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2011年10月29日 (土)

今こそ、教師だって労働者

Book岩波書店の田中朋子さんより、彼女が編集を担当された朝日新聞教育チーム『いま、先生は』をお送りいただきました。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0221870/top.html

>気力を失い早期退職を選ぶベテラン,力尽きて倒れる者,過労死する者,心を病む者,迷いながら教師らしくなっていく新人,非正規雇用でも教えることに情熱をもつ若者…….教師という,過酷でありながらなお人を惹きつける仕事の現在に迫り,大反響をよんだ朝日新聞の連載に,新原稿と読者からの「反響編」を加えて単行本化.

世の中には、「教育問題」という厳然たるカテゴリーがあるようです。そして、この「教育問題」にいったん放り込まれると、そのものすごい磁場に巻き込まれて、それ以外の視点はなかなか見えなくなるようです。

この本も、本屋さんでは「教育問題」のコーナーに並べられるのでしょう。

しかし、ここで描かれている教師たちの姿は、ブラック企業で身をすり減らし、心を病み、自殺に追い込まれていくあの労働者たちとほとんど変わらないように見えます。

そう、これは何よりもまず「労働問題」、教師という名の労働者たちの限りなくブラックに近づいていく労働環境について問題を提起した本と言うべきでしょう。

彼ら教師たちの労働環境をブラック化していく元凶は、「教育問題」の山のような言説の中に詰め込まれている、文部省が悪いとか日教組が悪いとか、右翼がどうだとかサヨクがどうだとか、そういう過去の教育界の人々が口泡飛ばしてきた有象無象のことどもとはだいぶ違うところにあるということを、この秀逸なルポルタージュは浮き彫りにしています。

それは、親をはじめとした顧客たちによる、際限のないサービス要求。そしてそれに「スマイルゼロ円」で応えなければならない教師という名の労働者たち。

今日のさまざまなサービス業の職場で広く見られる「お客様は神さま」というブラック化第一段に、「この怠け者の公務員どもめ」というブラック化第2段階が重なり、さらに加えて横町のご隠居から猫のハチ公までいっぱしで語れる「教育問題」というブラック化第3段階で、ほぼ完成に近づいた教育労働ブラック化計画の、あまりにも見事な『成果』が、これでもかこれでもかと描かれていて、正直読むのが息苦しくなります。

改めて考えれば、某関西の地方自治体で公務労働者やとりわけ教育労働者を標的にしていじめ抜くことを主たる目的にしたような条例案が出されるのも、一部「左翼」的な人々が思いこんでいるような「右翼」な話などではさらさらなく、要するに、「うらやましい」公務員やとりわけ教師がブラックな状況に追い込まれるのを見て憂さを晴らしたいという、自分もまたブラックな職場でつらい思いをしている人々の無意識の要望に見事に応えるものになっているからなのではないかと思われるわけです。

岩波のHPに、第4章の「心を病む」の一節がやや長めにアップされています。

その一部を引用しておきましょう。最近あらゆる職場でみられるメンタルヘルス問題の、一つの象徴的な事例がここにあります。

>そして10月.男子の間でトラブルが頻発するようになった.

 ある日,男の子が別の男子に殴りかかっていた.止めにいき,事情を聞いたところ,手を出した男子はその場で謝った.それから一週間後,たたかれた男子の保護者から訴えがあった.「お風呂で見ると,殴られたところがあざになっていて,家で泣いていた」という.

 学級懇談会でも,その保護者から「うちの子は,ぼこぼこにされて泣いて帰ってきた.対応に納得がいかないし,残念です」という発言が出た.ほかの親からも,「ほかのクラスに比べて落ち着きがないのではないか」,「もっと細かく連絡がほしい」,「落ち着きのない子がいて,ケガをしないか不安」などという声が相次ぐ.

 その場をなんとかおさめたが,ミチコさんは教室でそのまま泣いた.もう学校に行くのはやめよう.その日の帰り道,欠席した子の家庭訪問に行く途中,混乱のあまり道がわからなくなった.

 自宅に戻っても泣き続けた.母親にも「もう行かない.いまの仕事は辞めたい」と話した.これ以上我慢しなくていいのかと思うと,それだけで心が落ち着いた

もしかしたら、執筆した朝日新聞の記者の皆さんや岩波書店の人の意図とは少し違うかも知れませんが、わたしは、「今こそ、教師だって労働者だ」というメッセージを受け取りました。

かつて日教組がこの言葉を唱えたときには、かなり違うニュアンスで使われたのではないかと思いますが、妙に政治的な意味合いなど全て抜いた後に残る、ほんとうに厳しい職場環境で働かざるを得ない教師たちに、今ほんとうに必要なのは、この言葉なのではないかと思います。

妙な色合いの付きすぎた「教育問題」ではなく、「労働問題」として教師たちの現状を見つめるところから、もつれた問題を一つ一つ解きほぐす道は開けるのではないか、と思われるのです。

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コメント

能力の無い人や、まして精神的におかしくなった人が教師を続けていたら、子どもたちにとってはいい迷惑です。それ自体が大問題だと思いますが。
 今までは不適格な教師を排除できる仕組みが無かったから、問題教師がいつまでも子どもたちに被害を及ぼしつづける。
 教師の権利も大事かもしれませんが、それよりまず先に子どもたちを守るための仕組みが必要でしょう。

教師の問題は「教育問題」と考えがちでした。「労働問題」という視点で考えると、企業で働いている自分にとって共感しやすいです。

記事で紹介されている本を読みたくなりました。休めるかわかりませんが、年末年始に読んでみようと思います。

実際に学童期の子供を持つ親としてはこんなふざけた気持ちで大阪の教育条例案に関心を寄せていませんが、どこからこんな邪推が出てくるのでしょう?
現状、どこのチェックも受けない教育行政を当事者の手に戻そうというだけの話じゃないですか。
管理職と若手の幼さは、そりゃひどいものですよ。

>一部「左翼」的な人々が思いこんでいるような「右翼」な話などではさらさらなく、要するに、「うらやましい」公務員やとりわけ教師がブラックな状況に追い込まれるのを見て憂さを晴らしたいという、自分もまたブラックな職場でつらい思いをしている人々の無意識の要望に見事に応えるものになっているからなのではないかと思われるわけです。

特にこの部分は、不幸にもブラックな企業に巡り会ってしまった人たちを救済するどころか蔑んでますね。

>要するに、「うらやましい」公務員やとりわけ教師がブラックな状況に追い込まれるのを見て憂さを晴らしたいという、自分もまたブラックな職場でつらい思いをしている人々の無意識の要望に見事に応えるものになっているからなのではないかと思われるわけです

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