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2011年9月10日 (土)

リフレ派の原点@暴言日記

暴言日記さんの、もともと正しい意味でのリフレーション政策派に共感的であった立場からする、ある意味で「お願いだから、元のまともだったあの頃のあなたに戻ってよ!」という心の底からの呼びかけともいうべきエントリ:

http://blogs.yahoo.co.jp/zhang_r/29414641.html

>>しかしこの件についても、「弱肉強食の競争でこそみんながんばる」式のシバキ主義は、リフレ論とはあいいれない共通の敵だと思います。・・・

>私のリフレ派の原点は、ほとんどこの昨年の松尾先生の文章に尽きています。・・・

>右翼と組んでいるのは、そもそもリフレ派の主張の本筋と関係ないから、まあいいという気持ちもあります。しかし、「ナショナリズムにもとづくシバキ主義」の人たちと組むことだけは、絶対に許容できません。

>とにかくリフレ派は原点に戻って、金融政策に理解はあっても「弱肉強食の競争でこそみんながんばる」的な人たちとは手を切り、金融政策への理解自体は乏しくても、需要喚起や再分配に関心を持っている人たちと積極的に共闘すべきです。

話が混線しているのは、そもそもイデオロギー的に許し難い点(ナショナリズムにもとづくシバキ主義)への批判と、政治戦略的な拙劣さ(歴史修正主義的右翼との同盟)への批判(というより揶揄)とが、それぞれに対してより本質的な親和性を有する多様な論者の言説が入り交じる形で進められたため、一体誰がどういう論拠で主としてどういう考え方を批判しているのか、いささかわかりにくくなった面があるのでしょう。

労働福祉系の議論は、ナショナルな共同性を根拠とした再分配を土俵とする面があるので、ある種の「ナショナリズム」の契機を拭い去ることは出来ませんし、世界市民的イデオロギーを振りかざしてそれをむりに押しつぶすと、却って「ウヨ」な方に追いやる危険性もあります。実をいえば、西欧諸国では典型的ですが、日本の「ウヨ」現象の下部構造にも、似たメカニズムはすでに働いているように思われます。

大変皮肉であるのは、リフレ派が暴言日記さんの言うところの「原点」であるはずの反シバキ主義や再分配志向から遠ざかり、「みんなの党」的シバキ主義に近づけば近づくほど、いわばそれと釣り合いをとるかの如く、ナショナリズムを剥き出しにした「ウヨ」方面への接近が生じてくるという現象で、そこにはおそらく、暴言日記さんの言う「リフレ派の原点」を、原点とはかけ離れた形ではあれ、なにがしか維持したいという無意識の願望が歪んだ形で現れている可能性があるように思われます。

もちろん、そのような歪んだ形ではなく、暴言日記さんの言うように、素直に本来の原点である

>しかしこの件についても、「弱肉強食の競争でこそみんながんばる」式のシバキ主義は、リフレ論とはあいいれない共通の敵だと思います。

に戻ることでこそ、より多くの人々の共感を得ることが出来るはずなのですが。

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コメント

大局的に見て状況を整理してみました。

政治左派→リフレ派はウヨ(そう思わせる人、金子氏)
政治右派→リフレ派は国際資本の手先の売国奴(そう思わせる人、竹中氏)

経済右派→リフレ派は共産主義者(そう思わせる人、森永氏)
経済左派→リフレ派は市場原理主義者(そう思わせる人、高橋氏)

 リフレ派に対し、もう一つ抱く疑問点は、増税に過剰にともいえるほど反対している点です。

 例えば、増税分を全額社会保障なと所得再分配に回し負担と給付が同額なら、基本的には景気に中立のはずです。いや、むしろ消費性向の高い層から低い層へお金が回るのだから、どの程度かは分かりませんが景気にプラスになる可能性もあります。もちろん、負担と給付にタイムラグがあったりその点は厳密には難しいでしょうが。

 とにかく増税は使い道によってプラスにもマイナスにもなり得るのに、とにかく増税反対!では支持できません。
 またこの批判は、共産党・社民党にも当てはまります。
 マルクスのいう『能力に応じて働き、必要に応じてうけとる』社会って、国民負担率100%の社会だと思ったんですが、違うんですかね。
 

訂正
×消費性向の高い層から低い層へお金が回るのだから
○消費性向の低い層から高い層へお金が回るのだから

>増税は使い道によってプラスにもマイナスにもなり得る

そう、使い方によってはマイナスにもなりえるのです。マイナスになると思われているから、つまり、政府が信用されていないから、反対されているのではないのでしょうか?この点を無視して、増税の必要性のみをお題目のように唱えても虚しいだけでしょう。さらには、増税できるならはその手段は消費税でも何でも良いような態度を取られれば不信感に拍車がかかるでしょう。

この考え方は、特にネオリベに共感する人々に顕著だと思われます。というか、みんなの党は「小さな政府」を「ムダな支出のない政府」という解釈を与えることで、この層の支持を得ようとしているものと思われます(本来の「小さな政府」って政府の存在そのものがムダということなのですが...)。

政府が信用される道を模索する方が生産的だと思われます。第三者が政府の金の使い方をチェックできるような情報公開ですね。これを徹底しない限りは、たとえば、埋蔵金伝説は尽きないことでしょう。

今回の震災では多額の寄付が集まりましたし、法人税減税を志向するはずの会社経営者も寄付を申し出ておりました。つまり、公共のために私財を供するのにやぶさかでない人々は確かにいるのです。ただ、今の政府がそういった人々の信用を勝ち得ていないというだけのことなのでしょう。

コメント欄も含め、今読むとまた味わい深いです

奇妙なねじれ
http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__100820.html

水島著作エントリコメント欄を読んで…

上記2010松尾エントリで
”ナショナリズムやいわゆる「ネオリベ」と” 
何の留保もなく並列して書かれていたのですが

ネオリベ・グローバリズム・ヒラリークリントン(”世界市民的イデオロギー”) 富裕層向けポジション

ナショナリズム・非ポリコレ泥酔客・トランプ(”ウヨ”) ラストベルト向けポジション


濱口先生の書かれるとおり、本来対立関係にあるんですよね。


松尾氏はさらっと並記していたのですが
小泉的モノー竹中的モノ連合における
ネオリベとナショナリズムのイデオロギー合体というのは
世界的にはまれなものなのかもしれません。
(トランプは富裕層ではありますが、ネオリベーグローバリズム志向ではないので)

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