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英雄的に公的部門を批判する人間が、多額の補助金が支払われる業界に属していたり

有益な書物を紹介することが目的のエントリのこういう片言隻句を引っ張り出すことは、おそらく元エントリを書かれた方にとっても本意ではない用い方であろうと想像されますが、とはいえ、haruhiwai18さんがぶくまコメントで引用されているように、あまりにもものごとのありようを見事に言い当てておられるので、こうして引用エントリを立てたくなります。

http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20110814

>>社会の効率を高めるためには、自由な経済主体である民間企業が活躍する場をより広げる一方で、規制や補助金等によって保護される業界は、できる限り、自由な参入を認めるようにする必要がある、ということについて、恐らく、原則論としては誰も反対しないであろう。しかしながら、自由な経済主体であると考えている自分自身(や、自分自身が属する業界)が、本当に社会的に保護されていない存在なのか、という点については、やや感度が乏しいように感じられる場面が多々見受けられる。例えば、雄的に公的部門を批判する人間が、多額の補助金が支払われる業界に属していたり事実上、官庁や自治体からの委託によって食いつないでいる業界に属しているのをみるのは、極めて滑稽である。さらに、一昨年の事業仕分けの時のことだが、そうした人々が、補助金や委託費が削られることを批判しているのをみたときには、もはや呆れかえるほかなかった。よく「税金で食っている」という言葉を使うが、自分自身も巡り巡って「税金で食っている」存在なのだ、ということについて、感度の乏しい人間があまりにも多いのではないだろうか。*1

*1:先日、竿燈まつりに市の職員が参加しているのをみて、「税金で食っているくせにこんなとこにも出ている」と陰口をたたく観客をみた。実際には、その市職員は、ボランタリーに竿燈まつりに参加し、県外からの観光客をよぶことで、地域経済のため、公務員としての仕事以上の貢献をしている。4日間、昼夜、竿燈の持ち手を続けるのは、並大抵の労力ではないだろう。

>こうした「際物ども」は別にしても、一見、自由な経済活動を行っているグローバル企業が、支払うべき「コスト」を支払っておらず、結果的に、社会から「補助金」を受け取る存在になっているのではないか、ということが、本書の問題提起となっている。ひとつに、地球環境に関わる外部不経済の問題があり、貿易における関税や補助金の問題があるが、こうした視点は、特に目新しいものではない。しかし、本書の範疇はこれらにとどまらず、社会の中の信頼や、インフラについても言及し、グローバル企業が、地域住民の「負担」によって利益を得ている、という視点を多面的にえぐり出している。*2

*2:以前、グローバル企業とはいえないまでも、ある中堅規模の経営者が、海外企業から原材料を買い付けるバイヤーを採用したいが応募がない、ということについて不満を漏らすのを聞いたことがある。不思議なことに、この経営者には、自社でそうしたバイヤーを育成したいとの意向がまったく感じられなかった。自社で育成せず、他社で経験を積んだバイヤーを採用するのであれば、育成のためのコストを支払わない分、それ相応の負担をする必要があるだろう。この経営者には、自社のために社会が支払う「負担」というものへの感度がないらしい──バイヤーは、どこで誰によって育成されるのであろうか?

元エントリの主眼は、いうまでもなく「こうした際物ども」の愚劣さを批判することではなく、そのあとの部分にあるのですが、この部分だけでも十分再三の味読に堪えるものと評せましょう。

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