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2011年7月11日 (月)

だからって理屈はねえ

もちろんわたくしは以前からヨーロッパ出羽の守よろしく「ったく日本のリベサヨは・・・」とケチをつけてきているわけですが、

だからといって、こういう理屈で正当化できるものでもないでしょう。

http://twitter.com/#!/shinichiroinaba/status/89679563172487168

>hamachan先生のいう「なんで日本のリフレ派はネオリベ臭くて社民よりじゃねえんだ?」問題は「なんで日本のリベラル左派は成長嫌いの引き締め論者ばっかりなんだ?」問題の裏返し

裏返しだから何なの?

日本のリベサヨが成長嫌いのバカサヨだから、おれたちリフレ派がネオリベ臭くて社民よりじゃねえのは当然だと?竹中平蔵の味方でどこが悪いと?

そうやって本来味方になったかも知れないまじめな人々を蹴散らして何か楽しいのかしらね?

そうやって、まっとうな西欧型社民派が頼れるのは与謝野馨氏しか居ないような状態にしたてあげた訳で。

まさにこの辺がHALTAN式僻目評論に一定の正当性を付与している訳なんだが。

(追記)

暴言日記さんによるコメント

http://blogs.yahoo.co.jp/zhang_r/29035287.html(日本のリベラル左派は成長嫌い?? )

>そうなんですか?濱口先生、権丈先生、宮本先生を「リベラル左派」とするなら、みんな「成長」は否定していないどころか、どなたも「成長は必要」とまで明確に言っていますが・・・。

>むしろ「成長」を否定しているのは、90年代の「現代思想」から現在の「思想地図」の流れにある、「文化左翼」の方々でしょう。

>そもそも、政策論的なリベラル左派を代表する人たちが、少なくとも言説上は成長否定・引き締めの立場には明らかに立っていないのに対して、リフレ派を代表する人たちは普段の言説においても「ネオリベ臭」を全く隠そうともしていません。この二者を並べて「裏返し」とされるのは、「リベラル左派」の末席にいるつもりの自分としても心外なところです

言葉の問題かも知れませんが、わたくしは自分で「リベラル左派」などと名乗ったこともないし、「リベサヨ」と紛らわしいし、だいたい「りべらる」というのは蔑称だと思っているくらいだし、ある側面ではネーション的な利益を擁護するという意味での「右翼」でもあるくらいなので、こういう整理には若干違和感はありますが、みどりっぽくない西欧型社民派という意味では、まあ大体そういうことでしょう。

(余計な追記)

ちなみに、こういうつぶやきもあったようですが

http://twitter.com/#!/WlknWtr/status/90644645847113728

>要するにこの人は大東亜共栄圏を目指しておるのかいね。/だからって理屈はねえ: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

どうして成長する福祉国家を目指す西欧型社民派が大東亜共栄圏になるのか、良く理解できないところもありますが、おそらくある種の日本型りべさよとねおりべに共通するりべらる感覚では、そういうふうにつながっているのでしょう。

実を言えば、だから、「リベラル左派」とか言われるのが嫌なんですよね。そういう特殊戦後日本的りべらる感覚のしっぽがくっついているような感じがして。

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コメント

http://ameblo.jp/jcp-s/entry-10937223512.html

伝聞で所謂報道機関のソースはないようですが
(赤旗?twitter?)

”討論のまとめで竹中氏は「日本社会は『自助・自立』が基本だ」と、「公助」を否定。「先般、小泉(純一郎)さんと食事をしたら、このこと(自助・自立)を言っていた。どんな政権、どんな時代になろうとも『自助・自立』がないと社会が成り立たない。この教育がおろそかになっている。国民は賢いから『助けてやる』と言ったら、普通は『お金ください』と言う。そうなってしまう」と暴論を展開しました”

"自助・自立が基本”
というのと
”公助の否定”はべつものですから(対偶ではない)
松下ゆたか氏のものいいは若干過剰な部分がありますが、わからないこともない

ただ
他人の子育て・母子家庭・待機児童・職業訓練・高等教育・住宅政策に
今これ以上公的支出を増やすのは真っ平ごめんだというのは
ペジョラティブにいうところの「りふれは」と
小泉竹中みんなの党信奉クラスター共通のバックコーラスですね

濱口さんは、ご自分が「リベラル左派」、要するに政治的にはリベラルで経済的には左派であるという風に呼ばれることを嫌がっておられますが、その一方で、経済的にリベラル(ネオリベラル)であって政治的には左派である「リベサヨ」に与するのもお嫌な訳ですよね。

となると、濱口さんは「ソシサヨ」という風に呼ばれてもよい訳でしょうか。つまり、経済的には社会民主主義でありかつ政治的には左翼であると。ただ、労働形態を改善して社会民主主義を実現するためには、国家官僚機構による善導がなければならないと強く思っておられるように見受けられるせいで、ソシウヨもしくは国家社会主義(state socialism)に傾きそうではないかと危ぶまれているのだと思われます。

暴走日記さんに対する濱口さんのコメントを読み落としていたので、まずいコメントを書いてしまったかもしれません。

個人的には、リベラルは蔑称であると考えるのはアメリカにおける民主党と共和党の対立の文脈ではそうかもしれませんが、ほかの場所ではどうなんだろうとふと疑問に思いました。

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