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2011年6月

2011年6月30日 (木)

メンタルヘルス逆転の発想

201107 『ビジネス・レーバー・トレンド』7月号は「職場のメンタルヘルス対策」が特集ですが、一番眼が醒めるような思いをしたのは、岡山大学大学院・高尾総司医師の「メンタルヘルス不調にどう対応すべきか―産業医や企業の先進的な取り組み事例―業務遂行レベルに着目した対応」というインタビュー記事でした。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/index.html

>高尾医師は「メンタルが悪いか否か」と「仕事が出来ているか否か」の二つの問題を混同してきたことがメンタルヘルス対応を難しくさせていると言い切る。

>そこでこれを、①業務が出来ているか否かを上司城氏が判断する。②出来ていない場合、それが健康上の問題に起因するか否かを本人と家族、主治医が決定する。③就業を継続するか否か(配慮を付けるか)を人事と産業医が判断する、といった一方通行型の意思決定システムに切り替える。

>要するに、これまでの対応はメンタルにフォーカスが当たっていて、本人はメンタルに注意すること、上司はメンタルに注意すること、そして人事はメンタルを悪くしないようにするにはどうしたらよいかという労務管理に注力してしまい、業務遂行の観点は抜け落ちていた。それをこれからは業務遂行レベルにフォーカスさせることで、本人は就業規則の範囲内で仕事を勘張る(周囲にメンタルということを意識させない)こと、上司は業務上の指導に専念すること、人事は配慮が「特別扱い」になっていないかを冷静に検証し、(本人希望に左右されない)会社としての客観的決定を行うことにシフトすることになる

詳しくは是非『BLT』でお読みいただきたいのですが、確かにメンタルヘルスだからと医療職主導にすることでかえってうまくいかなくなるという事態はあちこちに見られるようです。

次の言い方は大変冷酷なように聞こえますが、ここを甘くすることが結局事態を悪化させ、本人も周囲も被害者意識にまみれるという状況を招く原因なのかも知れません。

>仕事が出来ている人が病気をカミングアウトするメリットはほとんど無い。逆に、仕事の出来ない人は病気の診断書を書いてもらうことで休めるし仕事が出来ないことをこれ以上責められないメリットがある。こう考えると、医療職が後者のような人にいいように使われることで、、まじめにやっている人が馬鹿を見ることにもつながる。医療職にとって命は平等だから、仕事が出来るか否かの区別はない。スタープレーヤーとお荷物社員の比較も出来ないから、医療職主導で職場はうまくいかない。医療職が出来るのは病気を治すことだけ。仕事に関しては労務管理の分野で上司がやるべきことだ

確かに、個別労働紛争のメンタルヘルス事案をじっくり読んでいくと、高尾医師の言うことが思い当たるようなケースが結構見当たります。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2011/0133.htm(個別労働関係紛争処理事案の内容分析II―非解雇型雇用終了、メンタルヘルス、配置転換・在籍出向、試用期間及び労働者に対する損害賠償請求事案―)

(追記)

もうすこし高尾医師の言葉を引用しておきます。さまざまな意味で考えさせる内容がいっぱい詰まっています。

>「今は頑張っても必ずしも報われるとは限らない時代。だったら『楽して得しよう』といったずるい考え方ではないにしても、目一杯頑張ることが頑張らない人のためになってしまうならば、自分の頑張りもセーブしようと考えてしまうのはやむを得ない。・・・今まではこの問題を密室にしすぎていた。それを関係者で共有して約束事を明確にしてみんなが納得して働くようにする。

>これは非正規社員にも応用できる。今は派遣や契約社員がメンタルヘルス不調になると、契約期間の満了などで退職し、同じ会社で再度就業することはほとんどないと言ってもいいが、『仕事の出来』で見ることによって、『有能なら一度辞めて、また戻ってもらえばいい』となる。メンタルの問題として扱うと、一旦レッテルを貼られたら最後、正社員は干されることになり、非正規社員は契約を切られる。でも、仕事が出来る期間だけ働くことになれば、正規・非正規の区別はなくなる

確かにそうで、非正規の場合、メンタルは即雇止めです。ジョブ型とメンバーシップ型という話にもつながりますね。

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金子良事 on 菅山『就社社会』

大原社研雑誌7月号に、金子良事さんが菅山真次さんの『「就社」社会の誕生』の書評を書かれています。そういえば、金子さん、今は大原社研に席を置いているんですね。

>日本労働史の通史としては兵藤つとむ『日本における労資関係の展開』以来の名著であり、評者の個人的意見を言えば、この分野で今まで書かれたものの中で文句ナンバーワンである

という評語は、わたくしも同感で、決して口先のフラッタリーではありません。

ただ、金子さんの書評の中に、いささかよく分からないところもあり、それをいくつかメモ書き程度に。

金子さんによれば、著者の研究は東大社研・経済学部の労働問題研究と、教育学部の教育社会学と比較制度分析の手法を総合的に取り込んだ・・・とあるのですが、前2者はわかるのですが、最後の点がよく分かりませんでした。同友会の企業民主化論の研究が、岡崎哲二さんの同友会研究から来ているのは分かるのですが、それは手法的に何か違うのでしょうか。私にはあまりにもすっと何の抵抗もなく読めすぎたもので、そこの趣旨がよく分かりませんでした。

あと、孫田良平さんを高く評価するのもまったく同感なのですが(直接そういうことを喋った記憶もありますが)、それはやはりあくまでも金子美雄氏や孫田さんがその中にいた労働行政についてのセンスについてであって、国家総動員体制期の全体的な社会思想とその中における企業のあり方論などについては、またちょっと違うのではないかという気もします。いや、そこのあたりは私自身勉強不足で良く分かっていないのですけど。

あと、50年代から60年代に通産も経企庁も大蔵も、中央省庁の役人たちがケインズを熱心に読んでいて、完全雇用政策が志向されていたなどというのは、時代からすればあまりにも当たり前なのですが、それと大河内一男や藤林敬三の流れというのはちょっと違うような。そちらと密接につながっていたのは中央省庁といっても社会政策を担当するやや局所的な部分だったのではないかと思います。そういうのをひっくるめてたとえば所得倍増計画などに流れ込んでいるというのはその通りなんですけど、当時の通産省が(今の経産省も)社会政策を熱心に読んでいたとも思えませんが。

6542 (参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-b3b7.html(菅山真次『「就社」社会の誕生』)

>「就社」社会というのは、「就職」社会ではなく、という意味ですね。特定の職(ジョブ)に「就」くことをめざす就職じゃなく、特定の会「社」の一員(メンバー)になることを目的とする社会。

まさに、メンバーシップ型労働社会のあり方の根源に切り込んだ研究書です

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今後の労使関係のあり方を考える

去る4月15日に広島県労働協会(ここはちゃんと政労使が労働問題を考えていくための組織を維持し続けているのですね)に呼ばれて喋った中身が、同協会の機関誌『NETWORK』2011年6月号に掲載されました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/hiroshima.html

内容は大体、

【日本型雇用システムの構造】
【日本型雇用システムにおける統合と排除】
【日本型雇用システムとセーフティーネット】
【日本型雇用システムと生活保障システム】
【日本型雇用システムと教育訓練システム】
【ジョブ型正社員の構想】
【集団的労使関係を通じた解決の道】

という流れですが、最後のところはやや議論を呼ぶところでもあるので、こちらに引用しておきます。

>私はここ10年ぐらいの日本の非正規問題の議論のされ方に,ある種の偏りがあるのではないかという気がしています。つまり,問題を個別雇用関係の問題としてのみ議論しています。
 実は非正規の問題だけではなくて,日本における労働問題の議論のされ方は,昔は,個別的な問題であっても,それを集団的な枠組みの中で議論し,一定の解決を図っていくというのが,一つの柱でした。しかし最近,逆のバイアスが出てきて,非正規問題と集団的労使関係を併せて議論するやり方が非常に偏りを持ってしまったように思われます。マスコミが一番典型的ですが,非正規を集団的な枠組みでするというのは,コミュニティユニオンが問題を提起して,問題を解決する道であるという感覚が非常に強くなっているのです。
 しかし,集団的労使関係法制の筋から言うと,基本的には職場でその人たちを組織して,そして,職場レベルのいろいろな労働条件や問題を解決していくというのが本来の在り方のはずです。
しかし,日本で非正規問題を取り扱っているコミュニティユニオンのやっていることは,問題が起こってから解決するためのもので,予め防ぐ仕組みではないのです。なぜかというと,そもそも日本の企業別組合は,基本的に正社員組合であって,多くの場合に規約の中に非正規は入れないとはっきり書いています。書いていなくても,入れないのがごく普通で,だから非正規をめぐる問題があっても,組合の中で解決する回路がなく,問題が起きてから企業外のユニオンに駆け込んでいくしかない。そこで初めて組合員になって,その組合員であることを盾にとって団体交渉を要求する。形式的には集団的労使関係の枠組みで物事をやっていますが,これは本来の集団的労使関係の仕組みというよりは,個別雇用関係の問題を解決する一種のNGO的な役割だろうと思います。
 やはり,職場に根ざした集団的な労働者の枠組みの中に,この非正規の問題をきちんと取り込んでいって,そのなかでいろいろな問題を解決していくという方向性を考えるべきではないでしょうか。 
そこで,職場レベルの従業員代表システムをどう考えるのかというのが,1990年代から大きな議論になっています。
労働組合は本来,憲法上からしても,自発的な結社です。しかし,それで排除されている人たちをきちんとなんらかの仕組みで取り込んでいく必要があるのであれば,それは公的な従業員代表制を作っていくしかないだろうという話に当然なります。
しかしこれを本当にやると,日本の企業別組合にとっては,致命的なことになりえます。日本の企業別組合の日常活動の大部分は,事業場内の従業員代表がやっているような仕事を組合費でやっているわけです。事業場の従業員代表組織的な役目を果たしている企業別組合とは別に,公的な従業員代表制を作ってしまうと,労働者からすると,わざわざ組合費を払う理由は,あまりなくなってしまうでしょう。
 結局,憲法上は自発的な結社であるはずの労働組合が,同時にその職場で働くすべての労働者を代表すべき公的な役割を担うのだと位置づけていくしかないのではないかと思っています。これは,当然のことながら,労働組合法のいろいろな規定を変えていく必要が生じます。
ただ,この考え方に対しては、いろいろなところで,論理的に破綻していると言われます。私もそう思っています。しかし,今の日本の職場の置かれた状況は,そういう論理的に破綻したことをやらないといけない,どうしようもない状況になってしまっているのではないでしょうか。
 一方で,今まで企業の外側で,ある種の受け皿として,それぞれ各々で起きている問題を,請負人型で解決してきたコミュニティユニオンは,むしろ,社会的なNGO機能に着目して,公的に位置づけていったほうがいいのではないかと思っています。
 今日の私からの問題提起的なお話については,以上です。

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独裁の相殺

島本秋さんのつぶやき:

http://twitter.com/#!/sankakutyuu/status/86201711823298560

>資本主義の国では企業が独裁で、社会主義の国では国が独裁で、なんでそうなるかと言うと、企業の独裁を殺すためには国の権力という仕掛けが必要だった。となると企業経営者が政治に関わるのは基本的に間違いだと思う

ちょっと、言い方が荒いけど、おおむねそんなところ。正確に言えば、企業の独裁にならないようにいろいろと仕組みを入れてきているわけですが。

国の独裁にならないように企業の権力をそこそこ強く保っておかないといけないし、企業の独裁にならないように国の権力もそこそこ強く保っておかないといけない。

どっちかの独裁にならないようにするためには、つまりどっちもそこそこ強くてそこそこ弱い程度にするために一番大事なことは、国の権力と企業の権力を引き離して、お互いに睨み合いながら、無茶な権力を振るえない程度にしておくこと。

逆にいうと、一番恐ろしいのは国の権力と企業の権力がくっついちゃうこと。問題が生じているのは、大体そういう分野。

そういう風にものごとを腑分けして考えられない人々が、味噌も糞も一緒にして議論をしたがるわけですが。

(こういう議論をする際、権力がなくても社会が成り立つかのようなアナルコなんたらな思想は大体において有害無益です)

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中身がないのにレトリックだけで商売してる文学部

実を言うと、このこと自体には半分くらい賛成なんですが・・・、

http://twitter.com/#!/ikedanob/status/86091955355914240

>今回の反原発騒動で馬脚を現したのは、柄谷行人とか宮台真司とか大澤真幸とか、結構いた。中身がないのにレトリックだけで商売してる文学部って最悪だね。

今回の騒動で、肝心の知識がないと自認しながらレトリックだけで勝負して馬脚を現していた(文学部じゃない)人物もいたような・・・。

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2011年6月29日 (水)

職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議

本日の労働法政策の受講者にはお話ししましたが、厚労省のHPに、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の案内がアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001hb10.html

>職場のいじめ・嫌がらせ問題については、近年、都道府県労働局や労働基準監督署等への相談が増加を続けるなど、社会的な問題として顕在化してきているところです。
 当該問題の防止・解決に向けた環境整備(労使を含めた国民的な気運の醸成)を図るため、「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」を、下記のとおり、開催いたしますのでお知らせいたします

参集者名簿はこちらです。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001h6fg-att/2r9852000001h6gv.pdf

職場のいじめ・嫌がらせについては、JILPTでやっている個別労働紛争の研究でも大きな割合を占めており、問題意識は高まってきている中で、なかなか政策的なとっかかりが難しい状況だったわけですが、こうして円卓会議という形での取り組みが始まることになりました。

今後の動きを注目してみていきたいと思います。

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越川求さんの「七・三体制」論

昨日のわたくしの疑問に対し、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-d725.html(富山7・3教育は「ひずみ」だったのか?)

報告者の越川求さんが、田中萬年さんにメールで返事を送られたとのことです。

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20110629/1309298340(富山7・3教育は「ひずみ」だったのか?)

>・・・その疑問に越川さんが私宛にメールで記して下さいましたので、下記に転載したいと思います。

以下に、それを再転載させていただきます。

>>「七・三体制」とは、高校の職業科と普通科の入学定員の割合を七対三に、第二次富山県総合教育計画で作成した行政計画(数値化されていた)のことをいう。1961年計画で1970年計画完了であったが、1968年69年にかけ、保護者や子ども要請が普通科の割合の拡大に転換したことにより、県民運動が大きく盛り上がり、国会でも問題になった。知事選などの政治の論争にもなった。見直し派の知事が当選し、職業科の拡大はストップし全国と同じ状況に方向転換した。

私の見解は、

  第2次教育計画は、中学卒業者の急増対策として、作成されている。「第二次計画は高校急増対策であるが、その中で、前述の理論の具体化を図るため、科学的文盲の排除と相俟って、高校職業科の増設が策定されたのである」ともいわれ、 職業科においては、現場実習や課題性のあるプロジェクト方式の学習が産業性を付与をした教育として実現しやすい条件があった。そのため、産業性を付与した教育は、普通科でも職業科でも行うことをめざし、職業科の充実した設備や人的有利さから産業性の付与のための教育を推進するためには、職業科の割合を増やしていこうとするものであった。第2次教育計画について、「富山県の産業計画との関係で職業科と普通科の比率を七:三にするいわゆる七・三体制の構想は、文部省によって推奨されたものであった」という説もあるが、文部省の計画は、五:五であり、富山県の計画は、県の財政負担を覚悟した県独自の主体的なものであった。問題を激しくしたのは、中学校における進路指導が、観察指導の強化で学力をあげることより、進路の強引な振り分けがあったように思う。矢口が退任した(1965)のあとの国研では、フランスから輸入学問の観察・進路振り分け指導が富山県当局で盛んに実施されていく痕跡もみられる。

 七・三体制が問題となったことにより、地域の独自性(工業地区であれば工業科の割合が多く、農業地域であれば農業科の割合が多くて当然である。更に、後期中等教育だけでなく、高等教育も地域ごとに後期中等教育と連結して計画されるべきである)は潰され、全国に画一的な計画が押しつけられていく。このことにより、地域の生活は崩壊し、地域の産業を停滞させることの最終決着の象徴となった。国民の普通科志向の拡大は、高度経済成長で豊かになった経済基盤を背景に、高等教育や高学歴への志向から生まれていった。民衆の中等教育拡大要求が達成されてきたとき、民衆は、職業教育を実業教育として、低く見るのではなく、働くことと結びついた職業的意義のある後期中等教育と高等教育、さらには、リカレント教育を要求すべきでななかったかと考えている。

田中先生へ お問い合わせについて、思うままかかせていだだきました。お伝えいただければありがたいと思います。

ありがとうございます。

このあたりの詳しいいきさつについて、是非何らかの形でまとめていただいて、公表していただくと、多くの人々にとって大変有用なのではないかと思うところです。

また、その後の富山について、単に「全国に画一的な計画が押しつけられていく」というだけなのか、この思想がまた別の形で現代まで脈々と息づいている側面はないのだろうか、といった感想も持ちました。

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2011年6月28日 (火)

第1回東電福島第一原発作業員の長期健康管理に関する検討会

昨日、第1回東電福島第一原発作業員の長期健康管理に関する検討会が開かれ、その資料がアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001h1bq.html

とりあえず、興味深かったデータは、

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001h1bq-att/2r9852000001h1ds.pdf(緊急作業従事者の放射線量管理及び健康管理の概要)

に載っているこの表です。

何遍も言いますが、電離則では、本来の被曝限度は「5年間で100mSv」「1年間で50mSv」なのであって、既に3月以来の正味3か月の作業だけで、1年分の被曝限度を超えちゃっている人が412人、5年分の被曝限度を超えちゃっている人が124人に上ってしまっているわけですね。

Data

あと、とりわけ協力企業の労働者の場合、どこまできちんと測定されているかという問題もありそうですし。

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富山7・3教育は「ひずみ」だったのか?

田中萬年さんのブログに、エルゴナジー研究会の紹介として、

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20110625/1309001413

>第3報告 「富山県総合教育計画の職業的意義とその歴史的考察」越川 求

について、

>越川さんの報告は、是までの富山の教育計画が正しく意味づけられず「通俗的な理解」に終わっていることを、「勤労青年の働きながら学べるシステムを、県独自に行政と企業がつくりあげ、国に認めさせた先進性は評価すべきものである。」との立場から、経過の解明と整理を行ったものである

と述べ、

その資料がこちらにアップされているのですが、

http://www.jssvte.org/kanto/meeting/20110625/2011062531.pdf

もしかしたら「通俗的な理解」の中に含まれているのかも知れないのですが、私が興味があるのは世間的には極悪非道の象徴のように非難されてきたいわゆる「7・3教育」との関係はどうなっていたのだろうか、ということです。「7・3」というのは、職業高校が7,普通科高校が3という割合を維持していこうとする政策です。

『七・三教育のひずみ』などという本まで出たくらいで、60年代から70年代にかけての頃には、普通科に行きたいと願う子どもたちや親たちの願いを無慈悲に踏みにじり、多くの子どもたちを職業科などという下賤な学校に追いやる教育政策として批判の的になっていまし。当時、「7・3」を口を極めて非難していたのは、教職員組合や労組、社会党、PTA、「母親の会」などで、これを受けて富山新聞社は大キャンペーンを行い、それが上記の本になったわけですが。

初めに付けられている年表みたいなものには「七・三体制」という文字もあるので、当然密接なつながりもあると思うのですが、このあたりをどなたかわかりやすく解きほぐしていただけるとありがたいと思います。

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OECD『PISAから見る、できる国・頑張る国』

92375 明石書店より、OECD編『PISAから見る、できる国・頑張る国』をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.akashi.co.jp/book/b92375.html

>PISA調査でトップクラスの成績を収めている国々、そして急速に改善を見せている国々の教育システムについて、その成功の要因を詳細に分析し、「頂点を目指す競争」事業を推進するアメリカの教育改革への教訓を軸に、優れた実践から得られる教訓を明らかにする

目次は、下記の通りで、

第1章 はじめに:教育システムの分析とPISA調査
第2章 PISA調査の結果から見たアメリカの教育
第3章 カナダ・オンタリオ州:多様性社会における高学力支援改革
第4章 上海と香港:中国の教育改革における2つの特徴的事例
第5章 フィンランド:一貫した高成績への緩やかで安定した改革
第6章 日本:持続的な優秀さの物語
第7章 シンガポール:強靱なパフォーマンスを導いた急速な改革
第8章 ブラジル:大規模な連邦システムに見る有望な取り組み
第9章 ドイツ:国際的な劣位の経験から国を挙げた強力な改革の推進
第10章 イギリスとポーランドに見る教育改革
第11章 アメリカへの教訓
附章 韓国(PISA2009年調査のカントリーノートより)

第6章が日本の解説です。

この章の冒頭の文章が、くすぐったくなるくらい日本を褒めていて、しかもその褒める切り口が、日本で悪口を言われている点に焦点が合っているというところなどは、なかなか皮肉な読み方もできるところがあります。

>国際的な教育の比較調査が始まって以来、日本は、国際的順位のトップか、その近くに居続けている。本章では、日本がこの一貫した地位をどのように達成したのか、他の国は日本の経験から何を学べるのかを探る。日本の教育システムは、子どもへの深い関与を基礎にしており、それは具体的で、永続的な試みである。また、日本の成功は、第一級の教師、家庭での子どもに対する家族の最高のサポート、人的及び財政的資源を教授に集中させたこと、生徒が難しい科目を履修し、学校で懸命に勉強するように教育制度が与える強い動機付けに起因すると考えられる。日本における学校カリキュラムは、深い概念的理解を育てるという明確な目的があり、非常に理路整然としており、注意深く主要なテーマに特化している。そのアカデミックなプログラムは、論理的な流れに従い、認知的課題の非常に高いレベルに設定されている。カリキュラムは全国にわたって適用されるが、日本の教員はその応用において顕著な自律性を有している。そのアプローチのすべては、能力ではなく努力が生徒の達成度を説明するという共有された信念によって支えられている。学校においては、能力による振り分けが存在せず、クラスは不均一で、生徒は成績によって留年したり、進級したりすることがない。そのシステムには、両親や同僚などに対して内在的なアカウンタビリティが存在している。入学試験が日本の高等教育へ進むために極めて重要である一方で、学校における教員のアカウンタビリティに関しては、興味深いことに、生徒の評価に基づいていない。これらは、他の多くの要素とともに、世界で最も教育され、最も生産性の高い労働力を生み出すことに結びついている

だから日本はダメなんだ、と評論家諸氏が口々に言ってきたことが、OECDの国際比較の目からは、だから日本のやり方はうまくいっているんだ、という根拠になるというというあたりが、たまらなく皮肉です。

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そうだよね!と共感できる、同じ視点のコメント

4062170744 古賀茂明氏の著書について、先日のエントリに「ようやく同じ視点のコメントが・・・」という共感の声が届きました。

http://pu-u-san.at.webry.info/201106/article_94.html

>「改革派官僚」古賀茂明氏については、新たな動きが大きく報じられているけれど、各方面の論客の皆様からも、やはり、いろいろな発信が。

池田信夫さん・・・もなかなか興味深い。「なるほど」と、説得力を感じるのです。

当然のことながら、改革の同志とも言える高橋洋一さんも大いに発信。・・・

でも、かもちゃん自身は、ベストセラーになっている「日本中枢の崩壊」の中身について、かなり違和感を感じていて、・・・それと同じようなことを誰も指摘しないのは、自分の感覚がずれているのかなぁ、と思っていたのでした。

そうしたら、hamachanブログが・・・
そうだよね!と共感できる、同じ視点のコメントをようやく見つけた

わたくしからも、共感できるコメントです。

>結局、古賀さんたち「改革派官僚」なる方々の視野に入っている「公務員」とは、どこまでなのでしょうか。
被災地の現場で連日苦闘しておられる公務員の方々については、どのようにお考えなのでしょうか

考えてなんか、いないのでしょう。

古賀茂明氏にしろ、池田信夫氏にしろ、高橋洋一氏にしろ、こういう「改革」芝居型の人々の頭の中にある公務員改革というのは、霞ヶ関村の中の権力争いで、どういう人々が権力を握るかどうかということでしかないように思われます。

現に今、被災地の現場で日々苦闘している多くの正規、非正規の公務員たちのことなんぞ、これっぽっちも頭にはないのでしょう。

そして、もうひとつ、こういう「構造改革」派の人々が、古賀氏が自らの著書であっけらかんと証言している独禁法改正の裏取引に対して何も言わないのは、自分たちが考える「正義」を実現するためなら、どんな手口でも許されると考えているからではないかという気もします。

古賀氏の正体を知るためにも、池田氏や高橋氏の賞賛で読んだ気にならずに、ちゃんと自分でこの本を買って、じっくり読んでみることをお薦めします。それで古賀氏のやり口に感動したというなら、それはそれでけっこうですから。

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2011年6月27日 (月)

鶴・樋口・水町編『非正規雇用改革』

05608 経済産業研究所(RIETI)より、『非正規雇用改革-日本の働き方をいかに変えるか』(日本評論社)をお送りいただきました。

http://www.nippyo.co.jp/book/5608.html

このシリーズも、『労働市場制度改革』『労働時間改革』に続いて3冊目です。大変共感を持って読める論文と、それほどでもないものとが、ほどよく混ざり合っている雰囲気も、好ましいところです。3法則氏がいた頃に比べると、大変いい研究をしていると言えるのではないでしょうか。軽口はほどほどにして、

>派遣労働が問題なのではない。
非正規雇用に共通する有期労働契約とそれに付随する雇用不安定、待遇格差を直視せよ。
次世代にとって希望の持てる日本を切り開くためにも非正規雇用改革にまったなし。

という帯の文句は、まさに共感できる台詞です。

全体の構成は以下の通りですが、

第1章 非正規雇用問題解決のための鳥瞰図-有期雇用改革に向けて/鶴光太郎

第2章 派遣労働者の生活と就業-RIETIアンケート調査から
/大竹文雄・奥平寛子・久米功一・鶴光太郎

第3章 非正規労働者はなぜ増えたか/浅野博勝・伊藤高弘・川口大司

第4章 非正規労働者の希望と現実-不本意型非正規雇用の実態/山本勲

第5章 人々はいつ働いているか?-深夜化と正規・非正規雇用の関係
/黒田祥子・山本勲

第6章 派遣労働者に関する行動経済学的分析/大竹文雄

第7章 派遣労働は正規雇用への踏み石か、それとも不安定雇用の入り口か
/奥平寛子・大竹文雄・久米功一・鶴 光太郎

第8章 貧困と就業ーワーキングプア解消に向けた有効策の検討
/樋口美雄・石井加代子・佐藤一磨

第9章 「多様な正社員」と非正規雇用/守島基博

第10章 規制強化に向けた動きと直視すべき現実/小嶌典明

第11章「同一労働同一賃金」は幻想か?
―正規・非正規労働者間の格差是正のための法原則のあり方/水町勇一郎

第12章 有期労働契約法制の立法課題/島田陽一

最後の水町、島田両論文については、ディスカッションペーパーの時にコメントしたので、ここでは事実発見としてとても興味深い事実を指摘している黒田・山本の第5章を。「おわりに」から引用します。

>本章の分析の結果、1990年代から2000年代にかけての日本では、日中に働く人の割合が低下する一方で、深夜や早朝の時間帯に働く人の割合が趨勢的に増加していることが示唆された。この傾向は特に非正規雇用者に顕著であり、・・・。そこで、こうした現象が生じた要因を検証したところ、人口構成・職種構成等の変化とともに、正規雇用者の平日の労働時間の長時間課による帰宅時間の遅れが深夜の財・サービス需要を喚起し、その結果、非正規雇用の深夜就業が増加した可能性も示唆される結果が得られた。・・・

>・・・こうした背景を踏まえると、非正規雇用の深夜化は、日中の好ましい時間帯から閉め出された労働者が、他の時間帯での就業を余儀なくされたことを反映しているとも考えられる。しかしその一方で、長期不況下で時間帯格差が進んだということは、好ましくない時間帯でも職に就く機会は確保できていた、という考え方もできるかも知れない。・・・後者の立場に拠れば、深夜就業規制は、非正規雇用の就業機会を奪うことにもなりかねず、慎重な判断を要する。

>もっとも、近年の日本では、過労やストレスによる心身の疾患が増加しており、こうした背景には深夜や早朝の時間帯での就業率の上昇が関係している可能性も考えられる。また、日中ではなく、早朝や深夜にしか就業できないため、家族や友人と過ごす時間が確保できず、ワークライフバランスが損なわれる可能性もあるかも知れない。日本において、就業時間帯の格差が進んだ原因や健康状態やワークライフバランスへの影響などは、今後検証すべき緊急性の高いテーマといえよう

確かに、コンビニや最近ではスーパーも24時間営業となり、深夜に勤め帰りとおぼしき人々(男女問わず)が買い物をしている光景は、すっかり目になじむものになっていますからね。

>

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2011年6月26日 (日)

休息期間の必要性を語るヒヤリ事故

休息期間規制の必要性を非常にわかりやすく物語るヒヤリハット事故の実例:

http://www.jiji.co.jp/jc/c?g=soc_30&k=2011062600079(地下鉄で居眠り運転=車掌が急ブレーキ-大阪)

>大阪市交通局は26日、市営地下鉄中央線のコスモスクエア発学研奈良登美ケ丘行きの列車(6両編成)で同日午前6時ごろ、男性運転士(43)が居眠りし、停車駅の緑橋駅に近づいてもブレーキをかけなかったと発表した。車掌が気付いて急ブレーキをかけ、電車は停止線を40メートル越えて止まった。乗客約30人にけがはなく、列車は約6分遅れで出発した。
 同局によると、運転士は急ブレーキがかけられるまでの約50秒間の記憶がないという。運転歴11年7カ月のベテランだった。
 25日は午後10時に勤務を終え、26日午前2時ごろ就寝4時半に起き5時すぎから運転しており、睡眠時間はわずか2時間半だった。前夜は飲酒していないという。

労働時間の裏側の休息期間が7時間。睡眠時間はわずか2時間半。それで公共交通機関を動かしているという実態があります。

この運転士を、「居眠りなんかしやがって、緊張感がないからだ、馬鹿野郎」と罵って終わりにするのでは、日本の労働社会の問題点に目を閉ざしたままになってしまいます。

労働組合の側も賃金問題に比べこういう物理的な労働時間問題にあまり積極的ではなかったことも、こういう状況をもたらした一つの原因なのでしょうが、やはりそろそろ問題意識を持っていく必要があるのでしょう。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/jinjijitsumu0915.html(勤務間インターバル規制とは何か?)

(追記)

いやですから、わたくしも、

http://twitter.com/#!/masanork/status/84990350661390337

>何故こんな勤務なの?

とは思いますが、現行の労働基準法を前提とする限り、

>明らかに労基法違反では?

ではないのです。

残業代を払わないのは労基法違反!として怒濤のように追求できるけれども、物理的労働時間そのものについてはまことに追求しにくい、というかほとんど追求できないのが現行労基法なので。

そこが私が問題だと提起し続けていることなのですけれどもね。

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2011年6月25日 (土)

古賀茂明氏の偉大なる「実績」

4062170744 正直言って、ここ十数年あまりマスコミや政界で「正義」として語られ続け、そろそろ化けの皮が剥がれかかってきたやや陳腐な議論を、今更の如く大音声で呼ばわっているような印象を受ける本ではありますが、それ自体は人によってさまざまな見解があるところでしょうし、それを素晴らしいと思う人がいても不思議ではありません。

彼が全力投球してきた公務員制度改革についてもいろいろと書かれていますが、不思議なことに、公務員全体の人数の圧倒的多数を占める現場で働くノンキャリの一般公務員のことはほとんど念頭になく、ましてや現在では現場で直接国民に向かい合う仕事の相当部分を担っている非正規公務員のことなどまるで関心はなく、もっぱら霞ヶ関に生息するごく一部のキャリア公務員のあり方にばかり関心を寄せていることが、(もちろんマスコミ界や政界の関心の持ちようがそのようであるからといえばそれまでですが)本来地に足のついた議論を展開すべき高級官僚としてはどういうものなのだろうか、と率直に感じました。まあ、それも人によって意見が分かれるところかも知れませんが。

しかし、実はそれより何より、この本を読んで一番びっくりし、公僕の分際でそこまで平然とやるのか、しかもそれを堂々と、得々と、立派なことをやり遂げたかのように書くのか、と感じたのは、独占禁止法を改正してそれまで禁止されてきた持株会社を解禁するという法改正をやったときの自慢話です。

不磨の大典といわれた独禁法9条を改正するために、当時通産省の産業政策局産業組織政策室の室長だった古賀茂明氏は、独禁法を所管する公正取引委員会を懐柔するために、公取のポストを格上げし、事務局を事務総局にして事務総長を次官クラスにする、経済部と取引部を統合して経済取引局にし、審査部を審査局に格上げするというやりかたをとったと書いてあるのですね。

嘘かほんとか知りませんが、

>公取の職員はプロパーなので、次官ポストが出来るというだけで大喜びするはずだ。公取の懐柔策としてはこれ以上のものはないという、という私の予想は的確だった。

>思った通り、公取は一も二もなく乗ってきた。ただ、公取としては、あれだけ反対していたので、すぐに持株会社解禁OKと掌を返しにくい。・・・

>・・・公取の人たちは「こんなことをやっていると世間に知れたら、、我々は死刑だ」と恐れていたので、何があっても表沙汰には出来ない。

>この独禁法改正が、今のところ私の官僚人生で、もっとも大きな仕事である

純粋持株会社の解禁という政策それ自体をどう評価するかどうかは人によってさまざまでしょう。それにしても、こういう本来政策的な正々堂々たる議論(もちろんその中には政治家やマスコミに対する説得活動も当然ありますが)によって決着を付け、方向性を決めていくべきまさ国家戦略を、役所同士のポストの取引でやってのけたと、自慢たらたら書く方が、どの面下げて「日本中枢の崩壊」とか語るのだろうか、いや、今の日本の中枢が崩壊しているかどうかの判断はとりあえず別にして、少なくとも古賀氏の倫理感覚も同じくらいメルトダウンしているのではなかろうか、と感じずにはいられませんでした。

わたくしも公務員制度改革は必要だと思いますし、とりわけ古賀氏が関心を集中するエリート官僚層の問題よりも現場の公務員のあり方自体を根本的に考えるべき時期に来ているとも思いますが、すくなくとも、国家の基本に関わる政策を正攻法ではなくこういう隠微なやり口でやってのけたと自慢するような方の手によっては、行われて欲しくはない気がします。

それにしても、通常の政策プロセスで、それを実現するために政治家やマスコミに対して理解を求めるためにいろいろと説明しに行くことについてすら、あたかも許し難い悪行であるかのように語る人々が、こういう古賀氏の所業については何ら黙して語らないというあたりにも、そういう人々の偏向ぶりが自ずから窺われるといえるかも知れません。

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非実在原発作業員

産経の記事

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110624/dst11062421260024-n1.htm(作業員69人はどこに? 所在不明、偽名登録疑い、核防護上の問題も)

>「当該企業に確認したら、そんな人物はいないとのことだった」

 今月20日夕、作業員の被曝(ひばく)状況を説明していた東電の松本純一原子力・立地本部長代理からこんな言葉が漏れた。東電は厚生労働省からの指示を受け、事故直後から3月末までに同原発で働いていた作業員の被曝線量調査を進めていたが、その過程で、下請け企業の作業員69人と連絡が取れないでいることが判明した。

 東電と厚労省によると、東電が下請け企業を通じて作業員の被曝線量を測定しようとしたところ、69人のほぼ半数については「該当者なし」と回答があり、氏名も連絡先も分からないという。

 同原発では通常、放射線管理区域へ立ち入る人物をコンピューター管理していたが、停電などでシステムが使えなくなり、4月中旬までは、作業員に外部被曝線量を測る線量計を貸し出すにあたって、氏名と所属する会社名を手書きさせただけだった。「震災直後は復旧作業でかなり混乱していた」(東電)という。

>社員証や免許証などによる本人確認もしていなかったといい、厚労省の担当者は「線量管理ができていない」と憤りを隠さない。

 「手続き飛ばした」

 所在が分からないとはいえ、「貸した線量計は返却され、線量も記録されている。(入構した)人間がいたことは間違いない」(厚労省)。所在不明の作業員の被曝線量はそれほど高くないとみられているものの、本人と連絡が取れないままだと、後に健康被害が出ても労災認定が受けられない可能性もある。

 東電の下請け企業に勤務し、事故直後に作業に携わった男性(47)は「(入構で)いつもはやらなければいけない手続きを飛ばしていた。IDカードの発行もなく、紙製の仮カードさえ持っていれば入れた」と、当時の状況を振り返る。

 作業時の被曝線量は労働安全衛生法に基づいて厳重に管理されるが、男性は「まずは仕事が先で、今回(東電が)どこまでやろうとしたのか分からない」と疑問を投げかけた。

「非実在」といっても、非実在青少年や非実在高齢者とは違って、現に原発構内で作業した人はいるのですから、「実在」原発作業員には違いないのです。

まあ、例によって産経なので、最後はこういう締め方になりますが。

>「どんな事態であっても身分確認は重要だ。労働基準法違反などのレベルではない。テロを想定した武力攻撃事態法にも抵触しかねず、原子力施設の安全防護上、看過できない」

>こう指摘するのは、京都大学の神田啓治名誉教授(核物質管理学)だ

労働基準法違反などのレベルではない」って口調に、そこはかとなく作業員の放射線被曝などは二の次だという原子力関係者の意識がかいま見られるような気がしないでもないですが、まあ気のせいでしょう。

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2011年6月24日 (金)

障害者の就労系福祉は労働に位置づけ?

労働畑の人はあんまり注目していないかも知れませんが、昨日の障がい者制度改革推進会議総合福祉部会(第15回)に出された資料がアップされていますが、

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/sougoufukusi/2011/06/0623-1.html

そのうち、「「就労(労働及び雇用)」合同作業チーム報告書」が、大変興味深いことを提起しています。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/sougoufukusi/2011/06/dl/0623-1a06_02.pdf

ここで検討された項目は次の通りですが、

>① 障害者基本法に盛り込むべき就労に関する基本的事項
② 総合福祉法の守備範囲(労働分野との機能分担など)
③ 福祉と労働及び雇用にまたがる制度と労働者性の確保のあり方
④ 就労系日中活動(就労移行支援事業、就労継続支援A型・B型事業、生産活動に取り組む生活介護事業)、地域生活支援事業(地域活動支援センター)や小規模作業所のあり方
⑤ 障害者雇用率制度および差別禁止と合理的配慮などを含む、障害者の一般就労・自営のあり方
⑥ 多様な就業の場としての社会的雇用、社会的事業所および社会支援雇用のあり方など。

障害者基本法に盛り込むべき事項として、

(1) 労働の権利の保障と苦情に対する救済制度の整備
(2) 労働施策と福祉施策が一体的に展開できる障害者就労制度の整備(生計を維持するための賃金補填などによる所得保障を含む。)と労働者保護法の適用の確保
(3) 多様な就業の場の創出および必要な仕事の確保
(4) 合理的配慮および必要な支援の提供の確保
(5) 障害者が特別の職業サービス(職業相談、職業指導、職業訓練および職業紹介サービスなど)だけでなく、一般の職業サービスも利用できるようにすること。
(6) あらゆる種類の障害者への雇用義務の拡大と働き甲斐のある、人としての尊厳にふさわしい職場の確保

を挙げています。

ここで特に労働法系の方が関心を持つべきは、

>現在のところ障害者福祉法に基づく授産施設及び福祉工場、障害者自立支援法に基づく就労系日中活動(就労移行支援事業、就労継続支援A型・B型事業、生産活動に取り組む生活介護)、地域生活支援事業(地域活動支援センター)及び小規模作業所等に分かれている体系を、就労を中心とした「就労系事業」と作業活動や社会参加活動を中心とした「作業・活動系事業」に再編成する。前者については①障害者雇用促進法に位置づける、②総合福祉法に位置づける、という2つの考え方がある。「就労系事業」に従事する障害者の労働者性を確保するという目標からは①が望ましいが、その条件整備にはかなりの時間がかかるため、当面は②とする。(期限を定め見直すことを総合福祉法の付則に明記する。)将来的には障害者雇用促進法あるいはそれに代わる新法(労働法)で規定することを検討する。「作業・活動系事業」は、総合福祉法(仮称)に位置づける

>「就労系事業」には、原則として労働法を適用する

>「就労系事業」に一律に現行の労働法規を適用し事業者の責任だけを問うことになると、障害者の働く場を狭める恐れがあるため、必要な条件が整うまでは、一部適用により安全かつ健康的な作業条件を保障するという選択肢も検討する。将来的には、労働条件に関する差別禁止や合理的配慮の提供義務を織り込んだ労働基準法等、障害者の特性に配慮した労働法を全面適用することについて検討する。

>雇用率制度に基づく雇用義務の対象を、精神障害者を含むあらゆる種類の障害者に広げるとともに、雇用率達成のための事業者への支援を拡充する必要がある。また、個々の障害者にとって就業上必要な支援を明らかにする総合的なアセスメントシステムを整備する。

>「就労系事業」は、当面は、総合福祉法で規定する。(期限を定め、見直すことを総合福祉法の付則に明記する。)将来的には障害者雇用促進法ないしはそれに代わる新法(労働法)で規定することを検討する。

>「就労系事業」に従事する障害者が賃金補填を受ける場合、原則として年金支給は一部ないし全額停止することで、年金財源を賃金補填に振り替えうる仕組みをつくる。そのためには、賃金補填と所得保障の関係について、障害基礎年金の支給調整ラインの検討が必要である。また、賃金補填の対象となる障害者の認定の仕組みを検討する必要がある。(賃金補填を行う場合のモラルハザードをどうするかについても検討が必要という意見もある。)

>障害者の雇用・就労にかかる労働施策と福祉施策を一体的に展開しうるよう、関係行政組織を再編成するとともに、地方公共団体レベルで雇用・就労、福祉および年金などにかかる総合的な相談支援窓口(ワンストップサービス)を設置する。

>本来、労働法に位置付けられる事業として、「就労系事業」を他の福祉サービス事業一般とは異なる位置付けとするよう、見直しが必要である

実態からすれば労働者以外の何ものでもないものを障害者福祉のためということでわざと労働者じゃないことにしてきた今までの扱いを、障害者対策全体の見直しの一環として抜本的に変えるという方向性が明確に示されています。

もちろん、ここに書かれているように、「「就労系事業」に一律に現行の労働法規を適用し事業者の責任だけを問うことになると、障害者の働く場を狭める恐れがある」ので、段階的な条件整備が必要であることは言うまでもありませんが。

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だから、それが「リベサヨ」

島本秋さんのついったから、

http://twitter.com/#!/sankakutyuu/status/83827968169881600

>日本の左翼って日本政府と戦うのが高じてアナーキズムに走っちゃう場合も多かっただろなぁ。一枚岩では確かに無いわ。んでも保守派のアナーキストってのもまるでいなかったんだよね。アナルコキャピタリストみたいな人。そういうのも日本人のものさしだとサヨク扱いを受けそうだが。

いや、ですから、それを前々から「リベサヨ」と申しておるわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_5af3.html(リベラルサヨクは福祉国家がお嫌い)

>・・・かくのごとく、日本のサヨク知識人はリベラルなことノージックよりも高く、アンチ・ソーシャルなことハイエクよりも深し、という奇妙奇天烈な存在になっていたようです。そうすると、福祉国家なんぞを主張するのは悪質なウヨクということになりますね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html(赤木智弘氏の新著その2~リベサヨからソーシャルへ)

>・・・でも赤木さんにとっては、そういうリベリベな思想こそが「左派」だったんですね。このボタンの掛け違いが、この本の最後までずっと尾を引いていきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-b950.html(だから、それをリベサヨと呼んでるわけで)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-6cd5.html(日本のリベサヨな発想)

>・・・で、その「少し前のヨーロッパ左派の大家によく見られた思考」(笑)から見ると、極東某島国の自己意識としてはリベサヨらしいヒトの発想というのは、想像を絶するものでありまして、その実例が本日の朝日新聞の東浩紀氏の論壇時評に引用されていますが

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-a130.html(特殊日本的リベサヨの系譜)

>まあ、わたくしにとっては、ここで露呈されている脳内妄想の系譜こそが、まさに本ブログで何回か述べてきている「リベラルサヨク」な発想の一つの源流ではないかと思われ、・・

(追記)

http://twitter.com/#!/Y_Kaneko/status/83778365324148736

>今の民主党から、左翼の影響を受けている人間がいなくなればいいのに・・・そうすればあの人も、あの人もいなくなる。もっとも、「そして誰もいなくなった」、なんてことになったら困るが(笑)まあ、せいせいするかな。

確かに、国家権力ばかりを目の敵にしたがる日本型「左翼の影響を受け」たリベサヨだの、ネオリベだのといった連中がいなくなると、せいせいするでしょうね。「りふれは」が真っ先にいなくなるでしょうけど。

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非正規雇用のビジョンに関する懇談会

昨日、「非正規雇用のビジョンに関する懇談会」の第1回が開かれたようです。

資料がアップされていますので、リンクしておきますが、

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001ggjf-att/2r9852000001gh5s.pdf

趣旨は:

>近年、非正規労働者は増加傾向にあるが、雇用の不安定さや勤務条件の低さが問題として指摘されており、これまでは、パート労働者、有期契約労働者、派遣労働者といった非正規労働者の態様ごとに施策が講じられてきた。
そのような中で、非正規労働者の雇用の安定や処遇の改善に向けて、公正な待遇の確保に横断的に取り組むことが求められている。
これを受けて、本懇談会においては、非正規労働者の呼称や態様を問わず広く「非正規雇用」を対象として、非正規労働者の雇用の安定や処遇の改善の観点から、公正な待遇の確保に必要な施策の方向性を理念として示す「非正規雇用ビジョン(仮称)」を策定することとする。

ということだそうです。

参集者は下記の通りで、

荒木 尚志 東京大学大学院法学政治学研究科教授
小杉 礼子 独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員
佐藤 博樹 東京大学大学院情報学環教授
柴田 裕子 三菱UFJリサーチ&コンサルティング政策研究事業本部 政策研究業務企画室長
諏訪 康雄 法政大学大学院政策創造研究科教授
清家 篤 慶應義塾長
樋口 美雄 慶應義塾大学商学部長
宮本 太郎 北海道大学大学院法学研究科教授
横溝 正子 弁護士

新聞によると、樋口先生が座長となったようですね。

で、何を議論するかというと、

1 そもそも「非正規雇用」とは何か(概念整理)について

いや、まさに、それが最大の問題なわけですね。日本独特の「正社員」でないのが「非正規」であるとしかいいようがないため、これは同時に「正社員」の概念整理でもあるわけですが。

>(1)「正規雇用」と「非正規雇用」とを分けるものは何か。
また、「典型的な正規労働者像」と「今後の政策論として念頭に置く正規労働者像」とで違いがあるか。
(「正規雇用」と「非正規雇用」とを分ける考慮要素として考えられる例)
① 労働契約の期間の定めの有無(無期か有期か)
② 所定労働時間の長短(フルタイムかパートタイムか、残業の有無)
③ 直接雇用か間接雇用か
④ 長期雇用慣行を前提とした待遇や雇用管理の体系となっているかどうか(賃金体系、昇進・昇格、配置、能力開発等)
⑤ 勤務地や業務内容の限定の有無

>(2) ワーク・ライフ・バランスやディーセント・ワークの観点から、「典型的な正規労働者」と「非正規労働者」との中間に位置するような雇用形態をどのように位置付けるべきか。

>(3) 「非正規労働者」などの呼称が適当か。

つまり、非正規雇用のビジョンを考えることは、これすなわち正規雇用のビジョンを考えることと裏腹であるわけです。あるいは、「正規」「非正規」という二分法でないビジョンを考えることといってもいいですが。

それがまた、

>2 非正規雇用をめぐる問題点や課題
○ 雇用の安定性、処遇、職業キャリアの形成、セーフティネットといった観点から、どのような問題点や課題がみられるか

>3 非正規雇用をめぐる問題への基本姿勢
○ 価値観や生活様式が多様化し、企業が必要とする人材も多様化する中で、どのような働き方であっても、働くことが報われる社会、公正な見返りを得られるような社会を築くことが重要ではないか。
その中で「非正規雇用」にどのように向き合うべきか。

という問いに答える道であり、

>4 非正規雇用に関する施策の方向性

を考える道でもあるのでしょう。

あとは、100ページ近い膨大な資料がついていますので、いろいろと役に立ちます。

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2011年6月23日 (木)

メイドさんのためのILO条約

さて、先日

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-7eb4.html(ILOがメイドさん条約を審議)

で紹介したILOの「家事労働者のまっとうな仕事に関する条約」が、去る6月16日にILO総会で採択されました。

とりあえず英文と仏文の文書がILOのホームページにアップされていますので、リンクを張っておきます。

http://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/@ed_norm/@relconf/documents/meetingdocument/wcms_157836.pdf

以前、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-3967.html(メイドさんの労働法講座)

で、労働基本権はちゃんとあると強調しておきましたが、本条約でも中身の規定の一番最初に結社の自由と団体交渉権が出てきます。

Article 3

2. Each Member shall, in relation to domestic workers, take the measures set out in this Convention to respect, promote and realize the fundamental principles and rights at work, namely:
(a) freedom of association and the effective recognition of the right to collective bargaining;・・・

そして、メイドさんたちにとって一番大事なこと:

Article 5
Each Member shall take measures to ensure that domestic workers enjoy effective protection against all forms of abuse, harassment and violence
.

メイドさんたちは、いつも虐待とハラスメントと暴力に曝されているのです。

001l

(追記)

http://twitter.com/kayorine/status/84136054482931712

>hamachan先生のブログでこういう絵を見るとは・・・・(@@;) ええ、たしかにメイドですが・・・。

こちらの方がよろしかったでしょうか・・・。

Kaseifu03

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dongfang99さんも我慢の限界

dongfang99さんが、

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20110621何でも構わない

というエントリで、追記の度にだんだん腹が立ってきたようで、「我慢の限界」とまで語っています。

まあ、心当たりのあるべき人々に限って、こういう真摯な言葉は届かないものなのでしょうが。

>要は自分は、貧困・過労・失業などの問題の解決に真剣に取り組んでくれる人であれば、手段が税だろうと金融だろうと何でも構わないのである。自分が増税にやや好意的なスタンスにあるとしたら、これらの問題に直接取り組む社会保障論者の多くがそういうスタンスであり、その説明の論理を説得力があるものとして共有しているから、という以上のものではない。・・・

>今のデフレ不況・震災下で緊縮財政・規制緩和を言っている人たちは、増税派であれ反増税派であれ、その中に経済学的正論が含まれているかもしれないとしても、以上の問題に冷淡であると言わざるを得ないし、実際そういう無神経な発言を過去にしてきた人の顔が何人かいる。・・・

>最後に、反増税派はより現実性・持続性のある財源論を提出することが、最低限の義務であるはずである。少なくとも、増税批判に興じてばかりいるのではなく、「財源がない」という圧力の下で暴力的に沈黙させられてきた、医療・介護・教育・労働の現場の人たちに、どのように財源が行き渡るのかを具体的に示してほしいと思う。

>(追記)税収を上げるには、やはり「経済成長」が必要であることは言うまでもないが、少なくとも税収が上がらないから消費税増税が反対だ、というのは実証的にも大いに疑問だが・・・、そもそも論理としても根本的に間違っている。

>いま日本では根本的に教育・社会保障のための恒久財源が不足しているのは明らかだから、なるべく避けてはほしいが、分配が今より増えなくても増税すべきという理屈は、それ自体は間違っていない。本来は景気のいい時代にとっくにやっておくべきだったことを、デフレ不況プラス震災の現在において取り組まなければならないのは、本当に不幸としか言いようがない。

>・・・増税批判ばかりにエネルギーを注ぎ、「増税は景気を悪化させる」という論理が、結果的に「財源がない」で圧殺され、予算の節約が自己目的化している現場を見殺しにしている現実に無頓着な人には、心底憤りをおぼえる

>・・・実際、バブル真っ盛りで超インフレだった時代の、89年の消費税増税ですら間違っていたと言っている人も見受けられる。もしこの評価に賛成している人がいるとしたら、いかなる増税も経済にマイナスだから原理的に反対であり、教育や社会保障は可能な限り市場やボランティアにゆだねるべき、と最初から正直に言った方がよいと思う。

>(追記2)とにかく、震災復興でも社会保障でも、税の話が少しでも出てきたら、それを「増税」と一刀両断して政権自体を全否定する人が多すぎる。

>いろんな目的や争点のある政策論を、とにかく「増税」に単純化してしまうことである。結果として、小野善康氏に象徴されるように、増税が必ずしも主題ではなかった人たちまで、熱心な「増税主義者」に仕立てあげてしまう。ご苦労なこととしか言いようがない。

>財源の話で、税が選択肢の一つになることは別に普通のことだと思うのだが、批判する側は選択肢の一つに上がったという報道を目にしただけで、なぜかその瞬間に頭が爆発し、現政権がひたすら増税を目指して邁進しているかのような解釈を下している。自分も税の話はなるべく禁欲したいのだが、こんな中二病的な政治理解や問題意識で税制が語られ、少なくない人が同調しているのは、さすがに我慢の限界という感じである

確かに、我慢の限界ですね。

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『雇用ポートフォリオ・システムの実態に関する研究』

Maeura JILPTの前浦穂高さんが、報告書『雇用ポートフォリオ・システムの実態に関する研究―要員管理と総額人件費管理の観点から―』をまとめ、公表しました。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2011/0138.htm

前浦さんは昨年度からJILPTの研究員として、この雇用ポートフォリオ・システムの研究をしてきましたが、今回その全貌を明らかにしたわけです。

>本研究の目的は、非正規雇用の活用を促す仕組みを解明することにある。この仕組みに着目するのは、企業がこの仕組みを通じて、ポートフォリオを構築し、その結果として、非正規雇用比率を決定しているのではないかと考えるからである。このような問題意識に立って、本研究では、小売業を中心に、非正規雇用を含めた要員管理と総額人件費管理の観点から、事例調査を実施している

この報告書で、いったい何が明らかになったのか?

前浦さん自身の要約を引用します。

>第1に、非正規雇用の活用を促す仕組みである。図表に示した通り、組織の経営方針がどの責任センターに該当するかによって、目標とする財務指標が決まり、それを達成するために、非正規雇用を含めた要員数(正社員の採用を除く)と人件費総額が決定される。現場では、与えられた要員数と人件費総額を、業務量を考慮しながら調整を図るが、そのギャップは、基本的に非正規雇用の活用で埋め合わされる。つまり雇用形態の組合せ(ポートフォリオ)や非正規雇用比率は、戦略に基づいて決められるのではなく、それらは事後的に決定されるのである。

第2に、非正規雇用における職域の拡大や質的基幹化がもたされた背景である。小売業では、上記のような要員数と人件費総額が決定されることにより、人件費の高い正社員数を抑制(または削減)する一方で、非正規雇用が積極的に活用されるようになった。しかし上記の要員数と人件費総額には、業務量及びその質が考慮されていないため、非正規雇用は今まで以上に重要な役割を担うことが求められるようになった。この流れによって、非正規雇用の職域の拡大や質的基幹化がもたらされたのである。

第3に、非正規雇用の人事諸制度が整備される要因である。非正規雇用の職域の拡大や質的基幹化が進んでいく課程において、彼ら(彼女ら)を対象とした資格制度を構築したり(A社)、登用制度を整備したりする(B社とC社)動きが見られた。つまり非正規雇用の人事諸制度は、職域の拡大や質的基幹化を契機として整備される。

第4に、非正規雇用比率の動向である。図表に示した通り、非正規雇用の活用を促す仕組みが形成されると、それが1つのサイクルを形成し、循環していくことになる。その結果として、非正規雇用比率はますます高まっていくことになる

わたしは、前浦さんの研究発表を聞いて、「雇用形態の組合せ(ポートフォリオ)や非正規雇用比率は、戦略に基づいて決められるのではなく、それらは事後的に決定されるのである」という点に、意外感とともにいかにもそうだろうなというやや矛盾した感想を抱きました。

近年の非正規雇用の増大について、あたかもはじめからそうなることを意図してすべてが進められてきたかのような言い方も時にされたりしますが、おそらく多くの読者の方々が自分のいる組織について振り返ってみれば思い当たるように、それはまさに、そういうことを顧慮せずに決められた財務指標を達成するために、結果的にそうなってきたということなのでしょう。

そしてそうやって想定外に拡大してきた非正規労働者を活用せざるを得ないことから、非正規労働者の基幹化がこれまた事後的に進展していく。

この報告書のとりわけ第2章で分析されているスーパーA社の経緯を読んでいくと、いったい何が起こっていたのか?ということについての、目が覚めるような、しかしよく考えてみればあまりにも当たり前に見える、現実の姿が見事に描き出されています。

やや筋が違うように見えるのが第4章の某市役所のケースです。民間企業とは異なり市場競争に晒されてはいない市役所でも、同じように非正規労働者の拡大が進んでいるのはなぜか。前浦さんはもともと公共部門の労使関係の研究をしていたこともあり、この章でも興味深い事実が明かされています。

なお、最後の政策的含意の部分については、いろいろな意見があるでしょう。

>上記の仕組みから、今後も非正規雇用比率は上昇していくことが予測されるが、それに歯止めをかける方策が無いわけではない。1つは、雇用形態別に業務の棲み分けを行い、それを守るよう、規制を働かせることである。もう1つは、従来型の正社員ではなく、それより職域が限定された「新しい正社員」への登用を積極的に行うことである。「新しい正社員」は、従来型の正社員と同一の役割を担っているわけではないため、従来型の正社員よりも人件費を抑制できる可能性があり、「新しい正社員」を含めた正社員総数を増やす余地はある。

非正規雇用の労働条件は、職域の拡大や質的基幹化の進展が契機となって改善されるが、重要なことは、彼ら(彼女ら)の働く実態に合わせて、常に労働条件を見直していくことである。さらに言えば、上記の条件を満たさない(職域の拡大や質的基幹化がみられない)非正規雇用も存在しており、今後も非正規化が進展していくなかで、非正規雇用間にみられる処遇格差が拡大する可能性がある。それゆえ、条件を満たさない非正規雇用の労働条件をいかに向上させるかという課題が残されている

この報告書をもとに、是非各方面で議論をして欲しいと思います。

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2011年6月22日 (水)

連合総研の震災復興・再生への提言

先日ちらと予告されていた連合総研の「東日本大震災 復興・再生プロジェクト」が「国民視点からの生活復興への提言」を本日公表しました。

http://rengo-soken.or.jp/%E9%9C%87%E7%81%BD%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E6%8F%90%E8%A8%80%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81%E7%B7%8F%E8%AB%96.pdf

神野直彦先生を主査に、池上岳彦、加瀬和俊、橘川武郎、玄田有史、駒村康平、西村幸夫といった方々が参加され、神野先生と古市将人さんがまとめられたということです。

内容はさまざまな分野にわたり、とりわけ私には(あまり詳しくないのでその適否はにわかには判断つきがたいとはいえ)漁業の復興について「漁業者の生産再開のためには、従来操業してきた漁業を、再び操業できることが不可欠である。地元漁業者に与えられていた漁業権を、県が奪取=回収し、他地域から参入する企業に、それを与えてしまうという「漁業権開放」特区構想は、家族経営を資本力を持つ企業に、置き換えることを意図しているものであり、東北漁業の中心をなす沿岸小規模漁業の再建にとって有害である」と述べている点は、宮城県知事がまさにそういう方向を目指しているだけに、興味深いものがあります。

ここでは、最後の総論として財源について論じているところをやや長いですが引用しておきます。いろんな意味で、議論が集中するのはその点でしょうから。

>5-2.復興財源のシナリオ

公債の負担は将来世代に転嫁されるという考えと、公債の負担は将来世代に転嫁されないという考えがある。公債負担が将来世代に転嫁されるという立場からの起債原則に、建設公債原則がある。

この建設公債原則によれば、臨時的経費や資本的経費は公債で、経常的経費は租税でまかなうのが起債原則となる。こうした原則に立てば、戦費や大災害の経費は公債で調達してもよいことになる。大災害の負担はたまたま巡り合わせた世代だけではなく、将来世代にも負担を求めても正当化されるからである。公債負担は将来世代に転嫁されないという立場からの起債原則では、不況の時には公債による調達が正当化される。そうだとすれば、現在のような不況のもとでは、公債による財源調達が正当化されることになる。
関東大震災の時には、復興財源をすべて公債に求めた。そのため為替は暴落し、金利は上昇して、外債は国辱国債とすら呼ばれた。そのためかえって、復興事業規模を縮小せざるをえなくなり、金融恐慌を招く結果となった。

現在では、金利上昇が生じていないことから、公債による復興財源調達が困難な状態にはない。しかし、不安定で移り気なグローバル化した金融市場に振り回されないためにも、復興財源は公債のみに依存するのではなく、今回は増税にも依拠すべきだと考える。

5-3.連帯復興基金と連帯復興税

東日本大震災への復興は、ヒューマン・アプローチともいうべき分権型生活復興を目指さなければならないとしても、復興財源は中央政府の責任とならざるをえない。被災地は減免税や徴収猶予こそが必要であり、そのため財政収入は急減することにならざるをえないからである。

しかし、東日本大震災からの復興が「下からの復興」として、地域社会が主導する「分権型生活復興」である必要があるとすると、中央政府からの被災地への財政支援も被災地が自由に使用できる一般財源が重要となる。こうした一般財源を保障する財政調整制度として、日本には交付税制度がある。ところが、交付税のルールをそのまま適用すると、被災地域への財源の再分配には限界がある。

そこで東西ドイツ統一の際に、東ドイツの財政支援のために設置した「統一基金」に学ぶべきである。それまでの財政調整のルールを東ドイツにもそのまま適用すると、財源はすべて東ドイツにいってしまい、西ドイツで財政調整交付金が交付されていた地方政府には財源が交付されなくなってしまう。

そこで5年間の年限を区切って「統一基金」を設置し、この基金から東ドイツの地方政府に支援する。東ドイツの地方政府も5年後には、政府の財政調整ルールのもとに参加できるように努力するという構想である。

この「統一基金」の財源として、ドイツでは所得税と法人税に7.5%の付加税率を課税する「連帯付加税」を設定している。そこで東日本大震災でも時限的に「連帯復興基金特別会計」を設置し、「連帯復興税」を課税すべきである。「連帯復興基金特別会計」は「連帯復興税」とともに、この特別会計が起債する「連帯復興債」と、経費節約で財源を調達し、中央政府の復興事業だけではなく、地方政府の復興事業への財政支援を実施する。

時限的増税である「連帯復興税」の対象は、被災地への負担増を回避するためにも、所得税や法人税などの直接税が中心とならざるをえない。ドイツの連帯付加税でも所得税と法人税の税率が引き上げられている。

この大震災でも復興需要が生じ、景気が回復する。その景気回復は必ず跛行的となる。しかも、阪神・淡路大震災でも被災地に「復興格差」が生じている。こうした不均衡や格差を是正するためにも、所得税や法人税の増税は欠かせない。同時に所得税や法人税は景気回復とともに、自然増収が生じる。

消費税では被災地の生活必需品にも重く課税されるし、不均衡や格差も是正できず、自然増収も生じない。間接税を増税するのであれば、この非常時に控えるべき行為に課税する消費行為税を創設してもよい。節電のために電力使用量やネオン・サインなどの広告、あるいは遊興・娯楽への課税などが考えられる。あるいは貴金属や装飾品などの奢侈品に小売段階で課税してもよい。

復興財源のすべてを国債に求めた関東大震災では、かえって緊縮財政への転換を余儀なくされ、デフレを深刻化させて、金融恐慌を招いている。こうした歴史的教訓に学んでも、今回は復興財源を国債にのみ依存するのではなく、増税と組み合わせた財源調達を選択すべきである

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「嘱託」という言葉

『労基旬報』連載、今回は「「嘱託」という言葉」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo110625.html

>日本の非正規労働者の呼称は、よく考えると奇妙なものばかりである。「パートタイマー」が必ずしも短時間労働者とは限らず、「フルタイム・パート」などという字義的には論理矛盾に満ちた存在が多く存在するのは、「パート」が実際には家計補助的な主婦労働者という意味になっているからであろうし、ドイツ語で「労働」という意味の「アルバイト」が、かつては学生の、その後は主婦以外の低賃金で柔軟な労働力を指す言葉になっているのも、外国人に説明しにくい。

 「契約社員」も不思議な言葉で、法律上労働者はすべて雇用契約に基づいて働いているはずだが、わざわざこれだけ「契約」というのは、正社員は契約ではないと意識されているからであろうか。

 就業構造基本調査において最近まで「契約社員・嘱託」と、契約社員と一緒の枠に入れられていた「嘱託」という就労形態もまた不思議な言葉である。同調査を見れば一目瞭然の通り、特に男性の場合60歳未満はほとんどなく、60歳以上に集中している。世間的にも、定年後同じ会社に新たな契約で雇われることを指し、高齢者雇用安定法でいう継続雇用の一種と見るのが一般的であろう。

 しかし他の法分野で「嘱託」というと、登記の嘱託とか嘱託回送など非雇用型役務提供を指すことが普通である。実際、「依嘱」と「委託」を組み合わせた文字面からしても、これが継続雇用を意味するというのはやや飛躍がある。

 実は、かつてはこの言葉は、定年退職者を雇用労働者としてではなく、委任・請負契約で活用するために用いられていた。ところが、大平製紙事件(最二小判昭37.5.18民集16-5-1108)において、「会社において塗料製法の指導・研究に従事することを職務内容とするいわゆる嘱託であって、直接上司の指揮命令に服することなく、また遅刻、早退等によって賃金が減額されることのない等一般従業員と異なる待遇を受けているいわゆる嘱託であっても、毎日ほぼ一定の時間会社に勤務し、これに対し所定の賃金が支払われている場合には、労働法の適用を受ける労働者と認めるべきである」と、就労実態に基づき労働者性が認められたため、それ以後「嘱託」という本来非雇用型を示す言葉が一定の雇用関係を示す言葉として定着していったようである。

 「嘱託」という言葉には、労働法上の労働者性を否定しようという意図が含まれていたのだが、今となってはそのようなニュアンスを感じる人はほとんどいなくなっているのではなかろうか。まことに、日本の非正規労働者の呼称は奇妙なものばかりである

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原発復旧の下請け就労、実態報告求める 厚労省

今朝の朝日から、

http://www.asahi.com/national/update/0621/TKY201106210643.html

>厚生労働省は、東京電力福島第一原発の復旧に携わる下請け労働者の就労実態を把握するため、今月末から4次下請けまでの全654社に定期報告を求めることを決めた。同原発では69人の作業員が所在不明で被曝(ひばく)線量の測定ができなくなるなど、ずさんな管理態勢が明らかになっており、放置すると労働者の安全を確保できないと判断した

>定期報告では、毎月末時点で各事業所ごとに、作業に新たに加わった人数、離脱した人数の回答を求める。雇用期間のほか、元々、雇っていたのか、それとも臨時雇用なのかも確認する。新たに加わる作業員への安全衛生教育や、健康診断の実施の有無も聞く

まあ、69人も行方不明という状況では、こうするよりないのでしょうが、これは結局、こういう重層請負でありながら電力会社が安全衛生管理については全体を統括するという仕組みをきちんと作ってこなかったことの問題点なのでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-f495.html(予告監督)

というような問題があったとはいえ、天下の電力会社だからと安心していた面があったのかも知れません。

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2011年6月21日 (火)

ああもう落選してくれ

黒川滋さんの、なまじ組織的には支持政党であるだけに我慢しきれない怒り:

http://twitter.com/#!/kurokawashigeru/status/82839359748980736

>ああもう落選してくれ。1980年代の感覚をいつまで続けるのか。 税と社会保障の一体改革、決着先送り 民主内の反発強く

http://twitter.com/#!/kurokawashigeru/status/82821931396632576

>消費税が庶民いじめというのは庶民に、税金を払ったことのない専業主婦が多かった時代の感覚。夫は年功序列賃金で会社に生活を保障され、妻は夫に喰わせてもらって当たり前という時代の感覚。年収200万円の若者が増えた今は、社会サービスの不足が本当の庶民いじめ

http://twitter.com/#!/kurokawashigeru/status/82819832856330240

>消費税さえ上げなければ、保育所が作られなくても、看護師や医師の不足が続いても、介護が崩壊しても、生活保護が機能しなくても、社会的弱者が守られるというバカが今日の社会保障と税の一体改革に反対した与党議員と日本共産党

http://twitter.com/#!/kurokawashigeru/status/83187279119650816

>民主党の一部バカ議員が「増税はデフレが収束してから、だって。デフレと増税は無関係だってば

http://twitter.com/#!/kurokawashigeru/status/83187543750885378

>昨日の社会保障と税の一体改革の噴き上がり方で、結局小泉構造改革みたいな方向に話が行きそう。そしてまた貧困な社会保障によって国民の力が衰退し、自暴自棄な貧乏人が増え、社会の質は上がらないし努力に意味を感じない人が増えることになる。あーあおしまいだ

でもまだ政治家は、そういうバカな選挙民に落とされるかも知れない選挙が怖いという形而下的な下半身の事情が透けて見えるだけまし。

本当に許し難いのは、こういう俗情と結託して、反税金イデオロギー(=すなわち反社会保障イデオロギー)を一見そう見えないような形で煽り立てている学者まがいの評論家たちでしょう。一見経済学風の装いをしているだけに、まことにタチが悪い。

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接客業に従事する女子の性病は業務上の疾病?

これは労働法オタク用の玄人ネタですので、よい子のみなさんは無視しましょう。

渡辺章先生の熱意で刊行されている『日本立法資料全集 労働基準法』の第4巻(上下)は、労働基準法施行規則の立案過程の資料を収録していますが、ぱらぱらと見ていたら、すごいものを発見してしまいました。現在の労基則第35条に相当する、業務上の疾病の範囲を定める規定の、最初の原案ですが、

いやまあ第32号「紡績工場における肺結核」なんてのがあることも、いかにも時代をしみじみと想起させて味わい深いですし、その次の第33号「深夜業に従事する電話交換手の流行性感冒、神経症」というのも、なるほどこのころから感情労働というのはあったんだな、と感じさせますが、何よりもその次の第34号が、労働基準法上の労働者性という観点からも大変興味深いものがあります。

>三十五 接客業に従事する女子の性病

性病に罹患するくらいですから、この接客業というのは・・・。それでも労働基準法上の労働者であるわけですね。

この規定、公聴会後には消えています。その代わり、かの偉大なる「その他業務に起因することの明らかな疾病」というのが設けられています。

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低賃金にすればするほどサービスが良くなるという思想

まあ、城繁幸氏の場合は、実のところは官民問わず賃金処遇制度の問題であると意識しながら、あえて釣りとして(はやりの時流に乗って)公務員叩きをしてみせた気配が強いのですが、

http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/cfe86d13b5103d8cf8e1b72a3e754a0b公務員の賃金をいくら引き下げても構わない理由

http://blog.goo.ne.jp/jyoshige/e/e3ad8b0a11acf9c195d542929f8b86d0訂正:公務員は別に流動化しなくてもいいです

こういう釣り記事を真っ正面から受け止めて、本気に信じてしまう(あるいはむしろその先に突き進んでしまう)人々がやはりいるわけです。

http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110520【コラム】公務員の賃金をいくら引き下げても構わない理由 解説編

>いわゆる土方と呼ばれる仕事を見れば分かりますが、給料安くても不正もせずに過労死ギリギリまで働いていたりします。

以前、考察したときは下記の2点で縛られているからと考えていましたが、これを経営者側の立場で考えるとなるほどと思えることがあります。

おまえの代わりはいくらでもいるんだよ。

好きでやっているんだろう。

>いくつかの病院で働いていた時、凄く不思議だったのは一番プロフェッショナルだった病院はもの凄く看護婦さんの給与が低かったことです。患者にとって何が一番心地よいかを考えて、常に改善しようと心がけていました。仕事は過酷ですから、どんどん辞めていくわけですが、それを補うために看護学校も経営してどんどん若い看護婦を補充していくわけです。若い方が給与は安いですから経営上も利点があります。

そんなところで働いているなんて可哀想かと思うとそうでもないですね。彼女らはそこでの経験が後の仕事をしていく上で、大学出の看護婦とは全然次元の違う看護が出来るようになっているはずです。

これらに共通しているのは、誇りを持っていたり、好きな仕事なのに給与安いとどうなるかということです。

自分は金のために働いている訳じゃないということを嫌が上でも自覚せざるを得なくなるわけです。

じゃあ、何のために働いているのか。

それはお客さんや患者さんに喜んで貰うためなんだという凄くシンプルな答えに行き着くわけです

いやあ、なんというか、天然自然の何の悪意も感じられないほどのブラック企業礼賛。

ここまで来ると、いっそ清々しい。

このあとがさらにすさまじい。

>逆に給与が仕事の内容に比べて高いとどうなるでしょうか。

自分は金のために働いている。こんな楽して儲けられるのはこの仕事しかない。この仕事は手放さないようにしようと考えます。でも、こんなに手を抜いてもこれだけ貰えるなら、クビにならない程度に手を抜いておこうとなるわけです。別にクビになるわけでも、給与が減るわけでもないなら、仕事を改善する必要もなくね。変にクレームが付かないように前の人と同じようにしておこうとなるわけです。

まさにどこかで見た勤務態度でしょ。

よって、給与を下げるとどうなるか。

恐らく劇的に公共サービスは改善されるでしょう。

金やそれに付随する社会的地位のために働いていた人達はまず最初に辞めていきます。

そして、自分が誰のために働いているのか、その人達のために自分が何をすべきかを考える人達だけが残っていくでしょう。もちろん、そういう人達もどんどん辞めていくでしょう。その代わり、もっと良い行政サービスができる、したいという人達が入ってきます。要するに市場原理が働くわけです。

えっ!?それが市場原理なの???

ケインズ派であれフリードマン派であれ、およそいかなる流派の経済学説であろうが、報酬を低くすればするほど労働意欲が高まり、サービス水準が劇的に向上するなどという理論は聞いたことがありませんが。

でも、今の日本で、マスコミや政治評論の世界などで、「これこそが市場原理だ」と本人が思いこんで肩を怒らせて語られている議論というのは、実はこういうたぐいのものなのかも知れないな、と思わせられるものがあります。

労働法の知識の前に、初等経済学のイロハのイのそのまた入口の知識が必要なのかも知れません。あ~あ。

(追記または謝罪)

上述の批判は、俗流ブルジョワ経済学説に毒されたモノトリ主義的労働貴族思想のしからしむるところであったのかも知れません。

上記リンク先に昨日書き込まれたコメントは、そのような俗物思想に対し、強烈な打撃を与えるものでありました。

http://d.hatena.ne.jp/AMOKN/20110520#c

>少年時代にマルクスの著作と出会って以来、一貫して共産主義を信奉している者です。この2010年代においてもなお、本物のコミュニストと出会えたことに感動しております。

「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」。これこそが我々共産主義同志の理想であり、本来ならば労働者の敵であるはずの資本家の側にも、我々コミュニストと同じ思想信条をお持ちの方がおられることに対して、大変驚いております。

貨幣から解放された労働、労働それ自体を目的とする労働。まさにコミュニズムの真髄です。とくに、経営者の報酬は1円で良いはず。当然、AMOKN様は有言実行しておられますよね。資本家でありながらコミュニストとしての闘いを続けておられるとは、頭の下がる思いです。

共産主義の同志に対して、「えっ!?それが市場原理なの???」とは、まことに失礼千万なものの言いようであったと深く反省しております。

ただ、わたくしはかかる崇高な理念に殉じるにはあまりにもマテリアリストでありますので、おつきあいするのは控えさせていただきたいと存じます。

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2011年6月20日 (月)

作業員69人の連絡先不明

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-53e1.html(震災直後に働いていた作業員ともう連絡が取れない・・・)

では、

>>東京電力は14日、3月の事故発生直後に福島第一原発で作業していた協力企業の作業員10人と連絡が取れていない

ということだったのですが、事態はより深刻なようです。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011062001001170.html(厚労省が線量測定で東電指導 作業員69人の連絡先不明)

>厚生労働省は20日、福島第1原発で3月に緊急作業に当たった作業員について、内部被ばく線量の未測定者が125人に上り、うち69人とは連絡が取れていないことを明らかにした。

 同省の健康管理対策推進室は「遺憾だ。一人の漏れもなく線量管理してほしい」としており、同日、6月末までに測定結果を報告するよう東京電力を指導。ホームページなどを通じて未測定者に測定を呼び掛けることも求めた。

 厚労省によると、連絡の取れない69人はいずれも東電の協力企業などの関係者とみられる。

 緊急作業に入るため線量計を使った作業員の名前と所属を記録した名簿をもとに、東電が各社に照会したところ、約半数は「うちにそういう労働者はいない」などと回答し、残る半数は未回答。名簿は作業員の申告に基づいて作られ、免許証などを使った本人確認はしていなかった。

 一方、連絡が取れた56人のうち49人は今後測定の予定があり、残る7人は海外にいたり、入院していたりしてすぐには測定できないという。

 3月中に原発で緊急作業に当たったのは、後に原発以外で働いていたことが判明した87人を除いて計3639人だった。

(共同)

「うちにはそういう労働者はいない」って、なんなんですかね。

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高年齢者雇用研究会報告の読み方

先日、労務屋さんのコメントに対応する形で「ワカモノは怒るべきか?」で若干コメントした高年齢者雇用研究会の最終報告書が本日公表されました。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001fz36-att/2r9852000001fzaz.pdf

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-0f25.html(ワカモノは怒るべきか?)

内容は最後の会合に出された報告書案とほとんど変わっていないようなので、ここでは、先日のエントリに対する労務屋さんのご意見について、若干のコメントを。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110615#p1(若年はやはり怒っておいたほうが)

労務屋さんは、

>非正規雇用の実務的本質は多くの場合「雇止め」にあります

と、非正規労働全般については確かに的確な認識を述べた上で、

>これに対して、定年後再雇用は65歳までの継続雇用を要請されており、仮に短期の有期契約にしたとしても雇止め可能性はかなり低いことには留意が必要でしょう。まあ実質的に定年時から5年の有期契約と考えれば、若年の正社員よりは多少は柔軟性は高いにしても、人員規模適正化の観点からは、若年の正社員採用枠と競合しないとは言えない、というかまともに競合すると考えたほうがよさそうに思われます

と、定年後再雇用された嘱託は、非正規といえども他の非正規とは異なり継続雇用の上限年齢までは雇い止めは簡単にできないのだから、やっぱり労働力としては競合するじゃないか、と批判されます。

その点はまさにその通りで、わたくしもまさにそう考えているからこそ、

>この議論、量的にはある程度その通りの面はあると思います

と申し上げたわけです。そして、その否定しがたい量的な競合性については、

>労働市場全体のマクロ的な職の取り合いという面がなくなるわけではないにしても、それこそマクロ経済政策で対応すべきことであって・・・

と述べたこともご案内の通りです。

それに対して、わたくしが、65歳定年を法制化するのではなく65歳継続雇用を全面義務化するというやり方を採ることに、政策論としての意味があると考えている「非正規化」は、質的な面に着目したものです。正社員とは異なる身分で、異なる処遇がされる労働力になるという点に、意味があるという見方です。

確かに継続雇用の上限年齢まで雇い止めすることは困難ではありますが、正社員のルートから外して非正規労働者としての処遇に移すことによって、(もちろん量的な取り合いの面が無くなるわけではないとはいいながら)正社員としての若者の採用枠に対する影響を最小限にとどめようとしていることは確かではないかと思われます。

というようなことは、労務屋さんも実はよくご理解されているのだと思います。ただ、厳密な法制論議からすると、定年と継続雇用が処遇の面においていかなる違いがあるかということについては、実は必ずしも明確であるとは言い難い面があることもわきまえられた上で、継続雇用の全面義務化がもたらす権利としての強化が事実上の65歳定年に近づくことを牽制したいという意図があるのではないかと、やや深読み気味ですが、感じております。

結局、処遇の問題を括弧に入れて、量的な労働力問題として論ずるのであれば、報告書が言うように

>若年者の失業問題に対処するために、例えばドイツでは年金の繰上支給や高年齢者の失業給付の受給要件の緩和が行われ、フランスでは年金支給開始年齢の引下げが行われるなど、高年齢者の早期引退促進政策が推進されたが、結局若年者の失業の解消には効果は見られず、かえって社会的コストの増大につながったとの認識が示されていることなどから、必ずしも高年齢者の早期退職を促せば若年者の雇用の増加につながるというものではない

というのが世界的にほぼ共通の認識であり、かつてヨーロッパ諸国がやった高齢者を引退させて若者の職を確保しようというような政策はことごとく失敗したといっていいと思われます。労働市場全体として、仕事が絶対的に不足するのが定常状態という(BI派によく見られる)認識は正しいとは思われません。

2325 この点については、拙訳によるOECD『世界の高齢化と雇用政策』において、詳細に実証されているとおりです。

ただ、日本の雇用システムにおいては、正社員という限られたより優遇された労働者の地位を高齢者が占め続けることは、若者の正社員として雇用される可能性を狭め、(トータルの労働需要は変わらなくても)彼らを非正規労働力として雇用されることに追いやる危険性はあると思いますし、だからこそ、高齢者の方を非正規化するという選択肢を選びやすいようにしているわけですね。

ここは、そもそも論から言えば、定年後の高齢者の処遇だけを論ずるべきものではなく、その前の中年期の処遇自体が高すぎるのではないか、だからそれをそのまま延長すると高すぎる処遇が延長されてしまって持続可能でなくなるという問題に関わるわけです。

以前、賃金制度について論じたときに、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/chinginseido.html(賃金制度と労働法政策)

>たとえば、55歳定年を60歳に延長するのに伴う賃金引下げを年齢差別であり同一労働同一賃金原則違反だと主張した日本貨物鉄道事件(名古屋地判平11.12.27労判780.45)の場合、その54歳時点の高い賃金水準自体が実は年齢差別であり、同一労働同一賃金原則に反するものなのではないかという認識は見あたらないようです(この主張を退けた裁判所にもないようですが)。

と述べたことがあります。また、先日判例評釈で取り上げた

http://homepage3.nifty.com/hamachan/xunyu.htmlX運輸事件

でも、このあたりについて議論してみました。

いずれにしても、高齢者雇用問題を論じるということは、結局高齢者になる前の中年期の賃金処遇制度の問題を論じることにつながるわけで、むしろ、そこまできちんと踏み込んだ上でトータルな議論がなされることこそが、重要ではないかと思います。

なんといっても、現代の日本では、高齢者が嘱託で働いているために若者が労働市場からたたき出されて、失業や無業の悲運をかこっているというわけではなく、むしろ中年層の正社員ポストがなかなか減らないあおりで正社員就職が難しくて非正規に回っている面があるわけですから、そういう非正規の仕事はむしろ高齢者が積極的にやった方がいいと思うのですね。

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どうする?あなたの身近な労使トラブル

北海道労働委員会より、『どうする?あなたの身近な労使トラブル』というDVDをお送りいただきました。

Sinsa_tadokoroi

68分のDVDの中に、不当労働行為、集団的争議調整、個別紛争のあっせんと、3つのストーリーがドラマ仕立てで入っています。

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/rd/sms/contents/doga.htm

最初の不当労働行為の審査事件は、いきなりボーナス全面カットに対して田所君らが団体交渉を申し入れたら拒否された・・・という話。

Chosei_mouri

次は、毛利君ら2人の指名解雇をめぐる争議のあっせん。

そして3つめが、

Kohun_kondo

契約社員の近藤さんがささいなミスを理由に雇止めを通告されたという話で、これは3か月分の金銭解決となっています。

道労委会長の道幸哲也先生の指導で作ったと言うことで、それなりに面白く見られます。

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菅首相ねばりの根拠@Economist

20110611_ldp004 日本の新聞だけ読んでいると、なんでここまで追い詰められたはずの首相が頑張れるのか不思議に思う人もいるかも知れませんが、実はイギリスの国際的週刊誌『The Economist』が、ここまで応援していたんですね。おそらく、気が滅入るとこれを繰り返し読んでは、「やっぱり、俺がやらなくては」と、元気を出しているんでしょうか。

http://www.economist.com/node/18805493

>Post-disaster politics

A grand stitch-up or an election?

The prime minister’s opponents want a grand coalition. That’s a terrible idea

とりわけ、最後から2番目のパラグラフでは、思い切って選挙をやれとけしかけていますね。

>In some ways, this is a dreadful time to hold an election. Nobody in an evacuation shelter would relish the distraction; indeed some towns probably lost their voting records in the tsunami. Yet an election need not be a huge burden, and it could have advantages. It would give the victims of the tsunami and the nuclear disaster a chance to make their voices heard. The public could debate energy policy and decentralisation. Voters could even decide whether to raise consumption taxes.

なお、和訳はこちらです。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/11341

>いろいろな意味で、今は選挙をするには最悪の時期だ。避難所で暮らす人たちの中に、このような余計な動きを歓迎する人はいないだろう。実際問題として、津波で選挙に関する書類を失った市町村も複数あるはずだ。それでも選挙は、大きな負担になるとは限らず、逆に利益をもたらす可能性もある。津波原発事故の被災者にとっては、選挙は自らの声を伝える機会となる。国民はエネルギー政策や地方分権について議論を交わすことができる。さらには消費税の引き上げについても、有権者が可否の判断を示せるだろう

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2011年6月19日 (日)

たしかに、笑えるっちゃぁ笑える話だけどな(苦笑)

権丈先生が、山井前厚労政務官のメルマガを引用して、例によってからかっています。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/

>うん、たしかに、笑えるっちゃぁ笑える話だけどな(苦笑)。
学生さん達には分からんかもしれんが、要は、政府案に反対の民主党の勉強会に、野党の大御所が出席して、政府案の説明をしてあげている・・・

>>--------------------------------------------------
> 。☆〃。☆〃。☆〃。☆〃。☆〃。☆〃。☆〃。☆
>       やまのい和則の
>         「軽老の国」から「敬老の国」へ
>              第1423号(2011/06/17)
>    。☆〃。☆〃。☆〃。☆〃。☆〃。☆〃。☆〃。☆

> (6月16日)
> 長妻議員が会長の社会保障勉強会に、
>  講師として元厚生労働大臣の公明党の坂口先生と
>  自民党の尾辻先生をお招きして話を聞きました。
>
>  坂口先生からは、
>  これから増える医療と年金の財源をどうするか?
>  が最大の課題と強調されました。
>
>  尾辻先生は、社会保障問題は、
> 財源調達問題であると断言されました。
>
> 坂口先生からは、
>  子ども手当の民主党、自民党、公明党の
> 三党協議について、公明党は民主党と自民党との
> 中間の主張であり、三党一両損、の考え方、
> つまり、各党が少しずつ譲る必要がある、そんな思いで
> 坂口試案を発表したとのお話がありました。
>
> 坂口先生からは、
>  日本の社会保障は今までからアメリカと北欧の間
> くらいであった。これからもアメリカと北欧の間くらいを
> 目指すことになるのではないかとのお話がありました。
>
> 尾辻先生からは、消費税を10%に引き上げることに対しては
> 賛成というより、当然であると思います、
> 10%にしないとヨーロッパ並みの社会保障はできない
> とのお話がありました。

ご隠居気分の権丈先生には「笑えるっちゃぁ笑える話」ですが、現場の者どもには「笑うに笑えない話」であるわけで。

何にせよ、内閣不信任案に賛成した側(=つまり政府に反対)が、その内閣のやろうとしている政策を的確に理解し、一生懸命擁護しようとしているのに、不信任案に反対した側(=つまり政府に賛成)が、その政策の趣旨をまったく理解しようともせず、目先のことばかりで反対論を喚き散らしているというこの事態こそが、「自壊する二大政党」の最大の症状というべきなのかも知れません。

ネット上の連中を見ても、絶望感が募るばかりですし。

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2011年6月18日 (土)

自壊する二大政党 だけでなく・・・

東京新聞のコラム「筆洗」から、

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2011061802000030.html

><自壊する二大政党>。音を消したままにしていたテレビの画面に何げなく目をやると、そんなテロップが見えた

ウン? 民主党と自民党のことか? 東大の御厨貴教授が何か語っているようなのでボリュームを上げた。「まったく国民と遊離したところで、政党同士が争った。二大政党制の悲劇…」。いよいよ民主党と自民党の話という感じである

だが、早とちり。それはNHKが放映した昭和史の番組のさわりの紹介で、二大政党とは、その<自壊>が軍部独走を招いた、戦前の民政党と政友会のことだった。しかし「国民と遊離」なんて、今の二大政党の争いにもどんぴしゃりではないか

改めて引用するまでもないことではないか・・・とお考えの方も多いことでしょう。

わたくしもそう思います。

でも、そこで、東大の御厨貴教授がどう語っておられたのか、は気になります。

Bshunju

001 だって、今月発売された『文藝春秋』で、

http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/

その、昭和史の悲劇を一番よく分かっているはずの厨先生、いや御厨先生が、

>橋下徹を推す。危うい人物といえる。でも政治的な勘と、時にデマゴーグとも見紛う言動が、「戦後」から「災後」へと転換する今の時代にぴったりだ。捨て身になれる強さが、変動期のリーダーシップには必要だからだ。・・・

と語ってしまっているのです・・・・・・・。

関東大震災の「災後」から「戦前」へと転換するあの時代にも、危ういデマゴーグがいましたね。

二大政党が自壊しつつあることは、いまさら取り上げるまでもないことかも知れません。でも、自壊しつつあるのは二大政党だけではないかも知れないのです。

改めて「筆洗」から、

>とにかく、<二大政党の自壊>で国民が<悲劇>を味わわされるのだけは御免である

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テーラーメードの職業訓練

JILPTの原ひろみさんが、このたびまとめた資料シリーズNo.91「雇用創出と人材育成―アメリカ・ジョージア州のヒアリング調査から―」の内容を、コラムに書かれています。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0176.htm

>人材育成を行っても、育成した人材が仕事につけなければ、その人的投資は結果的に無駄になってしまう。しかし、雇用の受け皿があるところで人材が育成されれば、高い確率で良質な雇用が生み出され、地域の経済成長にプラスに働くであろう。そして、経済がプラスに成長すれば、追加的に新たな雇用が生み出され、さらに経済が成長するという好循環の発生が期待できる。

アメリカ・ジョージア州では、雇用創出と直接連携させたこのような人材育成プログラムを導入している。ここでは、2つのプログラムを紹介しよう。

まず、Intellectual Capital Partnership Program(ICAPプログラム)というプログラムがある。これは、州内の"その企業が""そのときに"求めている人材を供給できるように、ジョージア大学機構に属している大学・カレッジが迅速にテイラーメイドの職業訓練プログラムを作り、かつ実施するというものである。つまり、企業の人材ニーズと、大学・カレッジという高等教育機関に存在する知的資本を融合させて、州の経済状況を改善することを目的としたジョージア大学機構の経済開発プログラムの1つである。これまでに、雇用ニーズがあるにもかかわらず、必要なスキルを持った労働力供給のない分野で、複数のICAPプログラムが行われてきた。

一番初めに実施されたのは、TSYS社とコロンバス州立大学(CSU)の間で行われたCOMPASS ICAPプログラムで、1996~2003年の7年間続いた。TSYS社は、クレジットカード処理会社の世界トップ3の1つで、国際的なビジネス展開をしている企業である。

これは、大型汎用コンピューターのプログラマー不足に直面していたTSYS社のためにプログラマーを育成・供給するプログラムで、CSUが訓練プログラムを作成し、実施した。プログラムの費用は州とTSYS社によって賄われていたため、訓練生は授業料を支払う必要はなかった。

TSYS社は約2,500人の訓練修了者のうち1,000人を雇用した実績があり、現在でも800人が働き続けている。

次に、ジョージア・クイックスタートを紹介しよう。クイックスタートとは、ジョージア州への企業誘致を成功させ、また州内で雇用創出をする企業を支援するために、職業訓練を提供する州の機関である。企業誘致や雇用創出を引き出すインセンティブとして、資金提供は行わず、職業訓練プログラムの提供のみを行うことが特徴である。

クイックスタートは、要件を満たした企業に限ってではあるが、ジョージア州に新規参入する企業または一定数の雇用創出を行う既存企業に、無料で職業訓練を提供する。1967年に設立されてからこれまでに、約5,900社に職業訓練プログラムを提供し、約78万人に訓練を実施してきた。

技術大学(テクニカルカレッジ)の上部組織であるジョージア技術大学機構の一部局という位置づけで、州の予算で州内のテクニカルカレッジと円滑に連携をとりながら運営されている。

これら2つのプログラムの経済への純粋な効果については、厳密な評価が待たれるところである。しかし、労働需要がない分野で公的な訓練をいくら行っても、就職に結びつく確率は極めて低い。労働の需給バランスにあわせて、機動的かつ戦略的に公的資金を投入するというアイデアは、求職者の転職をスムーズにし、効率的な資源の再分配を実現するための制度設計の参考となるだろう。

リポート自体はこちらですので、詳しくはこちらを。

http://www.jil.go.jp/institute/chosa/2011/documents/091.pdf

日本は企業内教育訓練中心だったためにそもそも企業外の教育訓練システムが貧弱であるわけですが、ここ数年来それを専門学校等への外注で急激に拡大しようとしたものの、それら機関と労働市場とのつながりが弱体なままで進めたために、まさに「人材育成を行っても、育成した人材が仕事につけなければ、その人的投資は結果的に無駄になってしまう」「労働需要がない分野で公的な訓練をいくら行っても、就職に結びつく確率は極めて低い」という状況が見られるわけで、ここで原さんが紹介しているようなテーラーメードの職業訓練システムは示唆的です。

とりわけ、大学やカレッジという高等教育機関をこうしたテーラーメード訓練の手段として活用している姿は、日本のカウンターパートの状況を鑑みるに、まことに示唆的だと思われるのですが、それを示唆的だと感じない人々にとっては、馬の耳に念仏かも知れません。

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連合「新21 世紀社会保障ビジョン」

連合が、「新21 世紀社会保障ビジョン」を公表しました。

はじめに作られたのは2002年で、

http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/21hoshouvision/200210_honhen.pdf

その改訂版が2005年ですが、

http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/21hoshouvision/200509_digest_kaitei.pdf

今回の「新」バージョンは、各論の項目を見ると今まで無かったある重要項目が入ったことが分かります。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/new21hoshouvision/201106_new21vision.pdf

旧版:

Ⅰ 医療保障
Ⅱ 介護保障
Ⅲ 社会福祉
Ⅳ 児童福祉と子育て支援
Ⅴ 年金
Ⅵ 雇用にかかわる社会保障

新版:

1.子ども・子育て
2.社会的セーフティネット
3.年金制度
4.医療保障
5.高齢者福祉
6.障がい者施策
7.居住保障

そう、社会保障といえば厚生労働省の所管範囲という固定観念にとらわれて、住宅問題は入っていなかったのですね。

では、今回の「居住保障」ではどんなことが書かれているのか。

○すべての人々の「居住の権利」(Housing Rights)を社会保障政策に位置づけ、「住宅セーフティネット」を確立する。

○高齢者(施設入居者等を含む)、障がい者、低所得者、失業者などもが住居を確保し、安心して暮らせるよう、現物給付(公営・借り上げ住宅等)または現金給付(家賃補助等)による「住宅支援制度」を創設する。

○施設も「住まい」と位置づけ、ユニットケアを基本とし、個人の尊厳を重視した良質な居住環境を確保するとともに、プライバシーの確保が図られるよう整備する

House

これはやはり、一昨年のリーマンショック以後の事態の中で、住居も社会保障の一環だというヨーロッパではごく当たり前の、そして日本でも戦前には当たり前だった認識が、ようやく浸透してきたことによるものでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-af45.html(住宅支援の必要性)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-3cc9.html(『世界』3月号)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-3fdd.html(住宅政策のどこが問題か)

なお、政府の一体改革の議論が大詰めを迎え、りふれは系の反増税論と、「バラマキ」を目の仇にするネオリベ系反増税論と、選挙が気になる正直な人々とが、同床異夢の反増税神聖同盟を結ばんとしているやに見える今日この頃、連合がどのような認識を持っているか、念のため確認しておきましょう。

(4) 積極的社会保障政策を推進するための安定的な財源確保

○積極的社会保障政策の推進、サービス提供の担い手を確保するためには、その費用を賄う財源確保とその「負担の分かち合い」が不可欠である。そのためには、「参加型社会保障」の推進を通じて税・保険料負担についての透明性と納得性を一層高める必要がある。

○今回の連合「新21 世紀社会保障ビジョン」による「給付と負担」の将来推計では、現在(2008 年)の社会保障給付費の総額94.1 兆円が、2025 年度で165 兆円規模と推計される。その内訳は、年金給付費64 兆円(うち基礎年金の税方式化で24兆円)、医療給付費57.5 兆円、福祉関係給付費40 兆円(うち介護24 兆円、子ども・子育て支援10 兆円等)である。

これを賄う社会保障の負担総額は163 兆円で、社会保険料負担が83.7 兆円、公費負担(国、地方負担)が79.5 兆円程度と推計される。【表-Ⅴ-1:給付と負担の将来推計 参照】

○これらの必要な費用は、国民・住民、加入者・利用者による保険料と税負担で賄うことになる。とくに、社会保障の安定的な税財源の確保にあたっては、「公平、連帯、連帯」の理念に基づいて、所得再分配機能の強化に向け社会保障制度改革と税制改革との一体改革が不可欠である。なお、社会保険料の事業主負担は、企業の社会的責任として引き続きその役割は大きい。

○なお、2010 年度のわが国のGDPに対する国民負担率27.6%(租税負担率15.2%)は、デフレ経済と税収の大幅な落ち込みもあり、アメリカの2007 年の国民負担率28.7%(租税負担率21.7%)よりも低く、欧米先進国の中では、最も低い水準にある。

連合「新ビジョン」の将来推計では、2025 年度の国民負担率(対GDP比)は41%程度となり、現在(2007 年)のドイツ39.4%と同水準であり、フランス45.5%、スウェーデン48.6%よりも低い水準である。今後、一定の名目成長があれば、この程度の負担は十分に可能であり、同時に社会保障の機能強化が、社会を支える中間層の再生を通じた安定成長の基盤でもある。【図Ⅴ-2:国民負担率の国際比較 参照】

もちろん、Ⅰで示されている「少子高齢化の進行と家族の変化」「非正規労働市場の増大と格差・貧困の拡大」「社会保障の機能不全と国民皆保険・皆年金の危機」「新自由主義モデルの行き詰まり」「「日本型福祉社会」の限界」「社会保障財源の逼迫と再分配機能の低下」といった現状認識を共有するのであれば、当然のことではありますが、そういう構造的問題意識がなければ、卒然と神聖同盟に入りたがる人々が延々群れをなすのも当然のことかも知れません。

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2011年6月17日 (金)

X運輸事件(大阪高判平成22年9月14日)

本日、東大の労働判例研究会に1年4か月ぶりに参加して、X運輸事件について報告。弥生の総合研究棟に入ったのは、実はこれが初めてです。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/xunyu.html

この事件、別に「特に名を秘す」必要があるとも思えないのに、なんで「X運輸」なのかが最大の謎です。判決文を読むと、組合名(産別名)はちゃんと書いてあるのですぐ分かるんですが・・・。

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公務員の給与はいくら下げても構わない!?

Report 『情報労連REPORT』6月号の「hamachanの労働メディア一刀両断」では、「公務員の給与はいくら下げても構わない!?」です。

>国家公務員の給与を引き下げる閣議決定を巡って、「公務員の給与はいくら下げても構わない」と豪語した「人事コンサルタント」がいるが、どうやら労働法の大原則を見落としているようだ。

http://www.joho.or.jp/report/report/2011/1106report/p32.pdf

なお、その他の記事では、「経営者インタビュー」に登場しているウエルライフコミュニケーションズ株式会社代表取締役社長の山口浩行さんが、労働組合を持たない企業経営者へのメッセージとして、こう語っています。

http://www.joho.or.jp/report/report/2011/1106report/p30-31.pdf

> 労働組合になんとなく抵抗を感じるのは、組合のことを知らないからです。特に若い世代に顕著ですが、どんなに組合が素晴らしい活動をしていても、知りようがないのです。たとえば従業員が上司に意見できなくても、組合を通じてなら言えるかもしれない。これはポジティブな効果だし、経営にも絶対にプラスになるはずです。
 経営者と従業員がお互いに労働組合をうまく活用できればいいと思います。そのためにも、組合はもっと活動を世の中に伝えていくべきです

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2011年6月16日 (木)

久しぶりの駒場

本日、東大駒場の自主ゼミ「格差と貧困を考える」に呼ばれて、1時間半ほどお話をし、その後、下北沢でゼミの皆さんといろいろとお話をいたしました。

本郷はちょくちょく(というか講義もあるので毎週)行ってますが、駒場はほんとうに久しぶりで、いきなり地面がブロックになっているのに驚いたり、銀杏並木の突き当たりの昔駒場寮があったあたりに大きな生協の建物が建っているのにびっくりしたりと、ほとんどお上りさん状態でした。

本郷で会っている学生たちは大学院生なので、駒場の学生さんたちというのは今までにない若さですね。今から35年前に入学した頃のことを思い出しましたよ。

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2011年6月15日 (水)

『連続討論 『国家』は、いま』

0229090 杉田敦編『連続討論 『国家』は、いま』(岩波書店)は、福祉の話も金融の話も、教育の話もそれなりに面白いのですが、やっぱり一番面白いのは、萱野稔人さんが炸裂している「暴力」編ですね。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0229090/top.html

>〈暴力〉 国家を国家たらしめているものは何か
──国家の起源とその役割──
萱野稔人(問題提起)・住吉雅美(まとめ)
石川健治・市野川容孝・杉田 敦(司会)

トピック 1 「戦争の民営化」が意味するもの

2 刀狩りと帯刀禁止令における暴力の形

3 国家を廃棄することはできるのか

帯刀の権利と武器使用の権利を分けるもの/戦争の民営化は国家の進化?/国家の存立理由/国家の本質としての徴税/国家固有のサービスはあるのか/徴兵制による軍のコントロール/戦争行為の違法性/国家の守備範囲とアイデンティティ/アナルコ・キャピタリズムにおける暴力/土地所有と結びついた暴力/国家と家のせめぎ合い/暴力論と権力論のあいだ
まとめ 神輿は勝手に歩けるか?──国家と暴力との腐れ縁

住吉雅美さんという法哲学者がアナルコ・キャピタリストで、暴力国家論者の萱野さんと、大変面白い掛け合いを演じています。

以前、本ブログで  アナルコキャピタリストな方々とやりとりしたことを思い出しました。

住吉 アナルコ・キャピタリズムは戦争の正当性を極めて限定的にしか認めませんが、戦争が必要な場合はその民営化を肯定しています。つまり無辜の人々を大量に殺戮する国家間戦争や核兵器の使用を拒絶し、あくまでも個々の侵略者そのものだけを対象とする戦闘行為しか認められないと主張します。しかしその戦闘のための兵員を調達する場合には強制的な徴兵制を否定するので、自発的に発足した義勇軍や地域的防衛組織、そして民間軍事企業に依頼することになります。その限りでアナルコ・キャピタリズムは戦争の民営化を肯定します。・・・

萱野 ・・・ただし、国家による合法的な暴力の独占が崩れることはあると思います。例えば、さまざまな民間警備会社が市場の中に分散して、自らの実力や市場でのマーケティングの力などを背景に互いに争い合うという状況ですね。ただそれも、いずれ大きな機構へ統合されていくでしょう。というのも、民間警備会社同士が何らかの事情でぶつかり合うことになった時、そこでは吸収合併か、共通のより大きな機構の設立という動きに必然的になるからです。そうなると、結局は、いくつもの武力組織が分散している近代以前の状態から国家が形成されてきたのと、まったく同じプロセスが生まれるだけです。

・・・・・・・

住吉 論者たちは利己心に基づく市場の原理に対して楽観的で、例えば悪質な企業が参入してアンフェアな行動をとり、一時的に市場を牛耳ることが起こるとしても、そういう企業は次第に契約者を失い、やがて破綻するだろう、長期的に見ればフェアで良質なサービスを提供する企業だけが顧客を獲得し生き残ると考えています。・・・

萱野 シュミットが『政治的なものの概念』のなかで、アナーキストを批判しています。政治を考えるときは性悪説でなければならないのに、アナーキストは性善説で考えている、と。暴力なんていつでも起こるし、誰でもチャンスがあれば悪いことをする以上、性善説に立つことは政治議論を歪めてしまう、ということですね。歴史的に見ても、人間は暴力を行使しない状態が普通なのではなく、暴力をいつでも行使しうるというのが普通の状態だと考えなければいけない。・・・

これって、デジャビュを感じませんか?

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-143d.html(警察を民営化したらやくざである)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-2b5c.html(それは「やくざ」の定義次第)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-037c.html(アナルコキャピタリズムへの道は善意で敷き詰められている?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-48c2.html(人間という生き物から脅迫の契機をなくせるか?)

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有森美木さんの遺著『世界の年金改革』

D12d0adb108dcec44de99c8ec0aa136b0a3 故有森美木さんの遺著『世界の年金改革』(第一法規)を、ご母堂よりお送りいただきました。わたくしのような者にまでお送りいただきありがとうございます。

http://www.daiichihoki.co.jp/dh/product/027227.html

1990年代〜2000年代にかけての世界の年金の大変革期をフォロー。欧米からアジアまで世界の年金制度を検討・評価し、日本の年金制度を考える

第1部 世界の年金改革とその評価
第2部 社会保障年金への確定拠出個人勘定導入
第3部 ドイツの年金改革
第4部 イギリスの年金改革
第5部 東アジアの年金制度
第6部 年金経済学入門
第7部 年金制度の法的論点

有森さんは、慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程卒業後、日興フィナンシャルインテリジェンス年金研究所で研究員として活躍しながら、筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業法コース博士課程で博士論文の執筆を続け、その完成を目前にして、昨年7月7日、七夕の日に心臓病で倒れ、永眠されました。

本書は、有森さんのご母堂のご希望で、指導教授であった江口隆裕さんが多くの論文から選んだまとめたものです。先進国だけでなく、東アジアの年金制度や、年金の経済学(これは正直よく理解できませんが・・)や年金関係の判例解説まで、広く収録されています。

Nenkin わたくしは、有森さんとは、連合総研の年金の研究会でご一緒したという関係です。この研究会の成果は、この報告書にまとめられており、

http://rengo-soken.or.jp/report_db/file/1221635157_a.pdf

有森さんは第2章の「ドイツの年金改革」を執筆されています。

また、有森さんが企画しながら、実現を見ずに亡くなられたた昨年11月のシンポジウム「非正規雇用と年金制度」には、パネリストとして出席させていただきました。

http://www.nensoken.or.jp/gakkai/2010sympo/

是非多くの方々に読まれることにより、有森さんの思いが人々に伝わることを願います。

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労働組合は賃金カルテルだが・・・

「ニュースの社会科学的な裏側」さんに、評論家相手に詰まらん喧嘩を売るな、と諭されたこともあり、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/--9bf9.html(「犬も食わない池田-濱口論争を整理」されました)

淡々と、事実のみを指摘し、労働問題に関心のある方々への参考としたいと思います。そうしておけば、変なイナゴも湧いてこないでしょうし。

さて、例によって池田信夫氏のつぶやきですが、

http://twitter.com/#!/ikedanob/status/80854685522739200

>労働組合は賃金カルテル。ワグナー法までは違法だった

例によって、半分だけ正しいというか、一知半解というか、いやいやそういうことを言ってはいけないのであった。どこが正しいかというと、

1890年のシャーマン反トラスト法が、連邦最高裁によって労働組合にも適用されると判決されたことにより、まさに「労働組合は賃金カルテル」となりました。

これに対し、1914年のクレイトン法が「人間の労働は商品ではない」と規定して、労働組合の行動を反トラスト法の対象から除外したのですが、なお当時の司法はいろいろと解釈して反トラスト法を適用し続けたのです。

それをほぼ全面的に適用除外としたのが1932年のノリス・ラガーディア法で、これを受けて、むしろ積極的に労働組合を保護促進するワグナー法がルーズベルト大統領の下でニューディール政策が進められていた1935年に成立します。

ですから、学生ならお情けで合格点を与えてもいいのですが、社会科学に関わる人であれば「ワグナー法までは違法だった」で落第でしょう。

で、ここからが本題。

このように労働組合がカルテルであるというのは、つまり労働者が企業の一員ではなく企業に対する労働販売者であり、労働組合とはそういう労働販売者の協同組合であるという認識を前提にします。労働組合がギルドだという言い方も、同じです。

欧米の労働組合は、まさにそういう意味で労働販売者の協同組合として、社会的に位置づけられているわけですが、日本の労働社会ではそうではない、というのが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a4ee.html(半分だけ正しい知識でものを言うと・・・)

の最重要のポイント。

日本の企業別組合は、企業の一員(メンバー)であることが要件であり、そのメンバーシップを守ることが最重要課題なので、自分が働いている職場に、自分のすぐ隣で、同じ種類の労働をものすごい安売りをしている非正規労働者がいても、全然気にしないのです。そんなもの、カルテルでもなければギルドでもあり得ない。

アメリカは自由市場イデオロギーの強い国なので、こういう反カルテル的発想から反労働組合思想が発生しがちなのですが、少なくともそのロジックをそのまま日本に持ち込んで、日本の企業別組合に対して何事かを語っているつもりになるとすれば、それは相当に見当外れであることだけは間違いありません。

批判するなら、「もっとまともなギルドになれ!」とでもいうのでしょうかね。それは立場によってさまざまでしょうが。

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2011年6月14日 (火)

拙著をネタに労基法36条改正論

第四インターナショナル日本支部再建準備グループの機関誌「インターナショナル」の2011年5月号に、拙著『新しい労働社会』を冒頭に引用した文章があったので、ご紹介。

http://www014.upp.so-net.ne.jp/tor-ks/uni/uni26.htm(労働基準法36条の改正を)

>昨年出版された濱口桂一郎著『新しい労働社会』(岩波新書)は、労働時間について面白い指摘をしている。
 戦前の工場法は、何よりも長時間労働で健康を害した女工らの健康を守るために設けられた。しかし戦後の労働基準法における1日8時間労働は、健康確保ではなく「余暇を確保しその文化生活を保障するため」のもので、残業については規制をもうけなかったが、そのことが無制限(の残業)を許してしまう結果になった、と。第36条にもとづく協定を結べば、使用者は制限のない残業を命じることができることになった。・・・

で、最後の結論は、

>今、労働者は奪われたものを奪い返す闘いを構築していかなければならない。そのスタートが、労働時間の短縮、生活時間のゆとりによる人権と人格の回復・確立である。
 労働組合からではなく、労働者が「個にとって譲れないもの」に固執するなかから自己を社会、企業から自立させ、もう一度労働者・生活者の観点から労働と労働者の連帯=労働組合を捉え直し、生きる権利の獲得に向かわなければならない

ということのようです。

いろいろなところで読まれているようで、嬉しいですね。

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震災直後に働いていた作業員ともう連絡が取れない・・・

厚生労働省に、作業員全員の被曝量を出せと言われて、連絡を取ろうとしたけれども・・・

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110614-OYT1T00587.htm?from=main5(原発作業員10人と連絡取れず…東電発表)

>東京電力は14日、3月の事故発生直後に福島第一原発で作業していた協力企業の作業員10人と連絡が取れていないと発表した。

厚生労働省は13日、3月に作業した3726人全員の被曝量を20日までに評価し終えるよう、東電を指導している。

これは一体、何なんだ、という感じです。

「協力企業」というのは、つまり構内請負であるわけですが、そんなに縁の薄いものなのでしょうか。

下で書いた偽装請負にならないように出来るだけコミュニケーションをとらないようにとらないようにしているからなのか、事情はよく分かりませんが、10年前じゃない、1年前でもない、たった3ヶ月ちょっと前に、しかも大震災でメルトダウンして大騒ぎになっていたときに、そこで一緒に働いていた人々のことが、もうわからない・・・。

やはり、原発の中の安全衛生に関しては、電力会社が将来にわたって全責任を持つという仕組みをきちんと作っておかないと、とても危うい感じです。

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経団連が一般財源の雇調金を要望

略称から日本がとれた経団連(正式名称は日本経済団体連合会のままですが)が、「企業の雇用維持に対する新たな支援策の実施を求める」という要望を公表していました。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2011/060.html

要すれば、現在の雇用保険を財源とする雇用調整助成金は「「経済上の理由」により事業活動の縮小を余儀なくされた事業主を対象とするところであり、天災や政府の指示等によって休業等を余儀なくされるものまで事業主の共同連帯として事業主の保険料を充当していくことは雇用保険二事業の制度本来の趣旨に鑑みて困難」であるので、一般財源であらたな制度を設けてくれ、という要望です。

具体的には、

1.直接被災を理由とする休業
2.原発災害に伴う警戒区域・計画的避難区域における休業
3.東京電力・東北電力管内に所在する事業主が電力需要の抑制目標(電力の使用制限を含む)を達成するために行う休業

といったものについては、一般財源で工面せよ、と。

このうち、2と3については、そもそも東電の責任ではないかという議論が出てくると収拾がつかなくなる予感もしますが、そうだとしても結局は国が税金で面倒見なければならないことには変わりはないようにも思えます。

いずれにしても、そもそも会社自体がなくなってしまったケースもあれば、やむなく解雇したケースもいっぱいあり、雇調金の拡充一般財源化だけでどうにかなるわけでもありません。

秋口には雇用保険の受給切れが発生してくるはずで、すでにぼつぼつ増え始めている生活保護受給被災者が、一気に増加してくる可能性もあるでしょう。

そこで、今回成立した求職者支援法ですよ、といいたい人もいるでしょうが、それこそ基金訓練で相当程度露呈した生活保障のための現金給付という政策目的と労働市場復帰のための職業訓練という建前との乖離がますます大きくなる一方になるのではないかと思われますし。

こういうあたり、もう少しみんな気にしろよな、という声があまり大きくならないのが不思議です。

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原発が偽装請負じゃなくて正しい請負だったらもっと大変なことに

先のエントリのうち、

>>東電が行っていることは偽装請負に該当するわけだが

>労働者保護の観点からすれば、偽装請負か正しい請負かどうかが問題なのではなく、きちんとした安全衛生措置、労災防止措置が講じられているかどうか、が問題です。

について、若干の追加説明をしておきます。

職安法、派遣法的観点からは、正しい請負とは、東電が「協力会社」の労働者に対して、一切指揮監督に当たるような行為をしないことであり、「偽装請負」とは、東電が「協力会社」の労働者に対しても、指揮監督に当たるような行為をすることです。

電離放射線が飛び交う原発の中で、東電は一時下請の労働者に一切指揮監督をせず、一時下請は二次下請の労働者に一切指揮監督をせず・・・というような空恐ろしいことが、職安法、派遣法上からは正しいこととされてしまうという仕組み自体に問題が孕まれていると、私はむしろ思います。

原発よりは危険性が少ないはずの建設現場については、労働安全衛生法で元請が包括的に安全衛生責任を負う仕組みが設けられていますし、近年の改正で製造業の構内請負についても一定の仕組みが設けられています。

安全衛生上の指揮命令とそれ以外の指揮命令が判然と峻別できるわけではないと思いますし、とりわけ危険な現場であればあるほど、すべての指揮命令は安全に関わる指揮命令でしょう。

労働者保護という観点から重要なことは、全体の安全管理に責任を有する元請が、きちんと何次下請の労働者までも面倒を見きることであって、「偽装請負だからけしからん」と言うような議論は、下手をするとむしろ逆効果になりかねない、という危惧を抱いています。

(参考)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/gakkaishi114.html(請負・労働者供給・労働者派遣の再検討(『日本労働法学会誌』114号))

残念ながら、日本の労働法学者の中には、こういう問題に真剣に向き合おうとする方はあまりいないのですが。

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予告監督

Yd_toukei1 「ビジネスメディア誠」から、今度は東洋経済のおなじみ記者風間直樹さんの講演。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1106/14/news007.html

まあ、内容は先日の『東洋経済』の記事とほぼ同じなのですが、多分今まであまり書かれなかった、しかし結構重要なポイントが指摘されています。

>東電が行っていることは偽装請負に該当するわけだが、なぜこのことが問題視されなかったのだろうか。その理由の1つに、行政が摘発できなかったことが挙げられる。関係者に聞いたところ「労働基準監督署(労基署)が現場作業をしているところに入る場合、抜き打ち検査を行うのが当たり前だ」という。労基署の検査は厳しくて、突然やって来て、書類を確認し、労働者を集めて話を聞いたりする。なぜ抜き打ちをするかというと、会社が都合の悪いものを隠してしまうから。

 しかし原発の中は危険なので、予告監督せざるを得ない。管理者の指示に従いながら、検査しなければいけないのだ。このように“手入れ”がしにくい職場なので、長年、不正が隠されてきたのだ。

正確に言うと、偽装請負かどうかは職安法、派遣法の問題であり、労働基準監督署の所管ではありません。また、労働者保護の観点からすれば、偽装請負か正しい請負かどうかが問題なのではなく、きちんとした安全衛生措置、労災防止措置が講じられているかどうか、が問題です。

しかし、抜き打ち監督できないことは、本来の労働基準法、安全衛生法関係についても極めて重大な欠落をもたらします。

予告監督しかできないということは、予告通り監督官が来たときには、ちゃんと設備や書類が揃っているということです。

建設現場のように、ある日いきなり監督官がやってきて、あれを見せろ、これはどうなってる、と締め上げることはあり得ないということです。

かつての鉱山とは異なり、原発は労働安全衛生法の適用除外ではありませんが、にもかかわらず事実上監督権限が及びにくい状況になっていたこと自体について、改めて再検討する必要があるのかも知れません。

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震災復興と人材ビジネス

NPO法人人材ビジネスコンプライアンス推進協議会の「コンプライアンスニュース」創刊準備号vol.2に寄稿した「震災復興と人材ビジネス」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/compliance01.html

去る3月11日、東北地方太平洋沖を震源地とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生し、これが東北・関東の太平洋岸に数十メートルを超える津波となって襲いかかり、沿岸の市町村をほぼ壊滅させ、おそらく2万人を超える犠牲者を出した。東日本大震災と総称される今回の大災害に対しては、既に政府の緊急雇用対策が立案され、実施に移されつつある。本稿では、震災からの復旧・復興に向けて、人材ビジネスがいかなる役割を果たしうるのかを考えつつ、この時期に守るべき「コンプライアンス」とは何かという問題にも触れたい。

震災から1か月近く経った4月8日、細川厚労相は人材ビジネスの事業者団体に対し、迅速で的確な職業紹介やマッチングについて官民一体となり積極的に取り組んでもらうよう要請した。そこでは、被災労働者を受け入れられる派遣先を確保し、希望・適性に応じた迅速・的確なマッチングを実施すること、被災地内外の企業が必要な人材を確保できるよう、労働者に多様な選択肢を示すことなどが求められている。この直前の4月5日に公表された「日本はひとつしごとプロジェクト」がマッチング機能についてはハローワークしか挙げず、人材ビジネスに全く触れていなかったことを考えれば一歩前進であるが、4月27日の同プロジェクトフェーズ2においても人材ビジネスの活用が明確に出てきていない。

震災対策にハローワークを最大限に活用すべきは当然だが、ハローワーク自体被災した地域も多い中、被災者への失業給付、被災企業への助成金支給を始め膨大な業務が山積みであり、しかも近年の行政削減の中で他地域から応援できる人員も限られている。この緊急時において、労働市場のマッチング機能をその能力のある人材ビジネスに相当程度委ねることは不可欠ではなかろうか。

このことは、今回の震災対策としてCFW(キャッシュ・フォー・ワーク)という被災者就労スキームを提唱している永松伸吾関西大准教授も強調している。短期間に大量に発生する仕事と被災者の就労ニーズを柔軟に結びつける機能をもっとも効果的に果たしうるのは人材ビジネスであろう。そのマッチングと上記プロジェクトによる被災者や企業への支援措置とを有機的に結びつけ、全体のスキームが円滑に回るように手配することが行政側が傾注すべきことである。

ここ数年来、派遣事業を始めとして人材ビジネス業界は世論のバッシングの矢面に立たされてきた。もちろんそれ以前の時期に、業界の代表的な人物が調子に乗って労働者保護を全面否定するような論調を煽り立てていたこともあり、天に向かって吐いた唾が顔に落ちてきたという側面も否定できないが、人材ビジネスの有益性を全否定するような議論が横行していたことは異常であった。今回の震災復興に人材ビジネスが積極的に取り組み、多くの被災者や企業からその役割を再認識されるならば、ねじれにねじれた人材ビジネスをめぐる現在の議論状況をまともな方向に向けていく一歩になるかも知れない。その意味で、ある部分人材ビジネス業界としての公共的活動としても位置づけ、商売を超えた取り組みを求めたい。これだけ私たちにとって重要な役割を果たしてくれる人材ビジネスに対し、今の派遣法改正案は本当にふさわしい対応なのかという問題意識を国民に持ってもらうためにも。

その上で、詳しくは次回に論じたいが、現行派遣法が立脚している業務限定方式という世界的に極めて異例な規制方式についても、積極的に問題を提起していく必要があると思われる。震災復興との関係でいえば、とりわけCFWなどで想定されている被災家屋の解体、瓦礫の撤去などは、派遣法で禁じられている建設業務との関係で問題になりうる。くっついていれば建設業務で、くっついていなければ軽作業などと分けることが、労働者保護といかなる関係があるのか、まともに説明できる人は誰もいないであろう。ここには、派遣などの三者間労務供給関係がもたらす潜在的危険性に正面から向かい合うのではなく、業務で線引きすれば問題がなくなったことにするという安易な規制方式をとってきたことのツケが露呈しているとも言える。どんな業務であれ、悪い業者の悪い行為は規制し、排除していかなければならないし、良い業者の良い行為は承認し、促進していかなければならないはずである。それが「コンプライアンス」という言葉の本当の意味ではなかろうか

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2011年6月13日 (月)

「すべてが後手」と厚労省 再調査や東電常駐を検討 作業員被曝

福島原発作業員の被曝問題については、産経の報道が詳しく伝えています。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110613/dst11061320410020-n1.htm(被曝線量限度超え東電社員、新たに6人 厚労省)

>東京電力福島第1原発で作業した東電社員2人が被曝線量限度の250ミリシーベルトを超えて被曝していた問題で、厚生労働省は13日、線量限度を超えて被曝した可能性のある東電社員がほかに6人いたと発表した。

 厚労省は東電から報告を受けた。6人は男性で、線量が最も高かったのは、計測制御器機保守を担当した人の497ミリシーベルト。厚労省は東電に対し、6人の精密検査を、日本原子力研究開発機構で行うよう指示した。

 東電の調査によると、250ミリシーベルトに達しないものの200ミリシーベルトを超えた可能性があるのは6人、100ミリシーベルト以上200ミリシーベルト未満の可能性は88人だった。

と、ここまではほかの新聞も報じていますが、

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110613/dst11061323220025-n1.htm(「すべてが後手」と厚労省 再調査や東電常駐を検討 作業員被曝)

>福島第1原発事故で被曝線量限度を超えた東京電力の社員2人以外に、ほかにも6人が超過したとみられることについて、厚生労働省の幹部は13日、「こんなに多くの人が被曝したことは極めて遺憾」と強い口調で話した。今後、再度の立ち入り調査や東電本店への常駐も検討する。

 厚労省によると、測定対象は、3月中に原発で作業を始めた計約3700人に上る。測定自体はほぼ終わっているが、分析などに時間がかかり、東電が期限の13日までに被曝線量を報告したのは約2400人分にとどまった。

 厚労省幹部は未報告の作業員からも限度超過が出てくることを懸念する。東電の対応を「測定装置の確保など、すべてが後手に回っている。しっかり線量管理やケアに当たる人がいないといけない」と批判。東電本店内の対策本部に担当者を常駐させて情報収集に当たる案も出ている。

確かにこの調子では、限度を超えた人がいくらでも出てきそうです。

250ミリシーベルトというのはあくまで今回の事故で引き上げたもので、本来の緊急時の上限は100ミリシーベルトなのだし、今までの労災補償では、100ミリシーベルト以下でも労災認定されているケースがあることを考えれば、今起こりつつあることは、福島の作業員たちがあと10年後、20年後に白血病などを発症する可能性をどんどん高めているのだということをもう少し念頭に置いて欲しいとは思います。

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要員確保、熱中症予防…福島原発、夏を前にあの手この手

Dst11061308030002p1  産経の記事から、

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110613/dst11061308030002-n1.htm

>夏を控え、福島第1原発事故対応に当たる要員の確保や健康管理が重要性を増している。大量被ばくや作業中の死亡も発生する中、政府も関与して対策を講じ始めた。

 5月末、厚生労働省の金子順一労働基準局長が経済産業省原子力安全・保安院の寺坂信昭院長を訪ね、作業員養成を訴えた。「停止した浜岡原発で働いていた技術者に福島に来てもらえないか。OBの再雇用やボイラー技士の活用は可能か」。経産省の領域にも踏み込む異例の提言だった。

 厚労省は3月、今回の緊急作業に限って作業員の被ばく線量限度を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに引き上げた。労働力確保に、もう上限を引き上げるカードは切れない。局長の言葉は、労働者を増やし対応すべきだとの意思表示だった。「経産省は上限を緩めることばかり考える」。厚労省幹部は口をとがらせる

それはもちろん、産業振興を至上目的とする経済産業省が「上限を緩めることばかり考える」のは当然なのでしょうが、問題は国全体の政策がそれ中心で進められていっていいのか、ということでしょう。産業発展には(短期的には)ブレーキになる可能性のある労働者保護をどこまで大事にできるかは、(あまり好きな言葉ではありませんが)国家の品格に関わる問題でしょうね。

>6月、作業員が大量の内部被ばくで250ミリシーベルトを超えたことが分かった。安斎育郎立命館大名誉教授(放射線防護学)は「工程表通りに作業せよとの要請があり、労働実態は深刻なのだろうが、健康管理を後回しにしてはならない」と話す。

 個人配備の線量計と毎日の記録で比較的容易に把握できる外部被ばくと違い、内部被ばくは線量確定に時間がかかる。東電は測定に必要なホールボディーカウンターという装置を増設。線量を確定する計算法も、より簡便なものに改良した

熱中症対策では、7月にかけ敷地内の休憩所を増やす。厚労省労働衛生課によると「予防は水分と塩分をまめにとるのが重要」。だが、うかつに防護マスクを外して補給すると、放射性物質も取り込んでしまう。1時間に1回の休憩など、対策を元請けとなっている日立や東芝などにも呼び掛けているという。

 5月14日朝、作業員が心筋梗塞で死亡した際には、敷地内に医師がいなかったことが発覚。産業医大や労災病院からの応援で24時間の診療態勢を築くきっかけとなった。新たに作ったチェックリストで、作業の長期化に伴い発生が懸念される精神面の不調を見抜く試みも始めるという

なるほど、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-fb6c.html(福島第一原発で常時医師を配置する体制が整いました)

というのは、あの作業員の死亡がきっかけになったのですね。

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『季刊労働法』233号

Tm_i0eysjizm42g 書店に並ぶのは明後日からだと思いますが、『季刊労働法』233号が届きました。

http://www.roudou-kk.co.jp/quarterly/archives/004748.html

先日予告したように、特集は「職場の安全衛生・健康と法律問題」です。

労働安全衛生の現状と課題
京都大学大学院准教授 小畑史子

メンタルヘルス検討会報告に見るメンタルヘルス問題の今後の課題
-労政審議会「今後の職場における安全衛生対策について」中の「職場におけるメンタルヘルス対策の推進」への変化の推移経緯等を踏まえて-
弁護士,千葉大学法科大学院客員教授 岩出 誠

職場における受動喫煙防止対策の法的課題および今後の展望
-受動喫煙検討会報告を読む-
神戸学院大学法科大学院教授 表田充生

リハビリ就労をめぐる法的問題
(使用者側の立場からの検討)
弁護士 石嵜信憲  弁護士 盛 太輔

私傷病労働者の就労可能性判断と医師の関与
早稲田大学大学院 鈴木俊晴

メンタルヘルス対策と企業の責任
─メンタルヘルス裁判例の検討を通して─
大阪大学准教授 水島郁子

「職場のいじめ」の定義と被害者救済
─北米における労働安全衛生法と救済立法からの示唆─
放送大学客員教授 品田充儀

ご覧のように、もともと安衛法改正案提出を予想してメンタルヘルス、受動喫煙を中心にいじめまで含めて特集を組んだのだと思いますが、昨年末に建議がまとめられたまま今国会に改正案は出されていません。それでも、この領域についてきちんと突っ込んで考えるには大変有用な特集です。

ちなみに、冒頭の小畑さんの論文は、最初は全体の概観論文の予定だったのだろうと思いますが、途中で東日本大震災があり、最初の5ページ近くを福島原発の安全管理、とりわけ電離放射線障害防止規則の検討に費やしています。これはこの雑誌の震災対応としては適切だと思います。

同じく一応震災対応のつもりで書いたのが、わたしの「労働法の立法学(連載第25回)──公的雇用創出事業の80年」ですが、人によっては物足りないと感じるかも知れません。

なお、鈴木俊晴さんの「私傷病労働者の就労可能性判断と医師の関与」については、先日沖縄で労働法学会があったとき、前日の夜居酒屋で喋ったときにいろいろ聞いたような気がするのですが、泡盛の飲み過ぎでほとんど覚えていません。失礼。

その他、今号で注目すべき記事を挙げておきますと、

■神戸労働法研究会■
書評論文 西谷敏『人権としてのディーセント・ワーク─働きがいのある人間らしい仕事』を読んで
神戸大学大学院法学研究科教授 大内伸哉

アモーレと人権の対決。これは読みたくなりますねえ。

軽口はともかく、最後のところで大内さんが述べている西谷批判のコアを引用しておきましょう。

>・・・もちろん、私も人権の重要性は否定しない。しかし、「これだけは譲れない最低線」の範囲は、もっと絞り込んでコアなものに限定すべきではなかろうか。それは、要するに、契約や市場に任せる部分と基本的人権として絶対的に保障する部分とを適切に峻別していくということである後者の部分の肥大化は、「ディーセント・ワーク」を享受できる一部の労働者と多くの失業者という二極構造を生むだけではないのか、と言うのが私の懸念である。

わたくしはまた両氏とは別の考えがありますが、それはともかく、一読の値打ちはあります。

また、新連載として、「文献研究労働法学」が始まりました。

新連載・文献研究労働法学(1)
第3期労働法文献研究会を立ち上げるにあたって
神戸大学大学院法学研究科教授 大内伸哉
労働者派遣をめぐる法理論
静岡大学准教授 本庄淳志

その他の記事配下の通りです。

■労使で読み解く労働判例■
過労自殺労働者の遺族に対する使用者の損害賠償と弔慰金の支払
─九電工事件(福岡地判平成21年12月2日労判999号14頁)─
明治大学教授 小西康之

■筑波大学労働判例研究会■
早稲田大学事件
東京高裁平成21年10月29日判決
筑波大学労働判例研究会 上田憲一郎

■北海道大学労働判例研究会■
60歳定年後の再雇用拒否につき雇用契約上の地位が認められた例
東京大学出版会事件(東京地判・平成22年8月26日・労働判例1013号15頁)
弁護士 中島 哲 

■同志社大学労働法研究会■
採用内々定の取消と救済のあり方
コーセーアールイー(第二)事件 福岡地判平22.6.2(労判1008号5頁)福岡高判平23.3.10(労判1020号82頁)
関西外語大学准教授 篠原信貴

■連載■
アジアの労働法と労働問題(10)
労働分野におけるアジア向け国際協力の現状と問題点
大阪女学院大学教授 香川孝三 

新連載・ローヤリング労働事件(2)
連載開始にあたって
慶應義塾大学教授 山川隆一
訴訟・仮処分―使用者側の立場から
弁護士 浅井 隆 

■研究論文■
外国人技能実習生と就労請求権
岩手大学准教授 早川智津子

会社分割時の分割会社の説明義務
─EMIミュージック・ジャパン事件(静岡地判平22・1・15労働判例999号5頁)の検討
中央大学大学院博士後期課程 松井良和

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「犬も食わない池田-濱口論争を整理」されました

左のトラックバックにあるように、「ニュースの社会科学的な裏側」ブログにおいて、「犬も食わない池田-濱口論争を整理」されました。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_13.html

冷静かつ客観的立場からはそう見えるであろうと思われるような整理がされており、概ね納得いたします。

>濱口氏は労働問題の定性的研究で業績がある研究者で、池田氏は評論家として著名な人物であると言うのが、私の印象だ。緻密な議論が必要な研究者と、愉快な語り口が必要な評論家で、同じ問題を論争すると、こういう結果になりがちなのは分かる

わたくしにとって、耳が痛かったのは、最後のパラグラフにおける「3法則」のような形の批判をすることへの批判です。やや長いですが、まことに真摯な批判でありますので、そのまま引用いたします。

3. 濱口桂一郎氏を批判する

濱口氏が「池田信夫氏の3法則」で、池田氏の議論の姿勢を批判している。内容はともかく、濱口氏の立場の人が、このような批判をする事は感心しない。

池田氏を批判する意義は、池田信夫氏ブログの読者に、専門的見地から社会問題を考えるための資料を提供するチャンスを提供することだ。池田氏に自身のエントリーを修正させる事は、過去の事例から見る限りは、期待できない。

大抵の第三者は、肩書きではなく内容で評価するため、同レベルで人格批判を行っていると、内容の批判が目立たなくなる問題がある。それでは批判エントリーの意義が無くなるので、池田氏の主張への批判に集中するべきだ。

濱口氏のブログは専門家が一般人へ情報を提供している貴重なブログだと思う。内容的に毎日読む人が多いとは思わないが、完全に娯楽として読まれているブログと違って、真摯に情報を欲している人がアクセスしているはずだ。濱口氏には、そういう人に情報発信を続けて欲しいので、あえて濱口氏の池田氏批判を批判したい

わたくし自身では、必ずしも単なる人格批判ではなく、(それと密接につながりますが)「議論の仕方」批判(「この人の議論の仕方には気をつけろよ」)であったつもりではあるのですが、とはいえ、ほとんど人格批判に見えるような書き方であったことも事実ですし、それなるがゆえに、池田信夫氏に心酔する方々から攻撃を受けることにもなったのであろうと考えれば、このご批判はまことに身に沁むものがあります。

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2011年6月11日 (土)

ワカモノは怒るべきか?

先日、たたき台について本ブログで取り上げた

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-20a9.html(高齢者雇用研の「たたき台」)

高年齢者雇用研究会のほぼ最終報告書案が、厚生労働省のHPにアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001eu2c-att/2r9852000001eu3t.pdf

現時点では、まだこれでまとまったという記者発表はされていませんので、研究会で出された若干の意見を入れて最終版をまとめるのでしょうが、中身としてはほぼこれでいくということになったもようです。

コメントは最終版が出てからにしようかとも思っていたのですが、労務屋さんがこれにコメントされているのを見て、一応この段階でもひと言だけコメントすることにしました。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110610#p1(高年齢者雇用研究会報告書案)

というのも、労務屋さん、

>いやこれは若い人は本当に怒ったほうがいいと思います

と、一瞬、城繁幸氏のブログに来たかと思うひと言を語っておられたので。

いや、もちろん、労務屋さん、

>もちろん若年者もいずれは高年齢者になるわけですし、年金と雇用の接続は必要なことですし、年金支給開始年齢までの定年延長は重要な課題だろうと思います。高年齢者が就労せずに福祉の対象となってしまうとそれは結局若年者を含む現役の負担を増やすことも間違いないでしょう

とちゃんと述べておられるのですが、

>現実には景気変動に対して人員規模を適正化する手段のひとつとして新卒採用数を増減させているのが実情でしょう。で、そういう採用をしている企業が多いとすれば、いま現在の「新卒労働市場において厳しい状況が続く中」、高年齢者の雇用を減らさない施策が新卒をはじめとする若年雇用にどんな影響を及ぼすかは明白だと思うのですが。

と疑問を呈し、

>ここで問題になっているのは何度も書きますが冒頭にあるように「新卒労働市場において厳しい状況が続く中」という足元の話なんですから。高年齢者雇用の拡大が長期的な視野で重要だから今現在の若年は泣いてちょうだいねというのは若年にあまりではありませんか。

>高年齢者に対しては希望すれば全員がいま働いている企業で働けるようにするけど、若年は選ばなければ仕事はあるんだから文句をいわずにある仕事で働けというのはあまりに不公平ですし、率直に申し上げて職業安定局長の研究会の報告書としてはまことに淋しい記述ではないでしょうか。

>若年は怒っておいたほうがよさそうな気がします

と、ワカモノに決起を促しておられます。

この議論、量的にはある程度その通りの面はあると思います。ただ、これは報告書では正面から書かれてはいませんが、わたしには、だからこそ、建前論的に「法定定年年齢の引上げ」を最初に書いておきながら、それは当面は無理だよ、それをやるのは「老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の65歳への引上げが完了するまで」、つまり2025年までだよ、と書いてあるのだろうと思うのです。

このあたり、定年と継続雇用はそもそもどう違うのか、という法学的理論を駆使した議論があるのですが(そして判例を持ち出すといろいろと難しい論点が続出するのですが)、それをスルーしてざっくり言えば、継続雇用とは要するにいったん定年退職した高齢者を別枠の非正規労働者として改めて採用するということですね。

つまり、ワカモノを正社員として採用する枠においては競合させないように、非正規枠に持っていくというやり方を当分続けるということであって、そこまでワカモノに怒れと(城氏みたいに)たきつけなくても良いのではないか、と思うわけです。

もちろん、労働市場全体のマクロ的な職の取り合いという面がなくなるわけではないにしても、それこそマクロ経済政策で対応すべきことであって、高齢者を労働市場から追い出せという議論はやはりまずいでしょう。

一方で、高齢労働者の権利論的な観点からすれば、なんで60歳過ぎたら非正規に回されるンや、賃金もがくっと下がるンや、という批判があるわけですが(そういう訴えもいくつかあり、裁判例もありますが)、それを年齢差別というなら、その人が50代の時にもらっていた高い給料自体が年齢差別の賜物やろ、という面もこれあるわけで、それを、労働市場を一気に年齢差別のないフラットなものにしてしまおうという急進的な議論をするのでない限り(いや、そういう議論はあり得ますが)、高齢者を非正規形態で労働市場にとどめておくというやり方は、それなりに合理性を持ったものであって、ワカモノの利益を考えれば、まあそんなところではないか、と考えられるわけです。

このあたり、実は来週東大の労働判例研究会で報告する裁判例のテーマでもあるのですが。

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経済学者を名乗る池田信夫の学識を疑う @ニュースの社会科学的な裏側

池田信夫氏の「携帯電話は原発より危険だ」には、あまりにもあまりと感じながら、労働問題と直接関係するわけでもないのでスルーしていましたが、「ニュースの社会科学的な裏側」というブログで、鋭利的確かつ包括的な批判がされているのを見つけました。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post.html(経済学者を名乗る池田信夫の学識を疑う)

その批判の犀利さは是非リンク先をご覧頂きたいと思いますが、最後のパラグラフだけ引用しておきますと、

>経済学者を名乗る池田信夫の学識を、次の理由で疑う。つまり、(1)英語の読解能力が疑わしい、(2)追加調査の必要性を危険性の立証と誤解する、(3)社会調査への理解が無い、(4)携帯電話の電波への調査が不足している、(5)携帯電話業界の取り組みへの理解が無い、(6)客観事実が不足していることを認識していない、(7)低レベル放射線以外の問題を認識していない。

恐らく池田氏は、低レベル放射線の危険性を皮肉っただけで、問題のエントリーは氏の本心ではないと述べるとは思う。しかし、経済学者を名乗る以上、学識を疑われるような文章を書くのは避けるべきであろう。もちろん、これは私の「正義」にもとると言うのが理由だ。しかし、同意してくれる人は多数いると信じている

なお、同ブログには、池田氏の他の発言に対する同様な批判のエントリがいくつかあります。

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_04.html(経済学者を名乗る池田信夫の契約理論への理解を疑う)

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_05.html(池田信夫の原発コストへの誤解)

http://www.anlyznews.com/2011/06/blog-post_4118.html(経済学者を自称する池田信夫の破綻文章)

また、池田信夫氏と英語に関しては、本ブログでも、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-8afc.html(またしても池田信夫氏の捏造)

があります。上記ブログの方は「「~かも知れない」という可能性を現す表現を、「~だ」と断定を現す表現に変えるのは、扇動目的の意図的なミスリーディングのように思えるが、あえて池田氏の英語の読解能力を疑う事にする。」と、あえて読解能力の問題として論じておられますが、わたくしは「そのフランソワさんたちが実際にどういうことを言っているかは、通常の英語力があれば理解できます」といいつつ、「池田信夫氏にとってはいつもながらのやり口ではあるのでしょうが、こういう捏造的紹介をされたフランソワさんたちにとっては、名誉毀損ものではないでしょうか。」と、捏造の問題として取り上げております。

その理由の一つに、下記のような経緯もありますので、ご参考までに。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/3_a7ad.html(池田信夫氏の3法則)

(追記)

念のため、現時点で池田信夫氏は必ずしも「経済学者を名乗」っていないようです。

http://twitter.com/#!/ikedanob

Dogbert_2 池田信夫

@ikedanob 自由が丘

株式会社アゴラブックス代表取締役

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2011年6月10日 (金)

「日本」がとれた「経団連」

かつて、労働問題を担当する日本経営者団体連盟、略称日経連と、労働問題以外を担当する経済団体連合会、略称経団連が、公式的には吸収合併じゃなくて対等合併して、日本経済団体連合会、略称日本経団連、となったわけでしたが・・・

http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819481E3E2E2E0978DE3E2E2E4E0E2E3E39797E3E2E2E2

>経団連は10日、文書などに使う略称を「日本経団連」から「経団連」に変更したと発表した。

 正式名称は日本経済団体連合会。2002年に旧経団連と旧日経連が統合して発足して以降、旧団体と区別するために略称は「日本経団連」としてきた。

 「日本」を略称に使ってきたのは、旧日経連系職員への配慮もあったとみられる。だが統合から9年が過ぎたほか、来年3月末に一般社団法人に移行するのをふまえ、一般的に知られる「経団連」に略称を変えることにした

ということで、10年も経たずして、堂々と略称は「経団連」となったようであります。

もはや、旧日経連職員への配慮は必要なくなった・・・、ということは、つまり労働問題への配慮は必要なくなった、ということでしょうか。

まあ、社会的に労働組合のパワーが低下し、企業の中でも人事部の権威が低下し、その人事部の財界組織である日経連の存在感が低下したことが、9年前の合併の原因でもあったことを考えれば、そうなるようになったということかも知れませんが、その間、改めて世間的には労働問題への関心が強まる傾向もあったことを考えると、名前はともかく、今後の経団連には労働問題への強い関心は持ち続けていただきたいとは思います。

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臨時工の優遇は不当労働行為か?

さて、小谷敏さんとのコメント欄でのやりとりで、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-6e5f.html

>残業させないのが不当労働行為などといった判例も結構あります

といったのがかなり驚きだったようです。

労働法の世界では、個別労働関係と集団的労働関係に大きく分かれてしまっていて、不当労働行為となると、頭が労働組合法モードになってしまうため、労働時間法の観点から見たら何を言ってんだろ!みたいなのが、今に至るまでフツーに通用してるんですね。

ちょっと観点は違いますが、臨時工の優遇が不当労働行為になるかが争われた事件てのもあります。もっとも、最高裁まで上がった論点はそれとは別のことでしたが。

栃木化成事件(最三小判昭37.10.9)(東京高判昭34.12.23)(東京地判昭33.2.25)(栃労委命令昭32.2.14)

本工は組合員で、臨時工は組合員ではないという状況下で、労働組合が残業を拒否している中で、非組合員の臨時工が残業してくれたというので、賃金を先に払ったり、特別の手当を出したりしたというのと、組合が推薦した者をさしおいて、臨時工を副班長に任命したのが、臨時工を優遇して組合の弱体化を狙った不当労働行為だと、こういう主張です。

臨時工を優遇するのがけしからんというなら、さっさと組合員にしろよ、と言いたくなる気もしますが、こういう事案もあるんですね。もっとも、この事件、労働法の教科書には載っていますが、それは不当労働行為を事前に禁止する命令を出せるかどうかということについての材料としてだけで、中身がこういうものだというのは教科書だけではよく分からないでしょう。

この事件で労働委員会命令が出た後に、その頃存在していた『討論労働法』という雑誌の討論会で、じゃあ、その臨時工を本工にしたら、臨時工にとってはもっと嬉しい好待遇だから、ますます不当労働行為になるんだろうか、いやいや本工になったら組合員になれるので、不当労働行為にはならないだろうとか、いろいろと議論しています。

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「ショートカット」としての「人類史に対する責任」@松尾匡

松尾匡さんから、「市民事業におけるリスクと責任」という抜き刷りをいただきました。『久留米大学産業経済研究』という紀要に載せた論文です。

わたくしは、基本的に紀要の抜き刷りは一般読者にアクセス可能性が乏しいのであまり紹介しないことにしているのですが、これは思わず「おぉー」と感じたので、特別にコメントしてみたいと思います。

私は基本的に松尾さんや柄谷行人氏らの4類型論の「アソシエーション」には懐疑的なのですが(このことについては下記エントリ参照)、この論文で松尾さんはアソシエーション型の「市民事業」における「責任」をどのように設定するかという大きな論点に取り組んでいます。

身内集団主義原理では各自が集団全体の責任を共有するのに対して、開放個人原理では自分で選んだことには自分だけが責任を負う自己責任。ところが、アソシエーションでは「一般的互酬性」で、決定の間接的で不確実な結果にまで責任を負うのが市民事業だというのですね。そして、江戸期商人道やプロテスタンティズムを引いて「ショートカット」としての「天に対する責任」によって、いちいち見返りを求めずに貢献していたのになぞらえて、「天」の代わりに「将来の人類史に対する責任」を「ショートカット」にするべきだと唱えているのです。

ごく普通の世俗の人々にとって「将来の人類史に対する責任」という抽象的な概念がかつての「天」の代わりになりうるとは、とてもわたくしには思えないのですが、もし万一普通の人々がそのような言葉を口走るようになったとしたら、その「人類史への責任」の内容は、もしかしたら総毛立つようなおぞましいカルト教団の顔をしてやってくるのではないかと、わたくしには思えてならないのですが。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-7130.html(「市場主義に不可欠な公共心」に不可欠な身内集団原理)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-ecd7.html(第4の原理「あそしえーしょん」なんて存在しない)(※欄参照)

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2011年6月 9日 (木)

EU労働時間指令における多重就労者の労働時間規制について

三菱UFJリサーチ&コンサルティングの報告書『多重就労者に係る労働時間管理の在り方に関する調査研究』に、参考資料として「EU労働時間指令における多重就労者の労働時間規制について」を書きましたので、参考のためHPにアップします。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/murc.html

なお、この報告書の本体は、アメリカ(竹内(奥野)寿)、イギリス(神吉知郁子)、ドイツ(富永晃一)、フランス(関根由紀)、オランダ(本庄淳志)といった、大変いきのいい若手研究者による各国法制の研究です。わたくし自身、大変勉強になりました。

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労働関係人権救済機関はどこに?

産経が、民主党PTの人権救済機関中間取りまとめについて記事にしていますが、

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110608/plc11060821280013-n1.htm(民主PT、人権侵害救済機関設置法案を中間とりまとめ 自公に歩み寄り 秋の臨時国会に提出へ)

>民主党の「人権侵害救済機関検討プロジェクトチーム(PT)」(座長・川端達夫衆院議院運営委員長)は8日、人権侵害救済機関設置法案に関する中間とりまとめ案を明らかにした。自公政権が提出を試みた人権擁護法案に歩み寄った内容となっており、秋の臨時国会への提出・成立を目指す。人権侵害の定義が曖昧で恣(し)意(い)的な運用が可能な上、表現の自由を侵害しかねないという本質的な危険性に変わりはない。

 民主党の一昨年の衆院選マニフェスト(政権公約)では人権侵害の有無を調査する「人権救済機関」を「内閣府の外局として創設する」としていたが、中間取りまとめ案では、自公両党の人権擁護法案と同様に法務省に設置することにした。公正取引委員会と同等に独立性が高く権限が強力な三条委員会とすることに変わりはない。

 人権委員は日本国籍を持つ人に限定したが、各都道府県に置かれる人権擁護委員の要件は引き続き「地方参政権を有する者」とした。将来、永住外国人に地方参政権が付与された場合、外国人が任命される可能性がある。

 人権救済機関の調査を拒否した際の過料制裁については「当面設けない」とあいまいな記述に変更。法施行後5年程度をめどに「内閣府設置移管も含め活動内容の見直しを行う趣旨の条項を設ける」と見直し条項も盛り込んだ。将来的に改悪される可能性もある。

 そもそも人権侵害の定義が曖昧で、人権救済機関が具体的にどのような事案を取り締まることを想定しているのかもはっきりしない。公権力による「言論弾圧」「言葉狩り」となる危険性はなお残る。

 反対派議員は中間とりまとめ案について「自公案に近い形にハードルを下げて早期成立させようという推進派の意図を感じる」と警戒を強めている。

まことに産経新聞的観点からの記事ですが、わたくしが注目したのは、民主党マニフェストの内閣府からもとの自公政権時の法案の法務省に戻したという点で、そうすると、労働関係人権侵害については、もとの案のように労働局の紛争調整委員会ということになるのか、この記事からはよく分かりません。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110608/plc11060821340014-n1.htm(人権侵害救済機関設置法案の中間とりまとめ案骨子)

では、

 一、人権救済機関は強い権限を持つ三条委員会として設置する。

 一、同機関は内閣府ではなく法務省に設置する。

 一、人権擁護委員の国籍条項は地方参政権を有する者に限定する。

 一、調査拒否に対する過料の制裁は当面設けない。

 一、報道機関などによる人権侵害について特別の規定は設けない。

 一、5年をめどの見直し条項を設ける。

としか書いておらず、多分、労働関係の人権侵害なんかには関心がないんだろうなぁ、と思われますが、既にセクハラについては労働局でやっていますが、それ以外のいじめ・嫌がらせ、パワハラ事案について、ある部分はこの法律の枠組みに載せる方向にいくのか、そうでないのかというのは、かなり大きい問題になると思います。

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中村和雄・脇田滋『「非正規」をなくす方法 雇用、賃金、公契約』

9784406054799l 弁護士の中村和雄さんと労働法学者の脇田滋さんの共著『「非正規」をなくす方法 雇用、賃金、公契約』(新日本出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

版元の宣伝よりも、著者の中村さんのブログの宣伝文句の方を引用しておきますと、

http://neo-city.sblo.jp/article/45422449.html

>このたび、脇田滋教授と共著で「『非正規』をなくす方法」というタイトルの本を出版させていただくことになりました。税込み1680円です。わが国に広がる正規雇用と非正規雇用の格差を是正していくためにどうしたらいいのか、具体例なども入れて、なるべくわかりやすく提案させていただいたつもりです。
 けっして、むずかしい「法律書」ではありません。私が調査したデンマークの制度や脇田教授の調査された韓国の制度の紹介、公契約条例制定など最新の情報を満載しています。

 ワーキングプアを生み出す「非正規」雇用というわが国の働き方を是正していくために、本書が少しでもお役に立てればうれしい限りです。

冒頭の、中村さんの文章は、いきなりあるシングルマザーの方の言葉から始まりますが、これ、今年2月14日の日弁連シンポで語られたものですね。私はこのシンポのパネリストだったので、よく覚えています。

そこから始まって、中村さんと脇田さん交互の執筆で、次のような内容になっています。

第1章 「非正規」な雇用とは何か

第2章 日本の非正規雇用政策のあゆみ

第3章 「期限つき雇用」をどう考えるか

第4章 最低賃金引き上げのために必要なこと

第5章 同じ仕事なら賃金も同じはず

第6章 「公務でもワーキング・プア」でいいのか

第7章 公契約条例がもつ意味

第8章 社会保障制度をめぐるたたかいと連動して

第9章 デンマークの働き方に学ぶ

第10章 韓国の労働運動に学ぶ

中村さん自身、かなりの数の非正規関連裁判の弁護士として活躍してこられているので、それらの生々しい記述が多く描かれています。D大学とかR大学とかも出てきてますね。

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2011年6月 8日 (水)

「熟議」は「維新」

まあ、下世話な話といえばそうかも知れませんが、向こう三軒両隣にちらちらするフツーの人々は、むつかしげな政治思想の本なんかそうそう読むわけではありませんから、「熟議」とかいう新しげな言葉は、橋下さんちの「維新の会」みたいなやり方のことをいうんだろうなぁ、とたぶん何の違和感もなく思うんだと思いますよ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110608/lcl11060812490002-n1.htm(大阪維新の会、市民参加型の「熟議会」開催へ 都構想実現へ新戦略)

>大阪府の橋下徹知事が代表を務める地域政党「大阪維新の会」が府と大阪市の再編に向けて7月以降、市民参加型の公開討論会「熟議(じゅくぎ)会」を府内数カ所で開催することが7日、分かった。・・・維新は今秋にもダブル選が予想される知事選と市長選を視野に、熟議会を「大阪都構想」実現に向けて市民を巻き込む新戦略にしたい意向だ。

なるほど、「熟議」ってのは、守旧派の既成政党がぐだぐだ言って動かないのをむりやり動かすために、なにやら「市民」さまを持ち出して言うこと聞かせることなんだなぁ、と、ここ十年ばかりの物事を見てきたフツーの人々は思うのでしょうね。名古屋方面でも、そんな感じだったようだし。

>熟議会は維新にとってはこうした手詰まり感を打開する一手ともいえ、「これまでのタウンミーティングの進化形」(幹部)と話し、市民側の議論の活発化を狙っているとみられる

いやぁ、「市民側の議論の活発化」ですか。まさに、「市民」主義の皆様方がここ十年ばかり目指してきた路線ではありませんか。涙がこぼれるくらい素晴らしいです。これぞ「市民維新」でしょうか。

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2011年6月 7日 (火)

宮本太郎編『政治の発見2 働く』

宮本太郎責任編集『政治の発見2 働く 雇用と社会保障の政治学』(風行社)をお送りいただきました。ありがとうございます。

このシリーズ、

http://www.fuko.co.jp/catalog/ShinYokoku_hakken.html#1kai

生きる、働く、支える、つながる、語る、伝える、守る、超える・・・

こういう全巻構成で、

>私たちが暮らしのなかでふと感じる疑問を出発点として、それについてあらためて考えようとするとき、政治学の議論がどのような手がかりを提供しうるかを重視している。これまで素通りしてきた言葉や所与とみなされてきた仕組みを問い返してみることによって、生きる場の問いかけと思想や理論をつなぐことをこのシリーズは心がけた

ということだそうです。

本巻の「働く」は、まだここに出ていませんが、次のような論文が載っています。

繋がり支え合って働ける社会を目指して  篠田徹

労働と連帯・・・商品化/脱商品化をめぐって  田中拓道

社会的企業とワークインテグレーション  坂井浩介

働くことの政治学  宮本太郎

「多様な資本主義」と政治/福祉/労働  西岡晋

スウェーデンの労働/福祉/労働  渡辺博明

統一ドイツの雇用と社会保障  近藤正基

家族を支える福祉国家  千田航

テクノクラシーは社会的ヨーロッパの夢を見るか  網谷龍介

さて、この中でやはりわたくし的に一番紹介したいのは最後の網谷さんの、別にアンドロイドでも電機羊でもないけれども気になる題名の論文ですね。

ここで網谷さんが追いかけている領域は、EUの社会政策という、まさにわたくしのペットフィールドで、しかも社会政策の動向を政治的アクターとともに労使など社会的アクター、さらには専門家ネットワークや欧州司法裁判所の動きを追いかけながら見ていくというスタイルでまとめているので、大変興味をそそられますし、

>第一に、現在のEUが、加盟国の社会の多様性のみならず、個人のライフコースの多様化に対応するために、個人の権利を中心とする「市民権」的社会政策を志向しているということである。そして第二に、その方向性は一定の専門家集団の支持を受けているものの、十分な社会的支持基盤を持っているとはいいがたく、やや極端に言えば、「デモクラシー」と「社会的なもの」が乖離しているということである。

というその結論にも、いろいろと考えるところがあります。

あと、篠田徹さんの論文の中で、川喜多喬さんが1973年に書いたプルードン論なんてものが出てきたのには、びっくりしました。

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体育会系?原発労働

Yd_hasuike1 北朝鮮拉致被害者の蓮池薫さんの兄の蓮池透さんは、かつて東電の社員で、福島第一原発で働いていたのですね。彼がシンポジウムで喋った中身が、ビジネスメディア誠というところに載っていますが、その中に、いかにも日本の職場でよく行われていそうなある種「体育会系」の、しかしながら放射線の飛び交う原発の中であることを考えたらいささか恐ろしくなるような慣行が記述されています。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1106/07/news010_2.html(「私も、被ばくした」――蓮池透が語る、原発労働の実態(前編))

>私は福島第1原発に、計7年ほどいた。そして、被ばくもした。通算で90~100ミリシーベルトほど、あびている。もう私の命もあまり長くはないかもしれない。

>新入社員で原発に配属されると、先輩から「鍛えてやる」と言われた。そしてアラームメーターなどを持って、放射線量の高い場所に連れていかれるのだ。私は福島第1原発1号機にある廃棄物処理建屋というところに連れていかれた。配管をまたいだとたんに、アラームメーターから「ビーッ」という音が鳴った。このように新入社員は“みそぎ”のようなものを受けさされるわけだが、今振り返ってみると「随分無駄な被ばくをしたなあ」と感じている

娑婆っ気の抜けない新入社員を、先輩が「鍛えてやる」ってのは、日本の職場では昔からよく行われている「醇風美俗」の一つですが、原発では放射線の洗礼を受けるのが受洗式になるわけですか。

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2011年6月 6日 (月)

矢野眞和『「習慣病」になったニッポンの大学』

Kyoiku_mondai_04 矢野眞和さんから『「習慣病」になったニッポンの大学』(日本図書センター)をお送りいただきました。ありがとうございます。

この装丁の教育論シリーズ、広田照幸さん、児美川孝一郎さんといただいて、矢野さんからで3冊目ですが、いずれも一昨年から昨年にかけて日本学術会議の大学と職業との接続検討分科会で熱心な議論をしていただいた方々で、読みながら分科会での議論を思い出すこともしきりでした。

http://www.nihontosho.co.jp/2011/05/post-199.html

>1.新入生が若者ばかりなのは当たり前?(18歳主義)

2.学生も大学も卒業ばかりを重視するのは当たり前?(卒業主義)

3.高い授業料を親が負担しているのは当たり前?(親負担主義)

いいえ、この3つの当たり前こそ、
ニッポンの大学をダメにしている「習慣病」!!

大学が習慣病にかかった背景から、
その病を治すための解決策「授業料タダ論」までを
わかりやすく解説した、未来の大学像を探る画期的1冊
!

矢野さんの主張は、「おわりに」に書かれた「年齢主義に閉じこめられた息苦しい教育と社会の仕組みを変えよう!」ということに尽きるのでしょう。

その「おわりに」の最後近くの文章から、

>・・・就活の話になれば、コミュニケーション能力が大事だと繰り返されていますが、若者のコミュニケーション能力を高める最良の方法は、大人と日常的に会話する機会に触れることです。そんなに大騒ぎする問題ではありません。22歳主義に閉じこめられている異常な日本の大学の空間が、空疎な就活論を繰り返させています。

>大学を無償化するという問題提起だけに矮小化して議論しないで欲しいと願っています。日本的家族と日本的雇用の二つに羽交い締めされて、動けなくなっている日本の大学を救うためには、何をどのようにすべきか、その方法を構想して欲しいと思います。わたしの提案は「教育費政策なくして、改革なし」ということです

ですから、教育システムの問題は、雇用システムの問題であり、(教育費負担も含む)社会保障システムの問題でもあるわけです。

本ブログで昨年末に取り上げた論文

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-4eed.html(矢野眞和「日本の新人-日本的家族と日本的雇用の殉教者」)

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連合の「災害復興」政策制度要求から原発関係

本日、毎年恒例の連合の政策制度要求が発表されましたが、今年は通常バージョンに加えて、「災害復興・再生に向けた政策」という別冊版が作られています。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/seisaku/yokyu_teigen2011.pdf(2012~2013年度(2011年7月~2013年6月)「政策・制度 要求と提言」)

http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/seisaku/yokyu_teigen_saigaifukkou2011.pdf(2012~2013年度 政策・制度 要求と提言「災害復興・再生に向けた政策」)

この災害復興版の中から、原発事故への対応の「雇用労働政策」の部分を抜き出しておきます。本ブログでも、事故以来何回も取り上げてきた問題ですが、こういう形でナショナルセンターがきちんと発信し続けることが重要だと思うからです。

>(1) 福島第一原子力発電所の事故対応に従事するすべての労働者への労働安全衛生対策を強化する。

①発電所内で作業にあたるすべての労働者の安全確保は、第一義的には事業者および原子力事業者が行うべきものであるが、未曾有の事態であり、国の責任として、救急医療体制の整備など、必要な役割を果たす。
②発電所内で作業に当たる労働者の被ばく線量については、電離放射線障害防止規則に則って管理を徹底するよう指導を強化する。特に、内部被ばく防止策とホールボディカウンターによる管理を徹底するよう指導・監督する。また、国としても十分な数のホールボディカウンターの確保に向け支援する。
③作業にあたる労働者の過労防止のため、交替要員の確保など、当該企業が必要な措置をとるよう、指導・監督する。
④電離則に規定された安全衛生教育を、作業にあたるすべての労働者に徹底させる。また、今回に限った措置として、緊急作業時における実効線量の限度を100mSv から250mSv に引き上げたことに対応し、電離則に定められた教育の内容および時間数を拡充する。
⑤放射線被ばくについては、長期的な健康管理が必要であり、離職後を含めて長期的に被ばく線量を管理できるデータベースを早急に構築し、これに基づいて健康管理を実施する。
⑥作業にあたるすべての労働者に対して、熱中症対策や作業環境の改善などの健康管理体制を確立するとともに、メンタルヘルス対策にも万全を期すよう指導する。また、国としても必要な援助を行う。
⑦被ばく線量の限度との関係で、一定期間原発業務に従事できなくなる労働者に対する、解雇などの不利益な取り扱いがないよう、当該企業への指導を徹底し、企業による配置転換、職業訓練や転職支援に対して、必要に応じて国としての助成を行う。

(2) 警戒区域、計画的避難区域およびその周辺で働くことを余儀なくされた労働者に対する労働者への安全衛生対策を強化する。

①一定の放射線量を超える環境下で働く労働者に対しては、保護具の装着、被ばく線量の管理、上限の設定、健康診断の義務づけなど、電離放射線障害防止規則を準用する。
②上記以外の場合であっても、周辺区域で働く労働者の安全確保のために必要な措置を定めたガイドラインを示す。

(3) 原発事故収束までに長期間を要し、多数の労働者が働くことが予想されるため、放射線量や健康への影響などについて、政府として一元化された正確な情報の開示を行う。

(4) 文部科学省の「放射線審議会」に労働災害の専門家を委員に加えるとともに、今回の事故に対応するための措置として、労働政策審議会労働安全衛生分科会の下に特別の「部会」を設置して定期的に開催し、状況報告と対策を議論できるようにする。

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国家公務員の労働関係に関する法律案の概要

先週金曜日に閣議決定された「国家公務員の労働関係に関する法律案」は既にアップされております。

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/dai7/gijisidai.html

このうち、4法案の概要をまとめたペーパーを見ていきましょう

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/dai7/02.pdf

国家公務員の労働関係に関する法律案の概要

国家公務員制度改革基本法に基づき自律的労使関係制度を措置するため、非現業国家公務員の労働基本権を拡大し、団体交渉の対象事項、当事者及び手続、団体協約の効力、不当労働行為事件の審査、あっせん、調停及び仲裁等について定める。

まず何より重要なのは、非現業公務員が「職員団体」ではなく「労働組合」を結成できるということです。もっとも、法案を読むと、「労働組合法の準用」なんて規定が出てくるので、あくまでも労働組合法上の労働組合ではなく、今までの「職員団体」に相当するものを「労働組合」と呼んでいるということのようですね

Ⅰ 労働組合

1 労働組合の組織

(1) 労働組合は、職員(一般職の国家公務員。ただし、(ア)警察職員及び海上保安庁又は刑事施設において勤務する職員、(イ)事務次官、外局の長官及び局長等(範囲は中央労働委員会が認定して告示する。)、(ウ)特定独立行政法人等に勤務する一般職国家公務員を除く。)が主体となって自主的にその勤務条件の維持改善を図ることを目的として組織する団体又はその連合体とする。
(2) 職員は、労働組合を結成し、若しくは結成せず、又はこれに加入し、若しくは加入しないことができる。
(3) 管理職員等と管理職員等以外の職員は、同一の労働組合を組織することができない。管理職員等の範囲は中央労働委員会が認定して告示する

2 労働組合の認証

(1) 労働組合は、申請書に規約を添えて中央労働委員会に認証を申請することができる。
(認証の要件)・・・
(2) 中央労働委員会は、認証を申請した労働組合が要件に適合するときは、当該労働組合を認証し、その名称、主たる事務所の所在地等を告示しなければならない。
(3) 認証された労働組合が労働組合でなくなったとき、認証の要件に適合しない事実があったとき等は、中央労働委員会は、当該認証された労働組合の認証を取り消すことができる。認証を取り消したときは、その旨を告示しなければならない。

3 労働組合のための職員の行為の制限

(1) 在籍専従の許可
職員は、労働組合の業務に専ら従事することができない。ただし、職員は、所轄庁の長の許可を受けて、認証された労働組合(認証されていない連合体である労働組合であって、認証された労働組合のみから構成されるものを含む。)の役員として専従できる(休職者扱いで無給)。
(2) 短期従事の許可
職員は、(1)の場合のほか、所轄庁の長の許可を受けて、認証された労働組合の役員等として勤務時間中当該組合の業務に従事することができる(一年を通じて三十日まで。給与は減額)。許可の有効期間中は職務に従事しない。

次に団体交渉。

Ⅱ 団体交渉

1 団体交渉の範囲

(1) 当局は、認証された労働組合から次に掲げる事項について適法な団体交渉の申入れがあった場合においては、その申入れに応ずべき地位に立つものとする。
① 職員の俸給その他の給与、勤務時間、休憩、休日及び休暇に関する事項
② 職員の昇任、降任、転任、休職、免職及び懲戒の基準に関する事項
③ 職員の保健、安全保持及び災害補償に関する事項
④ ①~③に掲げるもののほか、職員の勤務条件に関する事項
⑤ 団体交渉の手続その他の労働組合と当局との間の労使関係に関する事項
(2) 国の事務の管理及び運営に関する事項は、団体交渉の対象とすることができない。

2 団体交渉を行う当局
団体交渉を行うことができる当局を定める。
(例)
○ 勤務条件に関する事項のうち、法律又は政令の制定改廃を要するもの ⇒ 当該事項に係る事務を所掌する主任の大臣
○ 勤務条件に関する事項のうち、法令の規定に基づき各省各庁の長又はその委任を受けた部内の国家公務員が定めるもの ⇒ 各省各庁の長又はその委任を受けた部内の国家公務員

3 団体交渉の手続等
(1) 予備交渉の実施、団体交渉の打切り、勤務時間中の適法な団体交渉の実施等を規定する。
(2) 職員は、勤務時間中の適法な団体交渉への参加について所轄庁の長の許可を受けなければならない。所轄庁の長は、公務の運営に支障がないと認めるときは、これを許可するものとする。
(3) 当局は、団体交渉の議事の概要を、インターネット等により速やかに公表する

次が団体協約。労働組合法では「労働協約」ですが、労組法上のものとは違うということを表すためか、わざわざ「団体協約」という名前にしていますね

Ⅲ 団体協約

1 団体協約の範囲
認証された労働組合と当局が団体協約を締結することができる事項は、上記Ⅱの1の(1)のとおりとする。ただし、国家公務員の労働関係に関する法律、国家公務員法等の改廃を要する事項に関しては、団体協約を締結することができない。

2 団体協約を締結する当局
(1) 団体交渉を行う者と同一の者が団体協約を締結する。
(2) 法律又は政令の制定改廃を要する事項について団体協約を締結しようとするときは、あらかじめ内閣の承認を要する。

3 団体協約の効力の発生等
当局は、団体協約の内容を、インターネット等により速やかに公表する。

4 団体協約の締結に伴う実施義務
団体協約の締結によって実施義務を負う者及び実施義務の内容を定める。
(例)
○ 勤務条件に関する事項のうち、法律の制定改廃を要する事項について団体協約が締結されたときは、内閣に団体協約の内容を適切に反映させた法律案の国会提出を義務付ける。
○ 勤務条件に関する事項のうち、政令の制定改廃を要する事項について団体協約が締結されたときは、内閣に団体協約の内容を適切に反映させた政令の制定改廃を義務付ける。
○ 勤務条件に関する事項のうち、法令の規定に基づき各省各庁の長又はその委任を受けた部内の国家公務員が定めるものについて団体協約が締結されたときは、各省各庁の長又はその委任を受けた部内の国家公務員に団体協約の内容を適切に反映させた勤務条件の決定又は変更を義務付ける。

5 団体協約の失効
(1) 団体協約の内容を反映させるために提出された法律案が、会期中に法律とならなかった場合(閉会中審査された場合を除く。)、団体協約を締結した労働組合の認証が取り消された場合には、団体協約は失効する。
(2) 団体協約の内容を反映させるために提出された法律案が、修正されて法律となった場合は、当該法律と抵触する範囲において、団体協約は失効する。

次は不当労働行為です。

Ⅳ 不当労働行為

1 不当労働行為の禁止
労働組合の構成員であること等を理由として職員に対して不利益な取扱いをすること、認証された労働組合との団体交渉を正当な理由がなく拒否すること、労働組合の運営等に対して支配介入・経費援助をすること等の行為を禁止する。

2 不当労働行為事件の審査の手続等
中央労働委員会は、認証された労働組合、認証された労働組合の構成員である職員等から当局が不当労働行為の禁止規定に違反した旨の申立てを受けたときは、国家公務員担当公益委員(重要な事件等の場合は公益委員全員)をもって構成する合議体が調査・審問を行い、当該合議体が認定した事実に基づき、申立人の請求に係る救済の全部若しくは一部を認容し、又は申立てを棄却する命令(救済命令等)を発する。また、中央労働委員会は、審査の途中において、いつでも、当事者に和解を勧めることができる。

そして最後にあっせん、調停、仲裁といった調整制度

Ⅴ あっせん、調停及び仲裁

1 中央労働委員会によるあっせん、調停及び仲裁
(1) 認証された労働組合と当局(関係当事者)の間に発生した紛争であって団体協約を締結することができる事項に係るものについて、中央労働委員会によるあっせん、調停及び仲裁の制度を設ける。
(2) あっせんは、国家公務員担当公益委員、国家公務員担当使用者委員、国家公務員担当労働者委員等のうちから、会長が指名又は中央労働委員会の同意を得て会長が委嘱するあっせん員により行われる。調停は、国家公務員担当公益委員、国家公務員担当使用者委員、国家公務員担当労働者委員のうちから、会長が指名する各三人以内の調停委員により組織される調停委員会により行われる。また、仲裁は、国家公務員担当公益委員の全員をもって充てる仲裁委員、又は会長が国家公務員担当公益委員のうちから指名する三人若しくは五人の仲裁委員により組織される仲裁委員会により行われる。
(3) あっせんは関係当事者の双方若しくは一方の申請又は中央労働委員会の決議により、また、調停及び仲裁は関係当事者の双方の同意に基づく申請のほか、関係当事者の一方の申請、中央労働委員会の職権、各省大臣若しくは会計検査院長(自ら又はその部内の職員が関係当事者の一方である場合に限る。)又は内閣総理大臣等が公益上特に必要があると認める場合における請求により開始される。

2 仲裁裁定の効力
(1) 仲裁裁定のあったときは、当該仲裁裁定の定めるところにより、関係当事者間において有効期間の定めのない団体協約が締結されたものとみなす。
(2) 法律又は政令の制定改廃を要する内容の仲裁裁定の場合は、内閣に対して法律案の国会提出又は政令の制定改廃の努力義務を課す。それ以外の事項に係る仲裁裁定については、団体協約と同様の実施義務を課す。

これを見て分かるのは、団体交渉のところで「法律又は政令の制定改廃を要する事項について団体協約を締結しようとするときは、あらかじめ内閣の承認を要する」と、公務員庁が勝手に交渉をまとめて協約を結ぶことはできず、会社であれば取締役会に当たる内閣の承認が必要になっているということですね。ですから、財務省がウンと言わない協約が結ばれることはありえない、と。

それでは交渉不調のときは中労委に持ってくるということになると、仲裁裁定の効力はどうなるかというと、「関係当事者間において有効期間の定めのない団体協約が締結されたものとみなす」のではあるけれども、「内閣に対して法律案の国会提出又は政令の制定改廃の努力義務を課す」と、努力義務であって、実施義務ではないということですね。

この努力義務ってのがどれほどの努力義務かというのが、実際にはかなりの論点になりそうな予感がします。

まあ、そもそも今後の国会がどうなるか全然五里霧中ではありますが、大連立で一気に成立という可能性もあるのかも知れません。

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2011年6月 5日 (日)

連合総研の「緊急復興・再生プロジェクト」

連合総研の『DIO』261号がアップされています。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio261.pdf

今号の特集は「長期失業者への対応の課題」で、玄田有史さんらが文章を寄せていますが、実は目にとまったのは、冒頭の草野理事長の巻頭言でした。

といっても、

>国を挙げて対応していかなければならないのは言うを俟たないのに、どう見ても政局がらみの動きばかりが目につくと思っているのは私だけではないであろう。

>政治が悪い、政治家がだらしないと言っても、その政治家を選挙で選んできたのは我々有権者である。

というような政治批判はもっともなわけですが(まあ、組合の場合、選挙運動に精力を傾けてきているだけに「選んできた」で済まないところもあるわけですが)、それよりもそのあとのこの一節にご注目。

>私たちも、今回の激甚災害について何らかの貢献をしなければならないと考え、ただちに「緊急復興・再生プロジェクト」を立ち上げ、検討を重ねている。幸いにしてそれぞれの分野の有力な研究者の協力をいただいて最終的なまとめに入っている。災害対策は、復旧を急ぐ第一ステージと復興への道筋をつける第二ステージ、そして本格的な復興と新たな国・地域づくりの第三ステージがあると考えているが、我々はこの第二と第三ステージへの政策提言を目指しており、6月の上旬、遅くとも6月の中旬までには発表したいと努力しているところである。

6月上旬から中旬には発表ということですから、、もうそろそろですね。

労働サイドからの本格的な復興提言として、大いに注目していきたいと思いますし、ややもすれば上から目線になりがちな復興論議に、雇用と生活の軸をきちんとインプットしていくことは(今後の政治枠組みがどうなろうと)重要なことだと思われます。

なお、今号では、矢鳴浩一さんが、わたしも一章執筆している『自壊社会からの脱却』(岩波書店)を書評していただいています。

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『季刊労働法』233号の予告

Tm_i0eysjizm42g 労働開発研究会のHPに、今月半ばに出る予定の233号の予告が早々と載っています。

http://www.roudou-kk.co.jp/quarterly/archives/004748.html

特集は「職場の安全衛生・健康と法律問題」ですね。残念ながら労働安全衛生法の改正案は今国会にはまだ出ていませんが。

特集
職場の安全衛生・健康と法律問題

■労働安全衛生の現状と課題 小畑史子
■メンタルヘルス検討会報告に見るメンタルヘルス問題の今後の課題 岩出 誠
■職場における受動喫煙防止対策の法的課題および今後の展望 表田充生
■リハビリ就労をめぐる法的問題 石嵜信憲 盛 太輔
■私傷病労働者の就労可能性判断と医師の関与 鈴木俊晴
■メンタルヘルス対策と企業の責任 水島郁子
■「職場のいじめ」の定義と被害者救済 品田充儀

そのほかの詳細はまだ出ていませんが、こういうのが載るようです。

研究論文等
■労使が読み解く労働判例
過労自殺労働者の遺族に対する使用者の損害賠償と弔慰金の支払―九電工事件― 小西康之
■神戸労働法研究会
書評論文 西谷敏『人権としてのディーセント・ワーク―働きがいのある人間らしい仕事』を読んで 大内伸哉
■同志社大学労働法研究会
採用内々定の取消と救済のあり方 篠原信貴

さらに、

>今号からは2本の連載が始まります。1本は過去に2期、季刊労働法で連載した「文献研究」です。3期を始めようというものです。その第1回では、労働者派遣をめぐる学説の変遷をみていきます。もう1本の新連載は、「労働事件ローヤリング」で、この新連載では、労使双方の弁護士から、弁護士として、労働事件の相談から各種手続への対応、和解等までをどう扱っているかを、紹介してもらおうというものです。第1回では、使用者側の立場から見た訴訟・仮処分について触れます。

とのことなので、期待して待ちましょう。

なお、わたくしの連載「労働法の立法学」は、今回は「公的雇用創出事業の80年」です。

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治安悪化神話と厳罰ポピュリズムを超えて

0234870 岩波書店の山本賢さんから、彼が編集を担当された浜井浩一『実証的刑事政策論 真に有効な犯罪対策へ』(岩波書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0234870/top.html

刑事政策というのは法学部にありますが、刑法に対する刑事政策というのはちょうど労働法に対する社会政策に対応するようなものなので、法律家的発想とは異なるアプローチが本来必要なものなのでしょう。浜井さんは、

1960年生まれ.龍谷大学大学院法務研究科教授.専門は刑事政策,犯罪学,社会調査,統計学・犯罪心理学.早稲田大学教育学部卒業後,法務省に入省.刑務所,少年院,少年鑑別所などの矯正施設,保護観察所(保護観察官)や矯正局に勤務したほか,法務総合研究所研究官,在イタリア国連犯罪司法研究所研究員等を経て,2005年4月から現職.法務総合研究所在籍時には,犯罪白書の作成にも携わる.厚生労働省社会保障審議会専門委員,総務省「今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム」構成員などを歴任.犯罪社会学会常任理事

という、非法律学的バックグラウンドを持つ実務家出身の研究者であり、犯罪に対する実証的研究者として、治安悪化神話と厳罰ポピュリズムに疑義を呈し、本当に解決すべき問題点がどこにあるのかを的確に指摘しています。

>殺人や強盗等の凶悪犯罪が増えているわけではないのに,「治安悪化神話」と厳罰化傾向は根強い.では本当の問題は何か.増える高齢者犯罪,刑務所の過剰収容,少年非行の高年齢化…….客観的データに基づく実証的な犯罪対策,処遇現場の実情をふまえた更生のあり方を詳論し,真に必要かつ有効な刑事政策の全体像を提示する.

目次は次の通りですが、

序論
第Ⅰ部  犯罪と治安
第1章 犯罪統計は何を測っているのか――警察庁長官指示と認知件数,検挙率等の関係
第2章 日本の治安悪化神話はいかに作られたか――治安悪化の実態と背景要因
第3章 日本の治安の本当の問題はどこにあるのか――高齢者犯罪の増加
第4章 科学的に犯罪を測定することは可能か――犯罪被害調査が測定する犯罪
第Ⅱ部  刑罰と犯罪者の更生
第5章 刑務所の過剰収容はなぜ起きるのか――過剰収容の意味と刑務所処遇に与える影響
第6章 日本の司法は,誰を罰しているのか――刑務所受刑者から見た日本の刑罰
第7章-1 刑務所の中の刑務所――昼夜間独居の住人たち
第7章-2 刑務所を支える受刑者――経理夫
第8章 受刑者の社会復帰を阻んでいるものは何か――刑務所における仮釈放の実態と再犯防止に向けた改革のあり方
第9章 日本ではなぜ高齢者を罰するのか――ノルウェーから見えてくる日本の高齢者犯罪増加の原因
第10章 日本ではなぜ死刑が廃止されていないのか――死刑を議論するための前提事実
第11章 日本における厳罰化とポピュリズム――被害者支援運動,マスコミと法務・検察の役割
第Ⅲ部  少年非行と処遇
第12章 非行・逸脱における格差(貧困)問題――雇用の消失により高年齢化する少年非行
第13章 少年院か,少年刑務所か――判決後の処遇から考える少年司法厳罰化の現実と矛盾
おわりに

ここでは、序論から、浜井さんの言いたいことをよく表している部分をいくつか抜き書きしておきます。

>・・・このように評価された寛容なはずの日本社会は、20世紀末から21世紀にかけて、ブレイスウェイストが描いた寛容な社会とは似ても似つかぬ方向へと変容し始めた。

>1990年代後半に入り、警察の不祥事や暴力犯罪の認知件数の突如の増加など、多くの国民が、日本の治安が悪化したと感じ、同時に刑事司法に対する信頼を失い始めた。それに伴って世論の厳罰化傾向が顕著となってきた。・・・

>しかし、第Ⅰ部で詳細に分析するように、こうした治安の悪化は、実は、メディアが描き出した社会の姿であり、必ずしも事実に基づいたものではなかった。・・・

>しかし、統計的に見た治安とは無関係に、一般市民のみならず、裁判官、検察官、警察官、刑事法学者など刑事司法の専門家を含めた多くの人が、治安が悪化したという言説を信じ、世論の支持を受けながら、治安の悪化という前提に基づいた刑事政策(刑罰の運用)を推し進めてきた。・・・

>そして、最近の厳罰化は、「凶悪犯罪が増加するなど治安が悪化している」、「厳罰化によって治安の悪化に歯止めをかけられる」という二つの事実に基づかない前提(信仰)に基づいて推進されている。不思議なのは、マスコミや刑事法学者の多くが、この前提にほとんど疑問を持たないことである。正しくない前提(現実認識)に基づいた対策は効果を持ち得ないばかりか、大きな害(副作用)をもたらしかねない。比喩的に表現すると、中世の魔女狩りと同じである。噂や疑心暗鬼に基づいて存在しない魔女を狩り出し、気がついたら普通の人間である隣人あるいは自分自身が魔女狩りの対象になってしまうことになる。・・・

>実務家出身の犯罪学者である著者にとって、最も重要なことは、事実や現場に基づいた、有効な犯罪対策を考えるということである。・・・ある意味、ターゲットのはっきりしない厳罰化は、テロに怯える国で、市民の中に身を潜めるテロリストをめがけてミサイルで攻撃して一般市民に多数の犠牲者を出す行為に似ている。・・・

浜井さんが現場の実務者として目の当たりに見た「神話」と「現実」の落差としては、たとえば、こんなのがあります。

>治安が悪化した結果、刑務所が過剰収容になったのであれば、刑務所には、治安悪化をもたらした元凶である犯罪者が収容されているはずである。しかし、刑務所に勤務するようになってまもなく、筆者はおかしなことに気づいた。それは過剰収容によって、次々と受刑者が確定し、拘置所も刑務所も受刑者であふれかえる中で、刑務所内のいくつかの工場から「受刑者が足らないので至急補充してもらいたい。このままでは作業に支障が出てしまう」という要請が相次いだことである。そこで、改めて増加している受刑者を調べてみると、受刑者の多くは、高齢者、障害者や外国人ばかりで、普通に工場で働ける健康な受刑者は殆ど居なかった

刑事政策に限らず、政策や政治全般にわたって、神話とポピュリズムばかりが我が物顔でまかり通る現在の日本であるだけに、こういう実務家的リアリズムに満ちた知性は基調です。

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2011年6月 4日 (土)

りふれは批判、というより哀れみ@暴言日記

最近はとりわけ夏川りみファンクラブの比率が高い暴言日記さんですが、それでもりみ関連記事の合間に「りふれは」に対する批判を書き付けています。ただ、これはもう批判を通り越して、哀れみに近いですね。

http://blogs.yahoo.co.jp/zhang_r/archive/2011/06/02

>・・・リフレ派の人たちは最近追ってなかったが、竹中氏を支持するまで堕落しているとはさすがにびっくり。だって竹中氏は、超タカ派の歳出削減・緊縮財政派だぞ。・・・

>・・・政府の歳出を減らして、市場競争にみんなをぶちこんで、自己責任原則を徹底化すればおのずと社会の活力が高まる、という彼の思想は何一つ変わっていない。別にそれは竹中氏の首尾一貫した価値観だけど、リフレ派の思想はそれとは完全に真逆だったはず。・・・

>まあ、どうでもいいんだけどね。この人たちは、どうやら最初っから貧困問題なんかに全く興味なかったようだし。貧困や雇用に興味があるなら、もう少しその手の本を読んで勉強してこいよ。手が伸びないってことは要は興味がないってことだろ。・・・

>リフレ派の重鎮たちが『正論』で座談会を組んでいたが、自分も心情右翼なので別に構わないんだけど、反民主党という括りがないとメディアから相手にされないというのは、さすがにもう批判する気が失せたなあ。「若い奴はだらしがねえ!」とか「政府に頼るなんて甘えてんじゃねえ!」みたいな、リフレ派とは不倶戴天のはずの高齢世代オヤジが主要読者の雑誌で、単に「反民主党政権」という括りのみで、こういう座談会で組まれるという時点で、かなり詰んでいる感じがする。自分が言うのもなんだが(本当に 冷汗)、もっと頑張ってほしい

特に付け加えるべきことはありませんが、それにしても反りふれは論者に「もっと頑張ってほしい」と言われるまでになったというのは、「りふれは」の皆さまとしてはとりあえず素直に慶賀すべきことではありますまいか。

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「新しい公共」とは何だったか?

Hyoshi11 さて、現下の政治状況の無惨さを見るにつけ、その主役のおひとりの唱えていた「新しい公共」という言葉にも同じような無惨さを感じる今日この頃、改めて真っ正面から論じる必要すらないとお感じになるかも知れませんが、いやいや、そこはやはりきちんと総括しておく必要がありましょう。

とりわけ、それが震災復興という政治がもっともその役割を担うべき地点でその機能不全をもたらしているという点において双生児的であるならば。

とかなんとかごちゃごちゃ言わずに、『POSSE』11号の仁平典宏さんの「被災地支援から問い直す「新しい公共」」を紹介しますね。

>1995年の「ボランティア元年」から1998年のNPO法成立の底流を流れていたのは、「市民セクターの足を引っ張る非効率な公的セクター」という図柄だった。これは、一方で市民社会論、NPO論のブームを招き、もう一方で、規制緩和と社会支出の抑制を求める構造改革へと接続した。NPO法を推進した人の中には、その後、小泉構造改革路線の旗振り役になった人も含まれていた。これまで公的セクターが担ってきた社会サービスの提供を、市民セクターや企業が代替できれば、政府の財政支出を減らせる。そのような判断が働いている。

>しかし今回見えてきたのは、公的セクターと市民セクターの相補的な関係の重要さである。NPOや市民が限界まで活動しても、社会権の十全な回復を通してでないと、避難状況から脱却できない。これは政府が-再分配という形の連帯を通して-責任もって行うべき役割である。・・・

>ここで一歩踏み込んで問いたいのは、これまでの市民社会論・NPO論は、その相補関係を壊す流れに-結果的に-荷担してこなかったかということである。・・・つまり今回ボランティアセンターに不具合が多かったのは、職員が被災して行政機能が損壊したためだけではない。ゼロ年代を通してすでに衰弱させられていたためなのだ。・・・にもかかわらず、苦情や不満を一身に受けながら、不眠不休で働いてきた人たちもまた、構造改革の中でバッシングの対象であった地方の公務員・準公務員たちであった。

>・・・この理念を党是として掲げた鳩山由紀夫は、首相の所信表明演説の中で、「市民の皆さんやNPOが活発な活動を始めたときに、それを邪魔するような余分な規制、役所の仕事と予算を増やすためだけの規制を取り払うことだけ」と説明している。このような発想こそがゼロ年代の文脈である。

震災の中で不眠不休で働く「新しくない公共」の人々を邪魔するような余分なことをしているまさにその人の発言であるだけに、二重三重の意味でアイロニーを感じます。

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2011年6月 3日 (金)

東電2社員の被曝量、基準超え 体内分だけで2倍

朝日の記事から、

http://www.asahi.com/national/update/0603/TKY201106030287.html

>東京電力の男性社員2人が福島第一原発で事故後に多量の放射性物質を体内に取り込んだ問題で、東電は3日、2人の被曝(ひばく)量は最大で658ミリシーベルトに達するという評価結果を発表した。今回の緊急作業で国が認める被曝量の上限250ミリシーベルトを超えたのは初めて。2人に異常は見られないが長期的な健康への影響が懸念されている。

 東電によると、被曝した男性は30代と40代で原発運転員。地震が起きた3月11日から中央制御室や免震重要棟などで作業していた。

 放射線医学総合研究所(千葉市)に依頼して内部被曝量を評価した結果、30代男性は210~580ミリシーベルト、40代男性は200~570ミリシーベルトになった。体外被曝量は30代男性が73.71ミリシーベルト、40代男性は88.70ミリシーベルト。合計で250ミリシーベルトを超えるのは確実となった。厚生労働省は近く立ち入り調査し、同社に是正勧告を出す方針だ。

いうまでもありませんが、「2倍」というときの基準は本来の緊急時の被曝線量の上限ではなく、今回福島原発用にぐいっと引き上げた上限の2倍以上ということです。

本来の緊急時の上限は100ミリシーベルト、

本則は「5年で100ミリシーベルト」「1年で50ミリシーベルト」、

そして、白血病を発症したら労災と認定される可能性があるのは「1年で5ミリシーベルト」です。

つまり、今回だけで労災認定基準の100倍以上一気に浴びてしまっています。

しかも、これは東電の社員なので、わりと被曝線量もきちんと測定されていたのだと思いますが、下請企業の労働者の場合、どこまで線量がきちんと測定されているかという問題もありましょう。

しかしながら、最大の問題は、永田町の我らが線量じゃなかった選良の皆さまが、こういう問題にどれだけご関心をお持ちなのだろうか、ということなのですが。

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国家公務員の労働関係に関する法律案

本日、閣議決定されたようです。

http://www.kantei.go.jp/jp/kakugi/2011/kakugi-2011060301.html

>国家公務員法等の一部を改正する法律案(国家公務員制度改革推進本部・内閣府本府・総務・法務・厚生労働・防衛省)

国家公務員の労働関係に関する法律案(国家公務員制度改革推進本部・総務・厚生労働省)

公務員庁設置法案(国家公務員制度改革推進本部・総務省)

国家公務員法等の一部を改正する法律等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案(国家公務員制度改革推進本部)

国家公務員の給与の臨時特例に関する法律案(総務・財務・防衛省)

裁判官の報酬等に関する法律の一部を改正する法律案(法務・総務・財務省)

検察官の俸給等に関する法律の一部を改正する法律案(同上)

さて、後の方の3つが給与減額関係ですが(どうでもいいけど、普通の国家公務員は「給与」で、裁判官は「報酬」で、検察官は「俸給」なんですね)、それと引き替えにしたはずの労働協約締結権は、この「国家公務員の労働関係に関する法律案」に規定されているわけですね。

現段階では、まだ法案自体はアップされていませんが、中身はこの「全体像」に沿ったものになっているはずです。

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/sankou/06.pdf

交渉が不調であっせん、調停、仲裁になったり、不当労働行為の申立が出てきたりすると、中労委の仕事になるわけです。

まあ、現下の政治状況等を総合的に勘案すると、公務員どもの給与減額はさっさと成立するでしょうが、も一つの方がどういう扱いを受けるかはいささか予断を許さぬところではありますけれども。

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『社会保障と福祉国家のゆくえ』ナカニシヤ出版

32594961 水島治郎さんより、齋藤純一・宮本太郎・近藤康史編『社会保障と福祉国家のゆくえ』(ナカニシヤ出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。水島さんはこの中の「ワーク・ライフ・バランス」の章を書かれていますが、まずその前に、本書の全体像を。

http://www.nakanishiya.co.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=754

>社会保障の理念と歴史、理論から、財政、年金、雇用、住宅、医療、若者など、各政策分野ごとの現状と課題をトータルに解説。社会保障・福祉国家について考えるための格好のガイドブック。

目次は次の通りです。

序―福祉国家・社会保障の構想力(編者)
    一 福祉国家・社会保障の新たな段階
    二 共通の経験としての福祉国家・社会保障
    三 福祉国家・社会保障を支える理念
    四 本書の構成と各章の内容

第I部 福祉国家・社会保障の理念と現在

 1.社会保障の理念をめぐって―それぞれの生き方の尊重(齋藤純一)
    一 社会保障の目的
    二 相互尊重という要請
    三 社会的協働への参加
    四 生の尊重のための基本構想
 2.社会的なものの歴史(田中拓道)
    一 「社会的なもの」の比較思想史
    二 「社会」概念史の理念型
    三 近代市民社会の形成
    四 「社会」の発見
    五 未完の理念
 3.ヨーロッパ福祉国家の現在とゆくえ―連帯の多様性と再編(近藤康史)
    一 ヨーロッパ福祉国家の多様性と連帯
    二 ヨーロッパ福祉国家の類型
    三 福祉国家への変容圧力
    四 福祉国家の再編と連帯の再生
    五 多様性を内包した収斂
 4.日本型福祉レジーム論をめぐる対話(新川敏光)
    一 レジーム分析の論理
    二 対抗研究との対話
    三 日本型福祉レジーム
 5.アメリカ福祉国家の理念的展開―貧困対策における「コミュニティ」の位相
   (坂部真理)
    一 貧困対策と「コミュニティ」
    二 六〇年代の貧困対策?――コミュニティ・アクション・プログラム
    三 六〇年代の貧困対策?――二つの最低所得保障構想
    四 九六年福祉改革――「州の実験」の解放と「参加」の変容
    五 「コミュニティ」概念の変容――自律した個人の集合体へ

第II部 福祉国家・社会保障の制度と展望

 6.社会保障の再編構想と新しい争点(宮本太郎)
    一 二〇世紀型福祉国家とその解体
    二 雇用と社会保障をどうつなぎなおすか
    三 家族とコミュニティをどうつなぎなおすか
    四 二つの政治の連関
 7.福祉国家財政の基本理念と構想(井手英策)
    一 福祉国家の財政を支える原理は何か
    二 どのように福祉国家は正当性を確保するのか
    三 社会保障財源について考える
    四 増税可能な国家財政の構想
 8.年金制度改革―先進国の経験と民主党案の評価(駒村康平)
    一 年金改革の潮流
    二 先進諸国の年金改革の展望
    三 日本への示唆と民主党案の課題
    四 大型リフォーム案
 9.ワーク・ライフ・バランス―「健康で豊かな生活のための時間」を目指して
   (水島治郎)
    一 ワーク・ライフ・バランスへの関心の高まり
    二 日本におけるワーク・ライフ・バランスの現実
    三 ヨーロッパ/オランダにおけるワーク・ライフ・バランス政策
    四 「時間主権」を目指して
 10.社会的排除からみた若者の現在―日本の福祉国家が抱える三つのジレンマ
   (樋口明彦)
    一 大人というゴールの揺らぎ
    二 不適応と社会的排除のはざまに立つ若者
    三 若者の社会的排除という問題設定の難しさ
    四 若者の社会的包摂への見取り図
 11.「ホームの喪失」と福祉国家―「住宅保障」を介した社会的包摂への途
   (岩田正美)
    一 「ホームの喪失」の多様な広がり
    二 「ホームの喪失」と社会統合の手法
    三 路上生活者とネットカフェ生活者の「ホーム喪失」
    四 国勢調査にみるホーム以外の場所に住む人々
    五 「ホームの喪失」から社会的包摂へ
    六 住宅保障の位置
 12.医療保障の現状と改革(福田素生)
    一 医療保障制度の発展と医療費の増大
    二 医療保障制度の類型
    三 医療を保障する財政の仕組み
    四 医療供給体制の整備
    五 今後の方向

どの章も重要なことが書いてありますし、特に新川さんの福祉レジーム論についてはコメントしたいこともありますが、ここではお送りいただいた水島治郎さんの論文について。

水島さんは、日本ではワークライフバランス政策のターゲットのうち、長時間労働を強いられる(男性)正社員についても、非正規労働者についても、ほとんど効果を上げておらず、せいぜい出産・育児を迎える(女性)正社員だけだとし、その原因を多様な働き方が自発的な選択ではないことを指摘し、欧州特にオランダの例を挙げて、長時間労働規制と非正規労働者の待遇改善の必要性を説いています。

わたくしの本や文章なども引用していただいていまして、こういう議論が広まる一歩になってもらえればいいな、と思いました。

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社会保障改革案

政治学者と政治評論家と政治部記者その他の方々が大好きな政局の話はそういう方々にお任せして、昨日6月2日の内容的にはもっとも重要なものについて。

http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/syakaihosyou/syutyukento/dai10/siryou1.pdf

社会保障改革に関する集中検討会議がとりまとめた「社会保障改革案」です。

冒頭のお題目部分や狭義の社会保障分野、税制問題等についてはそれぞれにコメントされる方々がおられるでしょうから、ここでは「就労促進」と「貧困・格差対策」についての記述を見ていきます。

Ⅳ 就労促進
○ 全員参加型社会の実現のために、若者の安定的雇用の確保、女性の就業率のM 字カーブの解消、年齢にかかわりなく働き続けることができる社会づくり、障害者の雇用促進に取り組む。
○ ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現を図る。
○ 雇用保険・求職者支援制度の財源について、関係法の規定を踏まえ検討
する。

[再掲] 貧困・格差対策 ~ 重層的なセーフティネットの構築
○ 短時間労働者に対する社会保険の適用拡大
○ 社会保険制度における低所得者対策の強化
・ 市町村国保・介護保険における低所得者への配慮、高度・長期医療への対応(セーフティネット機能の強化)、総合合算制度、年金制度における最低保障機能の強化
○ 第2 のセーフティネットの構築
・ 求職者支援制度の創設、複合的困難を抱える者への伴走型支援
○ 生活保護の見直し

これはまだ項目を並べただけですが、うしろについている工程表を見ると、子ども・子育て、医療・介護、年金は所要額(いわゆる「請求書」)がちゃんとついているのに、就労促進はついていないのですね。雇用対策は請求書なしと。

で、全員参加型社会の方は「継続的推進」というだけで新しいことはないようですが、ディーセントワークの実現の方は、有期契約とメンヘルという既定方針のほかにこういうことが書いてあります。

>非正規労働者の公正な待遇確保に横断的に取り組むための総合的ビジョンの策定

>総合的ビジョン:2011年に策定

横断的、ということは、今パート研でやってるパートの話だけでなく、直用有期や派遣なども含めた非正規全般についてのビジョンということですね。

今年策定ということですが、さてどういうものが出てくるのでしょうか。

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ILOがメイドさん条約を審議

先日、いささかアレなサイトの記事をネタに、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-3967.html(メイドさんの労働法講座)

を書きましたが、いやいや、世界的にはメイドさん-家事労働者の労働条件についての関心が高まっているのですよ。

本ブログでもたびたび引用している「シジフォス」の水谷さんが、日経新聞の記事をネタに、

http://53317837.at.webry.info/201106/article_3.html(日本だって家事労働者ILO条約の批准を )

を書かれています。

>日本経済新聞が昨日の朝刊でILOの「家事労働条約」の記事を掲載していた。実は、かねてから労基法116条に定められた「労基法の適用除外」について疑問と関心をもっていた。ご存じない方のために(念のため?)第116条の2項には「労働基準法は、同居の親族のみを使用する事業、および、家事使用人には、適用しない。」と定めている。
第1項の船員などはある程度理解できるが、家事使用人をことさら労基法から除外する理由に納得できなかった。メイドなどであれば、労働時間、休憩など関係なくいくらでも酷使できるということなのか…。

Wcms_156064 ILOのサイトには、今回の総会に提出される報告書をはじめ、この問題に関わる文書や記事がここに載っています。関心のある方々はどうぞ。

http://www.ilo.org/ilc/ILCSessions/100thSession/on-the-agenda/decent-work-for-domestic-workers/lang--en/index.htm(Decent work for domestic workers)

条約案と勧告案の概要を、ILO東京事務所の訳した資料でみると、

http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/downloads/2011ilc.pdf

Cn1905 >家事労働者のディーセント・ワークに関する条約及び勧告が採択されることにより、労働人口の相当な割合を占めているにも関わらず、職場が家庭内であることから、賃金、労働時間、休暇等といった労働者としての地位が不明瞭であるばかりか、虐待・差別、強制労働、児童労働・プライバシーの欠如等といった危険が現存する家事労働者の労働実態を働きがいのある人間らしい(ディーセントな)ものにし、労働における基本原則及び基本的権利並びに社会的保護を行きわたらせることが期待される。

条約案は、国際労働基準が、原則として家事労働者にも適用されること等を確認した前文と全19か条の規定から成る。条約案には、家事労働者を保護する実体規定として、家事労働者に対する雇用条件の通知義務(移民家事労働者に対する場合は書面によることを明記)、虐待や暴力からの保護、プライバシーの保護等が定められている。また、労働条件の向上に向けた規定として、労働時間、超勤手当、休暇、賃金手当の支払条件、労働安全衛生の確保、母性保護を含む社会保障、紛争解決手段の確保について、家事労働者が、それ以外の労働者に劣らぬ保護を享受できるよう各締約国が適切な措置をとる旨が規定されている(労働安全衛生及び社会保障については、段階的な適用を許容)。

勧告案は、条約の規定を具体化することにより、これを補完し、その実施を促すための全23項目から成る。その内容は、結社の自由及び団体交渉権、強制労働の禁止、職場での差別の排除、児童労働の禁止といった労働における基本原則を実現するための規定をはじめ、雇用契約に盛り込むべき条件の例示、住込み家事労働に対する配慮事項、移民家事労働者の保護等といった労働条件の向上に直結する事項などである。

とのことです。

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2011年6月 2日 (木)

『経営法曹研究会報』67号

経営法曹会議から『経営法曹研究会報』67号をお送りいただきました。

今回のテーマは「採用をめぐる諸問題」。採用一般と、高齢再雇用制度と、派遣法直接雇用制度の3つが取り上げられています。

このうち、高齢法に基づく継続雇用制度の問題は、ちょうどツボにはまりました。というのは、今度6月17日に、東大の労働判例研究会で、X運輸事件(労経速2091号)を取り上げて評釈することになっているからです。昨年は高齢法関係の判決が続々と出た年ですが、それらを理論的に分析したものはまだでていないように思います。

自分なりに、今までの議論のされ方に異論があるところもあるので、いろいろと提起してみたいと思っています。乞うご期待、ということで。

(ちなみに)

どうでもいいことですが、組合の上部産別からすぐ分かるのに、どうして「X運輸」なんて匿名にしているのでしょうね。

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3週間に120時間の時間外労働

5月31日に開かれた「第6回精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」の資料がアップされていますが、

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dirj.html

その「論点」を見ていくと、

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dirj-att/2r9852000001divc.pdf

「労働時間数と精神障害の発症との関係について」というところに、

>労働時間数と精神障害の発症との関係を、具体的に例示することはできないか

とあって、その具体的な数字が、

>発症直前の3週間に120時間程度の時間外労働が認められる場合には、臨床経験上、労働時間の程度のみを要件として強い心理的負荷の存在を肯定するものとして現行判断基準が示している「極度の長時間労働」に該当する。(2週間で80時間の時間外労働が認められる場合は、時間数のみではこれに該当しない)

などと書かれています。3週間で120時間ということは、1日当たり平均して8時間の時間外労働、所定の8時間と併せると、1日平均16時間労働ということですね。いうまでもなくこれは精神障害の労災認定基準の議論であり、そこまで時間外労働をやらせても問題ないというような次元の話ではないことは、労働関係者であれば良く分かっていることではありますが、それにしても、この数字が一人歩きすると、なかなか怖いかも知れません。

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2011年6月 1日 (水)

福島原発是正勧告@細川大臣記者会見

昨日、閣議後記者会見で細川厚労大臣が福島原発関係について語った部分がアップされていますので、引用しておきます。

http://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/2r9852000001e6tm.html

(大臣)あと、閣僚懇の話ではないのですが、私の方から福島原発の事についてお話しさせていただきます。福島原発では、これまで、いろいろな作業員の作業状況に関して法令違反のような問題が起こってまいりました。それに対して、新たに厚生労働省に作業員健康管理等対策推進室というのを設置いたしましたけれども、そこが中心になりまして5月27日立入検査をいたしました。その結果を受けまして5月30日に福島労働局の方から東京電力株式会社及び株式会社関電工に対して労働安全衛生法違反につきまして是正勧告を行ったところでございます。東京電力に対しては女性労働者2名について被ばく限度が3ヶ月5ミリシーベルトを超えて被ばくさせたこと、もう1つは緊急作業従事の労働者に対して法令に定める部位に放射線測定器を装着させずに外部被ばく線量を測定していなかったこと、これが東京電力です。それから、関電工については労働者2名について、汚染を防止するのに有効な履き物、これは汚染水が溜まったところに長靴を履かずに普通の靴で入って作業をしたという件、これらについて是正勧告をしたということです。それから、250ミリシーベルトを超えた作業員がいるということが昨日東京電力で発表になりました。これはまだ確定的に250ミリシーベルトを超えたという訳ではありませんけれども、それを超えるであろうという予想がされまして、私としても大変驚いており遺憾に思っているところであります。
 昨日、厚生労働省に、2名の方においでいただきまして、お会いしたということであります。そこで、この2人の方が爆発後すぐにマスクを付けたか記憶が定かではないということも言われておりました。そういうことでこの2人の作業員の方が、爆発時に中央操作室という所で作業に従事していたということがございますので、当時2人の作業員と同じように中央操作室で作業をしていた人達に対しては、今、継続して作業に従事をしている人に対しては、この作業から離れるようにということを東電の方に申し入れをいたしまして、その人達がどれくらいの被ばくを受けているかということをしっかり調査して、その調査結果に基づいて作業に戻すかどうかを判断してもらうことにいたしました。

(記者)東京電力の件は今ありましたが、そういういろいろな面で管理が不十分なところが見られると思うのですが、今回は是正勧告をしたということですが、今後厚労省としてはどのようにしていけば改善されると思っていますか。

(大臣)先だって対策室も作りまして、この作業員の被ばく管理、健康管理をしっかりやっていくということで進めてまいります。昨日は是正勧告もいたしましたし、これ以上違反が重なるということにいうことになれば、厚生労働省としては、厳正な法の適用ということも考えて厳正に対処していきたいということです。

(記者)確認なのですが、昨日厚労省でお会いした2名の方は、作業員の250ミリシーベルト超えの方ではないですか。東電の方を呼んだという意味ですか。

(大臣)作業員です。

(記者)関連で2名の方と同じように中央操作室で作業していた人々は、作業から外すということですが、何人くらいいて、その後、健康管理や内部被ばく量の調査をされるということですか。

(大臣)人数については確認できていないですが、2人と同じように中央操作室で作業されていた作業員の方々は、同じような内容で被ばくを受けている可能性があるというふうに考えるので、その人達は作業から外れて、まずはしっかりとした検査をしていただくということでございます。

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『POSSE』11号への感想その3

Hyoshi11_2 もう一つ、『POSSE』11号への感想として、木下武男さんの「東電の暴走と企業主義的統合-労使癒着によるチェック機能の喪失」について、おそらく木下さんの言いたいことの本丸とはずれた点に、コメントをしておきます。

もちろん、木下さんが指摘したいことは、日本型雇用システムにおける企業主義的統合の中で、労働者が分断され、被曝作業を下請企業労働者に押しつける構造が生み出されてきたという点にあり、その点はまさにそうだと思います。

問題は、それを戦後労働運動史の中での産別主義と企業別主義という枠組みで説明しようとしている点です。木下さんの議論だと、かの電産型賃金体系を作った電産は、産別運動だったということになるのですが、わたしはそれには大いに疑問を持っています。

終戦直後の労働運動の性格付けとしては、わたしは藤田若雄氏の「急進化した工場委員会」だというのが一番正しいと思います。産業報国会の系譜を引きながらも、革命前夜的雰囲気の中ではそれは「工場ソビエト」的ですらありましたが、その闘争手段はまさに「工場委員会」的な「生産管理闘争」であって、欧米型の産別主義とはまったく似ても似つかぬものだったというべきでしょう。

もちろん、それは職場の身分差別を熱狂的に排撃するという意味においてきわめて「民主的」志向性を持っていましたが、決して産業別を指向するものではなく、そしてやがて急進派が凋落していくと、企業主導で「社員の平等主義」が進められていくわけです。木下さんが批判的に引用する木川田一隆の「戦前の階級対立を清算して、企業の人間構造をはばひろい中間層に一本化する共同体的なもの-いってみればゲマインシャフトに作り替えようとする挑戦」が、実はその根本精神において(戦時中の皇国勤労観も踏まえつつ)終戦直後の工場ソビエト的熱狂を受け継ぐものであることを考えると、この議論も二重三重にねじれており、そう単純な議論を許すものではないのではないかと思えてなりません。

労働者たちの平等指向、人格要求、「メンバーシップ要求」が生み出した企業主義的統合が、その反面においてそこから排除された者への差別を生み出すというパラドックスこそが、東電に限らず、現在の労働問題の根源にあるメカニズムなのであってみれば、やはり皮肉なものを感じざるを得ないのです。

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『POSSE』11号への感想その2

Hyoshi11 昨日に続いて、『POSSE』11号への感想を少々。

高橋哲哉さんの「フクシマの犠牲と「人間の責任」」は、実は読みながらいささか皮肉な気持ちになりました。もちろん、幼い頃福島県で、とりわけ小学校時代富岡町で過ごし、人生の最初の記憶が残っている場所が今原発事故でゴーストタウンになっている高橋さんが、怒りを込めて「中心部が周辺部の犠牲をお金で片付けようとする構造」を糾弾する心持ちは痛いほどよく分かります。いや、高橋さん自身がこう言っています。

>わたし自身、高度経済成長期に、研究者になりたくて福島から東京に出てきた人間です。私が今回の原発事故で頭をがつんと殴られたようなショックを受けた理由は、そこにもありました。自分は単に福島原発からの電力を享受することだけによってではなく、東京の人間になること自体によって既に、故郷の放射能汚染に荷担してしまっていたのではないか。そう思ったのです。

この反省が真摯なものであることに疑いはありません。しかし、だから何をどうするのか、という問いに対する説得的な答は示されてはいないように思われます。電力会社や国の責任を追及すること、差別的構造に関心を持ち、声を上げること、そして原発という犠牲のシステムを終焉させること。具体的なものは各論であり、総論的なものは曖昧です。

いや、たとえば(それ自体長期的な課題ですが)原子力という発電システムから脱却して、たとえば太陽光とか風力といった再生可能なエネルギーにシフトしていくと決めたとしましょう。そういうエネルギーを生み出すための場所は、やはり再び(福島県を含む)田舎の地方になるはずです。世田谷区に太陽光パネルを敷き詰めるわけにはいかないし、風車を乱立させることもできません。ソフトバンクの孫社長が休耕田に太陽光パネルを敷き詰めると言ったそうですが、それ自体の現実性は措くとしても、それもやはり田舎の人間の資源を都会の人間のために使わせろという仕組みであることには変わりはないのではないでしょうか。原子力といういざというときのリスクがあまりにも大きすぎるシステムをどうするかという議論と、そもそも都会と田舎の分業体制をどう考えるかという議論とは、やはり腑分けして考えなければならないように思われます。

そして、高橋さん自身がはしなくも語っているように、まさにそういう都会のために資源を提供するしかない田舎から「夢と野望に満ちて」都会に出てきた若者たちの挙げ句の果てが近代化以来の都会人たちの大部分なのであってみれば、そしてそういう都会人の後ろめたさゆえに、自分がかつて捨ててきた田舎にせめてもの罪滅ぼしにさまざまな補助金を積み上げてきたのであってみれば、そしてそういう都会人の子どもや孫たち、もはや自分たちが資源を搾取している田舎への罪悪感すら感じなくなった生まれたときからアーバンなチルドレンたちが、こういう田舎のじじいどもへのわけのわからん補助金はつぶせ、なくせと喚いて、実際そのようにしてきたのがこの二十年間なのであってみれば、話はあまりにも入り組んでおり、そう簡単な断罪にはなかなかつながっていかないように思われるのです。

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