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りふれは批判、というより哀れみ@暴言日記

最近はとりわけ夏川りみファンクラブの比率が高い暴言日記さんですが、それでもりみ関連記事の合間に「りふれは」に対する批判を書き付けています。ただ、これはもう批判を通り越して、哀れみに近いですね。

http://blogs.yahoo.co.jp/zhang_r/archive/2011/06/02

>・・・リフレ派の人たちは最近追ってなかったが、竹中氏を支持するまで堕落しているとはさすがにびっくり。だって竹中氏は、超タカ派の歳出削減・緊縮財政派だぞ。・・・

>・・・政府の歳出を減らして、市場競争にみんなをぶちこんで、自己責任原則を徹底化すればおのずと社会の活力が高まる、という彼の思想は何一つ変わっていない。別にそれは竹中氏の首尾一貫した価値観だけど、リフレ派の思想はそれとは完全に真逆だったはず。・・・

>まあ、どうでもいいんだけどね。この人たちは、どうやら最初っから貧困問題なんかに全く興味なかったようだし。貧困や雇用に興味があるなら、もう少しその手の本を読んで勉強してこいよ。手が伸びないってことは要は興味がないってことだろ。・・・

>リフレ派の重鎮たちが『正論』で座談会を組んでいたが、自分も心情右翼なので別に構わないんだけど、反民主党という括りがないとメディアから相手にされないというのは、さすがにもう批判する気が失せたなあ。「若い奴はだらしがねえ!」とか「政府に頼るなんて甘えてんじゃねえ!」みたいな、リフレ派とは不倶戴天のはずの高齢世代オヤジが主要読者の雑誌で、単に「反民主党政権」という括りのみで、こういう座談会で組まれるという時点で、かなり詰んでいる感じがする。自分が言うのもなんだが(本当に 冷汗)、もっと頑張ってほしい

特に付け加えるべきことはありませんが、それにしても反りふれは論者に「もっと頑張ってほしい」と言われるまでになったというのは、「りふれは」の皆さまとしてはとりあえず素直に慶賀すべきことではありますまいか。

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コメント

http://d.hatena.ne.jp/koheko/20110606/p1

途中まで接客業@日本のブラック領域への転落の容易さについてかかれているかと思いながら読んでいたのですが

”2つめ,所詮ネットに限った話だけど,ネット上で有名な経済学者たちが不思議なほど自分の性格の悪さのようなものを隠そうとしないということ。むしろそれをアイデンティティとしている節すらある。自分の意見と違う相手を口汚く罵り,twitterなどでわざわざ誰かが不愉快に思うような話を書いて,「経済学的にはこれが正しい」とのたまう。”

わかる人にはわかるがコップの中のできごとには興味のない人には全くわからない話が出てきてちょっとびっくりしました

投稿: 匿名希望 | 2011年6月 7日 (火) 10時59分

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