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2011年10月

2011年10月31日 (月)

年少者の不当雇用慣行実態調査報告@婦人少年局

旧労働省の婦人少年局というところは、むかしは非常に熱心に女性や子どもたちの労働実態の調査をやっていたのです。とりわけ、今ではほとんど忘れ去られているでしょうが、年少者の不当雇用慣行について、1950年代の半ばごろにその実態を暴いた報告書は、東北地方、九州地方、近畿地方、関東甲信越地方の4分冊として、刊行されています。

おそらく今では役所の中でも誰も知らないであろうこの報告書を、ちょっと紹介してみましょう。今ではみんながうるわしく描き出す「三丁目の夕日」のちょっと前の時期の、日本社会の凄絶な実態をちょっとの間だけでも思い出すために。

やはり、人身売買の本家といえば東北地方で、1950年代にもこういうケースが結構あったようです。

>年齢:15,性別:女、業務内容:芸妓見習、前借金:1万円、備考:中学1年中退

もともと生家があまりに貧しいので、食べるだけでもという親の考えと、芸者にすれば教育をしない女の子でもまとまった金が入るという親の考えから、雇主は「この子はここにいるからこそ乞食もしないでいられる」と言っていた。

・・・・・・のですが、よく調べると出るわ出るわ。U子は、昨年11月ごろから売春を強要され、置屋で客を取っていたが、あまり客を取らされることが辛く、置屋を飛び出し、市内の某マーケット内にあるバーに身を寄せた。・・・

置屋では、その町の大親分と恐れられている一六親分を介し、バーに対して、U子の身柄と、前貸金を始め貸金及び費用を請求した。・・・

父親は「長女の時以来、長いこと置屋のお蔭で生活してきたので、大変御恩を受けているのに今度U子が約束を果たさなかったので置屋に申し訳ない。その代わりにみよ子(四女、小学6年の長欠児)を置屋にやる」といっており、・・・

>年齢:12、性別:女、業務内容:農家の家事手伝、前借金:2万円、契約期間:5年

既に作男として働いていた兄が、父親に実家で生活するより川口にいた方がよいから、H子もここで働くようにしてはとすすめたことや、父親にしても長男が良くしてもらっているのを知っていたので、長女のH子を説得して、雇い入れ先の農家へ住み替えさせたものである。

本人に会って聞いてみると、「貧乏な家のことを思えば、現在の方がずっと良いから帰りたいとは思わないし、このまま働いていて、家への送金や、自分の貯金ができるようになりたい」ということしか考えていず、就学の希望も全くない。

>年齢:14、性別:女、業務内容:商店の女中兼子守、契約期間:3年、備考:中学1年中退

調査担当者がA子に会ったとき、A子の両手は凍傷で真っ赤に腫れ上がっているにもかかわらず、元気で働いていたという。学校へ行きたいかと尋ねると、及びもつかぬといった顔で目を見張っていたそうで、遊ぶことも、着ることも考えないで、仕着せにもらった着物や、洋服などは、着ないで仕舞っておき、3年の年期もあと1年と、辛抱して家へ帰るまでは、自分の身体のことなど考えてもいないらしく、何を聞いても辛いと言わなかった。

というような事例が、次々に、これでもか、これでもか、と並んでいます。

念のため、これは言うまでもなく日本国に既に労働基準法が施行されている時期の話です。

わたくしの生まれるほんの少し前の時代の日本社会の話です。

こういう「古き良き時代」の話を聞くと、金融関係者はやはりこういう感想を持つのでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-b9d7.html(キキを見てこういう感想を持つたぐいの人々)

>魔女の宅急便のキキは、労働組合も作らないし、首になっても割増退職金も要求しない。セクハラだパワハラだと訴えない。今の労働者も見習うべき。

見習うべき模範は、ほんの半世紀前には山のようにあったわけです。

(追記)

同じシリーズの「九州編」から。

>年齢:16、性別:女、業務内容:接客婦、前借金:4万円、仲介人:兄の夫、備考:中学2年中退

W子の父は白痴、母はその夫と10人の子をなしながら正式に結婚せず、・・・

6人の姉たちは皆料理飲食店に勤めた経験のある者ばかりであり、無知無能な両親、特に母親は生活困難のために子どもを犠牲にしてその日を送ることを何ら社会悪として観ずることなく、母親としての愛情に欠けている。W子は中学2年の時料亭に行き暫くして連れ帰られ、学校へ出たが途中で止めている。・・・

彼女が料亭に出るようになったのは掲記の通り長女H子及びその夫の強制によるものである。長女H子は現在第2回の刑に服役中であるが、第1回の刑を終えて帰った際、W子に家の加勢をせよとだまし県内某地方に売り、4万円の前借りは母に渡さずH子夫婦が着服している。

>年齢:17、性別:女、業務内容:接客婦、前借金:2万3千円、仲介人:父の知人、動機:家計補助

7人兄弟の長女であるE子は家計を助けることが子のつとめと思い働くことにしたと就業の動機を語っている。親元の家族は父母兄弟の9人で父は造船所職工だが給料の遅欠配で月収平均2000円、長兄は会社員で5000円、母は日傭い日給150円とあわせて1万円前後が総収入であるが、家計困難はE子をかかる業婦としての途へ追いやり、更に父(46歳)が雇主に借金をなしE子の前借りが嵩むということになっている。

>年齢:15、性別:女、業務内容:接客婦、備考:中学1年退学

Y子の親元は7人家族で父は日傭い稼ぎをして月収平均7000円、ほかに収入は全然ない状態である。

このような状態のもとにあって、Y子は13歳の折、父より親のためと思っていってくれと勧められ、父はまた周旋人の口車に乗り、遙々と青森へ売られていった。無知という前に自分の娘を私物視する観念がいかに根強くこれらの階層の中に残っているかを多くの事例は示している。

中高年の無就業・無就学者の増加

New 『日本労働研究雑誌』11月号は、恒例の労働判例ディアローグが和田・道幸両先生。特集が「ミッドエイジの危機」ですが、

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/new/

提言「就業規則」を用いない労働契約法を  (111KB) 毛塚 勝利(中央大学法学部教授)

ディアローグ:労働判例この1年の争点和田 肇(名古屋大学大学院法学研究科教授) 道幸 哲也(北海道大学名誉教授)

特集:ミッドエイジの危機解題ミッドエイジの危機  (166KB) 編集委員会

論文中年齢層男性の貧困リスク――失業者の貧困率の推計  四方 理人(関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構統計分析主幹) 駒村 康平(慶應義塾大学経済学部教授)

中高年男性の不安の構造を探る――パネル調査の分析を通じて  松浦 民恵(ニッセイ基礎研究所生活研究部門主任研究員)

60歳以降の勤続をめぐる実態――企業による継続雇用の取組みと高齢労働者の意識・行動  藤本 真(JILPT副主任研究員)

紹介中高年の無就業・無就学者の最近の状況 西 文彦(総務省統計研修所研究官室)

ここでは、一番目立たない「紹介」の西論文を。

無就業・無就学というのは、いわゆるNEETに近い概念ですが、これにあたる中高年が近年増加してきているという事実を淡々と述べているんですが、じわじわとその怖さがにじみ出てくる、そんな論文です。

>35~39歳の「無就業・無就学者」がこの10年間で約2.5倍に増加。

>2010年における35~39歳のコーホートの「無就業・無就学者」がこの10年間で倍増

といったデータが示されています。

いや、別に下のエントリと直接関係はないのですけど・・・・・。

こちとら働いてなんぼだ by ももいろクローバーZ

来月発売されるらしいももいろクローバーZの「労働讃歌」という歌が、既にyoutubeにアップされていたので、聞いてみました。だって、「労働讃歌」ですからね、聞かないわけにはいかないじゃないですか。

それにしても、この歌、冒頭から、

>労働のプライドを今こそ歌うぜ

>全員で叫べば勝てるかも知れないぜ

>ドンペリ空けてるセレブじゃねぇんだぜ

ときて、決め文句が

>こちとら働いてなんぼだ

ですからね。まさに槌と汗の臭いのする労働者の労働者による労働者のための労働讃歌。それをかわいい顔の女の子グループに歌わせるのだからな。

サビの

>働こう!働こう!
その人は輝くだろう!

働こう!働こう!
生きていると知るだろう

ってフレーズが、頭の中からなかなか抜けません。

(追記)

もちろん、流行歌の社会学的考察は、POSSEの皆さまにお任せしますが、

http://twitter.com/#!/magazine_posse/status/130714342806130689

>ノンエリート労働者の労働観を歌ったアイドル曲はSMAP「たぶんオーライ」「がんばりましょう」とかAKB48「偉い人になりたくない」とかあるけど(阿部真大『居場所の社会学』参照)、それを社会とつながるポジティブな労働観と両立させた曲は珍しい。

2011年10月30日 (日)

金属労協のTPP早期参加論

世間ではTPPが話題になっているようですが、どうしても論点は農業中心になっているようなので、本ブログでは労働問題の観点からいくつか情報をまとめておきたいと思います。この問題にもっとも熱心に取り組んでいるのは金属労協(IMF-JC)ですが、最近立て続けにいくつかの文書を発表し、また国民会議のシンポジウムでも意見を述べていますので、それらを紹介するところから。

まず10月12日に公表した「政策レポート」が「TPPに早期参加表明を」という特集を組み、次のような記事を載せています。

TPP とは何か~その概要と意義         亜細亜大学教授     石川幸一 … 2
TPP への早期参加表明は日本再生にとって不可欠 金属労協政策企画局次長 浅井茂利 … 8
TPP と農業                  元農林水産事務次官   髙木勇樹 … 15
TPP への早期参加表明を求める金属労協見解                    … 23
地方議会におけるTPP 反対の動きなどに対する金属労協組織内の対応について    … 23

このうち、浅井さんの文章が金属労協の考えをよく示していますので、いくつか引用しておきましょう。

>東日本大震災によって、被災地の工場が損壊するとともに、素材や部品の供給が損なわれ、電力をはじめとするエネルギー不足と相まって、日本のものづくり産業は、操業停止、操業短縮に追い込まれたところが少なくない。ここ数年、国内生産重視の傾向があったが、大震災をきっかけに、再び海外展開が加速し、国内の生産拠点と雇用が失われることが強く懸念されている。国内投資を促進し、加工貿易立国、ものづくり立国であり続けるための事業環境整備に力を注いでいかなくてはならないが、TPP参加は、その重要なファクターである。日本企業だけでなく、外国企業が生産拠点を設けようとする場合にも、TPP参加国か否かは、重要な判断基準になってくるだろう。

>わが国では、農産物の市場開放を進めることができないため、経済援助や看護・介護人材の受け入れを代償にEPAを締結してきたが、こうしたやり方は行き詰まっている。

>現行のTPPでは、労働に関する覚書が締結されている。ILOの中核的労働基準(結社の自由・団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別の排除)を確認し、加盟国にこれに則した労働法や労働政策を求めるとともに、貿易や投資奨励のための労働規制緩和は不適切であることを規定している。
 TPPは、新興国・発展途上国の勤労者にとって、経済成長に見合った生活水準の向上を実現する上で、きわめて重要な役割を果たすことになる。
 金属労協の所属するIMF(国際金属労連)では8月、「TPP交渉に関するIMF声明」を発表したが、この中ではTPP交渉を、従来の2 国間FTAではなし得なかった「雇用拡大支援、社会的保護の改善、そして労働者の基本的権利、環境基準、人権、民主主義の推進を通じた生活水準の引き上げ」を目的とする貿易を実現するための「新たなフレームワークを築くべき好機」であると位置づけている。

10月20日には、「TPPへの早期参加表明を求める金属労協緊急アピール」を、参加5単産の代表である議長、副議長の連名で公表しています。

http://www.imf-jc.or.jp/top_img/tpp_appeal20111020.pdf

>11月のAPECを目前に、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加表明の是非が焦点となっている。金属労協は、TPP参加が日本再生にとって不可欠との考えに立ち、一刻も早く参加表明を行うよう、ここに緊急アピールを行う。

東日本大震災からの復興にとり、日本経済の再生、成長がきわめて重要である。しかしながらわが国経済は、超円高、デフレ、FTA・EPA締結の遅れ、電力不足などによって、大打撃を受けている。ものづくり事業拠点の海外移転、素材・部品の海外調達がさらに加速しつつあり、国内雇用環境は悪化している。わが国再生のためには、ものづくり産業の事業環境整備によって、国内産業基盤を強化し、雇用を確保していくことが決定的に重要である。

資源の乏しいわが国は、戦後の自由貿易体制によって多大な恩恵を受けてきた。わが国はFTA締結の遅れにより、国際競争上、著しく不利な状況に陥っているが、TPP参加により、EUなどTPP以外の国々とのFTAも促進される。また、日本企業のサプライチェーンが、TPPというひとつのFTAの傘下に集う意義も大きい。加えて、中核的労働基準や環境基準が盛り込まれる方向となっており、環太平洋地域全体の持続的かつ公正な成長実現にとって、大きな前進である。

なお、農業の強化が重要であることは言うまでもない。TPP参加を契機に、自立した強い農業、環境にやさしく安全な食品を供給する産業としての農業の確立を図るべきである。

TPPに関する情報が限られているため、国内の議論には混乱が見られる。政府は、正確な情報に基づき、日本経済の空洞化阻止、長期的な成長の実現という観点に立った国民的議論を促し、もって早急にTPP交渉参加を決断すべきである。

10月26日には、若松事務局長が「TPP交渉への早期参加を求める国民会議」シンポジウムにパネリストとして参加し、次のように述べています。

http://www.imf-jc.or.jp/top_img/tpp_sympokiji.pdf

>パネリスト:若松英幸(金属労協事務局長)

IMF-JC(日本語略称:金属労協、以降JCと略)は自動車や電機、鉄鋼、造船重機、機械産業などで働く労働者200万人で構成されています。JCでは、昨年の4月に、日本のTPP交渉への早期参加を政府に求めていくことを決定し、当時の直嶋経済産業大臣に直接要請も行って参りました。その後、この議論が本格化するに従い、お手元に配布してある政策レポートのように、JCに加盟する5つの産業別組合の意思結集を図り、また地方組織に対しても、地域での理解を深めるよう働きかけてきました。TPPについては、不正確な情報が蔓延しておりましたので、資料集を発行し、先週10月20日にも、改めて「TPP早期参加表明を求める緊急アピール」を発表したところであります。

われわれが、なぜ他に先駆けてTPP参加を主張したのか。それは2つの観点、国際労働運動の側面と国内雇用の問題とがあると考えております。国内雇用については、またのちほど発言させていただくとして、まず国際労働運動のお話しをさせていただきます。

私どもの組織IMF-JCの「IMF」とは、国際金属労働組合連盟の略称であります。世界で2,500万人の組織人員を数え、私どももその主要なメンバーであります。IMFは、ILO(国際労働機関)加盟国に義務づけられている中核的労働基準、すなわち結社の自由・団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別の排除という4つの項目を、世界であまねく確立する運動にとくに力を入れておりまして、私どもも積極的に参画しております。

グローバル化に対応し、日本企業の生産拠点の海外展開も急激に拡大しておりますが、それと同時に、そのような海外拠点での労使紛争が頻発しております。労使交渉がこじれてストに入る例などは多々ありますが、組合役員を解雇したり、組合活動を妨害したりという事例も尐なくありません。こうなってしまうと、中核的労働基準違反とみなされ、国際的な非難の対象となってしまいます。JCは日系企業の母国の労働組合として、現地の組合の皆さん(仲間)はもとより、企業にとってもよい解決が図れるよう、日々、対応に追われています。また労使紛争を未然に防止し、話し合い重視の、健全な労使関係が構築されるよう、日本国内と進出先の相手国で、労使を対象としたセミナーやワークショップを開催しているところであります。

中核的労働基準に関する労使紛争が勃発する原因・背景は、いくつもありますが、進出先の労働法制が中核的労働基準を満たしていない、あるいはその運用に不備がある、といった場合には、労使紛争が起きやすいと言えます。

また、私はかつて北米自由貿易協定(NAFTA)で注目を集めるメキシコのマキラドーラを訪問したことがあります。そのような輸出加工区(EPZ)や特区では、税などの優遇だけでなく、団結権が制限されていたり、労働基準や環境基準が他の地域よりも弱められていて、そうしたことで外国企業を誘致しようという例が尐なくありません。そうした特区では、経済活動は盛んになるものの、従業員の賃金は低いまま、職場の環境、安全衛生面は劣悪、従ってその国の経済全体を底上げすることにもならない、という場合があります。企業にとっても、目先の利益になるかもしれませんが、決して長期的な利益にはならないだろうと思います。

とくに、健全な経済活動をする企業が、賃金・労働条件が低く、環境意識も低い企業と、競争しなくてはならないという点で、健全な市場競争、公正競争にも反すると言えます。自由放任というのはウィン・ウィンの関係を約束するものではなく、貿易のルールを慎重に運用しなければ様々な問題を内包していることも承知しております。

TPPでは、貿易・投資の促進を目的とした労働基準や環境基準の緩和の禁止、中核的労働基準の遵守、国際的環境基準の遵守などが盛り込まれる方向と認識しております。TPP参加国の長期的かつ持続的な発展、社会的な公正が確保された成長、健全な市場経済を実現するのに、大きな前進と言えるのではないかと考えております。

従来、国際労働運動の世界では、自由貿易やFTAに対し、どちらかというと消極的な姿勢が見られたことは事実です。しかしながら、EU・韓国FTAの合意以降、そうした雰囲気は大きく変化しております。IMF(国際金属労連)では、この8月にTPPに関する声明を発表しておりますが、この中でも、TPPは、貿易を通じて雇用を拡大し、社会的保護を改善し、生活水準を引き上げるための「新たなフレームワーク」である、と評価しております。

以上、国際労働運動の面から見たTPPの意義について、まずお話しをさせていただきまし
た。

>パネリスト:若松英幸(金属労協事務局長)

いま、日本のものづくり産業が、大変厳しい状況に追い込まれているのは、みなさんご承知のとおりです。経済の実力を大きく超える1ドル=75円という超円高、デフレの継続、電力の供給不安と料金引き上げ、そしてFTA締結の遅れ、これらが輸出産業を直撃しており、それがひいては、日本経済全体に打撃を与え、空洞化が現実のものとなりつつあります。ものづくり産業では、海外向けの生産拠点のみならず、マザー工場や開発拠点までもが、海外に移転する動きが見られ、国内雇用は危機に瀕しています。東日本大震災からの復興を図り、日本再生を果たすためには、ものづくり産業の事業環境整備によって、国内産業基盤を強化し、雇用を確保していくことが決定的に重要だと思います。

資源の乏しいわが国は、戦後の自由貿易体制によって多大な恩恵を受けてきました。2010年の金属産業の輸出は49兆円と日本の輸出額の73%を占め、貿易黒字は30.2兆円(日本全体は6.6兆円)で、燃料や資源、食糧などの輸入に寄与しています。

わが国はFTA締結の遅れにより、国際競争上、著しく不利な状況に陥っています。この点については、みなさん十分にご承知ですので、これ以上申し上げませんが、TPP参加によって、TPP域内に対する競争条件が改善するのはもちろん、EUなどTPP以外の国々とのFTA締結も、促進されることになると思います。

グローバル経済の中で、日本のものづくり産業はどのような方向で生きていくか、われわれとしては、海外の消費地生産、あるいは消費地の近くの拠点国での生産が、一層進んでいくことを踏まえつつ、やはり国内としては、研究・開発拠点、マザー工場、最先端・高機能・高品質製品の生産拠点、高度素材・部品の供給拠点としての役割を、引き続き果たしていきたいと思っております。そうした場合、日本企業のサプライチェーンが、TPPというひとつのFTAの傘下に集うということの意義は、非常に大きいと考えます。東日本大震災によって、日本からの素材・部品供給がいかに重要かということが再認識されました。リスク分散の観点から、見直しの動きもあるようですが、われわれとしては、何とかその地位を保持していきたい。TPP参加は、そのための重要な環境整備であります。

TPPへの参加に際しては、農業問題がやはり焦点となります。農地の集約化・大規模化、生産者の創意工夫が生かされる仕組みが不可欠だと言われて久しく、またそうした政策も行われてきましたが、実効が上がってきませんでした。日本の農業強化のためには、やはり専業農家を強化していく農政が必要不可欠です。高齢化や、消費の減尐で耕作放棄地が広がっていく現状を見ているだけではなく、若者に魅力ある産業としての農業を強化していくことも必要ではないでしょうか。

本日はこの場に、おおぜいの経営者の方がおられると思います。国内拠点を維持するかどうかは、結局は企業の経営判断です。日本企業の強みの源泉は、たとえどのような時代になっても、国内拠点の「現場」、「人」にあると思います。国内拠点なしで、韓国企業、中国企業と伍していくことは難しいのではないかと思います。

私たちは小さい時から「資源の乏しい日本は、原材料を輸入し、付加価値の高い製品に加工して輸出することで経済が発展する」と教えられ、今でも、そして将来も、貿易・ものづくり立国であると信じています。グローバル化がますます進展する時代に、貿易の門戸を閉ざして生きていける時代でないことは、多くの人が実感していると思います。

IMF-JCとしては、TPP参加を機に国内の産業を活性化し、新たな産業の振興を図り、長期安定雇用の場を維持・拡大したいと願っています。ぜひ、ご理解・ご協力を頂きたく、よろしくお願い致します。

金属労協の立場が非常に明確に打ち出されているといってよいでしょう。

上で引用されている国際金属労連(IMF)のTPPに関する声明というのは、こちらにありますが、

http://www.imfmetal.org/index.cfm?c=27413&l=2

IMF unions demand fair trade in Trans-Pacific agreement

IMF労組はTPP協定における公正貿易を要求する

>IMF affiliates from countries in Asia-Pacific and the Americas met in Geneva on August 29 to discuss the ongoing negotiations for a Trans-Pacific Partnership Agreement. A joint trade union strategy was defined to make the creation of quality jobs and the promotion of fundamental labour standards an explicit goal of the agreement.

アジア太平洋アメリカ地域のIMF参加労組は8月29日にジュネーブで会合し、TPP協定に向けた交渉について議論した。労働組合の共同戦略は、上質の雇用の創出と労働基本権の促進を協定の明示の目標とすることである。

この声明で注目しておきたいのは、公共サービスへの言及でしょう。

>Furthermore the TPP must not include provisions on any essential public services;  rules that can limit the governments’ sovereign right to legislate in the interest of their citizens or prevent access to affordable medicines; and commitments on financial services and investment liberalization that can limit the countries’ ability to control capital flows and undermine effective financial regulation.

さらに、TPPは重要な公共サービスに関する規定、市民の利益のための立法する政府の主権を制限したり、医療へのアクセスを妨害するするようなルール、各国の金融規制を掘り崩すような金融サービスへのコミットメントや投資の自由化を含めるべきではない。

この部分は、金属産業労働者としても重要な点だということなのでしょう。

2011年10月29日 (土)

今こそ、教師だって労働者

Book岩波書店の田中朋子さんより、彼女が編集を担当された朝日新聞教育チーム『いま、先生は』をお送りいただきました。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0221870/top.html

>気力を失い早期退職を選ぶベテラン,力尽きて倒れる者,過労死する者,心を病む者,迷いながら教師らしくなっていく新人,非正規雇用でも教えることに情熱をもつ若者…….教師という,過酷でありながらなお人を惹きつける仕事の現在に迫り,大反響をよんだ朝日新聞の連載に,新原稿と読者からの「反響編」を加えて単行本化.

世の中には、「教育問題」という厳然たるカテゴリーがあるようです。そして、この「教育問題」にいったん放り込まれると、そのものすごい磁場に巻き込まれて、それ以外の視点はなかなか見えなくなるようです。

この本も、本屋さんでは「教育問題」のコーナーに並べられるのでしょう。

しかし、ここで描かれている教師たちの姿は、ブラック企業で身をすり減らし、心を病み、自殺に追い込まれていくあの労働者たちとほとんど変わらないように見えます。

そう、これは何よりもまず「労働問題」、教師という名の労働者たちの限りなくブラックに近づいていく労働環境について問題を提起した本と言うべきでしょう。

彼ら教師たちの労働環境をブラック化していく元凶は、「教育問題」の山のような言説の中に詰め込まれている、文部省が悪いとか日教組が悪いとか、右翼がどうだとかサヨクがどうだとか、そういう過去の教育界の人々が口泡飛ばしてきた有象無象のことどもとはだいぶ違うところにあるということを、この秀逸なルポルタージュは浮き彫りにしています。

それは、親をはじめとした顧客たちによる、際限のないサービス要求。そしてそれに「スマイルゼロ円」で応えなければならない教師という名の労働者たち。

今日のさまざまなサービス業の職場で広く見られる「お客様は神さま」というブラック化第一段に、「この怠け者の公務員どもめ」というブラック化第2段階が重なり、さらに加えて横町のご隠居から猫のハチ公までいっぱしで語れる「教育問題」というブラック化第3段階で、ほぼ完成に近づいた教育労働ブラック化計画の、あまりにも見事な『成果』が、これでもかこれでもかと描かれていて、正直読むのが息苦しくなります。

改めて考えれば、某関西の地方自治体で公務労働者やとりわけ教育労働者を標的にしていじめ抜くことを主たる目的にしたような条例案が出されるのも、一部「左翼」的な人々が思いこんでいるような「右翼」な話などではさらさらなく、要するに、「うらやましい」公務員やとりわけ教師がブラックな状況に追い込まれるのを見て憂さを晴らしたいという、自分もまたブラックな職場でつらい思いをしている人々の無意識の要望に見事に応えるものになっているからなのではないかと思われるわけです。

岩波のHPに、第4章の「心を病む」の一節がやや長めにアップされています。

その一部を引用しておきましょう。最近あらゆる職場でみられるメンタルヘルス問題の、一つの象徴的な事例がここにあります。

>そして10月.男子の間でトラブルが頻発するようになった.

 ある日,男の子が別の男子に殴りかかっていた.止めにいき,事情を聞いたところ,手を出した男子はその場で謝った.それから一週間後,たたかれた男子の保護者から訴えがあった.「お風呂で見ると,殴られたところがあざになっていて,家で泣いていた」という.

 学級懇談会でも,その保護者から「うちの子は,ぼこぼこにされて泣いて帰ってきた.対応に納得がいかないし,残念です」という発言が出た.ほかの親からも,「ほかのクラスに比べて落ち着きがないのではないか」,「もっと細かく連絡がほしい」,「落ち着きのない子がいて,ケガをしないか不安」などという声が相次ぐ.

 その場をなんとかおさめたが,ミチコさんは教室でそのまま泣いた.もう学校に行くのはやめよう.その日の帰り道,欠席した子の家庭訪問に行く途中,混乱のあまり道がわからなくなった.

 自宅に戻っても泣き続けた.母親にも「もう行かない.いまの仕事は辞めたい」と話した.これ以上我慢しなくていいのかと思うと,それだけで心が落ち着いた

もしかしたら、執筆した朝日新聞の記者の皆さんや岩波書店の人の意図とは少し違うかも知れませんが、わたしは、「今こそ、教師だって労働者だ」というメッセージを受け取りました。

かつて日教組がこの言葉を唱えたときには、かなり違うニュアンスで使われたのではないかと思いますが、妙に政治的な意味合いなど全て抜いた後に残る、ほんとうに厳しい職場環境で働かざるを得ない教師たちに、今ほんとうに必要なのは、この言葉なのではないかと思います。

妙な色合いの付きすぎた「教育問題」ではなく、「労働問題」として教師たちの現状を見つめるところから、もつれた問題を一つ一つ解きほぐす道は開けるのではないか、と思われるのです。

ボワソナード民法と労働者性

先に、「労使関係とは誰のどういう関係か?-個人請負就業者の「労働者性」をめぐって」をアップしましたが、その最後では野球選手やサッカー選手、さらには相撲の力士にも言及してます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/bltroushi.html

また、最近本ブログで芸能人の労働者性についていろいろ書いたりしてきています。

実は、ここには書いていないのですが、現行民法の前のいわゆる旧民法(ボワソナード民法)には、こういうスポーツ選手や芸能人の契約が、雇傭契約であるとはっきり明言されています。

>第12章 雇傭及ひ仕事請負の契約

第1節 雇傭契約

第260条
 使用人、番頭、手代、職工其他の雇傭人は年、月又は日を以て定めたる給料又は賃銀を受けて労務に服することを得・・・・

>第265条
 上の規定は角力、俳優、音曲師其他の芸人と座元興行者との間に取結ひたる雇傭契約に之を適用す

もちろん当時は「労働者性」などという言葉はありませんが、少なくとも「角力、俳優、音曲師其他の芸人」は、この後に出てくる「仕事請負契約」などではなく、「雇傭契約」であることは明らかであったわけですね。

2011年10月28日 (金)

労働基準関係情報メール窓口開設

11月1日から、労働基準局が「労働基準関係情報メール窓口」を開設するようです。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001tcg5.html(賃金不払残業(サービス残業)などの情報提供メールを24時間受け付けます!)

>1 労働基準監督署が労働時間や賃金の問題について監督指導すべき事業場を的確に把握し、適切な指導を行うためには、労働者やご家族の方などから多くの情報を得ることが大変重要になっています。このため、厚生労働省では24時間受付が可能なメール窓口(「労働基準関係情報メール窓口」)を設けます。


2 「労働基準関係情報メール窓口」では、職場での長時間労働、賃金不払残業(サービス残業)をはじめとする労働基準法などに関係する問題がある場合に、電子メールで情報を受け付けます。受け付けた情報は、関係する労働基準監督署へ情報提供し、監督指導業務の参考として、役立てます。

メールで訴えること自体が申告になるというわけではなく、それを手がかりに当該企業、事業場を監督することを計画するということのようですね。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001tcg5-att/2r9852000001tchm.pdf

をみると、

>氏名等を記入していただく必要はありません。

ということですので、あまり思い詰めずに気軽にメールできる一方で、匿名をいいことに、いい加減な情報や嘘の訴えが送られる可能性もあるわけで、メールを受け取った後の対応が結構大変かも・・・という感じもします。

労働基準法違反をきちんと摘発していくことは重要なのですが、あんまり匿名通報文化がはびこるのはどうかなあ、という気もします。ほんとうは

>具体的な事案について対応をお求めの場合は、職場の所在地を管轄する労働基準監督署にご相談下さい

ってのが本筋ではあるわけです。

まあ、それがやりにくいという状況があるからなんですけど。

竹森俊平『国策民営の罠』

168113日本経済新聞出版社の平井さんより、同社から最近刊行された竹森俊平さんの『国策民営の罠 原子力政策に秘められた戦い』をお送りいただきました。

わたくしが本ブログでいつも紹介している本とはいささか違った毛色の本という印象ですが、実は必ずしもそうでもないということがわかります。

竹森さんはいうまでもなく、「りふれは」ではないまっとうなリフレ派経済学者の代表ですが、本書は、ご本人の言葉を借りれば、「一種の推理小説」として書かれています。名探偵竹森俊平が、原子力損害賠償法の「謎」を解き明かすべく、半世紀前の立法過程を丹念に追いかけ、そこに我妻栄を代表とする法学者たちと、水田三喜男を代表とする大蔵省との手に汗握る迫真のドラマを再現してみせるのです。

>なぜ原発事故が起き、賠償支援策が迷走するのか?その原因は、50年前に成立し電力会社の原発推進を決定づけた原子力損害賠償法にあった。
民間企業が起こした原子力事故のリスクを国が肩代わりすることを明確に示そうとした「民法の神様」我妻栄・東大教授と、そこに「あいまいさ」を埋め込もうとした蔵相・水田三喜男、そして原発推進に慎重だった「電力の鬼」松永安左エ門――それぞれの思惑、知的な戦いを追い、同法成立に秘められた政・官・財・学の意思決定力学を、ミステリータッチで解き明かす。

そう、ここには、一部「りふれは」の蟹が甲羅に似せて穴を掘るが如き卑小な陰謀説などではなく、あるべき理念とあるべき理念がぶつかりあう立法過程の見事な分析があります。

法律の条文の一見細かな規定に見えるところに仕込まれたさまざまな意図が半世紀の時を隔てていま東電の問題を動かしているのですね。

(参考)

本書とは直接関係ありませんが、本ブログで竹森俊平さんに触れたエントリとして、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-78d9.html(竹森俊平氏の増税による公共事業論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-b5a1.html(「りふれは」はなぜ竹森俊平氏を罵倒しないのか?)

また、せっかく本書を読みながら、その一番大事なところを読み飛ばし、自分の矮小な甲羅に似せて書評を書いた人もいるようです。

http://news.livedoor.com/article/detail/5954317/(犯人を間違えた推理小説 - 『国策民営の罠』)

いじめ・嫌がらせ専門相談員

9月28日の労働政策審議会(本審)の議事録がアップされました。総花的な内容ですが、他の分科会や部会には出てこないような興味深い話もありますので、若干紹介しておきます。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001td0e.html

まずは、労働局の総合労働相談コーナーにいじめ・嫌がらせ専門相談員を配置するという話題。電機連合の齊藤委員が質問して、苧谷地方課長が答えています。

>○斉藤委員 私からは、良質な労働環境の確保につきまして、総合労働相談コーナーにおける相談員についてご質問とご意見を申し上げたいと思います。

 労働相談につきましては、連合でも47都道府県の地方連合会で、全国共通のフリーダイヤルを含めまして、随時、相談を行っております。実際、相談者の方の声を聞きますと、行政機関に相談したがたらい回しにされたという声や、行政の労働相談を受けた際に、相談者の資質にちょっと問題があるのではないかと感じて連合に相談した、というケースも少なからずあるという報告がなされております。本日のご説明の中で、「『いじめ・嫌がらせ』といった相談が増加するなど、複雑・困難化している個別労働紛争の円滑かつ迅速な解決の促進を図る」という観点から、「総合労働相談コーナーに高度な知識を有する相談員を配置する」ということが示されておりますが、ここで想定しています「高度な知識を有する相談員」というのは、どういう資質を有する方なのかということを具体的にお伺いしたいと思います。

 また、この相談コーナーに平成24年度からいじめ・嫌がらせ専門相談員を新設するという話も聞いております。相談員の増員もさることながら、現状の相談員の相談体制の質を向上させるということも考える必要があるのではないかと考えます。この点では、雇用・能力開発機構で就職支援を具体的に行うに当たりまして、就職支援の指導員の方が就職支援の悩みを明らかにして、受講者個人に対する就職支援の行動を例示するというツールも作成しているという話を聞いております。年間、100万件を超える労働相談におきましても、相談の内容を類型化して、その成功事例、失敗事例を活かす工夫を検討されたらどうかと考えております。また、相談体制につきましても、組織的、体系的に人材をどう選定して投入していくのかという視点も重要だと思いますので、その件につきましてもご検討いただければと考えます。・・・

>○苧谷大臣官房地方課長 斉藤委員ご指摘の総合労働相談コーナーの件ですが、近年、いじめ・嫌がらせに関する相談件数は非常に増加しているとともに、これらの分野も含めて個別労働紛争の事案が複雑化しているということから、質の向上のために、来年度は高度な知識を有する相談員を47人要求するということにしています。

 この相談員に求められる資質は、まず労働分野に関する基本的な知識、これは当然ですが、それに加えて相談者がメンタル上の問題を抱えていることも多いことから、このような相談者に対応できるカウンセリング等の能力、実際に一定の配慮が必要な相談に従事した経験、このようなものを考えており、これらを有する方々を採用することを考えています。採用後、最新の研修、あるいは実施の相談事例から抽出した事例を基にした参加型の研修の実施を予定しています。この相談員が労働局に戻り、これらの研修の成果を他の一般の総合労働相談員にも伝えていただいて、本省でもそれ以外に相談好事例・失敗事例も含めて収集して、労働局に情報を提供することにより、相談の質の向上を図っていくことを考えています。

ということだそうです。

やはり、いじめ・嫌がらせが多いということに加えて、メンタルヘルスがらみの相談が多いわけで、産業医の方面だけでなく、こちら労働相談の方面でもメンヘルの知識がますます重要になって来つつあるということなのでしょう。

その他の事項は、だいたい各分科会、部会で議論されていることですが、それらを超えた、全体的な、そしてある意味で政治にも関わる問題について、冒頭JAM出身の津田弥太郎政務官が触れ、後の方で岩村正彦先生がコメントしていますので、それぞれ引用しておきます。熟読玩味して欲しい肝心の方々が読むかどうかは分かりませんが・・・。

>○津田厚生労働大臣政務官 おはようございます。野田内閣の発足に伴い、前任の小林政務官に代わりまして雇用労働分野の担当政務官となりました、参議院議員の津田弥太郎と申します。・・・

 言うまでもなく、この雇用労働分野におきましては、国際的にはILOがございますし、各国労使同数参加の審議会を通じた政策決定を行う旨が規定されております。私は、国会にまいりまして、この労働政策審議会の重みというものを非常に強く感じているわけでございます。とりわけ、身から出た錆でございますけれども、我が党の行政刷新会議等々でさまざまな取組みがされる中で、地域主権ということの中で、ハローワークの地方移管という問題提起がございました。この労働政策審議会におきまして、まかりならぬというご判断をいただいたことに対しましては、大変力強く思った次第でございます。私も、国会の中では当然のことであると思って取り組んできたわけでございますけれども、本当に皆様の賢明なるご判断に感謝を申し上げたいと思うところでございます。・・・

>○岩村委員 簡潔に3点だけ申し上げておきたいと思います。・・・

 3点目は、予算編成と若干関係するのでしょうか、あまり関係ないかもしれませんが、事業仕分けについてです。先ほど政務官も言及されましたが、事業仕分けにおいては、どうしても個別の事業を対象として審査をするということから、往々にして政策全体を見渡した中での事業の位置づけという視点が欠落すると。そのことはすでに労働政策審議会関係でも、例えばジョブ・カードの問題とか、労災保険の労働福祉事業の問題であるとかという形で具体的に現れているところです。また、事業仕分けとは直接関係しませんが、職業訓練が、例えば求職支援との関係で重要であると、政策的には重要なはずなのに、なぜか能開機構が廃止されてしまうとか、政策全体の一貫性という観点からの視点が、どうも欠落をしている気がします。また事業仕分けはやられるようですので、当局方におかれましては、そういうことも念頭に置きながら一生懸命対応していただければと思います。とりわけ政務官もおっしゃったように、特に労働政策については、公労使の三者の審議による政策決定を行っていますので、そういったものについての理解も進めていただければと思いますので、よろしくお願いをしたいと思います。

『新しい人事労務管理 第4版』

0000new_l12451_5 佐藤博樹・藤村博之・八代充史『新しい人事労務管理 第4版』をお送りいただきました。ありがとうございます。

この本は、今さら言うまでもなく、人事労務管理のテキストの決定版であって、このわりと小さな本の中に、語られるべきことがほとんどすべて簡潔に書かれていることは、分かった人であればあるほど感じていることでしょう。

第4版は第3版と比べて、構成はあまり変わっていません。新版までは巻末に「新しい潮流」というのがあったのですが、第3版ではそれは各章に統合されて、歴史と国際比較が終章になっていて、それは引き継がれています。それに加えて、第4版では戦略的人的資源という節が付け加えられています。

とにかく、さらっと読めて、浅くも読めるし、深くも読めるという、いい教科書です。

東電福島第一原発の緊急作業に労働者を従事させる(その労働者を放射線業務に従事させる)事業主の皆様へ

東電福島第一原発の緊急作業に労働者を従事させる(その労働者を放射線業務に従事させる)事業主の皆様へ

http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/20111027-01.pdf

被ばく線量などの記録を提出してください

Radio

2011年10月27日 (木)

『社会労働研究』創刊号

先日、稲葉振一郎さんの話に触発されて、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-dc78.html(社会学部のも一つの源流)

というようなエントリを書きましたが、実は正確に言うと、

>これはこれで大変勉強になる記述ですが、ここには、日本で2番目、私大では最初に作られた法政大学社会学部の話は出てきませんね。

というのは正しくなくて、日本で一番最初にできた「社会学部」という名前の組織は、法政大学社会学部の前身の中央労働学園大学社会学部というべきでした。

さて、法政大学になってからの紀要の『社会労働研究』の創刊号というのを見ると、この「社会学部」というのがほとんど「労働学部」であったことがよく分かります。

>>『社会労働研究』の発刊によす・・・・・・・・・・・総長 大内兵衛
東南アジアの労働運動・・・・・・・・・・・・・・逸見重雄
労働銀行(労働金庫)について・・・・・・・・・・・村山重忠
解雇の「自由」・・・・・・・・・・・・・・・・中島正
社会政策理論の盲点-大河内教授の労働保護立法の理論について・・・・・藤崎英義
国連の安全雇用と失業問題・・・・・・・・角田豊
ボアソナード-日本労働問題への寄与・・・・・・・・小牧近江
木下尚江考・・・・・・・・・・・・・・・・・・村井康男
「米騒動」の第一段階・・・・・・・・長谷川博・増島宏

そして、この創刊号の巻頭近くの「創刊に際して」という短文にも、次のような記述がされています。

>・・・わが学部は中央労働学園大学と呼ばれた新制大学が、法政大学と合併してできた学部であって、社会・労働問題を専攻する学部である。このような学部は、大学多しと雖も、日本ではわが学部以外には存在していない。・・・

>中央労働学園大学は、わが国における労働問題調査研究の先駆的機関「協調会」の後身・中央労働学園の経営するところの大学であった。だから協調会30有余年の歴史を通じて蓄積された約6万冊の内外専門書は、今日なおわが学部の使用に任されており、斯学の研究に志す者のために少なからぬ便宜を与えている。われわれは、平和的民主的日本の建設のために、社会労働問題の研究をもっと学問的に体系のもとに推進する必要があると考えているだけではなく、今日の為政者、実業家、教育者らに本問題についての理解をもっと深めてもらいたいと望んでいる。・・・

半世紀以上前の言葉とは思えないほど、今日にも通用する言葉があったりしますね。

>・・・われわれは、現実に即した科学的研究の立場と実証的研究の態度を高持する考えである。抽象的な空理空論をもてあそぶことは我々の採らざるところである。・・・

司法修習生の労働者性

uncorrelatedさんの「ニュースの社会科学的な裏側」ブログが、司法修習生への給費制を貸与制に変える問題について、世の議論とはひと味違った角度から論じています。

http://www.anlyznews.com/2011/10/blog-post_4269.html

>司法修習生への給費制を貸与制に移行する事で、法曹界では反対が根強い。しかし、その必要性は法曹界のアピール不足で明確ではないように感じる。法曹界は、(1)経済的負担、(2)人材の多様性の確保、(3)公共心や強い使命感の醸成、(4)兼職禁止や守秘義務等の代償と、過少供給問題の防止で給費制の必要性を主張しているのだが、実際に共感ができるのは、法曹界が主張しない司法修習生の労働者性を理由にした必要性だからだ。

特定の職業に就くために、かなり長期にわたるしかも他に代替性の極めて乏しい教育訓練を受けなければならない場合に、その教育訓練コストを誰がどのように負担するのがいいのか、というのは、なかなか難しい問題です。

司法修習は、司法試験に合格してこれから法曹となる人にしか有用性がない特殊な教育訓練であり、その内容はまさに法曹となってからやることの予行練習ですから、同じような高度専門職である医師で言えばまさに研修医に当たるわけですね。当該職種ぐるみのOJT。

研修医も医療界は労働者にあらずと言い続けてきましたが、過労死問題を契機に、裁判所がその労働者性を認めたわけですが、司法修習生の方は、過労死することはなくても、生活できないという問題が出てきたわけです。

ということで、この問題は、わたくしがかなり前から論じている研修生の労働者性の問題そのものになります。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/europiano.html(「研修生」契約は労働契約に該当するか? --ユーロピアノ事件 )

ただ、uncorrelatedさんもいうように、むしろ興味深いのは、

>法曹人口の過少供給問題と言う経済政策的な側面よりも、司法修習生の労働者性と言う法的側面の方が、法曹界の主張をサポートする。

はずなのに、

>法律の専門家が、法的側面から給費制の存続を訴えなかったのは興味深い現象だ。

というところにありそうです。

やっぱり、エリート意識が強い人々は、自分たちが労働者だと認めたくないのかも知れません。

2011年10月26日 (水)

経営法曹の本音全開?

4903613055 労働開発研究会より、浅井隆『戦略的な就業規則改定への実務-労働条件の不利益変更に当たる場合の見直し方法』をお送りいただきました。

http://www.roudou-kk.co.jp/books/book-06.html

>実務家の疑問を的確に解決する講演や執筆に定評のある筆者が、豊富な事例を示しながら、就業規則の各条項について、労働条件の不利益変更の方法を検討、分析、条項への反映、運用するまでをわかりやすく解説。企業が就業規則を本来の意味で活用するために担当者必携の一冊です。

ということで、手堅い実務的な労働法の本ではあるのですが、読んでいくと、こういうなるほど経営法曹の本音が全開だなあ、と感じる記述などもいっぱいあり、実務向けだけでなく、読んで面白い本でもあります。

そうですね、メンタルヘルスが話題になっているので、「休職」関係の項目を見てみますと、こういうまさに本音の記述があります。

>戦略的意義を有するのは、私傷病休職です。長期雇用システムを採るわが国の企業では、長い職業人生の中で、健康を害して働けなくなることは誰にでもあり得るので、その場合、福利厚生の観点から、労働者に一定の期間(休職期間)、療養の機会を与え、いたずらに退職とならないようにしようというのが休職の意義です。

>ただ、この「福利厚生の観点から」という目的は、もう少し深く戦略的意義付けの検討が必要です。すなわち、企業が会社といった営利企業なら、本来的に営利を目的とする以上、その目的に合致する範囲での福利厚生の観点からの配慮になります。つまり、会社は福祉法人ではないので、病気になった労働者を一生(あるいは長期)面倒を見るのは営利法人としての目的にはないのです。・・・まったく働けなくなった労働者を救済・保護するのは、その税金を徴収した国であり地方公共団体の役割なのです(憲法25条参照)。多くの営利法人たる会社が福利厚生の観点から私傷病休職を制度化するのは、それが営利目的に合致するからであり、その限りにおいてです。すなわち、長期雇用を前提に多くの時間とコストをかけて教育・訓練してきた労働者を一時的な病気で退職させたとしたら、投下した資本が回収できず無駄になるので、一定期間療養すれば治るならそれまで待とう、ということです。・・・

>このように、私傷病休職を制度化する上で、きちんと当該企業の戦略的意義から位置づけて設計すべきであり、いたずらに福利厚生の観点だけから制度設計のアプローチをすると、際限がなくなります。後で不都合が生じ、手厚すぎた内容を変更したいと思っても、労働条件の不利益変更の問題が待っています。

メンタルヘルスの休職というのが最近やたらに多くの問題になってきていますが、これがまさに、ここで浅井さんが言う「際限がなくなる」ということでトラブルを引き超しているのですね。

この項目以外にも、読んで興味深い記述が多く見られます。

産業医が法廷で裁かれた日

各紙に出ていますが、読売から、

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111025-OYT1T01268.htm(産業医が休職者に「甘えだ」…60万円賠償命令)

>自律神経失調症で休職中、産業医に「病気でなく甘えだ」などと言われ病状が悪化したとして、奈良県に住む40歳代の団体職員の男性が、当時の産業医に530万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が25日、大阪地裁であった。

 寺元義人裁判官は「安易な激励や、圧迫的、突き放すような言動は病状を悪化させる危険性が高く避けるべきで、産業医としての注意義務に違反した」と述べ、元産業医に慰謝料など60万円の支払いを命じた。

 判決によると、男性は2008年6月から同失調症で休職。治療で復職のめどが立った同年11月、元産業医との面談で、「病気やない、甘えなんや」「生きてても面白くないやろ」「薬を飲まずに頑張れ」などと言われ、病状が悪化。復職の予定が約3か月遅れた。

 元産業医は内科が専門で、裁判で「励ましの言葉をかけることはあったが、詰問や人格を否定するような発言はしていない」と主張。判決で寺元裁判官は「産業医は心の健康への目配りを通じて労働者の健康管理を行うことも職務だ」と指摘。同失調症を「うつ病などとの関連性が考えられる」とし、慎重な言動の必要性に言及した。元産業医は昨年3月、この団体での勤務を辞めたという。

判決文自体を見ていないので、記事だけであんまり踏み込んだコメントはしにくいのですが、それにしても、遂にメンタルヘルス関係で

1185 「産業医が法廷に立つ日」いや「産業医が法廷で裁かれる日」が来てしまったんだなあ、としばし感慨。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-f568.html

このエントリでも、

>先日取りまとめた個別労働紛争処理事案の分析の中でも、メンタルヘルス関係事案では産業医が当事者に近い形で登場してくる例がいくつかあり、産業医の立ち位置というものについて考えさせられます

とコメントしていたのですが、これは本当に難しい問題だろうな、と思います。

大体、産業医って、ここ十年ぐらいメンタルヘルス問題が話題になるまでは、ほとんどもっぱらフィジカルなヘルス面だけが担当であったわけで、世の中もそれが当たり前だと思っていたし、上の記事の産業医の台詞も、今の時点の目で見れば「産業医なのにけしからん」と見えるかも知れないけれども、少し前までの我々一般人の認識というのもまさにそういうレベルのだったわけで、メンタル関係の素養のあまりない普通の産業医が、そういう一般人的な感覚を持ち続けていたことと自体は、(善悪は別にして)かなりの程度やむを得ない面もあったような気もするのです。

もちろん、とりわけ21世紀になってからメンタル問題が人事労務管理上の大きな問題になり、産業医の方々も改めていろいろ勉強しつつあるところなのでしょうが、事態の急速な進展に、体制が追いついていっていないという面もあるのではないか、と、ここはあえて冷静な視点の重要性を強調しておきたいと思います。

ちょうど折しも、大震災の影響で国会提出を留保していた労働安全衛生法の改正案を、今臨時国会に提出するということのようで、改めてこの職場のメンタルヘルス問題が大きな問題になりつつある、というよりも既になっているという認識を持たれる必要があるのでしょう。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001slsj.html

>厚生労働大臣から、本日、労働政策審議会(会長 諏訪 康雄 法政大学大学院政策創造研究科教授)に対し、別添1のとおり「労働安全衛生法の一部を改正する法律案要綱」について諮問を行いました。これについて、同審議会安全衛生分科会(分科会長 相澤 好治 北里大学副学長)で審議が行われた結果、同審議会から厚生労働大臣に対して、別添2のとおり答申がありました。

 厚生労働省としては、この答申を踏まえて法律案を作成し、臨時国会提出への準備を進めます。

【ポイント】
○メンタルヘルス対策の充実・強化
・医師又は保健師による労働者の精神的健康の状況を把握するための検査を行うことを事業者に義務づけます。
・検査の結果は、検査を行った医師又は保健師から労働者に直接通知されます。医師又は保健師は労働者の同意を得ずに検査結果を事業者に提供することはできません。
・検査結果を通知された労働者が面接指導を申し出たときは、事業者は医師による面接指導を実施しなければなりません。なお、面接指導の申出をしたことを理由に労働者に不利益な取扱をすることはできません。
・事業者は、面接指導の結果、医師の意見を聴き、必要な場合には、作業の転換、労働時間の短縮など、適切な就業上の措置をしなければなりません。

○受動喫煙防止対策の充実・強化
・受動喫煙防止のため、職場の全面禁煙、空間分煙を事業者に義務づけます。
・ただし、当面の間は、飲食店や措置が困難な職場については、受動喫煙の程度を抑えるために一定の濃度又は換気の基準を守ることを義務づけます。

2011年10月25日 (火)

就活ビルドゥングス・ロマン!@常見陽平

4872905380いやあ、一気に読み上げてしまいました。

どれくらいイッキかというと、今日職場で常見さんからお送りいただいたこの本を受け取り、午後東大のジェロントロジー講座に講義に行く途中と、その帰りの電車の中で読み終えてしまうくらい、ページをめくる指ももどかしく、一気に読み上げてしまいました。

ついでにいうと、その途中、赤門の少し手前でなぜか本田由紀さんにばたりと遭遇してしまったのも、常見さんの縁かも知れません。

http://twitter.com/#!/hahaguma/status/128704763100545024

それはともかく、この本はなんと小説です。

それもタダの小説ではない。今時絶滅危惧種の本格的ビルドゥングス・ロマンではないですか!

http://www.wave-publishers.co.jp/np/isbn/9784872905380/

>非モテ、非リア充、学生時代に取り組んだことなし……。
そんな3流大生・晃彦が、ありとあらゆる失敗をしながら成長して、
就活を乗り切っていく「青春小説」。

 彼を導いていくのは、バイト先の「謎」のカフェ・マスター、ジミーさん。
チビ、デブ、アフロでオネエ言葉。毒舌だけど温かい。そんなジミーさんは、“ジミヘン”の大ファン。
しかも、実は、お店を始める前は大手企業でカリスマ採用担当者だった?!

 就職ガイダンス、インターンシップ、グループディスカッション、エントリーシート、
就職ナビサイト、合同説明会、企業説明会、自己分析、業界・企業研 究、OB・OG訪問、面接、無い内定……。
就活の場面ごとに絶対に必要な「就活の知識・ノウハウ・マインド」を存分に織り込みつつ、二人の精神的なドラマ が進みます。

「意識の高い学生」「時代の寵児」「自己分析のプロ」「ブラック企業社長」……。
個性豊かな登場人物と織りなす、就活実用エンタテイメント。
笑って、泣いて、元気が出る。オトナも感動必至。そんな320頁。
一気に読み終えて、また読み直したくなります!

波瀾万丈の就活のなかには、イカニモなブラック企業が出てきます。ことごとく失敗した内定ブルーの果てに、内定をくれたそのイカにもブラックな会社に決めようとして、ジミーさんに叱り飛ばされるあたり、ビルドゥングス・ロマンの王道を行ってますな。

最後のうっちゃりは、ミステリの犯人を書いてはいけないというルールに従ってここには書きませんが、でも読んだ後味がすっきりさわやかではあります。

労使関係とは誰のどういう関係か?-個人請負就業者の「労働者性」をめぐって

201111 本日、『ビジネス・レーバー・トレンド』11月号が刊行されました。特集は「今、労使関係に問われていること-新たな集団的枠組みの模索」です。

特集記事は、わたくしを含めた3人の研究員による紹介論文と、調査・解析部による動向の紹介です。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2011/11/index.htm

・労使関係とは誰のどういう関係か?-個人請負就業者の『労働者性』をめぐって・・・・・・濱口桂一郎

・企業グループ労使関係の望ましい姿-ケンウッド労組の企業グループ単一労組化の事例・・・・・・呉学殊

・スウェーデンの労使関係の新たな動向・・・・・・西村純

わたくしのは、下にリンクを張っておきますが、労働法の難しい議論をしないで済ませた一般向けのわかりやすい解説です。

呉さんのは、彼の研究の広がりが窺われる興味深いモノグラフ。

そして、新人の西村さんが、先にコラムでチラ見せしたスウェーデン労使関係の興味深い特徴を詳しく説明しています。ネット上にアップされるのは1か月先ですが、図書館等で読んでおいて損はしませんよ。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/bltroushi.html(労使関係とは誰のどういう関係か?-個人請負就業者の「労働者性」をめぐって)

最後のところが、若干趣味に走っているという誹りは受けるかも知れませんが(笑)

阪大教授の賃金不払い

産経の記事ですが、

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111025/crm11102509230006-n1.htm(元教授、元研究員の女性に“ただ働き”要求 阪大が賃金未払い300万円)

>大阪大大学院医学系研究科の森本兼曩(かねひさ)元教授(65)=詐欺容疑で書類送検=による不正経理事件に絡み、元教授の研究室に在籍していた元研究員の女性(53)に対し、阪大が賃金の一部を支払っていなかったことが24日、わかった。元教授側が“ただ働き”同然の勤務を要求していたといい、女性は「働いた分の賃金をもらえず労働基準法違反にあたる」として茨木労働基準監督署(大阪府茨木市)に申告。阪大は今月中旬、未払い賃金として約300万円を女性に支払った。

 関係者によると女性は平成19年4月~22年3月、森本元教授の研究室で、研究室が受託した研究を手伝うなどの非常勤の「特任研究員」として勤務。元教授側が決めた時給などの労働条件で、阪大と一定期間ごとに雇用契約を結んでいた。

 当初、女性の雇用契約は週20~24時間程度勤務する内容だったが、元教授側から契約上の勤務時間を減らすようたびたび要求され、業務内容は変わらないのに、20年8月から段階的に減少。21年6月から22年3月の間は週2~3時間だけの契約となっていた。

 実際には女性は元教授側から従来通りの勤務を要求され、多い時には週5日、1日10時間以上働くこともあったが、賃金は契約通りの週2~3時間分しか支給されなかったという。

女性は退職後の今年6月、時間外勤務として未払い賃金を支払うよう阪大に請求。阪大が「給与は問題なく支払われている」などとして応じなかったため、7月に労基署に相談した。

 阪大は、労基署から事情聴取を受けた後、女性が保管していた勤務記録などをもとに未払い賃金を約300万円と算定し、10月に全額を女性に支払った。

 女性には、21年5月以前も同様の未払い賃金があったが、労働基準法で時効となっており、請求はしていないという。

なんだか、超零細企業のオヤジのやることみたいな感じですが、法形式上は阪大が雇用主であっても、実際の感覚ではこの教授が雇用主みたいな感じだったのでしょうか。だとすると、研究室という小さな集団は、それ自体がワンマン経営の零細企業で、オヤジが「給料はオレに戻せ」といえば、それで通ってしまうとか。

なんにせよ、アカデミックな世界が一番ハラスメントもきついし、こういう労働法違反も横行しているのかも知れません。

OECD『図表で見る教育 OECDインディケータ2011年版』

94412 現在校正作業中のOECD『世界の若者と雇用』の校正刷りと一緒に、明石書店から送られてきたのがこの『図表で見る教育 OECDインディケータ2011年版』です。

http://www.akashi.co.jp/book/b94412.html

まじめにいちいち読んでると、校正作業が進まないので(笑)、ちらちらとつまみ読みしているだけですが、これは大変役に立つ本ですよ。

目次を示しますが、今日教育をめぐって、根拠レスな議論やらイデオロギッシュな議論やらいろいろ飛び交っていますが、そういうインチキ議論とは一線を画して、まっとうな議論をしようとすれば、必ず使わなくてはならないような重要なデータが、きちんと耳を揃えて並んでいます。

A章:教育機関の成果と教育・学習の効果
 A1:成人の学歴分布
 A2:後期中等教育卒業率
 A3:高等教育卒業率
 A4:専攻分野の選択
 A5:生徒の社会経済的背景と読解力の成績
 A6:読書活動と生徒の読解力
 A7:最終学歴別の就業状況
 A8:教育による所得の増加
 A9:教育からの収益:教育投資への誘因
 A10:学歴と労働費用
 A11:教育の社会的成果

B章:教育への支出と人的資源
 B1:在学者一人当たり教育支出
 B2:国内総生産(GDP)に対する教育支出の割合
 B3:教育支出の公私負担割合
 B4:公財政教育支出
 B5:高等教育機関の授業料と学生への公的補助
 B6:教育支出の使途別構成
 B7:教育支出額の水準を決定する要因

C章:教育機会・在学・進学の状況
 C1:初等教育から高等教育までの在学率
 C2:高等教育進学率
 C3:高等教育機関における留学生と外国人学生
 C4:若年者の就学及び就業状況
 C5:成人教育への参加

D章:学習環境と学校組織
 D1:初等・中等教育学校の生徒の標準授業時間数
 D2:学級規模と教員一人当たり生徒数
 D3:教員の給与
 D4:教員の授業時間数及び勤務時間数
 D5:学校の説明責任
 D6:教育の成果と機会の公平性

それにしてもだ、

この本の原著が刊行されたのは、今年の9月13日なんだよな。

http://www.oecd.org/document/2/0,3746,en_2649_39263238_48634114_1_1_1_1,00.html

その時のカントリーノートがこれですが、

http://www.oecd.org/dataoecd/44/19/48657364.pdf

日本のマスコミは大体これをもとに記事にしていましたが、その翌月にはどさっと本体の邦訳が出るのだから、訳者の皆さまご苦労様です。

2011年10月24日 (月)

情報労連フォーラム

来る11月15日、情報労連主催の「第9回情報産業フォーラム」が開催されますが、そのパネル・ディスカッションにわたくしも参加いたします。

https://www.joho.or.jp/11forum/

>情報サービス産業は2008年以降右肩上がりの成長から一転、売上高の減少が続き、2010年度では、2005年度の水準まで低下してきています。
クラウドコンピューティングの登場により情報システムの在り方が変わっていくとともに、増加を続けるオフショア開発は日本における産業の将来に課題を提起しています。さらには東日本大震災の発生により、企業におけるBCPの在り方など、情報サービス産業を取り巻く状況や、今夏の節電対策により多くの企業において、働き方についても変化をしてきているのではないでしょうか?
情報サービス産業の現状を再認識し、今後情報サービス産業がどの様に転換していくのか、業界団体、労働者そして行政がこの産業の未来について語ります

経済産業省による基調講演の後、「情報サービス産業の課題と今後」というタイトルのパネル・ディスカッションがあります。

>パネリスト(予定)

岡本 晋    情報サービス産業協会 副会長(ITホールディングス代表取締役社長)
細川 泰秀  日本情報システム・ユーザー協会 顧問
濱口 桂一郎  労働政策研究・研修機構 
内田 靖治  情報労連 NTT労組データ本部 事務局長

コーディネーター

玉置 万裕 情報労連 副書記長

日時場所等は以下の通りです。

日時:2011年11月15日(火) 開会 14:00 閉会 17:30 
会場:ハイアットリージェンシー東京 B1「センチュリー」
    〒160-0023 東京都新宿区西新宿2-7-2
    TEL 03-3348-1234
定員:350名(情報労連ホームページにて先着順で受付)
主催:情報産業労働組合連合会
協賛:(一社)情報サービス産業協会、(社)日本情報システム・ユーザー協会
    (社)コンピュータソフトウェア協会
後援:経済産業省、情報産業新聞、労働新聞社

キャリア支援と労働法教育@法政市ヶ谷キャンパス

来月12日、法政市ヶ谷キャンパスで、キャリアデザイン専攻のシンポジウムが開催されるそうです。

http://www.hosei.ac.jp/gs/cms/399/399-0-1..pdf

>法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻シンポジウム/進学相談会
キャリア支援と労働法教育―地域連携の可能性と模索―

2011年11月12日(土)13:30~16:20(シンポジウム) ※終了後、進学相談会

法政大学市ヶ谷キャンパス 外濠校舎S505 ※進学相談会 外濠校舎S404

キャリア支援と労働法教育?

その趣旨は・・・、

>加速するグローバル経営のもと雇用環境は激変し、若者支援の充実が喫緊の課題となっています。在学時のアルバイト先や卒業後の就労先において、労働者の権利が蔑ろにされたまま、そのことを知らないままの若者がどれほど多いことか――悲しいことに、それは私たちの想像を超えています。現実体験に根づいた労働法の学びの充実がなくては、若者が「キャリア形成の底力」を養うことは難しい時代なのです。
この課題への対処は、学校・大学内部の資源だけでは極めて困難で、地域連携が不可欠でしょう。では如何にして? 自治体や国の機関、NPO、地域のボランティア、人材ビジネスといった多様なアクターにできることは? このシンポジウムでは、地域連携に尽力しながら、若者のキャリア支援と労働法教育の一体的展開を進めている、現職の高校の先生を講師にお招きして、課題を共有し考察を深めていきます。
学校教育・大学教育関係者、キャリアセンター職員、行政関係者、若者支援NPOの職員、人材ビジネス関係者、キャリアコンサルタント、社会保険労務士の方など、関心のある方、是非是非ご参加ください。

「現実体験に根づいた労働法の学びの充実」といえば、やはりこの人・・・。

そう、基調講演は田奈高校の吉田美穂さんです。

講 演 『高校における労働法教育とキャリア支援センター―地域の人と資源を生かして―』
神奈川県公立高校教員 吉田 美穂

コメンテーター(講演に対するコメント、それに対する講演者からの応答)
本学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻 准教授 上西充子

報 告 『キャリアデザイン学専攻で学ぶ―現役社会人院生の体験から』
平山 健三(修士1年、大学職員)
荻沼 國明(修士2年、水処理エンジニアリング会社役員)
堀野賢一郎(修士1年、大学職員)

終了後 進学相談会 ≪16 時30 分 開始予定≫

吉田美穂さんのお話は、もう3年前になりますが、厚労省の労働法教育研究会のヒアリングでお聞きして、大きな衝撃を受けて以来、どのお話もど真ん中に入ることばかりです。

本ブログで検索して見ると、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-6f0e.html(神奈川県立田奈高校の労働教育)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-5e38.html(第4回今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会議事録)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-da89.html(バイトの悩み 学校お助け)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-eb6d.html(『現代の理論』特集記事から)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/blt-5334.html(若者支援とキャリア形成@BLT)

といったエントリがあります。

シンポジウムのお申し込みは、

hgs@adm.hosei.ac.jp

にメールでどうぞ。

2011年10月23日 (日)

さらに拙著評

ここ数日のブログ上とツイッタ上の拙著評。

http://shiokawatakao.blogspot.com/2011/10/2011.html(はたらくおとなの読書感想文)

>経営学、とりわけ組織行動論や人事システム論において、職務を中心にする諸外国の人事制度と異なり、日本の人事制度は職能を中心にするものであると言われる。職務等級制度の延長として華々しく導入された評価制度としてのコンピテンシーは、多くの日本企業でその風土と合わずに運用が停滞している。組織行動論の分野における研究を学部の頃から続ける中で、なぜ日本の多くの企業で職務を評価する人事制度の運用がうまくいかないのか、常に疑問に思ってきた。その大きな一つの理由は、本書が示唆するように日本の労働法にある。・・

http://twitter.com/#!/zokubutsu/status/126336272410214400

>濱口桂一郎さんの、「日本の雇用と労働法」読み終えました。法政大学での講義の教科書というだけあって、かなり内容がつまってます。歴史的に遡って、判例とともに労働社会を考察してゆく。頭の整理になるとともに、色々な気づきがあったので、後日ブログにまとめたいと思います。

期待しております。

http://twitter.com/#!/ushiuma/status/127017925835104258

>「日本の雇用と労働法」読了。プロの仕事。 業務上の必要がなければ、決して読まなかった類い。 しかしながら、この書の旨味は、それに従事している輩にしか、やはり玩味できない。 知り抜き考え抜いた者だけが書ける頂ということか。

「プロの仕事」という言葉は嬉しい限りです。

http://twitter.com/#!/conan_4869/status/127636882170449921

>濱口桂一郎『日本の雇用と労働法』(日経文庫)の出版時期に悪意を感じた(笑)  もう少し早ければ満点だった…かも!

「悪意」という文字に一瞬「俺は一体何をしてしまったのか!?」と思いましたが、「#srjuken」というタグからすると、社労士試験の前に出ていれば・・・という趣旨だったようですね。

ジョブなき愛社精神

マイナビの調査によると、

http://www.mynavi.jp/news/2011/10/post_104.html

>「愛社精神がある」内定学生は89.0%で調査以来の最高値。一方若手社会人は40.9%で調査以来の最低値。両者の間には48ポイント以上の差

なんだそうです。

本来、労務の提供も報酬の支払いもない、日本の判例法理以外ではそもそも雇用契約関係にはまだはいっていないとみなされるような内定状態において、会社への愛着感情がもっとも高揚しており、現実に労務の提供と報酬の支払いという雇用関係の必須要素が開始された後になると、会社が好きじゃなくなるというのは、外国人から見たら何とも不思議極まる事態でしょうが、

考えてみれば、内定状態こそがまさしく「ジョブなきメンバーシップ」の純粋状態であって、会社に対するプラトニックな(!?)愛情を純粋に燃え立たせることができる最後に機会なのかも知れませんね。

会社に入って、ジョブの限定なきメンバーシップのリアルな現実に晒されて、プラトン的愛社精神はすうっと薄れていく。それに代わって愛せるものを見つけられればいいのですが。

2011年10月22日 (土)

大内伸哉『君は雇用社会を生き延びられるか』

94713ものすごい勢いで次々と本を出される大内伸哉先生の次なる一手は、過労死・過労自殺問題を出発点に、労働時間からメンヘル、パワハラまで取り上げる本でした。

http://www.akashi.co.jp/book/b94713.html

>現代社会において、会社で働くことは常に危険性をはらんでいる。過労、うつ、ストレス、パワハラ……。心身の健康を損ない、ときには死に至ることさえある。本書はその事実をデータを使って示しながら、自分たちを守ってくれる法の知識をわかりやすく解説する。全ての会社員、経営者、管理職必読。

夫の真一がくも膜下出血で亡くなってしまった幸子を主人公に、彼女が労災申請するために労働法を勉強するという設定で、関係する労働法制を詳しく解説していくという趣向の本です。解説が延々と続いて、幸子のことを忘れかけたあたりで、また幸子が顔を出すという感じではありますが、この分野の必要な知識が適切にまとまっていますね。

明石書店のHPから詳細な目次を引用しておきます。

プロローグ

第1章 家族が過労で亡くなったら

第1節 労災編
 政府が助けてくれる?
 労災保険制度の生い立ち
 ○Break 立証責任
 労災保険による補償の内容
 ○Break 通勤災害
 ○Break 男女の容貌の違い
 ○Break 遺族補償年金の受給資格についての男女格差
 業務起因性
 ○Break 誰を基準とするか(過労死)
 ○Break 労働時間の立証
 不服申立
 闘うことの意義
 労災保険の申請をする

第2節 民事損害賠償編
 会社を訴える!
 時効の壁
 ○Break 第三者行為災害の場合
 安全配慮義務とは
 安全配慮義務法理のメリット
 ○Break 時効の壁を乗り越えた最高裁判所
 システムコンサルタント事件
 勝訴判決
 本人の落ち度?
 ○Break 因果関係
 裁判で勝つのはたいへん?
 損害額はいくらか?
 ○Break 素因減額
 ○Break 男女の逸失利益格差
 ○Break 死亡事例ではない場合の損害賠償
 どこまで控除されるの?
 ○Break どのように労災保険給付分が控除されるか
 ○Break 立法による是正
 過失相殺と損益相殺はどちらが先か

第3節 過労自殺
 人はそれほど強くない
 電通事件
 うつ病とは
 ○Break 最高裁判所で争う途は狭い
 ストレス―脆弱性理論
 因果関係は断絶しない
 安全配慮義務違反
 過失相殺
 電通事件の教訓
 労災認定
 ○Break 遺書があったために
 ○Break うつ病の診断ガイドライン
 ○Break 誰を基準とするのか(精神障害)
 ○Break 現在の判断指針の問題点

第2章 働きすぎにならないようにするために

第1節 労働時間規制
 幸子の疑問
 労働時間の規制は憲法の要請
 法定労働時間の原則と三六協定による例外
 三六協定は誰が締結するか
 ○Break 残業と時間外労働は少し違う
 時間外労働の限度
 ○Break 時間外労働をさせてはならない場合
 割増賃金
 ○Break 「労働者」であっても、「使用者」としての責任が課される
 割増率の引上げ
 ○Break 残業手当と割増賃金
 三六協定の効力
 労働契約上の根拠と就業規則
 ○Break 労基法の強行的効力と直律的効力
 就業規則の合理性
 ○Break 就業規則とは何か
 ○Break 弾力的な労働時間規制

第2節 日本の労働時間規制の問題点
 日本人は働きすぎ?
 時間外労働の事由
 限度基準の強制力
 ○Break 「限度時間」を超える時間外労働命令の効力
 労働時間規制が厳しすぎる?
 ○Break 労働時間とは何か
 管理監督者
 ○Break 裁量労働制

第3節 日本の休息制度
 休息は法定事項
 休憩時間
 ○Break 行政解釈
 休日
 ○Break 安息日
 年次有給休暇
 ○Break 出勤率の計算方法
 ○Break 年休の取得に対する不利益取扱い
 特別な休暇・休業

第4節 休息の確保のための制度改革の提言
 1日単位での休息の確保
 1週単位での休息の確保
 ○Break 労働時間・休息規制の例外
 年休制度の見直し
 ○Break バカンス

第3章 日頃の健康管理が大切

第1節 法律による予防措置
 幸子の後悔
 労働安全衛生法
 健康保持増進措置
 ○Break 安全衛生管理体制
 健康診断
 ○Break 採用時の健康診断
 ○Break 法定外健診について
 裁量労働制における健康確保措置

第2節 健康増悪の防止
 健康診断後の措置
 ○Break 労働時間等設定改善委員会
 ○Break 社員の自己決定は、どこまで尊重されるか
 面接指導
 休職をめぐる問題
 ○Break 自宅待機命令

第3節 メンタルヘルス
 メンタルヘルスはどこに?
 ○Break メンタルヘルスケア
 プライバシー保護

第4章 快適な職場とは?

第1節 職場のストレス
 人間関係は難しい?
 ○Break 個別労働紛争解決制度
 ○Break 嫌煙権
 快適職場指針

第2節 セクシュアルハラスメント
 セクシュアルハラスメントは新しい概念
 セクシュアルハラスメントに対する法的規制
 会社の損害賠償責任
 ○Break 自分から辞めてもあきらめてはダメ

第3節 パワーハラスメント
 パワーハラスメントとは
 パワーハラスメントと会社の責任
 ○Break 最初のいじめ自殺の裁判例
 パワーハラスメントと労災
 望ましいパワーハラスメント対策は
 ○Break 解雇規制とパワーハラスメント

 エピローグ
 巻末資料
 

ごらんのとおり、前半は過労死、過労自殺関係の労災補償と民事賠償がメイン。後半は労働時間規制や休息規制からさらに健康、メンタルヘルス、セクハラ、パワハラと、最近の話題が満載です。

「休息の確保のための制度改革の提言」(p188)では、拙著のEU型休息期間規制の議論も引用していただいております。情報労連の勤務間インターバルも紹介されています。

いろんな意味で議論のネタになりうるのが、p265の「解雇規制とパワーハラスメント」というコラムでしょう。

>解雇規制が緩和されれば、会社は虐めやパワーハラスメントにより退職強要する必要はなくなるし、また転職市場が整備されれば、社員は嫌な会社にしがみつく必要が弱まるので、パワーハラスメントの問題状況も大きく変わっていく可能性はあろう

実は、とりわけ大企業分野ではかなりそういう面もないわけではないとは思いますが、とはいえ、どぶ板レベルの個別労働紛争を見ていると、かなり解雇自由に近い中小零細企業でも、それはそれなりにいじめ・嫌がらせが花盛りという面もありますので、そう単純な話でもなかろうと思います。

個人的には、雇用契約における指揮命令権限との関係で、この問題をきちんと論じ直す必要はあると思っていますが、なかなか頭が回らないのが正直なところです。

2011年10月21日 (金)

なんともいえない顔

JILPTのコラム、今回は前浦穂高さんの「なんともいえない顔」です。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0185.htm

はぁ?何の話?

と興味をそそられたら、前浦さんの勝ち。

これは前浦さんが研究者として「事例調査」の重要性を人々に訴えたい!という気持ちがあふれたコラムなんですね。

前浦さんは今年6月に『雇用ポートフォリオ・システムの実態に関する研究―要員管理と総額人件費管理の観点から―』という報告書(http://www.jil.go.jp/institute/reports/2011/0138.htm)を出した新進気鋭の労働研究者ですが、その手法はアンケート調査のような量的調査ではなく、じっくり話を聞き出す事例調査が中心です。

>今回のコラムでは、上記の報告書の基となった事例調査について書くこととした。その理由は、近年丹念な事例調査が少ないと感じるからである。上記の現状が生み出された原因はわからないが、事例調査という調査方法の重要性が失われたわけではない。

事例調査は、取り上げる事例数に限りがあるものの、調査応対者から得られたインタビュー結果と頂いた資料・データを付き合わせながら、事実を1つ1つ確認し、分析課題について、深く掘り下げることができるからである。そうすることによって、事例調査は、制度やその運用実態に至るまでの詳細な分析を行なうとともに、母集団全体にも応用できる可能性がある事柄を抽出し、分析課題に対する結論やインプリケーションを導き出すことができるという利点を持つ。

そうであるならば、現在実施中である事例調査の水準を押し上げるとともに、これから事例調査を試みる研究者が調査をスムーズに行えるよう、事例調査に対する理解を深めることが必要となるはずである。

さて、前浦さんの「聞き取りの作法」は?

「恩師から頂いた言葉(事例調査の心得)を私なりに解釈して説明」といいつつ、語るのは次のような項目です。それぞれにやや詳しい説明がついていますので、是非リンク先へ飛んでお読み下さい。

>1.まずは事例を愛しなさい。

2.事実は都合よく転がってはいない。

3.録音は自分で起こして、自分でまとめる。

4.自分がわかった気になれるかどうか。

5.分析をする際には、冷たく突き放しなさい。

前浦さんの恩師といえば、いうまでもなく社研の中村圭介先生ですが、「まずは愛しなさい」、そして「冷たく突き放しなさい」とは、なんだかプレイボーイのコーチのような・・・。いや、冗談はともかく、事例調査の極意を見事に語っているのでしょう。

最後の一節に、タイトルの「なんともいえない顔」の所以が出てきます。

>最後に大きな疑問が残される。果たして、良い事例調査とはいったいどんな調査であろうか。

恩師曰く、それは調査応対者が原稿を読まれた時に、「なんともいえない顔」をした時なのだそうだ。そのお顔とは、原稿に対して言いたいことはあるけれど、こちらの主張(分析結果)が客観的かつ論理的であるため、何も言えない状態を指す。

私はというと、調査応対者から「自分たちが普段やっていることの意味がわかりました」とか、「なるほど、こうなっているんですね」というお言葉を頂くものの、残念ながら、まだそのお顔に出会ったことはない。

その時がいつ訪れるかはわからないが、そのお顔に出会えることができた時に、恩師から事例調査の免許皆伝を頂けるのではないかと期待している。

『名著で読み解く 日本人はどのように仕事をしてきたか』

昨日、前のエントリに海老原さんからコメントをいただきましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-6d0c.html#comment-86168256

そこで「労働関連の戦後史、とも言えるような本」と言われているのは、来月10日に中公新書ラクレから出版される海老原嗣生・荻野進介『名著で読み解く 日本人はどのように仕事をしてきたか』のことです。

http://www.chuko.co.jp/laclef/2011/11/150402.html

>あなたの仕事・給料・能力の来歴を知ろう。戦後「日本人の働き方を変えた」13冊を取り上げ、考え方が生まれるに至った当時の社会を描く。書評に応えるかたちで、名著の著者に返信をもらう往復書簡形式。カリスマの現在の視点を知ることで、新しい「働き方」を模索する一冊。

『HRmics』という雑誌に海老原さんらが連載した「人事を変えたこの一冊」というシリーズを本にしたもので、人事労務関係の名著を解説するとともに、その著者がリプライするというなかなか面白い企画です。

なぜか、名著の誉れもない拙著がその末席を汚しておりますが、海老原さんへのわたくしのリプライも最後に収録されておりますので、ご覧頂ければと存じます。

2011年10月20日 (木)

そーゆーことは法社会学でやってくれ(意訳)@金子良事

金子さんからの一連の拙著書評の最後のメッセージ。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-220.html(労働法規範理論と社会科学としての法)

一言でいうと、これですね。

>濱口さんは今回の本を労働法と労使関係論を繋ぎ合わせる必要があるという問題意識で書かれたわけですが、以上のような前提を踏まえて言えば、それも全部トータルで法学でやってください、と思わなくもない。

実をいえば、それができるような状況ではないから、労使関係論や社会政策の蓄積をそのまま流用するような形でしか、この分野が書けないのです。

>法社会学をベースにした労働法をしっかり確立させるということでしょう(もちろん、末弘厳太郎以下、これが豊富な研究蓄積を残しているわけですが)。ただ、労働に関する法社会学が独立した成果を持っているかどうかというと、私の知る限りでは少し心許ないという気もするんです。

「心許ない」どころの話ではない。ある意味では驚くべきことですが、日本の法社会学というそれなりに確立した学問分野において、労働の世界はほとんどその対象として取り上げられておらず、事実上欠落してしまっているのです。

末弘厳太郞が日本の労働法の元祖であるとともに法社会学の開祖でもあるという位置にいるだけに、この乖離は信じがたいものですらありますが、しかし事実です。

前に本ブログで紹介した磯田進氏の論文などがその萌芽的なものでありえたのでしょうが、この流れは完全に途絶してしまっています。

ある時期、法社会学方面(渡辺洋三氏)から、法解釈学に熱中する労働法学に対する批判が寄せられ、一種の「論争」のようなものがあったこともありましたが、実は中身の「論」になっておらず、言い合ったまま終わった感があります。

一方、社研の藤田若雄氏は、まさに社研の労使関係論や社会政策の流れの中で社会科学的観点からの労働法研究を進めましたが(ですから「法社会学」とは言い難いのですが)、こちらもその後受け継ぐ人はいません(と、少なくとも私は認識しています)。

その意味で、金子さんの「そーゆーことは法社会学でやってくれ(意訳)」という言葉は、まことに厳しいものであるとともに、この分野の者がこれから何をやらなければならないかを指し示してくれるものでもあります。

で、ここでさりげに、話をPOSSEの川村君に振ってしまおう。

http://twitter.com/#!/kwmr_posse/status/126816816923295744

>職工事情は前に手を出したときは正直長くてちゃんと読まなかったから、冬に腰を据えて読もうかな。と呟こうとしたら野川先生が先回りしていた。笑 hamachanブログで紹介されていた磯田進さんのような法社会学の文献も紹介していただきたいです…。

それはむしろ、あなた方が、これからやるべき課題なのですよ。

沢田健太『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話』

1106087625 沢田健太、ってのはペンネームだそうです。「言いたいことを躊躇なく言わせていただ」いた本ということで、「正体をすっかり明かすと各方面に迷惑が掛かる」からだとか。

たしかに、「ぶっちゃけ話」というくだけた感じのタイトルよりも、も少し真剣に今のキャリアセンターの実情を憂えている本ですね。

「イケイケな一般企業勤めを経て大学に、それもキャリア教育の世界へ転身した人間」で「以来、田舎のミニ大学から東京のマンモス大学まで渡り歩いてきた」だけに、この語ることの一つ一つがまことにリアルで、びりびりするくらいです。

その中身は是非本体を読んでいただくとして、本ブログの関心事項との関係では、「あとがきにかえて」で書かれている二つのことが興味を惹きます。ひとつは大学教育の行く末として「アカデミック追求型と職業教育校の二分化」を中途半端に併存させるよりはっきり分けた方が学生も教職員もビジョンを共有しやすいということ。

もう一つは、これはさまざまな意見があるところですが、「就活不要論に私は反対する」と明言している点。

>・・・それと同時に就職活動は、本気働く力を身につける最初の機会だ。本来のグループディスカッションや面接は、ビジネスでいろいろな相手と意見交換することに重なる。アポを取ってOB・OG訪問するのも、飛び込み営業の準備体操のようなものだ。エントリーシート作成は、企画書などの書類作りに通じる。

まんま企業社会で必要とされる仕事を模擬体験できるのが就職活動なのである。だからつらくて、時に理不尽でも、ちゃんと全力で取り組むことは、その後の社会人生活の基礎を形成する凄く重要な体験であると私は言いたいのだ。

バーチャルな情報や、説明会のおかしなショーや、採る側も採られる側もキャッチーな言葉を探しっこしているとか、そう言う点は馬鹿馬鹿しい。しかし、学生が今までやったことがないことを恥を掻きながらやる就職活動の大部分は貴重な勉強である。・・・

まさにキャリアセンターの人ならではの発言で、そのかなりの部分に同感できるものを感じつつも、なんでそれをいまの「就活」というわけの分からない形でやらなければならないのか、という点に、納得できないものを感じさせてしまう、まことに含蓄のある言葉と言うべきでしょう。

2011年10月19日 (水)

全面禁煙か分煙、全事業所で義務化…法案提出へ

読売の記事。

東日本大震災で国会提出を中断していた労働安全衛生法の改正案を、ようやく半年遅れで提出することになったようです。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111019-OYT1T01004.htm?from=top

>厚生労働省は19日、すべての事業所と工場に「全面禁煙」か、喫煙室以外での喫煙を禁止する「空間分煙」を義務づけることなどを盛り込んだ労働安全衛生法改正案をまとめた。

>20日召集の臨時国会に提出する。

 同省は2010年2月、飲食店も含む公共の場所を原則禁煙とする通知を出していたが、浸透しきれていない。同省の調査では、全面禁煙、空間分煙のいずれかを実施している事業所は全体の64%にとどまり、半数近くの労働者が喫煙対策の改善を求めているとのデータも得たため、同省は法律で義務化する必要があると判断した。

 飲食店については、一定の濃度を超えない煙の量にするか、十分な換気を行うことを義務づける。

 改正案では喫煙問題以外にも、事業所での健康診断の方法の改善策も盛り込んだ。従業員の健康診断で「ひどく疲れた」「不安だ」などのストレスチェックの項目を設けて、医師や保健師に検査してもらうことを義務づける。

この法案とは直接関係ないですが、たばこ増税の話が政局とも絡んで、いささか興味深い展開になりそうな気配もこれあり、この秋はたばこの煙で覆われるかも知れません。

http://www.asahi.com/politics/update/1019/TKY201110190520.html(公明・山口代表、たばこ増税を容認)

>公明党の山口那津男代表は19日、BS11の番組収録で、野田政権が検討するたばこ税の引き上げについて「容認してもいい」と明言した。公明党は復興財源確保のためにたばこ増税を認める方針だが、党幹部が明言したのは初めて。

 山口氏は「たばこ税を上げないと、その分どこから財源を生み出すのか。所得税と法人税が重くなるのは避けた方がいい」と主張した。日本たばこ産業(JT)の株売却については「全部売却となると、たばこの製造や小売りに大きな影響を与えかねない」と述べ、一部売却に限って認める考えを改めて示した。たばこ増税は自民党が反対方針で、自公の足並みが乱れる可能性がある。

伊岐典子『女性労働政策の展開―「正義」「活用」「福祉」の視点から―』

Iki JILPTの伊岐典子さんが労働政策レポートとして『女性労働政策の展開―「正義」「活用」「福祉」の視点から―』を取りまとめました。

http://www.jil.go.jp/institute/rodo/2011/009.htm

同じ労働政策レポートとして、昨年わたくしは『労働市場のセーフティネット』(http://www.jil.go.jp/institute/rodo/2010/007.htm)を出していますが、これが雇用保険制度を中心にわりと狭い範囲の法政策に絞ったものであったのにたいし、伊岐さんのは戦後女性労働政策史を総体として取り上げたかなり浩瀚なものになっています。

>・・・この労働政策レポートは、そのような観点から、現在の法政策の淵源をたどる意味も含め、戦後の女性労働政策の発展過程を記述している。その際、「正義」「活用」「福祉」の3つの政策視点を試論として提示し、これを用いて個々の政策やその変遷を分析している。

>・・・女性労働に係る法政策について、網羅的に、かつ時系列的に整理した資料は、少なくとも近年においては、あまり世の中に提供されていないので、国または地方公共団体において、女性労働関係政策の立案に当たる方々等の執務資料や研修資料として活用が期待される。

 また、試論として提示した「正義」「活用」「福祉」の政策視点は、女性労働をめぐる法政策が、男女平等、ジェンダーバイアス解消といった単一の方向性のみで発展してきたものではなく、今後も様々な経済社会の課題を解決を担うべき政策課題として多角的に議論されるべき問題であることについての留意を促し、さらなる政策論議を喚起することを期待している。

はじめに・・・このレポートのねらい
第1章 概説
第2章 「正義」視点中心の黎明期(1945~1952)―第二次大戦直後から婦人少年室設置まで―
第3章「福祉」視点、「活用」視点が生まれた模索期(1952~1975)―婦人少年室設置から国際婦人年まで―
第4章 「正義」視点内のパラダイム転換に苦闘した変革期(1975~1986)―国際婦人年から男女雇用機会均等法の施行まで―
第5章「活用」視点が顕在化し「正義」視点の平等が進んだ発展期(1986 年~2001 年)―男女雇用機会均等法施行から雇用均等・児童家庭局誕生まで―
第6章 「福祉」視点及び「正義」視点の広がりとともに政策効果が問われる転換期(2001 年~2010 年)―雇用均等・児童家庭局発足以降―
第7章 むすび

これに対応する領域は、かつて『労働法政策』をまとめるときにわたくしも一通り資料に目を通してはいますが、やはり女性関係行政に一度も携わったことのないわたくしと、最後は局長として女性関係行政に携わってきた伊岐さんとでは、この分野で掌を指す感覚が違うことがよく分かります。

ご存知の方もいるでしょうが、伊岐さんは男女雇用機会均等法の制定時に担当係長として関わっています。数少ないプロジェクトXな「女たち」の一人です。

『新たな福祉国家を展望する』旬報社

122722 旬報社より、福祉国家と基本法研究会 井上英夫+後藤道夫+渡辺治 編著『新たな福祉国家を展望する (社会保障基本法・社会保障憲章の提言)』をお送りいただきました。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/709?osCsid=7285c316923889ca95d6893825a0651c

本書は、

第1部 今なぜ、社会保障憲章・社会保障基本法が必要か
 1 福祉国家型対抗構想が今なぜ必要か
 2 社会保障憲章、社会保障基本法の位置と役割
 3 3.11と国家の責任
第2部 社会保障憲章2011 
 1 社会保障への期待と需要の増大
 2 日本の社会保障の岐路
 3 実現すべき社会保障原則
第3部 社会保障基本法2011 と解説
 1 社会保障基本法2011
 2 社会保障基本法2011の解説

という三部構成ですが、その半分近くが第2部の「社会保障憲章2011」で、これが「憲章」というよりは、ほとんど大論文になっています。

その主張のかなりの部分は、同感できるところが多いのです。たとえば、とりわけ各領域における諸原則として挙げられている、適職・妥当な処遇で働く権利の保障、基礎的社会サービスの現物給付を公的責任で保障、居住保障、重層的で空隙のない所得保障による普遍的な貧困予防・救済、健康権保障などは、まさに原則としてそうあるべきと思いますし、制度の在り方と運営に関わる原則のうち、ナショナルミニマムとローカルオプチマムという原則は、軽々しい地方分権論に対して極めて重要でしょう。

一方で、いくつか懸念が残るところがあります。とりわけ、財政との関係でいえば、新自由主義的な社会保障削減を否定するあまり、「出るを量って入るを制す」というそれ自体は必ずしも間違っていない原則をスローガン化してしまうと、必要充足の原則のその「ニーズ」の軽重がつけられなくなり、結局ニーズの高いものもそれほど高くないものも、ニーズに変わりはないということで削れなくなり危険性があるのではないかと思われます。結局、異なった人々が異なったニーズをぶつけ合う政治過程において、ニーズ相互間の軽重をつけるためには、「入るを量る」局面がなければうまくいかないだろう、ということです。

具体的な例でいうと、高齢者への医療や介護などの現物給付を充実させることと、現役時代の所得に比例した年金を維持することとは、前者のニーズを強調するならば、後者のニーズを引き下げていかないとおかしなことになるでしょう。とはいえ、ニーズ第一主義では、そのバランスをとった後者の引き下げはなかなか難しいのではないでしょうか。ただでさえ、「儂が払った年金じゃ、儂がもらうのは当然じゃ」という意識が強い日本社会ではとりわけそうでしょう。それはやはり、社会保障費用全体を(トータルのニーズに応じて拡大していくのは当然としても)むやみに膨れあがらせるわけにもいかないという財政原則からどっちを選ぶのか?といわないと難しいように思われます。

もう一つ、やや気になるのは、全体としてベーシックインカム論のような労働否定的ニュアンスはなく、むしろディーセントワークと積極的労働市場政策志向であるとはいいながら、失業扶助や生活保護のところの記述が、下手をすると長期的な受給依存に対して否定的でないようなメッセージを送ることになりはしないか、という点です。これは、おそらく筆者たちからすると、私の考え方が過度にワークフェア的であり過ぎると批判される点なのだろうと思いますが、ヨーロッパ諸国の政策の流れを追ってきた立場からすると、気になるところです。

2011年10月18日 (火)

社会学部のも一つの源流

稲葉振一郎さんが、ご自分の出られた一橋の社会学部を例にとっていろいろ語っておられます。

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20111016/p2(シノドス・セミナー「社会学の居場所」)

これはこれで大変勉強になる記述ですが、ここには、日本で2番目、私大では最初に作られた法政大学社会学部の話は出てきませんね。

これはもちろん、稲葉さんには疾うにご存知のことですが、戦前の労働行政の外郭団体であった協調会が、戦後GHQに睨まれて潰されてできた中央労働学園が、法政大学に吸収されてできた「社会学部」で、ですからその「社会」という言葉はまさしく「社会政策」の「社会」であったわけです。今は『社会志林』と称している紀要も、かつては『社会労働研究』と言っていましたしね。

ま、今の法政の社会学部にその匂いが残っているわけでもないのでしょうが、そういう「社会学の居場所」(と言っていいのかどうか分かりませんが)も、世の中で労働問題が大きな論点であった時代にはあったのだ、ということも、社会学部の学生さんたちは知っておいて悪い話でもなかろうと思うのですが。

国家戦略会議の「民間議員」とは?

国家戦略会議の民間議員6人が決まったというニュースが流れていますが、

http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C9381949EE3EAE2E5918DE3EAE3E2E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2国家戦略会議、緒方氏ら民間議員6人を正式発表

ちょっと、よく分からないところがあります。これによると、

>古川元久経済財政・国家戦略相は18日の閣議後の記者会見で、重要政策の司令塔と位置付けている「国家戦略会議」の民間議員について、独立行政法人国際協力機構(JICA)の緒方貞子理事長や日本経済研究センターの岩田一政理事長ら6人を起用することを正式に発表した。

 経済界からは経団連の米倉弘昌会長、経済同友会の長谷川閑史代表幹事を選任。連合の古賀伸明会長と日銀の白川方明総裁も議員として加わる

緒方貞子さんは独立行政法人の理事長とはいっても、まさに個人の見識による人選でしょうし、経企庁出身のエコノミストの岩田一政さんとともに、知識人枠ということになるのでしょう。

財界からの二人と、労働界の古賀さんはまさに労使団体の代表で、ここが私が「労働のある」マクロコーポラティズムだといっているところなのですが、本日の疑問はそこではありません。

ここで、労使団体の3人と並んで、日銀の白川総裁が「民間議員」という枠に入っているのは、どうしてなのだろう、という素朴な疑問なのです。

日本銀行は日本国の金融政策の総元締めなわけで、いわゆるリフレ派の批判が正しいかどうかは別としても、少なくとも国家戦略会議においては、閣僚たちと並ぶ側にいて当然ではないかと思われるのですが。

実際、経済財政諮問会議では、同じ白川総裁は4人の「民間議員」の外側だったはずで、「国家戦略」になると「民間」扱いにあるというのも、よく分からないところではあります。

まさか民間議員の人数が偶数になるようにしたわけでもないのでしょうが、もしそうなら「労」を一人増やして欲しかったですね。

じゃぱにいず・びじねすまん

昨日、国内某所で講演。そこで、労働時間の話で質問を受けて、「むかし、「24時間戦えますか?ジャパニーズ・ビジネスマーーン」とかいうCMがありましたよね」と述べたのですが、その帰り、この言葉が妙に気になりました。

そもそも、businessmanとはどういう意味か?

http://eow.alc.co.jp/businessman/

>【名】 実業家{じつぎょうか}【無性語】businessperson

そう、事業を経営する側の人間のことです。経営者に労働基準法は適用されませんから、自分で24時間働こうが、365日働こうが勝手なわけですが、しかし、あのバブル期に、時任三郎が演じた(おそらくヒラの)若手サラリーマンは、いかなる意味でもbusinessmanなどではありえない、労働基準法がフルに適用されているはずのホワイトカラー労働者であったはずですが、CMを作る側も、それを見る側も、誰一人として、それがおかしいとは感じなかったということなのですね。

その意味では、これは拙著でもちらりと触れた「社員」と似た意味の位相にあるのかも知れません。もともと出資者、会社の所有者という意味でしかありえない「社員」が、雇用契約によって労務を提供して報酬を得るだけの債権契約の一方当事者を指す言葉になったのと類比的に、事業を経営する側の人間を指すはずの「ビジネスマン」が、24時間働かされている労働者を24時間自発的に働いているかのように思わせる大変素晴らしい用語として無意識的に活用されたということなのかも知れません。

そして、このbusinessmanとは全く異なる「じゃぱにいず・びじねすまん」が横文字になって、現実の(和製)英文の世界で使われるに至っていることが、この英辞郎の用例を見ていくと、よく分かります。

http://eow.alc.co.jp/businessman/

こういう本来のbusinessmanの用例もありますが、

>Businessman Nabil Hal Hajnaj walked with his wife and sister out of a polling station in the largely Shi'ite Karrada neighborhood.

ビジネスマンのナビル・ハル・ハジナジは、妻と妹と一緒に、カラダ地区の主にシーア派が住む近所の投票所近くを歩いていました。

こういう和製英語も用例も並んでいます。

>A businessman from Fukushima Prefecture recently won the national pumpkin contest, held on Shodoshima Island in Kagawa Prefecture.

福島県の男性会社員がこのほど、香川県の小豆島で行われたカボチャの全国大会で優勝しました

この例文は二重の意味で大変皮肉です。だって、businessman(実業家)を「会社員」という意味で使っているのですが、その「会社員」自体が、商法上では出資者という意味なのですから。だけど、日本人なら誰一人間違わないこの文の意味は、それとはまったく違う位相なんですね。

次の二つの文は、ともにbusinessmanとInternet auctionという言葉を用いた短文であるにもかかわらず、その意味する中身が全く異なるという意味で、大変興味深いものです。

>A businessman in the United States recently auctioned a fighter plane on the Internet.

米国のビジネスマンが先日、戦闘機をインターネット競売に出品しました。

>A businessman was recently arrested for illegally accessing an Internet auction.

先日ある会社員が、インターネット競売に不正にアクセスした罪で逮捕されました

2011年10月17日 (月)

アドバンスニュースで拙著書評

「生きる 働く 明日の活力」アドバンスニュースの「ピックアップコラム」で、拙著『日本の雇用と労働法』が取り上げられました。筆者は「のり」さんです。

http://www.advance-news.co.jp/column/2011/10/post-125.html

>労働法制研究の第一人者が書き下ろした概論書。日本の雇用システムと労働法制が、明治以降の戦前戦後を通じて、どのような経過をたどって現在に至ったかを概括している。

>・・・「入門書」としてはむずかしい部分もあるが、現在の労働分野の問題にどんな歴史的な経緯があったのか、それを勉強するには恰好の1冊。 (のり)

確かに、入門書の域を超えているところがありますね。ただ、その辺は読み飛ばしても、全体像はつかめるようになっております。

2011年10月16日 (日)

日本労働法学会@立教大学

本日、立教大学で日本労働法学会第122回大会。

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jlla/contents-taikai/122taikai.html

>•大シンポジウム報告
◦ 村中孝史(京都大学)「趣旨説明」(9:30~9:40)
◦ 久本憲夫(京都大学)「日本の労働組合をどう認識するか」(9:40~10:20)
◦ 名古道功(金沢大学)「コミュニティ・ユニオンと労働組合法理」(10:20~11:00)
◦ 皆川宏之(千葉大学)「集団的労働法における労働者像」(11:00~11:40)
◦ 木南直之(新潟大学)「労働組合法上の使用者概念と団交事項」(11:40~12:20)
•開催校挨拶・総会(13:00~13:40)
•大シンポジウム報告
◦ 奥田香子「個別的労働関係法における労働組合の意義と機能」(13:40~14:20)
•質疑応答・討論(14:40~17:30)
• 懇親会(18:00~20:00)

ということで久しぶりの集団的労使関係法制をメイントピックとする大会でした。

一番同感できたのは、実は労働法学者ではない久本さんの報告だったとか、奥田さんの報告に対して、お約束通り(?)質問したこととか、中身の話もありますが、懇親会と二次会で頭の中がアルコール漬けになっていることもあり、まじめな話はとりあえず横においといて、立教大学の感想を。

いやあ、猥雑な池袋駅からちょっと歩くと、「蔦の絡まるチャペルに祈りを捧げた日」の世界が突如として現れるこの非日常性はなかなかです。

いまどきこんなヨーロッパの中世以来の大学の風情を残した空間は、なかなかないですね。

とりわけ、懇親会の会場になった食堂。まさしく、ハリー・ポッターの映画に出てきた、あの世界ですね。なにしろ、関東大震災で、東京帝国大学が倒壊したのを尻目に、頑丈に生き残った煉瓦造りの建物だそうで、実に趣がありました。

食堂の入口に掘られたラテン語の格言も、味わいがありました。「食い過ぎるな」という意味だそうですが。

(追記)

労働法学会の中身については、こんなつぶやきが・・・。

http://twitter.com/#!/kiryuno/status/125586647017463810

>日本労働法学会のシンポに参加してきたが、思ったほどでも、という印象だ。どうも、若手の研究者ほど体制擁護的というか、主張の意義に疑問を感じるところがあったりする。ご老人方は、労働者保護法とはかくあるべき、という固いイデオロギー的信念があるが、若い世代の人はその辺が淡白だという...

まあ、個人的な特性等もあるような気はしますが、概してご高齢の方ほど「儂の信念」を声高に言われる傾向があり、それを見ている穏和な若手が一歩も二歩も退きがちになるという傾向があるのかも知れません。労働法学会に限らないのでしょうけど。

(再追記)

もひとつ、他人様の感想を。

http://twitter.com/#!/teitoushihouken

>(1)労働法学会については,hamachanこと濱口先生が http://t.co/i1dXQqUr に,アモーレ大内先生がhttp://t.co/XZvoDLVl にそれぞれ本筋以外のことを書いておられる

>(2)俺も傍聴していて本筋以外のことばっかり記憶に残った。集団的労使関係法はどーしようもないぐらい不勉強で,むしろ組合なんてどーせ組織率が「絶望的(久本報告)」なんだから,いっそなくなったら勉強しなくてええのになーw,って思うようなろくでもない人間だもんで。

>(3)ご年配の伝統的な左派系の労働法の先生って,至極威圧的な物の言い方をなさっているように思えるのな。「俺たちが作り上げてきた労働法の原理についてお前らみたいな若者に何がわかる」みたいなふいんき(←なぜかry)なんだよ。ご本人たちにそのご意識がなくとも。

>(4)たとえば濱口先生にせよ川口先生にせよ安西先生にせよ野川先生にせよ(もっとも後者お二人は物理的な声のでかさに閉口したがw),その立場は多様なれ,議論の相手をちゃんとリスペクトしつつ建設的で前向きな議論をしようという姿勢がちゃんと見える。それがまっとうな姿だろう。

>(5)ところが,先に挙げたような偉大な先達は,質問用紙を出すでもなく準備の機会も与えないまま一方的にご自分の権威を利用され,ご自分と異なる「若手」の見解をただ「潰そう」とさえしているように感じる。こういうアンフェアさが感じ取れてしまう姿勢は好感をもてない。

>(6)そういう先達の議論に価値がないと言っているわけでなく,むしろ価値がありまくると言っていいんだが,ただその形がいたずらに報告者や聴衆にマイナスの感情を与えるものであることで,価値ある議論に「水を差して」いるように思えるのが残念なのである。

>さっそく先述のブログで取り上げていただいたようで。これをきっかけにネタにマジレスされて社会的に抹殺されたらヤだなーwこれからは冗談はやめて真面目にアニメの感想とか書くことにしよう。

ノーコメントと言うことで。

2011年10月15日 (土)

メンバーシップ型労働法規範理論

金子良事さんから再々リプライをいただきました。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-219.html(濱口先生への再々リプライ)

>濱口先生にまたまたリプライをいただきました。ありがとうございます。というか、随分と重要なところまで引き出してきたので、皆さんにもシェアできていただける内容になってきていると思います。これをよく読んでからもう一回、心して『日本の雇用と労働法』を読んでくださいね

このやりとりの趣旨は、金子さんがこう書かれているとおりです。

>多分、今回もそうですが、別に濱口先生と私の間には、こうやってやり取りする中で、いろんな刺激を受ける方が出てくれば、もうちょっと砕けて言えば「面白いじゃん」と思ってより多くの関心を持ってもらうというのが狙い、というより願いです

今回の金子さんのご指摘で極めて重要なのは、

>たとえば、こういう風に整理したらどうでしょうか。

1 労働慣行=現実
2 判例法理≒現実?
3 理念型(メンバーシップ契約)≒社会科学的な中間理論(判例法理のさらに背後にあるもの)
 ⇔
4 民法の契約原則=理念として導入されたジョブ契約理念
(労働三法以下は話がまたややこしいので、端折ります)

濱口先生がいう「現実」というのは1から3です。それと対比する形で4があります。濱口先生の本を読むと、おそらく1から3の部分をセットで捉えて4と対比されていることは理解できるでしょう。でも、1から3の抽象レベルが異なっているということはなかなか分からない。だから、もうメンバーシップ契約は理念型という形で、これは現実じゃなくて、理論なんですよということをはっきりさせた方がいい。

というところです。

実は、この規範の4段階論において3に当たるものは、「社会科学的な中間理論」というよりも、「メンバーシップ型の労働法規範一般理論」というべきでしょう。アカデミックな労働法学それ自体の中には、実はそれに対応するような理論はあまり明確に存在しません。

私の認識では、経営法曹である高井伸夫氏の『人事権の法的展開』が、かなり明確にあるべき一般規範理論としてそれを打ち出しているのですが、これはよほどの専門家でないと読まれていないでしょう。

私の議論は、その一般規範理論をもう一度価値判断として客観的に突き放して、「あるべきもの」としてではなく「あるべきものと考えられているもの」として、まさに金子さんの言う第3段階の「社会科学的な中間理論」として再構成したものになるわけです。「社会学的」というのは、この時点で出てくるわけです。

このあたり、規範理論としての理念型と、説明理論としての理念型がやや交錯してしまっていますが、それは、わたし自身が必ずしもメンバーシップ型の理念をあるべきものと考えているわけではないという前提で、現実社会を支配している理念の構造を説明しようとする以上、やむを得ない現象ではないかと思いますが、それと第1段階の現実そのものととりわけ第3段階の理念型としての規範理論の影響下で形成されてきた第2段階の判例法理という名の「現実」とが、すべて「現実」としてごっちゃに理解されてしまうことは危険ではないかという金子さんの指摘は、まさにその通りであろうと思います。

まあ、そこを単純化してしまっているところが、「社労士のテキスト」ではないにしても、「チャート式」である所以なのだ、と言ってしまうのは、盗っ人猛々しいと金子さんに批判されるかも知れませんが。

金子良事さんの再リプライ

金子良事さんから昨日のエントリに対して再リプライを頂きました。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-218.html

>リプライも難しくなるのって、最初に投げた私のせい?

と、さりげに牽制されてますので、できるだけ平易に。

まず、POSSE川村さんも「金子さんと濱口さんとのやり取りはチャート式の話が主になってしまった…」と批判されているチャート式の件について。

>チャート式が嫌いというのは、それはそうなんですが、別に不要であるという意味ではありません。ただ、今回の社会政策・労働問題チャート式への不満は内容がやや古いということです。

それはまったくその通りです。大河内一男まではいきませんが、私が学生時代に聴いた社会政策の講義は兵藤釗先生。頭の中の基本枠組みは『日本における労資関係の展開』で、その上に最近の菅山真次さんなどが乗っかってるだけですから。

ただ、それこそ「教科書を書くと言って書かない某S先生」に責任を押しつけるんじゃなく、kousyouさんの「金子さんの労働史を整理した本読んでみたいなぁ」という励ましのお便りに是非応えていただきたいところです。

本体の話。たぶんこれが一番コア。

>ただ、チャート式の存在意義の話とは別に、入門書でメンバーシップ契約という単純な理念型を使うことについて、私は『新しい労働社会』から懐疑的です

これは本書の存在意義に関わるところなので、できるだけ丁寧に説明したいと思います。

こういう理念型を使わない労働法の入門書は、積み上げれば天井に届くほど山のようにあります。書き手も偉い大先生から若手までさまざま。

でも、それらは、結局、法律学の教科書でしかないのです。

とりわけ労働法において極めて重要な役割を果たしている判例法理を、必ずしも明示すらされていないそれ自体の内在的なロジックである現実社会のありように沿って解説しているわけではない、と、少なくとも私は感じています。

実をいうと、菅野和夫先生の『雇用社会の法』は、日本の労働法制を日本型雇用システムとの関係で解説するという点で、その方向への試みの書だったのですが、入門書というにはやや詳細に過ぎる嫌いがあります。正直言って、すでに労働法をある程度分かっている人が反省的に読む本です。

そこで、いわば社会学の入門書のように読める労働法の入門書を書いてみたい、というのが、本書執筆の基本的なモチーフであったので、それ自体に懐疑的と言われると、わたくし如きが書くべきものはなくなってしまいます。

もちろん、日本の労働法制を総体的に理解するためには、日本の雇用システムとの関係だけを見ていればいいわけではありませんし、「1ミリも学問的水準を下げてない」どころか、数十メートルも学問的水準を引き下げているのかも知れませんが。

個別論点の上層に単純な理念型を置くことのリスクは問われるべき」というのも、なかなか難しいところです。それがないから論点ごとにバラバラになってしまう。

実は、既存の労働法の教科書を初心者が素直に読んでいくと、たとえば採用のところでは思想信条を理由とした採用差別はOKよ、というところではケシカランなあ、と感じ、解雇のところでは整理解雇を規制するのは当たり前ジャンと感じ、人事異動のところでは配転拒否で解雇って非道いなあと感じ、過労死のところでは会社が賠償するのは当然ダロと感じる。その背後に是とするか非とするかはともかく、雇用システムとしての整合性、一貫性があるという客観的な認識が欠けがちになってしまうのです。

まあ、技術学としての労働法解釈学としては、個別論点ごとにさまざまな結論が出ることは別におかしくはないのですが、逆にそれゆえに、議論の整合性がどっちに得かという浅いレベルの整合性になってしまう危険性もあります。労働問題によくあるポジショントークのよくない現れです。

実をいうと、私がこういう「個別論点の上層に単純な理念型を置く」書き方をする理由は、利害優先型ポジショントークの論理的不整合性に気がついてもらえるようになってもらいたい、という隠れた希望もあります。

まあ、こういうことを繰り返しても、金子さんの違和感が解消することはないでしょうが。

あと、ブラック企業については、単純に定義の違いのようですね。POSSEの萱野さんとの対談で述べたように、わたくしはそもそも近代労働法以前的なブラックな労働状況を「ブラック企業」として今論ずべき対象とは思っていません。住み込み奉公も、女工哀史も、現代的課題としてのブラック企業ではありません。

むしろ労働者側が「人格要求」として勝ち取ってきた仕組みのある部分が失われある部分が増殖的に露呈することで、今日的に生じてきた現象であると私は考えています。

山崎憲『労働組織のソーシャルネットワーク化とメゾ調整の再構築』

労働政策研究・研修機構の山崎憲さんのディスカッションペーパー『労働組織のソーシャルネットワーク化とメゾ調整の再構築―アメリカの新しい労使関係、職業訓練、権利擁護―』がJILPTのHPにアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/discussion/2011/11-05.htm

なんだかちょっとわかりにくい題名ですが、

>本研究は、アメリカで1990年代以降に拡大している労働者の権利擁護や労働条件向上、職業訓練を担う「労働組織」とそのネットワークの構造、成り立ち、および方向性を探ることを目的としている。

その姿は断片的にしか日本に紹介されていないため、それぞれの組織の具体的な姿と組織が織りなすネットワークの実像を日本に紹介するとともに、社会政策的な含意を考察することを目指している。本研究は平成22年度、23年度の二カ年計画で行っており、先行研究の文献調査と平成22年度の22組織39人を対象とする面接インタビューに基づいている

主な事実発見としては、

>非正規、低賃金といった労働者や失業者、学生などを対象とした「労働組織」は、直接の組織化対象とする労働組合、労働組合員以外にも対象を拡大して相互扶助、権利擁護などを行う「次世代型労働組合」などのほか、ワーカーセンター、職業訓練NPO、労働者所有企業、労働者権利擁護団体などの新しい組織がある。ワーカーセンターは、移民労働者、中小企業、教会などを基盤とする労働者が会員である。これらの組織は、リーダーの人材育成を積極的に行うほか、教会やNPOなどが組織間の中間的な役割を演じることを通じて密接なネットワークを構築していることがわかった

政策的含意として、次のようなことが挙げられています。

>労働組合組織率の低下や労働組合の経営協力の進展などを通じ、労働組合は労働組合員以外に対する医療保険、年金などの社会保障制度、職業訓練を通じた労働条件の向上といった社会政策的役割が大きく低下している。したがって、「新しい労働組織のネットワーク」は、非正規、低賃金労働者の社会保障や教育訓練による労働条件の向上、権利擁護、労働者の代表性など、従来は企業と労働組合が担ってきた機能を代替するものとなる可能性だけでなく、経営側との新しいパートナーシップの構築を背景とした教育訓練やキャリアラダーの構築、就業支援などの可能性を期待できるものである

面白そうだと思った人は、このPDFファイルを読んでみてください。

http://www.jil.go.jp/institute/discussion/2011/documents/DP11-05.pdf

この研究の背景について若干注釈。

本文の最初の注にあるように、これは

>本稿は2010 年度より(独)労働政策研究・研修機構が2 年計画で実施している「アメリカにおける新しい労働組織のネットワークに関する調査」に基づいており、調査実施途中に執筆したものである。調査メンバーは、明治大学・遠藤公嗣教授、早稲田大学・篠田徹教授、法政大学・筒井美紀准教授、労働政策研究・研修機構・山崎憲の4名。本稿の分析は調査メンバーが確認のもとで山崎が行なった。

という研究プロジェクトの中間報告的なものです。中間報告をディスカッションペーパーというのはちょっと違う気もしますが。

11732ちなみに、知ってる人は知ってるけれど、知らない人は知らないと思うので、山崎憲さんについて簡単に紹介しておくと、JILPTから在デトロイト日本国総領事館の専門調査員として出向し、そこでアメリカの自動車産業の労使関係についていろいろと調査し、その結果を帰国後、旬報社から『デトロイトウェイの破綻 日米自動車産業の明暗』として出版しています。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/601

>経営破綻したアメリカ自動車メーカーのGMとクライスラー。原因として指摘される金融危機による市場規模の大幅な縮小、ガソリン価格の高騰、そして労働組合の存在。アメリカ自動車産業の破綻の真実を労使関係から検証する。

第1章 1980年代以降の経営努力 ただ手をこまねいていたわけではない
第2章 揺らぐ社会保障基盤 安定したミドルクラスはどこへ
第3章 ニューディール型を壊したもの
第4章 労使関係はどこへ向かうのか

2011年10月14日 (金)

老いてますます・・・?

これはしょもないネタ記事ですので、うかつにコメントすると、「ネタニマジレスカコワルイ」とか言われますぞ。

http://twitter.com/#!/kiryuno/status/124787611524014080

>元赤軍派議長、塩見孝也氏と経産省前のテントで初めて会った。なかなか意気盛んなようだ。しかし九条改憲阻止の会を軸に世界革命を、というのはさすがに批判されても仕方ないように思う。

あのお、シルバー人材センターのお仕事はほっといていいんでしょうか。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d14f.html(赤軍派議長@シルバー人材センター)

>この年になって、ようやく労働の意義を実感している。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-c523.html(『総括せよ!さらば、革命的世代』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/70-ec65.html(70歳まで働く!@東洋経済)

>それでも、働くことの厳しさ、そして労働者の仁義と階級的団結を体で覚えることができた

金子良事さんの拙著評

金子良事さんが、「濱ちゃんの新書二冊と労働法政策を含めた感想も書きたいのだが、体力がもたん」(http://twitter.com/#!/ryojikaneko/status/123679238011355136)はずなのに、それを圧してわざわざ長い書評を書いていただきました。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-217.html

高熱のさなかに拙著を読んで感想を書いていただいたマシナリさんもそうですが、私のようなものが書いた小著にこうして書評をいただけるというのは、まことに有り難いことだと思っております。

まずはなにより、書評いただいたことへの感謝の気持ちを表しておきたいと思います。

その上で、いくつか。

金子さんは今回の拙著の記述のスタイル自体にかなりの違和感を覚えられたようです。

>濱口さんの『日本の雇用と労働法』日経文庫を何度かざっと読みながら、何ともいいようのない違和感があったので、・・・

>結局、何が違和感を覚えるかといえば、私は徹頭徹尾チャート式が嫌い、テストもテスト勉強も嫌いということに行きつくことが分かりました。

チャート式というのは、先日マシナリさんの書評に対してわたし自身が使った言葉ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-a5df.html

>はぁ、金属のオブジェ・・・。自分としては、あまり重量感のないチャート式に頭を整理できる本にしたかったつもりなんですが。

チャート式という言葉にはいくつもの含意がありますので、腑分けすると、そもそも教科書ってのはすべて何らかの意味でチャート式なので、法学部入りたての人にいきなり我妻栄「近代法に於ける債権の優越的地位」やら川島武宜「所有権法の理論」を読ませたりしないわけです。学問のひだをぬぐい去って、のっぺりとしたチャート式にすることで、普通の人が読めるものになる。それに嫌悪感を抱くことはまことに正当であるけれども、それに嫌悪感を抱くようになれるためには、何らかのチャート式というのは必要なのですね。

拙著の歴史部分は、マムチロさんが的確に評しているように、

http://www1.seaple.icc.ne.jp/mamchiro/book/book2011.10.htm

>えーと、だいたいのことは、昔、社会政策の教科書で勉強しました

程度のことですが、さはさりながら、そういう社会政策のチャート式に当たる部分というのが、法律学でも経済学でもいいけど、労働に関わる人々にとって必須の基礎知識になっているかというかというと、まことに心許ないわけです(某3法則氏の失策は、決して彼固有の問題ではなく、経済学徒一般にこの領域の知識がかなり欠乏気味であるということをいみじくも露呈しているわけで)。多くの読者にとっては、実はそれらの知識は「昔社会政策の教科書で勉強し」てはいないので、目新しいものだったのです。金子さんがやや苛立ち気味に「皆さんの好意的な反応」に疑義を呈しておられるのは、言うまでもなく社会政策学徒としては当然の反応であると同時に、現代社会において社会政策学的認識が希薄であることを裏面から実証しているようにも思われます。

さて、中身です。金子さんのいう

>実は日本的雇用には何重にも捻じれがあるんです。

には、実はものすごく深い含意があります。

そもそも日本の話以前に、労働社会のありよう、雇用関係のありようについて、近代化論としての「身分から契約へ」、現代化論としての「契約から身分へ」、現代論としての「も一度身分から契約へ」という3フェーズが重なり合う形で存在している上に、後発国日本の知的ファッションのサイクルとして、慕華主義→独自主義→自華主義→再び慕華主義というぐるぐるまわりがねじれた形でからんでいるため、きちんと腑分けしないとわけわかめになるのですね。

その一つの帰結が、中小企業における「生ける労働法」の存立構造の二重性です。一方では伝統的な法社会学的認識や金子さんが例に出す中小企業の親父さんの「人情話」のような、古典的近代法と対比される伝統的前近代的共同体的縁故的「メンバーシップ」感覚によって特徴づけられるとともに、他方ではむしろ(ポスト近代的な)現代化の一環である大企業の人事管理や裁判所の判例法理とは対照的な近代的民法的取引関係的な(欧米的な「ジョブ」型ではないけれども)メンバーシップ性の希薄な職場感覚で特徴づけられるのですね。大企業よりメンバーシップな面とメンバーシップじゃない面の両面があるわけです。

ブラック企業現象とは、この近代と脱近代のバラドクシカルなねじれ関係をうまい工合に搾取する仕組みであるというのが、私の議論の一つのポイントなのですが、それは初心者用の本書では触れていません。説明するのに大変汗を掻きますし。

どこまでこうした「ねじれ」を腑分けして解説するかというのは難しい問題です。本書では、学部学生用の教科書という性格を私なりに理解して設定したレベルに留めていますが、それが専門家の目から見て違和感を醸し出すものであろうこともまた当然だと考えています。

それでも、自分でも若干の違和感は残るわけで、そこのところのヒントをさりげにコラムで書いておいたら、「このコラム、本文よりも難しいし、身分法で押して行くと、本文のロジックと齟齬が出かねない」とお叱りを受けるわけです。なかなか難しい。

ついでにいうと、

>濱口さんは実在論の立場じゃないんですね。哲学的に。

というのは先日直接お話ししたスキルの社会的構築性からのご指摘だと思いますが、ある種の社会的構築主義者とは違い、社会的構築物であるがゆえに重要なのだという発想である原因は、法哲学がベースにあるからだと自分では思っています。

いずれにしても、学部生向けの本書の書評でありながら、社会政策の専門家でないと何を批判しているのかよく分からないくらい高度な書評をいただいたことに、感謝申し上げたいと思います。

2011年10月13日 (木)

すき家、警察に言われて一人勤務見直し

日経から、

http://www.nikkei.com/news/headline/related-article/g=96958A9C93819695E3E1E2E2E58DE3E1E3E2E0E2E3E39191E2E2E2E2;bm=96958A9C93819499E3E1E2E3868DE3E1E3E2E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2牛丼店強盗の9割「すき家」 警察、異例の防犯要請

>今年1~9月、全国の牛丼チェーン店での強盗事件は未遂を含め71件発生し、うち約9割の63件が「すき家」で起きていたことが13日、警察庁の調査で分かった。同庁は「防犯対策を求めてきたが改善されていない」として、すき家を展開するゼンショーホールディングスの責任者を同庁に呼び、防犯体制強化を文書で要請した。

ということで、ついに「世界革命を目指す独裁者」も警察権力には従うことにしたようです。

http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819499E3E1E2E3868DE3E1E3E2E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2「すき家」、深夜の1人勤務見直し 強盗被害受け

>牛丼店「すき家」を狙った強盗が多発している問題で、運営会社ゼンショーを傘下に持つゼンショーホールディングスは13日、防犯対策として深夜帯の1人勤務を見直すと発表した。年末までに全店舗の6割、2012年3月末までに全店で複数での勤務に改める。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_db8e.html(アルバイトは労働者に非ず)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-0c44.html(自営業者には残業代を払う必要はないはずなんですが)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6e9f.html(「アルバイトは労働者に非ず」は全共闘の発想?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-47c9.html(世界革命を目指す独裁者)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-0e2e.html(恒例のすき家強盗です)

日本プロサッカー選手会が労働組合に

スポーツ選手の労働者性関係のホットトピック。

http://www.sanspo.com/soccer/news/111012/sca1110121939002-n1.htm

>日本プロサッカー選手会の藤田俊哉会長(J2千葉)は12日、東京都内で記者会見し、東京都労働委員会から労働組合として認められたと発表した。同選手会は2月の臨時総会で、一般社団法人から労働組合に移行することを決議していた。

 藤田会長は「日本協会、Jリーグと向き合って話し合い、よりよい日本サッカーをつくり上げていきたい」と話した。今後はストライキ権を持つことになるが「基本的にどの選手もストライキをすることは考えていない」と述べた。(共同)

野球に続いて、サッカーも集団的労使関係の中に入ってきました。

さあ、残るは力士会だ?

労働時間規制がないのに残業代規制があるとはこれいかに?

A8at_reasonably_small 「にかちゃん!」さんの素朴な御疑問にお答え。

http://twitter.com/#!/A8aT/status/124310196251136000

>労働時間規制がないのに,残業代規制があるとは?労働時間規制がないんだから残業なんて概念がどうしてあるの?(新しい労働社会 岩波新書 を読んで)

http://twitter.com/#!/A8aT/status/124311802694737920

>あーさっきの労働時間規制がないっていうのはアメリカの話で。本によるとアメリカには労働時間規制がないらしいんだけど残業代規制はあるらしい。労働時間規制がないのに残業っていう概念があることを乗り越えられなくて詰んでる

そういうときは、原典を見ちゃうのが一番早道です。

アメリカ労働省のサイトで公正労働基準法を見ると、

http://www.dol.gov/whd/regs/statutes/FairLaborStandAct.pdf

>No employer shall employ any of his employees ・・・for a workweek longer than forty hours・・・unless such employee receives compensation for his employment in excess of the hours above specified at a rate not less than one and one-half times the regular rate at which he is employed.

「残業」なんて概念は法律上には出てきません。単に、通常の賃率の1.5倍払わなければ、週40時間を超えて働かせてはいけないと言っているだけです。週40時間を超える部分が、週40時間以内の部分の1.5倍であればいいのです。

日本で言えば、深夜割増みたいなものだと考えればいいでしょう。別に「残業」でなくても深夜であれば割増がつきますよね。だから、厳密に言えば、拙著で「残業代規制だけで労働時間規制の存在しないアメリカ」云々と書いているのは、正確ではありません。「週40時間越え賃金規制だけで・・・」と言うべきところでしょう。まあ、一般向けの新書ですから、そこのあたりはお許しをいただきたいところです。

2011年10月12日 (水)

萱野稔人『ナショナリズムは悪なのか』

Book1昨年、POSSEで対談した萱野さんの最新刊。

その対談の後半のテーマが、まさにこの「ナショナリズムは悪なのか」でした。

http://www.nhk-book.co.jp/ns/detail/201110_1.html

>第一章 ナショナリズム批判の限界――格差問題をめぐって
第二章 ナショナリズムとはどのような問題なのか?
第三章 国家をなくすことはできるか?――国家を否定する運動がナショナリズムに近づくという逆説
第四章 私たちはナショナリズムに何を負っているのか?――国家と資本主義の関係をめぐって

改めてその対談を読み直すと、この本で詳しく述べられていることを、端的に語っていたことが分かります。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/posse09.html(わたくしの発言部分だけですが)

ここの「■戦後日本左派の反国家志向」というところです。

さらに、ここでも端的に。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/poss-f74c.html(『POSSE』第2号)

>さて、特集の方ですが、高橋=萱野対談が、ナショナリズムを否定するのなら、国内で格差なんて言っても意味がないというテーマを取り上げていて、なかなか面白い。

ついでに、アナキャピな方々と議論したときのわたくしのロジックが、本書で萱野さんが語っているのとほとんど同じであることも。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-143d.html(警察を民営化したらやくざである)

>こんなことは、ホッブス以来の社会理論をまっとうに勉強すれば当たり前ではあるのですが、そういう大事なところをスルーしたまま局部的な勉強だけしてきた人には却って難しいのかも知れません。最近では萱野さんが大変わかりやすく説明してますから、それ以上述べませんが。

三者構成原則@『情報労連REPORT』

『情報労連REPORT』10月号から、連載のタイトルが「hamachanの労働ニュースここがツボ!」に変わりました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/johororen1110.html

その第1回目は「日本が踏み出す三者構成原則の第一歩」です。

>去る9月4日付の日経新聞に、「政官民で「国家戦略会議」 首相方針、経済財政の司令塔に」という記事が載りました。野田首相が、首相直轄の「国家戦略会議(仮称)」を新設する方針を固めたというものですが、注目すべきはそのメンバーとして「首相、古川元久経済財政・国家戦略相、安住淳財務相ら関係閣僚、白川方明・日銀総裁、米倉弘昌・経団連会長、古賀伸明・連合会長ら。学者や企業経営者も参加する見通しだ」と書かれていることです。その役割は「経済財政運営の司令塔となり、予算編成や税制改正、社会保障改革など日本が抱える重要課題で基本方針を示す」こととされていますが、日本の経済社会運営の中枢を、政労使が参加する三者構成の機関としようとする動きは、実はこれが初めてなのです。

 ここに至るまでの、日本の政策決定システムについての政治的動きは、奇妙にねじれたものでした。今回の国家戦略会議の原型となった経済財政諮問会議は、小泉政権時代に竹中経済財政担当大臣の管轄下で、構造改革や規制緩和などの新自由主義的な政策を進めたことで一部に悪印象を残していますが、省庁官僚制といわれるような割拠的な政策決定システムに穴を開け、官邸主導で政策を実現していったという意味では、民主党政権が掲げた「政治主導」を先取りするものでもありました。そしてその「政治主導」を現実社会の感覚に即した形で進める上で、民間代表が入っていたことは積極的に評価すべき点がありました。

 問題は、民間代表が経済界と近代経済学者2人ずつだけであって、それ以外の社会の声を代表すべき人々が入っていなかった点にありました。しかし、2年前に成立した民主党政権は違う考え方だったようです。マニフェストでは国家戦略局の設置が唱われ、政治家たちが官僚を抑えて「政治主導」を発揮するのだと大見得を切っていました。しかし、知識と経験に乏しい民主党の政治家たちは、官僚の割拠主義を大所高所から統合し領導するような見識を示すどころか、ちまちました思いつきを連発して末端の職員を右往左往させる一方で重要な政策課題はなかなか解決できないという姿を示したことは、記憶に新しいところです。

 政治家が社会のすべての状況を把握することなどできませんし、その必要もありません。社会の諸利害を各省庁が代表するような省庁官僚制ではなく、政治的リーダーのもとで社会の諸利害-とりわけ経営者と労働者という先進産業社会における二大勢力が膝詰めで議論をし、その上で政治家が意思決定していくという、西欧諸国では常識になっている三者構成原則が、2年間の迷走の挙げ句に、ようやくこの日本でも確立する一歩を踏み出そうとしているとすれば、これは極めて重要な意義のある出来事というべきでしょう

旧著短評

2年前の岩波新書も、幸い古本屋の店先で一山いくらの残骸をさらすこともなく、新たな読者を獲得し続けているようで、これもまた有り難いことです。

ついった上での短評から。

http://twitter.com/#!/crowclock/status/122557587534262272

>新しい労働社会 P208"イデオロギーの空中戦に終始するより具体的な利害の話しよか(意訳)"の下りはぐっときたわー(小学生並の感想) 君らも学生の内に嫁 俺よか学歴高いんだから読める筈よ

http://twitter.com/#!/aloha_koh/status/123790018048303105

>新しい労働社会―雇用システムの再構築へ 読了.すばらしい良書.先ほど紹介した城氏の本は同じ分厚さで中身1/5といわざるを得ない.雇用システムの再構築に必要な知識と,理想論ではない具体策がある

「理想論ではない具体策がある」ってのは、政策系の研究者にとっては最高の褒め言葉です。

2011年10月11日 (火)

ものづくり中小企業の人材育成

来月(11月)15日に行われるJILPTの労働政策フォーラムは、ぐっと渋く「ものづくり分野における中小企業の人材育成・能力開発」です。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20111115/info/index.htm

わが国のものづくり分野の中小企業においては、生産拠点の海外進出やグローバル化にともなうアジア諸国等の企業との競争など厳しい環境のもとでその存立基盤を保っていくことが求められています。しかしながら、若年者の製造業離れや技能者・技術者の高齢化などから、競争力や存立基盤を支える人材の確保や育成、能力開発の面で課題を抱える企業が少なくありません。

 本フォーラムでは、人材育成・能力開発に取組むものづくり中小企業の事例を紹介するとともに、そうした取組みを支える業界・地域における体制の整備や、公共教育機関との連携などのあり方について、議論をします。

日時 2011年11月15日(火曜)13時30分~17時00分(開場13時)
会場 浜離宮朝日ホール 小ホール

パネリストも、あまりの渋さに、男泣きしたくなるほどです。

基調報告
中小製造業の人材育成支援策の現状と今後について 
志村幸久 厚生労働省職業能力開発局能力開発課長

研究報告
ものづくり中小企業における人材の確保と育成―課題と可能性を探る― 
藤本 真 労働政策研究・研修機構副主任研究員

事例報告
人財育成への道しるべ 
勝山 勲 栗田アルミ工業株式会社社長付・人財育成チーフマネージャー

町工場の人材教育事例報告 浜野慶一 株式会社浜野製作所代表取締役

米沢における地域人材育成の取組み 横山繁美 米沢ビジネスネットワークオフィス地域情報プロデューサー

パネルディスカッション
パネリスト:
志村幸久 厚生労働省職業能力開発局能力開発課長
勝山 勲 栗田アルミ工業株式会社社長付・人財育成チーフマネージャー
浜野慶一 株式会社浜野製作所代表取締役
横山繁美 米沢ビジネスネットワークオフィス地域情報プロデューサー
藤本 真 労働政策研究・研修機構副主任研究員
コーディネーター:
佐藤 厚 法政大学キャリアデザイン学部教授

このような渋いテーマをここ数年来追い続けてきたのが、JILPTの俊英藤本真さんで、おそらく今回の労働政策フォーラムは、藤本さんの今までの研究成果の集大成的位置づけなのではないかと思われます。

藤本さんの今までの研究成果はここにずらりと並んでいますので、関心があればリンク先を見てください。

http://www.jil.go.jp/profile/fujimoto.html

•◎『中小製造業(機械・金属関連産業)における人材育成・能力開発』(労働政策研究・研修機構 労働政策研究報告書 No.131),2011.
•◎『中小サービス業における人材育成・能力開発―アンケート調査結果―』(労働政策研究・研修機構 調査シリーズNo.74),2010.
•◎『変化する経済・経営環境の下での技能者の育成・能力開発―機械・金属関連産業の現状―』(労働政策研究・研修機構 調査シリーズNo.72),2010.
•◎『中小サービス業における人材育成・能力開発』(労働政策研究・研修機構 労働政策研究報告書 No.118),2010.
•◎『中小企業経営者団体による人材育成・能力開発-サービス業の団体における取組み-』(労働政策研究・研修機構 調査シリーズNo.64),2010.
•◎『ものづくり産業における技能者の育成・能力開発と処遇―機械・金属関連産業の現状―』(労働政策研究・研修機構 労働政策研究報告書 No.112),2009.
•◎『中小企業における能力開発・人材育成-予備的考察-』(労働政策研究・研修機構 労働政策研究報告書 No.103),2008.
•◎『ものづくり産業における人材の確保と育成―機械・金属関連産業の現状―』(労働政策研究・研修機構 調査シリーズNo.44),2008.

海老原嗣生『就職、絶望期』扶桑社新書

064198 海老原嗣生さんより、新著『就職、絶望期』(扶桑社新書)をお送りいただきました。例によって、例の如く、海老原節全開の快著です。

http://www.fusosha.co.jp/book/2011/06419.php

>就活批判・中高年叩き・欧米型礼賛など、雇用をめぐる安易な議論。それに乗って税金をバラ撒く行政。
結果、”氷河期”より深刻な事態が進行している!
人事のエキスパートが、警告と同時に「本当の解決策」を提示する

<主な内容>
・「新卒一括採用批判」「欧米型礼賛」の的外れ
・「既卒3年=新卒扱い」施策は若者の首を絞める
・にわか雇用論に乗って税金をバラ撒く行政の失策
・中高年を「年金・雇用の逃げ切り世代」と叩く誤り
・出世やスペシャリティはあなたを守らない
・大学は「補習の府」になるべきだ
・「年功」はないが「終身」はある雇用へ
 etc.

本書については、すでにマシナリさんのブログで、マシナリさんと海老原さん本人との対話が繰り返しなされておりますので、ご紹介しておきます。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-472.html「都市伝説」の連鎖

>いや、もちろん海老原さんもこうした「都市伝説」を虚像だとわかって書いていらっしゃるのだろうと(期待を込めて)考えています。それでもこういったセンセーショナルな書き方の方が売れるのでしょうし、巻末の城繁幸氏との対談でも海老原さんの発言は奥歯に物の挟まった感じがしますので、いろいろな民間同士のしがらみがあるのではないかと余計な詮索をしてしまうところですが、これも「都市伝説」なのでしょうか。。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-473.htmlそこそこの働き方

>そこで、本書で海老原さんは「“そこそこ”の働き方を制度化せよ」(p.250以下)として職務や地域を限定した職を増やすことを提言されています。古くは日経連(現経団連)が提唱した「雇用ボートフォリオ」とかhamachan先生の主張される「ジョブ型社員」にも通じる提言だと思いますので、議論は収斂していくのだろうと思いますが、個人的にはhamachan先生の指摘される視点が重要だと考えています。

>いつもご書評、ありがとうございます。
最後の「そこそこの働き方」が、濱口先生へのオマージュになっていること、見抜かれてしまいましたね。さすが!

>なお、本エントリでは引用していませんでしたが、本書p.254の「新しい労働社会のかたち」がhamachan先生の『新しい労働社会』へのオマージュとなっているということですね。hamachan先生の主張に対応する具体的な日本型雇用慣行の未来形として、私も興味深く拝見しました。「10年後に振り返ると、「ああ、また日本にしてやられた」と世界中、そして日本に住む私たち自身でさえ、あきれ顔半分、簡単半分でそう苦笑いしているような気がしてならない」(p.256)という言葉に力づけられますね。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-475.htmlブラック企業という新興産業

>この部分を読むだけでも、ブラック企業と海老原さんが例示された中小企業との違いが如実に読み取れると思います。結局のところ、キセーカンワやら新規形態の外食産業やらIT企業などのベンチャービジネスへの礼賛によってもたらされたのは、ブラック企業が易々と労働者を使い捨てることができるという現実だったのではないでしょうか。労務管理の体制をしっかりと構築し、人材の育成に力を入れているような中小企業が旧態依然としたものとして忌み嫌われる一方で、社員全員が「企業家精神」をもって生活なんか顧みないで働くことこそが21世紀型の働き方だと喧伝された結果といえそうです。拙ブログで以前使っていたことばで言えば「経営者目線」を強要されるということですね。

>つまり、認識的に一致するところは多々ありました。ただ、問題は、やはり「中小は全部ダメ」というところ。その裏返しには、「大企業は良い」という昭和的価値観が透けて見えるのです。実際、不動産開拓系の大手上場企業や、某ファーストフードチェーン、精密機器販売代理業の上場企業など、いくらでも大手ながらブラックはあります。そして、そういうところに、「知名度に魅かれて」就職する学生が非常に多い。こういうケースを見ると、「規模だけで企業を判断するな。その大手ブラックより、足元に中小のあなた向きの企業があるよ!」といいたくなってしまう。
この部分を、今野さんたちがわかってくれたらと感じました。

>まさにこの点に尽きるのだと思います。大企業だろうと中小企業だろうとブラックな企業はブラックで、優良な企業は優良だというシンプルな問題のはずですね。問題は、そのモノサシが「会社や事業の規模が大きいか小さいか」に単純化されてしまっているキャリア教育の現場にあるということなのでしょう。

「昭和的価値観」という言葉には某氏によってバイアスがかかってしまっていて(笑)、ちょっと使いづらいところはあるのですが、そうした価値観が「多様な働き方」、「多様な生き方」を制限してしまっているというご指摘は重要だと思います。特に、「大学を出たからには、何の変哲もない地元中小企業ではなく大企業やグローバルなIT企業に就職すべきだ」という価値観があって、それがブラック企業がはびこる一因となっている現状では、大学のキャリア教育の段階でその価値観を転換することこそが必要なのだろうと思います

最後のやりとりは、今野・川村『ブラック企業に負けない』をめぐる対話ですが、海老原さん著をめぐる対話の延長上で、深い議論になっています。

さて、わたくしにとっては、本書は前に本ブログで述べたように、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-159c.html(日本経団連で海老原嗣生さんと初対面)

で、直接面前でお聞きした話がいっぱい詰まっておりました。

とりわけ、第5章§4「幹部候補ではない正社員を創設せよ」に出てくるフランスとアメリカと日本のどこからどこまでがエリートで、どこからどこまでがエリートじゃないかの図解は、大変わかりやすいな!と感動ものだったのを覚えております。

来月も、中公新書ラクレから新刊を出されるとのことで、楽しみです。

この矛盾に気がつかない?

一方で、年金支給開始年齢を70歳に引き上げなければいけないかも・・・というニュースに対しては、

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1669027.html(痛いニュース(ノ∀`) : 年金支給開始年齢、70歳まで引き上げへ - ライブドアブログ)

>51 :名無しさん@涙目です。(京都府):2011/10/09(日) 06:56:11.03 ID:SSlN0Hoi0
60歳から70歳の間はどうやって暮らすの?

>53 :名無しさん@涙目です。(福岡県):2011/10/09(日) 06:56:20.96 ID:CDW/YviK0
じゃあそれにともなって定年も70歳まで引き上げろよ、馬鹿かよ

と、過激な中にもそれなりにまっとうな意見が示されるのに、

65歳までの継続雇用を義務化する検討が始まったニュースに対しては、

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110913#p1

>7 :名無しさん@12周年:2011/09/13 (火) 00:40:27.09 ID:EXCIf77S0
また高齢者優遇・・・

>186:名無しさん@12周年:2011/09/13(火) 01:17:41.18 ID:xTbu3dBn0
若者は死ね、失業しろ、就職すんなという熱い思いをいただいたww

という反応になるのですね。いや、もちろん同一人物が書いているというわけではないですが、この手のニュースへの典型的な「2ちゃんねる」風というか「ワカモノ」風の反応が、その反応の間の矛盾に気がついていないのかなあ、というだけのことなのですが。

その昔年金制度ができたときの平均寿命よりも20年以上も長寿になって、たくさんの老人たちを(昔の運良く生き残った数少ない老人たちと同様に)数少ない現役世代が稼ぐ年金保険料で養い続けることが不可能であるという、イデオロギーとは関係のない目の前の現実に、どのように対処することがリアルに可能であるか?という至極簡単な問いなのですが。

年寄りたちが「儂の昔払った年金じゃ、儂がもらうのは当然じゃ」という事実に反する虚偽意識に基づいて語るのはある意味でやむを得ない面もありますが、ワカモノたちが、そういう虚偽の金融的年金イデオロギーに振り回されているのを見るのは、哀れみを覚えます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-f770.html

>だから、「儂の昔払った年金じゃ、儂がもらうのは当然じゃ」と間違った思い込みを振りかざす老人たちをなだめすかしながら、老人たちにも働いてもらい、払う年金をできるだけ少なくしていくしか、このアポリアを解決する道はないのですよ。

2011年10月10日 (月)

本日の拙著書評

本日、マシナリさんとラスカルさん、さらには労働弁護士の水口洋介さんから拙著『日本の雇用と労働法』への書評のエントリがアップされました。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-478.html集団的労使関係の未来とは

マシナリさんは、長引く風邪の中で「布団の中で熱にうなされながら」拙著と水町著を読まれたとのことで、

>hamachan先生本が金属を写実主義的に切り出したオブジェのような重量感があるのに対して、水町先生本はラフなスケッチという感じでこんがらがった頭を整理するのに重宝するような感じがしました。

はぁ、金属のオブジェ・・・。自分としては、あまり重量感のないチャート式に頭を整理できる本にしたかったつもりなんですが。

マシナリさんの関心は集団的労使関係にあり、拙著と水町著から適宜引用しつつ、その議論の難点も指摘しています。

一方ラスカルさんは、

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20111010/1318211052

>本来、新書として著すには広大な領域をもつ日本の雇用システムの全体像を、本書は、統一的な視点のもとで描き、その結果、おおくの記述を必要とする個々の部分システムについては、焦点の絞った記述としている。

焦点の絞った記述と言いますか、やや凝縮した書き方になってしまって、かえってわかりにくくなっている面があるのかも知れません。

ラスカルさんの批評の焦点は、拙著の記述に書かれていることよりも、書かれていないことにむしろ向けられています。

>日本の雇用システムの「二重構造」は、いかにして解決されるか――本書には、その回答は記載されていない。「二重構造」の解決は、制度的補完性のもとに形成されたシステム全体の見直しを必要とする。現実をみると、新規学卒者の定期採用制、ジョブ・カード制度やそれを進化させた日本版NVQといった職業認定システム、今年から始まる求職者支援制度を含む広義の公共職業訓練などは、いままさに変化の過程にあることを示すものであるようにもみえる。しかし、これらを端緒とすることになるかもしれないシステム全体の見直しは、日本の雇用システムがこれまで可能にしてきた合理化のための柔軟性をもまた、同時に失わせることになるだろう。実際には、このようにして始まった雇用対策のパラダイム変化は成功せず、結果的には、雇用対策の中心は引き続き企業の雇用維持(雇用調整助成金など)に頼ることになるものと思われる。

 おそらく、本書のような制度的視点(いいかえれば「内省」的視点)から、この問題に根本的な回答をあたえることはできない。しかし、視点を「転回」させることで、暫定的な処方箋をあたえることは可能である。つまり、景気の振幅を可能な限り小さなものとし、労働市場がある程度タイト化することが、「二重構造」にともなう格差の問題を是正することになる

この考え方に対しては、さまざまな立場からさまざまな見解があるところでしょう。

さらに、労働弁護士の水口洋介さんは、

http://analyticalsociaboy.txt-nifty.com/yoakemaeka/2011/10/post-f201.html

>実態である「日本の雇用システム」と、法規範である「日本の労働法」の乖離と交錯を真正面から取り上げた意欲的な書物です。読んでいてワクワク観がありました。

「読んでいてワクワク」というのは、最高の褒め言葉です。著者冥利に尽きます。ありがとうございます。

>濱口氏は、日本型雇用システムの実態をメンバーシップ型雇用契約を本質として、その形成プロセスについても、イデオロギッシュな色分けをせずに、戦前から戦後までの歴史的現実を踏まえて手際よく整理されます。

これも、わたくしの意図を的確につかんでいただいています。メンバーシップ型システムが、労使それぞれの意図による「合作」であり、それゆえに、イデオロギー的な裁断が必ず的を失する所以を説明するというのが、わたくしの意図したところでした。

なお、最後に疑問を提起されている

>ところで、ジョブ型雇用契約が欧米では一般的でも、「職務を特定しない雇用契約」という類型は一つの雇用契約(労働契約)としてあり得るのではないでしょうか。

は、さりげにコラムで取り上げていますが、ローマ法的な労務賃貸借とゲルマン法的な忠勤契約の二つの流れにつながる論点で、比較法的にはとても重要なところです、

近代日本に焦点を絞った本書では、意識的に取り上げていませんが。

東大阪下町ロケット

201110107073121l数日前に、田中萬年さんがブログで紹介していた東大阪で職業訓練に励む若者たちの「下町ロケット」が、昨日打ち上げに成功したようです。

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20111005/1317800827下町ロケット希望へ発射 東大阪の職業訓練生製作

>大阪府東大阪市の中小企業で就職を目指して職業訓練中の若者が、小型衛星を搭載したロケットを製作し、9日に和歌山市内で打ち上げ試験を行う。人工衛星「まいど1号」の開発など、先端技術を扱う町工場が集積する地域ならではの実習だ。高度は200メートルと宇宙ははるかかなただが、〈下町ロケット〉は訓練生の希望を乗せて打ち上げられる。

とのことです。府の雇用創出事業の一環としての、いわゆる基金訓練だと思いますが、このように職業訓練をやってくれれば良いですね。

 それぞれの地域に根ざして、職業訓練の在り方を模索して頂きたいものです

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20111010-OYO1T00130.htm?from=newslist(若者たちの夢乗せた〈下町ロケット〉打ち上げ成功)

>大阪府東大阪市内の中小企業で職業訓練に励む若者12人が完成させたロケット(高さ1.6メートル)の打ち上げ試験が9日、和歌山市加太で行われ、成功した。

 ロケットは2基。ごう音とともに発射し、それぞれ200、100メートル付近の高度まで到達後、搭載した小型衛星の切り離しもほぼ計画通りに行われ、衛星はパラシュートでゆっくり降下した。

 〈下町ロケット〉の雄姿を見守った訓練生の1人で、昨年末、契約社員を辞めた東大阪市の森口祐子さん(27)は「何年かかっても、衛星を開発する仕事に就きます」と、うれし涙を見せた

こういう「おいしいところだけもっていく天才」とは正反対のところにいる若者たちに乾杯!

2011年10月 9日 (日)

ただ差別しているのに過ぎないのに、本人は良い事をしている気になっている

今この時点で、武田邦彦氏を批判する側にまわると、さんざん池信イナゴに虐められたわたくしが「3法則」こと池田信夫氏の同類にされてしまう恐れもありますが(笑)、さはさりとて、ますます燃えさかるいわれなき放射能差別に水をかけることは必要です。

ここではいつもの非国民通信さんのエントリから、

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/1a7a26d9a49d649be4237df5bf0125b3(他に気にすべきことがあるんじゃないだろうか)

例の、大阪の、福島県の業者の橋桁に放射能汚染が不安だと言って工事を中断させた話について、

>あの府知事の牛耳る大阪ですから仕方がないのかも知れませんが、あろうことか府は工事を中断させてしまったとのこと。橋桁に放射能汚染とか笑わせてくれますけれど、福島の業者にしてみれば笑い事では済まされません。このような謂われなき嫌悪に基づいた福島の業者に対する排除が罷り通る事態は、大いに憂慮されるべきものです。

 今回の事例に限らず、福島から来た人や福島の産品が排除の対象とされたケースは枚挙に暇がなく、いずれも放射「能」汚染の可能性を口実とした差別が公然と繰り返されているわけです。どうも私には、原発事故そのものよりも原発事故を背景に数限りないデマを流し、偏見と恐怖を植え付けては嫌悪や差別心を煽り立ててきた人々による悪影響の方が大きいように思えてなりません。本当に損害賠償を請求されるべきは、AERAなり武田邦彦なりではないでしょうかね。彼らの教えを盲信した挙げ句、福島に関わる何もかもをも汚物として扱おうとする人々もいれば、一家離散で西日本へ飛んでは生活を破綻させる人も出てくる等々、もたらされた害悪は甚大です。

 原発で事故が起こらないようにする、という面での対策も当然求められるのですけれど、デマや煽りに強い社会を作るのもまた保安面では欠かせない施策と言えます。事故が起こらない、というのは理想ですけれど、現実の世界で可能なことは「限りなく0に近づけること」でしかありません(加えて原発に限らずとも事故は起こるものです)。そして万が一のことが起こっても被害を最小限に抑えるためには、単に原発内部の機構だけを工夫すれば済むものではないでしょう。あることないこと考え出しては偏見と嫌悪を広めるような人々が影響力を持つことがないような、良識ある社会作りもまた必要なのです。そしてそれは、原子力関係の専門家ならずとも取り組めることのはずです

このエントリでは、「ヘタレ一代」さんのコメントが秀逸です。

>ただ差別しているのに過ぎないのに、本人は良い事をしている気になっている辺りが頭が痛い問題ですが、それ以上に厄介なのは、あくまでも「気になっている」ことなので、本人も後ろめたい所があるのか、少しでも差別に異を唱えると攻撃的な反応を示す

これは、考えてみると、多くの差別偏見に共通する現象のように思われます。

ナチスのユダヤ人への攻撃の根っこには、ユダヤ金融資本によって善良なドイツ人の生活が破壊されるというまじめな恐怖心があったわけですし、現在ただ今の在特会のみなさんも、心の底から「在日特権」に怒り、被害者意識に充ち満ちて活動しているのでしょう。

まことに、主観的に弱者、被害者のつもりの差別偏見ほど、始末に負えないものはないというべきでしょう。

(追記)

いうまでもなく、

http://b.hatena.ne.jp/unorthodox/20111010#bookmark-62463910

>在日特権などと違って放射能汚染は程度の差こそあれ実際の出来事であり、それを避けること自体は正当な行為のはずだが、件の「非国民通信」などはそうすることをも差別呼ばわりするヘイトスピーチを撒き散らしている

在特会にとっては、「在日特権は実際の出来事であり、それを潰すこと自体は正当な行為のはずだが、件の●●●などはそうすることもをも差別呼ばわりするヘイトスピーチを撒き散らしている」と、心の底から感じているのでしょう。

本エントリへのコメントで、もっとも的確なひと言は、李怜香さんのこれでしょう。このひと言で、歴史上のほとんど全ての惨劇がだいたい説明できます。

http://twitter.com/#!/yhlee/status/123204585895632896

>差別の根っこに恐怖があるということ。恐怖はたやすく攻撃に転化する。くりかえし、ここに立ち返る。

パイロット60歳定年は違法@ECJ

久しぶりにEU労働法の話題でも。

最近、あまりEU関係のサイトを巡回しなくなったため、一月ほど遅れたニュースですが、9月13日に欧州司法裁判所が、ルフトハンザ事件で、パイロットの60歳定年を指令違反と判断していたようです。

http://curia.europa.eu/jurisp/cgi-bin/form.pl?lang=en&newform=newform&Submit=Submit&alljur=alljur&jurcdj=jurcdj&jurtpi=jurtpi&jurtfp=jurtfp&alldocrec=alldocrec&docj=docj&docor=docor&docdecision=docdecision&docop=docop&docppoag=docppoag&docav=docav&docsom=docsom&docinf=docinf&alldocnorec=alldocnorec&docnoj=docnoj&docnoor=docnoor&radtypeord=on&typeord=ALL&docnodecision=docnodecision&allcommjo=allcommjo&affint=affint&affclose=affclose&numaff=&ddatefs=&mdatefs=&ydatefs=&ddatefe=&mdatefe=&ydatefe=&nomusuel=&domaine=PSOC&mots=&resmax=100

>Article 2(5) of Council Directive 2000/78/EC of 27 November 2000 establishing a general framework for equal treatment in employment and occupation must be interpreted as meaning that the Member States may authorise, through rules to that effect, the social partners to adopt measures within the meaning of Article 2(5) in the areas referred to in that provision that fall within collective agreements on condition that those rules of authorisation are sufficiently precise so as to ensure that those measures fulfil the requirements set out in Article 2(5). A measure such as that at issue in the main proceedings, which fixes the age limit from which pilots may no longer carry out their professional activities at 60 whereas national and international legislation fixes that age at 65, is not a measure that is necessary for public security and protection of health, within the meaning of the said Article 2(5).

Article 4(1) of Directive 2000/78 must be interpreted as precluding a clause in a collective agreement, such as that at issue in the main proceedings, that fixes at 60 the age limit from which pilots are considered as no longer possessing the physical capabilities to carry out their professional activity while national and international legislation fix that age at 65.

 The first paragraph of Article 6(1) of Directive 2000/78 must be interpreted to the effect that air traffic safety does not constitute a legitimate aim within the meaning of that provision.

脇田滋編著『ワークルール・エグゼンプション』

1106069604さまざまな個人請負就業の労働者性が話題になるこの時期に、なかなか時宜に適した一冊。取り上げられている「非労働者」たちの「非労働者」性自体もさまざまで、そういちがいな議論もできにくいのですが、「へえ、こういうのもあるんだ」という発見もあります。

第1部 守られない働き方

「生きがい就労」には雇用のルールはなじまないのか―シルバー人材センターの問題点;

福祉的就労に従事する障害者は労働者ではない?―障害者の就労と労働者保護;

医師「聖職者」論がまかり通る病院―勤務医、研修医、大学院生の労働問題;

違法な天引きや労災時の使用者責任はどこに?―新聞奨学生の労働問題 ほか

第2部 労働法抜本改正、実効性のある「働くルール」の確立に向けて(労働法を無視する雇用慣行の広がり;労働者保護をめぐる国と使用者の責任;労働法の規制緩和と脱法形態の蔓延;個人請負労働者保護をめぐる課題)

巻末資料 ILO「雇用関係に関する勧告(第一九八号)」より

たとえば冒頭のシルバー人材センターですが、これは失業対策事業の後始末という面と、高齢者の生き甲斐就労という側面をもって、意識的に政策的に雇用関係ではないということにして事業展開してきたわけで、そこにはそれなりの合理性が存在したからそうなったのは確かなのですが、一方で労働基準法の労働者であるかどうかは、雇用政策上こう位置づけられているからということで決まるわけではなく、就労の実態で決まるわけですから、たとえばシルバーで就労していて労災にあったというようなことは起こりうるわけです。

その次の福祉的就労もやはり似たようなもので、福祉政策の観点からするとうかつに労働者だと言ってしまうと就労の場が失われてしまうというのは確かなのですが、とはいえ、労働基準法上の労働者であるか否かは、実態で判断されるという大原則に替わりはないわけです。

このあたりは、「ケシカラン」型の運動だけでどうなるというよりも、労働者性を認めつつそれが就労の場の縮小につながらないような政策構想が必要な分野なのでしょう。

医師聖職者論というのは、いかなる意味でも労働基準法上考慮される論点ではあり得ませんが、研修医や特に大学院生の労働者性というのは、重要な問題ですね。特に、大学院生の労働者性というのは、あまり論じられていませんが、真剣に議論した方がいいかもしれない。

トピックとして興味をそそられるのが「使用者の曖昧で個人事業主を偽装される銀座ルール-ホステスの労働問題」という第7節。銀座のホステスというのはつらい商売のようです。ある店のホステス店内規則。「同伴」というのは、出勤前にお客と会って一緒に食事をしたりしてそのまま店に連れてくることだそうです。

>【同伴】月間同伴ノルマは最低4回~6回とします。ノルマに満たさない場合は、1回につき保障の100%のペナルティとします。同伴出勤はPM8:30までとし、以降の出勤は15分につき保証の10%のペナルティとします

あと、アニメクリエーターの働き(働かせ)方が、まさに「生き甲斐の搾取」の典型になっていますね。

内田貴『民法改正』

9784480066343東大法学部で学生相手に民法教えているよりも法務省で民法改正やる方がいいと、法務省参与として民法改正に携わっておられる内田貴氏の解説書。

今月後半には、岩波新書から大村敦志氏の『民法改正を考える』が出るので、時ならぬ民法改正プチブームですね。

非常にわかりやすく書かれていますが、それにしても個別的な項目については、なかなかついていけない読者もいるかも知れません。おそらく、一番にいたいことは、解釈でまわっているから改正の必要なんかないという法律実務家たちへの批判なのでしょう。最終章の「市民のための民法を目指して」から、

>充実した法務部を持つ大企業は、民法にルールが書かれていない現状で別に困っていないと言います。しかし、日本の企業の大部分は中小企業であり、法務部など持たない企業が中心を占めます。そのような中小企業にとって、現状では、基本的な民法のルールを知るためにも、お金を払って弁護士などの専門家に尋ねるか、または体系書などの書物を苦労して読まなければなりません。本来条文の中に書かれているべきルールを知るために、それだけのコストがかかるのです。

まあ、今は口語化したので少しは読みやすくなったとはいえ、ほとんど暗号かと思えるような意味不明の記号体系ですからね。

内田氏の言うように、法律家が庶民の読めないラテン語聖書を解説できることで飯を食っている聖職者みたいでは好ましいとは言えないのでしょう。

それにしても、条文だけではまったく何も分からないと言うことでは、労働契約法以前の労働法制がまさにその状況でしたが、今でも労働法の教科書なしに六法全書だけでは何がどうなっているか全貌が分かりかねるという意味では似たような状況とも言えます。


2011年10月 8日 (土)

恒例のすき家強盗です

恒例、ですか・・・。

http://news.biglobe.ne.jp/domestic/1008/san_111008_3839995341.html

>児玉容疑者は9月16日午前4時ごろ、朝霞市朝志ケ丘の「すき家朝霞朝志ケ丘店」で、アルバイトの男性店員(24)に刃渡り14センチの包丁を突きつけ「恒例のすき家強盗です」と脅迫。店員が非常通報ボタンを押したため、何も取らずに逃走した疑いが持たれている

確かに、

>取り調べに対して、児玉容疑者は「すき家は店の構造が同じで深夜は店員1人になり、狙いやすいと携帯サイトで知った。借金返済のためにやった」と供述しているという

もはや、携帯で知って強盗しちゃうぐらい常識化しているようです。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-0c44.html(自営業者には残業代を払う必要はないはずなんですが)

>飲食店の時給制のアルバイトが労働者じゃなくて自営業者であるという主張を日本の裁判所が受け入れるかどうかは別として、「使用従属関係がない」のなら、そもそも「労働時間」がなく、「時間外労働」がなく、「残業代」もありえないはず。

>しかし、残業代を払っておいて、労働者じゃないというのはどういう理屈なのか、これはまじめな話、是非聞いてみたいところ。そのお金は、使用従属下の労務提供に対する対価ではないはずなので、法的性質が説明不可能としか思えないのですが。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-6e9f.html(「アルバイトは労働者に非ず」は全共闘の発想?)

>もしかしたら、このインタビューの中に、「アルバイトは労働者に非ず」という発想のよって来たるところが窺えるかも知れないと思って読んでみましたら、まさに波瀾万丈、革命家の一生が描かれておりました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-47c9.html(世界革命を目指す独裁者)

>世界革命を目指す独裁者!

世界革命がなった暁には、お前たちにも民主主義が与えられるであろう。

だが、革命戦争のまっただ中の今、民主主義を求めるような反革命分子は粛清されなければならない!

まさしく、全共闘の闘う魂は脈々と息づいていたのですね。

そして、歴史は何と無慈悲に繰り返すことでしょうか。

一度目は悲劇として、二度目は・・・、すき家の外部の者にとっては喜劇として、しかし内部の者にとっては再度の悲劇として。

金をもらっておいて、いまさら

yellowbellさんの怒りのエントリ。原発関係が話の糸口ですが、労働問題への意味合いが深いです。

http://h.hatena.ne.jp/yellowbell/243584448758563752

>ここ数週間、「高い補助金をもらってるのだから現在福島で起こっていることについて福島の住民はモノを申す資格はない」といったような、人間に対して絶望的な感情を抱かせて余りある言説をtwitterやブログ界隈で目にしている。

同じようなことは、過去に労働問題の場で何度も聞いてきた。曰く「高い給料もらっておいて、今更過労は会社のせいだと訴えるなんて虫が良すぎだろう」 

そう。「金をもらっておいて、いまさら」だ。僕は、これを何度も聞いてきた。聞きたくもないのだけれど、わざわざ人前で言う人がいるから仕方がなく聞いてしまう。そもそもそういう人は、わざわざ聞かせたいのだろう。なぜ?金を払ったから。金を受け取った人が、文句を言うのが許せないから。文句を言いたければ、金をもらうな。嫌なら最初から金で引き受けるな。金を受け取ったんだろ?じゃあ、黙ってろ。金、金、金。金がほしいから受けたくせに。「金をもらっておいて、いまさら」

 
じゃあ聞くが。誰が・金で・命を・売った?誰か・健康を・売ってくれと・言ったのか?過労で倒れても、放射能汚染が起きても、文句を言いませんという補償の前払いだと、いったい誰が、事が起きる前に、そこにそれを建てる前に、今現在そこで被害を受けている人々に、言ったのか?

もし、万が一、雇用契約のとき、原発建設アセスメントのとき、「あなたの健康と生命に関するすべての権利を放棄していただきます」という文言を入れているのであれば、まずはそれを白日の下にさらすべきだ。その上で、その契約の不当性を明かした後、「金をもらっておいて、いまさら」と言えるのであれば、あとはその人の人間性の問題だ。露悪であれ信念であれ、好きに自分の人間性を浪費すればよろしい。

ただ、そうでないならば、今一度考え直してほしい。誰が、金で、平穏な日常を売ることがあるのか。そんなものは、売っていない。誰も、売ってない。

金を、給与を、補助金を、振興費を、ただ金を払ったからというだけで、「お前の命はこれから払う俺たちの金で自由にするからな」という契約を結んだかのような気になっている、傲慢という二文字ではとても片付けたくない奴隷制時代のメンタリティを持つ人々が、いまだこの世に存在することに、僕は大きな大きな感じたくもなかったような大きな失望を感じている。

「金をもらっておいて、いまさら」 これをまた、こんなときに、目にするとは。対価という契約の概念を理解せず、金を払う方が偉いのだ金さえ払えば文句はあるまいという致命的な勘違いをした連中が社会に在ることで引き起こされる、この世でもっとも浅ましい部類の言説を、また。

近代的契約の理念からすればまったくその通りではあるのだが、実は「対価」という契約概念では言い尽くせない関係が現にそこに存在しているという現実の反映でもあるわけなんでしょう。福島にしても職場にしても。

そして一方では、たとえばある種の金融関係者などにとっては、まさに「命」や「健康」のリスクも含めて計算した上でのまさに市場取引としての「カネ」との交換だろう、という認識が背後にありそうでもあります。

あまりにも正直すぎる藤沢数希氏

藤沢数希氏は、その辛辣な毒舌ととりわけ奇矯なまでの女性蔑視思想で有名ですが、自己を語るとここまで正直になるのだなあ、と改めて感じました。

http://agora-web.jp/archives/1389281.html(高額所得者と高収益企業に対する大減税をするだけで日本はアジアで圧勝できる)

>民主党税調は13兆円程度の復興財源として、個人所得税と法人税の増税でまかなう方針を決定した。これは極めて愚かな選択をしたという他ない。筆者は、なにも増税に反対しているわけではない。しかし日本において、所得税の累進性をさらに強めるような増税や、法人税率の引き上げは自殺行為の他なく、結局、税収も減り、国民負担が増大してしまう結果になるだろう。高額所得者や大企業からさらに税金を取ることは、政治的には支持率のアップにつながる可能性もあるが、日本の将来のことを考えるなら愚策としかいいようがない。

>ところが年収が数千万円以上の高額所得者や、利益を上げている法人に対しては世界最高レベルの極めて重い税金が課せられている。とりわけアジア諸国との租税競争は深刻で、近年は高額所得者や、多国籍企業の中枢機能の流出を招いている。

>・・・このような状況で、高額所得者に対する累進性を引き上げ、企業利益に対する税金を引き上げれば何が起こるかは火を見るより明らかだろう。日本から富を生み出す人材や会社の流出が加速し、その結果、さらに税収は落ち込むことになる。

俺たちのような金持ちを敵に回すと怖いぞ!というわけですが、さて、その藤沢氏のような「富を生み出す人材」がやってきたことは何か?

http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51861648.html(僕はスティーブ・ジョブズが嫌いだ)

>僕は実はスティーブ・ジョブズが嫌いだ。・・・僕のやり方と彼のやり方がとても似ているのだ。それが僕が、スティーブ・ジョブズと彼が作ったAppleという世界一価値のある会社が嫌いな理由だ。そのやり方は、あざとくて、狡賢く、そしてとても強欲だ。

彼は人のアイデアを合法的に盗み出す天才だった。そして何よりアイデアを金に変えるビジネスの最後の部分に異常にこだわった。一言でいえば、彼と、そしてAppleは美味しいところだけをもっていく天才たちなのだ。 僕が自分自身のことを好きになれない、尊敬できないのと同じ理由で、スティーブ・ジョブズやAppleが嫌いなのである。

>この原稿の大部分は会社の帰宅途中でiPhoneを使って書いたのだが、このiPhoneを見ると、Appleが開発した技術というのは何も無いことが歴然とする。デジタルカメラの部分のCMOSセンサー、リチウム・イオン電池、液晶パネル、CPU、メモリー、各種の高度な導電性フィルムを利用するタッチパネルなど、こういった根源的な基礎技術に関するAppleの貢献は何もない。僕自身、研究者をやっていたからわかるのだが、こういった基礎技術の確立には、世界中の公的な研究機関や、大企業の基礎研究所の名もなき技術者や科学者たちによる膨大な作業が必要になる。こういった研究開発には信じられないほど莫大な時間と金がかかっている。

Appleは極めて高収益の大企業、というよりも世界一の企業だが、こういったすぐには金にならない基礎研究はほとんど手を出していない。それはビジネスとしては正しいことかもしれない。しかし僕はだからこそ、名声とうなるような金を手にしたAppleの幹部連中ではなく、CMOSセンサーの解像度を上げるために日々創意工夫を重ねている無名のエンジニアたちや、リチウム・イオン電池の寿命を少しでも伸ばすために地道な努力を続けている中小の材料メーカー、液晶材料やトランジスタなどを発明した大学の研究者たちに光を照らし、彼らに心から敬意を表したいのだ。彼らのほとんどはAppleの幹部が手にする金の数百分の一も手にすることはなかった。

まことに、彼が前のエントリで口を極めて罵っている税金で賄われた基礎研究を、何のコストもかけずにうまいこと利用して大儲けに儲けたその結果にこれっぽっちでも税金をかけられることには、断固として嫌だ!外国に逃げてやるぞ!と脅すわけですね。

前のエントリは10月5日付。あとのエントリは10月6日付。

かくも近接した日時に、前者の政論の根拠をあからさまに露呈するような告白を書けてしまう藤沢氏の正直さに、私は言葉を失います。

ちなみに、藤沢氏の正直さは、さらに続きます。

>僕が最初に書いた本はなんのオリジナリティもなかった。他社が莫大な研究開発費を投じて確立した技術をAppleがつまみ食いするように、アカデミックな他人の研究成果や、すでに出版されている本の内容をうまく再構成して読みやすくしただけのものだった。それでも売れた。僕は経済学の研究をしているわけではないのに、世間で売れている経済学の教科書をつまみ食いして再構成し、時事ネタをからめてわかりやすい経済の本をまた書いた。この本も、まじめに経済学を何十年も研究している教授が書く本よりも、おそらく売れてしまうだろう。とても悲しいことに。僕もAppleと同じように、美味しいところを持っていくことにとりわけ熱心な、いけ好かない野郎だ。だから自分が嫌になる

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-b9d7.html(キキを見てこういう感想を持つたぐいの人々)

>>魔女の宅急便のキキは、労働組合も作らないし、首になっても割増退職金も要求しない。セクハラだパワハラだと訴えない。今の労働者も見習うべき。

藤沢氏やその周辺のあごらな方々の理想とする労働者像がどのようなものであるかがよく窺われる大変正直なつぶやきです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-7a12.html(進化論生かじりの反福祉国家論)

>その筋で有名な藤沢数希氏ですが、また奇妙なことをいっています。どうも、福祉国家が必ず滅びるということを進化論で(!)証明したつもりのようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-451b.html(ネオリベ派規制緩和による成長戦略)

>ここに、わたしの思うところでは、リバタリアン的思考と、ネオリベ的思考との違いがあるように思います。藤沢氏にとっては、売春の規制緩和は「日本のGDPを成長させ、税収を増やし、きたるべき少子高齢化社会にそなえる」ための産業振興政策にすぎないのです。売春者の売春する自由が問題なのではなく、売春産業が大いに稼ぐ機会が奪われていることが問題なのです。

2011年10月 7日 (金)

「労働のある」コーポラティズムって?

JILPTのコラム、今回は今年研究員として入ったばかりの西村純さんです。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0184.htm

知ってる人は知ってると思いますが、西村さんは、このご時世に、石田光男先生の下で、あえて労使関係、それもスウェーデンの労使関係を研究してきた期待の若手研究者ですが、

>・・・日本は、「労働なきコーポラティズム」と言われている 。では、逆に「コーポラティズム」の国の労働とは、言い換えればそうした国の労使関係とは、一体どのようなものなのか。普通、スウェーデンと言えば、もっと他に興味深いテーマが沢山あるはずなのだが、労使関係、しかも伝統的なブルーカラーの労使関係を勉強しようと思ったのは、「労働のあるコーポラティズム」の労働の部分を知りたいという、素朴な思いからであった。・・・

>・・・で、結局のところ何が分かったのか。分かったことは、杜撰な人事管理の存在と、やんちゃで少年のような大人達(組合員)が存分に職場で交渉力を発揮している、という他愛もないことであった。スウェーデンでも賃金に能力査定が導入されている。しかし、職場のほぼ全員が最高評価を受けていたり、年々の事業所レベルの労使交渉で青天井に賃金が上がっていったりと、とても経営による人事管理が行われているとは思えない有様であった。と同時に、その成果を誇らしげに語る組合員は、さながら腕白小僧のようであった。こうした発見の結果、「労働のある」とは、この職場交渉のことを指しているんだな、ということが初めて分かった。

もちろんこれは、他愛もないことだけれども、社会的連帯が成り立っていると言われ、とかく産業レベルやナショナルレベルの労使関係の存在が強調されるスウェーデンの職場が、杜撰な人事管理とそれに乗じた職場交渉によって成り立っていたという事実は、日本の社会的連帯のなさ、精緻な人事管理との対比で、非常に興味深い事実として、自分自身の目に映った。この職場労使関係の姿こそが、スウェーデンと日本の労使関係の最大の相違点なのではないだろうか。・・・

いろんな意味で、すっごくインプリケーションのある発見ですよね。

も少し詳しい話を聞きたい人は、今年のJIL雑誌の

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2011/special/pdf/064-076.pdf(スウェーデンの労使関係──企業レベルの賃金交渉の分析から)

をお読み下さい。

この点は、鈴木亘氏に賛成

何回も言うようですが、私は言ってる人で判断するのではなく、言ってる物事で判断します。

この鈴木亘氏の議論は、議論としては私は概ね妥当だと思います。

http://blogs.yahoo.co.jp/kqsmr859/35489886.html(懸念される被災地の人口流出と福祉依存化 )

>・・・もう一つは、東北地域の未来を支えるべき現役労働層の人口流出と福祉依存化が、今後急速に進むことが予想されることである。東北地域の求人倍率低迷が続く中、現在、現役労働層を支えているのは、失業手当や雇用調整助成金(既存の会社が休業している場合でも、形式上、労働者を雇いつづけ、賃金が支払えるようにするために政府が出す補助金)である。しかしながら、これらは最大でも1年の給付期間であるため、今後、急ピッチで期限を迎えて行くことになる。また、雇用保険の恩恵に浴さない自営業、農林水産業、非正規労働者などは、貯蓄を取り崩しての生活が続いているが、これもそろそろ限界に達する。

 こうした人々が、民主党政権下で現役労働層も受給できるように大幅に基準が緩和された生活保護制度にかかるようになれば、我が国の生活保護制度は「貧困の罠」と言われる自立を阻害する仕組みとなっているため、福祉依存が長期化する可能性が高い。また、失業手当や雇用調整助成金の給付期間を延長するにせよ、長期の失業状態は、就労意欲と人的資本(職業能力)を失わせるために、将来的にやはり福祉依存が進むであろう。

>・・・また、失業給付や雇用調整助成金といった単なる止血措置に、いつまでも多額の復興財源が流出することをなるべく早期に止め、雇用保険の教育訓練や職業訓練、求職者支援制度などの「積極的雇用政策」を活用して、将来展望のある産業への人材転換を進めるべきである。止血措置の長期化は依存性を高め、結局「死に金」になるだけであるし、不良債権問題と同様、先送りは最終的にその被害額を増やしてしまう。

「まったく妥当」ではなく「概ね妥当」というのは、そもそも生活保護法上現役労働層も受給できるはずのものを(法に基づかずに)入口で追い返していたのを(自民党政権末期からであって、政権交代後ではなく)法に基づいて対応するようになったものを「民主党政権下で・・・大幅に基準が緩和された」といえてしまう感覚(適法性感覚の欠如と施策変化をすべて政局的要因に帰着させる傾向)のゆえですが、それを抜きにすれば、ここで言っていることは、EUやOECDがここ十数年にわたって言ってきた消極的労働市場政策から積極的労働市場政策にシフトすべきという議論そのものであり、政策の方向性としては妥当なものです。

問題は、この点ではそこまで妥当なことを言いながら、いざ「雇用保険の教育訓練や職業訓練、求職者支援制度などの「積極的雇用政策」を活用」するような政策をやろうとして、そういう風に頭がまだ進んでいない頑迷固陋な人々が職業訓練など無駄だ無駄だとやたらめったら仕分けしたがるときに、鈴木亘氏のような「分かっている」はずの人々が、仕分け症候群の旧弊な人々にくっついて、まさにその「積極的雇用政策」を潰しに掛かる一翼を担う傾向にあるという現象なのですね。

実は、昨日テレビ朝日のモーニングバードという番組の取材を受けまして、求職者支援制度についていろいろ喋ったのですが、なんというか、「訓練さえ受ければ月10万円もらえるぜ」という2ちゃんねる感覚で、いかに無駄があるかみたいなことを聞きたがるんですね。

いや確かに、特に基金訓練はどたばたでとにかく始めたこともあり、「なんでこんなのが」みたいな現象も結構あったわけですが、それにしても、ただお金を配るよりも職業訓練によって労働市場とのつながりをつけながら生活保障していくことが大事なんだ、それがアクティベーションでことなんだと力説したわけですが(いつ放送されるかは聞いてないのですが)、私がいうより、それこそ鈴木亘氏みたいな人がちゃんと言ってくれた方がいいと思うのですよ。ちょっと見当外れの役所批判するよりも、世の中のためになると思います。

(追記)

金曜日の朝に放送されていたようです。

http://tv.yahoo.co.jp/meta/12268/?date=20111007&s=112011年10月7日(金)の番組の流れ)

><ニュースアップ>求職者支援制度スタート

求職者支援制度の受給条件を満たすと無料で職業訓練を受けられ、月10万円の生活費を貰える。様々な職業訓練を紹介。デクルールが行っている「アロマセラピスト養成科」、ファインモードインターナショナルが行っている「ブティック販売員育成科」、「食育指導員養成科」、池袋福祉カレッジが行っている「介護ホームヘルパー2級科」を紹介。

CM

<ニュースアップ>求職者支援制度スタート

求職者支援制度の受給条件を満たすと無料で職業訓練を受けられ、月10万円の生活費を貰える。支援の対象、受給資格を紹介。【コメント】濱口桂一郎(労働政策研究研修機構・労働関係労働コミュニケーション部門)【解説・コメンテーター】長嶋一茂、藤巻幸夫

続拙著書評

その後のネット上での拙著書評です。

http://blog.livedoor.jp/akiotsuchida/archives/52036593.html(迷跡日録)

>著者のhamachan先生には、いつもブログで楽しませてもらってるので、手軽な小冊子が出たら恩返しに買わないと、という気持ちもあります。まとまった形で読むと、また格別でした。

http://www.amazon.co.jp/review/R1B0KOB867UMYZ/ref=cm_cr_rdp_perm(Amazonカスタマーレビュー5つ星のうち 5.0

>濱口氏の著書の素晴らしいところは、役人臭い建前で書かれていないことだと思っています。
少し古臭い表現かもしれませんが、私の学生時代、一世を風靡した「行動科学的アプローチ」ではないかと勝手に考えています。
学問や研究は何のためにするのでしょうか。私は一般の人間に「そうだ、なるほど!」と感じさせることだと思っています。
非常勤ながら行政で仕事をしている人間が、「入門」書を読んで感動したなどと言っていいのかと、忸怩たる思いはありますが、私はアマチュアの心をもったプロフェッショナルが大事だと思っています。
社会人になって間もないころ、”Professional Amateur"という概念を聞き、それ以来、ずっと心の奥に大事にしていました。
濱口氏の表現は、奥深い内容を素人にも分かる平易な言葉で語ってくれる本当のプロの本です。

http://dtk2.blog24.fc2.com/blog-entry-1976.htmldtk's blog

>つまるところ、ここまで簡潔な形で、個々の領域について、法制度とそれを支える社会システムについて解説するのは簡単ではないと思われるので、無理に全部通読することはお勧めしにくいが、手元にあって参照できると便利かもしれない。

http://twitter.com/#!/stoveya/status/121900034261397504

>知っている判っているようで断片的な知識しかない雇用と労働の法律。それを系統的に実際の問題に引きつけて判り易く説明している。雇用契約のつもりが「会社のメンバー」になる契約だった現代サラリーマン。労働法とは違う現実はなぜあるなのか・

http://www.anlyznews.com/2011/10/blog-post_07.html(ニュースの社会科学的な裏側)

>記述は平易だ。法律の本と言うよりは、歴史の本のような感覚を受ける。労働市場は最も重要な経済部門である事を考えれば、日本経済史を理解するのに役立つように感じる

今回、「アマチュアの心を持ったプロフェッショナル」という言葉が、見事にツボにはまりました。

そうそう、そうなんです!

2011年10月 6日 (木)

西澤晃彦編『労働再審4 周縁労働力の移動と編成』

93713大月書店の岩下結さんより、西澤晃彦編『労働再審4 周縁労働力の移動と編成』をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b93713.html

>低賃金・不安定労働の担い手は、資本の需要のもとに国内外の辺境から吸い寄せられる。空間的な移動という視点により、戦前戦後の出稼ぎや集団就職、「寄せ場」から現代のワーキングプアまでを貫く、特異かつ根源的な労働論。

この労働再審シリーズ、第2巻には私も日本の外国人労働者政策を書いており、他の巻も気になるシリーズです。

今回のは「周縁」マージナルがキーワードで、こういうコンテンツですが、

序章 身体・空間・移動(西澤晃彦)
第1章 グローバル化時代の働き方を考える(丹野清人)
第2章 集団就職の神話を解体する(山口覚)
第3章 温泉観光地の女性出稼ぎ労働者(山口恵子)
第4章 地名なき寄せ場(原口剛)
第5章 工場街と詩(道場親信)

正直言うと、最初の西澤さんのが総論という位置づけなのだと思うのですが、わたくしにはやや抽象的な議論に思え、むしろ次の丹野さんのが日系人労働者というやや狭い視角から論じていながら、とても広がりのある議論を展開していて、全体の総論にふさわしい感じがしました。いや、もちろん、私の狭い感覚からの話ですが。

丹野さんの言う「ジェットコースター賃金」という議論と、うしろの方の原口さんの「社会の総寄せ場化」という議論が、たぶんちょっと次元を異にしながら共鳴しているんだと思います。

ややマニアックな観点からですが、結構面白かったのが山口覚さんの集団就職の章。加瀬和俊氏の本などで常識化されている集団就職についての常識を、実はそうじゃなかったんだよ、と事実発見していくあたりは、労働研究者には興味深いところでしょう。意外にも資料がとても乏しい領域であり、

>・・・筆者はこれまで青森県から沖縄県にいたる各都府県において労働行政資料とともに地方新聞記事を収集してきた・・・

という蓄積の成果になっています。

山口恵子さんの温泉地の特に旅館・ホテルで働く女性出稼ぎ労働者の話も面白いです。

最後の道場さんのは、正直ぴんとこなかった。たぶん、ここに出てくるような詩が波長が合わなかったんでしょう。同じ頃の繊維女工たちの作った労働の歌集なんかは結構波長があったりするので、これはもう波長なんでしょうね。

法政大学キャリアデザイン学会 研究会の案内

法政大学キャリアデザイン学会の研究会の案内がアップされていましたので、こちらでも広報。

http://www.hosei.ac.jp/zaigaku2/info-kyoumu/career/2011_No2_hosei_CDgakkai_kennkyuukai.pdf

>「日本的雇用システムの形成と再設計」

日時:11月8日(火)19:00~
場所:キャリア情報ルーム(55年館2階)
講師:濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構・統括研究員)

最近、週1回多摩キャンパスに通うようになりましたが、これは市ヶ谷キャンパスの方ですね。

欧州教育・訓練政策関連用語集

Cedefop 岩田克彦さんから、『欧州教育・訓練政策関連用語集-重要用語100選』をいただきました。

これの原本は、欧州委員会の外郭団体である欧州職業訓練開発センター(CEDEFOP)が刊行した”Terminology of European education and training policy -A selection of 100 key terms” です。

http://www.cedefop.europa.eu/EN/Files/4064_en.pdf

これを、岩田さん始めとする職業能力開発総合大学校の方々が協力して翻訳され、今回HP上にアップされました。

http://www.uitec.jeed.or.jp/schoolguide/09/50th_05/index.html

現在OECDの『世界の若者と雇用』を監訳していることもあり、ここに出てくるいろんな用語の邦訳はなかなか頭を悩ませるところではあります。

言うまでもなく、用語集がこの冊子の中心ですが、政策の観点からは、岩田さん執筆の「欧州における教育訓練の基本制度と最近の政策見直し動向- 職業教育訓練を中心に -」という解説がとても役に立ちます。

http://www.uitec.jeed.or.jp/schoolguide/09/50th_05/08.pdf

依然として職業教育訓練に対する無理解が政界とマスコミ界を覆う日本ですが、それを少しでも改善するために読まれればと思います。

なお、岩田さんと、本冊子の監修もしている上西充子さん(@法政CD)により、OECDの『Learning for Jobs』も近々邦訳が刊行されるそうですので、そちらも是非。

2011年10月 5日 (水)

よしりんのネトウヨ批判、というより哀れみ?

A9caaa7da9e95b6f38f859ebbee7d580こういうのを読むと、やはり小林よしのり氏はものごとがちゃんと見えていて、分かった上で演じてる人だったんだな、という印象が強いですね。

http://news.livedoor.com/article/detail/5902626/(小林よしのり氏「もう国家論やめたくなった。わしだってもっといろんな表現をしたいよ」 )

>昔はみんな若者は左翼だったんだけど、今は保守か、なんか”ネトウヨ”みたいな感じになっちゃって、切り替わっちゃったかなという感覚はしますよ、「戦争論」以降。
でも、今度はある意味、国家というものを持ち出しさえすれば自分自身の自意識を底上げできる、という人間が随分増えたなと。

自衛官のような”現場”を持たなくて、プロフェッショナルでもなくて、自分の全く未熟な”個”に対して、”国家”っていうものを出しさえすれば、人を”左翼”だとか”売国奴”とか色んな言葉で非難しつつ、自分だけは尊大に振る舞える。そういうことのために、国歌や日の丸がだんだん利用されてきている。そういう状況に対して、わし自身は嫌悪感を覚えることがあるので批判的になってしまう。そうすると"アンチ小林よしのり"みたいなのが出てくる。ネットの中からは特に。知ったことかという感じだけどね。

>そういうネトウヨ系のヤツは、強硬なことを言っときさえすれば保守なんだ、愛国者なんだ、と思ってるから、「原発推進だ!」とか簡単に言うけれども、だったらもう、お前たち経団連の思うままに操られるだけだよっていうことであって。左翼と一緒になって「原発反対!」って言ったほうが、世の中それこそすっかり変わるんじゃない?と思いますけどね。

しかも、君たち年収200万円以下の下層でしょ?っていう。それでいいわけ?と。自分が選んでるんだよそれをって。お前らもう30、40(代)になってるだろ、ほんとはよっていう。匿名でやってるけども若くはねんだぞっていう。結婚もできないっていうような身分に置かれてそれで満足してるわけ?って。全然何に対して怒ってるのか全くわからない。怒らなければいけないのは、違うところにあるんじゃないかっていう。自分の立場に対して満足してないって、そこをちゃんと怒れよって言いたくなるよね。

>長いこと君たちは階層の下におかれるんだよ、あんたたちどんどんオッサンになるよ、醜くなるよ、っていう話でね。デモなんかに出かけられないよ醜くって、ということになるよね

よく、ここまで言う、という感じもしますが、まあ、でもそんなもんでしょうね。

厚労省人事労務マガジン

労働関係のメールマガジンといえば、なんといってもJILPTの「メールマガジン労働情報」です、と、これは当然そういわなければなりませんが、

http://www.jil.go.jp/kokunai/mm/

厚生労働省でも「厚労省人事労務マガジン」を発行しています。

http://merumaga.mhlw.go.jp/

これを見ると、創刊号が出たのは昨年の10月6日で、ほぼ1年になるのですね。

最新の10月5日号は、

>【トピックス】
1. 東日本大震災関連の雇用・労働関係の支援策について
2. 今月の雇用情勢
3. 石綿健康被害救済法が改正されました
4. 平成23年度「高年齢者職域拡大等助成金」について

【最近の動き】
▼地域別最低賃金額が改定されます
▼女性の力を活かすためのポジティブ・アクション研修を開催します
▼平成23年度均等・両立推進企業表彰について
▼職業能力開発総合大学校が欧州教育・訓練政策関連用語集を作成しました
▼最近の中央労働委員会の主要命令を紹介します

【厚生労働省からのお知らせ】
◆労災保険給付関係請求書などのOCR帳票がダウンロードできます
◆社会保険、労働保険関係手続きのオンラインによる電子申請

といった内容で、法令改正や助成金など労働行政の動きにアンテナを張る上では結構便利です。

ある意味でJILPTの「メルマガ労働情報」のライバルなので、どこまで宣伝した方がいいのかは別として、上記から簡単に登録できますので、お試し下さい。

2011年10月 4日 (火)

拙著増刷御礼

112483 先月中旬に刊行致しました拙著『日本の雇用と労働法』(日経文庫)が、売れ行き好調とのことで、版元より増刷の連絡をいただきました。

これもひとえに、お買い求めいただいた読者の皆さまのお蔭と、心より感謝の気持ちでいっぱいです。

これからもさらに多くの方々に読んでいただけることを願っております。

ありがとうございました。

(参考)

拙著の「まえがき」です。

>本書はいささか欲張りな本です。「日本の雇用システム」と「日本の労働法制」についての概略を、両者の密接な関係を領域ごとに一つ一つ確認しながら解説している本なのです。

 書店に行くと、山のような数の労働法の教科書が並んでいます。いずれも法学部やロースクールの学生、法律実務家にとっては必要不可欠な「武器」ですが、他学部の学生や他分野で労働問題に関わっている人々にとっては、いかにも法解釈学的な理屈をこね回した叙述や膨大な判例の山が取っつきにくい印象を与えていることは否めません。

 一方、現実の労働問題を経済学、経営学、社会学などの観点から分析した書物もたくさん出ていますが、労働法的な観点はあまりないか、あってもやや突っ込み不足の感があります。

 文科系と理科系の断絶ほどではないにしても、法学系と社会科学系の間のディシプリンのずれは、労働問題というほとんど同じ社会現象領域を取り扱う場合であっても、なかなか埋まりにくいようです。

 本書は、経済学部、経営学部、社会学部などで労働問題を学ぶ学生にとっては、そこで学んでいる日本の雇用システムのあり方との関係で現代日本の労働法制を理解するための便利な一冊ですし、法学部やロースクールで労働法を学ぶ学生にとっては、そこで学んでいる労働法制がいかなる雇用システムの上に立脚し構築されてきたのかを理解する上で役に立つでしょう。いわば、「二つの文化」を橋渡しする有用な副読本です。

 また、企業や官庁、団体などで労働問題に携わる人々にとっては、現実を分析し、対策を講じていく上で、どちらの手法も必要になりますが、それぞれの分野の緻密で詳細な論文を読む前に、本書でざっくりとした全体像を概観しておくと、頭の中が整理しやすいのではないでしょうか。

 さらに、労働問題についてさまざまな立場から論じている各分野の研究者の皆さんにとっても、素人向けの当たり前に見えることばかりが書いているように見える記述の合間に、玄人にとっても意外な発見があるかも知れません。

 著者は二〇一一年度後期から法政大学社会学部で非常勤講師として「雇用と法」を講義することになり、そのためのテキストとして本書を執筆しましたが、労働問題を総合的に捉えたいと考える多くの読者によって読まれることを期待しています。

 なお、本書の内容についての分野ごとのさらに詳しい説明は、著者のホームページ(http://homepage3.nifty.com/hamachan/)に収録した論文を参考にしてください。掲載メディアごと及び分野ごとに整理したリストから各論文にリンクが張ってあります。

 本書の刊行に当たっては、日本経済新聞出版社の平井修一さんに大変お世話になりました。心からお礼を申し上げます。
 
二〇一一年九月

忘れるな “上司と部下”は “人と人”

UIゼンセン同盟の2011年度「ハラスメント撲滅標語」優秀作品が、HPに公開されています。

http://www.uizensen.or.jp/event/page595.html

セクハラ部門とパワハラ部門がありますが、ここでは、パワハラ部門のこれを一押し。

>忘れるな “上司と部下”は “人と人”

         東洋紡績労働組合 堅田支部 松永 真美

忘れてる上司が多いです。

ちなみに、現在JILPTの内藤忍研究員は職場のいじめ・嫌がらせ対策の研究で、相当あちこちUIゼンセン同盟を含め関係方面を飛び回って調査しています。

暴力団と生活保護

別に図ったわけではないのでしょうが、この時期にこういう判決です。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111004-OYT1T00152.htm(組員と認定、生活保護却下された男性が「勝訴」)

>暴力団組員と認定され、宮崎市から生活保護の受給申請を却下された同市の無職男性(60)が「暴力団は脱退しており、却下は不当」などとして市を相手取り、却下処分取り消しを求めた訴訟の判決が3日、宮崎地裁であった。

 市は宮崎県警の情報を基に組員と認定していたが、島岡大雄(ひろお)裁判長は「脱退したと認めるのが相当。警察情報のみに頼らず、支給の是非を判断するべきだ」などとして、市の処分を取り消した。

 暴力団組員に対する生活保護について、厚生労働省は2006年3月、病気などの急迫した時以外は対象としないとの通知を全国の自治体に出した。この中で、暴力団を脱退した際は厳格な調査をして保護の適否を判断するよう求めている。

 判決によると、男性は07年8月、暴力団から脱退したとする文書を添えて生活保護を申請。しかし、市は暴力団による絶縁状や破門状がないとして受理しなかった。男性が09年11月、糖尿病などを患って入院したため、市は生活保護支給を決めたが、退院した10年1月に打ち切った。男性は同月、生活保護を再申請したが、市は県警から男性が組員であるとの情報提供を受け、却下した。

 島岡裁判長は判決で「男性は暴力団から脱退を了承され、アルバイトで生計を立てており、組を抜けたと認めるのが相当」と判断。「県警は絶縁状などがないと暴力団から脱退したと認めない運用をし、暴力団情報は一度登録されると、離脱しても直ちに抹消されないことがうかがわれる。市は近隣住民を含む関係者に事実確認をすることが求められる」と述べた。

厚生労働省の通知というのは、これですね。

http://www.kobe-fuyu.sakura.ne.jp/060421/003.pdf

これはしかし、担当者レベルではなかなか難しい問題です。

「近隣住民に事実確認」して「いやあ、抜けてますよ」と言われたからといって給付していて、警察が「まだ関係を保っている」として取り調べたりしたら、多分、舌なめずりするマスコミがどわっと押し寄せ、「またも、暴力団に生活保護」とかなんとか書き立てるであろうことは、福祉事務所の職員には火を見るより明らかですし。

2011年10月 3日 (月)

本日の拙著書評ついった

本日、shimashima35(しましま(仮称)) さんが拙著『日本の雇用と労働法』について、このようにつぶやいておられました。

http://twitter.com/#!/shimashima35/status/120837814035296256

>もう一週間くらい経ったが、実は濱口桂一郎氏の「日本の雇用と労働法」が読了済み。感想は何れ某所にて。うーん、個人的にはいまいちだ。現場での運用問題と裁判事例についての判例へのポインタが有るのはとても良いのだが、なんだか内容が冗長な気がする。全体構成の問題だろうか。

http://twitter.com/#!/shimashima35/status/120838404480045056

>「日本の雇用と労働法」は労働法の運用実態を知るには良書かと思うが、「新しい労働社会」を読んでいるとその他の部分は目新しいものはない。いや、労働法の運用実態を知るのが目的ならば合目的的だが。

http://twitter.com/#!/shimashima35/status/120839007398666240

>「日本の雇用と労働法」で一番強烈な判例は64pにある思想信条による差別の正当化。これが以降の判例で覆っていない場合、かなり恐ろしい世の中になっているのだけれど……。

うーむ、まあ、あくまでも学部学生用のテキストブックですからね。

ただ、テキストブックとして読めば、他の本よりはだいぶ面白く読めることは間違いないと思いますが。

まず疑うことから・・・

JP労組から、北京の日本大使館に派遣されて、今年の5月まで3年間にわか外交官をされた大崎佳奈子さんが、戻ってさっそく、『JP総研Research』15号に、「JP労組職員から北京の日本大使館へ 連合アタッシェの3年間を振り返って」という文章を書かれています。

実は昨年、日中労働政策フォーラムで北京に行ったとき、大使館におられた大崎さんからいろいろと面白いお話しを聞いていたのです。その中身は、本来業務とはちょっと違うこともあったりして、これも面白いのですが、本誌に書かれているのはODAという本来業務関係。

大崎さんの文章が面白いので、できるだけそのまま引用します。

>日本は性善説で成り立つ社会。他人をだまそうとか、嘘をつこうとする人間はいない前提で物事が進みます。ですが中国は違います。不自然な申請、不要な機材、どんな落とし穴があるか、まず疑いの目で審査しなければなりません。まず人を疑うという前提の下での慣れない作業でした。

>・・・ですが中には悪質な地方政府もいて、プロジェクトが完成したと聞いて見に行ったら、完成には程遠い状況だった、ということもありました。ほとんどの虚偽の報告は現地視察するとすぐに見破られる単純かつ浅はかなものばかり。こんな中途半端な嘘をつくなら、どうして初めから「ごめんなさい」が言えないのかなあ、と不思議でなりませんでした。失敗を隠したい、自分の汚点は残したくない、責任を負いたくないのかも知れません。

>北京の中央省庁や党関係組織中央は、留学経験があり、頭が切れる、粒ぞろいの若きエリート揃いです。一方、地方政府にはまったく違う古いタイプの人々が多く存在し、まず疑うことから始める・・・という次第。地方には、北京とはまったく別の世界が広がっていました。慣れというものは恐ろしいもので、3年間で地方政府役人の浅はかな嘘の報告を見抜ける力が備わりました。残念なことに日本ではあまり使う必要がない能力ですが・・・。

大崎さんが中国で身につけた能力を日本で振り回すと、何を見ても「役人が出してきたのは全部俺を騙すための嘘だろう」と思いこんで、確認しても確認しても信用できない地獄に陥り、物事がまったく進まなくなるというどこかで見たような事態が発生するような気がしないでもありませんね。マスコミ関係にも棲息していそうですが。

辻勝次『トヨタ人事方式の戦後史』

87067 索引まで含めると679ページ。定価9000円。物理的にも大著ですが、内容も大著です。

http://www.minervashobo.co.jp/book/b87067.html

労働研究に詳しい人に説明するとすれば、かつてJILPTの今田幸子さんと平田周一さんが『ホワイトカラーの昇進構造』でやった人事分析を、大トヨタを対象にやった本、ということになりますが、こちらはトヨタ本社からは一切資料をもらわず、1940年から2000年までのトヨタの社内報に報じられた6万人/25万人の人事異動の記事を、ことごとくコンピュータに入れ、それを縦横に分析することで、トヨタ人事の凄さを浮き彫りにした本です。

今田・平田本が対象にしたOLL社が、ある意味で典型的な日本型人事であるのに対し、外国からは日本的雇用の代表格みたいに見られている(「トヨティズム」なんて言い方はそうでしょう)トヨタが、そういう日本的な生ぬるさとは対極的であることが、データそのものによって雄弁に示されていくところが、ぞくぞくします。

一番わかりやすいのがキャリアツリー。(よくいわれる日本型に沿って)若いうちはほとんど差がつかないOLL社に比べ、トヨタは平から係長にするところでも露骨に差をつける。それも、トップから順々に差をつけ、大きな塊が過ぎても、まだ少しづつ差をつけながらラストに至るまで出世させていく。つまり、できる奴も初めから目の色変えて競争させる。できない奴もいつまでも諦めさせずに競争させる。社内総競争量の極大化のために良く考えられています。しかも、トップはそのままトップを走るわけじゃない抜きつ抜かれつのデッドヒートが係長昇進、課長昇進、次長昇進、部長昇進、役員昇進、と続いていく。このあたり、こんな紹介では全然分からないので、是非本書自体に当たって見てください。

その他にも、いろいろと興味深いトピックが山のように載っている本でした。

序 章 問題意識と本書の構成――企業社会研究の意義
 1 研究の焦点と分析方法
 2 研究経過とデータ
 3 本書の構成

 第1部 人事空間概念とその適用
第1章 人事空間の構成要素――人事構造と人事意識の矛盾
 1 基礎概念
 2 空間規模の変容
 3 人事空間の調整
 4 人事年輪
 5 人事空間の階層的,機能的構成
 小括 トヨタ人事空間の構成

第2章 トヨタ人事データの構造と構成――戦後トヨタの人事発生動向
 1 TWCDの種類とレコード数
 2 新入社TWCD
 3 昇格TWCD
 4 異動TWCD
 5 勤続表彰TWCD
 6 排出TWCD
 7 死亡退出TWCD
 8 TWCDの信頼性
 9 TWCDの留意点
 小括 TWCD各ファイルの要点

 第2部 昇格異動と部署異動――数量分析
第3章 キャリアツリーの3時点比較――チューブの中のアミダクジ
 1 トヨタの職位体系とコード化
 2 3時点キャリアツリーの比較
 3 キャリアツリーの留意点
 小括 トヨタ人事空間の50年

第4章 昇格空間の変容と昇格管理――昇進構造と昇進意識
 1 昇格数の年度別変化
 2 地位供給状況の推移
 3 昇進率と選抜率――3コーホート比較
 4 昇格率と社員構成の変化
 小括 最近の競争状況と人事意識

第5章 トヨタ人事方式の諸原則――厳選主義と年功制の同時存在
 1 トヨタ人事方式
 2 駅伝レースとマラソンレース
 3 1985年同期課長昇進集団――事例分析
 4 社員集団編成の基本形
 5 同期昇進集団の構造と機能
 小括 最近の趨勢

第6章 トヨタ人事と他社人事――トヨタと他社の人事諸指標
 1 先行研究
 2 トヨタと他社の競争諸指標の比較
 小括 トヨタの競争強度

第7章 部署・分野編成と部署異動――スペシャリストとジェネラリスト
 1 TWCD部署異動ファイル
 2 先行研究と本章の課題
 3 部署異動現象の全体像
 4 部署異動の構造と主体
 5 キャリア主体とキャリアの核
 小括 トヨタ人事の特性

第8章 部署異動とキャリア格差――社内地位とキャリア
 1 社内地位と異動
 2 キャリア4類型
 3 到達地位とキャリア格差
 4 専門職経験と昇進
 5 兼務とキャリア
 6 キャリア核とエリート分野
 7 採用区分のキャリア格差
 8 トヨタ人事とOLL社人事
 小括 トヨタ人事の特徴

第9章 長期勤続制度――終身雇用の運用実態
 1 終身雇用と長期勤続
 2 平均勤続年数
 3 入社年別生存率
 4 TWCDによる勤続分析
 5 1956~1959年コーホートの生存状態
 6 採用区分と排出理由
 小括 企業社会と長期勤続

 第3部 社会格差と企業内格差――事例分析
第10章 企業社会と女子社員――結婚退職とジェンダー体制
 1 女子社員の定年退職状態
 2 女子社員排除の歴史
 3 事例に見る1960年代の定年退職者
 4 結婚退職制度確立後の女子社員
 5 TWCD女子ファイル
 小括 企業社会と女子社員

第11章 個別人事空間の動態――個人,上司,人事部の3者ゲーム
 1 課題の設定とデータの性格
 2 内部労働市場と企業社会
 3 個別人事空間の構成要因
 4 異動主体関連要因
 5 上司関連要因
 6 人事部関連要因
 小括 企業社会の人事原則

第12章 賃金と家計――トヨタ技能員の給与明細分析
 1 予備考察
 2 1980年代の賃金体系
 3 Kさんの給与項目の時系列変化
 4 1990年の賃金体系改訂
 小括 1993年改訂と問題の所在

第13章 出身階層と社内格差――誕生からキャリア中期まで
 1 昇進格差の計量分析
 2 昇進格差の平均像
 3 面接記録に見る企業内人生の多様性
 4 キャリア初期
 5 結婚と家族形成
 6 キャリア中期の仕事
 小括 世代・職種類型別プロファイル

第14章 社内格差と人生行路――キャリア中期から引退まで
 1 最高地位への到達
 2 最高地位前後の仕事ぶり
 3 退出前後の状態
 4 トヨタ社員生活の総括
 小括 トヨタマンの人生総括

第15章 企業社会と3世代社会移動――企業内格差と一般社会格差
 1 本章の課題と方法
 2 親世代から本人世代へ
 3 企業内格差
 4 子の学歴と職業
 5 3世代の地位の継承と限界
 6 格差の拡大再生産
 小括 企業社会の3つの担い手,社会層

第16章 役員会の構成と昇進ルール――企業トップの内部構成
 1 予備考察
 2 玉突き連鎖
 3 役員のプロファイル
 4 生え抜き役員のキャリア
 5 出身大学,学部,分野
 6 年功と制限時間ルール
 小括 トヨタ役員会の人事ルール

第17章 企業戦士の死亡退出――宗教集団の死亡者処遇
 1 企業社会の「戦死」者の意味
 2 亡数
 3 死亡者属性の年次変化
 4 死亡率とその推移
 5 死因
 6 死亡退出者と昇進速度
 小括 死亡退職者の現在

終 章 企業社会の誕生と終焉――企業社会体制の光と影
 1 トヨタの企業社会変容史
 2 自動車他社との共通性と差異
 3 OLL社との比較
 4 企業社会の功罪

あとがき
文献
人名索引
事項索引

2011年10月 2日 (日)

ここ数日の拙著書評

ここ数日(9月28日から今日まで)の間にも、何人かの方々が拙著『日本の雇用と労働法』(日経文庫)について、ブログやツイッター上で評していただいています。

http://blog.full-life.co.jp/sato/2011/09/%E6%BF%B1%E5%8F%A3-%E6%A1%82%E4%B8%80%E9%83%8E-%E8%91%97-%E3%80%8E%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9B%87%E7%94%A8%E3%81%A8%E5%8A%B4%E5%83%8D%E6%B3%95%E3%80%8F.html(株式会社フルライフの社長ブログ)

>パラパラとページをめくってみたところ、前著の『新しい労働社会』から国際比較の要素は削って、日本の雇用の歴史と労働法まわりの記述を詳細にしている感であった。『新しい労働社会』において、濱口桂一郎氏の理論・主張を理解したつもりである自分には、興味が薄い分野の記述が増えた感がある。

http://53317837.at.webry.info/201110/article_1.html(シジフォス)

>ジョブ型労使関係法制のメンバーシップ型運用という持論にそって、鋭い切り口で、歴史的にも、なぜ今、こうなっているのか説得していく分かりやすさは、ぜひとも現在の組合役員に読んでもらいたい「必読書」となっている。自分たちの労働組合が、なぜ、このような「組織」なのか、「ルーツ」と法的な立脚性を知ることなしに、活動ができるはずはなく、分厚い労働法や労働運動史に尻込みすることなく、まずこの新書からチャレンジしていただきたい。しかし…今の役員の皆さんは、この本でも難しいと感じてしまうだろうな、と感じてしまう。

>日本型雇用システムの「三種の神器」のうち、長期雇用慣行と年功賃金制度が変質し危機にさらされる中で、企業別組合だけが生き残っている「不思議」を、もっと明らかにするのは、こんな実態にさせてしまった我々の責任なのだろうが、濱口さんもすべて判った上で「現実」を「皮肉」にとどめていることに、やはり悩む。「ある時期以降の日本で集団的労使関係法制をフルに活用してきたのは、日本的雇用システムの周縁や外部にある人々でした」(159P)と言われると、事実なだけに、水町さんより、濱口さんの方が、ダメだし感を大きく感じるのは、気のせいだろうか。もっとも、世界的な経済危機の中で、日本が不思議に各国から安心感をもたれるのは、「労使関係」の故かもしれない。

とにかくこの新書を読んで、組合関係者は、深く考え込んでもらいたい。
   

http://twitter.com/#!/konno_haruki/status/118920560813150208(konno_haruki)

>濱口桂一郎さんの『日本の雇用と労働法』(日経文庫)を、ようやく入手してよみはじめた。大学生協で探すも、棚置きで一冊だけ。新刊コーナーにもないという・・。しかし内容を読み始めると、1ページ目からしてすでに面白い。紙幅の関係なのだろうが、一つ一つ重大な事柄の本質を超簡潔につかんでいく

http://twitter.com/#!/rodokoyo/status/119001776551759872(S*Hashiguchi)

>濱口桂一郎さんより『日本の雇用と労働法』をいただきました。ありがとうございます。『新しい労働社会』+『労働法政策』+労働運動の歴史などがコンパクトにまとめられおりお得です。日本型雇用システムにとってのミネルバの梟のような本(願望も込めて)。

http://twitter.com/#!/ky_tama/status/120489529412030465(ky_tama)

>『日本の雇用と労働法』(日経文庫・濱口桂一郎氏著)を読了。11月の発表までに別の視点から知識を保持する目的で読んだ。ちなみにこれ読むと今年の労一選択が満点取れます!「電産型賃金制度」「能力主義管理」もバッチリ出てます!!ちなみに発刊は今年9月…。

いろんな立場から、評価されたり、されなかったり、というあたりも興味深いところです。

ちなみに、新著の影響か、旧著『新しい労働社会』もまた若干読まれているようで、こんな評も載ってました。

http://twitter.com/#!/namnam0215/status/120127944516575234(namnam0215)

>ただいま濱口桂一郎「新しい労働社会」 (岩波新書)を読んでるが、この人すごいね。主張に賛同するかどうかは別として、いちいち端的な文体で、論旨がまとまっている。頭が良い人なんだろうなあと思う。

評価はするが、主張に賛成はしがたい、という趣旨のようです。

スチューデント・ジョブと「あるばいと」の間

下記「若者支援とキャリア形成@BLT」に対し、usthtさんがわたくしの問題意識とかなり近い立場からつぶやいています。

http://twitter.com/#!/ustht

>学生バイトを就労訓練というか実質のあるインターンに転化できんもんか。とかねがね考えているけど、あまり賛同を得ない。

>そもそもバイトを労働と意識してない学生多すぎ。バイトで講義休みがちな学生から就活前に働いたことないから不安。とか相談されてこけたことあるよ

>労働のメンバーシップ性ばかりが意識されて、はみごにされる恐怖感に呑まれてる。といいますか

>バイトに熱心で講義休みがちな学生から就活の不安を訴えられたとき、もうちょっと勉強したほうが有効じゃないかと言わざるをえないけど、まず納得はされない。

>これからは、苦学生と呼ぶわ。自発的苦学生

>にががくせい。と訓読するも可

>きみ、にががくせいで大変だね

>ただ、にががくの経験はあとあとあんまり役に立たないんだよね

なぜ役に立たない(と、本人にも社会的にも)思われているのか。

結局、学生の労働がスチューデント・ジョブとして、フルタイムワーカーと同じジョブの世界にあるものと認識されているのか、それとも、本来フルタイムでやるべきこと(学生の本分)に反してやっている「あるばいと」と認識されているのか、ということなのでしょうね。

前者であれば、学生のジョブ経験は、フルタイムジョブの世界に入り込む上で有用と評価され、そのためのステップボードになりうる。

それに対して、フルタイムワーカーの本分が「フルタイムメンバーシップ」として認識されている社会では、むしろ体育会系のフルタイムメンバーシップの経験の方が有用であって、本分ではない「あるばいと」をいくら一生懸命やっても、それを評価する筋道はない、ということなのでしょうか。

フルタイムメンバーシップが当然の正社員の世界で、他社でジョブ就労する「あるばいと」というのは原則として許されない行為であるわけで。

OECDの報告書自体は、そういうことまで語っているわけでは全然ありませんが、日本人の目で読み込んでいくと、そういう視点が浮かび上がってくるような気がします。

暴力団の社会的意味

Crm11100112010000p1昨日、今日と産経新聞が山口組の組長の独占インタビューを載せていて、ネット上でも注目を集めているようです。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111001/crm11100112010000-n1.htm【山口組組長 一問一答】(上)全国で暴排条例施行「異様な時代が来た)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111002/crm11100212000002-n1.htm((下)芸能界との関係「恩恵受けること一つもない」)

暴力団という存在は、公法的ないし政治学的にいえば、国家という(定義上一地域においては唯一の)暴力装置の下にない別の暴力装置をどこまで許すのかという問題ですし、(ちなみに、このホッブス的問題がわからないりばたりあんな人々もいるようですが)

私法的ないし経済学的にいえば、国家の暴力装置(司法機構)が円滑に作動しない(と感じる)場合に、自らの権利を正当に行使するために(適当な報酬を払って)用いる別個の暴力装置ということになりますが、

もう一つ、労働法的ないし社会政策的観点からの社会的意味論というのもあります。今回の産経新聞のインタビューでは、組長自ら、この観点をかなり前面に出して主張している点が、特に注目されます。

>--身分政策というのは?

 われわれの子供は今、みんないじめにあい、差別の対象になっている。われわれに人権がないといわれているのは知っているが、家族は別ではないか。若い者たちの各家庭では子供たちが学校でいじめにあっていると聞いているが、子を持つ親としてふびんに思う。このままでは将来的に第2の同和問題になると思っている。一般の人はそういう実態を全く知らない。

>・・・ちりやほこりは風が吹けば隅に集まるのと一緒で、必ずどんな世界でも落後者というと語弊があるが、落ちこぼれ、世間になじめない人間もいる。われわれの組織はそういう人のよりどころになっている。しかし、うちの枠を外れると規律がなく、処罰もされないから自由にやる。そうしたら何をするかというと、すぐに金になることに走る。強盗や窃盗といった粗悪犯が増える。大半の人たちはわれわれを犯罪者集団と突き放していることはわかっている。その一因が私たちの側にあるのも事実で、そうした批判は謙虚に受け止める。しかし、やくざやその予備軍が生まれるのは社会的な理由がある。

>これだけ締め付けられ、しかもこの不況下でぜい沢ができるわけがない。そもそもやくざをしていて得なことはない。懲役とは隣り合わせだし、ときには生命の危険もある。それでも人が集まってくる。昔から言われることだが、この世界で救われる者がいるからだと思う。山口組には家庭環境に恵まれず、いわゆる落ちこぼれが多く、在日韓国、朝鮮人や被差別部落出身者も少なくない。こうした者に社会は冷たく、差別もなくなっていない。心構えがしっかりしていればやくざにならないというのは正論だが、残念ながら人は必ずしも強くはない。こうした者たちが寄り添い合うのはどこの国でも同じだ。それはどこかに理由がある。社会から落ちこぼれた若者たちが無軌道になって、かたぎに迷惑をかけないように目を光らせることもわれわれの務めだと思っている。

この主張そのものの正当性をここではあえて論じることはしませんが、ここで言われていることが社会政策でいうところの社会的排除、社会的包摂の問題構造であることは明確に指摘されていると言えましょう。近年、政府関係でも言われてきた「居場所」の問題です。その意味では、暴力団と同じ問題の地平にあるのは湯浅誠さんたちのNPO活動という面もあるのかも知れません。

そして、暴力団の「生業」という視点からは、問題は労働の世界につながってきます。

>--それでは組の資金源はどういうものなのか

 基本は正業だ。揺すりたかりや薬物では断じてない。もともと、山口組の出発点は今でいう港湾荷役の人材派遣業だった。その後、芸能などの興業に進出した。昔から世の中に褒められない業種もある。遊興ビジネスなどがそうだが、そういう業種は確実な利潤が見込めないし、複雑なもめごとがつきものだから、大手の資本はリスクを嫌って進出しない。そうした隙間産業にやくざは伝統的に生息してきた。今も基本的には変わらない。建設関係などまっとうな仕事もあるが、今は暴力団と関係があるというだけでそうした仕事はできない。人材派遣も、飲食業もできない。どういう方法で正業が立つかと検討している。不良外国人は飲食店とかいろんなことやっているが、許可は得ていない。次から次へと変えていく。われわれもそうなっていくのかな、と思っている。悪に走ろうと思ったら、明日からでもできるが、任侠を標榜している以上、人の道に反することはしない。

-犯罪収益が資金源になっているのではないか

われわれは泥棒や詐欺師ではない。オレオレ詐欺なんてとんでもない話だ。年老いた親の世代をだましたり、貧困ビジネスという食えない身寄りのない路上生活者をむしるようなことは断じて許されない。少なくとも山口組にそうした者がいれば厳しく処分する。そもそも山口組は下部組織からの上納金で毎月多額のお金を集めていると思っているのではないか。そんなことはありえない。山口組は経費として、全員でその月その月の頭割りで個人負担しているだけで、上納金なんて一切ない

ここでも、ここで言われていること自体の正当性如何は論じませんが、港湾荷役や建設業の人材派遣が山口組の本来の業務であったことは、本ブログでも何回か触れてきたことです。この観点からは、日本社会の企業のメンバーシップから排除された人々に、どういうメンバーシップを与えることができるのか、という根本問題が、ここに凝縮されているということもできるのかも知れません。

もちろん、山口組の発祥元である港湾荷役の世界は、「組」ならぬ「組合」のメンバーシップという観点からは、全港湾などの労働組合の歴史でもあるわけです。

若者支援とキャリア形成@BLT

201110『ビジネス・レーバー・トレンド』10月号が、「若者支援とキャリア形成」という特集を組んでいます。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2011/10/index.htm

中身は、7月9日に開かれた労働政策フォーラム「若者問題への接近」です。中身は以下の通りですが、

労働政策フォーラム 「若者問題への接近―若者政策のフォローアップと新たな展開」

<講演>
高校中退者の中退後支援の課題―ライフコース形成空間に着目して
宮崎隆志 北海道大学大学院教育学研究院教授

高校生の現実を踏まえたャリア教育・労働法教育とキャリア支援センター
吉田美穂 神奈川県立田奈高等学校教諭

自治体は若者支援をどう展開してきたか―実践と課題
関口昌幸 横浜市こども青少年局青少年部青少年育成課担当係長

「若者統合型社会的企業」の可能性と課題
堀 有喜衣 JILPT 副主任研究員

<パネルディスカッション>
コメンテーター
宮本みち子 放送大学教養学部教授 コーディネーター
小杉礼子 JILPT 統括研究員

ここでは、本ブログでも今まで何回か紹介してきた吉田美穂さんのお話を、改めていくつか引用しておきましょう。

>本校の生徒の多くはアルバイトに従事しており、・・・掘り下げて聞いていくと、「お小遣いをもらっていない」とか「高校生なんだから、もう自分でそれぐらいは稼ぎなさい」という事情が非常に多いように感じています。

>ほかにも、「お昼ご飯」を自分のアルバイト代で買っている生徒が3割います。・・・それから「家に入れる」生徒も2割弱います。学校に納めるお金も自分で出している生徒もいます。・・・

と、生活費稼得型アルバイトが多く、まさに「学習する勤労青少年」なのですが、労働者としての待遇はいかなるものかというと、

>それから、レジのお金が最終的に会わないと、その日のアルバイトが割り勘で払うといったことも10%ぐらいの生徒がそういう経験があると答えています。非常におかしいことですが、多く聞きます。また、「遅刻すると罰金を取られる」こともあります。賃金についても聞いていますが、278人中20人が最低賃金以下でした。・・・

そこで、吉田美穂先生は、こう考えます。

>卒業後もあるバイトを続けて行かざるを得ない生徒は多くいます。そういう中、法律違反のまま気づかずに、「そんなもんなんだ」と諦めて生きていくというのではとても困る。生徒は労働者としての側面を持っています。そして卒業後のことを考えると、結果的に高校時代からすでに非正規雇用への移行が始まっている状況があるわけです。そのことを踏まえて、彼らに身を守る情報を伝えていかなければならないし、働くことについてアルバイトの現実を踏まえながら、一緒に考えていく必要があると考えています。

46665570coverenglish20812010231m130
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/oecd-4ec4.html(『よいスタートを切れる? OECD若者雇用統合報告書』)

現在翻訳中のOECD報告書『世界の若者と雇用』では、学習と労働の組み合わせ方によって、先進諸国を次の4類型に分けています。

第1グループは学校を離れる年齢が高く、働いている学生が多いタイプで「働きながら年長まで勉強」モデルです。概ね北欧諸国がこれに含まれます。

第2グループは学校を離れる年齢が低く、働いている学生が多いタイプで「働きながら勉強」モデルです。概ねアングロサクソン諸国がこれに含まれます。

第3グループは学校を離れる年齢が低く、働いている学生働いている学生が少ないタイプで「まず勉強、それから仕事」モデルです。フランスをはじめとする多くのヨーロッパ諸国と韓国、そして(データが不十分なため正式には位置づけられていませんが)日本もここに含まれると考えられています。

第4グループは学校を離れる年齢が高く、実習生として働いている学生が多い「実習制度」モデルです。ドイツ語圏の諸国がこれに含まれます。

 ざっくり言って、雇用のパフォーマンスがいいのは学習と労働を組み合わせている第1、第2、第4グループの諸国で、第3グループは若者の就業率が低く、NEET率が高いとされています。働きながら学ぶことが学校から職業への移行を促し、社会とのつながりを失った若者の出現を防ぐというメカニズムがあるからだとされています。

 この報告書の大きなメッセージは、「まず勉強、それから仕事」という第3グループの諸国が学習と労働を組み合わせる方向に進むべきという点です。そのモデルとして、北米諸国で普及しているサマー・ジョブ、第3グループ諸国で近年推進されてきたインターンシップやセカンド・チャンス・スクール、さらにはドイツ型の実習制度などが詳しく紹介、分析されているのですが、特にインターンシップの問題点なども指摘されています。

 ここで、さきほどの吉田美穂先生の話を考え合わせると、日本は本当に「まず勉強、それから仕事」タイプなのだろうかという疑問が浮かんできませんか。日本の学生・生徒たちは、現実には相当程度「働きながら勉強」しているのではないのでしょうか。ところが、教育界も産業界もそれが存在しないかのごとく振る舞い、あたかも仕事をしてこなかった若者を初めて仕事の世界に送り出すかのように演じて見せているのではないでしょうか。本当は既に相当程度学習と労働が学生自身において組み合わされているにもかかわらず、社会がそれを認知しようとしていないだけではないのでしょうか。

学生アルバイトという存在が教育行政からも労働行政からも継子扱いされている日本の政策情報をもとにしたOECDの報告書で、この問題が取り上げられていないことは当然ということもできますが、むしろ、その像が真に日本の姿を映したものであるのかを考えるべき責務は、我々の側にあるのではないかと思われるのです。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-6f0e.html(神奈川県立田奈高校の労働教育)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-5e38.html(第4回今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会議事録)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-da89.html(バイトの悩み 学校お助け)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-eb6d.html(『現代の理論』特集記事から)

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