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2011年5月23日 (月)

これは飯田泰之さんの言説の(党派を超えた)正しさと読むべき

被災地で日夜復興に取り組む地方公務員マシナリさんが、ふと一服に記した随想といった趣ですが、

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-452.html誰のための復興?

まずリフレ派随一の良心派飯田泰之さんの書物からの引用:

>万年○○派の評論家は潜在的顧客の頭数を増やすように行動するのではなく、安定的で強力な自分の支持者、信者の獲得を目標にしています。万年○○派の評論家は、同じコールドリーダーでも占い師より新興宗教の教祖に近い技法を駆使していると言ってよいかもしれません。
 顧客の「心に沿う」議論を基本に据えることで、彼らの心を引きつけたならば、続いて行われるのはストックスピールによる信頼の強化です。

>そして経済評論家、中でも万年○○派の真骨頂は予言の的中にあります。・・・・・さらには「不況のダメージを小さくするためには、構造改革の成果が、内外の投資家から信頼されなければならない」「不況から脱出するためには、粛々と構造改革を進める必要がある」といった留保条件をつけておくとさらによいでしょう。これならば、少なくともはずれることはありません。「構造改革徹底指数」のような、構造改革の進展そのものを表す客観的な指標はありません。したがって、景気が回復したら「構造改革がしっかりと行われた」、回復しなければ「不十分だった」と言えばよいのです

>しかし、「構造改革っぽいものは何となくよい」という考えが定着してしまうと、個別の政策に対して論理的な検証を行う論者は、その分析が構造改革の一部に抵触するという意味で歓迎されず、決して受け入れられることはないのです。

次に、より劣悪な「りふれは」の言説:

>だからこそ私たちは「このままでは震災恐慌がくるぞ!」と、声を大にして訴えます。そのことで、結局恐慌が起こらなかったとしても、私たちはそれが誤った警告だとは思いません。なぜなら、私たちが警告を発しなければ、本当にまた日本は、大きな人災である、経済2次、3次被害を受けることになりかねないからです

>震災でお亡くなりになられた方々に思いを馳せながら、「震災恐慌がくる!」――。
そう叫びながらも、日本に恐慌がこないことを、そのために、正しい経済復興策がとられることを、そして、日本中が負った震災による心の傷が癒えることを心から願って。
私たちは先人の知恵を借りながら、「震災恐慌がくる!」――そう、声を大にして叫びます。

こうして、一切編集の労を執ることなく、それぞれの言説をただ並べるだけで、百万言を費やすよりも雄弁に事態の実相を物語ってくれるのですから、まったく付け加えることはありません。

ただ、あえて余計なひと言を付け加えるならば、これはいかなる意味でも「リフレーション政策論者」全般に対する皮肉や揶揄のために用いられるべきものではなく、とりわけその良心派の代表である飯田泰之さんの真摯さをからかうために用いられるべきものではなく、もっぱらそのもっとも卑小かつ劣悪な部分に対する的確な評価のためにのみ用いられるべきだということです。

日夜復興対策に取り組まれているマシナリさんが、この小文のためにどこぞから妙な誹謗を受けたりすることのないようにその点については強調しておきます。

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コメント

>景気が回復したら「構造改革がしっかりと行われた」、回復しなければ「不十分だった」と言えばよいのです。

これってまさに竹中平蔵がリーマンショック後に言ったことです。サブプライムローンの直接的な損失が少ない日本で株価などが強いダメージを受けたのは外需主導の景気回復が失敗に終わった結果に過ぎないのに、まるで人事のようでした。だからこそ、下記のような嘘を平気でつけるんでしょう。そういえば与謝野さんも、いざとなったらインフレを起こして解決すればいいなどという新古典派経済学者の財政に対する無責任さについて怒っていました。

http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/38abf49571a5155f3792e9d584211ae8/page/1/

>2003年から07年の間に、日本のプライマリーバランスの赤字は28兆円から6兆円まで下がった。22兆円の赤字縮小は、消費税に直せば9%分に当たる。これは不良債権処理や郵政民営化などの規制緩和によって経済が活性化した結果だ。

結果に責任を取らない無責任な言質と官不信という宗教的信念が合わさって、代替論なき、あるいは劣悪な代替論しか提示できない批判を生み出す。それがデマゴーグと結びついて、すべての利害関係者にbestをもたらすかのような幻想を生み出す。より良いものがあるのではないか、常にbestを求める姿勢はイノベーションを生み出す力にもなるため、一概に悪いとは思いません。でも社会科学や政治においてはbetterを選んでいくしかない。山口次郎さんが「政治とは悪さ加減の選択」と指摘したように。そこに自分のみたいものしかみようとしない人間の性が加わり、bestを選択したつもりでworstを掴んでしまう、前回の政権交代のようなことが起こるのではないかと考えています。

投稿: dermoscopy | 2011年5月25日 (水) 12時54分

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