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2011年8月 5日 (金)

どのような社会をめざすのか-ヨーロッパと日本(上)(下)

一橋大学大学院社会学研究科のフェアレイバー研究教育センターのホームページに、わたくしが昨年明治大学で講義して、最近『労働法律旬報』に載った(正確に言うと、「下」の方はまだ刊行されていないはずですが)「どのような社会をめざすのか-ヨーロッパと日本(上)(下)」が、ゲラ刷りをPDFファイルでアップされています。

http://www.fair-labor.soc.hit-u.ac.jp/publication.html

http://www.fair-labor.soc.hit-u.ac.jp/rh-junpo/110725.pdf(上)

http://www.fair-labor.soc.hit-u.ac.jp/rh-junpo/110825.pdf(下)

日本の労働社会の特徴をざっくりと要約し、その課題を提示した手頃な文章ですので、是非お読みいただければと思います。

ここでは「下」の中の、「誰が労働者の面倒を見るのか」という一節をここに引いておきます。

>メンバーシップ型の社会のいろんな矛盾を解決するためにどうしたら良いかという議論をやっていくと、結局、問題は労働の世界だけでは収まりきらないことがあります。

 なぜかというと、メンバーシップ型社会というのは、一生面倒をみてやる代わりに会社の言うことを聞け、会社の言うことを聞かないのだったら一生面倒みてやらないというものです。しかし、なぜ、会社が一生面倒をみなければいけないのでしょうか。

 戦後の労働組合運動が、とりあえず手近な労使交渉で、要求を積み重ねて、メンバーシップ型社会が出来上がった側面があります。今になって、それが悪かったみたいなことを言うべきものではありません。歴史はそんな単純なものではないと思うからです。これを見直すのであれば、会社の代わりに誰が一生の面倒をみるのだという話をしないといけません。

 実は日本という国は、国が国民の一生の面倒をあまりみない国です。なぜみないのかというと、みる必要がないからです。なぜみる必要がないかというと、会社が面倒をみるからです。にわとりと卵みたいな話ですが、会社が面倒をみてくれているのだから、国は一人ひとりを面倒みる必要がない。国は、会社が一人ひとりの面倒をみられるように会社の面倒をみていれば良い。会社の中のことまで手を突っ込んで面倒をみてやる必要はないという考え方です。

 世界中どこでも、独身の労働者が結婚して子どもができると養育費がかかります。学校に行くようになると教育費がかかります。子どもがだんだん大きくなると子ども部屋をつくらないといけないし、男の子と女の子だったらそれぞれ同じ部屋に入れるわけにいきませんから、それだけの広い住宅が必要で住宅費がかかります。こういったものを日本では、会社が面倒をみてきました。正社員を一生面倒みるというのは、そういうところまで会社が面倒をみるということです。

 もし会社がみないとなると、他の者が面倒をみなければいけない。それは誰か。国しかない。実はここが一番難しいところです。なぜかというと、戦後の日本の知識人は、国が大嫌いだったからです。ヨーロッパだったら、左派は福祉国家にしろと言ってきましたが、日本の戦後左派は、福祉国家はけしからんものだとずっと言い続けてきました。企業に忠誠を尽くすのが良いと言っていたわけではないのかも知れないですが、結果的に国家の権限や役割が大きくなることをあまり好まなかったということもあって、会社が労働者の一生の面倒をみるという形でどんどん発展してしまいました。

 もし、これを本当に変えるのなら、子どもを育てたり、教育したり、あるいは住宅の費用をどうするかといったことについて、国が面倒をみていかなければいけないから、国を大きくしなければいけないという話になります。

 ヨーロッパに行くと社会保障という看板の下に、教育政策や住宅政策が入ります。日本では入らないですね。日本では、教育政策は教科書の中身をめぐる思想闘争の問題だし、住宅政策は建設会社がどんどん開発して家を建てやすくすることになっていて、社会保障だと思われていませんが、ヨーロッパでは社会保障に入っています。ヨーロッパ型の常識が日本に少し入ってくると良いなと思います。

 つきつめると、会社に忠誠を尽くす代わりに一生面倒をみてもらうという働き方か、それとも非正規か。どっちもいやだというわがままは許さんという、究極の二者択一を迫るような社会は、あまり良い社会ではありません。そして、会社の言うがままに働かせるけれど、一生の面倒はみないブラック企業の存在などを考えると、別の新しい働き方を考えて作っていかなくてはならないと思います。といっても実は別段新しい働き方ではなくて、日本以外の社会ではごく普通の労働者の働き方です。

 私は、これを「ジョブ型正社員」と呼んでいますが、そう簡単にできるとは正直思っていません。たぶん一世代はかかるだろうと思います。なぜ一世代かかるかというと、社会全体をつくり変えなければいけないからです。社会の仕組みを全部、教育システムから社会保障制度、住宅政策、全部変えなければいけない話で大変です。その際に、とってつけたようですが、ヨーロッパ型のいろんな働き方の仕組みは参考になると思います。

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コメント

「城:僕は、若い世代に期待しているんですよ。「仕事が終わったら家に帰ります。仕事があるのであれば、朝に言ってください」と上司に言ってほしい。」


http://money.jp.msn.com/newsarticle.aspx?ac=IT20110805003&cc=07&nt=00


「城:労働時間が減らない2つめの理由として、業務が明確に区切られていないので、どうしてもダラダラした働き方になってしまうことが挙げられます。僕はよくこのように言っています。「日本企業はムラでみんなで田植えをしているようなもの」と。

 村全体で行わなければいけない仕事は、長くなりがち。「オレの仕事は終わったから、お先に」とはなかなか言いにくい世界。」

まだ成果型とかもう

「ボーナスの前に成果を出して、白黒つけましょうね」と。でないと残業時間は減りません。」


「周囲の目が気になりますし、どうせ早く仕事が終わってもまた違う仕事を与えられるし。

赤木:「仕事が終わった」と宣言すれば、上司から「じゃあ、次にこれやって」と言われるんですね。

城:なぜ次々に仕事を与えられるかというと、そもそも担当業務があいまいだから。

赤木:なるほど。

城:もし上司に「それは自分の仕事ではありません。帰ります」と言えば、ほされるに決まっている(笑)。なのでインセンティブとして、労働時間を少なくするという意識がなかったですね。」

「赤木:正社員を早く帰らせるようにする。そして社会保障を充実させる。このことを言うと「みんな働かなくなる」という人が出てきます。でも僕はそう思っていなくて、」

「城:社会保障をどう充実させるかが課題になりますね。」

続きがたのしみです

http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20110816/1313499796
http://anond.hatelabo.jp/20110816094649

EUではないですが、イギリスの住宅政策はそれなりに手厚いのですね

ディーセント・ワークとも絡めて難しい問題です


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