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2011年2月21日 (月)

職業教育主義は超えられるか?

0234840 さて、本ブログでも何回か宣伝してきた神野・宮本編『自壊社会からの脱却-もう一つの日本への構想』(岩波書店)ですが、いよいよ明日発売となりました。

今日のさまざまな課題を各論者が取り上げていますが、その中で特に興味深いのは広田照幸さんの「学校の役割を再考する-職業教育主義を超えて」でしょう。

わたくしの「ジョブ型正社員の構想」が、生活保障システムと並んで教育訓練システムを整備すべき重要な課題として打ち出しているのに対して、広田さんはある意味で真っ向から疑問を呈しておられます。

>・・・しかしながら、この新しい社会民主主義の諸議論には、学校の役割に関して、新自由主義的な改革論と共通の考え方が含まれている。・・・

>新しい社会民主主義が新自由主義と共有している前提の一つは、教育と経済との関連を強調する点である。教育こそが経済成長のエンジンとみなされ、学校は職業の準備のための場所とみなされる。・・・

こういう考え方を広田さんは「職業教育主義」と呼び、次のように警鐘を鳴らします。

>一つは、教育の関心が職業準備に過度に傾斜することで、学校教育が本来果たしうる多様な役割を封殺してしまい、教育を歪めてしまうことである。・・・我々は先進国に住みながら、本当に食うためだけに学校に通う、というのでよいのだろうか。

>もう一つは、もっと深刻な弊害である。職業教育主義に沿った学校教育が発展すればするほど、個々人は競争の主体として個人化され、他者への関心や広い世界とのつながりを失っていく、ということである。・・・

>一人ひとりの子どもたちが、職業的にうまくやって行ければ。教育システムとしては成功なのだろうか。あるいは、それぞれの教育機関としては成功なのだろうか。私はこの点を読者に問いかけたい。教育機関が職業準備に専念する社会は、民主主義も市民社会も空洞化を免れない。

日本学術会議の大学と職業との接続検討分科会には広田さんも出席し、まさに「職業教育主義」者の本田由紀さんや田中萬年さんとの間にさまざまな議論を交わしておられました。

この問題はいろいろな次元でいくつもの軸を踏まえながら議論をしていく必要があります。

ここではとりあえず、明日発売される新著の宣伝という意味を込めて、広田さんの職業教育主義批判の論点を紹介しておきたいと思います。

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