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今後の労使関係のあり方を考える

去る4月15日に広島県労働協会(ここはちゃんと政労使が労働問題を考えていくための組織を維持し続けているのですね)に呼ばれて喋った中身が、同協会の機関誌『NETWORK』2011年6月号に掲載されました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/hiroshima.html

内容は大体、

【日本型雇用システムの構造】
【日本型雇用システムにおける統合と排除】
【日本型雇用システムとセーフティーネット】
【日本型雇用システムと生活保障システム】
【日本型雇用システムと教育訓練システム】
【ジョブ型正社員の構想】
【集団的労使関係を通じた解決の道】

という流れですが、最後のところはやや議論を呼ぶところでもあるので、こちらに引用しておきます。

>私はここ10年ぐらいの日本の非正規問題の議論のされ方に,ある種の偏りがあるのではないかという気がしています。つまり,問題を個別雇用関係の問題としてのみ議論しています。
 実は非正規の問題だけではなくて,日本における労働問題の議論のされ方は,昔は,個別的な問題であっても,それを集団的な枠組みの中で議論し,一定の解決を図っていくというのが,一つの柱でした。しかし最近,逆のバイアスが出てきて,非正規問題と集団的労使関係を併せて議論するやり方が非常に偏りを持ってしまったように思われます。マスコミが一番典型的ですが,非正規を集団的な枠組みでするというのは,コミュニティユニオンが問題を提起して,問題を解決する道であるという感覚が非常に強くなっているのです。
 しかし,集団的労使関係法制の筋から言うと,基本的には職場でその人たちを組織して,そして,職場レベルのいろいろな労働条件や問題を解決していくというのが本来の在り方のはずです。
しかし,日本で非正規問題を取り扱っているコミュニティユニオンのやっていることは,問題が起こってから解決するためのもので,予め防ぐ仕組みではないのです。なぜかというと,そもそも日本の企業別組合は,基本的に正社員組合であって,多くの場合に規約の中に非正規は入れないとはっきり書いています。書いていなくても,入れないのがごく普通で,だから非正規をめぐる問題があっても,組合の中で解決する回路がなく,問題が起きてから企業外のユニオンに駆け込んでいくしかない。そこで初めて組合員になって,その組合員であることを盾にとって団体交渉を要求する。形式的には集団的労使関係の枠組みで物事をやっていますが,これは本来の集団的労使関係の仕組みというよりは,個別雇用関係の問題を解決する一種のNGO的な役割だろうと思います。
 やはり,職場に根ざした集団的な労働者の枠組みの中に,この非正規の問題をきちんと取り込んでいって,そのなかでいろいろな問題を解決していくという方向性を考えるべきではないでしょうか。 
そこで,職場レベルの従業員代表システムをどう考えるのかというのが,1990年代から大きな議論になっています。
労働組合は本来,憲法上からしても,自発的な結社です。しかし,それで排除されている人たちをきちんとなんらかの仕組みで取り込んでいく必要があるのであれば,それは公的な従業員代表制を作っていくしかないだろうという話に当然なります。
しかしこれを本当にやると,日本の企業別組合にとっては,致命的なことになりえます。日本の企業別組合の日常活動の大部分は,事業場内の従業員代表がやっているような仕事を組合費でやっているわけです。事業場の従業員代表組織的な役目を果たしている企業別組合とは別に,公的な従業員代表制を作ってしまうと,労働者からすると,わざわざ組合費を払う理由は,あまりなくなってしまうでしょう。
 結局,憲法上は自発的な結社であるはずの労働組合が,同時にその職場で働くすべての労働者を代表すべき公的な役割を担うのだと位置づけていくしかないのではないかと思っています。これは,当然のことながら,労働組合法のいろいろな規定を変えていく必要が生じます。
ただ,この考え方に対しては、いろいろなところで,論理的に破綻していると言われます。私もそう思っています。しかし,今の日本の職場の置かれた状況は,そういう論理的に破綻したことをやらないといけない,どうしようもない状況になってしまっているのではないでしょうか。
 一方で,今まで企業の外側で,ある種の受け皿として,それぞれ各々で起きている問題を,請負人型で解決してきたコミュニティユニオンは,むしろ,社会的なNGO機能に着目して,公的に位置づけていったほうがいいのではないかと思っています。
 今日の私からの問題提起的なお話については,以上です。

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コメント

コミュニティユニオンのなかには、個別紛争的なものに取り組むかたわら、職場内の組織化に積極的に取り組んでいるところもあるので、あまりNGO的なものにするのは馴染まないと思います。

投稿: 日之人 | 2011年7月 1日 (金) 08時19分

相当程度言葉の問題でもあるのですが、コミュニティユニオンの源流である合同労組は、50年代に中小企業の組織化を目的に作られたものなので、もともとそういう問題意識はあるのです。
ただ、あえて合同労組ではなくコミュニティユニオンと称しているところは、むしろ紛争解決のための民間非営利機関に徹してきているように思われます。このあたりは、当事者の中にもいろいろと意見のあるところでしょうが。

投稿: hamachan | 2011年7月 1日 (金) 09時05分

横文字でカッコつけてるだけだと思ってました(笑)

いずれにしても、おっしゃるとおり地道に組合づくりしているだけではダメだとは思います。
「公的な従業員代表制」は…、よくわからないです。すみません…。

投稿: 日之人 | 2011年7月 2日 (土) 02時10分

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