やローカルレベルの金属産業では、そういう趣旨で「lower entry wages for young and inexperienced workers」(若者や未経験労働者向けの低い初任給)を設定しているようですが、LOやIFMETALは、「targeting the wage levels of a specific age group may result in decreased wage levels for all」(特定年齢の低賃金を認めるとすべての低賃金をもたらす)として反対しているということです。

まあ、あるべきスウェーデンモデルからすると、賃金は年齢に関係なくフラット、未経験の若者は公的職業訓練で始めから熟練、ということになるべきなのでしょうが、現実はそうでもないので、そのしわ寄せが若者に行くということのようです。

若者の雇用問題といっても、その問題の発生する根っこまで遡ると、まことにさまざまであるというお話し。

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数Ⅰぐらいのことができれば、後は訓練の中で、判るように指導して行きますよ

田中萬年さんが、「「職業訓練の有意性」とは何か」というエントリで、かって職業訓練短大の指導員を経験していた人のこういう発言を紹介されています。

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20111129/1322530487(「職業訓練の有意性」とは何か)

>最近の高校生は理数系が嫌いな人が多いが、そのような人でも「ものづくり」は好きなの人がいるようである。そのような人は理数系が苦手だからものづくりには自分は向かない、と思っている人が多いようだ。しかし、ものづくりが好きなら、数Ⅰぐらいのことができれば、後は訓練の中で、判るように指導して行きますよ、と言って自信を持たせ、入学して貰っている

これについて、田中さんは

>私は、職業訓練の有意性はここにあると感じた。職業訓練を受ける中で、学力も付くのである。けっしてものづくりだけに終わらない。職業を学ぶ中で成長するのである。正に労働陶冶論を証明するような実践ではないでしょうか

と述べておられて、基本的には大変同感なのですが、しかし、逆に職業訓練受講生のレベルの高さに発想が引っ張られてしまっているのではないか、という気もしました。

>数Ⅰぐらいのことができれば、後は訓練の中で、判るように指導して行きますよ

いや、「数Ⅰぐらいのことができれば御の字の二乗三乗です」、といいたくなる学校教育法第1条に基づく大学の先生方も結構いるのではないかと。

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見習うべきスマートさ

先日ここでも取り上げたマシナリさんのエントリに対し、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-a47f.html(被災された方の尊厳のためにも仕事が必要)

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-485.html生活再建と心のケア

「東日本大震災の被災地で奮闘する地方公務員の目に、一部ケーザイ学者の浅薄な発言がどう映ったか」という「本質的には詰まらぬことども」にのみ脊髄反射的に反応した方が約1名おられたようで、その旨の注記が、冒頭の「お詫び」と「私の所業をさらすため」の「該当部分は見え消し修正」という形で記述されています。

>(お詫び)
本エントリで取り上げた経済学の先生から「完全に理解し損ねている」「まったく誤解釈して「俺様」解釈をその批判した人は全開。バカか」「なめるなと」と大変お怒りのTwitterが発せられたようです。ご高説を完全に理解し損ねた上に、非専門家として俺様解釈も示していないとのご指摘につきましては、私の本意ではございませんでしたが、専門家である先生にご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げるとともに、私の所業をさらすため該当部分は見え消し修正しました。その他の皆様におかれましても、この点にご留意の上ご高覧いただくようお願いいたします。

これに対し、おなじ地方公務員であるマンマークさんが、

http://manmark.blog34.fc2.com/blog-entry-561.html(見習うべきスマートさ。)

>記事で取り上げた大学の先生からクレームが来た…んじゃなく、勝手にツイッターで文句を垂れ流されたんですね。

これは、相手が相手だけに何ともナントモな感じです。
 そしてこの苦情を受けてマシナリさんは、御自分の「所業をさらすために該当部分を見え消し修正」されています。

ん~、見え消し修正ねぇ。

マシナリさんは、前にも何処かの変な人の苦情を受けたときも上手に受け流していらっしゃいましたが、今回も対応がスマートです。

と、そのスマートな対応ぶりを褒めておられます。

まさしく。

見え消しというのは、クレーマーの云ってることが正しいのかそうでないのか、読者がじっくり考える上でまことに役に立ちますから。

しかし、こういうことで、上記エントリの「本質的には詰まらぬことども」ばかりに注目が集まるのもいかがなものかと思いますが。

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どらコーボク@『ビッグコミック』

Cover というわけで、世にブラック企業のタネは尽きないわけですが、こういう時期ゆえか、漫画誌でも労働基準監督官が活躍しているようです。

http://big-3.jp/bigcomic/

『ビッグコミック』12月10日号に連載開始の「どらコーボク」は、新任労働基準監督官の貴島徹が主人公、先輩の佐倉太一郎に連れられて・・・、という、典型的なモダン・ビルドゥングス・ロマン系マンガです。冒頭の数ページが小学館のHPに「ためし読み」として載っていますので、そのはじめの方をいくつか。

1

2

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4

この続きは、雑誌の方でどうぞ。

IT王子ことソフトボイルドの社長なんてのが出てきたりします。

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さすがリベサヨ

というわけで、かつて河村名古屋市長を熱狂的に応援し、その後批判する側にまわった後房雄氏が、今度は橋下新大阪市長を持ち上げています。

http://blog.canpan.info/jacevo-board/archive/299(橋下氏、完勝)

>河村名古屋市長を典型に、多くの改革派首長たちが、当該自治体を良くすることよりも、全国的な注目を集めて国政に行くことを主目的に騒いできたことと比較すると、大阪の再生に集中する姿勢を強調していることはいいセンスをしていると思います。

その姿勢がかなり信憑性があるというのが大阪の有権者の評価だったと思います。

同時に、民主党、自民党の二大政党ともに深刻な不信任を突きつけられたということでもあります。

これが日本政治に良い意味での突破口をあけることになることを期待します

さすが、リベサヨの極北ともいうべき見事な言葉。

ちなみに、後氏の過去の言動は以下の通り。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-54bc.html(政治とは悪さ加減の選択)

>北の山口二郎さんといえば、名古屋の後房雄さんですが、河村市長を応援してしまった経験がどこまで身に沁みておられるのかなぁ、と思わせられるブログ記事が。

http://blog.canpan.info/jacevo-board/archive/230

後さんは、

>2009年4月29日の名古屋市長選挙の夜は、河村事務所の3階でテレビを見ていたものですが、それからの経過を考えるとなかなか感慨深いものがあります。

と、まさにカイカク派の応援団であったのですが、

>あらためて考えてみると、河村氏との政治イメージの違いが最大の要因だったように思います。選挙で票を集め、勝って市長になることだけをイメージしている河村氏(だからこそ今だに総理を目指すなどと叫んでいるわけですが)に対して、私としては市長になるということは市政全体に責任を持つことだと考えていたわけです。

>ともあれ、選挙のことだけ考えている人ですから、選挙では勝つわけですが、そのあとやりたいことは減税と議員報酬半減だけで、行財政改革も各分野の問題解決もめんどくさいことはやりたくないわけですから、今後も議会相手に広い意味での選挙運動のようなことばかりやり続けるのでしょう。大阪など応援にいく所もあるし。

市長という仕事をやる気がないということが市民の多数に理解されるまでは、もう少し時間がかかるでしょうが、事実ですからいずれは理解されるでしょう。

と、それがリフォーム詐欺の片棒担ぎであったという風に認識されるようにはなったようなのですが、

そして、コメント欄である方がその趣旨を明示しておられますが、

>「河村台風」を退治するとも書かれていますが、この「台風」を発生させた立役者は、事実かどうかは知らないけれど、後さんご自身だという話も聞いています。その通りであれば、「河村台風」というモンスターを世に送り出したはいいけど制御できなくなって逃げ出し、離れた所から他人事のように批判しているようにも見えます。

正直、過去の罪責を云々するよりも、これからのことに対する姿勢の方が大事でしょう。その意味で、こちらの記事は身体から力が抜ける思いがします。

http://blog.canpan.info/jacevo-board/archive/232

>毎日新聞によれば、注目の4月東京都知事選挙にワタミ会長の渡辺美樹氏が「みんなの党」から立候補しそうです。もし実現すれば大ホームランです。自治体経営のモデルが見られるかもしれません。

小説『青年社長』や渡辺氏の著書をこのブログでも紹介してきましたが、都知事候補としては文句ありません。ちゃんと仕事をしてくれるでしょう。なって騒ぎたいだけのどこかの市長とは違います。

どうして「違います」と思えてしまえるのかが不思議なのですが、魔法使いの弟子は永遠に魔法使いの弟子なのかも知れません。

魔法使いの弟子症候群は、永遠に直らないのかも知れません。

あるいは、

かつて持ち上げ、その後放り出したこの人に対するこの言葉を、いま持ち上げている人に適用してみたらどうなんだろう、とか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-fddd.html(就労支援のいま@『都市問題』3月号)

>とりわけ、後房雄さんの「政権交代以後の混迷する2大政党と首長の反乱――2・6「名古屋・愛知の乱」は何をもたらすか」は、かつて河村市長の応援団だった後氏の筆になるだけに、何とも言いがたい後味を残します。

>首長の反乱が、旧体制の破壊によって建設への道を開くという肯定的な役割を果たすことになるのか、それとも建設の条件をも破壊してしまうところまで暴走するのかは、市民やマスコミ以上に、やはり2大政党の、再建に向けた存亡を賭けた努力が始まるかどうかにかかっている。

「市民やマスコミ以上に」破壊者を建設者として褒め称え祭り上げた政治学者や政治評論家には、存亡を賭けた努力というのは要らないんでしょうか?と、思わず皮肉が漏れてしまいます。いや、魔法使いの弟子を責めてどうなるものでもないのですが。

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めざせ社労士「ひろ」さんの拙著評

「ひろ」さんの「めざせ社労士!勉強時間数え歌 予備知識ゼロから2012年度社労士試験合格をめざすblog」で、拙著『日本の雇用と労働法』がかなり詳しく取り上げられました。

http://blog.livedoor.jp/osatsu16/archives/cat_66237.html

>ところで「労働法」の専門書というのは、結構分厚いものが多くて、判例だとか法解釈だとか、そういうものがてんこ盛りで、ざっと一読したくらいでは、たいして理解が進んでなかったりします。
で、なんとか理解しようと、別の専門書に手を出そうものなら、場合によっては、さらに頭の中がぐっちゃぐちゃになるという負のループに陥ることになります。

>一方、今回ご紹介する本は、新書ですので専門書のような重厚さはなく、手軽に労働法というものの全体像を理解することのできる、文字どおり入門書といえます。

もちろん、専門書ではなく新書なので、これ一冊ですべてが理解できるというわけではないのでしょうけども。


いやあ、「これ一冊ですべてが理解できるというわけではない」どころか、これだけでは全て理解できない恐れもありますが・・・。

はっきり言って、労働法の勉強に使おうというのは、かなりの程度無謀です。むしろ、労働法の勉強の前提となる労働一般の知識にこそ役立つかと。

いや、「ひろ」さんはそんなことは先刻ご承知で、

>この本では、全体を貫くように「日本型雇用システム」というものが登場します。

と述べた後、日本型雇用システムに対する考察を展開されています。

そして、その最後に、

>ま、これまで日本型雇用システムについて、やや批判的に述べてきましたけど、まあでも、日本の高度経済成長というのはこのシステムがあってから実現したともいえるので、日本型雇用システムは「諸悪の根源」とかではなく、現代社会にそぐわない。あるいは、すでにその役割を終えたものであるというのが、私なりの現時点での結論ですかね

と結論づけています。

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韓国で刑事がストライキ?

産経に載った共同通信の記事です

http://sankei.jp.msn.com/world/news/111127/kor11112715180000-n1.htm(刑事が捜査をストライキ 韓国で検察指揮強化に反発)

えっ?刑事がストライキ??

韓国も、警察官に争議権はないはずですが・・・。

正確には、集団的労使関係法上のストライキではないようです。

>検察が警察の捜査を「指揮する」と法で定める韓国で、政府が検察の権限を一層強化し警察の独自性を制約しようとしているとして、警察の刑事部門の捜査官らが集団で抗議、手錠を返上し捜査を行わないと宣言する動きが広がっている。

 警察はこれまで、逮捕など強制捜査以前の内偵だけは慣行として検察との連絡なしに行ってきた。だが23日、政府が人権保護と捜査の効率化を目的に内偵内容の検察への報告義務を骨子とした制度改正を提示した。

 警察側は既得権を奪われると反発。警察庁幹部は「絶対受け入れられない」と公言し、現場の刑事の間で短文投稿サイト「ツイッター」などを通じた「手錠返上運動」が急速に拡大、刑事百数十人が抗議集会で気勢を上げた。「検察官の不正を捜査する権限を警察に認めるなら、制度改正を受け入れる」と政府と検察をけん制する声も出ている。

検察と警察の対立構図のようですね。しかし、韓国は激しいなあ。労働運動も激しいけど、警察官まで激しい。

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「りふれは」はシバキ派

http://twitter.com/#!/YoichiTakahashi/status/140750100900220928(高橋洋一(嘉悦大))

>大阪は橋下圧勝か?大阪の人はまともだなあ

それがまともであるという価値判断が現に世の中に存在し、かつ相当多くの人々に支持されているという事実認識は、当該価値判断を共有しない人々と雖もきちんと持つべきでしょう。

ただ、そういう典型的シバキ派の同類に、あたかも「りふれは」を批判する方がシバキ派であるかのごとき中傷をされる謂われだけはないというべきでしょう。

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大阪市と生活保護

そもそも、急増する生活保護受給者に対して、厚生労働省で生活保護制度に関する国と地方の協議を進めさせ、制度が動き出そうというところまで持ってきたのは、平松(前)大阪市長をはじめとする政令市長会であったわけですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-0bb2.html(求職支援拒否なら保護費打ち切り)

大阪市民の皆さまは、それでは生ぬるい、と判断されたようです。

これから大阪市でどのようなことが起こっていくのか、わたくしには何とも判断しかねるところがありますが、少なくとも、現に大阪市が直面する最大の課題が、急増する生活保護費であることは明らかなのですし、このような発言もされてきているところからすると、

http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/111105/waf11110518000022-n1.htm(生活保護問題「大阪都の政治パワーが必要」と橋下氏)

>橋下氏が「国に(制度改正を)申し入れていくには、大阪市には無理。市や府ではなく、大阪都の政治パワーが必要」と主張したのに対し、平松氏は「今、国と地方の協議の場もできている。協議は予定よりも遅れている部分もあるが、今までの自治体の中でこうした動きをしているのは私が初めてだと思う」と反論した。

 橋下氏は「生活保護費は国が全て負担すべきだと思う一方、(受給の)認定を自治体がやる以上、自治体が負担しなくてはならないところもあるとも思う。絶対に働けない人には100%保障だが、働ける人には支給を減額するかどうか中身を詰めなくてはならない。そうしたことは、就労との兼ね合いでやらなくてはならない」と述べた。

 平松氏は、国への働きかけについて橋下氏が「大阪市では無理」と断じたことに対し「(すでに)させてもらっている。全国の政令市とともに取り組みを進めている」と反論。「生活保護の前提は弱い人は絶対助けるということ。そうした制度が不正受給の対象になったりしている。中には不適当な事務もあるかもしれない」と問題点を指摘し、「そうした情報も公開していかなくてはならないと考えている」と語った。

http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/topics/news/20111123-OHO1T00080.htm(橋下氏&平松氏が公開ラジオ討論で“場外乱闘”…大阪市長選)

>スタジオに招かれた市民45人を前にした公開討論。巧みな挑発で、場外戦のゴングを鳴らしたのは橋下氏だった。「(自身が)市長になれば、生活保護の不正受給に厳しく対処する。今の大阪市はゆるすぎる」と、平松市政を痛烈に批判した。

 放送中こそ「ここは政策を討論する場」と感情を抑えて冷静に振る舞った平松氏だったが、終了後に怒りが爆発。「ゆるすぎる? 事実無根だ。我々が生活保護に関しプロジェクトチームを作り、どれだけやっているか」と吐き捨てると、「もう話さない」と続いて予定されていた23日放送分の収録をキャンセルしそうになった。

現行法に基づき対応しつつ、国に制度改正を求めていくといういままでの路線の範囲内で収まるかどうか、正直判断しかねるところがあります。

施行されたばかりの求職者支援法にも、どういう影響が及んでいくことになるか、という問題もありましょう。

いろんな意味で、大阪市における生活保護問題には注目していく必要がありそうです。

(参考)

大阪市HPより、生活保護の適用状況

http://www.city.osaka.lg.jp/kenkofukushi/page/0000086901.html

230705

23111102

大阪都なんていうどうせできもしない話は国との喧嘩のタネにするだけで、現実の「実績」は、こちらで「働ける人間がもらっているのは許せない!」と、ばさりとやることになる可能性が高いように思われます。

おそらく、生活保護基準以下で必死に生活している膨大な数の大阪市民たちが、痛快な「怠け者退治」劇に、怒濤の如き拍手喝采するというシナリオが目に浮かびます。

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ユニクロの労働者が大学に通っているということでしょう

例のユニクロの話について、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-ca85.html(それは高卒採用とどう違う?)

楠正憲さんがこういう疑問を書かれています

http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20111121/ne#seemore(青田買いの何が悪い?)

>これってどう読めばいいんだろう?大学1年生の時点で採用を決めるって内定を出すって意味?在学中の数年間もアルバイトしてもらい、卒業と同時に店長、うーん、うーん。在学中のアルバイト期間を職務経歴として評価し、飛び級で店長にするという点がポイントなのかな?内定というのは法律上は始期付解約権留保付労働契約といって、卒業後に雇いますよ(始期付)ひょっとして雇わないかも知れないけど(解約権留保付)ってことらしい。これを最大4年間も引き延ばすというのは労働法上どうなのか是非とも専門家の意見を聞いてみたいとこだけれど、記事中では内定ではなく採用といってるんで、単に息の長い始期付労働契約(解約権留保無)なのかも知れない。現実には経済状況なんて変わるんだし、成長している企業ほど業容拡大のペースが鈍ったところで採用は大きく影響を受けるだろうから、中長期で考えた場合に解約権留保の有無にどれほど現実的な意味があるのかは分からない。

ですから、「アルバイト」は、もともとドイツ語で「労働」という意味だったことを抜きにしても、労務提供と報酬支払いの双務契約という意味でれっきとした労働者であり、労務提供も報酬支払いもない「内定」とは全然違います。要するに、ユニクロに採用された労働者が、引き続き大学に「も」通っているということでしょう。労働法的にいえば。

あえて労働法上の概念に惹き付けていえば、大学卒業を管理職登用への条件とする一種の試用期間ないし、使用期間的意味合いを持った有期労働契約ということになるのかも知れませんが、少なくとも、労務提供も報酬支払いもない「内定」に対して用いられる「青田刈り」という言葉で表現されるべき事態とは明らかにことなるように思われます。

なぜユニクロに対して「青田刈り」という言葉がすぐに飛び出してくるのかというと、物事を労働側から考えるのではなく、教育側から考えるという、抜きがたいバイアスがあるからでしょう。

教育側から考えれば、大学4年生までは労働などという世界にけがされることなく、学問の世界で純粋培養されるのがあるべき姿で、それが、ただでさえ大学3年まで侵入されているのに、それが大学1年にまで侵略されるとは許し難い!ということになるのでしょう。

しかし、労働の世界から見れば、何歳で就職し、かつその間どこで何を勉強するかしないかなどは自由であって、ユニクロの労働者が就職後3年間大学で自分に役立つ勉強「も」しているという状態を純粋でないからケシカランなどと貶す権利は誰にもありません。

こういう発想が瀰漫するのも、定時制とか、通信制とか、勤労青少年のための学習機会を確保するための機関が、社会の主流の人々の意識から抜け落ち、どんどん潰されているということを無関係ではないかも知れません。

その意味で、楠さんの

>企業が何としても優秀な人材を学部在籍中に囲い込みたいのであれば、誓約書のような姑息な手段ではなく、学部の間に入社させてしまって学費を奨学金として貸与しても良い。奨学金を出すかはさておき何年間も中途半端な立場でアルバイトさせるよりは、入社そのものを前倒しする方が学生にとっては望ましい。恐らく労働時間の関係やら福利厚生のコストが馬鹿にならないので学生の間はアルバイトとして雇いたいのだろうが、この辺は我が国の社会保障制度の歪みに起因するところであって、新卒一括採用の問題とは別に中長期的にフェアな制度へと組み立て直す必要があるのだろう。

という意見には、基本的に賛成です。

このあたり、OECDの『世界の若者と雇用』での議論を踏まえて、わたくしが最近、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo111025.html(学習と労働の組み合わせ)

で書いたこととも絡みますし、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_cfc4.html(事実上のデュアルシステムとしてのアルバイト)

で引用した諏訪康雄先生の言葉ともつながるでしょう。

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切込隊長と並ぶ

常見陽平さんが、「就活の栞」で、

>就活生はまず見ない、使えるサイトはこれだ!

と紹介しているサイトの中に、本ブログが取り上げられています。

http://www.s-shiori.com/con3/archives/2011/11/post-120.html

>別に就活対策ではなく、今後の人生を楽しく生きるためにも、信頼できる、他の人が読まない情報源に接しておくとよいでしょう。

>では、どんなサイトを読めばいいのでしょう?
ヒントとして、客観的な企業情報が手に入るサイト、信頼すべきプロが書いているサイトが参考になることでしょう。

として、ファイナンス系、新聞社系、ネットニュース系、人事担当者向けサイト、と、なるほどというサイトを紹介していった最後に、「参考になるブログ」として、たった二つのブログが紹介されています。

その二つとは、

>やまもといちろうブログ別窓で開きます

数ヶ月前まで「切込隊長ブログ」という名前でした。
世の中で起きている問題について、かなり深く、独自の視点で分析しています。
たまに毒舌ですけど、言っていることは真っ当です。


hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)別窓で開きます

雇用のカリスマ濱口桂一郎先生のブログです。
雇用・労働関係の旬なトピックスについてプロ視点で、わかりやすく説明しています。
他の意見に対する反論も、いちいち書き方が気持ち良いです。

というわけで、なんと切込隊長と並ぶブログになったようです。

権丈先生にいわせれば、わたくしも切込隊長だそうですが・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-e3f6.html(権丈先生(夫)の政治学者・政治部記者観)

>>>最後に、僕の政治学者観・・・昨日の濱ちゃんさんの切り込みは最高でした(笑)。

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被災された方の尊厳のためにも仕事が必要

東日本大震災の被災地で奮闘する地方公務員の目に、一部ケーザイ学者の浅薄な発言がどう映ったか、という観点でも興味深いエントリですが、そういう本質的には詰まらぬことどもよりも、やはり、永松さん@CFWの標題の言葉の重みがずっしりとくるエントリです。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-485.html生活再建と心のケア

>・・・まあこの点はとりあえず認識の相違ということで済ませておきますが、上記で指摘した「番組全体を通して被災された方々の境遇や心情についての配慮があまり感じられなかった」というのは、タイトルの一部でも「失業手当の延長打ち切りへ。」とされているように、雇用保険の給付日数延長が被災地の雇用問題だと強調されていたことについて違和感を感じたからです。

>雇用保険の給付日数の延長によって、パチンコ屋ばかりが混んでいるとか仕事があるのにえり好みしているから求人が埋まらないとか、「識者」と呼ばれる方々からもさまざまな指摘がされているところですが、これまで当たり前に生活していた環境を奪われてその再建から始めなければならない方にとって、雇用保険の給付が受けられる間はまだ見つからない家族を探したり、損壊した自宅や職場の修繕に当たったり、福祉施設が再開するまで家族の面倒を見なければならなかったりと、仕事をする前に「やるべきこと」が山積みの状態です。「やるべきこと」の合間に都合よくパートの仕事があったとしても、パートの賃金では生活できなかったりするわけで、おいそれと手を出すわけにはいきません。中には、そうした膨大な「やるべきこと」を目の前にして途方に暮れてしまったり、逆にこれまで精力的に「やるべきこと」を片付けてきた方がふとその先を考えてふさぎ込んでしまったりという場合もあります。

>たとえ短期で以前やったことのない仕事であっても求人があるんだから仕事すればいいというような言い方をされたところで、被災された方々のそうした状況からすれば「いわれなくてもわかってる」話です。仕事をする前に「やるべきこと」が目の前に山積み状態で仕事ができない方、「やるべきこと」があっても震災によって大事な人やものを失った喪失感にさいなまれる方、「やるべきこと」にも生活の再建にも手をつけられずに精神的に追い込まれていく方・・・こうした方々の心情に十分に配慮する必要があると感じます。もちろん、そうした思いを持ちながらも前向きに仕事をしようという方には仕事や雇用の場を提供する必要がありますし、それが被災した地元の復興につながれば、前に進めない方の生活再建への道も近づいてくるはずです。個人的にはもっと直接的に、医療や介護、保育といった社会保障の現物給付を拡充することで、被災された方々の生活を支援しながら地元の復興に取り組む環境を整備することも必要だと考えていますが。

>番組の中で永松先生は「被災された方の尊厳のためにも仕事が必要」と指摘されていましたので、現地に入って活動する中でそうした生活再建と心のケアの両方を進めなければならないという事情は認識されているものと思います。個人的には、被災地が着実に復興して生活できる状況になっていくことを実感しながらでなければ、被災された方々の心のケアはおぼつかないものと感じています。私自身、震災直後に被災地に入って目の当たりにした光景や被災された方から聞いた話を思い出しただけで、何ともいえない不安感に襲われることがあります。ましてや、被災された方々がより過酷な状況に置かれていたことは十分に配慮しなければなりません。

森直人さんもつぶやいているように、「たいへん重要な指摘」です。

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御迷惑星さんの拙著書評

「御迷惑星」さんのブログで、拙著『日本の雇用と労働法』を取り上げて書評していただいています。

http://gomeplanet.hatenablog.com/entry/2011/11/25/234707

>読後感として、何より強烈に印象に残ったのは、戦中の雇用制度の有り様と、戦後そこからの変遷ですね。戦中の制度が、いまだに現代社会の雇用制度の中に生きてるのではないかと。雇用法、労働協約、就業規則という枠組みが、段階的に雇用契約について用意されているものの、戦中制度の紆余曲折を経て、この段階的な枠組が捻れてしまっているということ。最近、戦後が終わっただのという表現が散見されたけれど、酷い言い方をしてみれば、雇用制度について戦争が全然終わってないじゃん!と思わされるわけです。

法制度の歴史とか、面白い本は山程あるんだろうけれど、私は本書ではじめてコレを知った。「法律は生き物」って喩えが、どんだけ妥当なのか知らんけど、正にそう思えるもんな。というか、そんな事例ばかりだ。

職工、親方、ブルーカラー、下級ホワイトカラー、上級ホワイトカラー、中卒、高卒、大卒、などなどのキーワードを中心にして読むと、被雇用者の様態と取り巻く制度の変化していく様が分かりやすい。およそ一世紀の期間における日本社会の労働のあり方の変化だよ。なかなか想像が難しいものだ。

と、まさにわたくしがねらった歴史の変遷の中で現在の法制の姿を立体的に見るという視点を理解していただいています。

とりわけ、

>しかしまた、本書の説明する歴史的経緯があるからこそ、後者の様態が今ここにあるのも確かであって、では制度本来の姿に沿ってないのがマズイのかというと必ずしもそうではない。かつてを知り、そこから未来を模索して、適確な法制度と雇用体制を築いていこうよというね、そういう知恵の活用と誠実さを持ちたいよねというのが暗に、勝手に受け取ったメッセージであります。

という評語は、単純にそれがいいとか悪いとかという話に落とし込まずに、それがさまざまな立場の者のさまざまな利害の練り合わされた化合物として構築されてきたという歴史の重みを伝えたいという私の思いをも的確に捉えていただいています。

最後のところで、金子良事さんとのブログ上でのやりとりについて、

>トーシロには何やら分からん部分もあるけれどもさ、部外者なりに楽しめる素敵な応酬なので、時間があるときに読むといいですね。

と紹介いただいています。

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あごらーな議論

あんまりあごらーな方々にこめんとするのは気が進まないんですが・・・。

http://agora-web.jp/archives/1408096.html(お金はぐるぐる回っているだけだから日本は財政破綻しない!?)

ある一時の状況を単純化するために、

>現在の日本を例えてみましょう。話を簡単にするために、日本にはAさん、B銀行、C会社と日本政府の4つしか存在しないとします。

というのは、一応ありでしょう。

でも、その日本国における唯一の労働者であるはずのAさんが、

>もう少し話を進めましょう。Aさんはリタイアをし、日本政府から年金を受給することになりました。

てのは、この日本国には労働者は一人もおらず、引退した純消費者しかいないという状況ですね。

そういうありえない前提であれこれ論じて、何か意味のある議論をしたつもりになっているのか、わたくしにはあごらーな方々の気持ちがよく分かりません。

労働者が一人もいない日本国で、

>ここで日本政府が取れる方策は主に3つです。

とれる方策なんて、そもそもないと思いますけど。

(念のため)

人口が高齢化するのに、高齢者雇用を憎悪して労働力をどんどん減らせば、こういう方向に近づくんだよ、という議論を展開したいのであるなら、それはそれでまったく理解できないわけではありませんが。

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飲む、鬱、買う 教師の疲弊

Book_2産経の記事ですが、先日紹介した岩波の朝日新聞教育チーム『いま、先生は』を補完する意味で、是非読まれるべき記事でしょう。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/111126/edc11112607480000-n1.htm

>教員の飲む、打つ、買う-。こんな言葉を知人の教師から聞いた。飲むは精神安定剤を飲む、打つは鬱病のうつ、買うは宝くじを買う(当たったらすぐに辞める)、という意味らしい。教育現場の疲弊は想像以上だ。

>近年、学校や教師に対する社会の風当たりは強い。力量不足や熱意が感じられない教師が辞めることは仕方がないが、情熱を持ち、子供たちのために親身になって指導しようとする高い志のある新人教師が短期間のうちに心の病で辞めてしまうことは大きな問題である。

 少子化により子供への対策はいろいろとなされてきたが、教える立場の教師のことは置き去りにされてきたように感じる。以前に比べ、学校を取り巻く環境は大きく変化している。かつては子供だけと向き合っていればよかったが、現在は保護者への対応に多くの時間が割かれ、心身ともに疲労困憊(こんぱい)する教師が多い

 なかには、気に入らないことがあるとすぐに学校へ乗り込む、半ば脅迫めいた言動や不当なクレームをつける保護者もいる。その対応に教師は膨大な時間を奪われる。

>不要な要求などが、本来子供に費やす貴重な時間を奪うだけでなく、教師に過剰な疲労やストレスを与える。それが原因で精神状態に支障をきたし、辞めてしまう新人教師が増えていることも事実だ。このことは子供たちへの教育に大きな影響を及ぼすだけでなく、若者が教師という職業を敬遠してしまう。

 夢を抱けず、魅力がない職業には優秀な人材はこない。被害を受けるのは大切な子供たちであることを親たちはあらためて認識すべきではないだろうか。

>教員の飲む、打つ、買うが、胃カメラを飲む、点滴を打つ、求人雑誌を買う、に変わるだけでは教育現場の未来は暗い。

まことに理の通った論説ですが、報道紙面では、もっともっと教師をいじめろ、というシバキ主義が流行るのですね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-d0c3.html

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求職支援拒否なら保護費打ち切り

東京新聞に載った共同通信の記事

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011112501000925.html(求職支援拒否なら保護費打ち切り 国と地方が見直し案)

>厚生労働省は25日、生活保護の受給者が「求職者支援制度」(10月開始)の職業訓練を受講できるのに拒否した場合、生活保護の打ち切りを可能とする方向で検討に入った。実務を担う地方自治体側も大筋で合意した。

 生活保護の受給者は7月に過去最多の205万人超を記録。働ける現役世代の増加が目立ち、就労支援が急務となっている。求職者支援制度が整備されたことから、制度を活用できるのに、職業訓練を受けて仕事に就く意欲をみせない受給者には、厳しく対処する。年3兆円規模の保護費を抑制したい意向もあるとみられる。

「検討に入った」と書いてありますが、既にとっくに検討には入っていて、「大筋で合意」というのがニュースなんでしょう。

これは、生活保護制度に関する国と地方の協議(事務会合)で議論されてきているものですが、その議事要旨というのが厚労省HPにアップされていて、直近では11月4日のがこれです。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001w3ls.html

そこの厚労省側発言と地方自治体発言で関連する部分をピックアップすると、

>求職者支援制度による職業訓練を受講することが適当と判断されたにもかかわらず合理的な理由なく受講しない者については、指導指示の対象とし、必要に応じて保護の停廃止も検討することについては、詳細を自治体の実務レベルの方もと調整した上で対応したい。

>第2のセーフティネット施策全体の機能強化についても、引き続き検討が必要であると考えている。

>求職者支援制度については、生活保護受給者も含めた雇用保険受給者以外の就労・自立支援の重要な柱となるものと認識している。
「福祉から就労」支援事業など、ハローワークにおける生活保護制度に関わる対応上、本協議で議論したことをうまく組み合わせ、自治体に少しでもご理解いただけるような実効性のある措置を段階的に講じていきたい。

○ 一部ハローワーク担当者の話によると、求職者支援制度においては「基金訓練が途中から形骸化して就労に結びつかなくなった反省を踏まえ、給付金の返還義務が生じた際に返還能力のないような人は始めから受給させることはない。であるから生活保護受給者については制度を活用できるケースは少ないと考えている。」と言っていた。せっかくこういう議論を進めているなかで、地方が求めていることと乖離しているのは残念である。各ハローワークに対し、そのような想定で利用を拒むべきではないということを周知していただきたい。

○  求職者支援制度は、制度施行開始直後ということもあり、担当者によっては、やや硬直的な反応を示した例もあるやもしれないが、職業訓練受講による就職の見込みがある方を受け止める制度であり、かかる制度趣旨についてはハローワークに周知していきたい。

○ 求職者支援制度を合理的理由なく活用しない者への実務上の詳細な取扱については実務レベルで調整するとされていたが、スケジュール感のようなものがあれば教えていただきたい。

○ 求職者支援制度に関しての実務レベルの調整については、とりまとめ後速やかに実施したい。

5月にハイレベル会合があり、その後6月からずっと事務レベル会合が続けられていて、12月にはまたハイレベルでやるようなので、その時にはかなり具体的なイメージが提示されることになるのでしょう。

とにかく、この領域は引き続き注目が必要です。

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生活保護提言型仕分けのインプリケーション

新聞等でも取り上げられている去る勤労感謝の日にわざわざぶつけた社会保障関係の提言型仕分けですが、その中でも、生活保護に係るものが、労働政策にも一定のインパクトを与えると思われますので、原資料にもとづいて見ておきましょう。

http://sasshin.go.jp/shiwake/detail/2011-11-23.html#B5-7

ここにいろいろ並んでいますが、そのうち、「B5-6 : 社会保障:生活保護の見直し(生活保護医療の見直し等)」では、支給額、生活保護医療、貧困ビジネスと3つの論点に分けて書かれています。ここでは最初の支給額のところの概要。

>生活保護基準(支給額)については、自立の助長の観点を踏まえ、基礎年金や最低賃金とのバランスを考慮し、就労インセンティブを削がない水準とすべき。社会保障審議会生活保護基準部会においては、こうした方針を反映していただきたい。

あわせて、求職者支援制度などいわゆる第二のセーフティーネットの充実により、生活保護化の防止を図るとともに、NPOや社会企業家などとも連携しつつ、自立・就労支援を強化すべき。また、制度の適正な運営や検証に必要なデータを的確に把握する仕組を整備すること。加えて、稼働可能な受給者については、就労に向けた能力開発や就業紹介を生活保護と一体的に進めるために必要な体制の構築を厚生労働省内及び関係省庁が連携して早急に検討すべき。

と、基本的にはワークフェア的な方向性をかなり強く打ち出しています。

これについての詳細の論点ペーパーが

http://sasshin.go.jp/shiwake/document/be36f9cf-b988-c2b9-98c3-4ecdeb880855.pdf

ここに、各評価者の意見がいろいろと書かれていて、中にはかなり思い切ったものもあります。

●就労可能な低中年層については自立支援型を構築し、生活保護から切り離す。

●就業困難な高齢者には現状の金銭給付の形でよいが、就業可能な世代に対しては、就労支援を中心としたものに重点を置くべき。

●母子世帯、若手単身の就労、自立を支援するため、福祉の観点だけでなく、労働政策として考えるべき。

●若手の支給条件に就労訓練を加える。

●年金や最低賃金よりも生活保護費が高く、医療負担もないことに不公平感をもつ国民が多いなかで、バランスを検討すべし。高額であると継続的な生活保護者に陥ってしまうので、就労にインセンティブを持つ仕組みが必要。トライアル雇用等で就労の喜びを感じさせる。又、トライアル雇用を含めて、生活保護者を雇用した事業者に報奨金を出すなどの方策も有り。生活保護者が納税者になればマイナスがプラスに転じるので、ある程度の財政的インセンティブは問題ない。

●ワークフェア(労働を前提にした給付)を含めて労働と一体化させた生活保護制度の構築。労働には職業訓練以外にボランティア活動を含む。

こういった就労促進的な意見と並んで、生活保護の水準が高すぎるから引下げよという意見も。

●高齢者への給付は基礎年金にその他世帯等(就労可能世帯)の給付は最低賃金に合わせる。

●デフレ経済下の支給額につき、「マクロスライド的」に「実質必要生活費」の額まで減額すべき。

●最低賃金相当の水準より高い支給額とならないようにする。

いままでは、もっぱら労働政策の方で、最低賃金がフルタイムで働いても生活保護に及ばないのはおかしいから、せめてそこまでは引き上げようということで、自公政権末期以来5年近くやってきたわけですが、そろそろその目的だった生活保護の方を基礎年金や最低賃金の方まで下げろという話になってきつつあるようです。

こういう中で、上の赤字の文章中の「求職者支援制度などいわゆる第二のセーフティーネットの充実により、生活保護化の防止を図る」という言葉がかなり重要な意味をもってきます。

既に、平松現大阪市長などが繰り返し主張しているように、求職者支援制度の月10万円ぽっちでは、生活保護から出て行ってくれへん、もっと高い額にせなあかん、という声がありますし、何より、最近下記でも書いたように、職業訓練受講を条件付ける制度であるがゆえに、訓練を受ける気もないのに金が欲しいからとやってくる人をどう断るかという労働政策側の問題意識と、ある意味で真正面からぶつかってしまうのですね。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo110925.html(求職者支援制度のトリレンマ)

>ところが、この職業訓練の受講という条件は、本制度に(生活保障と再就職促進に加えて)職業能力の向上という3つめの目標を持ち込むことでもある。もちろん、アクティベーション戦略においては、職業能力の向上が再就職の促進につながり、生活保障から脱却できることになるはずであるが、制度には常にその裏を掻こうとする者が現れる。訓練を受けている間は毎月10万円がもらえるのなら、金のために受けたくもない訓練を受ける者が出てくる。そういう者が受講者の多くを占めるようになれば、そこに起こるのは一種の「学級崩壊」である。既に基金訓練においてその弊害は指摘されていた。

 このモラルハザードを防ごうとすれば、訓練への入口でその意欲を厳しく判定する必要がある。それは裏返して言えば、本制度のセーフティネットとしての役割を限定するということでもある。ここに、生活保障と就職促進と職業能力向上という本制度の3つの目標がお互いに矛盾し合うトリレンマが存在するのである。

これは、結構大きな問題です。財源が結局一般財源だけでなく、半分雇用保険財源からとなったこととも絡みますね。

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インフレとデフレと不利益変更法理

拙著『日本の雇用と労働法』のまえがきで書いたように、

>文科系と理科系の断絶ほどではないにしても、法学系と社会科学系の間のディシプリンのずれは、労働問題というほとんど同じ社会現象を取り扱う場合であっても、なかなか埋まりにくい

のですが、その一つの典型例が、労働法学において労働条件の不利益変更法理を論じるときに、インフレかデフレかという問題がほとんどまったく論じられることがないという点に見られるように思います。

みずほ情報総研のコラムに、加藤修さんという方が

http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/column/2011/1115.html(労働条件の不利益変更と世代間バランス )

>かつてのインフレ下では、ベア率を変えることによって実質賃金の調整を図ることができた。初任給を大幅に引き上げ、それに伴い若手には高率のベアを行うが、ベテランのベアは低率にとどめるケースもあったように思われる。このとき、実質賃金ではベテランにとって不利益変更になっていたはずである。ひるがえって、近年のデフレの下では名目賃金が少し下がっても実質賃金でみれば不利益変更とはならない。賃金総額が維持または改善されており、実質賃金への一定の配慮がなされている制度変更の場合は、名目賃金が下がっても不利益変更とみなさないような運用はできないものだろうか。

という趣旨のことを書かれています。

まことに、インフレというのは、実質的な労働条件不利益変更を名目的には利益変更の装いに仕立てる便利な仕掛けであったわけですが、いまや実質的な利益変更になるようなものですら名目的には不利益変更になってしまう。そこに、労働契約法第9条を素直にそのまま適用したら、かつてのインフレ時代に比べても、遥かに世代間バランスの歪んだ事態を引き起こしてしまう、というこの問題意識は極めて重要です。

しかし、現在の労働法学の道具立ての中には、こういう重要な問題意識に適切に対応できるような道具がほとんどないに等しいのですね。

労働に関する法と経済学というと、すぐに日本は解雇が絶対できないくらい厳しい国かどうか、といったたぐいの問題に関心が集中してしまいがちなんですが、それと同じくらい、いや場合によってはそれよりも遥かに重要な、こういう「法と経済学」にも、世の法学者や経済学者の諸氏の関心が向けられることを希望するところです。

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労働審判の解決金は100万円

東京大学社会科学研究所がおこなった『労働審判制度についての意識調査基本報告書』をお送りいただきました。

今のところ、社研のHPにはアップされていないようですが、おそらくそのうちアップされるでしょう。

これは「意識調査」なので、我々の労働局あっせんの研究とはあんまり対応しないのですが、それでも、このデータは非常に明確に両者の違いを示しています。

問32付問の「解決金などの金銭支払いの金額」ですが、労働者側回答では平均値が144.9万円、中央値が100万円。使用者側回答で平均値が139.7万円、中央値が100万円。

もちろん、分布は広いのですが、100万円クラスが相場のようです。

解決金としては10万円台が一番多い労働局あっせんとは、一桁違うようですね。

もちろん、何も用意せずに手ぶらでやれるあっせんと、原則弁護士に数十万円払う前提の労働審判とではデファクトのコストが違うわけですが。

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過剰資格か技能不足か?

例の仕分けの関係で、過剰学歴論が取り沙汰されているようですが、そもそも学歴=資格=技能という鉄壁の前提の上に成り立っている西欧社会と違って、誰も学歴=資格=技能だなんてハナから考えていない日本での議論は、話の筋道がちょとちゃうんですね。

この辺、来月出るOECDの『世界の若者と雇用』でも、学歴と資格と技能がまったく入れ替え可能な同義語として用いられていると云うことが分からないと、著者が思いもよらないことろでつっかえてしまうかも知れません。

ところが、その西欧社会でも、まさにその鉄壁の前提に疑問がつけられてきているというのが、実は大事なところで、これは前に広田さんの科研研究会でちらと喋ったこととも関わりがありますが、その辺りについてよくまとまった論文がOECDのワーキングペーパーとして去る9月に公表されています。

http://www.oecd-ilibrary.org/docserver/download/fulltext/5kg59fcz3tkd.pdf

「Right for the Job OVER-QUALIFIED OR UNDER-SKILLED?」

という大変気の利いたタイトルです。「職に適した」とも読めるし、「職への権利」とも読める、西欧社会における学校卒業資格=職業への資格が、職にふさわしい技能水準を保障している(ことになっている)がゆえにその職への権利を保障している(ことになっている)ことの現実の姿を問いなおしている大変面白い論文です。

「過剰資格か技能不足か?」という問いに対して、多くの日本人はそれがなんか意味があるのか?としか感じられないでしょうが。

ジョブ型社会というのも、その立脚基盤自体が実はかなり虚妄なのかも知れないという話を頭の片隅に置いた上で、いかなるフィクションが社会成員の最大多数にとって幸福をもたらすのか、という話なのだと醒めた目で議論する必要があるということです。

前に、金子良事さんにはやや詳しく喋ったことがありますが。

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メンバーシップ型雇用社会における協同組合のポジショニング

中央労福協と連合総研共編の『協同組合の新たな展開-連帯経済の担い手として』をお送りいただきました。

高木郁郎先生を主査に、生協、全労済、労金、労協連など労組と関わりのある協同組合の方々と、連合総研の研究員らがおこなってきた研究会の報告書ということです。

中身はまだアップされていませんが、そのうちにアップされるでしょうから、ここで詳細な紹介はしないでおきます(コピペもできないし)。

ただ、全体をざっと読んで感じたのは、雇用契約自体がメンバーシップ型に傾斜している日本社会において、本来的にメンバーシップ型である協同組合のあるべき位置が狭められてしまい、むしろ本来の機能を超えた公益的存在意義を主張しなければならなくなっているのではないか、ということでした。

たとえば第1章第3節は「メンバーシップの実態とそれを超える論理」として、

>メンバーシップの制度としての労働者自主福祉事業の積極的な要素を活用しつつ、しかし既存のメンバーを超えてセーフティネットとしての機能を発揮するにはどのような方法があるかを検討することが、事業を伴う社会運動としての労働者自主福祉運動に求められていると言える。

と述べていますし、

第4章はそれ自体「日本の協同組合への提言-メンバーシップを基礎として公益的機能を発揮する」というタイトルの下、「社会的企業としての協同組合のポジショニング」を訴えています。そして、最後の「協同組合の新たな展開を保障する法的措置」では、

>協同組合が共益のみならず、公益を目指し、社会経済的発展に貢献する組織形態の一つであることを明記する。

ことを求めています。

言いたいことは実によく分かるのですが、しかしこれは、本来株主の「私益」を目指すための営利社団法人である会社が、ある意味で協同組合的性格に近い労働者のメンバーシップ型共同体に接近したため(商法上の社員じゃない「社員」の「共益」)、本来の協同組合のポジショニングが狭められてしまい、「公益」にシフトしようとしているようにも見えます。

欧州でサードセクターとして「公益」とならんで「共益」型の団体が大きく活躍していることを考えれば、日本でもコーペラチブ型の団体がもっと社会的に存在感を持ち、活躍してもいいだろうというのはよく分かるところであるとともに、やはり社会構造の基本的な相違が根っこにあることを考えると、そう簡単にそうだそうだと言い切れないところもあるわけです。

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親会社の株主が子会社を追及できるんなら・・・

東京新聞の記事を読んで、ふと感じたことですが、

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011112301001945.html(親会社株主、子会社も追及可能に 会社法の改正原案)

>法制審議会(法相の諮問機関)が検討している会社法見直しの原案が23日、分かった。親会社の株主が子会社の取締役の責任も追及できるようにする「多重代表訴訟制度」の導入や、社外取締役の独立性の向上が柱。オリンパスや大王製紙など上場企業の不祥事が相次いでいることから、企業統治を強化し、経営の健全性を高める。

 親会社に比べ財務や業績を把握しづらい子会社の経営陣に訴訟リスクを負わせることで、子会社を活用した不正を防ぎ、経営の規律を強化する。

 法制審は12月中旬に中間案を取りまとめ、パブリックコメント(意見公募)を実施。政府、民主党は会社法の大幅改正を検討する。

いや、不祥事を起こしているのは、子会社じゃなくて親会社の経営者の方じゃないの?という突っ込みは、今どき誰でもいうことなのでおいといて、

法律上は別の会社とはいいながら、親会社の株主が子会社の経営者を追及できるようにするというのなら、

法律上は別の会社とはいいながら、子会社の労働者が親会社の経営者を追及できるようにしてもいいのではないですか?という突っ込みを誰かしてもよさそうな気がしますね。

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『契約社員の就業実態―個人ヒアリング調査から―』

TakahashiJILPTの高橋康二さんの執筆した『契約社員の就業実態―個人ヒアリング調査から―』がアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/chosa/2011/11-096.htm

>本研究の目的は、契約社員(直接雇用のフルタイム有期契約労働者から定年後再就職者を除いた者、と定義)の人事管理と就業実態について実証的に研究することで、かれらの処遇の向上および雇用の安定のために求められる対策について含意を得ることである。

現在、労政審の労働条件分科会で議論されている有期契約労働者の問題について、当の契約社員の側はどう働いてきており、どのように考えているのかについて、一人ひとりに丁寧にヒアリングして明らかにしたレポート。

先日公表された小野さんの派遣の報告書と読み比べてみても面白いと思います。

主な事実発見としては、

>(契約社員の特徴に関連した分析から)
・契約社員には、正社員として働くことを希望していたが、転職・就職環境が厳しくやむを得ず契約社員として働くに至った者が多い。そして、職場では正社員の仕事に近い仕事をしている場合が多い。
・契約社員の多くは、(定義上)有期雇用であることにより、 契約更新にかかわる精神的負担、能力開発や長期的な仕事への取り組みの困難、生活不安・将来不安、といった問題に直面している。
・契約社員には、正社員の仕事に近い仕事をしている者が多いが、賃金をみると、大きなバラツキがあるものの、同じ仕事をしている正社員より高い者はほとんどいない。ここから、少なくない職場で、正社員と契約社員の賃金の差が、両者の仕事の差に見合っていない状況が発生していることが予想される。
・契約社員には、もともと正社員として働くことを希望しており、現に正社員と近い仕事をしていることもあってか、正社員に変わりたいと希望している者が多い。

(契約社員の類型に関連した分析から)
・若年の契約社員の多くは、現在の会社での正社員登用を希望している。また、正社員登用を希望する若年の契約社員のなかには、正社員になることによって仕事の拘束性が高まっても構わないと考えている者が多い。ちなみに、かれらが契約社員となるに至った原因を辿ると、多かれ少なかれ、在学中の就職活動が不調あるいは不十分であったという事実に行き着く。
・家計補助的に働く契約社員のなかには、同一の職場での勤続年数が非常に長く、仕事内容やスキルが高度化しているにもかかわらず、それ相応の賃金を貰っていない者が少なくない。また、かれらの多くは賃金に対して強い不満を表明している。ちなみに、かれらのなかには、結婚、出産、育児、介護、病気といった事情で正社員としての仕事を退職した経験がある者が多い。
・生計を維持するために働いている契約社員の多くは、雇用の安定を切望していると考えられる。にもかかわらず、かれらが契約社員として働いているのは、正社員として勤めていた会社を非自発的に離職した後、正社員として再就職することを希望していたものの、中高年者にとって厳しい再就職労働市場の現実に直面し、契約社員という働き方を選択せざるを得ない場合が多いからだと考えられる。

政策的含意としては、次のようなことを指摘しています。

>・契約社員の類型を問わず、「労働契約法」第17条、「有期労働契約の締結、更新、雇止めに関する基準」(2003年10月2日厚生労働省告示第357号)の運用をより確実なものにすることが求められる。また、パートタイム労働者だけでなく、フルタイムの有期契約労働者についても、「均衡・均等待遇」の原則の適用、正社員転換のための措置義務の適用などが検討されてよい。
・若年の契約社員については、現在の会社での正社員登用を基本軸として対策を検討することが求められる。また、その際には、在学中の就職指導、新卒者の就職支援のあり方にも視野を広げる必要がある。
・家計補助的に働く契約社員については、とりわけ賃金に対する不満が強いことから、かれらの賃金が正社員の賃金と均衡のとれたものとなっているか入念に検証していく必要がある。また、そもそもかれらが契約社員となった原因をみるに、育児や介護、病気のための休職制度、短時間勤務制度の一層の普及と定着も望まれる。
・生計を維持するために働いている契約社員が置かれた状況を改善するためには、再就職時のいわゆる「年齢の壁」の問題に取り組むことも求められる。

こういうことなんですが、できればヒアリング記録自体を読んで、確認してください。特に、有期雇用であることからくる精神的負担を語っている部分。いくつか報告書の中からコピペしておきますと、

>労働条件については、何よりも、有期雇用であることが問題であり、不安が頭から離れないという。会社が経営面で問題を抱えているわけでなく、雇い止めになる要素も少ないが、契約更新のたびに緊張を強いられるのである。例えば、有給休暇を連続して取得したりすると、所長に「そんなにしょっちゅう休んでいるのなら、ずっと休んでもらってもいいよ」と軽口を叩かれたりする。XA 氏としては冗談だと思いたいが、常に身構えてしまう。やはり、不安定雇用はよくないと感じている。

>しかし、労働条件には不満がある。第1 に、有期雇用であることに不満を感じている。たとえば、契約更新の時期になると、「次は更新されないのではないか」と不安に思うことがある。実際、勤務態度や業績を理由に契約を更新されなかった人を知っている。また、過去にどんなに高い業績を挙げた人でも、一時的に会社の業績が悪化すると、会社は雇い止めをするなどの姿勢をみせるので、雇用が保障されている正社員との間の差を強く感じる。有期雇用にしなければならないという特別な理由はなく、職場で働く全員が、翌年のことを視野に入れながら仕事をしているにもかかわらず、自分たちがこのような不安に駆られなければならないのは、XB 氏として納得がいかない。

>労働条件については、第1 に、有期雇用であることが不満であり、納得がいかないという。XC 氏は21 年間いまの会社に勤め続けているわけであるが、そもそも何のために1 年契約にしているのか、ずっと疑問に思っている。また、有期雇用であるため、何事もなければ契約は更新されるとわかっていても、「ひょっとしたら更新されないのではないか」という不安が頭を離れないという。

>労働条件については、不満に思うことがある。第1 に、1 年契約の有期雇用なので、契約が更新されるかどうか不安であり、常にビクビクしていなければならない。実際、上司の眼がいつも気になっており、あまり自由に自分の意見を言いにくい環境である。

・・・・・・

というふうに、有期契約であることが不安をもたらし、上司に対して自由に発言しにくい状態をもたらしていることが窺われます。


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スマイル0円が「ホスピタリティの生産性」?

天下のいんちきりんさんに、山形浩生氏が噛みついていますが、

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20111121今、日本で最も時代遅れな団体=「経団連」

>そしてこの分野、日本は圧倒的な競争力があります。アメリカのスタバで、スタッフの態度があまりにあまりなため、ゲンナリしてコーヒーが不味く感じられた経験のある人も多いはずです。にこやかにきびきび対応しても、ムスッとぞんざいに対応しても労働時間は代わりません。けれど「客が感じる価値」は圧倒的に違います。日本は「ホスピタリティの生産性」が非常に高い国なんです。

http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20111122/1321955537日本の優位性がホスピタリティ産業、ですって? ご冗談を。

>日本人は日本の「サービス」がきめ細やかでよいと思っているけど、実際は日本の「サービス」の多くは客には何の意味もない自己満。成田で、地上整備の人が飛行機に手を振らされているのを観たことがあるでしょう。客にとって何の役にもたたないことを「心をこめました」とか言うのが日本の「サービス」。それに感激する人もいる一方で、それを押しつけがましくてうっとうしいと思う人もたくさんいる。このぼくを含め。

そういう批判の仕方もありですが、そもそも、そういう「濃厚サービス」で「生産性が非常に高い」ってホントかよ、という方が、「競争力」云々からして本筋のような。

そう、本ブログで何回も懲りもせず(笑)取り上げてきたテーマですけどね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-107c.html(スマイル0円が諸悪の根源)

>製造業のような物的生産性概念がそもそもあり得ない以上、サービス業も含めた生産性概念は価値生産性、つまりいくらでそのサービスが売れたかによって決まるので、日本のサービス業の生産性が低いというのは、つまりサービスそれ自体である労務の値段が低いということであって、製造業的に頑張れば頑張るほど、生産性は下がる一方です。

>・・・それを裏返すと、消費者天国の日本だから、「スマイル0円」の日本だから、サービスの生産性が異常なまでに低いのです。膨大なサービス労務の投入量に対して、異常なまでに低い価格付けしか社会的にされていないことが、この生産性の低さをもたらしているのです。

>生産性を上げるには、もっと少ないサービス労務投入量に対して、もっと高額の料金を頂くようにするしかありません。ところが、そういう議論はとても少ないのですね。

いんちきりんさんが「ホスピタリティの生産性」って言葉で何を意味しているのかよく分からないところもありますが、少なくとも、彼女が感じた「客が感じる価値」の客観的な付加価値生産性は、日本生産性本部の統計上は大変低いのです。

そんじゃあね。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2546.html(サービスの生産性ってなあに?)

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『障害者の福祉的就労の現状と課題』

3535_1 松井亮輔・岩田克彦編著『障害者の福祉的就労の現状と課題 働く権利と機会の拡大に向けて』(中央法規)を、著者の一人である岩田さんからお送りいただきました。

http://www.chuohoki.jp/ebooks/commodity_param/shc/0/cmc/3535

本書は、以前に本ブログで取り上げた

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-7b4c.html(福祉的就労分野における労働法適用に関する研究会報告書)

をベースに、全面的に書き直されたもので、現在大詰めを迎えている障害者の福祉的就労のあり方の検討に有用な一冊です。

>障害者の福祉的就労については、労働法が適用されるのは一握りであり、大多数が労働者と扱われず、最低賃金の保障もされず、自立生活が困難な状況である。本書は、障害者の福祉的就労の現状について、海外・日本からの報告を踏まえ、今後の展望について検証し提言する。

目次は以下の通りですが、

序論 福祉的就労障害者の働く権利と機会の拡大を目指して
第1編 海外諸国における障害者就労の現状と労働法適用状況
はじめに 
第1章 アメリカ
第2章 イギリス
第3章 フランス
第4章 ドイツ
第5章 オランダ
第6章 デンマーク
第7章 障害者雇用・就労に関するEU法政策と保護雇用下の「労働者保護」
第8章 海外諸国における一般雇用と保護雇用(就労)
第2編 日本における障害者就労の現状と課題
はじめに 
第1章 福祉的就労支援現場の現状と課題
第2章 福祉的就労見直し提案の経緯
第3章 経済政策的観点からの検証
第4章 福祉的就労の多様な実態に応じた労働保護法上の課題
第5章 福祉的就労者の労働者性と個別的労働関係法の適用
第6章 障害者就労で福祉政策と労働政策の一体的展開をいかに実現するか
第7章 国際的動向からみる今後の課題と方向

前の報告書とはかなり構成が変わっていますね。国も、スウェーデンとオーストラリアが消えてデンマークが入っています。

岩田さんは、松井さんとともに総論的な部分を書くとともに、デンマークの章と、「福祉政策と労働政策の一体的展開」云々の章を書いています。ここでは、後者から、岩田さんの考えを要約した部分を。

>筆者は、労働施策担当領域の拡大を図るとともに、当面は、最低賃金法の減額特例制度の積極的活用や労働と福祉にまたがる中間領域での就労拡大により、将来的には、長期的賃金補填制度の導入により、図2-7の左側の雇用・労働施策対応部分を右側(障害の重い人の方向)に大きくシフトさせるべきであると考えている

なお、EUのところで引馬さんが指摘し、岩田さんも上記章で指摘しているように、エンプロイメントってのは必ずしも雇用じゃないんですよね。シェルタード・エンプロイメントを保護雇用と訳してしまうと、若干ミスリーディングになるという話。

これは障害者問題だけではなく、広く雇用と非雇用就労にまたがる領域を議論するときに注意しなければならないことです。

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なるほど問題は、メンバーシップだったのだ。

sasaさんの「mad mother blues」というブログで、拙著『日本の雇用と労働法』へのコメントが。

http://lovesloth.blogspot.com/2011/11/blog-post_20.html(なるほど問題は、メンバーシップだったのだ。 )

もっとも、sasaさんご自身が

>とはいえ、このエントリーはこの本の内容とはほとんど関係ないだろうということは、最初からお断りして。・・・

>・・・というわけで、最初にお断りしたように、このエントリーは濱口先生の著書とはあんまり関係がない。

と言われているように、主眼は労働運動や障害者運動においてメンバーシップのあり方そのものを問うていく方向を訴えるエントリなのですが。

拙著へのコメントとしては、

>・・・たぶん、それは多くの人の共通した認識なんだと思うのだけど、歴史的な分析を丁寧に行っているにもかかわらず、ここまでコンパクトに、しかも読みやすくしたところが、ほんとうに素晴らしいと思う(ただ、何度も言うけど、コラムは字が小さすぎて読むのは辛い。辛いんだけどおもしろいというのも、これまた辛い)。入門としては難しいという人もいるけど、難しかったら何度でも読んだらいいと思う。

という批評が、とても有り難かったです。

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社畜とフツーの労働者の間

610445題名は売らんかなですが、中身は(ある部分までは)極めてまっとう。

ただし、根本的なところに勘違いがあるので、そのまっとうさが大変歪んだ形で現れてしまうという致命的な問題があります。

藤本さんがサラリーマンの4大タブーと呼ぶのは次の4つです。

>個性を大切にしろ

自分らしく生きろ

自分で考えろ

会社の歯車になるな

こんなメッセージに惑わされてはいけないといいます。

まったくその通り。雇用される労働者になろうとする者にとっては。

世界中どこでも、雇用契約とは、指揮命令下で労働を提供するということは、組織の歯車になるということです。

単なる歯車として、約束しただけの労働を提供する。それ以上は知らない。歯車は歯車であって、脳髄ではないのですから。

それがいやなら、自営業者になるか、雇用契約であっても極めて裁量性の高いエグゼンプト、つまりエリート労働者になるか、であって、世界中どこでも、フツーの労働者ってのは、そういうものです。

多分日本の「正社員」を除いて。

そう、藤本さんの致命的な勘違いというのは、欧米の労働者はみんな個性的に自分らしく働いているけれども、日本はみじめな社畜であると思いこんでいるらしいところなのです。

逆です。

単なる歯車であることを社畜というのであれば、日本の正社員ほど社畜から遠い存在はないでしょう。

なぜなら、単なる歯車であることを許されないから。一労働者であるのに、管理者のように、経営者のように考え、行動することを求められるから。

そして、それこそが、単なる歯車であることを許されないからこそ、別の意味での「社畜」性が必然となるのです。

藤本さんの致命的な勘違い。それは、これだけさんざんに歯車になれといいながら、24時間戦う人間を賛美したり、ワークライフバランスを貶したりすることです。

世界中どこでも、単なる歯車は24時間戦ったりしません。それは経営者やエリート労働者の仕事です。歯車は歯車らしく、歯車としての責任を、それだけを果たす。

世界中どこでも、経営者やエリート労働者は猛烈なワーカホリックです。ワークライフバランスなんてのは、歯車の歯車のための概念です。

そういう非歯車性を歯車たる労働者に要求するという点に、日本語の「社畜」という言葉の複雑怪奇なニュアンスが込められているのでしょう。

藤本さんが4大タブーという間違ったメッセージを、世界中でおそらく唯一日本においてのみ、歯車たるべきフツーの労働者に対して伝え続けてきたのには、それなりの理由があるということでしょう。

藤本さんの考えとはまったく逆に、「4大タブーが日本人の気質に合わないから」ではなく、その伝える非歯車性を要求してきたから。歯車でありつつ、その歯車であることに文句を言わずに、しかも歯車ではないかのように考え行動する歯車であるという高度に微妙なバランスの上に成り立っているから。

歯車であれというメッセージと歯車にとどまるなというダブルバインドを見事にこなしてこそ、日本的正社員なのでしょう。

その帰結が、藤本さん自身に示されているような、歯車であれといいつつ、24時間働けと口走ってしまう人なのではないかと思います。

http://www.shinchosha.co.jp/book/610445/

>「社畜」なんて哀れで情けない存在だ――この「常識」は本当なのだろうか?「自分らしさ」を必要以上に求め、自己啓発書をうのみにすることから生まれるのは、ずっと半人前のままという悲劇だ。そこから抜け出す最適の手段は、あえて意識的に組織の歯車になることである。「ワーク・ライフ・バランス」「残業は悪」「転職によるキャリアアップ」等の美辞麗句に踊らされない、現代サラリーマンの正しい戦略を指南する。

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神の御前の労働基準法

POSSE川村さん経由で、

http://happism.cyzowoman.com/2011/11/post_262.html(トータル労働時間17時間! ナメてかかると痛い目を見る巫女バイトの実態)

Rei200801274171 >「巫女さんのバイトをしていました」と言うと、決まって「萌える!」と興奮される。断言する、あれは「萌え」だなんて生半可なものではない。赤と白の装束を身に纏う巫女さんたちのつつましやかな笑顔は、並々ならぬ忍耐の上に成り立っているのだ。

>筆者が応募した近所の某神社のバイト期間は、12月31日~1月7日まで。このうち、初日は12月31日22:00~1月1日18:00までのぶっ通し勤務。途中許されている休憩は、仮眠のための3時間のみ。トータル労働時間は17時間と、労働基準法の「ろ」の字も見当たらないハードボイルドっぷりだ。神の御膝元の前には、法律は無力なのか。

川村さんは、

http://twitter.com/#!/kwmr_posse/status/138399334206144512

>7割が高校生の職場で、深夜を含めた17時間労働。「神の御膝元の前には、法律は無力」ではありません。笑 巫女も労働者なはずですし。もしや労働法をナメている宗教法人を告発する記事なのか…?

と述べていますが、いやあ、巫女さんの労働者性というのは、建前論的にはなかなか難しいところがあります。

戦前の国家神道時代には、神道は宗教に非ず。神社に勤務する神主、巫女、禰宜等々はれっきとした国家公務員であったわけですが、占領軍の神道指令でみんな宗教法人と云うことになってしまいました。

で、宗教団体において宗教的活動に従事する者というのは、当該宗教的活動が外形的には一般社会における経済活動とほとんど変わらないようなものであっても、原則論として云えば労働者ではないという可能性が高い。

実際、いろんな新興宗教団体なんかで、ボランタリーにさまざまな労務に従事している方々がいっぱいいるわけですが、彼らが信仰心の発露として当該労務に従事している限り、労働基準法は適用されないというのが原則でしょう。

そういう建前論を、建前上宗教団体である神社における年末年始の大バーゲンセールに従事する若年労働者に適用していいかと言えば、そんな莫迦な話はないはずですが、でも、建前論で云えば、おみくじ一つ売るんだって、宗教的活動ですよね。

でも、もちろん、彼女らはそんなつもりじゃないわけで・・・。

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健全と脆弱の拗れた関係

熊沢誠さんがホームページで新たなエッセイを公開されています。

http://www.kumazawamakoto.com/essay/2011_november.html(新入社員の健全で脆弱なノンエリート意識)

「健全」で「脆弱」とはどういうことか。熊沢さんの言葉をいくつか引用しましょう。

>たとえば新入社員は、処遇方式について、能力・成果主義的な処遇と年功序列のどちらが望ましいと考えているのか。・・・年功序列の会社で働きたいという若者が50.4%で前年度より8.6ポイント多く、01年以降でやはり最高という・・・

>会社への定着志向についてはどうか。産業能率大学(11年度)調査によれば、「終身雇用」を望む新人は74.5%。前年の71.1%を超え、これまた過去最高である。・・・それに対して「起業して独立」派は過去最低の12.8%。転職など「しないにこしたことはない」と言う若者も過去最高で34.2%である・・・最近の傾向として、新入社員では管理職志向(部下を動かし、部門の業績向上の指揮を執る)が専門職志向(役職には就かず担当業務のエキスパートとして成果を上げる)を凌ぐ傾向にあるという。 

>上の諸結果では、現時点の新入社員たちが、「時代の合意」であるはずの能力・成果主義に疑惑と怖れを感じていることは明らかである。この選好は、2000年の頃から急速に高まり、「過去最高」というタームの頻出が示すようにますます強まっていることもわかる。新自由主義志向の財界人や知識人が「それがなければ日本は沈む」と主張する、終身雇用なぞに恋々とせず能力主義的競争に打って出よという期待は、いわば聞き流されている。回答者の多くはしかも、前向きのがんばり主義を鼓吹される「新入社員研修」を受けた者なのだ。若年労働者一般の間では、こうしたノンエリート主義はいっそう兆しているだろう。

ここまでが「健全」。少なくとも熊沢さんの考え方では「健全」なノンエリート主義と称揚されるべきものです。

ところが、それが実は脆弱だというのがそれに続くパラグラフで嘆かれることになります。

>現実には、少なからぬ若手正社員が、ほどなく「即戦力」のノルマ達成競争に巻き込まれ、超長時間労働を余儀なくされ、ハラスメントとの境界も曖昧な上司の指導・督励に心身を疲弊させて辞めてゆく。あるいは従業員よりも早く終身雇用に固執しなくなっていた経営側によって選別排除されてゆく。その実質上の解雇を「自己都合退職」と言いくるめられたりもする。上のようなノンエリート主義は、こうした状況に抗いうるほど強靱ではないのだ。

>もう少し穏やかな例をあげる。「デートの約束の日に残業を命じられたらどちらを選ぶか」という周知の意識調査がある。・・・09年の新入社員3172人の場合、残業を選ぶという人は83%、調査開始の72年以来の最高に達した。17%のデート派は91年の37%をピークに減少を続けている。

>たかがデート、されどデートというべきか。残業派の圧倒性と増加傾向は、私が兆しを見いだした若者のノンエリート主義が、働きかたについてはなお脆弱であることを示している。

この文章の中では、前半の「健全」と後半の「脆弱」は、ほんとうは対立するものであるはずなのに、現実の社会では同居せざるを得ない状況に追われている、という風に読めます。

タイトルの「新入社員の健全で脆弱なノンエリート意識」も、本来「健全で脆弱」というのは矛盾しているはずなのに、という気持ちがにじみ出ています。

でも、この「健全」と「脆弱」は、ほんとうに対立関係にあるのでしょうか。

あるいは、熊沢さんの言い方を使えば、前半の「健全」な傾向は、ほんとうにノンエリート主義と言えるのでしょうか。

年功序列で昇進して、やがては管理職になるコースが当たり前というのは、少なくとも、欧米労働者的な意味でのノンエリート主義ではありませんよね。

ただ、ではそれはエリート主義かというと、少なくとも男性正社員である以上それが当たり前という意味では、日本社会で白い目で見られるような意味でのエリート主義ではありえない。

そういう、いわば日本的な「みんながエリート」主義的なあり方は、熊沢さんが説き続けてきたノンエリート主義とはまったく異なるものでしょう。

そして、上の文章との関連で重要なのは、そういう「みんながエリート」主義の「健全」さが、後半で熊沢さんが嘆く「脆弱」さの直接の原因であるということではないでしょうか。

「みんながエリート」である職場社会では、人よりも出世するためではなく、人よりも遅れをとらないために、デートよりも残業を選ぶというのは、ある時期まで繰り返し指摘されてきたことでもあるわけです。

そして、後半の「脆弱」さをうまく利用しつつ、前半の「健全」さに対する報酬を払わないことで一種の差益をエクスプロイットするのがブラック企業であると考えるならば、前半の意味での「健全」さこそがブラック企業の培養土であるという言い方もできるのかも知れません。

もちろん、問題の原因は、この文章で引用されているさまざまな意識調査が、年功序列vs能力・成果主義という、まことにミスリーディングな、というよりむしろ、明白に誤った認識枠組みを無批判に前提していることにあるわけですし、熊沢さんもその問題点は重々承知の上で、あえてわかりやすい枠組みに乗った説明をされているのだろうと思うのですが、このわかりやすさは、結論を誤らせる恐れの高いわかりやすさであるように思われます。

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解雇と解任

世間で話題のあの話ですが、いうまでもなく清武氏は労働者ではなく、経営者でありますから、契約も雇用契約ではなく委任契約であり、その解除も解雇じゃなく解任であるわけです。

http://www.asahi.com/sports/bb/TKY201111180326.html(巨人、清武代表を解任 渡辺球団会長と対立)

>解任を受け、清武氏は「私は全く間違ったことはしていないので、後悔も反省もありません。処分は極めて不当だと思っている。権力者が誤ったとき、きちんとものを言うのが取締役の務めだと思う」と話し、法的措置を検討していることを明らかにした。

もちろん、委任契約の解除も原因が不当であれば当然争えますね。オリンパスみたいなとんでもない不正の例もあるわけです。とはいえ、コーチ人事で意見が対立して解任されたというので、どこまで法的措置が可能なのか、よく分からないところがあります。

これが解雇なら不当解雇として弁護士もやりやすいでしょうけど、代表兼ゼネラルマネージャーが会長にケンカを売っての解任では、何か違法行為を糾弾して解任されたとでもいうのでないと。

ただ、清武氏の感覚はある意味でよく分かるところがあります。

氏は読売新聞社に入社後、社会部で活躍し、同社部長から関連会社の巨人軍の役員としてやってきたわけで、雇用契約時代と委任契約時代とで大きく変わったという意識はたぶんないのでしょう。

でも、法律的には、雇用契約と委任契約は全然違うのです。そこのところがちょびっと露呈した事件なのかな?という気もしました。

(参考)

ちなみに、清武氏は立派に経営者側ですが、中には名ばかり役員というのもあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-f175.html(「名ばかり役員」労組加入OK 佐賀地裁「解雇は無効」)

>この記事、「解雇」って書いてますけど、承諾もない名ばかりとはいえ「取締役」は「解任」できても「解雇」はできないような。そもそも、取締役を誰が解任したの?と会社法的には疑問が湧いたりしますが、まあ、そういう法学部的感覚の通用する世界ではないということなのでしょう。

労働者が労働者としての権利を主張できなくするために取締役にしてしまうというのは、六法全書的にはなかなかシュールな世界ですが、まあ民俗労働法(フォーク・レイバーロー)的にはそれほど違和感のない世界なのかも知れません

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労働者に占有権はない件について

いや、実定法の用語をフルに使っているにせよ、ここで論じられているのはもっぱらロックからウェブレン、そして立岩真也に至る社会思想的次元の問題であって、現実社会における実定法規の適用の問題ではないということは重々承知の上ではありますが、一応ひと言。

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20111119/p1(「占有」について)

>・・・われわれの考えでは、この「占有」という語は、かつての市民社会派が「個体的所有」という言葉で表現しようとした事柄に対応している。そう考えるならばそれは社会主義での課題でもある。・・・

少なくとも、近代法における「占有権」についていう限り、雇用契約に基づいて使用者の指揮命令下で労働に従事する労働者には、使用者の財産(生産設備)に対する法的な意味での占有権は存在しません。

ある種の「市民社会派」の唱えた「労働に基づく領有」「個体的所有」は、確かに社会学的には「占有」と呼ばれるかも知れない自体に対応しているように見えるにしても、それは法学的には「占有権」ではありません。このあたりの消息は、終戦直後の生産管理闘争から始まって、職場占拠闘争等々、労働法の古い教科書には書かれています。

いや、もちろん、稲葉さんはそういう詰まらぬ話をしているのはないということは、重々承知の上です。ただ、実定法用語をフルに駆使して議論をすると、こういう詰まらぬ突っ込みをされる危険性があるということでもあります。

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それは高卒採用とどう違う?

朝日の記事ですが、

http://www.asahi.com/business/update/1118/TKY201111180631.html(ユニクロ、新卒一括採用を見直しへ 大学1年で採用も)

>カジュアル衣料最大手のユニクロを展開するファーストリテイリングは、来年にも大学新卒の一括採用を見直す検討に入った。従来の慣行にとらわれない採用方式が、企業に広がる可能性がある。柳井正会長兼社長が朝日新聞のインタビューで明らかにした。

 現在、同社は国内では年1回採用を行っている。新しい方法では、採用時期を通年とし、選考する学年も問わない方式を検討している。柳井氏は「一括採用だと、同じような人ばかりになる。1年生の時からどういう仕事をするか考えて、早く決められる方がいい」と話す。

 具体的には、1年生の時点で採用を決め、在学中は店舗でアルバイトをしてもらい、卒業と同時に店長にするといったコースが想定されるという

これって、高卒で採用して、管理職になるまでの4年間の養成期間は大学に通わせてあげる、というのとどう違うのだろう。

ある意味で、企業主導の究極の「労働と学習の組み合わせ」。

それを「高卒」採用としないために、わざわざ大学1年になってから採用するというわけかな。

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これぞリベサヨ?

産経の大阪市長選挙への世論調査ですが、

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111119/lcl11111920120000-n1.htm(橋下、平松両氏が大接戦 本紙世論調査 知事選も倉田、松井両氏競り合う)

ここに載っている政党支持と誰に投票するかのグラフが、大変興味深くって・・・。

Lcl11111920120000p1

なるほどという中で、ひときわ異彩を放っているのが、社民党支持者の橋下支持率の高さです。

なにしろ、みんなの党よりももっと強く橋下支持なんですから、筋金入りです。

山下ゆさんが、

http://twitter.com/#!/yamashitayu/status/137895177498017793

>もし社民支持層が実は橋下徹支持ってのがマジな話だとすると、まさに濱口桂一郎のいう「リベサヨ」(左翼にしてネオリベ的な改革支持者)ってことになる。

とつぶやいておられますが、そもそも大阪の橋下氏や名古屋の河村氏のような、「体制」(役人)と民衆を対比させ、ポピュリスティックに「改革」を煽り立てるやり口というのは、ある種の市民主義的な人々の直系の嫡子ですからね。

いまごろ、ハシズムとかいって、笑わせるなよ、という感じですね。自分らが生み出したモンスターじゃないか。

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EU労使、労働時間指令改正に向け交渉へ

頓挫していたEU労働時間指令の改正問題が、ついに打開されるかも知れません。

去る11月15日、EUレベルの労使団体は、労働時間指令の見直し問題について交渉に入る旨の書簡を欧州委員会に送ったと公表しました。これは欧州労連のサイトからですが、

http://www.etuc.org/a/9284

>European social partners sent a letter to Commissioner László Andor informing him that further to the Commission consultation on reviewing the working time directive they will open negotiations.

 The aim of the negotiations will be to conclude an agreement, to be implemented by Council decision in accordance with Article 155 of the Treaty on the Functioning of the European Union.

The first negotiation meeting is scheduled for 8 December 2011. Should the European social partners be able to conclude these negotiations within the nine month period foreseen by the Treaty, they would inform the Commission of the results achieved at the beginning of September 2012.

その書簡というのはこのリンク先です。

http://www.etuc.org/IMG/pdf/2011-11-14_Eur_Soc_Partners-L_Andor_-_Start_negotiation_on_working_time.pdf

まことに素っ気ない書簡ですが、まあ、あれだけ大騒ぎして鼠一匹出せなかったわけですから、予断なく慎重にいきましょうということかも知れません。

EU労働時間指令については、いままでいろいろと書いてきておりますので、以下のものなどをご参照下さい。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/junpojikan.html(海外労働事情-EU労働時間指令改正の動向(『労働法律旬報』2009年1月合併号))

http://homepage3.nifty.com/hamachan/hirobaunion0909.html(EU労働時間指令とは?」 (『ひろばユニオン』2009年9月号))

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OECD『世界の若者と雇用』最終予告

Goodstart本ブログですでに何回も宣伝してきたOECD『世界の若者と雇用』邦訳ですが、いよいよ来月発行に向けて、現在最終校正になる2校の最中です。

原著の裏表紙の惹き文句を一足先にこちらにアップしておきましょう。

間違いなく若者雇用問題に関する決定版になる本です。

>スタートは好調?若者と雇用

46665570coverenglish20812010231m130学校から職業への円滑な移行を促進し、若者がキャリアと人生で前進する機会を与えられるよう保証することは、私たちの経済と社会にとって長らく根本的に重要な課題であり続けてきた。世界経済が過去50年間で最悪の危機から回復しつつある今日、それらは今まで以上に喫緊の課題である。実際、若者は近年の雇用危機の矛先を一身に受けてきた。若年失業率はOECD諸国で20%に近づき、若年失業者は2007年末よりおよそ400万人増えた。

労働市場における最初の経験は、後の職業生活に大きな影響を及ぼす。好調なスタートを切ることは、若者が仕事の世界に入り込むのを容易にし、よいキャリアへの基盤を作るが、最初に失敗すると追いつくのが難しい。とりわけ、雇用危機は、長く続く「傷痕」効果を最近学校を離れた世代に残す可能性がある。かれらが低技能や不利益を被る集団の出身など、複合的な不利益に直面していればなおさらである。

若者の雇用危機への取り組みには、すべての関係者の強い関与が必要である。若者自身をはじめ、政府は対象を絞った効果的な政策手段を通して、労使団体は政労使対話への参加を通じて、さらには教師、専門家、親などの主な関係者が、若者に投資することで事態を改善することができる。

この報告書は、若者に有益な雇用政策と実践の新しい課題に重要な貢献をするものである。雇用危機における若者の雇用と失業の状況を分析し、OECD諸国で成功した政策手段を明らかにしている。そしてまた、学校から職業への移行を容易にする教育と労働市場の構造改革も論じている。この報告書には、OECD『若者と雇用』シリーズの16ヶ国のレビューから得られた近年のデータと主な教訓を活用している。

http://www.oecd.org/document/31/0,3746,en_2649_37457_46328479_1_1_1_37457,00.html

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産経女性記者の「仕事と妊娠の両立」

先月から連載されていた産経新聞の女性記者の「授かり婚K記者奮闘記」が完結したので、まとめてリンクを張っておきます。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/111005/wlf11100511000012-n1.htm((1)突然の妊娠判明 「仕事は…」募る焦燥感)

>26歳の独身女性、社会部記者歴たったの2カ月。そんな私に、子供ができた。

>・・・「新聞記者なんです。事件現場に行かなければいけないんです」。看護師さんに説明すると、「ああ、さっきの新婚の妊婦さん。明日またおいで」と、満面の笑みで衝撃の事実を告げられた。

>・・・「仕事は続けたい。けれど…」。何も知識を持たず、心も体も準備ができていない中で、ただ混乱するばかりだった。

「彼に妊娠を伝えればきっと喜んでくれる。でも私は記者ではいられなくなる」。頭の中は、そんな焦燥感でいっぱいだった。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/111019/wlf11101911070012-n1.htm((2)彼に告白 不安と悔しさに涙)

>社会部記者歴わずか2カ月の女性記者が突然身ごもったとき、どうするのか…。子供を授かったことの喜びの半面、やりがいを感じている仕事はもう続けられないのか、家庭はどう築けばいいのかと、さまざまな不安が私の頭の中をめぐった。

>「よし!産もう」

 意を決してかけた電話で「子供ができたみたいやねん」と伝えると、彼は即座にそう答えた。

 「結婚して産むのが当然」と言わんばかりの様子がにじみ出ている。普通ならここでハッピーエンド。でも、このとき私が感じたのは、なぜか「悔しい」という思いだった。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/111102/wlf11110215070013-n1.htm((3)上司へ報告 「できるところまで仕事を」思いを口に)

>社会部長をはじめ面談した3人の上司は、突然妊娠を告げられ、相当驚いていた。普段は冷静な部長も「前代未聞やからな…」と困惑した様子。申し訳なさと恥ずかしさで小さくなるしかなかった。

 「仕事については、今後どうしたいんや?」。当然の質問が返ってきた。このとき、新人時代に鍛えてもらった先輩の女性記者の言葉が頭をよぎった。

 「子供ができたからといって仕事を諦めることはないし、もし続けたいのなら会社にそう伝えるべき。それをわがままだと私は思わないよ。これから社会部に上がってくる女性の後輩も増えてくるんだし」

 面談の前に考えていたこととは裏腹に、質問した上司には「退職ではなく、できるところまで仕事を続けたい」と答えていた。

http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/111116/wlf11111611520012-n1.htm((4完)人生の転機 待ちわびる新しい命)

>8月、上司に妊娠を報告し、特例措置で事件対応や宿直勤務が免除になった。

>宿直ができないとなると、社会部での勤務は難しい-。妊娠報告の際、そんな旨の言葉を告げられた。社会部での仕事にやりがいを感じていたが、限られた陣容の中、所属記者がローテーションで回している宿直のことを考えると、無理もないと感じた。

>・・・新聞記者になったとき、仕事の厳しさを想像して両親に「孫の顔を見るのは諦めて」と宣言した私だったが、前言を翻し、両親に子供を抱いてもらう日もそう遠くはない。

 でも、仕事も諦めたくはない。どこまでやれるかまだわからないが、両立に向けて頑張りたいと思っている。

新聞記者、とりわけ社会部記者という相当程度にマッチョな世界における「仕事と妊娠の、そしてやがては子育てとの両立」のストーリー。

余計なコメントはつけませんので、是非リンク先に行ってじっくりお読み下さい。

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情報サービス産業はどこへ向かうのか?

本日、情報労連主催の「情報サービス産業はどこへ向かうのか?」というフォーラムに出席し、パネルディスカッションに参加して参りました。

https://www.joho.or.jp/11forum/

>パネルディスカッション

『情報サービス産業の課題と今後』

パネリスト

岡本 晋    情報サービス産業協会 副会長(ITホールディングス代表取締役社長)
細川 泰秀  日本情報システム・ユーザー協会 顧問
濱口 桂一郎  労働政策研究・研修機構 
内田 靖治  情報労連 NTT労組データ本部 事務局長

コーディネーター 

玉置 万裕 情報労連 副書記長

情報産業の中の皆さまに混じって、業界的には素人のわたくしが玄人の皆さまの前であれこれ述べさせていただきました。冷や汗三斗ではありますが、わたくしにとってもいろいろ勉強になりました。

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派遣法改正案、修正に大筋合意

毎日新聞によると、長らく店ざらしになっている派遣法改正案について、民主党と自民・公明党との間で大筋合意しつつあるようです。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111115k0000m010114000c.html

>派遣労働者への不当な処遇を防ぐための「労働者派遣法改正案」について、民主、自民、公明3党は14日までに、仕事のある時だけ契約を結ぶ「登録型派遣」や、「製造業派遣」の原則禁止を削除するなどの修正で大筋合意した。「労働法制全体の見直しが遅れかねない」として成立を急ぐ民主党側が、自民、公明両党に大幅に譲歩した。早ければ開会中の臨時国会で成立する見通しだ。ただ、社民党のほか、与党の国民新党には慎重論もあり、調整が難航する可能性もある。

>昨年の通常国会に政府が提出したが、規制強化により企業経営を圧迫するとして自民、公明両党が強く反発。実質審議に入れない状態が続いている。だが、同法案の審議が止まっていては、有期雇用やパートなど他の非正規労働者の待遇を改善するための法案提出も難しくなる。そのため、政府・民主党は自公への歩み寄りが必要と判断。登録型派遣や製造業派遣の原則禁止を見送るほか、「みなし雇用制度」の導入も3年後とする。日雇い派遣も禁止対象を世帯主などに限定したうえで「1カ月以内」と緩和する。

 主要な柱を削除する大幅修正となるが、民主党幹部は「東日本大震災や急激な円高など派遣法改正案を作った当時とは経済状況が違う」との認識を示した。

まあ、政治部記者的にはこういう記述になるわけですが、もっと以前からの各アクターの考え方、行動などを見続けている人にとっては、もう少し話が複雑であることはおわかりの通りです。

そもそも、現在国会上程中の改正案のもとになった旧野党(民主・社民・国民新党)の3党案は、社民党案がベースで、それ以前の民主党の派遣政策とはかなり違うものでしたし、さらにいえば、製造派遣禁止というのはその社民党案にすら当初は入っていなかったもので、どちらかといえば「空気」に流されて盛り込まれたという性格が強いのですね。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/2010haken.html派遣法改正をどう読み解くか

派遣だけを悪者扱いする妙な政策から脱して、有期雇用やパート労働とあわせて、正規非正規を通じたより良い労働市場を形成するための法制度改革が必要であるいま、これはその一歩と云うことになるのでしょう。

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雇用契約の否定またはブラック契約の出発点

なかなか興味深いつぶやき・・・

http://twitter.com/#!/YANA1945/status/136027550081220608

>今日の面接。「もし給料が支払われなかったらどうする?」私が必ず訊く質問だ。目をキラキラさせて「構いません!」と叫ぶ人は合格。少しでも戸惑う奴。そんな奴とはプライベートでも口を聞きたくない!さっさと立ち去れ!

ふむ。この「面接」というのは、日本国民法の定める「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる」ところの雇用契約を目的とする面接ではないことだけは間違いないですが、ではいかなる契約を目的とする面接なのでしょうか。

ここで、うかつに「会社の一員になるメンバシップ契約だから、給料なんか要らないんだ」などと口走ったりすると、世間知らずのそしりを免れません。

新卒入社から定年退職までの長い期間で労働と報酬とが釣り合っているから、若いときの残業代を要求するなどという馬鹿なことをやるより、黙ってただ働きしている方が将来の実入りが良くなると期待するわけであって、給料なしでも目をキラキラさせて「構いません」というのは、そういう了解の上でなければ、ただのバカですが。

まあ、「合同会社「面接の達人」代表社員CEO」の推奨する面接技法は、そういうバカを装うことも含まれているのかも知れません。

分かった上で演じる分には、別段とやかくいう必要もなさそうなものですが、最近の若者諸氏は、まことに純真で汚れない心の持ち主であるため、まさかとは思いますが、こういうのを本気で信じ込んでしまうこともあるやも知れず、そうすると、これはまさにブラック企業の生け贄を量産するメカニズムになってしまいかねないので、いささか注意が必要かも知れません。

http://twitter.com/#!/YANA1945/status/136027755841208321

>仕事は会社のためにするもの。給料のためにするものじゃない。甘えるな!

もちろん、仕事の中身は、会社(一般的には使用者)のためにするもので、それが雇用契約の定義ですが、それは、労務提供先のためにならない労務提供では、報酬を要求することができないからであって、目をキラキラさせて「構いません!」と叫んで合格しちゃう純真な若者にそこのところを理解してもらうのが、実のところは一番大事だったりする。

まあ、世の中には落とし穴がいっぱいということですな。

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連合のTPPに関する見解その他

本日、連合が事務局長談話として「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に係る総理会見についての談話」を公表しています。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/danwa/2011/20111114_1321251441.html

>わが国の経済成長と発展の基盤を再構築するうえで包括的経済連携の強化は重要な政策課題の1つであり、TPP交渉参加に向けた歩みを進めるとの野田総理の判断は是としたい

と、基本姿勢としてはTPP推進の立場ですが、

>しかし、TPPに関する政府の説明不足が国民各層から指摘されており、各分野における懸念も払拭されていないことから、政府の情報開示はもとより、国内対策、さらには、国民的な合意形成への道筋を示すことが大きな課題である。

と、釘を刺すことも忘れていません。

>TPPへの交渉参加が、わが国の経済成長と雇用創出はもとより、アジア太平洋地域における公正で持続可能な発展につながるよう、政府は交渉戦略の確立と体制整備に早急に取り組む必要がある。

>中核的労働基準の遵守、安易な人の移動の制限、強い農業の構築等への留意を前提とした包括的経済連携の推進を政府・民主党に求めてきた

というのが、労働組合の立場としては最大公約数であるのは確かなところでしょうし、これ以上明確な表現は、さまざまな産業分野の組合が加盟する連合としては難しいのでしょう。

金属労協(IMF-JC)では、少し前の11月1日、TPP交渉への早期参加表明を要請する申し入れをしています。

http://www.imf-jc.or.jp/activity/yousei_kondan/kinkyuyousei/20111101_yousei_okiishi.html

>2011年11月1日、金属労協の若松事務局長は、柳田参議院議員(金属労協政治顧問)とともに、国会内に民主党・輿石幹事長、池口企業団体対策委員長を訪ね、日本政府としてのTPP交渉への早期参加表明を要請した。金属労協組織内には、多くの兼業農家の組合員がおり、決して製造業と農業の対立ではなく、ものづくり産業を国内で維持するとともに、日本の農業を強化していく観点から、TPP参加の必要性を訴え、野田総理の強いリーダーシップを求めた。

まあ、しかし、マスコミには労働組合の動きなどはあまり映っていないようではあります。

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大内伸哉他『労働法演習ノート』

35514大内伸哉編、石田信平・魚住泰宏・梶川敦子・竹内(奥野)寿・本庄淳志・山川和義著『労働法演習ノート 労働法を楽しむ25問』(弘文堂)をお送りいただきました。

http://www.koubundou.co.jp/books/pages/35514.html

労働法の演習本も最近はいっぱい出ていますが、本書の特徴は、設問の長さでしょう。だいたい4頁に渉って、ショートショートなみのストーリー展開のある設問の文章が示されています。

というのも、これ、実は実際の裁判例をちょいと変えつつ、そのディテールまで再現したような設問になっているんですね。たとえば、冒頭の「ライダー、ピンチ!」。

>小さい頃からオートバイが好きでたまらない本郷翔は、バイクのレーサーになることを夢見てきた。しかし、本郷は、高校卒業後何年か、フリーターとしてバイク便ライダーの仕事をする傍ら、レーサーになるべく挑戦したものの、残念ながら遂にその夢は叶わなかった。それでも、オートバイへの愛着はやむことがなかった本郷は、次第に、バイク便ライダーが趣味を実益をかねた転職と思うようになった。・・・・・・・

そう、ご想像の通り、ここから転倒事故やら、ユニオンを結成して団体交渉を申し入れたりとか、労働法の本らしい展開になっていくわけですが、それで4頁分。ちょっとしたショートショートですね。

>本書は、労働法について、実践的な立場で学ぶ人を対象に執筆された演習書です。「設問→解説→解答例→関連問題」という構成で、学習を進めてゆきます。
 身近にある具体的な事例をやや長めの「設問」にし、それをじっくり読んだうえで、どのような法律問題があるかを見つけ出し、それについて、現行の法律の条文や判例に基づき、法的な解決を模索する力を身につけることを目的としています。登場人物から相談を受けた弁護士としての解答を問い、また相手方にどのように法的な主張をしていくのかを問うなど、様々な角度や立場から、具体的な事例を法的に扱うトレーニングを目指しています。
 労働法を体系的に網羅した22の設問と、3つの総合問題の解答を作成することで、書く力が自然に養われ、知識の整理ができる、独習にも最適の演習書です

目次は次の通りですが、

> 1.労働者性―ライダー、ピンチ!
 2.就業規則と労働契約―ダブルインカムへのこだわり
 3.解雇・退職―リストラはする方もされる方も大変
 4.雇止め・変更解約告知―そんな辞めさせ方ってありですか
 5.採用・採用内定・試用期間―内定は得たけれど
 6.賃金と休職―喧嘩に御用心!
 7.人事考課・降格―出世の夢は露と消えて
 8.配転・出向・転籍―異動の結末
 9.労働時間・休日―怒れる働きバチ
 10.懲戒処分―セクハラを告発したばかりに…
 11.雇用平等―女の不満
 12.ワーク・ライフ・バランス―仕事と家庭のどちらが大事?
 13.労働災害―冬美の悲劇
 14.労働組合―組合執行部に物申す
 15.団体交渉―責任者出てこい!
 16.労働協約―反故にされた労働協約
 17.団体行動―闘いはいばらの道
 18.不当労働行為―分会長はつらいよ
 19.企業組織の変動―買収って労働者のため?
 20.労働契約上の付随義務―技術者の裏切り
 21.紛争解決手段―急がば回れ!
 22.派遣―いったい誰が雇い主?

 総合問題(1)―勝手に給料を下げないで!
 総合問題(2)―組合を変わったばかりに…
 総合問題(3)―女だからといって、なめないで!

最後の総合問題3つは、大内さんの手作りですが、設問だけで答えが付いていません。とりわけ最後の「女だからといって、なめないで!」は、パワハラ、リボン闘争、減給、懲戒処分などがてんこ盛りの設問で、楽しめます。

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孫田良平「戦時労働論への疑問」 by 風のかたちⅡ

本ブログで折に触れ語ってきたように、わたくしの日本労働史についての認識の基本構造は、孫田良平さんの議論にあります。

たまたま、「hidamari2679」さんの「風のかたちⅡ」ブログで、菅山さんの大著に続き、孫田論文が取り上げられているのを見つけ、改めてこちらでもコメントをしておきたいと思います。

hidamari2679さんは、まず、菅山真次さんの大著『就社社会の誕生』についてその意義を述べ、

http://ameblo.jp/hidamari2679/entry-11074238636.html(菅山真治『「就社」社会の誕生』を購入)

>労働史、教育社会学、経済史・経営史の業績に基づく学際性の成功が際だつ、簡単にいえば、おいらの知らないいろんな研究の知見を駆使して、かけらほども知らなかったり、薄ぼんやりとしか見えていないものにはっきりとした光を当ててくれることが「新鮮」「斬新」と感ずる根っこなのだろう。

続いて、同書の

>「日本的」雇用慣行は、高度成長の時代に突然姿を現したのではない・・・ユニークな慣行や制度を生み出す種子は、西欧からの技術移転を主軸に勧められた日本の産業化過程それ自体の裡にすでに胚胎していた・・・その種子は、産業化のスタートとともに発芽・成長し(日清・日露戦争前後期)、やがて大きなつぼみをつけ(戦間期)、そして苛烈な夏の暑さのなかで開花した(戦時・占領期)。むしろ、1950年代以降の高度成長期は、最後の結実の秋に当たっていたというべきかもしれない。

という記述から、

>菅山本がいう「苛烈な夏」の意義を明らかにしたという孫田良平「戦時労働論への疑問」(日本労働協会雑誌、1965年7月)に手を伸ばしてみた

というつながりで、孫田論文を紹介します。

http://ameblo.jp/hidamari2679/entry-11074319826.html(孫田良平「戦時労働論への疑問」)

>しかし、それと並べてみても、昭和40年という早い時期に戦時期の持つ意味に着目した孫田論文の先駆性は十分に伝わってくる。個人的には、仕事のうえでも断続的にお世話になった先生なのだが、こうした歴史研究の論文をものされていたことに畏敬の念を新たにする。

正直言えば、孫田論文を読まれてしまうと、わたくしの云ってることのネタ元がどこにあるのかがあからさまに分かってしまうくらいです。それくらい、圧倒的な影響を受けています。ご本人にお目に掛かったのは、わりと最近なのですけれども。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-58cf.html(従業員の能力は陳腐化・・・してますよ、半世紀前から)

>金子良事さんの言うように、拙著序章は既存の議論のまとめに過ぎないのですが、できれば、同じく既存の議論のまとめ的な晴山さんの本とかじゃなくて、原典である昭和同人会の上の本とか、孫田良平さんの本とかを示して、「お前の言っていることは、労働省の大先輩が言ってることを要約しているに過ぎない」といって欲しかったですね。

ついでに言うと、金子美雄、孫田良平といった官庁賃金屋の議論とともに、田中博秀さんの日本的雇用論が私の議論のベースです。それは読む人が読めばすぐ判ることですが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-5545.html(池田信夫氏の「書評」)

>属性攻撃でもって中身の批判に代えるというのは池田氏の毎度おなじみのやり口ですので、まあ、リンク先の文章をじっくり鑑賞してもらうことにして、もう一点の「俺も同じことを言っていたんだぞ」について。

>これは、労使関係史研究者の金子良事さんの批判がもっとも適切です。拙著の序章で示している認識枠組みは、労働研究者の中ではごく普通に共有されているものの一種であって、たかが10年前に池田氏が博士論文を書いて始めて提示したようなものではありません。

>金子さんへのリプライでも述べましたが、わたくしの場合、その原型は孫田良平さんや田中博秀さんといった労働省出身の官庁エコノミストから得たものです。この辺については、金子さんへの応答の一環として、そのうちきちんと彼らの著作を引用しながら示したいと思っています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-b9e5.html(労働ペンクラブのヒアリング)

>本日、労働ペンクラブに呼ばれて、ヒアリングということで、いろいろとお話しして参りました。労働ペンクラブですから、労働業界の大先輩がたくさんおられることは承知しておりましたが、最前列でわたくしの目の前に孫田良平大先生が座っておられたのは想定外でありました。

何しろ、孫田先生の目の前で、日本型雇用システムの原型は戦時中の国家総動員体制で企業に押しつけられた仕組みを、戦後の労働運動が維持強化して云々というようなことをぶってきたのですから、冷汗三斗であります。sweat02sweat02sweat02

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けにゃっぷさんの拙著書評

昨日に続いて、『新しい労働社会』の方の書評です。けにゃっぷさんの「Twice In A Lifetime」というブログから。

http://www.uiui.net/~ken/archives/2011/11/post_436.html

>著者はもと労働官僚ということで、労働政策のプロによる、日本の労働環境とその問題点から提案までを、非常に論理的に書いています。

とりわけ次の一節は、まことに的を射た評価で、ありがたく思います。

>声がでかい経済系とかコンサルっぽい人の主張ばかり目にしてると、日本の雇用環境のいびつさばっかりが目につき、さらにそれが単なる既得権益であるかのような錯覚を抱くのですが、本書ではそれがどのような歴史的背景を持ち、またそのときどきでは合理的な判断をもって構成されてきたことが明らかにされています。
その点は序章で論じられていますが、一つの前提から、すべて論理的な帰結として現れてくる様は圧巻ですらあります。

「声がでかい経済系とかコンサルっぽい人」、いますねえ。

そして、次の一節は、どこが違うのかを的確に剔っていただいています。

>細かい所で違いはありますが、それ自体は経済学者(まともな人もそうじゃない人も含めて)が主張するところと重なる面もあります。
しかし、法学者かつ実務家らしい提案としては、経済学っぽい、「これが合理的だからいますぐこうしろ」というものではなくて、あくまで当事者の合意にこだわり、漸進的に改革を進めようという提案でしょうか

最後のところに書かれたこの一節は、いろんな意味で興味深いです。

>この本を読んで思ったことは、理系アカデミアってパーマネントになるまでは一見ジョブ的なんだけど、その業界全体としては、メンバーシップ的なんだよねぇ。しかも同業他社がいないので、ジョブから放り出れるとメンバーからも一緒に放り出されるっていう

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とある人事担当者さんの拙著書評

さて、海老原さんに「名著」呼ばわりされてしまった(笑)2年前の拙著『新しい労働社会』ですが、なお新しい書評が書かれております。「とある人事担当者のひきずり日記」というブログです。

http://kuwasanoribee.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-1cc0.html

>この本は、労働政策について、日本型雇用の基本の解説から始まって、社会問題となってきた、名ばかり管理職、ホワイトラー・エグゼンプション、偽装請負、ワーキングプア、労働政策と対を成す社会保障までを一気に解説し、しかも新たな提言までをたったの210ページで行ってしまう、すごく「お得な」本です。これだけのコストパフォーマンスを持った本はちょっと無いでしょう。労務管理を担当していたり、労働組合の幹部の方は、常に鞄の中に入れておきたい1冊だと思います。

有り難い言葉です。

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自爆の標本

労務屋さんが、あるブログの大変面白い記述を面白がって引用しておられますが、

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20111111#p3([ネタ]自爆)

>>最後に。上記の筆者の方々は、いづれもきちんとした大学できちんとした訓練を積んだ研究者か、本業として実務に関わってきた経験のある人ばかりだ。全然畑違いの学者やつい先日まで違うデモ煽ってた人達の垂れ流す文を読みあさる時間があれば、小一時間机に向かってじっくり読んでみる価値はある。

>これ自体はそのとおりと思うのですが、いやそれにしてもあなたがそれを言いますかあなたが。・・・・・・

ということで見事な自爆の標本としてしみじみと鑑賞すべき逸品ではなかろうかと思います。なんだかなあ。

いや、争いごとを好まない平和的なわたくしは、この一節が誰のどういう文章かなどということに言及するつもりはありませんが、それにしても、確かに面白うございますな。

いうまでもなく、当該記述が対象としているTPPに限らず、とりわけ労働問題についても、「全然畑違いの学者やつい先日まで違うデモ煽ってた人達」よりは「きちんとした大学できちんとした訓練を積んだ研究者か、本業として実務に関わってきた経験のある人」の話を聞いた方がためになることは間違いないと思われます。

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産業医が法廷で裁かれた日実録編

先日、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-24e0.html(産業医が法廷で裁かれた日)

で紹介した事件の判決文が、さっそく最高裁のHPにアップされています。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111110110946.pdf

それだけ世の中の関心が高い事件だと判断されたと云うことなのでしょうね。

ここには、当該産業医が語ったと原告側が主張している言い回しをそのまま引用してみます。

>本件面談において,被告は,原告が封筒に入れて差し出した診断書を見ることもなく,「君,何の病気やねん。」などと詰問し,「君の症状は誰にでもあることや。それは病気とは言えへん。薬では治れへん。病気を作り出してるんは君自身や。それは甘え,いうこっちゃ。」と畳み掛けた。

>また,原告が,自身の病状について,何の前触れもなく急に不安になるなどと述べたところ,被告は,「そんな立派な体して,体力がないはずないやん。」と決め付け,原告が妻や友人といるときも同じような症状が出ると説明しても,それを信じようとせず,同席していたC係長に対し,「確認せなあかんな。」などと,被疑者に対する取調べのような口調で述べた。

>さらに,被告は,涙を流して泣いている原告に対し,追い討ちをかけるように,「頑張って自分で治さなあかんで,薬に頼らずに。」と述べ,「そんな状態が続いとったら,生きとってもおもんないやろが。」と言い放ち,面談の最後には「頑張りや,ほんまに頑張るんやで。」と言い残した。

これに対して被告側は、

>被告が,本件面談において,「薬だけで治すことは難しい」と述べたり,できる範囲で前向きな生活が送れるよう,原告に励ましの言葉をかけることはあったものの,詐病であるかのように原告を詰問したり,原告の人格を否定するような発言をした事実はない。
また,原告が,本件面談中に涙を流すようなことはなかった。原告は,ずっと下を向いており,被告の言葉に対して特に反応を示すことはなかった。

と主張しています。

これについて、裁判所は、

>被告は,原告を見た印象で,原告の状態は悪くなく,もう一歩で職場復帰できると感じていたため,可能な部分から前向きな生活をするよう励ませばよいと考えて,「それは病気やない,それは甘えなんや。」,「薬を飲まずに頑張れ。」,「こんな状態が続いとったら生きとってもおもんないやろが。」などと力を込めて言った(原告本人,被告本人)。
また,原告が,いつ急に不安になるか自分でも予測がつかず,妻や知り合いと話をしていても不安になることがあると言うのに対し,被告は,C係長に,事実確認をしなければならない旨を告げた(原告本人)。
原告は,面談途中から,嗚咽が漏れないようハンカチを噛み,下を向いて体を震わせながら涙を流していた(原告本人)。

と認定しています。

そして、その行動を次のように評価しています。

>ところで,被告は,産業医として勤務している勤務先から,自律神経失調症により休職中の職員との面談を依頼されたのであるから,面談に際し,主治医と同等の注意義務までは負わないものの,産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて,面談相手である原告の病状の概略を把握し,面談においてその病状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていたものと言える。
そして,産業医は,大局的な見地から労働衛生管理を行う統括管理に尽きるものではなく,メンタルヘルスケア,職場復帰の支援,健康相談などを通じて,個別の労働者の健康管理を行うことをも職務としており,産業医になるための学科研修・実習にも,独立の科目としてメンタルヘルスが掲げられていること(甲12)に照らせば,産業医には,メンタルヘルスにつき一通りの医学的知識を有することが合理的に期待されるものというべきである。
してみると,たしかに自律神経失調症という診断名自体,交感神経と副交感神経のバランスが崩れたことによる心身の不調を総称するものであって,特定の疾患を指すものではないが,一般に,うつ病や,ストレスによる適応障害などとの関連性は容易に想起できるのであるから,自律神経失調症の患者に面談する産業医としては,安易な激励や,圧迫的な言動,患者を突き放して自助努力を促すような言動により,患者の病状が悪化する危険性が高いことを知り,そのような言動を避けることが合理的に期待されるものと認められる。
してみると,原告との面談における被告の前記(1)の言動は,被告があらかじめ原告の病状について詳細な情報を与えられていなかったことを考慮してもなお,上記の注意義務に反するものということができる。

と、産業医としての注意義務違反と認定しています。

いまや「産業医には,メンタルヘルスにつき一通りの医学的知識を有することが合理的に期待される」というのが、全国の産業医のみなさんが銘記しておかなければならない時代になったということなのでしょう。

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同じ建物の中の経団連とJA

01a 11月9日に、日本経団連とJA(農協)グループが懇談会を開いて意見交換したということです。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2011/1110/01.html

TPPをめぐって鋭く対立しているらしい二つの団体ですが、実はひとつながりの建物(正確に言えば、日本経済新聞社とともに、一連の建物)の中に仲良く入っているんですよね。

かつて旧労働省のおんぼろビルが存在した大手町の一角に、ひときわ豪華にそびえるのが。経団連とJAとのビルだというのは、なんだか皮肉な感じがしないでもないんですけど。どちらもお金がいっぱいあるということでしょうか。

いや、別に皮肉を云ってるつもりはないんですけど。

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ゼンセン宇佐見・芦田両元会長死去

こんなことがあるんですね。

おなじ11月10日に、ともにゼンセン同盟の会長を務められた宇佐見忠信氏と芦田甚之助氏が亡くなられたというニュースが。

宇佐見さんはその後同盟会長、芦田さんは連合会長として、ともにナショナルセンターのトップに立たれた方です。

芦田さんは、わたくしがブリュッセルに労働アタッシェとして勤務中、連合会長として何回か当時のICFTU(国際自由労連)の会合に出るため来られました。気さくな方でした。

宇佐見さんはもちろんその時は引退されていましたが、1996年の第16回ICFTU世界大会に来られた時にお会いしました。ちなみにその時には、「空飛ぶ5人男」のお一人滝田実元全繊会長も来られたのを覚えています。

日本の戦後労働運動に名を残すお二人の組合運動家のご冥福をお祈りいたします。

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『登録型派遣労働者のキャリアパス、働き方、意識―88人の派遣労働者の ヒアリング調査から―』

Ono 労働政策研究・研修機構の報告書『登録型派遣労働者のキャリアパス、働き方、意識―88人の派遣労働者の ヒアリング調査から―』が刊行され、HPにアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2011/0139.htm

この報告書については、先日も奥田さんのコラムに引っかけてちょっと紹介しましたが、この3年間掛けて、88人の派遣労働者に対して微に入り細をうがったヒアリングを行った結果を分析したもので、ちょっと気が早いですが、今年の大収穫の一つといってもいいでしょう。

二分冊で、Ⅰが分析編・資料編、Ⅱが事例編。

分析を執筆しているのは、小野晶子研究員と奥田栄二調査員です。

HP上では、主な事実発見としては、

>1 過去の職業キャリア

派遣労働者のキャリア・パスをみると、1994年以前卒業の場合、初職正社員の割合は約8割、1995~1999年では約6割、2000年以降では約4割と徐々にその割合が減っていく。他方、初職派遣社員の割合は高まっていく。

初職が非正社員で正社員経験のない層、特に非事務系から事務系へ職種転換をした者については、派遣労働で能力開発が出来ていると実感する傾向にある。彼(女)らは、自学自習的に資格やPCスキルの向上に投資し積極的に動いている。必ずしもキャリア・ステップはスムースではないが、能力の向上に実感を伴っていることから、派遣労働での能力開発を肯定的にみる傾向がある。

2 現在のキャリアと働き方

派遣の仕事は概ね定型的業務である。正社員と仕事が一部重なっている場合の違いは責任面にある。正社員比率が低下すれば、正社員はより難易度の高い業務を担当し、派遣社員との仕事の重複は無くなり、分業化していくことが予想される。

賃金上昇の主な要因は、a)職種変更、b)同一職種での業務の高度化、広範化、c)勤務地変更の3つ。同一派遣先での賃金上昇の特徴は、同一派遣先での勤続期間が2年以上と長く、仕事が高度化、広範化していることである。また、派遣労働者自身が、積極的に職域を広げていくこと、賃金交渉する姿勢が賃金上昇につながっている。

短期・単発派遣で働く者には、次の仕事に就くまでのつなぎの働き方として選択している層がいる。短期・単発派遣にはまり込む原因は、短期派遣を繰り返すうちに就職活動への資金や時間が無くなるなど、悪循環に陥る様相が観察された。

また、病気やメンタル面で体調を崩すなどの経験を持つ者が、生活の保持とリハビリ目的として、自身の体調に柔軟に合わせながら派遣労働を利用していることが観察された。

3 将来的キャリア

正社員希望にもかかわらず求職活動をしていない者は多い。その理由は以下の5点に分類出来る。a)育児・介護など生活優先、b)実務経験をつける準備期間、c)人的資本に対して障壁を感じている、d)正社員の労働条件等に疑問を感じている、e)求職活動の資金がない。

実際に正社員転換を打診された者の働き方は、打診された派遣先での仕事内容が広範化、高度化している。正社員転換を打診された時の年齢は、30歳前後に集中しており、同一の派遣先に半年から3年(中央値は2年)勤めた時点で打診を受けている。

正社員転換の打診を断った理由は、正社員に転換すると賃金や収入が減少する、労働負荷が増える、打診を受けた会社や職場の人間関係に魅力を感じないという3つ、これらの複合的理由による。

政策的含意としては、

>派遣という働き方は職種によって様々である。職業キャリアとスキルの乏しい層では、加齢とともに、正社員転職、さらに派遣労働の継続でさえ難しい状況に陥る可能性がある。今後の労働力人口の減少を踏まえれば、さらなる年齢差別のない労働市場環境の整備が望まれる。また、正社員に比べて能力開発の訓練機会が少ない派遣という働き方に対しては、スキル形成支援の強化が重要である。とくに派遣労働者は、様々な派遣先を移動する場合がありうることから、社会においてキャリアを構築できるシステム(例えば、イギリスのNVQやアメリカのキャリアラダープログラム等の取り組み)の検討も必要である。

が挙げられていますが、これで分かった気にならずに、是非報告書自体をじっくりと読んでいただきたいと思います。

そして、とりわけお願いしたいのは、是非Ⅱの事例編をもじっくり読んで欲しいと言うことです。単なるバックデータだろう、と思わないで欲しいのです。読むと圧倒されます。

実を言いますと、わたくしはこの報告書の内部のレビューと評価を担当したのです。その時のわたくしのコメントを一部引用しておきます。

>膨大かつ緻密なヒアリング素材を駆使して、今日の派遣労働者の多面的な姿を見事に描いた力作であり、JILPTの研究成果として大いに推奨しうる内容。全編にわたってスリリングな叙述が続き、労働研究者に大きなインパクトを与えるであろう。
その上で、若干の感想として。事例編の膨大なヒアリング記録を読むと、それらが今日のごく普通の労働者たちのライフヒストリーの絶好の記録になっていることに気づく。もとより、本研究の問題意識からして、それぞれの分析視角によって切り取られた部分がそれぞれの視角から分析されることは当然であるし、それがJILPTの研究であるわけだが、それを超えたいわば「労働の社会史」の素材としても大変フルーツフルであると感じられた。・・・

>・・・リーマンショック以来の不況の中で、ややもするとステレオタイプの派遣労働者像がマスコミ等で流通し、それが政策論として現実の政策過程に取り込まれていく状況が一段落した現在、冷静で現実に立脚した派遣労働政策を改めて再検討し、論議を深めていく上で、本報告書が貢献しうる範囲は極めて大きなものがあると思われる。

>・・・上述のように、書かれた部分については全面的に極めて満足すべき水準の成果である。評者はとりわけ、第9章のメンタルヘルスに関する分析が示す、今日の要求水準の高い労働社会において、メンタルなどの問題を抱える人々にとっての派遣労働という就労形態の持つ意味の指摘には目を見開かされた。その他にも、評価すべき点は多い。

その上で、あえて言うならば、第1分冊末尾の資料編「求められる行政上の支援」は、政策論議活性化への貢献度という観点からすれば、もっとも興味深く、かつさまざまな意味でスリリングな内容が含まれており、これが素材を生のままで一切調理の手を入れることなく投げ出されていることは、いささか違和感を与えるものとなっている。

もちろん、今日派遣労働問題は政局とも絡んだ高度に政治的テーマともなっており、そのため余計な政治的摩擦を避ける趣旨から、あえてこの部分を分析者の見解が示されざるを得ない分析の形ではなく、素材をそのまま読者の閲覧に供するというやり方をとったものであろうと想像されるところであり、それは極めて良く理解できるところではあるが、正直に言えば「もったいない」との感を禁じ得ない

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海老原嗣生/荻野進介『名著で読み解く 日本人はどのように仕事をしてきたか』

150402海老原嗣生/荻野進介『名著で読み解く 日本人はどのように仕事をしてきたか』をお送りいただきました。ありがとうございます。

・・・・・・

ってのも変ですねえ。

だって、この本、わたくしも共著者の一人なんですから。

http://www.chuko.co.jp/laclef/2011/11/150402.html

>あなたの仕事・給料・能力の来歴を知ろう。戦後「日本人の働き方を変えた」13冊を取り上げ、書評とともに、当時の社会を描く。『職能資格制度』の楠田丘氏、『日本の熟練』の小池和男氏など、名著の著者との往復書簡を通して、カリスマの現在の視点を知る。新しい「働き方」を模索する一冊

そう、この本は、海老原、荻野両氏が選んだ13冊について綴った書評と、それに対する被評者たちの返信からなる、まことに興味深い戦後日本労働史です。

対象となったのは次の13冊。

『日本の経営』ジェームズ・アベグレン

『能力主義管理』日本経営者団体連盟(山田雄一)

『職能資格制度』楠田丘

『日本の熟練』小池和男

『人本主義企業』伊丹敬之

『心理学的経営』大沢武志

『日本の雇用』島田晴雄

『知識創造企業』野中郁次郎・竹内弘高

『人材マネジメント論』高橋俊介

『コンピテンシー人事』太田隆次

『定年破壊』清家篤

『雇用改革の時代』八代尚宏

『新しい労働社会』濱口桂一郎

最後のものについては後述するとして、この中で一番感激ものは、最初のアベグレンさんとの往復書簡でしょう。いまから半世紀以上前に書かれたこの本に対する海老原さんのかなり辛めの書評に対して、今は亡きアベグレンさんが生前応えられたレスポンスは感激ものです。

また、山田雄一さんや楠田丘さんのレスポンスも、年輪を感じさせる味わい深いものです。

ここまではわたくしにとっても「歴史」に属するものですが、学生時代に読んだ次の小池和男さんの本からは、わたくしにとっては同時代的な存在になります。

そして、最後の章に並ぶ清家篤さんや八代尚宏さんの本は、わたくしが労働に関する著述を始めたころにその分野で聳え立つような存在でした。

これらの本を、こういう順番で読んでいくことによって、戦後日本の労働史を語らせるという著者らのたくらみは見事に実現していると言えるでしょう。そのことに異論を唱える人はいないと思います。最後の一冊を除いて・・・。

そう、上で書いた「わたくしも共著者の一人なんですから」っていうのは、不肖わたくしもこれら名著の著者たちと並んで、この本の共著者の驥尾に付しているということなんです

いや、言いたいことは分かります。ちょっと待ってね。

ということで、わたくしの返信は、次のような一節から始まっています。

>まずもって、最初に一言。この本をこのコーナーで取り上げるのはいかがなものか。だって、出たのは2009年、ほんの2年前です。「人事を変えたこの一冊」なんて言われたら、恥ずかしがって逃げちゃいますよ。「濱口本が人事を変えたなんて、トンデモねえ」と、怒り心頭に発する人もいるかも知れません。まあでもそこは、海老原さんもときには個人的趣味で変な本を選ぶんだねということで御納得いただいて、著者からの返信を一筆したためます。・・・

気が済みました?

続きを読みたい人は、

いやそれよりも何よりも、海老原さんと荻野さんのこれら名著に対する書評を読んでみたい方は、是非本屋さんに走ってください。中公新書ラクレですが、装丁が一新されています。

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有期労働契約の在り方に関する論点

昨日の労政審労働条件分科会に、「有期労働契約の在り方に関する論点(案)」という紙が配られたようです。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001ui8j-att/2r9852000001uidb.pdf

今のところ、資料がアップされただけなので、どういう議論がされたのかは定かではありませんが、こういうことが書かれています。

・有期労働契約は、合理的な理由がない場合には締結できないような仕組みについてどのように考えるか。

入口規制の是非ですね。

・有期労働契約が長期にわたり反復更新された場合には、期間の定めのない労働契約への円滑な転換が図られるような仕組みについてどのように考えるか。

出口規制です。

・確立した判例ルールである「雇止め法理」は、有期労働契約の更新に関して広く労使で認識を共有すべきルールとして、その内容を制定法化し、明確化を図ることについてどのように考えるか。

これも出口規制。

・有期契約労働者に対する処遇として、「期間の定め」のみを理由とする不合理な処遇(不利益取扱い)を禁止することについて、どのように考えるか。

均等問題です。

・労働契約の契約期間の設定・変更については、労使の個別合意に拠るべきことを明確化するとともに、契約更新の判断基準を労働契約の内容として明確化するよう使用者に求めることについて、どのように考えるか

と、まあ、いままでの論点をざっくりと要約しただけのようにも見えますし、一部はこれで行くぞ、という趣旨のようにも見え、なかなか興味深いリストです。

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ボランティアの業務命令

須田光照さんのつぶやきに、

http://twitter.com/#!/sudamitsuteru/status/133772721833246721

>今日受けた労働相談。社長から東北の被災地に炊き出しのボランティアに行けと命令されるという。法的には断って問題ない。そんな業務命令は無効。しかし命令を断った労働者は職場で居づらい境遇に。実際、社長は「行かない社員はクビだ」と脅すという。職場での労使の力関係が決定的。労組結成を助言。

いや、もちろん、労組結成はいついかなる時でも重要ですが、この件に関しては、まずもってその「ボランティア」って何かということを突っ込む方が先のような。

「ぼらんてぃあ」という名であろうがなかろうが、社長が、ある場所である行動をとるよう業務命令したのであれば、当該行動は会社に対する労務の提供であり、会社はそれに対して報酬を支払う義務があるはず。

逆に、日本の場合、労務の内容や提供場所は決まっていないので、東北の被災地で炊き出しするという業務命令自体は十分有効であり得る。必ずしも無効とは言えない。断るのが正解とは必ずしも言えない。ただし、それを無償でやれと云うことは、不払い労働を要求していることになりますね。もし「ボランティア」がそういう意味ならば、もちろん無効。

言うべきは、「社長の業務命令である以上、その「ぼらんてぃあ」労務を提供している時間には、ちゃんと給料が払われるんでしょうね。事故があれば当然労災になるんでしょうね。ついでに交通費も出るんでしょうね」であるべきだと思われます。

まあ、それを言うのにも、やはり職場での労使の力関係が大事ですから、労組結成は重要ですが。

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辞める新人教員、10年間で8.7倍 「心の病」急増

朝日の記事で、

http://www.asahi.com/national/update/1108/TKY201111080209.html

>全国の公立学校に勤める新人教員のうち、1年以内に依願退職した人の数が2010年度までの10年間で8.7倍に増えたことがわかった。特に心の病による退職が急増している。団塊世代の大量退職による負担の増加や、保護者や先輩教員らとの人間関係から来る悩みを原因に挙げる声がある。

Book なぜそういうことになっているのか、詳しく知りたい人は

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-b495.html(今こそ、教師だって労働者)

で紹介した、朝日新聞教育チーム『いま、先生は』(岩波書店)を是非読みいただきたいと思います。

>気力を失い早期退職を選ぶベテラン,力尽きて倒れる者,過労死する者,心を病む者,迷いながら教師らしくなっていく新人,非正規雇用でも教えることに情熱をもつ若者…….教師という,過酷でありながらなお人を惹きつける仕事の現在に迫り,大反響をよんだ朝日新聞の連載に,新原稿と読者からの「反響編」を加えて単行本化.

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仕事漬け「社長 島耕作」のホンネ

日経のサイトに、漫画家弘兼憲史さんのインタビューが。

http://www.nikkei.com/life/column/article/g=96958A90889DE1E7EBEBE0E1E2E2E0EAE3E2E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;dg=1;p=9694E0EAE3E2E0E2E3E3E7E3E1E0

>「ワーク・ライフ・バランス」なんて言葉がありますが、島も私も、この言葉とは正反対の人生を歩んできました。人それぞれの考え方がありますが、仕事漬けだから不幸、なんてことはない。僕はそう、思います。

>漫画家の日常には、オンもオフもありません。土曜も日曜もありません。1年365日、完全な仕事漬けです。なぜこんなことができるのか。それは漫画家という仕事が好きだからです。とにかく漫画を描くのが楽しくてたまらない。毎日描いても飽きません。仕事を面白いと感じることができれば、働くことは苦痛ではないのです。

いや、それはそうでしょう。漫画家は人に雇われ、指揮命令を受けて働いているわけではないですからね。

1日24時間、1年365日、ひたすら書き続けて倒れても、それは本望でしょうし、別に誰かが安全配慮義務を問われるわけではない。

でもね、これは違いますよ。

>私は漫画家になる前、3年ほど大手家電メーカーでサラリーマンを経験しました。宣伝の仕事をしていたのですが、これが面白かった。それまでだらだらした大学生活を送っていた反動もありましたが、休みの日にも仕事をしていた記憶があります。オンとオフの切り替えなんてあまり意識したことはありません。

ヒラ社員弘兼憲史氏が、たまたま主観的にそう感じていたからといって、それを一般化してはいけない。

でも、それを一般化するのが、日本型正社員モデルの理想型でもあるのです。

前に、あるところで講演したときに、日本の正社員というのは「島耕作モデル」なんだと語ったことがあります。

島耕作は最後は「社長島耕作」になります。社長島耕作はいうまでもなく労働者ではありません。専務島耕作もやはり労働者ではありません。

部長島耕作は一応労働者ではありますが、間違いなく管理監督者であり、使用者の利益を代表する者ですから、気分は経営者でしょう。

課長島耕作は、法律的に厳密にいうと管理監督者に当たるかどうかは怪しいところもありますが、社会学的には立派な管理職であり、やはり相当程度気分は経営者です。

で、このシリーズの一番始めは、(あまり知られていませんが)実は「係長島耕作」だったのですが、これはもう絶対に管理監督者ではないはずですが、それでも相当程度に経営者的気分が入っています。

そして、その前の「ヤング島耕作」こと係員島耕作も、客観的には100%労働者のはずですが、多分やはり相当程度は経営者気分であったことは、上述の通り作者弘兼憲史氏自身が自らがそうであったと語っていますね。

ヒラ社員の時から将来社長になることを前提に経営者気分でものごとを考える、こういうあるべき「正社員」モデルを理想的に描くと、島耕作になるわけですね。

したがって、日本的正社員の辞書にワークライフバランスなどという腑抜けた文字がないのは当然といえましょう。

>僕がこれまで見てきた限り、仕事でうまくいっている人は、家庭がうまくいっていないケースが多い。会社で出世して社会的に高い地位を得るのか、出世とか社会的な地位など考えず、家庭の中で尊敬される存在になるのか。両方できれば理想ですが、どちらかを目指すというのが現実ではないでしょうか。

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この記事を見て反省すべきは・・・

本日の朝日の4面の「発言録」に、仙谷政調会長代理のこういう発言がピックアップされていますが・・・、

>TPPをめぐり、農協さんが1千万人の署名を集めるという。農協にはなんと950万人の組合員がいると。農業を主として行う農家は35万戸。いったい全体、これは何なのか。

いったい全体、これは何なのか。少なくとも政治学的にいえば、農協が、ほとんどネグリジブルな数の農家にものすごい政治的レバレッジ効果を掛けに掛けて、1千万人分の政治的パワーをひねり出しているということでしょう。

それに引き替え、雇用労働者数でいえば5400万人と人口の約半分、農家数の100倍以上いるのに、労働組合員数は1000万人、そして、その政治的パワーたるや、農協の足もとにも及ばない、というこの実態。

いや、一昨年の政権交代まではまだ言い訳の余地がありました。

だって、農協さんは自民党の強力な支持基盤ですからね。

労働組合は野党を支持しているので、政治的パワーが限られているのですよ、と。

はぁ?

一生懸命選挙で応援して、ようやく作り上げたはずの民主党政権のもとでも、両者の政治的動員力の格差にはかなり大きな開きがあるようです。

経営者団体と労働組合が政治的パワーグループとしてがっぷり四つに組み、労使というステークホルダーを基本に政治過程が進められるヨーロッパ諸国は、まだまだ遥か彼方にしかないようです。

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必ず眠気に襲われる魔の本・・・

こちらは、『新しい労働社会』を卒論のテーマにされた方のつぶやきですが・・・

http://twitter.com/#!/hato617/status/133554133583142915

>いまから色ぬりして卒論の本を読んで寝落ちする…ぞ…!『新しい労働社会─雇用システムの再構築へ』ふむなるほど!!っておもしろいけど20分以上読もうとすると必ず眠気に襲われる魔の本である

いや、そんな、「魔の本」といわれるほど恐ろしくないですよ。ていうか、この本で20分で眠気に襲われるなら、20秒で眠気に襲われる本がいっぱい・・・。

http://twitter.com/#!/sakunary/status/133555331916775424

>えらい難しそうな本読んでますね。

いや、そんな、難しないですて・・・。

http://twitter.com/#!/hato617/status/133557988043661312

>岩波新書なのでまだわかりやすく書かれてるのですが、眠くなります(笑)ホームレス問題解決に近づくには、非正規雇用でも普通に暮らせる人が増える雇用のあり方を考えた方がいいのかも…と思ってそういうのを卒論のテーマにすることにしました。九州の事例も気になるので見ます!

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TPP交渉参加各国ナショナルセンターのTPP対応指針

金属機械関係の労働組合JAMのホームページに、「TPP交渉参加各国ナショナルセンターのTPP対応指針」という解説とリンク集が載っています。

http://www.jam-union.or.jp/katudo/2011/tpp/tpp-jam-8.html

アメリカのAFL-CIOをはじめ、オーストラリアのACTU、ニュージーランドのNZCTU、シンガポールのNTUC、さらにチリ、ペルーのナショナルセンターのTPPに対するスタンスがわかる資料です。

大騒ぎをしている割に、日本のマスコミにこういう情報が載ることは全くないですね。如何に日本のマスコミ人が、労働なんてものに関心を持っていないかがよく分かります。賛成派であれ反対派であれ。まあ、それはともかく、

このうちたとえば「環太平洋経済提携協定交渉に関する労働組合宣言」は、前文でこう述べています。

>以下署名した労働組合は貿易協定の原則に反対してはいない。ただし、その協定が均衡が取れたもので、良好な雇用の創造を促進し、働く人々の利益と権利を守り、長期にわたり均衡の取れた経済発展をもたらし、健康的な環境をもたらすものでなければ支持できない。このことが実際に何を意味するのか、以下明らかにする。交渉を通じて交渉国が雇用に焦点を当て、交渉での決定が質の高い雇用とTPP加盟国の持続可能な経済発展のための総合的な戦略にどう貢献するのか考えるよう強く要請する。また貿易協定により労働者の良質な雇用が犠牲となり投資家が新たな大きな機会を得るようなことを許すわけにはいかない。さらに、貿易協定がうまく機能するためには、公正に一貫して施行されなければならない。

そのほかの資料もいろいろと参考になります。

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奈津さんの拙著短評

奈津さんのついった上での拙著短評です。

http://twitter.com/#!/natsu4218/status/133189516776308737

>ちょこちょこ読んでいた、濱口桂一郎さんの「日本の雇用と労働法」を読了。60年代までは政府が職務給を唱導していたというのが意外でした。教科書だからか、判例の解説が多めです。読んで面白いのは「新しい労働社会」かなあ。最後の方の「成果主義を導入した企業の人事部にいた人」は…あの人か。

普通の新書本からすると、判例の解説が多めでかなり教科書的な本ですね。ただ、労働法の教科書を読み慣れた人から見ると、判例が少なすぎてお話にならないと見えるでしょう。まあ、鳥でも獣でもない、蝙蝠みたいな本です、ということで。

60年代まで政府(だけでなく経営団体も)が職務給を唱道していたというのは、労働史を知ってる人にとっては常識的なことなのですが、一歩その環を外れると、知識人といわれる人々にすらほとんど認識されておらず、無反省的な「戦後日本一貫史観」が根を張っています。この点は、『労働法政策』を書いた2004年ころから繰り返し説いているところですが、なかなか伝わらないですね。

最後の・・・は「あの人」です、はい。

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マンション管理組合並みの国家

でも、考えてみれば、リバタリアンな人々の、アナルコ・キャピキャピな国家像って、まさしくマンション管理組合並みのものなのかも知れないな。およそ暴力装置という契機を欠いた平板な国家像。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-143d.html(警察を民営化したらやくざである)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-2b5c.html(それは「やくざ」の定義次第)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-037c.html(アナルコキャピタリズムへの道は善意で敷き詰められている?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-48c2.html(人間という生き物から脅迫の契機をなくせるか?)

いや、国家をこともあろうにマンション管理組合になぞらえた人は、そういうアナキャピな思想から口走ったわけではなさそうですけど、ものごとをそれにふさわしい枠組みで考えることができないという点では似たようなものかも知れません。

(参考)

http://agora-web.jp/archives/1400452.html(インチキ経済理論を見抜く簡単な方法)

>このような誤りを簡単に確認するには、国の替わりにマンションの管理組合を考えればよい。たちどころに誤りがみつかるだろう。

国の替わりにマンション管理組合を考えて、素人さんがたちどころに見つけられる「誤り」ってのは、非常に多くの場合、単なる「トンデモ」である可能性が高いと思われます。

さまざまな対象に対してそれぞれの学問分野が成り立っているのは、伊達や酔狂だけではありませんから。

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タンタンは黒人差別か?

20111031dd0phj000063000p_size5タンタンといえば、ベルギーの有名な漫画の主人公ですが、これが人種差別だという訴えを、コンゴ出身者がブリュッセルの裁判所に訴えたというニュースが、毎日新聞に載っていました。

http://mainichi.jp/select/world/news/20111031dde007030004000c.html

あまり知られていませんが、ベルギーは結構な漫画大国で、本屋にも難しい本はあんまりなくて、漫画がいっぱい並んでいます。首都ブリュッセルの真ん中に漫画博物館というのもあり、とても面白い。

その中でも群を抜いて世界的に有名なのがタンタンで、戦前から戦後まで刊行されたベルギー最大の文化的輸出品という噂もあり、もうすぐ日本でもスピルバーグ監督の映画(ちょっとリアルすぎて原作の感じと違いますが)が公開される予定です。

Tintin_milouで、そのタンタンが活躍するのがアフリカのコンゴ。1960年に独立するまで、コンゴはベルギーの植民地だったわけですが、当然のことながら、昔の漫画には「土人」がでてくるわけです。これはもう、時代の感覚からすれば当然なのですが、

>モンドンドさんは、「タンタンのコンゴ探検」を読み、黒人住民が計算ができず、怠け者のように描かれていることにショックを受けた。英国では、同じ本の巻頭に「読者が侮辱的と受け取るかもしれない」と警告があることを知ったモンドンドさんは07年、ベルギーの出版社に差し止めや警告掲載を求めたが拒否されたため昨年、商事裁判所に提訴した。

News_ki_110927  ベルギーでこの本を出版するカスターマン社は「確かに差別的な表現もあるが、タンタンはベルギーの文化であり、差し止めは考えられない」と話す。一方、モンドンドさんは「この本を売るのをやめ、子供たちに差別を教えるための教科書として使ってほしい」と話している。

ベルギーからタンタンを抜いたら、シュトルンフ(日本ではスマーフ)くらいしか世界に通用する漫画キャラは残らないですからね。

100813_13_smurf 私はベルギー在住中、コンゴ料理店(当時はザイール料理店)にもちょくちょく通ったので、なかなか辛いものがありますね。

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23年社労士試験「選択労一」をそのままなぞったかのような一冊

拙著への短評ですが、

http://mogami.typepad.jp/blog/2011/11/10%E6%9C%88%E3%81%AE%E8%AA%AD%E6%9B%B8%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E5%AF%B8%E8%A9%95.html(ひよっ子FP、今日もゆく)

>23年社労士試験「選択労一」をそのままなぞったかのような一冊。雇用の今後についても丁寧な考察が。

個人的には、「雇用の今後への丁寧な考察」というのは嬉しい評語ですが、社労士試験の方は、わたくしはまったく関知しておりませんので・・・。

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拙著短評@ついった

伊津野英克さんが、ついった上で拙著『日本の雇用と労働法』に短くコメントしていただいています。

http://twitter.com/#!/hidekatsu_izuno/status/132715356404973568

>濱口桂一郎「日本の雇用と労働法」読み始めたのだけど、目からウロコ。今まで労働関連で持っていた疑問がきれいに解けた。例えば、なぜ会社法における「社員」と一般通念の「社員」が同じ語で呼ばれるのか、とか。

http://twitter.com/#!/hidekatsu_izuno/status/132718080005652480

>日本の労働慣行にはどうも納得のいかないことが多いように感じていたのだが、「職務の定めのないメンバーシップ型」という他国にはない特殊な労働形態であるという観点から見るとこうもきれいに説明できるのか。

http://twitter.com/#!/hidekatsu_izuno/status/132754678818680832

>濱口「日本の雇用と労働法」を読む限り、日本の労働慣行は社畜になることを前提として構成されているわけだから、社畜なのはむしろ普通のことなのだと思い至った。

http://twitter.com/#!/hidekatsu_izuno/status/132814246479265792

>濱口桂一郎ってあのhamachanだったのか、ということに今頃気づく。リフレ関連で覗くと大抵どうしようもないことが書かれていた記憶しかないのだが、本業では結構すごい人ということでいいのだろうか。

「目からウロコ」という表現は、本が出てすぐに特定社労士の篠塚祐二さんがそのブログで書かれたのと同じで、著者としては大変有り難いものです。

http://sr-partners.net/archives/51785309.html濱口桂一郎著「日本の雇用と労働法」(日経文庫)は目からうろこです

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武田晴人編『日本の情報通信産業史』

L16377『大原雑誌』に書評が載っていて、金子良事さんが一つの章を書いているということで買った本ですが、前半の通史がたいへん面白いというか、いい勉強になりました。

http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641163775

>戦後の初期の計算機から出発して,情報がやがて通信事業と融合する過程を描く通史。列車のチケットを予約したり,宅急便を送ったり等々普段当たり前のように使っている機能はいつからどのように始まったのか,特徴的なトピックとなった生き生きとしたケースも魅力的

>第1部 通史篇
 第1章 2つの世界:通信とコンピュータ=高橋清美
 第2章 出会いと融合:コンピュータと通信のクロスロード=宇田理
 第3章 拡張と浸透:パソコンの登場とデジタル通信網の構築:1980~96年=池元有一
 第4章 1つの世界:インターネットによる情報処理と通信技術の結合=古谷眞介
第2部 ケース篇
 第5章 国鉄の座席予約システム「マルス」:通信とコンピュータが融合した日本で最初の事例=高橋清美
 第6章 鉄鋼業の生産情報システムの構築=金子良事
 第7章 高度経済成長期の流通業の情報化:国産小型機の導入=池元有一
 第8章 全国地方銀行協会のオンライン・システムの開発過程:1966~68年=古谷眞介
 第9章 ヤマト運輸の情報化:1968~93年=宇田 理

JILPTの前浦さんによると、彼も古谷さんから声をかけられたけど、忙しいのでお断りしたそうです。

個人的には、第3章から第4章に記述されているところが、わたし自身の知的生活のささやかなIT化の流れと対応していて、面白かったです。

思い出すと、私が初めてパソコンなるものを見たのは、当時院生だった服部正太さんの別宅でAppleⅡを見せていただいた時でした。

パソコン通信華やかなりし頃は、今は亡き日経MIXなるところであれこれよしなしごとを書きつづったたこともありましたし。

なんだかわけの分からないエントリになりましたな。

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なんでそれが「従業員の意識低い」なの?

読売の記事ですが、

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111104-OYT1T00870.htm(「従業員の意識低い」福岡市の屋台、7割が違反)

>福岡市の屋台の7割以上の店で、市屋台指導要綱で定めた設営開始時間と屋台の大きさが守られていないことが市の実態調査で分かった。

>・・・理由について、市内の全屋台155軒(休業中を含む)を対象にした調査(回答率69%)では、「営業者や従業員がルールを守ろうとする意識が低い」が回答の51%を占めた。「利用者の求めがある」との回答も27%に上った。

ふーん、設営開始時間や屋台の大きさ、ってのは、従業員(employee)が決めるものなんですか。私は営業者(employer)がその権限として決めてるものだと思っていましたが。

こういう根拠で、見出しはでかでかと「従業員の意識低い」ですか。

いやはや、この伝で往くと、すき家に毎度毎度強盗が入るのも、「従業員の意識低い」からだといわれかねませんね、まじめに。

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「正社員」ってなあに?

JILPTの恒例コラム。今回は奥田栄二さんの「派遣という働き方から正社員を見る」です。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0186.htm

その前に、予備データを少々。奥田さんはこの数年間、小野晶子さんとともに、派遣労働者の膨大かつ詳細なヒアリングをしてきて、もうすぐその成果がまとめられて公表されます。

労働政策研究・研修機構(2011)「登録型派遣労働者のキャリアパス、働き方、意識――88人の派遣労働者のヒアリング調査から(1)(分析編・資料編)」労働政策研究報告書No.139-1

労働政策研究・研修機構(2011)「登録型派遣労働者のキャリアパス、働き方、意識――88人の派遣労働者のヒアリング調査から(2)(事例編)」労働政策研究報告書No.139-2

わたくしはこの報告書の内部レビューを担当したので、舐めるように全部読んでいまして、素晴らしい報告書であることは保証いたします。

本コラムは、その執筆余話というようなものですが、

>調査をしていると、「目から鱗」という経験に幾度も出くわすこととなる。自分の思い込みが崩れる瞬間である。・・・

>すると、派遣先の職場についていくつか尋ねているうちに、彼・彼女らが「正社員」という用語をほとんど使わないことに気が付いた。・・・

>このことを日頃お世話になっている先生に相談したところ、「正社員」どころか、「非正規社員」という用語も定義的に明確なものはなく、これらの用語は、統計調査上、就業形態の状況を把握するための「呼称」に過ぎないとのことだった。つまり、「正社員・正職員」はあくまで職場での「呼称」であり、フルタイムで働いていなくとも、あるいは、期間の定めがあったとしても、職場での呼称が「正社員・正職員」であれば、それは「正社員」ということである。

>何を当たり前のことを、とお叱りを受けるかもしれない。しかし、この事実は、私自身には意味深長に思われた。というのも、「正社員」の定義は厳密には難しく、例えば、「期間の定めのない雇用=正社員」程度の平均像があったとしても、そのばらつきはかなり大きい可能性があるからである。実のところ、派遣社員の経歴のなかで浮き彫りとなった正社員像にはかなりのばらつきが見られた。例えば、ある女性(32歳既婚)の初職(正社員)は、20人ほどの小規模企業(商社)だったが、ワンマン社長の下、ほとんどが男性で構成され、40代になっても給料は上がらず、生計が成り立たぬため、みな勤続10年程度で辞めていくような会社だった。正社員といっても雇用保障・安定とはほど遠い世界なのである。ある男性(35歳未婚)は、正社員でも雇用が安定しているわけではなく、労働条件や待遇を子細にみると「正社員って、言葉だけじゃん」と思うことが多かったという。

>・・・確かに、「正社員」ならば何でもよいというわけではないのである。おそらく、彼・彼女らが求めている「正社員」像の要件とは、自身に合った仕事で、成長ができること、あるいは長期的に生計が成り立つような働き方のように思える。しかし、我々が現実世界で体験する「正社員」像はあまりにも多様である。時に過酷でさえある。彼・彼女らが魅力を感じられるような働き方が生まれなければ、日本の将来は明るくはならない。派遣という働き方を調べるうちに、そう思うようになった。

これは、POSSEのみなさんが使う「周辺的正社員」という概念ともつながるところはありますが、むしろ、「現実に存在する正社員の多様性」から、あるべき労働者像を考えるという話の筋道につながっていくような話に思えます。

いろんな立場からいろんな読み方ができるでしょう。

奥田さんがこういう感想を持つに至った派遣労働者の研究の中身も、公表されたら是非お読み下さい。

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スイスのジョブ型社会

Img_742631331080 田中萬年さんが、「スイスの職業訓練」というエントリで、swissinfo.chの記事を紹介されています。

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20111104/1320358092(スイスの職業訓練―高校進学だけが人生ではない)

http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=31399692(スイスの職業訓練―高校進学だけが人生ではない)

最初につまらない雑知識を。ヨーロッパを走っていると、「CH」という国ナンバーの車を見かけます。思わず、「ちぇこ・・・」とか思ったあなたは間違い。正解はスイスなんです。なんでスイスが「CH」かって?ご存知の通り、スイスには公用語が4つありますが、そのどれにしても角が立つので、ラテン語の略称にしているんですね。スイス連邦のことをラテン語で「Confederatio Helvetica」というのです。その「.ch」がURLの国名コードになっているこのサイトは、スイスの広報サイトです。

ということで、中身ですが、

>大学進学に繋がる高校進学だけが人生ではない。スイスの若者の大半はわずか十代半ばで自分の道を決め、希望の職種がある会社に見習いとして入る。

>職業訓練というと、親方の元、厳しい指導を受けながら一人前の職人に成長していくような古典的イメージがあるかもしれないが、スイスでは今日かなり制度化している。

 現在、スイスでは22の分野で約230種類の職種が公式に認められており、若者はその中で自分に合う職種を選ぶ。それぞれの職種には各州が管轄する能力資格試験があり、それに合格すれば職人としての第一歩を踏み出すことができる。

 どの職業にどんなスキルや知識が必要なのかは各州が定めており、どの職業訓練にも企業での見習いと職業訓練学校での授業が必須だ。そのため、ゲーリガーさんは眼鏡店での見習いと並行して、1週間のうち1日は職業訓練学校に通い、数学や物理、眼鏡の材質や技術、目の構造など理論を学んでいる。仕事に勉強にと、覚えることがたくさんあって疲れてしまわないのだろうか。「全然、疲れない。それどころか、毎日が充実していて、楽しい」。ゲーリガーさんは屈託のない笑顔を見せる。

本格的なジョブ型社会というのは、ここまで社会構造全体がジョブ型になっているということですね。

>連邦統計局(BFS/OFS)の2008年/09年の調査によると、高校に進学して大学入学を目指す若者が近年増えてはいる。だが、ゲーリガーさんのように中学卒業後、職業訓練の道に進む若者は7割と10代の若者の大半を占め、その数は安定している。

 その背景には、労働市場に直結した知識や技術を学んだ職業訓練修了生の需要が高いこと、また、職業訓練修了生向けの応用科学大学などに進学することで、社会的・経済的地位の高い資格が得られる点がある。

 給料はどんな教育レベルを終了したかで違ってくるものの、連邦統計局2008年の発表では、職業訓練を終了した人の給料は全国平均で月5418フラン(約47万円)、応用科学大学卒業者の平均は月7684フラン(約66万円)と高い(ちなみに、連邦および州立大学卒業者の給料平均は月8132フラン/約70万円)。

 スイス社会福祉会議(SKOS/CSIAS)発表のスイスの貧困ラインが月約2400フラン(約21万円)であることを考えれば、職業訓練を終了するだけでも社会でしっかり生きていけるだけの給料がもらえることが分かる。

ここまでの受け皿があってこそ、誰もが安心して職業訓練の道を歩むわけです。

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学習と労働の組み合わせ

『労基旬報』10月25日号に掲載した「学習と労働の組み合わせ」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo111025.html

>近く、私の監訳でOECD『世界の若者と雇用』の邦訳が出版される(中島ゆり訳、明石書店刊)。その中で、学校から職業への移行のパターンを4つの類型に分類している。第1グループは学校を離れる年齢が高く、働いている学生が多いタイプで「働きながら年長まで勉強」モデルと呼ばれる。概ね北欧諸国がこれに含まれる。第2グループは学校を離れる年齢が低く、働いている学生が多いタイプで「働きながら勉強」モデルと呼ばれる。概ねアングロサクソン諸国がこれに含まれる。第3グループは学校を離れる年齢が低く、働いている学生働いている学生が少ないタイプで「まず勉強、それから仕事」モデルと呼ばれる。フランスをはじめとする多くのヨーロッパ諸国と韓国、そして日本もここに含まれると考えられている。第4グループは学校を離れる年齢が高く、実習生として働いている学生が多い「実習制度」モデルである。ドイツ人の諸国がこれに含まれる。

 雇用のパフォーマンスがいいのは学習と労働を組み合わせている第1、第2、第4グループの諸国であり、第3グループは若者の就業率が低く、NEET率が高い。働きながら学ぶことが学校から職業への移行を促し、社会とのつながりを失った若者の出現を防ぐというメカニズムがあるからであろう。この点で、近年までの日本はまったく逆説的な存在であった。学習と労働が切り離された第3グループでありながら、若者の雇用パフォーマンスが他の諸国よりも高かったからである。その理由は前訳書で指摘されたように、後期中等教育学校と地域企業との強い連携であった。学習と労働が生徒自身において組み合わさっていないにもかかわらず、学校と企業という組織レベルで密接に組み合わさることによって他のグループ以上の雇用パフォーマンスを上げていた日本が、そのレベルを下げてきたことは、国際比較からすればむしろ例外から本則への復帰とも言うことができよう。

 ところがさらに考えていくと、日本は本当に「まず勉強、それから仕事」タイプであるのか疑わしくなってくる。多くの高校生やとりわけ大学生がかなりの時間を「アルバイト」と呼ばれるパートタイム労働に費やしていることは周知の事実である。現実には相当程度「働きながら勉強」しているのではないのか。ところが、教育界も産業界もそれが存在しないかのごとく振る舞い、あたかも仕事をしてこなかった若者を初めて仕事の世界に送り出すかのように演じて見せているのではないか。本当は既に相当程度学習と労働が学生自身において組み合わされているにもかかわらず、社会がそれを認知しようとしていないだけではないのだろうか

このOECD『世界の若者と雇用』ですが、現在初校を終えたところで、12月には刊行される予定です。

トンデモ若者論の横行するこの日本に、世界標準の若者雇用論がいよいよ登場します。乞う、ご期待です。

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日経・経済図書文化賞に労働関係書2冊

Photo本日発表された日経・経済図書文化賞に、労働関係から2冊入りました。4冊中2冊ですから快挙ですね。

http://www.jcer.or.jp/bunka/bunka.html

>◎太田聰一 著
「若年者就業の経済学」(日本経済新聞出版社)

◎斉藤淳 著
「自民党長期政権の政治経済学―利益誘導政治の自己矛盾」(勁草書房)

◎菅山真次 著
「『就社』社会の誕生―ホワイトカラーからブルーカラーへ」 (名古屋大学出版会)

◎小堀聡 著
「日本のエネルギー革命―資源小国の近現代」 (名古屋大学出版会)

太田さんの若者就業も、菅山さんの就社社会も、今日的課題に取り組んだ優れた本ですので、とてもよろこばしいと思います。

お二人の受賞の言葉もアップされています。

http://www.jcer.or.jp/bunka/pdf/54ota.pdf(「若年雇用」視野広げ議論を)

http://www.jcer.or.jp/bunka/pdf/54sugayama.pdf(「日本的雇用」の過ぎ去らない過去)

本ブログでも下記の通り取り上げましたが、拙著『日本の雇用と労働法』ではごくごく簡単に要約してある日本型雇用システムの形成史を詳しく勉強したい方にとっては、必読の文献です。

>・・・歴史はただ過ぎ去ることはない。それは、新卒就職・終身雇用がすでに過去のものになったといわれる今日においても、なお真実である。いま、求められているのは、「日本的」伝統が孕む問題性に鋭く自覚的でありながら、なおかつ、その最もすぐれた部分を生かしていくという視点に立つ、制度改革へのアプローチなのではないか。・・・

まことに、金子良事さんの言葉を借りれば

>日本労働史の通史としては兵藤つとむ『日本における労資関係の展開』以来の名著であり、評者の個人的意見を言えば、この分野で今まで書かれたものの中で文句ナンバーワンである

という名著の著者にふさわしい言葉です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-b3b7.html(菅山真次『「就社」社会の誕生』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/on-6796.html(金子良事 on 菅山『就社社会』)

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ハイエクの大予言

こういうつぶやきがさりげに流れるところがなんとも。

http://twitter.com/#!/megu11251/status/131706063362859008

>『独裁を目指すものは、従順な、騙されやすい人々を根こそぎ支持者に抱き込むことができるだろう。物事をぼんやりと断片的にしか考えず、感情や情熱に流されやすい人々は、その耳に何度も大声で吹き込まれれば、どんなお仕着せの価値観であれ受け入れてしまう』(ハイエク「隷従への道」第十章)

http://twitter.com/#!/megu11251/status/131708610756624384

>『人々が積極的な意義を持つ事柄より、敵を憎むとか裕福な人々を羨むとかいった否定的な話の方が、遥かに合意しやすいことは人間性に関する法則である。敵というものは、「ユダヤ人」「富農」のように、内部・外部を問わず、全体主義指導者の武器庫における必需品である』ハイエク「隷従への道」第十章

これだけでもいいのですが、一応解説的つぶやきも。

http://twitter.com/#!/sunafukin99/status/131710135797157888

>ハイエクのこの言葉を思い起こす新自由主義者は、この国にどれほどいるだろうか?むしろ綺麗さっぱり忘れてしまっているんじゃないだろうか?

わざわざハイエクの解説書を書きながら、こういう行動を唱道している新自由主義者もいますけど。

http://twitter.com/#!/sunafukin99/status/131710986699804672

>それどころか自ら積極的に敵を「創出」し、政治的に利用しようと汲々とする自称改革派。

http://twitter.com/#!/sunafukin99/status/131713693900734466

>しかしこのハイエクの言葉は皮肉だよな。特に改革フィーバーに酔う自称自由主義者にとって。

この解説は、それ自体としては100%正しいのですが、念のためいうと、「りふれは」にもまったく同じように、「自ら積極的に敵を「創出」し、政治的に利用しようと汲々とする」人々がいますね。

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『人材ビジネス』11月号インタビュー

201111『人材ビジネス』誌の11月号に、わたくしのインタビュー記事が載っております。

http://www.jinzai-business.net/gjb_details201111.html

>[日本の雇用と労働法 インタビュー]

「現実」からのスタート
「日本の雇用と労働法」
著者 濱口 桂一郎氏に聞く

右にある拙著『日本の雇用と労働法』の出版を機に、その内容と派遣労働についてのわたくしの見解をインタビューされた記事です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/jinzai1111.html

最初の拙著に係る部分を引用しておきます。

>社会の実態から見る「労働法」

―――― 新著「日本の雇用と労働法」、興味深く拝読しました。今までにないアプローチの本ですね。

濱口桂一郎氏(以下、濱口氏) この本は、労働経済学や労働社会学等も含めた「労働の全体像」の中で、「労働法とはどういうものか」を示したものです。

 実は、この9月から法政大学社会学部で非常勤で講義をしておりまして、学部学生用の教科書として使える本を書くことになりました。そこで、社会学部は、現実社会の分析もやっているでしょうから、そういう学生さんにわかりやすく書こうと思ったのです。ですので、今までの労働法の教科書の書き方とは全くアプローチが異なります。

労働法と現実社会とのずれ方には、欧米と同じようなずれ方と、日本社会だからこその事情でずれてきた部分とがあります。しかし、それは労働法の条文に表れているわけではありません。「法律の建前と社会の現実との隙間を埋めるために、こういう判例が生み出されたのだ」ということは、社会の実態を理解することなしに説明しきれません。そこで、話の筋として、判例が出された背景にある「社会の仕組み」を示したのです。こういう本は今までになかったと思います。あくまで会社の中の「入口」から「出口」までをシンプルに取り上げているので、人材ビジネス業界の方には物足りないかもしれませんが。

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見境なく「ムダづかい」と喚き散らす政治家の末路

これは、心ある人にとっては、まことに因果応報の物語であるわけですが・・・。

http://www.asahi.com/national/update/1101/TKY201111010239.html(市長「舌禍」でごみパンク 東京・小金井市長が辞職願)

>東京都小金井市の佐藤和雄市長(54)は1日、市長選でごみ処理の委託費用などを「ムダ使い」と主張して混乱を招き、ごみ処理のめどが立たなくなったとして、市議会議長に辞職願を提出した。

 同市はごみ処理の既存施設が老朽化によって停止。可燃ごみの処理を周辺自治体などへの委託でしのいできた。佐藤市長は初当選を果たした今年4月の市長選で、委託費を含むごみ処理費用を「ムダ使い」と主張したため、周辺自治体と関係が悪化。佐藤市長は就任後の5月以降、周辺自治体や衛生組合に対し、謝罪や支援要請を続けてきたが、新たな引き取り先が確保できていない状況が続いていた。

いうまでもなく、佐藤市長の如き行動様式は、まっとうな政治家(ステーツマン)としてはもっとも愚劣なものではありますが、愚民の票をかき集めんとする政治屋にとっては、まことに魅力的な戦術なのでありましょう。

「ムダだ。ムダだ。叩き潰せ!」と喚いていれば、愚かな大衆たちは(それが早晩自分たちの首を絞めるとも気づかずに)大音声で喝采してくれるのですから。

国政レベルでも地方政治レベルでも、ここ数年来、なんと多くの佐藤市長たちを割れんばかりの歓喜の声とともに生み出してきたことか。そして、そういう多くの佐藤市長たちを生み出すのにもっとも力を尽くしてきたのが、平然とこういう記事を書いているマスコミであったことも。

例によって、非国民通信さんの冷静で辛辣な批評を。

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/abeb452315f6c768556026594126941c(周辺市の怒りに火をつけた候補を当選させた自治体の話)

>思慮分別に欠ける政治家の放言で事態が紛糾するケースは多々ありますが、それは当然ながら国政だけに止まらないようです。小金井市でも新市長の「不用意な言動」とやらでゴミの引受先が確保できなくなってしまったとか。何でも他市に支払うゴミ処理費用を「ムダ使い」と語ったのが怒りを買ったのだそうです。市長選時の発言とのこと、与党なり現職なりの金の使い道を何でもかんでも無駄呼ばわりしておけば有権者のウケは悪くないものですが、無計画にそれを繰り返してしまうと、いざ自分が当選したとき/与党になったときにツケを払わされることになるのでしょう。首長が変われば/政権交代すれば、それだけで解決するような問題など滅多にあるものではないですから。

>政治家はもっと言葉に気を使えよ、と思います。もっとも対立する相手を威勢良く全否定しておいた方が支持の獲得には繋がるところもあって(現に不用意な発言で事態を悪化させた候補は当選を果たしました)、そういう世論に引きずられてしまうところもあるのでしょうけれど、結果として政治は停滞する、有権者の支持も離れていく、それをつなぎ止めるべく政治家は見栄えの良いパフォーマンスに走る、そして政治は輪をかけて混迷を極めていく、みたいな形で負の連鎖が続いているのではないでしょうか。この小金井市だけではなく与党である民主党の幹部連中にも、支持者からの喝采を浴びこそすれ全体としてみれば対立を深める結果にしか繋がらないであろう放言が目立ちますが……

国政レベルでも地方政治レベルでも、ここまで低次元なポピュリスト政治を蔓延させた最大の原因は、無責任なマスコミもさることながら、やはり「市民主義」的なある種の学者、評論家たちの無責任さを否定できないでしょう。

本ブログでも何回か書いてきましたが、まことに不器用な魔法使いの弟子たちの責任は重大だと思いますよ。

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キミたちの将来の何のための学問なのか

1106087625 先日本ブログで取り上げた『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話』の沢田健太さんが、日経ビジネスオンラインで、同書にも増して超辛口の批判をぶちまけています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-631d.html

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20111026/223438/(これからは大学中退者が激増する!4分類した学生像にみる、あの子が辞める理由)

なかなか皮肉な話はこれでしょう。キャリア教育で目覚めてしまった「学習意欲が高くて、対人関係能力も高い」「文句なし」タイプの学生が、これではいけないと中退してしまう。

>ただし、時代の気分がどうであれ、彼や彼女らも1度はすべり止め大学への入学を決めた人々ではあります。入学当初は「この大学でやっていこう」と自分に言い聞かせたはずです。それがどこで「再受験しよう」に変わるのか。

>いろいろなきっかけがありますが、そのなかで私が皮肉だなと感じているのは、キャリア教育の授業が再受験の思いに火をつけた、というケースです。「将来のことを考えていたら、ここにいてはいけないと気づいた」なんて話を、ちょくちょく耳にします。

>キャリア教育に携わる者としては、皮肉な話だと感じながら、同時に「自校内で成長する」という枠を飛び越えて、自力でキャリア形成を試みようとする学生たちを興味深く見ています。そして、彼ら彼女らに何か支援ができないものか、アイデアをめぐらせているところです。

途中を抜かして、「学習意欲が低く、対人関係能力も低い」悲惨な学生はどうか。

>あまり報道されないだけで、下位校において「学級崩壊」状態になっている授業はいくらでもあります。

というのは、現に経験されておられる大学教員の諸氏は多いと思いますが、もちろん、そうしてきたのは大学側であるわけです。

>過剰な広報と、ゆるゆるの入試制度によって、この層を積極的に受け入れたのは大学側なのです。例えば、「本当の自分に出会える!」などと大々的にうたったりして。

しかし、問題はむしろ、大学教育の中身にあります。

>ウソつき大学の学生の素行が悪くたって、彼らだけを責めることはできませんよね。私が指摘したいのは、そのように以前とは明らかに質の異なる学生を受け入れるようになった大学において、肝心の中身である大学教育に変化が見られないことです。

>もはや「大学生」と呼べる状態にない、なぜ自分が高等教育を受けているのか理解できないコドモたちは、旧態依然とした大学内で放置されているのです。

そう。この点にこそ最大の問題があることは見え見えなのに、未だに学校教育法の「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し」云々という虚構にしがみついているわけですね。自分たちのメシの種のために。

そして、この矛盾をこういうやりかたで「解決」しようという卑劣な手法も編み出されてくる、と。

>本人にその気が無いのなら、大学側としても無理してまで大学に通わせる必要はない。そのような合理的判断にもとづく「退学のススメ」を口にする大学人は、すでに出始めてきています。ゆるゆるの入試で合格させた結果なのに!

そこで、沢田さんが問うのは、もちろん、心ある人々が口を揃えていっていることですが、

>無理をして志望者を募るのであれば、大学はこれまで以上に中身の拡充と、企業社会とのつながりを再構築し、学生たちに学ぶ意義を教えていく必要があります。ミたちの将来の何のための学問なのか

 文系学部においてことさら、これまであやふやにしてきた部分です。いま、まさにそれが社会から問われているといえます。

キミたちの将来の何のための学問なのか?

この問いにまともに答えられない大学という看板を掛けた「こども園」に、もはや存在意義などかけらもないというべきなのでしょう。

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