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2011年9月16日 (金)

年金生活者と非正規労働者の主観的違い(または主な勘違い)

dongfan99さんの例によってブリリアントな分析が見事ではあるのですが・・・。

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20110915泥臭い政治

>しかし、近年選挙の趨勢を左右している年金生活者や非正規雇用者は、良くも悪くも団体・組織の拘束から解放されている存在である。既存の政党は、彼らを安定支持層へと組織化する手がかりを、依然としてまったくつかめないでいる。・・・

>この年金生活者や非正規雇用者の支持を獲得するために、まず常識的に考えられる戦略は、年金制度の維持・充実と、健全な雇用の拡大を両立させるような政策論を提示することであっただろう。・・・

>ところが、この10数年の間、各政党とくに民主党が実際に採用した戦略は、全く別のものであった。一言で言うと、「利権政治」「既得権」「官僚支配」への批判を大々的に展開することで、年金生活者や非正規雇用者の政治的な疎外感を煽るという戦略である(自覚的というよりは、結果的にそれが世論に受けることに気づいただけではあるが)。こうした批判がメディアを通じて増幅されるようになると、年金生活者は官僚の利権や無駄遣いこそが自らの医療・福祉を危機に晒していると考え、非正規雇用者は公務員や労組が安定した雇用に守られていることが自分たちの苦境の原因だと理解していくようになる。結果として、「まず議員や官僚が自ら血を流せ!」という類の主張に支持が向かうことになる。

>過去の民主党からみんなの党に至るまでの、「まず議員や官僚が自ら血を流せ!」的な主張は、確かに個々の選挙では年金生活者や非正規雇用者に対する求心力を発揮してきた。しかしそれは、年金生活者や非正規雇用者の本来の利害関心とは対立するはずの「小さな政府」「緊縮財政」志向の政策へと向かわせるだけではなく(デフレ脱却という面からも決して好ましいものではない)、政治家を無意味なパフォーマンスに駆り立てて、政権や政党への支持を不安定で流動的なものにしているという意味で、国民にとっても政治家にとっても、一つもいいことがない。

>戦前の失敗の轍を踏まないためにも、政党は年金生活者や非正規雇用者の生活関心を、具体的な政策を通じて代表していくという当たり前の政治を取り戻すことが必要になるだろう。

この間の政治状況への基本的な認識や、あるべきステークホルダー型の政治の姿など、ほぼ同意見ではあるのですが、正確に言えば、年金生活者と非正規労働者の少なくとも主観的な認識はかなり異なっていると思われます。

それは本ブログでも何回か述べてきたことですが、非正規労働者が、既存の再分配システムから排除されているという意味での被害者意識を持ち、その「ツボ」をくすぐる「既得権」「官僚支配」批判に(それが結局は自分たちへの乏しい再分配のルートすら叩き潰して自分たちを「殺す」ものであるとも気がつかずに)熱狂しているのに対し(このメカニズムはかなり分析されています)、年金生活者は少なくとも主観的にはそうではないのです。

現実の姿を虚心坦懐に見れば、今の年金生活者がもらっているかなりの額の年金が、その昔彼らが若い頃に払い込んだ年金保険料で賄われているわけではなく、今の現役世代が払った金がそのまま右から左に流れていることは当たり前のことではありますが、そしてそう正しく認識すれば、彼らは社会の再分配メカニズムのおかげで生かしてもらっているということを適切に認識するはずですが、残念ながら質の悪い政治家やマスコミや場合によっては経済学者の影響で、あたかも自分たちがその昔払い込んだお金に利子が付いて、いま(ネーション共同体の一員としてのではなく、金銭貯蓄契約の一方当事者の当然の権利として)年金を受け取っているかの如く思いこんでいるケースが多いように思われます。

こういう虚偽意識は、企業その他の組織に所属することによる拘束から自由であるだけでなく、(実際には国家権力による再分配に全面的に依存していながら、それを自らの市場取引による当然の収益と見なすことによって)現実にはあり得ないような異常なリバタリアン的感覚の培養土となっているのではないかと思われます。

これは大変皮肉なことで、アメリカの積立型私的年金で豊かな高齢者が、その下部構造に従ってリバタリアン的意識になるのは自然ですし、ヨーロッパの国家による移転でそれなりに豊かな高齢者が、その下部構造に従って社民主義的になるのも自然なのですが、自分の生計費の出所を完全に誤解することによって、下部構造とはかけ離れた意識を持ってしまい、それがゆえに政治をかき乱すというのは、まことに奇怪な事態と言うべきでしょう。

非正規労働者に対しては、あんな連中を支持しても、今でこそ乏しい君たちへの再分配はますます減るだけだよ、もっと再分配を拡大する方向を支持しなくちゃダメだよ、という戦略論的説得が、少なくとも自己認識を変えることなく可能であるのに対し、上記のような勘違いをしている年金生活者たちは、それでは歯が立たないという点が最大の違いではないでしょうか。

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コメント

だから大阪府民は大阪府知事に圧倒的支持を寄せるわけですね。

大阪府は非正規雇用者の割合が多いですからね。

しかし圧倒的支持を受ける人物がやろうとしていることはネオリベそのものであるわけで、なんとも言い難い状況ですね。

これだけ払ったんだから、これだけの額もらって当然、という個人勘定意識と、あくまで連帯(的)制度上における権利付与(年金受給権)、という意識との、その間にある隔絶を思わせます。

年配の、厚生や共済の恵まれた額をいま受給している人は、それは(制度適用上)かなり運が良かったのだ、という自覚を持ったうえで、政治的発言や若者への小言などをしてほしい。決して、“個人的努力によって報われた額”、なのではない、といういささかの自覚を。

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