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2011年9月23日 (金)

タレ・スポの労働者性と育成コスト問題

「ゆうこりんの労働者性」に楠さんがコメントされていますが、

http://twitter.com/#!/masanork/status/117044742277173248

>タレントも会社員も同じように育成コストはかかる訳で労働法の視点からいえば真っ当な判決だけど前近代的な芸能界にとっては驚天動地なのかな

これは、実は大変深いインプリケーションがあります。芸能人やスポーツ選手の労働者性を認めたくない業界側の最大の理由は、初期育成コストが持ち出しになるのに足抜け自由にしては元が取れないということでしょう。ふつうの労働者だって初期育成コストがかかるわけですが、そこは年功的賃金システムやもろもろの途中で辞めたら損をする仕組みで担保しているわけですが、芸能人やスポーツ選手はそういうわけにはいかない。

そこで、逆に、初期育成段階の労働者保護について一定程度解除できないかという議論はありうるわけです。

実は、これは今から7年以上も前に、東大の労働判例研究会で報告し、『ジュリスト』にも載せた判例評釈で論じたテーマとも重なるのですが、ほとんど全ての人々からは無視されていますが(笑)、わたくしはすごく重要なポイントだと思っています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/europiano.html(労働判例研究 「研修生」契約は労働契約に該当するか?--ユーロピアノ事件)

これは「ピアノ調律技術者研修生」として無給で「採用」された人が賃金請求等をした事件で、裁判所は「本件契約には労働契約の不可欠の要素である労働の対償として支払われる賃金についての合意がないから、本件契約は労働契約ではないというべきであるし、同様の理由で雇用契約ではないというべきである」というわけのわからん理屈で棄却していますが、それはおかしいだろうという評釈です。

ただ、おかしいだろうというだけではものごとは解決しないだろうとも考えて、評釈の中でこういうことを論じました。

>・・・そうすると、通常の労働法学の考え方では、本件労働契約においては「原則無給」との合意は無効であり、Xは少なくとも就労期間について一定額(少なくとも最低賃金額)の賃金請求権を有するという結論になりそうである。これはこれなりに筋の通った考え方ではあるが、現実妥当性に問題があると思われる。労働経済学的に言えば、通常の企業内訓練においては、訓練期間中の訓練コストや生産性の低い労務提供と(相対的に高い)賃金水準との差は企業側の持ち出しとなるが、訓練終了後の生産性の高い労務提供と(相対的に低い)賃金水準との差によって埋め合わされると考えられる。この場合、訓練終了後も長期継続雇用することへの期待がこのような長期的な取引を可能にしているが、労働力が流動化してこのような期待が一般的に持てなくなるとすれば、別途の訓練コスト負担方式を考える必要が出てくる。今後の労働市場の動向を考えると、その必要性は高いと考えられる。しかも、本件はピアノ調律師という高度の(芸術的センスを含む?)技能を要する職種であり、訓練終了後に生産性の高い労務提供が可能であるとは必ずしも言えないことも考慮に入れる必要があろう。原則無給の「研修生契約」を禁止してしまうことは、当初から有給で採用することは困難な限界的労働者に対して、雇用の道を閉ざしてしまうことにもなりかねない。

>・・・その意味では、これは本来、立法的解決を図るべき問題であろう。現行民法上認められている労務の提供と「習業者ノ世話」との双務契約は、昭和47年の労働基準法では一定の技能職種について「技能者養成契約」として構成され、契約期間、賃金の支払い、最低賃金、危険有害業務等について別段の定めをすることができることとされ(70条)、これが職業訓練法(現在の職業能力開発促進法)に基づく認定職業訓練(同法24条)に変わって現在に至っている。しかしながら、認定職業訓練の基準は公共職業能力開発施設における職業訓練基準と同一であり(同法19条)、製造業を主に念頭に置いたもので、ピアノ調律技術のようなものは含まれていない。

 公共職業訓練の存在を前提としてそれと同等の訓練を使用者が行う場合にのみこういった契約を認めるという法的枠組みを前提とすると、公共職業訓練の手に負えない技能についての技能者養成は、①完全な労働契約として一定期間使用者側のコスト負担を求めるか、②労働契約ではないとして本来与えられるべき労働者保護を失わせるか、という選択にならざるを得ない。①が労働法学的には正しい解決であっても、労働経済学的には問題があること、労働力が流動化すれば①がますます困難になることは前述の通りである。その意味でも、公共職業訓練とは切り離した形での一般的な「研修生」契約を概念化する必要性が高まってきていると思われる。

まさに、労働者か労働者でないかという二者択一では、「、①完全な労働契約として一定期間使用者側のコスト負担を求める」か、「、②労働契約ではないとして本来与えられるべき労働者保護を失わせる」かの二者択一になってしまうという点に、この手の芸能人やスポーツ選手の労働者性を考える際のポイントがあるのだと私は思います。

象徴的に言えば、スターになるかもしれないが、そのまま無名で終わるかもしれない「幕下以下」をどう扱うべきか、という問題ですね。

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