定年、継続雇用制度とはそもそも何か?
とりあえずのメモ。
>ここで、いままであまりきちんと概念的に詰めて考えてこなかった定年とか継続雇用制度といったものは、そもそも一体どういうことなのかについて考えてみたい。
本日の話の一番始めに、「定年制とは、労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する強制退職制度である」と述べた。定年以前に雇用保障がどの程度あるのかという問題は別として、一般的にはこれが定年制の定義として通用している。
しかしながら、もし本当に、定年という言葉がこれだけの意味しかないのであれば、実は定年と希望者全員継続雇用とを法概念的に区別する理由は見いだせないのである。
これは、今回の研究会報告書が、希望者全員継続雇用制度の義務づけを唱っているだけに、実は本来極めて深刻な問題であるはずであるが、この問題を真っ正面からきちんと取り上げて論じたものは、残念ながら殆ど存在しない。定年と継続雇用という世間的な常識概念に安住して、詰めずに議論をしているものばかりである。
改めて考えてみよう。定年とは何か。労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する強制退職制度である。では、65歳定年とは何か。労働者が65歳に達したときに労働契約が終了する強制退職制度である。それ以前に、本人が自ら退職することは何ら妨げないが、本人が65歳まで雇われたいといっているのにその意に反して65歳以前に労働契約が終了することはない。ここまではよろしい。では、60歳定年のままでその後希望者全員65歳まで継続雇用するという制度の下において、上の定義「労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する強制退職制度」に相当する定年年齢は一体何歳であろうか。60歳?いやいや、この制度の下においても、本人が65歳まで雇われたいといっているのにその意に反して60歳で労働契約が終了することはないではないか。その年齢で本人の意に反して雇用が終了することがあり得ない年齢が、どうして「定年」なのか?
おそらく多くの人は「労働契約は終了するが、労働者は継続雇用されるから矛盾はないじゃないか」と思うのではなかろうか。一見もっとも見える。しかし、もしこの理屈を認めてしまうと、例えば55歳定年で60歳まで希望者全員継続雇用という制度は、60歳定年を義務づけた現行法の下では許されないということになるはずである。つまり、60歳定年という法規範は、現実に労働者が60歳になるまで雇用されるということを求めているのではなく、単一の労働契約が60歳まで続くことを求めているという解釈になる。そのような規制は、一体何によって正当化されるのだろうか。労働条件ではないことだけは確かである。なぜなら、高齢者雇用安定法は、定年の前であろうが後であろうが、労働条件についていかなる規制も加えていないからだ。旧定年の55歳で労働条件が大きく下がって新定年の60歳まで雇用が継続されることと、就業規則上の定年は55歳のままで、希望者全員が60歳まで継続雇用される制度とは、実体的には何ら変わらない。その変わらない両制度の後者のみを禁止する法的根拠は何なのか、おそらく誰にも説明は不可能と思われる。現実には、後述の協和出版販売事件のように、旧定年の55歳で一律に嘱託社員にしてしまい、60歳の定年まで継続雇用する制度は存在する。その事案ではもちろん60歳を定年と呼んでいるので何ら問題はないわけだが、では、その同じ制度を、55歳定年で60歳まで嘱託で全員継続雇用と就業規則に書いてあったら高齢法8条違反として無効になるのか?なり得ないと私は考える。もし、なるという人がいれば、その根拠をきちんと説明して欲しい。高齢者雇用安定法8条が求めているのは、希望者全員が60歳まで雇用されるということに尽きる。希望者全員の雇用上限年齢(=強制退職年齢)の前に、一定年齢で一律に行われる労働契約の変更があっても、それは法的には強制退職年齢たる「定年」ではない。これはつまり、労働契約はいったん終了するが労働者は必ず継続雇用される年齢は強制退職年齢だとは言えないことを示している。
つまり、希望者全員を65歳まで継続雇用する制度が額面通り運用される限り、その制度における上記定義に対応する定年年齢とは65歳以外ではあり得ない。その企業において、就業規則に60歳が定年で、65歳まで希望者全員を継続雇用すると書かれていたとしても、その「定年」という言葉は正確な法律上の概念としては「定年」ではないといわなければならない。定年は65歳であり、60歳とは当該企業において法律上の意味における定年の5年前に退職するものを定年退職扱いする制度、すなわち早期退職制度におけるみなし定年年齢であるといわなければならない。「定年制とは、労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する強制退職制度である」という定義の、これは不可避的な帰結である。
この問題は、定年と継続雇用という二つの概念が高齢者雇用安定法上に登場した1994年改正時から既に潜在的には存在していた。この時は、60歳定年が私法上の効力を有する強行規定となるとともに、65歳までの継続雇用制度の導入が努力義務とされたのであるが、但し書きとして「ただし、職業能力の開発及び向上並びに作業施設の改善その他の条件の整備を行ってもなお当該労働者の能力に応じた雇用の機会が得られない場合または雇用を継続することが著しく困難となった場合は、この限りでない」と、希望者全員でないことが明示されていた。希望者全員ではないがゆえに、65歳までの継続雇用制度は65歳定年ではないと整理することができたのである。
これに対し、2000年改正では「定年の引上げ、継続雇用制度の導入又は改善その他の当該高年齢者の65歳までの安定した雇用の確保を図るための措置」の努力義務というざっくりとした規定の一つとなり、まさに65歳定年と65歳継続雇用は概念的に別ものとして規定しながら、その「継続雇用」の定義としてかっこ書きの中に「現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう」と規定した。もしこれが希望者全員という意味であるならば、上述の定年と継続雇用に関する概念整理をきちんとしないまま、「労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する」わけではない60歳という年齢を「定年」と呼ぶという概念矛盾に陥っていたことになる。もっとも、実はこの時にはこの規定はまだ努力義務に過ぎないことを考えれば、ここでいう継続雇用制度の内容は使用者の裁量に委ねられており、対象者を限定することは何ら制約されてはいないのであるから、希望者全員という極限状態においては65歳継続雇用=65歳定年となるが、そうでない限り両者は概念的に区別しうるとも言える。そのような議論がされた形跡は見当たらないが、あえて説明すればそういうことになろう。
次の2004年改正が、65歳継続雇用を義務化したことは先述の通りである。ここでは、9条1項が65歳定年、65歳継続雇用、定年廃止という3つの選択肢を選択的義務として課し、そのうち継続雇用制度について、9条2項で労使協定による対象者選定基準を規定している。9条2項によって希望者全員でないことが可能とされているので、この場合には60歳が定年で(希望者全員ではない)65歳までの継続雇用の上限年齢は定年ではないことは明らかである。
では、9条2項をとらずに、9条1項だけで希望者全員の継続雇用制度を導入している企業はどうなのか?上述の理路からすれば、それは制度導入以前の旧定年60歳を、希望者全員がそこまで雇われ続けることができる65歳に引き上げたとしか言いようがないはずである。当該企業の就業規則に「定年は60歳」と書いてあることは、それが強制退職年齢でない以上、法的意義の「定年」であることをなんら意味するものではない。しかしながら、このような厳密な法理論は法律学者自身によってもほとんど行われてはおらず、世間常識に従って、希望者全員継続雇用における継続雇用の始点に過ぎない60歳を「定年」と呼び続けている。
ところが、今回の研究会報告書は、明確に希望者全員の65歳継続雇用を打ち出している。それは65歳まで(労働条件はともかく)雇用は継続されることを求める制度であり、すなわち、もし定年が「労働者が一定の年齢に達したときに労働契約が終了する強制退職制度」であるならば、65歳定年を求めていることを意味する。65歳定年であるということは、少なくとも高齢者雇用安定法上においては、60歳で一律に嘱託社員にして希望者全員を65歳まで雇用する制度を何ら排除するものではないからである。
とすれば、研究会報告書が65歳定年の義務づけには否定的で、希望者全員の65歳継続雇用を志向していること自体が、一体何を意味しているのかという疑問を呼ぶはずである。なぜなら、就業規則上で60歳定年、65歳まで希望者全員継続雇用とあっても、それは法律上の65歳定年の義務づけを充たすとしか言いようがないからである。この点については、この後すぐに論じるが、いずれにしても、高齢法上の「定年」「継続雇用」を真剣に論じようとすれば、実は以上のような議論をくぐり抜ける必要が本来はあるはずである。残念ながら、そのような議論は行政だけでなく、研究者においてもまったくされていない。これは知的怠慢ともいうべき事態と思われる。
とはいえ現実には、厳密な強制退職年齢という意味での定年概念とは異なる常識的「定年」概念に立脚した形で定年後継続雇用という制度が進められ、法制的に規制がされようとしつつある以上、その非厳密的「定年」概念に立脚した形で以下の議論を進めていかざるを得ない。従って、あらかじめ述べておくが、以下でいう「定年」とは、強制退職年齢ではない。それが何であるかは、むしろ議論の中から浮かび上がって来るであろう。
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雇用流動化へ「40歳定年を」 政府が長期ビジョン
http://www.nikkei.com/article/DGXNZO43478440X00C12A7EA2000/
「 改革案の柱は雇用分野だ。60歳定年制では企業内に人材が固定化し、産業の新陳代謝を阻害していると指摘。労使が合意すれば、管理職に変わる人が増える40歳での定年制もできる柔軟な雇用ルールを求めた。早期定年を選んだ企業には退職者への定年後1~2年間の所得補償を義務付ける。社員の再教育の支援制度も作る。雇用契約は原則、有期とし、正社員と非正規の区分もなくす。
もっとも定年制の前倒しには労働者の強い反発が必至だ。社内教育で従業員に先行投資する企業側の抵抗も予想される。改革の実現には転職市場や年功型の退職金制度、人材育成などと一体的な検討が必要だ。改革案は長期的な指針で、全て早期に実現を目指すという位置づけではない。」
見出しがセンセーショナルですね
投稿: しゃくち | 2012年7月 7日 (土) 09時06分