低賃金にすればするほどサービスが良くなるという思想
まあ、城繁幸氏の場合は、実のところは官民問わず賃金処遇制度の問題であると意識しながら、あえて釣りとして(はやりの時流に乗って)公務員叩きをしてみせた気配が強いのですが、
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/cfe86d13b5103d8cf8e1b72a3e754a0b(公務員の賃金をいくら引き下げても構わない理由)
http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/e3ad8b0a11acf9c195d542929f8b86d0(訂正:公務員は別に流動化しなくてもいいです)
こういう釣り記事を真っ正面から受け止めて、本気に信じてしまう(あるいはむしろその先に突き進んでしまう)人々がやはりいるわけです。
http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110520(【コラム】公務員の賃金をいくら引き下げても構わない理由 解説編)
>いわゆる土方と呼ばれる仕事を見れば分かりますが、給料安くても不正もせずに過労死ギリギリまで働いていたりします。
以前、考察したときは下記の2点で縛られているからと考えていましたが、これを経営者側の立場で考えるとなるほどと思えることがあります。
おまえの代わりはいくらでもいるんだよ。
好きでやっているんだろう。
>いくつかの病院で働いていた時、凄く不思議だったのは一番プロフェッショナルだった病院はもの凄く看護婦さんの給与が低かったことです。患者にとって何が一番心地よいかを考えて、常に改善しようと心がけていました。仕事は過酷ですから、どんどん辞めていくわけですが、それを補うために看護学校も経営してどんどん若い看護婦を補充していくわけです。若い方が給与は安いですから経営上も利点があります。
そんなところで働いているなんて可哀想かと思うとそうでもないですね。彼女らはそこでの経験が後の仕事をしていく上で、大学出の看護婦とは全然次元の違う看護が出来るようになっているはずです。
これらに共通しているのは、誇りを持っていたり、好きな仕事なのに給与安いとどうなるかということです。
自分は金のために働いている訳じゃないということを嫌が上でも自覚せざるを得なくなるわけです。
じゃあ、何のために働いているのか。
それはお客さんや患者さんに喜んで貰うためなんだという凄くシンプルな答えに行き着くわけです。
いやあ、なんというか、天然自然の何の悪意も感じられないほどのブラック企業礼賛。
ここまで来ると、いっそ清々しい。
このあとがさらにすさまじい。
>逆に給与が仕事の内容に比べて高いとどうなるでしょうか。
自分は金のために働いている。こんな楽して儲けられるのはこの仕事しかない。この仕事は手放さないようにしようと考えます。でも、こんなに手を抜いてもこれだけ貰えるなら、クビにならない程度に手を抜いておこうとなるわけです。別にクビになるわけでも、給与が減るわけでもないなら、仕事を改善する必要もなくね。変にクレームが付かないように前の人と同じようにしておこうとなるわけです。
まさにどこかで見た勤務態度でしょ。
よって、給与を下げるとどうなるか。
恐らく劇的に公共サービスは改善されるでしょう。
金やそれに付随する社会的地位のために働いていた人達はまず最初に辞めていきます。
そして、自分が誰のために働いているのか、その人達のために自分が何をすべきかを考える人達だけが残っていくでしょう。もちろん、そういう人達もどんどん辞めていくでしょう。その代わり、もっと良い行政サービスができる、したいという人達が入ってきます。要するに市場原理が働くわけです。
えっ!?それが市場原理なの???
ケインズ派であれフリードマン派であれ、およそいかなる流派の経済学説であろうが、報酬を低くすればするほど労働意欲が高まり、サービス水準が劇的に向上するなどという理論は聞いたことがありませんが。
でも、今の日本で、マスコミや政治評論の世界などで、「これこそが市場原理だ」と本人が思いこんで肩を怒らせて語られている議論というのは、実はこういうたぐいのものなのかも知れないな、と思わせられるものがあります。
労働法の知識の前に、初等経済学のイロハのイのそのまた入口の知識が必要なのかも知れません。あ~あ。
(追記または謝罪)
上述の批判は、俗流ブルジョワ経済学説に毒されたモノトリ主義的労働貴族思想のしからしむるところであったのかも知れません。
上記リンク先に昨日書き込まれたコメントは、そのような俗物思想に対し、強烈な打撃を与えるものでありました。
http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110520#c
>少年時代にマルクスの著作と出会って以来、一貫して共産主義を信奉している者です。この2010年代においてもなお、本物のコミュニストと出会えたことに感動しております。
「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」。これこそが我々共産主義同志の理想であり、本来ならば労働者の敵であるはずの資本家の側にも、我々コミュニストと同じ思想信条をお持ちの方がおられることに対して、大変驚いております。
貨幣から解放された労働、労働それ自体を目的とする労働。まさにコミュニズムの真髄です。とくに、経営者の報酬は1円で良いはず。当然、AMOKN様は有言実行しておられますよね。資本家でありながらコミュニストとしての闘いを続けておられるとは、頭の下がる思いです。
共産主義の同志に対して、「えっ!?それが市場原理なの???」とは、まことに失礼千万なものの言いようであったと深く反省しております。
ただ、わたくしはかかる崇高な理念に殉じるにはあまりにもマテリアリストでありますので、おつきあいするのは控えさせていただきたいと存じます。
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当ブログにわざわざお越しいただきありがとうございました。やはり、プロフェッショナル中のプロは違いますね。まさに貴殿の仰るとおりなのでしょう。
ところで、今の財政危機では地方公務員の人件費削減は避けられない問題です。
と同時に、硬直的な行政システムのせいで無駄が多いのも事実です。
私の10000倍以上労務法務にお詳しい貴殿なら、今の地方公務員が、今まで以上に楽しく働けて、かつ住民の行政サービスに対する満足度が上がるような抜本的な解決案をきっとお持ちのはずです。
もしかしたら、地方公務員の給与が増えた上、サービスも上がるような案すらあるかもしれません。
ぜひとも専門家の立場から、公務員改革の案を提案していただけないでしょうか?
素人の私には全く予想もつかないことですが、貴殿のそのような素晴らしい提案が何百回もRTされて、私の元に届くことを期待しています。
投稿: AMOKN | 2011年6月22日 (水) 09時36分
率直な疑問として、
>今の地方公務員が、今まで以上に楽しく働けて、かつ住民の行政サービスに対する満足度が上がるような抜本的な解決案
なぜ「楽しく働け」る必要があるのですか?
労働者は規則に準じ給与に見合った業務を提供すればいいわけですし、各種の福利厚生は労働に伴い当然に得られる権利に過ぎません。労働者にとって、業務内容が楽しいか苦しいか、福利厚生の内容に満足か否かetc.は本質的な問題とは限らないでしょう。誰もが望んだ仕事に就けるわけではありません。そもそも「楽しい仕事なら低賃金で構わない」なら、「嫌な仕事には割増賃金を支払うべき」という論も当然に成り立ちますが、AMOKNさんが前者にだけ触れて後者をなおざりにされる理由は何故ですか?
あるいは、「楽しさ」という定量化の難しい尺度を持ち込むことで、相手の反論に対し無敵の立場を確保しておこうとする小賢しい策なのか、とも思ったのですが……まあ、それはさすがに邪推が過ぎるというものでしょうね。
投稿: 鬼木 | 2011年6月22日 (水) 16時24分
わたくしも浅学非才ですので、「ところで」以降の本エントリの趣旨とは別件のご質問に対して、直ちにお答えする能力はありませんが(まあ、そもそも「今の財政危機では地方公務員の人件費削減は避けられない問題です。 と同時に、硬直的な行政システムのせいで無駄が多いのも事実です。」という事実認識について自体、労務法制への知識の如何に依らず、多くの識者から10000回ほども疑問が呈せられるやも知れませんが、それもともかく)、
「ところで」の前に「まさに貴殿の仰るとおりなのでしょう」と書かれておられるということは、上記本エントリの本文でわたくしが疑問を呈させていただいた
>報酬を低くすればするほど労働意欲が高まり、サービス水準が劇的に向上するなどという理論
については、御撤回されたという趣旨と理解して宜しいのでしょうか。
そうであれば、わたくしが本エントリを書いた趣旨は充たされておりますので、何の文句もございません。
なお、多くの皆さんが「ところで」以降の別件テーマについて本コメント欄で意見を戦わせていただくことについては、大いに歓迎いたしますので、鬼木さんも含めて、侃々諤々の議論を期待いたします。
投稿: hamachan | 2011年6月22日 (水) 19時36分
時間がとれなくて、コメント遅くなりました。
何故、仕事は楽しくないといけないのかというご質問ですが、厨二病、お花畑というそしりは甘んじて受けますが、ホームレスの1人1人に至るまで、みんなに幸せになって貰いたいというのが、私のプリンシプルであるというのが一つ。
もう一つは本人が楽しいということは、それだけやりがいがあって、クレームが少ないということでもあり、顧客の満足度も高いということです。また、売り上げもそれなりにあり、上司も満足している状態であり、楽しく働けている環境というのは、事業も上手くいっている良いバロメーターです。そのヴァイブが顧客をさらに増やす効果もあるでしょう。
嫌な仕事に関しても、それを軽減する方法はあると思います。
ということで、仕事の中には嫌々やらざるを得ない、改善の余地が全くないものがあると諦めているというのが労務の立場と考えて良いのでしょうか?
しかし、例えば、炭坑で働く人達の中には、一切作業せずに与太話や歌を歌ったりするだけの人がいたりするそうです。
その人がいることでモチベーションが上がり、鬱病になる人や、事故の頻度が下がるそうです。
恐らく仕事の後の飲みもより楽しいものになるのでしょう。それが仲間意識を高め、炭坑で働くことに自信と誇りを持たせるのだと思います。こういうほんのちょっとの一工夫で、嫌な仕事も改善することが出来ます。
どんな労働環境でもあっても、少しでもやりがいや誇りが持てるようにするのが、「労務」という仕事ではないのでしょうか?
私は全くの素人でわからないのですが、「労務」という言葉からはそういう印象を受けます。
ご質問の件ですが、私が納得したのは労務で働いている人達はそういう考え方をしているんだなという点です。
私は城さんの記事を引用して、幾つかに分けて記事を書いており、その都度TBもしています。その一連の思考実験の流れの中での折り返し地点が該当記事になります。とはいえ、言外に下記の意味は含ませていますし、実はまだ最後の答えには行き着いていなくて、現在の考えを最後に書いておきます。
http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110519
http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110520
http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110521
http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110523
http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110526
一連の記事を読めば、給与を下げれば下げるだけサービスの質が上がるというのが、言葉通りだけの趣旨でないことはわかるはずです。はっきり書いておくと、同時に従業員のやりがいも上げる方法を経営者は考えないといけないという意味です。また、社会の仕組み全体を変えることも含めて思考実験するのは悪くないと思いますし、該当記事の内容だって、最後の案を応用すると実現可能性はあります。
だから、わからない人のために「給与を下げるだけでは駄目ですよ」ともコメントを残しています。
ただある一定範囲なら、給与を下げることでサービスが上がるレンジがあるのは確かだと思います。日本の大学の医師で高い能力を持った人の給与は他の先進国に比べて、給与レベルが1/3以下ですが、その質の高さは海外の平均値は軽く越えているでしょう。海外のように保険がなければ診ないなんて事はなくて、一度抱えた患者の面倒はしっかりフォローするはずです。一方、海外並の給与を得ている日本の開業医は残念ながらそれだけの質の医療を提供できていないでしょう。元々はこの仕組みを一般化出来ないかというのが着想です。
それ以外にも公務員の一部の仕事はボランティアにして、それでいてサービスの質を上げることも決して不可能ではない思います。
そういう意味では、例えば、アメリカの都市部では3,4歳児を保育園に預けると月に10万円ほどかかりますが、田舎に行くと、教会が無料であずかってくれます。絶対に信者にならないであろう短期留学の日本人の子供であってもあずかってくれます。善し悪しはともかく新興宗教が提供するサービスもそういう仕組みですよね。でも、古い宗教がやっているものもえげつなさがないだけで仕組みとしてはほぼ同じです。
ブログでは医師や他の例を挙げていますが、
例えば、全く同じ系列で別の場所にあるコンビニのバイトを同じ大学のA君、B君がしていたとします。
A君の時給は2000円です。というのは、そこはヤンキーのたまり場でなり手がいないためです。でも、A君は空手5段なので別に怖くありません。
B君の時給は500円です。でも、B君の働いているコンビニは高級住宅地にあり、近くに女子校と女子大もあるため、サービスの質を上げてみると、お客さんから名前を覚えて貰ったりとやりがいが出てきたそうです。
A君もB君もそのバイトは辞めたくないと言います。A君はお金のため、B君はやりがいのためです。サービスがよいのはもちろんB君のコンビニです。コンビニをファミレスにすると、もう少しわかりやすいかもしれません。
最後の例はあまり良くないのかもしれませんが、こういう局所解の例はいくらでもあると思います。それをもっと一般化出来ないかなというのが一連の私のエントリーです。
但し、今考えているスキームのままではどうしても最下層の人にしわ寄せがいってしまうんです。そこをどうしたらよいかなぁというのが今の課題で、貴殿のようなスペシャリストならきっとその解答、もしくは、もっと考えもしなかった角度からの解決法を持っているんじゃないかなぁと思ったからわざわざ書き込んだわけです。
そちらはかなり有名なブログのようですし、ということはブログ主さんは恐らく普通の労務の人とは違った角度からものが見られる優秀な人なんだろうと期待したわけです。
公務員改革の話を取り上げたのは、ひとつは私の一連のエントリーが、それをひとつのテーマにしているのと、
城さんの記事を釣り記事と書いていらっしゃる、ということは、城さんの意見よりももっと建設的で生産性の高いアイデアや考え方を持っていると受け取ったからです。
公務員改革以外にどのようなアイデアをもっていらっしゃるかどうかはわかりませんでしたが、少なくとも公務員改革に関してはもっとより良いアイデアを持っていらっしゃるようだから取り上げただけです。
だから、アイデアとしては何でも構いません。
具体的にいうと、給与が下がっていく中で、サービスの質を向上させ、従業員のやりがいを上げるにはどうしたらよいかというテーマです。今の日本には必須の処方箋だと思います。
例は何でも良いんですよ。この人達業界平均より給与低いのに楽しそうに働いているなぁというのを一度も見たことないんでしょうか?
もちろん、そんなことは不可能だというのも一つの考え方でしょうし、それが労務の一般的な考え方であるというのならそれはそれで構いません。
該当記事だって、そんなの無理だ、と諦めるのは簡単です。
いや、こういう仕組みにしたら、出来るかもと考える人がいることを期待して書いていますし、私の意見に引っ張られないようにあえてあそこで止めています。また、自分自身も思考の流れの中の一つの出口として念頭に置いているわけです。
というか、現実に5%-10%減らされようとしているわけですが、その中でどうしたら、モチベーションを下げないで、かつサービスが上がる仕組みはないものかと考えないのでしょうか?
また、お金を重視する人は、給与の高い働き方をすればよいし、やりがいを重視する人はそちらを優先させればよいと考えています。
だから、公務員はオプションとして副業ができるようにすべきだと書いているわけです。
最近、話題になっていたシンクタンクなんかも、半官半民といった身分の在り方が高まれば、より実現性が高まると思います。
http://news.livedoor.com/article/detail/5608038/
http://news.livedoor.com/article/detail/5661868/
とはいえ、それが結構難しい。ある程度の年齢で給与を増やして欲しい、もしくは、給与を増やしたいと思ったときに増やせる手段がある状態にしたいのですが、その答えがまだ見つかっていません。これから全てが赤字になり、あらゆる既存分野の給与は下がっていくでしょう。その中でお金の代わりに何かが貰えたり、得られたりする労働環境が必要ですし、年齢を経たとき、必要なお金が必要でなくなるような社会環境にする必要もあるのかもしれません。
http://news.livedoor.com/article/detail/5654994/
もちろん、そもそもの物欲主義、持ち家主義的な価値観を変えるという考え方もあります。
今のところ、私が持っている考えは、複数の職業を持つという積極的ワークシェアリングによって、コストカットと共にセーフティーネットを張りつつ、解雇規制を撤廃していくというものです。
例えば、一つしか職を持っていない人を解雇してはいけないとして、でも、その職の給与は少ないから、どうしても二つ目を探す必要があるといった労働環境作りです。
そのためには一つの職業の単位を週4日とか、午前中だけといった区切り方が出来るようにならないといけません。フルで雇うと解雇出来ないので、ハーフで雇う。それに給与は安いけれど、やりがいが持てるような仕組みを付ける。正社員と派遣社員の間くらいの立場が正社員になるみたいなイメージでしょうか。健康保険は付いていて、年金は別途考えます。こうすることで、必要なときに必要なだけ雇うということがしやすくなります。暇なときは辞めて貰う、でも、職を一つしか持っていなかったら、辞めさせられないということです。
基本的に二つの職を持てるので、自分に合う職場や職業を求めて転職しやすい状態です。
公務員に関しては、業務をボランティアで手伝うことで、将来的に受けられる福祉サービスの質が上がるといった仕組みを組み合わせるのも良いかもしれません。例えば、半分失業中の間に、公務員の業務を手伝える資格を取って、短期間だけ手伝うといったやり方です。人材バンクみたいなものを作っておいて、必要に応じてコアとなる公務員が人を引っ張ってきて、短期間仕事をしてもらうといった仕組みです。
仕事のでき次第で得られるポイントが変わるようにすれば、サービスの質も上がります。
で、ここまで書いて気付いたのですが、そもそもルールを守る人に聞くのが間違っていましたね。
警察官に新しい銀行強盗の方法考えようぜとか、裁判官に法律変えようぜとか言っているようなものでした。自分がなんとアホなことをしているのかに気付きました。たとえ、アイデアがあっても、ルールを護る番人がそんなことは口に出来ないですね。大変ご迷惑おかけしました。
最後にもう一度、給与を下げれば下げるだけサービスの質が上がる方法を書いておきます。これは価値観の問題ですから、これは受け入れられないという人がいるのは当然です。また、このとおりにする必要はなくて、アイデアはいくらでも改変、応用すればよいと思います。みんなが嫌がるような仕事でも、給与を上げる以外の方法で満足度を上げることはできるはずです。
以下のオプションを用意して、それを選べば選ぶほど給与が下がるようにします。
-有給の時期を優先的に選べる。
-子供を提携する塾に無料で通わせられる(地域で一番の塾を選びます)。
-週末、会社の車を自家用車として使える。
-空いている時期の飛行機に無料で乗れる(提携する航空会社のみ)。
-治療費の全額もしくは一部負担。
-提携している病院で無条件に部長に診て貰える。
-優先的に社宅に入れる(共同で豪華なマンションを用意して、半分社宅、半分販売用にする、もしくは売れずに腐っているマンションを利用する)。
-社宅において、その日築地で仕入れた魚など厳選された食材が無料もしくは実費で配給される。
-オフシーズンの観光地、保養地に無料、もしくは低料金で宿泊出来る。
-働きたい部署や職場や勤務地を選べる。
-好きなタイムシフトを優先的に選べる(下げ幅が大きいほど優先度が上がるでも良いです)
-社宅に老後もずっと住めるようになる。
-その際、福祉サービスのランクも上がるようにする。
あとは、これらのサービスを本来払っていた給与よりも安く提供出来る仕組みを考えるだけです。原価ベースで提供出来る仕組みにすれば、十分可能だと思います。
また、このままではスケールが大きすぎるので、あとは事業規模に合わせて、満足度の高い福利サービスに変えていくことです。大事なのは、本来の給与では絶対手に入らなかった質のサービスを確保することです。
これをうまくかみ合わせることで、同じ業界の他の会社より、給与を安くしながら、従業員の満足度を上げて、サービスの質を上げることは可能でしょう。
例えば、築地に毎日買いに行くのは不可能ですが、卸の会社を経営の傘下に入れれば、余った魚を回すだけだから負担は減らせます。
私自身はこんな意見よりももっと予想もつかなかった方法を聞いてみたいんです。
そんなわけで、自分のブログの方で募集することにしました。とはいえ、このコメントを書く中で自分の考えも深まりましたので、非常に勉強になりました。お付き合いくださり誠にありがとうございました。
労働法務の番人として、これからも末永くご活躍されることを心より切に願っております。
投稿: AMOKN | 2011年6月26日 (日) 13時40分
いうまでもないことですが、
>-有給の時期を優先的に選べる。
-子供を提携する塾に無料で通わせられる(地域で一番の塾を選びます)。
-週末、会社の車を自家用車として使える。
-空いている時期の飛行機に無料で乗れる(提携する航空会社のみ)。
-治療費の全額もしくは一部負担。
-提携している病院で無条件に部長に診て貰える。
-優先的に社宅に入れる(共同で豪華なマンションを用意して、半分社宅、半分販売用にする、もしくは売れずに腐っているマンションを利用する)。
-社宅において、その日築地で仕入れた魚など厳選された食材が無料もしくは実費で配給される。
-オフシーズンの観光地、保養地に無料、もしくは低料金で宿泊出来る。
-働きたい部署や職場や勤務地を選べる。
-好きなタイムシフトを優先的に選べる(下げ幅が大きいほど優先度が上がるでも良いです)
-社宅に老後もずっと住めるようになる。
-その際、福祉サービスのランクも上がるようにする。
これらはいずれも現物給与ですね。それも金銭に換算すれば膨大な額の。
そういう莫大な現物給与を払ってキャッシュベースで「給与を下げれば下げるだけサービスの質が上がる方法を書いておきます」などと言われても、どう反応すればいいのか判断に苦しみます。
私だって、誰だって、これだけ膨大な現物給与が与えられるのであれば、それに比べれば雀の涙みたいなキャッシュ給与なんぞ気にしないでしょう。
はじめからこういう回答であるなら、そのように書いておくべきでしょう。
ただ、それでは、これが「給与を下げれば下げるだけサービスの質が上がる方法」だとまともに受け取ってくれるような人は殆ど居なくなるとは思いますが。
投稿: hamachan | 2011年6月26日 (日) 17時08分
どうやらAMOKNさんの主張は空想的社会主義者のそれに近いようですね。かつてソヴィエト連邦は、賃金水準が抑えられる代わりに労働者への福利厚生は充実していたわけですが、結果的に民衆の不満を抑えることに失敗して国家消滅の憂き目を見たのは何故なのか、一度きちんと勉強されることをお勧めします。
それと、炭鉱労働について
>一切作業せずに与太話や歌を歌ったりするだけの人がいたりする
なんて書いてしまうのは、どこで仕入れた知識かは存じませんが、事実認識の上で重大な欠落があるのでは?
かつて日本の炭鉱地帯で、労働組合が強固な結束を誇ったことは貴方もご存じでしょう。
>恐らく仕事の後の飲みもより楽しいものになるのでしょう。
炭鉱がこんなに和気藹々とした職場であれば、そもそも組合が労働争議を繰り広げる必要もなかったはずですね。空想の中で制度設計を試みる前に、実際の歴史にもう少し敬意を払うべきではありませんか?
>これをうまくかみ合わせることで、同じ業界の他の会社より、給与を安くしながら、従業員の満足度を上げて、サービスの質を上げることは可能でしょう。
私を含め一般的な労働者は「給料が上がって、余暇をそこそこ確保できれば十分」ぐらいに考えてると思いますよ(現代のブラック企業は、それすら達成できてないのですが)。
それに、そこまできめ細かいやり方で「従業員の満足度を上げる」ためのセクションを抱え込むとなると、その企業は一体どれだけの規模があれば十分か、冷静に検討なさった方がよろしいかと存じます。
投稿: 鬼木 | 2011年6月26日 (日) 20時28分
そうは言っても、公務員が憧れの職業になってしまうのは間違っていると思います。阿久根市の騒動で明らかになったのは、市職員と一般市民の圧倒的な所得格差でした。これだったら、新卒の学生は、地元に就職するならば公務員になるしか無いと思ってしまうでしょう。民間が弱いのに、公務員だけ強くなっても仕方が無いのに。
これからの人口が減る局面における日本では特に、公共事業は民需の不足を補う程度のものと位置づけるべきであり、つまり、民間の仕事より美味しかったら間違っていると思います。同じように、公務員(一般職員)採用についても、民間の求人不足を補う程度のものと位置づけるべきであり、民間平均より高待遇だったら間違っていると思います。こんなことを言うと小さな政府論者に見られるかもしれませんが。
単純に民間がブラック化したから、相対的に公務員が恵まれているように見えるだけだという意見があるかもしれませんが、だとしてもブラックを含めた民間の水準に、公務員も合わせるべきではないでしょうか。ブラックな民間企業は無いに越したことはありませんが、存在する以上、目を背けていても官民格差は縮まりません。
投稿: くまさん | 2011年6月29日 (水) 04時49分
>くまさん様
>ブラックを含めた民間の水準に、公務員も合わせるべきではないでしょうか。
まず、言葉の意味合いを考慮された方がよろしいのでは?
所謂「ブラック企業」が「ブラック」と称される所以は、各種の労働法規に照らして摘発されてもやむなしの水準だからだ、と小生は認識しております。であれば、公務員の待遇と比較してどうであれ、まず是正されるべきは「ブラック企業」の労働環境です(現行の労働法規を改正、もとい改悪するという方途もありますが)。
脱法行為に手を染めなければ利益を上げられないような無能な経営者には速やかに退場して頂くことこそが健全な労働市場の形成には欠かせない、というのは市場原理主義の立場からしても妥当な主張かと愚考致しますが、如何でしょうか。
>市職員と一般市民の圧倒的な所得格差
これは中央と地方の賃金格差に根差す問題も大きいですし、前阿久根市長側が極端な例を持ち出してフレームアップを目論んだ側面もあるかと存じます。
そもそも公務員の給与は民間の水準に連動するわけで、「民間との差が圧倒的」なのが事実だとしたら、それは民間側にめぼしい働き場所がないことにも起因します。つまり、有力な地場産業や企業を育成・誘致してこなかった過去の市政運営もその責を問われるべきではありませんか?
投稿: 鬼木 | 2011年6月29日 (水) 09時17分
>> 鬼木 さん
「ブラック企業」という表現ですが、使いやすいのでつい使ってしまいました。これは不適切でした。
公務員の賃金は民間の水準に連動するという建前があるのは知ってますが、実際は民間の平均と乖離しているというのはよく知られた話であり、検索すればいくらでもヒットします。
これはつまり公務員の賃金の算定の基準に、賃金の低い企業(ブラック企業も含まれるでしょう)を含めないような操作をしているのではないか?含まれていないならば含めるようにすべきだというのが前回の発言の趣旨です。
「公務員の賃金の一律2割カット」だなんて根拠に乏しい、センスの悪いコスト削減策ではなく、「民間の平均に合わせることを徹底する」方法ならば、皆の納得の得られつつ、コスト削減が可能だと思われます。終身雇用のインセンティブがあるぶんだけ平均より下回っても良いかもしれません。
このようにして、より正確に民間の賃金に連動出来れば、官と民の目的が合致することで、成長が促されるかもしれません。ブラックな民間企業の退出も促されるかもしれません。
>つまり、有力な地場産業や企業を育成・誘致してこなかった過去の市政運営もその責を問われるべきではありませんか?
私からすれば、いずれも「官」であり連帯責任だと思いますが。
投稿: くまさん | 2011年7月 3日 (日) 11時04分
>>くまさん
>公務員の賃金は民間の水準に連動するという建前が
>あるのは知ってますが、実際は民間の平均と乖離して
>いるというのはよく知られた話であり、
学歴等も考慮する必要があります。
一般的に、民間に行った同窓生と比較すると公務員の給与は少し低めと言われています。
投稿: Executor | 2011年7月 3日 (日) 12時17分
>くまさん様
>公務員の賃金は民間の水準に連動するという建前
>実際は民間の平均と乖離している
単に「民間」を引き合いに出されても、例えばパートタイマーや派遣・請負労働者も対象に含めるのですか? 下を見ていったらきりがありません。例えばある市の正規の職員数が500人いたとして、彼らの給与が社員数500人を抱える民間企業と同程度だとしても、私としては特に驚くには値しませんが、いかがでしょうか。
それに、パートタイマーや派遣職員を雇用する形での総人件費圧縮は、いまどきどこの自治体でも当たり前にやっています。嘘だと思うなら、ご近所の図書館や保育所に正規の市職員が何人いるか、問い合わせてご覧なさい。
>私からすれば、いずれも「官」であり連帯責任だと思いますが。
「市長」や「市議会」は選挙を通じて民主的に選ばれますから、彼らが「官」だというのは、根本的に誤った認識です。
最近では各地で話題になっている「原発の誘致」にしても、市長や市議会が方針を決めるのであって(だから選挙の争点になるのです)、市役所の職員にそんな権限が与えられていますか?
投稿: 鬼木 | 2011年7月 3日 (日) 12時24分
>くまさん さん
話題豊富だった??阿久根市の、これまた話題になった市民の平均収入200万円?でしたっけ。
その「200万円」という数字は、赤ちゃんから年金生活の高齢者まで含めた全市民の平均収入額です。
ので、4人家族なら年収800万円(世帯年収ですが)になりますよ。
夫と専業主婦と子ども2人なら、これまた単純に言えば夫の収入は800万円ですよね。単純にすればね。
そりゃ、赤ちゃんも含めた平均収入とくらべりゃ、ねぇ・・・
投稿: NSR初心者 | 2011年7月 3日 (日) 14時31分
そういえば、どこかの国の中央銀行の総裁の年収が3,000万円だかで高すぎるけしからんもっと下げろという意見を読んだことがありますな…
もっと下げればもっと熱意をもって働くのでしょうな…
投稿: 匿名希望 | 2011年9月 3日 (土) 18時40分
>>「公務員の賃金の一律2割カット」だなんて根拠に乏しい、センスの悪いコスト削減策ではなく、「民間の平均に合わせることを徹底する」方法ならば、皆の納得の得られつつ、コスト削減が可能だと思われます。
公務員と言っても色々職種があるので、一概に民間に合わせろと言っても難しいと思いますが。
投稿: ace | 2011年9月 4日 (日) 17時53分
>> ace さん
民間の水準に合わせるという建前は、ほんとうに建前以上のものではないということをおっしゃいたいのでしょうか?一律20%カット方式のほうが筋が良いということでしょうか?
それにしても、世の中難しいことだらけです。
難しいからできないとか言い出したら、消えた年金問題にしても、税と社会保障の一体改革にしても、復興増税にしても、みな、むずかしいわけで。
投稿: くまさん | 2011年9月 8日 (木) 06時46分
言い得て妙だなと思ったエントリ
若者優遇はもう終わりにしよう
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/6b2f8182078bb8802eb45e3191d4f414
投稿: Dursan | 2011年9月 8日 (木) 07時09分