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2011年4月29日 (金)

世田谷区の生活者と柏崎市・刈羽村の生産者

去る統一地方選挙で世田谷区長に、「原発依存から自然再生エネルギーへ」と訴えた保坂展人氏が当選したことは周知の通りですが、

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/93aa8ef3ac00b4c57908c88cb9e70c3b世田谷区長選挙、区民の良識の勝利。

一方で、福島と同じく東京電力の柏崎刈羽原子力発電所を抱える新潟県の柏崎市と刈羽村では、原発推進派が優勢で、原発反対派は議席を減らしたようです。

http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/22239.html(反原発派勢力1議席減らす 柏崎・刈羽議員選挙)

>第17回統一地方選後半戦は24日、長岡市などの8市町村議会議員選挙の投票が行われ、即日開票された。東日本大震災による東京電力福島第1原発事故を受け、東電柏崎刈羽原発の安全対策が論点となった地元・柏崎市議選、刈羽村議選はともに反原発派勢力が改選前より1議席減らした。両選挙では、原発推進、反対双方の候補が「原発の安全対策」を訴え、推進姿勢を明確にする候補が軒並み当選した。地元有権者は安全を前提にした原発との「共存」を容認した形となった。

柏崎市議選では、改選前の反原発勢力は7人だったが、6人に減少。刈羽村議選では、改選前は反原発派が4人いたが、3人にとどまった。

ここには、消費生活を楽しむ「生活者」である都会の「市民」(じゃなくって、「区民」ですが・・・)の感覚と、彼らに食料からエネルギーまでを供給する側の「生産者」の感覚のずれが、ある意味で見事に露わになっているように思われます。

原発もなければ他のいかなるエネルギー生産機能もない世田谷区の区長が、一体いかなる手段で「脱原発」を実現しようとするのか。意識改革の呼びかけだの何だのというスピリチュアルな話ではなく、リアルな話として是非知りたいところです。

90年代初め頃から、「生産者の論理から生活者の論理へ」というようなことがしたり顔で繰り返し唱えてこられました。だいたいそういうときにイメージされてきたのは、「生産者」というのは新潟県とか福島県みたいな、自民党のオヤジ政治家が補助金をいっぱい降り注ぐ遅れた感覚の田舎の連中で、「生活者」というのは世田谷区とか杉並区みたいな、そういうオヤジ政治家と田舎の連中に搾取されている都会の意識の高い人々という感じだったのではないかと思います。

新世田谷区長がどうこうというより、むしろ自民党の改革派から社会党の市民派まで含めて、そういう大前研一的な「生活者の論理」を掲げてきたというのが実情でしょう。

そういう世田谷区民が、自分たちのハイクラスな生活を支えてきた電力供給源としての原発を否定する「ええかっこ」をする一方で、同じ東電の原発を抱え、4年前にはかなりの規模の地震の被害を受けた柏崎・刈羽の「村民」(柏崎は一応「市民」ですけど)たちが背に腹は代えられぬリアルな選択をしているというこの現実にきちんと向き合うことなく、「ええかっこしい」だけで何かやってるつもりになるのはどんなものかと思いますがね。

あえて嫌がらせ的なまでに皮肉を言っておきます。

(追記)

ちょっと違う観点からの同じような話。

先日大量に引用した「非国民通信」さんの直近のエントリですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-3fed.html(非国民通信さんの鋭角な批評群)

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/62d49d51e733138ba25f382ff0b657a2(中流から上には縁のない話)

>どうにも原発「以外」安全神話が強固に築かれつつあるだけに、原発でさえなければ安心安全、原発でなければ超クリーン!みたいな扱いを受けがちですので、この辺はさしたる抵抗もなく規制緩和が進みそうなのがなんだか怖いです(中には諫める官僚もいるのでしょうけれど、そういう人ほど抵抗勢力云々や利権にしがみつく輩としてバッシングを受けるものと思われます)。

>有閑階級にとっては「ちっとも迷惑なんかじゃないよ」「これで良いんじゃないの」と思えるものでも、立場の強くない人間にとっては十分に生活を脅かす問題となるのです。「家庭生活の平安は金銭の多寡に置き換えられるものでない」と、裕福な人間だけが口に出来る道徳論が幅を利かせ、あたかも原発だけが危険であるかのごとく語られる中で原発「以外」のリスクから目が背けられる中、ひたすら弱者がそのツケを押しつけられていく、こういう状況には首を傾げざるを得ません。

半世紀前には、「生活者」という言葉は生存権的な意味で「食えるのか」というインプリケーションがあったのでしょうが、ある時期以降の「市民」な方々の「生活者」からはそういうインプリケーションが消え去ってしまったという現象ともつながるように思われます。

(ついでに)

ポテト・ニョッキさん風に言えば、

http://d.hatena.ne.jp/potato_gnocchi/20110429/p1(東京電力叩きに見る、利権を目の敵にする思考の病弊)

>本当に原発の恩恵を蒙っていたのは、原子力発電でこれまで忘れられていたコスト=福島県民への賠償とか、放射性廃棄物の処理とか、を加算しない電力料金を享受していた、東京電力管内の電力需要者です。あるいは、原子力発電への依存度という意味でいえば、トップ3の関西電力、四国電力、九州電力管内の電力需要者です。

>これらは、みんなみんな、原発の恩恵を蒙っていたわけですこれらはすべて電力需要者に還元されていた「利権」です

>にもかかわらず、今になって、自分たちに配分されていた利権のことはさておいて、電力会社の社員を批判したり、政治家の「利権」という一言に快哉を叫ぶ世論って、どうも頭が悪いのでなければ、反省という言葉を知らないんではないかと思います。もしそんなに利権を叩きたいんであれば、このへんとかで書きたい放題かいているブックマーカーとか、まずは自分の胸に手を当てて反省してみてはどうかと思います。要は、お前ら、「利権」のおこぼれに預かっている人*2をスケープゴートにして、自分たちの度汚さを免罪しているだけなんですよ?

世田谷区民の「正義感」に感じる気持ちの悪さの正体を、大変見事に言い当てていただいているように感じます。

ちなみに、「利権」還元思考への批判としては、dongfang99さんのこれも必読。

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20110429全く信用できない

>つまり原発推進派の専門家も、彼らなりの夢や使命感があったのだが、途中で行き詰り、しかし今更引き返すこともできなくなっている状況にあるというわけである。この説明は非常に説得力があると思うが、「利権」「御用学者」的な批判の文脈からは、こういう問題は全く見えてこない。利益につられて悪魔に魂を売ったという、馬鹿馬鹿しい話以上のものにならない。

 河野太郎は、もっと被災者・避難者を主語において、その救済・支援のために何が最も効果的であるのかということを中心に話をしてほしい。「利権」「癒着」批判に大部分を費やしている時点で、自分はこの人を全く信用できない。

原子力専門家たちの「失敗」を失敗として適切に批判する代わりに、「陰謀」を非難することによって、自らを「正義」の証とし、自らも与ってきた「利権」の居心地の悪さを感じなくても済むようにしてしまう便利なメカニズム。

こういう思考形式が、自民党「改革」派から現民主党の多数派を経て旧社会党「市民」派に至るまで、大変分厚く広がってきたことが、この20年を「失われた」ものにしてきた原因だったのではないか?という声は、常に少数派にとどまるのですけど。

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コメント

世田谷区長選の投票用紙にえんぴつで「保坂展人」と書いた者です。

新世田谷区長と世田谷区民に対して厳しい意見をお持ちのようですが、
では逆にhamachanが世田谷区民なら「ええかっこ」せずに、どんな政治行動にでていたのでしょうか。

他の候補者に投票したのでしょうか。それとも自ら立候補したのでしょうか。

世田谷区民として「ええかっこ」じゃないことをするとは、具体的にどんなことをすることなのか、
ぜひ教えてほしいものです。

あえて嫌がらせ的なまでに皮肉を言っておきます。

投稿: 日之人 | 2011年5月 3日 (火) 21時04分

本来、区長選挙でイシューにすべき問題ではないことをイシューにしようとした保坂さんとそれにのっかって当選させた世田谷区民の投票行動が問題なわけで。

区の本来の政策テーマを慎重に検討した結果、保坂さんが一番いいという判断に至ったのであれば、それはそれでいいんじゃないでしょうか。

投稿: たいしょう | 2011年5月 4日 (水) 09時57分

今回の世田谷区長選は候補者が乱立してほんとめちゃくちゃだったんですよ。

みんな(かどうかはしりませんが)苦渋の選択だったんです。

あくまで想像ですが、原発をイシューにしなくたって、それどころか具体的な政策を一切訴えなくたって、「保坂のぶと」が当選していたんじゃないでしょうか。

それを「ええかっこしい」だなんて…

むしろほめすぎかもしれない…orz

投稿: 日之人 | 2011年5月 4日 (水) 20時30分

そもそも、区の本来の政策テーマってなんですか?

「下北沢再開発問題」ですか?

「オウム対策」ですか?

「待機児童問題」ですか?

「東京外郭環状道路の是非」ですか?

そんな区政、私にはなんの関係もないことです。

だいたい、いつまで世田谷区に住んでいるのか分からないし。

「若年者投票率を少しでも上げよう」とか考えてしまったことは、たしかに「ええかっこしい」だったかもしれません。

投稿: 日之人 | 2011年5月 4日 (水) 20時57分

初めまして。普段から意見を参考にさせてもらっている者ですか,今回の記事で疑問に思った点がいくつか。

まず”「原発依存から自然再生エネルギーへ」と訴えた保坂展人氏が当選した”とのことですが,保坂さんが当選出来たのは脱原発をアピールしたからでしょうか?
それならその一週間前の都知事選で「原発は必要」と発言していたにも関わらず石原慎太郎が当選した理由がわかりません。
当時確か都民の半数以上が原発に不安を抱いているという世論調査が報道されていた記憶があるのですか,これと都知事選の結果は都民の意識の中で「反原発」が為政者選びについて大した問題意識になっていなかったことを表しているように思えます。
わずか一週間で,「反原発」が世田谷区民の主要な問題意識に浮上するものでしょうか?
もしかすると,世田谷区民の有権者が,実は都知事選の時に石原慎太郎を選んでいなかったという可能性もあるのですが…。(これはデータがわからないので誰か知っている人いたらお願いします。)

ついでに保坂さんは区長選の際にこう主張していたということですが,
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/dae86c0c40a42bec51056d220cd461ac(世田谷区長、初登庁の朝に思うこと)
>今回の区長選挙結果の報道は「原発問題」が一点で焦点化したが、私の政策の土台には「情報公開と区民参加」を掲げていた。お役所然とした行政組織ではなくて、区民の使いやすい「道具」にどう変革していけるのか。また、「地域の問題はみんなで解決する」ことが定着して、「お互いの顔が見える街」となることで災害時の救援や被害からの再生力が強い世田谷区にしていこうと訴えた。


また,ここで引用されているdongfang99さんやポテト・ニョッキさんの利権批判に対して,社会学専攻のsumita-mさんが以下のような批判をしています。
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110501/1304191495(社会システムとしての「利権」構造)
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110503/1304392248(科学技術のロジックでは)

dongfang99氏の反論(http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20110429(全く信用できない)の追記内)も含めて,私としてはsumita-m氏の批判の方に説得力を感じるのですが,参考までに。

投稿: A.E. | 2011年5月 5日 (木) 11時03分

何度も投稿してすみません。
でも考えれば考えるほど世田谷区民は脱原発などという「ええかっこしい」はしていないとしか思えないのです。

冷静に世田谷区長選挙の開票結果を見てほしいです。
http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00033393.html

自民系(?)の花輪氏と川上氏の合計得票数は、138,784票です。
非自民系(笑)の保坂氏、すがや氏、けいの氏の合計得票数は134,777票です。

実は、自民系のほうが非自民系より得票数が多いのです。

単記非移譲式でなければ、保坂氏は落選していたかもしれないわけですよ。
というかさすが保坂さんらしい勝ち方です!!
(なんで私は投票した人をこんなふうにいわなければいけないのでしょうか…。)

単に選挙制度が政策選択を含む民意を反映するものになっていないだけで、
あたかも「脱原発」が世田谷区民の意見のように見えるだけです。


タイミングのいいことに、英国では選挙制度をめぐって国民投票が行われるそうですが…。

英選挙制度めぐり5日に国民投票 二大政党制に影響も - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110504/erp11050418510005-n1.htm

投稿: 日之人 | 2011年5月 5日 (木) 13時32分

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