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2011年7月23日 (土)

広田科研研究会での発言録

去る7月3日、下高井戸の日大で開かれた広田照幸先生の科研研究会で喋ってきたことは本ブログで報告したとおりですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-b8cc.html(広田科研で報告)

その時の速記録がきましたので、これから修正を入れて、日本語らしくして送り返さなければならないのですが、とりあえずわたくしの報告と発言部分だけをアップしておきます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/hirota.html

こちらには、そのうち報告部分をアップしておきます。

>第1報告:濱口桂一郎「労働市場の変容と教育システム」

はじめに
 濱口です。圧倒的大部分の皆さんとは今日初めてお目にかかります。若干、よその家に初めてお邪魔したような感じですが、せっかくの広田(照幸)先生のお招きなので、できるだけ皆さんの議論の役に立てるように、歯に衣着せぬ話をします。
 今日のためのレジュメというか、特に****作っていて、今までに話したり、書いたりしたものを三つお配りしていますが、必ずしもこれに沿うかたちではなく話をします。
 たぶん、私と小玉先生をかみ合わせようというのが広田先生の趣向なので、あえてそれをはずすというのも戦略ですが、せっかくなので、言われたとおりかみ付くかたちの展開をしたほうがドラマとしても面白いでしょうし、そのようにやらせていただきます。
 最初に演じるところから始めるのは若干つらいですが、そこから始めないと話が始まらないので、初めのところは昨年6月に日本社会教育学会で話したメモに沿うかたちで話をします。
 普通の人にとって、若い頃は、ものを学ぶのが主な時間の過ごし方で、それを過ぎた大人の時期には、労働が主な時間の過ごし方です。そういう意味で、人間は、引退後はともかく、おおむね教育と労働が一番なじみのあるところです。
 教育が人生の前のほうに置かれていて、労働がそのあとに置かれていることからすると、通常、教育は労働の準備であり、労働は教育の成果であるというのが一般的な考え方です。そうすると、教育と労働は、本来、密接な関係にあるはずです。
 しかし、現実の日本社会では、少なくとも教育にかかわる政策や学問は、労働の中身にあまり関心がなかったように見えます。逆に、労働にかかわる政策や学問は、教育の外形には非常に関心を持っていますが、教育の中身にはあまり関心を持ってこなかったように見えます。
 より正確に言うと、高度成長期が始まった頃までは、まだそれなりの関心・関与がありました。そのあと、政府の政策レベル、あるいは社会的なアクターがいろいろ語る中にもそういうことがあったように見えますが、むしろ、それはだんだん失われていったように見えます。
 この段階でそれがいいか悪いかを言う必要はなく、その必要がなくなってきたからそうなっただけです。しかし、とりわけ、ここ数年来、再びその辺が議論されるようになってきました。
 その理由として、若者の非正規問題が一番大きなきっかけであったことは間違いありません。それだけなら、その問題だけを解決すればいいという議論はあり得ます。しかし、それをきっかけにして、今まであまり議論されなかったもろもろの問題が、いわば一連のかたちで議論されるようになってきました。

1 「教育」と「労働」の密接な無関係
 教育と労働がお互いの中身に関心を持たなかったといっても、もちろん、お互いに無関係だったわけではありません。これは、ややひねった言い方ですが、私は、「教育と労働の密接な無関係」と言っています。「密接な無関係」というのは意味不明ですが、当然のことながら教育の世界と労働の世界は非常に密接な関係があります。学校で受けた教育が、卒業後にどういう職業キャリアをたどっていくかに大きな影響を与えるのは事実で、だからこそ「学歴社会だとか何だ」と山のように言われるわけです。
 皆さんは、本田由紀さんが本(『若者と仕事』東京大学出版会)を出してから初めて、学校で受けた教育の中身そのものがどれだけつながっているかという議論が始まったと考えているかもしれません。当時、世間的にはあまり問題意識を持たれていませんでしたが、実は、まだJILPT(労働政策研究・研修機構)に「PT」が付く前のJILで、そういう問題意識がありました。ただ、ざっくり言うと、そんなことを議論しなくてもいい仕組みになってきたから、世間は関心を払ってこなかったんだと思います。
 実は、ここは話が二重になっていて、企業や職場レベルでそうなってきた話だけでも、たっぷりと時間を使って議論ができます。とりあえず、そこは置いておいて、政策のレベルで言うと、意外に多くの人に認識されておらず、また、多くの人が、日本政府の政策は同じ方向を向いてずっとやってきていると当然のように思っている傾向があります。
 実は、そうではなく、私の認識では、政策の主体もさまざまあります。私の土俵である労働政策の観点からすると、むしろ、教育と労働を中身でつなげるような方向を施行する政策の考え方が中心的でした。
 所得倍増計画は高校の教科書にも太字で出てきますが、読んだ人はほとんどいないと思います。これを読むと、まさに近代化論に満ちています。近代化論とは、日本は、まだ前近代的な社会で、近代化しなければいけないということで、近代的な社会とは、労働市場がもっと流動化し、職種と職業能力に基づいた社会が作られなければいけないということです。所得倍増計画には、このようなことが延々と書いてあります。実は、経済政策も労働政策も基本的にはそういう方向を向いていました。
 もっと意外なのは、日本の経営団体も、ある時期まではそういうことを一生懸命言っていました。労働関係の人にとっては、ある意味で常識的な話ですが、たぶん、そこをはずれるとあまり知られていないと思います。
 日経連が、ある種の近代化論から身を離すのは、むしろ1960年代末期以降です。政府はもう少し遅れて1970年代半ばです。一番大きな契機は石油ショックで、日本的な長期雇用や年功的な賃金制度を前提にして、それを称揚する方向の政策が進んでいきます。
 そうすると、教育と労働の関係も、必ずしも教育課程の中身そのものが労働に直接リンクするものである必要はありません。いわば、私の言う「労働と教育の密接な無関係」ができてきたと思います。

2 システムの改変の必要性
 ここまでは、どちらかというと、「そう演じろ」と言われて演じているたぐいの議論です。本来ならば、広田先生の突っ込みがあったうえで、それに対するリプライとして言うべきことかもしれません。やや総論的ですが、先走って、なぜこういう議論をするかというよりも、文脈をもう少し広げたところでの話をします。
 実は、どういうジョブをどういうスキルを持ってやるかで世の中を成り立たせる社会の在り方と、そういうものなしに特定の組織に入り、その組織の一員であることを前提に働いていく在り方のどちらかが先天的に正しいとか、間違っているという話はないと思います。
 もっと言うと、ある意味ではどちらもフィクションです。しかし、人間は、フィクションがないと生きていけません。膨大な人間が集団を成して生きていくためには、しかも、お互いにテレパシーで心の中がすべてわかる関係でない限りは、一定のよりどころがないと膨大な集団を成して生きることができません。
 そのよりどころとなるものとして何があるかというと、その人間が、こういうジョブについてこういうスキルがあるということを前提に、その人間をこう処遇し、ほったらかしてこういうふうに処遇していくというものをかたち作っていくのは、いわば、お互いに納得し合えるための非常にいいよりどころです。
 もちろん、よりどころであるが故に、現実との間には常にずれが発生します。一番典型的なのは、スキルを公的なクオリフィケーションというかたちで固定化すればするほど、現実にその人が職場で働いて何かができる能力との間には必ずずれが発生します。
 ヨーロッパでいろいろと悩んでいるのは、むしろそれで、そこから見ると、日本のように妙なよりどころはなく、密接につながっている同じ職場の人間たちが、そこで働いている生の人間の働きぶりそのものを多方向から見ます。その中で、おのずから、「この人はこういうことができる」というかたちでやっていくことは、ある意味では実にすばらしい社会です。
 ただし、これも一つの集団組織に属しているというよりどころがあるからできるのであって、それがない人間との間にそれがあるかというと、ありません。いきなり見知らぬ人間がやってきて、「私はできる」と言っても、誰も信用できるはずがありません。それを信用できる人間は、必ず人にだまされて、ひどい目に遭うことは人類の歴史でわかっています。だからこそ、何らかのよりどころをやるしかありません。
 よりどころのやり方として、どちらが先験的に正しいというのは必ずしもないと思います。そして、今までの日本では、一つの組織にメンバーとして所属することにより、お互いにだましだまされることがない安心感のもとで、より公的なクオリフィケーションではない、もっと生の、現実に即したかたちでの人間の能力の把握、それに基づく人間の職ができていた面があります。
 それにしても、大きい組織になると、本当はどこまでがそうなのかというのがあり、議論をしだすと永遠の渦巻きみたいなものになるかもしれません。しかし、逆に言うと、同じ集団に属しているので、ある種のトレンディー的な感覚を共有する者の中でしか通用しない話です。その中に入れなかった人がふらっとやってきて、「俺は、実はこれだけの能力がある」と言ってみたところで、下手に信用したらどんなひどい目に遭うかわからないので、誰も信用できません。
 たぶん、ここ数年来、あるいは十数年来の日本で起こっている現象は、局部的には、公的にジョブとスキルできっちりものごとを作るよりも、より最適な状況を作り得る仕組みがあちこちにできて、それが縮小しながら、なお起きています。
 ですから、中にいる人にとってはいいですが、そこからこぼれ落ちた人にとっては、「自分は、本当は中に入ったらちゃんと見てくれるはずだ。見てくれたら俺がどんなにすばらしい人間かわかるはずだ」と思い、門前で一生懸命「わーわー」わめいていても、誰も認めてくれません。恐らく、それが起こった状況です。
 これが、想定した、広田先生のコメントに対するリコメントに当たるものです。
 この段階で言うのがいいのかわかりませんが、教育は職業レリバンスのあるものにしなければいけません。ある程度は、私も思っています。もしかしたら、そうしたら本当にすばらしい社会になると思っていると考えているかもしれませんが、人間は、そもそもお互いに全く理解し合えないものだと思っています。お互いに全く理解し合えない人間が理解し合ったふりをして、巨大な組織を作って生きていくためにはどうしたらいいかというところからしかものごとは始まりません。
 逆に言うと、ある意味で、かゆいところに手が届かないような、よろい・かぶとに身を固めたような、がしゃがしゃとしたかたちをあえて作らなければ生きていくのが大変な人は、そうしたほうがいいという話をしていくつもりです。これが、全体の3分の2のお話しでした。

3 「抵抗」について
 残りの3分の1の時間では、想定される小玉先生の話に対するコメントにするつもりです。本田さんの言い方で言うと、「適応と抵抗」の「抵抗」になりますが、ちょうど「若者の何たらかんたら」という話がはやった頃に結構売れたのが、いまだにフリーターをしている赤木智弘が書いた本です。
 その中で、「今まで私は左翼だったけど、左翼なんかもう嫌だ」と言っています。彼がなぜ「左翼」と言っているかというと、「世界平和とか、男女平等とか、オウムの人たちの人権を守れとか、地球の向こう側の世界にはこんなにかわいそうな人たちがいるから、それをどうにかするとか、そんなことばかり言っていて、自分は左翼が大事だと思ったから一生懸命そういうことをやっていたけど、自分は全然よくならない。こんなのは嫌だ。こんなのはもう捨てて戦争を望むんだ」という、ある意味ではよくわかる話です。
 これが最初に載ったのは、もうなくなった朝日新聞が出している雑誌(『論座』)です。それに対して、いわゆる進歩的と言われる知識人たちが軒並み反論をしました。「だから左翼は嫌いだ」と言っている話をそのまま裏書きするようなことばかり書いていて、こういうことを反論されていたら、たぶん、赤木さんは絶対に納得しないと思いました。
 ところが、非常に不思議なのは、彼の左翼の概念の中に、自分の権利のために何かを戦おうということはかけらもないことです。
 もう一つ、私は、大学に呼ばれて時々話をしに行きます。オムニバス講義の中の1回ですが、某女子大に話をしに行ったことがあります。いろいろなことを話しましたが、人権擁護法案があり、「こうこうこういう中身だけど、いろいろとこういう反対運動があって、いまだに成されていない」という話を、全体の話のごく一部でしました。
 その講義のあとに、学生たちは、感想を書いた小さな紙を講師に見せます。それを見ていたら、いくつも、「人権擁護法案をほめるとはけしからん」という、ほかのことは全然聞いていなかったのかという感じのものがどっと来ました。
 要するに、人権を擁護しようというのはけしからんと思っているわけです。赤木さんと同じで、人権擁護法や人権運動と言っているときの人権は、自分とは関係ない、どこかよその、しかも大体において邪悪な人たちのことです。そういう邪悪な人間をたたき潰すべき者を守ろうというのが人権擁護なので、そんなものはけしからんと思い込んで書いてきています。
 私は、正直言って、なるほどと思いました。そこは、戻ってきたら1回きりで、問い返すことはできませんでした。もし、問い返すことができたら、「確かに、北朝鮮の何たらかんたらが人権や何とかという話もあるかもしれない。あなた自身がひどい目に遭ったときに、人権を武器に自分の身を守ることがあり得るとは思いませんか」と聞いてみたかったです。彼女らの頭の中には、たぶん、そういうことはなかったと思います。
 何が言いたいかというと、人権あるいは憲法がどうとか、戦後の進歩的な人たちが営々と築き上げてきた政治教育の一つの帰結がそこにあるのではないかということです。あえて毒のある言葉をまき散らしますけれど。
 少なくとも、戦後は、自分たちの権利を守ることが出発点だったはずです。私は、まだ生まれていないので本当かどうかわかりませんが、当時書かれたものを見ると、非常にそういう感じが満ち満ちています。気が付けば、人権は、自分の人権ではなく人の人権、しかも、多くの場合は敵の人権です。自分の権利をどう守るか、守るために何を武器として使うかという話は、実はすっぽりと抜けてしまっています。
 なぜ、延々とこのような話をしているかというと、結局、ここで言う集団的労使関係の問題や労働教育の問題は、たぶん、そこに至るのではないかということです。
 また歴史の話をすると、私が生まれたのは1958年です。この年に、労働省から労働教育課がなくなりました。それまでは、労働者あるいは国民一般に対して、労働組合や労働法を教えることが国の政策の一つの柱になっていました。しかし、もう十分にわかったからいいということで廃止されました。
 少なくとも職場で働いている人間が自分たちの権利をどう守るかということは、わかっているからもういいということで、それ以来、半世紀以上されていません。恐らく、その間にされてきた人権は、自分ではないどこか遠くの人の人権です。それが悪いと言っているわけではありませんが、そういうことだけがずっと教育されてきました。「人権は、そういうものだ」というかたちで返ってきた一つの帰結が赤木さんであり、名は知りませんが、私に猛烈な抗議を書いてきた大学生たちだと思います。
だとすると、今必要なのは、「権利や人権はあなたのことだ。あなたが今いるその場で、自分の権利をどう守るか。そのために、法律も含めたいろいろな仕組みをどう使うか」という話から進めないと、政治教育の義務は始まらない気がしています。
 最後に少し、また大風呂敷的な言い方をします。政治とは何かというと、多くの人は、政治とは永田町でやっていること、あるいは県庁所在地など、市の指揮管理でもいいですが、要は、政治という特別な世界でやっている話だと思っています。それは確かにそうで、日本の政治学者は、そういうところでやっているものをひたすら分析しているので、ある意味では当たり前です。また、そういうところでやっているものを追い掛けるのが新聞の政治部の記者なので、仕方がありません。
 しかし、機能的に考えると、社会のありとあらゆるところに政治があり、会社の中にも政治があります。企業小説を読むと、まさに政治のはらはらどきどきする世界がたくさん描かれているし、私はよく知りませんが、たぶん、大学の世界も非常に政治に満ち満ちていると思います。
 恐らく、人間が集団らしい組織を作れば、ありとあらゆる政治があるはずです。それは、ある意味、人が労働者として働いている小さな職場であっても、まさにそこの管理職や下っ端、そして、その間に挟まれた中間管理職の間には、実に手に汗を握るような政治が日々展開しているはずです。
 ある意味では、そういう政治に対してどう適応するか、それが自分に対して何らかの不利益を持ってくれば、それに対してきちんとどう対抗するかも含め、実は、それが政治を捉えることのはずです。また、政治にかかわる在り方、生き方を教えるというのは、永田町でやっている政治の話ではなく、むしろニュートラで、社会のありとあらゆるところで日々行われている政治に対する対し方だと思います。
 それを労働の話に引き付けると、自分が働いている場で起こるいろいろなトラブル、不満、問題をどううまく解決するかが政治の術です。政治は、古代ギリシャ以来、まさに人間社会の技術の方法で、それも含めてどうやっていくかが集団的労使関係であり、労働教育で問われている課題です。
 若干、散漫になり、かつ、本来であればコメントを受けたうえでのリコメントに入るべきことを先取り的に言いましたが、何か皆さんの考えの役に立てればと思います。以上です

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コメント

いつも楽しく読ませていただいております。

ブログをよく読んでてたまに気になるのですが、
濱口先生がよく批判されている「政治学者」って、具体的にはかつての山口二郎氏のような方々を指すのでしょうか。

私がとある大学の法学部政治学科の大学生(なんちゃってな感じでしたが)をしていたころ(今から5年くらい前)は、永田町をひたすらウォッチするような授業ってあんまり受けた記憶がないです。(「政治過程論」くらいだったと思います。)

私としては「あくまでも政治学の分野の一つにすぎない」という感覚なので、どうしてもブログを読んでおりますと違和感を感じます。

学生に人気があった授業(とかゼミ)はどちらかというと、心理学とか社会学とか経済学とかの手法を取り入れた学際的な分野だったような気がします。

日々、興味深く拝読させてもらっています。

自分自身、以前に労組青年部の役員をやっていたこともあり、色々と考えさせられることが多く、採り上げられる論点をどのような文脈において考えるべきか、示唆されることも度々です。

今回の記事もそうですが、hamachanが「政治学者」の代表例として山口二郎氏や後房雄氏などをしばしば挙げられるのには、若干違和感があります。

一応、政治学専攻で修士まで行った経験からすると、上記の方々は、決して「政治学者」一般を代表する人とは思えません。そもそも他の社会科学同様、「政治学」もタコツボ化しているため、誰をもってしても「政治学者」代表とは言い難い気がします。

私自身が、政治哲学・社会哲学などの規範理論を専攻していたこともあり、専攻ゆえのバイアスがかかっている可能性はありますが、具体的な政治過程へのコミットに関しては、禁欲的な立場を取る人が多いように思われます(この態度自体の問題は、別途あると思いますが・・・)。

ウェーバーを挙げるまでもありませんが、社会科学において「規範(価値)」と「実証(事実)」の関係をどのように扱うかということそのものが難問であり、その点について、慎重な語り口を採用されている「政治学者」の方が多いような気がするのですが・・・。

もちろん、hamachan自身が、ある種の「政治学者」の主張を戯画化して、その問題性を指摘することの意義を否定するものではありませんが、「政治学」にわずかながらでも意義や可能性を見出す身からすると、あえて異論を差し挟ませてもらいました。

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