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力士会は労組として八百長の必要性主張を@水谷研次さん

「シジフォス」の水谷研次さんが、いまや政治家やマスコミ全体を覆いつくさんとする八百長非難に対して、敢然と反論しています。

http://53317837.at.webry.info/201102/article_8.html

しかし、水谷さんって、今から40年前にはマスコミにいて相撲を取材していたんですか!

>・・・賭博や薬物などの違法行為をしたのならともかく、相撲の世界では当たり前の「八百長」をしたとして、社会的に糾弾され、本場所や巡業が取りやめになり、しかも解雇までされるとしたら、絶対に納得がいかない。

>何度も繰り返すが、かつて私が相撲を取材していた時代は、八百長というのは当たり前だった。ある相撲担当記者からこんな話をきいたことがある。「老いた大鵬は引退する直前は、かなりの勝ち星を金で買わざるをえなくなった。自分のために八百長を普通にやる過ちはあそこから拡がった。若乃花や栃錦はお客のために八百長をやった。どれだけ力をこめ素晴らしい土俵・取り組みに見せるか、綿密な打合せで、あるときは事前に時間をかけてリハーサルをやってまで臨んだ。相撲は危険なスポーツであり、もしすべてが素でやったら、けが人だらけになる。したがってショー的要素を踏まえて取り組まざるをえない。」

>いつからマスコミは世論誘導をするようになったのだろう。大嫌いな石原都知事だが、この八百長問題に関してだけは「正論」が紹介されたのは彼だけだ。・・・

>力士ならず相撲関係者の誰もが「真実」を言えない中で、誰かが言わなければならない。八百長は力士にとっては必要悪であり、すべてがガチンコではなりたたないほど危険なスポーツであり、だからこそ「興業」なのだと。そして、これによって魔女狩りの如き八百長叩きがされるならば、相撲はなりたたない。力士会は、相撲の存続と、力士の生活と権利、安全を守るために「真実」を表明して欲しい。そのためには、一刻も早く「労働組合」に衣替えすべきだ。力士だって「労働者」なのだから。

40年前のスポーツジャーナリストがそう感じていたということは、現在のスポーツジャーナリストの多くも、心の中の本音ではそう感じている人が多いはずなのでしょうね。

「実はこうなんだ、が建前でこういわざるを得ない」をそのままにして、空疎な建前を振りかざすポリティカル・ファルスを繰り広げていくと、当事者たちの誰もが期待していないとんでもない悲劇が呼び込まれる、というのは、ここ数年来の労働時間法制や派遣労働法制で、いやというくらい見せつけられてきたことですが、同じような現象は他の分野にも同じように繰り広げられているということなのかも知れません。

ちなみに、「力士だって労働者」ということについては、本ブログでも何回か取り上げてきたトピックです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_c64e.html(力士の労働者性)

>ちなみに、民法の方々には疾うに周知のことと存じますが、旧民法においては、「角力、俳優、音曲師其他ノ芸人ト座元興業者トノ間ニ取結ヒタル雇傭契約ニ之ヲ適用ス」(265条)という規定がありました。現行民法制定時にもこれらが外れたわけではありません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_fd03.html(時津風親方の労働者性)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_bbf0.html(幕下以下は労働者か?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d31a.html(力士の解雇訴訟)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-b776.html(朝青龍と労働法)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/by-916f.html(力士をめぐる労働法 by 水町勇一郎)

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コメント

大相撲に於いて八百長が日常的に行われていた、というのは恐らく事実でしょう。私は大相撲の八百長、土俵上の取り組みの「演出」を肯定するものです。
ただ、その理由として「ガチンコではなりたたないほど危険なスポーツであり、だからこそ「興業」なのだ」というのは、他のプロスポーツと比してどうでしょうか。プロスポーツで真剣にやればケガや危険が伴うのは大相撲に限らないからです。
むしろ相撲界で八百長が暗黙の了解事項とされていたのは、勝負を土俵上の演出(芸)として披露する「興業」が、伝統的に為されてきた構造にあると思います。
そもそも相撲は西欧近代の、ルールに基づく競技、いわゆる「スポーツ」ではありません。競技ではなく芸なのですから。
ですから力士が労組を結成して「相撲は危険なのだから八百長は当然認めるべき」と主張しても、大相撲界およびここの力士達には何のメリットもないと思われます。
むしろ、そこまで踏み込んでアナウンスするのなら、相撲はスポーツではなく芸であって、土俵上の熱戦を「演出」するのは芸の領域なのだから、そこを見て欲しい、と主張した方がましでしょう。
危惧するのは、八百長よりも、勝負の演出を八百長と批判されてしまうようなレベルの、力士個々の技量の低下、ではないでしょうか。

投稿: トミー | 2011年2月10日 (木) 22時56分

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