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治安悪化神話と厳罰ポピュリズムを超えて

0234870 岩波書店の山本賢さんから、彼が編集を担当された浜井浩一『実証的刑事政策論 真に有効な犯罪対策へ』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0234870/top.html

刑事政策というのは法学部にありますが、刑法に対する刑事政策というのはちょうど労働法に対する社会政策に対応するようなものなので、法律家的発想とは異なるアプローチが本来必要なものなのでしょう。浜井さんは、

1960年生まれ.龍谷大学大学院法務研究科教授.専門は刑事政策,犯罪学,社会調査,統計学・犯罪心理学.早稲田大学教育学部卒業後,法務省に入省.刑務所,少年院,少年鑑別所などの矯正施設,保護観察所(保護観察官)や矯正局に勤務したほか,法務総合研究所研究官,在イタリア国連犯罪司法研究所研究員等を経て,2005年4月から現職.法務総合研究所在籍時には,犯罪白書の作成にも携わる.厚生労働省社会保障審議会専門委員,総務省「今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム」構成員などを歴任.犯罪社会学会常任理事

という、非法律学的バックグラウンドを持つ実務家出身の研究者であり、犯罪に対する実証的研究者として、治安悪化神話と厳罰ポピュリズムに疑義を呈し、本当に解決すべき問題点がどこにあるのかを的確に指摘しています。

>殺人や強盗等の凶悪犯罪が増えているわけではないのに,「治安悪化神話」と厳罰化傾向は根強い.では本当の問題は何か.増える高齢者犯罪,刑務所の過剰収容,少年非行の高年齢化…….客観的データに基づく実証的な犯罪対策,処遇現場の実情をふまえた更生のあり方を詳論し,真に必要かつ有効な刑事政策の全体像を提示する.

目次は次の通りですが、

序論
第Ⅰ部  犯罪と治安
第1章 犯罪統計は何を測っているのか――警察庁長官指示と認知件数,検挙率等の関係
第2章 日本の治安悪化神話はいかに作られたか――治安悪化の実態と背景要因
第3章 日本の治安の本当の問題はどこにあるのか――高齢者犯罪の増加
第4章 科学的に犯罪を測定することは可能か――犯罪被害調査が測定する犯罪
第Ⅱ部  刑罰と犯罪者の更生
第5章 刑務所の過剰収容はなぜ起きるのか――過剰収容の意味と刑務所処遇に与える影響
第6章 日本の司法は,誰を罰しているのか――刑務所受刑者から見た日本の刑罰
第7章-1 刑務所の中の刑務所――昼夜間独居の住人たち
第7章-2 刑務所を支える受刑者――経理夫
第8章 受刑者の社会復帰を阻んでいるものは何か――刑務所における仮釈放の実態と再犯防止に向けた改革のあり方
第9章 日本ではなぜ高齢者を罰するのか――ノルウェーから見えてくる日本の高齢者犯罪増加の原因
第10章 日本ではなぜ死刑が廃止されていないのか――死刑を議論するための前提事実
第11章 日本における厳罰化とポピュリズム――被害者支援運動,マスコミと法務・検察の役割
第Ⅲ部  少年非行と処遇
第12章 非行・逸脱における格差(貧困)問題――雇用の消失により高年齢化する少年非行
第13章 少年院か,少年刑務所か――判決後の処遇から考える少年司法厳罰化の現実と矛盾
おわりに

ここでは、序論から、浜井さんの言いたいことをよく表している部分をいくつか抜き書きしておきます。

>・・・このように評価された寛容なはずの日本社会は、20世紀末から21世紀にかけて、ブレイスウェイストが描いた寛容な社会とは似ても似つかぬ方向へと変容し始めた。

>1990年代後半に入り、警察の不祥事や暴力犯罪の認知件数の突如の増加など、多くの国民が、日本の治安が悪化したと感じ、同時に刑事司法に対する信頼を失い始めた。それに伴って世論の厳罰化傾向が顕著となってきた。・・・

>しかし、第Ⅰ部で詳細に分析するように、こうした治安の悪化は、実は、メディアが描き出した社会の姿であり、必ずしも事実に基づいたものではなかった。・・・

>しかし、統計的に見た治安とは無関係に、一般市民のみならず、裁判官、検察官、警察官、刑事法学者など刑事司法の専門家を含めた多くの人が、治安が悪化したという言説を信じ、世論の支持を受けながら、治安の悪化という前提に基づいた刑事政策(刑罰の運用)を推し進めてきた。・・・

>そして、最近の厳罰化は、「凶悪犯罪が増加するなど治安が悪化している」、「厳罰化によって治安の悪化に歯止めをかけられる」という二つの事実に基づかない前提(信仰)に基づいて推進されている。不思議なのは、マスコミや刑事法学者の多くが、この前提にほとんど疑問を持たないことである。正しくない前提(現実認識)に基づいた対策は効果を持ち得ないばかりか、大きな害(副作用)をもたらしかねない。比喩的に表現すると、中世の魔女狩りと同じである。噂や疑心暗鬼に基づいて存在しない魔女を狩り出し、気がついたら普通の人間である隣人あるいは自分自身が魔女狩りの対象になってしまうことになる。・・・

>実務家出身の犯罪学者である著者にとって、最も重要なことは、事実や現場に基づいた、有効な犯罪対策を考えるということである。・・・ある意味、ターゲットのはっきりしない厳罰化は、テロに怯える国で、市民の中に身を潜めるテロリストをめがけてミサイルで攻撃して一般市民に多数の犠牲者を出す行為に似ている。・・・

浜井さんが現場の実務者として目の当たりに見た「神話」と「現実」の落差としては、たとえば、こんなのがあります。

>治安が悪化した結果、刑務所が過剰収容になったのであれば、刑務所には、治安悪化をもたらした元凶である犯罪者が収容されているはずである。しかし、刑務所に勤務するようになってまもなく、筆者はおかしなことに気づいた。それは過剰収容によって、次々と受刑者が確定し、拘置所も刑務所も受刑者であふれかえる中で、刑務所内のいくつかの工場から「受刑者が足らないので至急補充してもらいたい。このままでは作業に支障が出てしまう」という要請が相次いだことである。そこで、改めて増加している受刑者を調べてみると、受刑者の多くは、高齢者、障害者や外国人ばかりで、普通に工場で働ける健康な受刑者は殆ど居なかった

刑事政策に限らず、政策や政治全般にわたって、神話とポピュリズムばかりが我が物顔でまかり通る現在の日本であるだけに、こういう実務家的リアリズムに満ちた知性は基調です。

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コメント

治安悪化は単なる神話というのは前々から言われていたことですが、それと「厳罰化」が共に「悪いこと」として同列で語られるのは違和感があります。

犯罪者に寛容な社会が、一体どこが素晴らしいのかが書かれていないので、なぜ厳罰化が悪いことなのかが不明です。

まさかブレイスウェイストという一人の外国人に評価されたからでしょうか?
多数の日本人より、一人の外国人の意見が素晴らしいのでしょうか?
日本人の意見は、無視されなければならないとでも言うのでしょうか?
それは人種差別とすら言えるのではないでしょうか?

投稿: ATM | 2011年6月 5日 (日) 13時23分

神話とポピュリズムという言葉は左翼にもぴったり当てはまる言葉だなと思いました。
自戒がこみ上げただ頭が垂れるばかりです。
本当に解決するべき問題を把握するためには実証的になる他ないわけで、自己に不都合な現実も含めて受容しないと問題の把握には失敗するのですね。
まずは自分自身が神話とポピュリズムから脱しないといけないとと思う今日この頃です。
貴重な記事ありがとうございました。

投稿: 赤いたぬき | 2011年6月 5日 (日) 14時13分

>ATM殿
>>治安悪化は単なる神話というのは前々から言われていたことですが、
それが分かっているのに、「厳罰化に犯罪抑止効果は認められない」ことはご存知ないので?

>>なぜ厳罰化が悪いことなのか
犯罪抑止効果が望めない以上、厳罰化には「意味がない」のです。「悪」というよりも「愚」と称すべきでしょう。
無論、愚かさも悪徳の一つに他なりませんが。

投稿: 鬼木 | 2011年6月 5日 (日) 20時31分

浜井浩一「2円で刑務所、5億で執行猶予」 (光文社新書)

これは一般向けの本として読みやすかったです。日本では刑務所の人員が少ないから受刑者に労務作業をさせて日々の運営が回るようにしているが、その結果として労務作業に生きがいを感じてしまい、出所後すぐに刑務所に戻る人が出てくる、といった指摘に考えさせられました。国債の日銀引き受け論議などが典型ですが、わかりやすいスケープゴードを攻撃して問題を解決したつもりになって、真に解決するべき問題が放置されてしまう。これもその一例なのでしょう。

投稿: dermoscopy | 2011年6月 6日 (月) 01時51分

主観的意見ですけど、「凶悪事件が増えている」とあたかも凶悪犯罪の件数が増えているかの様に煽る報道は余り見かけないですね。
ただ、加害者に対しての憎悪を増長させる報道は多いです。

厳罰化の流れにしても加害者への憎悪から来ているのではないでしょうか?

人間って他人事であっても怒りを感じる生き物ですし。

犯罪者の抑制の為の厳罰化と言うのは民衆より為政者が考えそうな理屈に思えます。

投稿: ace | 2011年6月 8日 (水) 16時12分

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