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2011年2月

2030年のニッポン@『週刊朝日』

12382 明日発売の『週刊朝日』が、「「三丁目の夕日」が理想  2030年のニッポン」という特集を組んでいます。

http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12382

「勝てる国」シリーズ 第3弾
近未来シミュレーション

2030年のニッポン

そのとき あなたは何歳ですか?

楽しい未来への七つの処方箋

近接同居●電話一本で気軽に往来 「通い親子」で3世代ハッピー

雇用●元気な若者は海外へどうぞ 日本の職場は「草食系」の楽園に

ブランド●中国や韓国との競争はムダ メタルカラーからライトカラーへ

働く女性●男社会よ、さようなら 子育てインフラ充実で人材発掘

社会保障●もらえない不安を一気に解消 「事前積立制」を導入しよう

相続●生前贈与か、使い切るか 財産の整理は元気なうちに!

暮らし●「三丁目の夕日」でわかった 昭和の家族こそ理想型だ

私も全貌はよく知りませんが、このうち「雇用」のコーナーには、わたくしが顔を出しております。

hamachanがどういうことを言うておるか、読みたい方は書店へどうぞ。

20110311

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〈シューカツ〉は、終わらない?@『POSSE』

Hyoshi10 『POSSE』第10号が届きました。特集は「〈シューカツ〉は、終わらない?」です。

http://www.npoposse.jp/magazine/new.html

つぶやきから本ブログでばらしちゃった・・・本田由紀×常見陽平対談を始め、以下のようなラインナップです。

本田由紀(東京大学教授)×常見陽平(人材コンサルタント)
「「新卒採用廃止」は、若者を救えるのか?」

抜本的な改革の構想と現場のリアリズムの対論は、どこへ向かうのか――


西谷敏(大阪市立大学名誉教授)
「ブラック企業と労働法」

どの企業もブラック企業になる可能性
労働法と労働運動の強化、そして契約意識の涵養を


森岡孝二(関西大学教授)
「若年労働者はなぜ働きすぎてしまうのか」

就活、過労死、非正規化――
脱企業社会化の「最後の切り札」とは

今野晴貴(NPO法人POSSE代表)
「就職活動システムの現代的機能 ――「失敗」して「成功」する「再配置」――」
留年、進学、奨学金……諸制度が支える「諦念サイクル」

川村遼平(NPO法人POSSE事務局長)
就活に追い詰められる学生たち――就活生の7人に1人がうつ状態――
2011年度POSSEアンケート調査
「若者」の仕事とうつ」中間報告

本誌編集部
「終わりなきシューカツ」
入社しても「本採用」が獲得できない!「研修」「予選」「試用期間切り」……

本誌編集部
「「就活論壇」ブックガイド」
新卒一括採用「廃止」論vs「見直し」論?
「普通の若者」を置き去りにする就活改革論?



佐々木隆治(一橋大学大学院社会学研究科博士課程)
「労働と思想10 マルクス―「潜勢的貧民」としての「自由な労働者」

近代社会の「自由」が奴隷より過酷な労働を強制する――


米津孝司(中央大学大学院法務研究科教授)
連載「実践的労働法入門 就職した後、求人票と労働条件が違っていたら?」


熊沢誠(研究会「職場の人権」代表)
連載「われらの時代の働きかた シューカツをめぐって」


錦織史朗(大学院生)
連載「ユニ×クリ AKB48「チャンスの順番」」


後藤和智(同人サークル「後藤和智Offline」代表)
連載「検証・格差論 「社会人基礎力」とはなにか――自立支援と若者論をめぐる状況・その2」


川村遼平(POSSE事務局長)
連載「労働相談ダイアリー 働かせホーダイ! ~ブラック企業の「残業代定額制度」」

本田・常見対談ですけど、

>落としどころの違いはあるんですけど、根っこにある学生に対する思いや、就活のここが問題という意識が同じなんじゃないかなと思っています。

>そんなに常見さんと私は意見は変わらないんじゃないですかね。私の方がややごりごりで理想論的なことを書いている傾向がありますが。

というエール交換で始まり、

>私も同じです。・・・

で終わる和気藹々(?)たる激論です。

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メンバーシップ型新卒採用に労働条件明示義務はない件について

「就活どうにかしろデモ実行委員会」が、「「就職活動基本法」策定の要望」というのを訴えているようです。

http://syukatudemo.blog77.fc2.com/blog-entry-80.html

その中に、

>(3)労働条件を開示すること。賃金や待遇の情報はもとより、企業の労働環境を判断できる情報を開示すること

というのがありますが、そもそも労働基準法第15条は、

>第十五条  使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

と規定しているんですね。

ところが、制定時には当然のようにジョブ型雇用契約を前提として設けられたこの規定は、日本の裁判所によって、メンバーシップ型の新卒採用には原則適用しないとされています。

>内定時に労働契約が成立したとすると、ジョブ型契約を前提とする労働基準法の「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」(第15条第1項)という規定と矛盾する可能性が出てきますが、実際の初任給が求人票と異なっていた八州事件(東京高判昭58.12.19労判421-33)では、「新規学卒者の求人、採用が入社(入職)の数か月も前からいち早く行われ、また例年四月ころには賃金改訂が一斉に行われるわが国の労働事情のもとでは、求人票に入社時の賃金を確定的なものとして記載することを要求するのは無理が多く、かえって実情に即しない」として、「契約成立時に賃金を含む労働条件がすべて確定していることを要しない」と判示しました。裁判所は現実の雇用契約が地位設定契約に過ぎないという実態に即した判断をしているわけです

まあ、そもそもジョブ型を前提とする労働基準法では、

2  前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
3  前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない

と縁切りを前提とした規定になっているのですが。

こういうふうに、労働実定法は世界共通のジョブ型を前提として規定していながら、判例法理は現実のメンバーシップ型に適応した形で進化してきた点が、日本の労働法制を理解する上で最も重要なポイントなのです。

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高橋洋一氏@幸福の科学

N0192 ある種の経済学者には幸福の科学に対するシンパ感情があるのでしょうか。今度は、高橋洋一氏が「ザ・リバティ」にご登場です。

http://www.irhpress.co.jp/detail/html/N0192.html

>014 大川隆法総裁 講演会レポート「高貴なる義務」を果たす人材を輩出したい ほか
016 日中再逆転
直言1 経済成長で多くの問題が解決できる 元財務省、嘉悦大学教授 高橋洋一
直言2 200兆円ファンドで日本は甦る 国際金融アナリスト 堀川直人
直言3 5%超の経済成長は可能だ 産経新聞社 編集委員兼論税委員 田村秀男
直言4 「浪費・増税」路線から脱却し「新しい日本モデル」を創れ

ふむ、こういう記事もあるようです。

078 大川きょう子氏問題で幸福の科学・広報担当局長に聞く 「きょう子氏が一日も早く反省・改心することを願っています」

ちなみに、先輩格の福井秀夫氏については、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-cc61.html(幸福実現党の応援団に福井秀夫氏)

幸福系の経済学については

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_8643.html(集団カルト経済学)

めでたく高橋洋一氏もお仲間入りということのようですね。

(追記)

だいぶたくさんの方からついーとされたようですが、中にはこんなのもありました。

http://twitter.com/WlknWtr/status/42237641583886336(さとうわたる)

>濱口桂一郎と大川隆法のどっちが若年失業者にとって「良識派」なんだかマジで微妙だぜ。

いやあ、すばらしい。是非、どなたかの「霊言」でもって、若年失業者の苦難を見事に解決していただきたいものです。

(追記の本命)

やはりこの方でないと・・・。

http://twitter.com/ikedanob/status/42711845529862145

>きのう幸福実現党のみなさんと話しました。リフレ以外の幸福実現党の政策はまともなので、早く目を覚ましてほしい。

り、りふれ以外はまとも・・・・・・、

オバマの霊言も、アラーの大予言も、エル・カンターレもまとも、と・・・。

(追記のおまけ)

幸福実現党は「りふれ」以外はまともだと思っている人に・・・

http://twitter.com/nabeteru1Q78/status/43235102100168704

>イエス・キリストって何語を話してたんだろうね。大川隆法に「憑依したキリスト」が英語で「ジーザス・クライストゥ!」とか言ってるのを見て衝撃を受けたんだが。

大川隆法氏が古代アラム語で語り始めたら、私も入信しましょうか。

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日本にはハードルが高すぎる北欧型雇用モデル@『エコノミスト』

20110218org00m020014000p_size6 明日『エコノミスト』誌の次号が発売されるので、3月1日号に載せた「日本にはハードルが高すぎる北欧型雇用モデル」をわたくしのホームページにアップしました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/econoflexicurity.html

雇用流動性と失業保険、職業訓練を組み合わせた北欧の労働市場モデルが注目されている。だが、単純化した議論は危険だ。社会的な枠組み全体を捉える必要がある。

ということで、

「解雇自由」の誤解
労使協調がモラルハザードを防ぐ
「大学無料」の理由

といったテーマをめぐって解説しています。

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森戸英幸『プレップ労働法<第三版>』

31314 森戸英幸先生より『プレップ労働法<第三版>』(弘文堂)をお送りいただきました。

http://www.koubundou.co.jp/books/pages/31314.html

こちらは、おちゃらけ風テキストブックとして有名ですが、「第3版はじめに」によると

>なんで第3版出したかって?だってしょうがないじゃん。菅野先生も水町くんも、忙しいはずなのに毎年のように改訂するからさあ・・・・・・。

だそうです。

しかし、こういう常にアップデートが必要な法律テキストにこそ、電子書籍というのはむいているのかも知れませんね。

>労働法の勉強はまずこの本から! と定評あるプレップ労働法の改訂版が完成!
 2010年度施行の改正労基法、育児介護休業法等の改正法をフォローした上、最新の重要判例を補った最新版。
 働く人間の法律、労働法。これから社会に出る人間にとっても必要不可欠な法律として、1冊で労働法全体が見渡せる最高の入門書です。
 随所に具体的な場面を会話で挿入しながら、適宜、労働法になぜこの条文が設けられたのかがわかる、読めば納得の入門書。
 法律実務家を目指す方も、そうでない方も、知識としての労働法習得の第1冊目には、この本を是非お薦めします。

森戸風労働法講義から・・・

>「キミは思ってたより使えないので、本採用しないことにします」

「えー、そんなあ・・・・・今さらそんなこと言われたって困ります。だいたいですね、そんなに使えるヤツだったらこんな会社に来てないと思います」

「・・・・・・・(一理あるな)」

あるかよ!って、これが試用期間の例。

>「地方はもちろん海外勤務もあり得るわけなんだけど、大丈夫ですか?」

「ハイ、総合職である以上、たとえ地球の果てまでも行く覚悟です!」

「仕事内容もね、理系出身といっても営業をやらせるかも知れないよ」

「ハイ、それもすべてお任せします!」

と典型的な日本型正社員のタマゴの会話は配転の例。

>「で、学生時代何か部活動とかはやっていましたか?サークルとか(本音:フン、どうせちゃらちゃらしたお遊びサークルだろ?)」

「ハイ、自分は(普段「自分」なんて一人称使ったことないぜ)体育会の野球部に入っていました(が、しんどくて1週間でやめました)」

「ほー、それはすごいねー、いや体育会系だと体力あるし、礼儀正しいし、期待できるよねー(脳みそも筋肉で出来ているんじゃねえだろうな?!)・・・・・・で、ポジションは?」

「ハイ、外野・・・・・・(のさらにもっと後ろ、自由席で彼女といちゃいちゃしてました)です」

なんちゅう会話や。これが経歴詐称の例。

全編この調子です。

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野田進『事例判例 労働法-「企業」視点で読み解く』

35449 野田進先生より、『事例判例 労働法-「企業」視点で読み解く』(弘文堂)をお送りいただきました。

http://www.koubundou.co.jp/books/pages/35449.html

>●「企業」視点という新しい切り口で労働法を学ぼう!

 会社で日常的に起こりうる相談事例を多数取り上げ設問形式にして、問題の所在を具体的にイメージしながら「労働法」の基礎が学べるユニークなテキスト。
 重要判例をコンパクトに整理した判例クリップ、文献情報、2色刷など工夫満載。臨場感を味わいながら「労働法」を学べる斬新なテキストの誕生。

「企業」視点について、野田先生はまえがきでこう述べています。

>従業員としての経験について思い出すことと言えば、毎日の組織労働(チームワーク)の「体育会的」な快さである。私は、あるメガバンクの大規模支店に配属されていたのであるが、大切なことは、それぞれの部署で、各人が日々の仕事を、規律に従って責任を持ってこなすことであった。・・・企業にとって、組織原理と目的意識がいかに大切なことか、新米会社員で終わった私であるが、少なくともそれだけは体得したと言える。

章立ては斬新ですが、個々の節の内容はむしろオーソドックスなテキストになっています。

序章 企業の中の労働法
 1節 本書の目的=「企業」視点の労働法
 2節 企業の誕生
 3節 使用者とは・労働者とは?
 4節 企業とその構成員
1章 合意の原則
 5節 労働契約の成立と内容
 6節 労働者の採用
 7節 就業規則と労働契約
 8節 労働協約と労働契約
 9節 労働契約の期間
 10節 労働契約における権利・義務
 11節 労働契約の変更
 12節 解雇
 13節 労働契約の終了
2章 ヒューマン・リソース
 14節 賃金
 15節 従業員の配置と異動
 16節 雇用平等
 17節 パート労働者・派遣労働者
3章 ワーク・ライフ・バランス
 18節 労働時間の意義と管理
 19節 休憩・休日・時間外労働、適用除外
 20節 年次有給休暇
 21節 育児介護休業、病気休職・メンタルヘルス
 22節 妊産婦等・年少者の保護
4章 リスク・マネージメント(危機管理)
 23節 安全衛生と労災補償
 24節 企業活動と懲戒
 25節 労働組合との団体交渉
 26節 団体行動
 27節 不当労働行為
 28節 会社の組織変動と人員整理
 29節 企業倒産と雇用・賃金
 30節 労働紛争の解決システム
【事項索引・判例索引】

わたくしの観点からいうと、「企業視点」の労働法というのは企業メンバーシップの角度から労働契約を見るということになります。

実は日本の裁判所の判例法理は、ジョブ型を前提とする実定法をかなりの程度にメンバーシップ型に変えてきたわけですが、それを正面から見据えて理論化したのは、私が思うに弁護士の高井伸夫氏の『人事権の法的展開』(有斐閣)でした。そこでは繰り返し、労働関係は債権契約関係ではなく組織法的身分関係であることが力説されていました。

ただ、企業主義の時代のさなかに出された同書が、ある意味でまさにそのころの時代精神を反映していたのに対して、その後の世の流れの変化を通り過ぎた今日において「企業視点」はそういうものではありえないのでしょう。

本書の章題に「ヒューマン・リソース」とか「リスク・マネジメント」といった、今風の「企業視点」が示されているのが一つのヒントなのでしょうか。

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チホー分権の反省

Img_month 『生活経済政策』3月号をお送りいただきました。

http://www.seikatsuken.or.jp/monthly/

特集は「地方政治とデモクラシー」。これまで地方分権を正義として掲げてきた社民系の政治学者たちが、昨今の皮肉きわまる事態に対してどのように見ているのか、正直言うといささか醒めた目で読みました。

たとえば杉田敦さんの地方の悲惨な現実を語る言葉と、地方分権論そのものを守りたい気持ちとが代わる代わる出てくるこのインタビュー。

>分権化は基本的な方向性としてはいいことです。長年にわたる関係者の努力が実を結んだということなのでしょう。・・・ただし、改革の中で地域が良くなった実感があるか、といえばなかなかそうは言えませんね。・・・

-それは分権化のせいなのでしょうか。

分権化が直接の原因ではないでしょう。・・・したがって、分権化そのものの直接的な結果とは言えませんが、私が問題にしたいのは、現状への対応として、今のままの分権化の方向性が最適なのかどうかという点です。もう少しいえば、それは地域の疲弊を和らげるどころか、その現れ方を顕著にすることになりかねないのではないかということです。

>・・・しかし、実態はどうでしょうか。財政力のある一部の自治体を除き、従来国が定めていた基準を維持することさえ困難になっています。とりわけ深刻なのは、病院など、人々の生命や生活に直結する施設が、財政難なので閉鎖に追い込まれていることです。学校教育についても、地域に委ねて良くなった面よりも、むしろ時々の首長の意向などに翻弄され、水準が引き下げられている面があります。・・・

-経済がグローバル化する現在では、分権化は無理であり、中央集権を再度進めるべきだという主張なのですか?

>そこまでは言っていません。・・・しかし頑張るためには、まず基礎体力がなければなりません。・・・自治体が経済的に力を失っているときには、地域間で十分な再配分を行い、競争に参加できるだけの体力を付けてもらう必要があります。

>ところが、この間の分権化では、そうした配慮がほとんど見られなかった。・・・苦しい中で、なぜ自分たちが稼いだものをよそへ回さなければならないのかという考え方が広まった。こうして、分権化はきわめていびつなものとなっているのです。

かなり率直に事態を批判しているのでしょうが、敢えて言えば、「地方分権」というなら、いやむしろ「地域主権」というなら、「なぜ自分たちが稼いだものをよそへ回さなければならないのか」という考え方は必ずしも「いびつ」ではなく、むしろまっとうなのではないでしょうか。怠け者のギリシャ人に俺たちが稼いだものを・・・というドイツ人の感情は、「EU中央集権」に対するナショナルな「ドイツ主権」の感情であって、90年代以来の大前研一氏らの議論の底流を流れているグローバルに稼いでいると自認するトーキョー人たちの金食い虫の「かっぺ」に対する感情と実はパラレルなのではないでしょうか。それは、価値判断としては「いびつ」だと私も感じますが、論理的には「地域主権」からもたらされる自然な帰結のように思われます。もしそれが「いびつ」であるとしたら、それは「地域主権」自体が「いびつ」だからなのでしょう。

本誌では冒頭の「明日への視角」で、高木郁郎さんがやや醒めた目でこのように書いています。私はこちらの方に共感を持ちます。

>民主党政権の金看板に「新しい公共」と「地域主権」という2つのキイワードがある。公共サービスのあり方を地域に任せ、地域の中ではこれまで狭義の政府部門が握ってきたサービス供給を民間に担わせるというものらしい。

>・・・その意味で、「新しい公共」と「地域主権」は時宜に適しているようにも見える。

>しかし、現実に進展している事態を見るとワナがある。・・・

>地域の実情というのは、現実には、人々のニーズや社会サービスのしっかりした質というのではなく、いかに安上がりに済ますか、という地方行政対の財政面での利害だけが考慮されている。そうした地域主権は、国が行うべき事の地域への丸投げに過ぎない。要するに福祉国家としての最低限の要件であるナショナル・ミニマムの解体である。憲法が定めていることは、地域主権ではなく、国民主権である

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-72c8.html(分権はむしろ福祉の敵です)

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公開研究会「希望のもてる社会づくり研究会」

3月4日のシンポジウム「希望のもてる社会へ ~社会不安の正体と未来への展望~」の翌日に、同じ全労済協会の主催で、「希望のもてる社会づくり ~自壊社会からの脱却~」という公開研究会が開かれます。その案内が全労済協会HPにアップされているので、こちらでも宣伝。

http://www.zenrosaikyoukai.or.jp/thinktank/symposium/sym/post-1.html

 当協会で設置していた「希望のもてる社会づくり研究会」(2008年~2010年)の研究成果を、本年2月に岩波書店から『自壊社会からの脱却――もう一つの日本への構想』として出版する運びとなりました。
 つきましては、本書籍の出版を記念して、研究者の皆様を対象にした公開研究会を開催し、ゲストスピーカーお二人によるコメントや、フロアとの意見交換を通じて議論を深めたいと存じます。
研究者の皆様のご参加をお待ちしております。

         定員50名 残席数 僅か

<ゲストスピーカー> (予定)
  薄井充裕 氏(日本政策投資銀行設備投資研究所主任研究員)
  橘木俊詔 氏(同志社大学経済学部教授、京都大学名誉教授)

<主 査>
  神野 直彦氏(地方財政審議会会長、東京大学名誉教授)
<委 員>
  阿部 彩氏 (国立社会保障・人口問題研究所国際関係部第2室長)
  植田 和弘氏(京都大学大学院経済学研究科教授)
  駒村 康平氏(慶応義塾大学経済学部教授)
  高端 正幸氏(新潟県立大学国際地域学部准教授)
  濱口 桂一郎氏(労働政策研究・研修機構統括研究員)
  広田 照幸氏(日本大学文理学部教授)
  水野 和夫氏(内閣府官房審議官、元三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社チーフエコノミスト)
  宮本 太郎氏(北海道大学大学院法学研究科教授)

開催日
2011年3月5日(土)13時00分~16時00分
会場
ホテルサンルートプラザ新宿 舞の間
東京都渋谷区代々木2-3-1

です。

ちなみに、3月4日のシンポジウムはすでに申込受付は終了したそうです。

http://www.zenrosaikyoukai.or.jp/thinktank/symposium/sym/post.html

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「多様な形態による正社員」に関する研究会

厚生労働省のHPに、標記研究会が開催されるという案内が載っています。3月3日の雛祭りに併せたわけではないのでしょうが。

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000013bvb.html

>議題

(1)正社員・非正規労働者の働き方に関する問題点の整理
(2)その他

多様な正社員というのは、雇用政策研究会報告や有期労働研究会報告で提起され、いろいろと話題を呼んでいます。先日のシンポジウムや研究会でも議論になりましたね。どういう方々がどういう議論をしていくのか、興味深いところです。

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児美川孝一郎『若者はなぜ「就職」できなくなったのか?』

Kyoiku_mondai_03 児美川孝一郎さんから『若者はなぜ「就職」できなくなったのか? 生き抜くために知っておくべきこと』(日本図書センター)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.nihontosho.co.jp/2011/02/post-183.html

ですます調で、大変やさしい語り口ですが、中身はハードです。帯にでかでかと「・・・崩壊!」とありますが、むしろその左下の

>ルールなき時代を漕ぎ渡るキャリアとは?

>無防備なままに若者を放り出すな!!

の方が、本書のメッセージとなっています。

内容は次の通りですが、

プロローグ
僕の構えが変わった理由/この本で書いてみたいこと
各章の見取り図

第1章 学校は、いつから「職業人養成所」になったのか?
社会人になるための能力ってなんだ!?/就職できる能力を証明する!?
「エンプロイアビリティ」の大合唱/対応を迫られた大学のゆくえ
大学は「キャリア教育」花盛り?/そもそも大学は、なんのためにあるのか?
「キャリア支援」流行りの弊害/就職できれば、いいのか?
小学校、中学校、高校にも影響はあるのか?/「キャリア教育」という妖怪
大混乱の学校現場/大学と学校の変化のゆくえ

第2章 なぜ若者の雇用問題は、学校教育を直撃したのか?
高卒就職はどう変わったのか?/大卒就職はどう変わったのか?
なにが変化を促したのか?/雇用問題が学校教育を直撃したワケ
少子化というインパクト/学校間競争というサバイバル・ゲーム

第3章 「新規学卒一括採用」の功と罪
―一九八〇年代までの就職模様―
新規学卒一括採用ってなんだ?/高校はどう就職斡旋をしていたのか?
就職斡旋システムの副産物/大学生の就職ルートはどうだったのか?
新規学卒一括採用から「日本的雇用」へ/日本的な就職プロセスの光と陰
日本的雇用は“安全なアリ地獄”?/職業的レリバンスの低い学校教育
従来型の就職プロセスを超えて

第4章 仕事の世界へのわたりを支援する学校教育の課題
急ごしらえのキャリア教育・支援では、なぜダメなのか?
正社員という「勝ち組」の虚と実/見落とされた正社員以外の進路
若者たちの意識と論理/大人はなにを教えるべきか?
「自分」から出発しないキャリアガイダンス/社会理解、職業理解が出発点
労働者の権利、そして働く場のルール/支援の鍵を握る職業的レリバンス
中・長期的視点から追求すべき課題―学校制度改革
労働市場の改革と生涯学習社会へ/課題は今すぐにでも追求できる

エピローグ
この社会に漕ぎでていく今どきの若者たちへ
個人としてしたたかであること、世代として支えあうこと

ブックガイド―僕の考えをつくりあげてくれた本の世界―
進路を考えるということ/学校におけるキャリア教育・キャリア支援
「学校から仕事への移行」プロセスの変容/新規学卒一括採用と日本的雇用
若者支援の課題

あとがき

広田照幸さんの『教育問題はなぜ間違って語られるのか?』とまったく同じ装丁で出されていますが、職業教育主義を批判する広田さんに対して、本田由紀さんや田中萬年さんなどとおなじ(といってもそれぞれ相当のニュアンスの差がありますが)職業レリバンス派のマニフェストといった趣です。

第3章で拙著の記述も引用されたりしていますが、それよりも、第4章でかなり明確なレリバンス志向の学校制度改革を提起している点が注目されるべきだと思います。

大学教育については、わたくしも参加していた日本学術会議の分科会での議論で示されていますが、後期中等(高校)教育についてもこう明確に言い切っています。

>・・・この目的規定にあるように、どんな高校に在籍する生徒も、全員が普通教育”および”職業教育(専門教育)を受けることができるような高校制度への改革を進めるべきです。

>端的に言ってしまえば、アカデミックな普通教科しか学べないような普通科高校という制度枠組みをなくして、すべての高校を総合制(普通教育の課程と職業教育の課程を併置する)の高校と職業高校(専門高校)にしていくという構想です。

>・・・そして、決して実現不可能な課題ではないと、わたし自身は考えています。

なぜ実現不可能ではないと言えるのか。

児美川さんが提示するのは、1990年代半ばまですべての中等学校がアカデミックな普通教科だけで構成されていたオーストラリアにおいて、現在では連邦全体の中等学校の9割以上が職業教育訓練科目を置くようになっているという事例です。

これが可能であったのは、学校教育セクターの外側の職業教育訓練機関と中等学校が連携して、週の特定の曜日に職業教育訓練機関に通うという仕組みをとったからだということです。

言ってみれば、中等学校と職業訓練機関のオーストラリア版デュアルシステムと言えるかも知れません(これは私の感想)。

最後のブックガイドは充実しています。拙著については、仁田・久本編『日本的雇用システム』と対比して

>もう少し軽めのものを、と思う方には・・・

と紹介されておりますです。

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日弁連非正規シンポジウム@『労働新聞』

ピョンヤンじゃない『労働新聞』の2月28日号の6面に、先週月曜日のバレンタインナイトに行われた日弁連のシンポジウムを伝える記事が載っています。「日弁連の非正規シンポジウム 解雇規制緩和に反論 連合・山根木総合局長が見解」という見出し。

この記事のまとめ方が適当かどうか自体も議論のあるところでしょうが、とりあえず、この土俵で「解雇規制緩和派」のペルソナを被ったのはhamachanでありました。

>連合・非正規労働センターの山根木晴久総合局長は2月24日、日弁連が東京の弁護士会館で開いた非正規労働者の権利実現に向けたシンポジウムの席上、正社員の解雇規制を緩める考えには反対との姿勢を強調した。

同じパネリストとして登壇した労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員が、現行の解雇規制が非正社員に差別的として見直しの必要性を主張したのに異を唱えたもので、「有期の非正規という雇用形態が問題→長期雇用化→企業が大変→正規の解雇規制緩和、とする一連の考え方は危険」と述べた。

山根木総合局長は、「長期反復更新で正社員と同等の雇用なのに、景気が悪くなったから更新しないという実態そのものが問題」と主張。企業が長期雇用労働者を抱え込むことの大変さに焦点を当てた議論に釘を刺しながら、「そもそも日本には長期雇用という基本的考えがあり、その維持のためにも雇用調整助成金のような制度がある」と論理を展開した。

濱口氏は「解雇規制のおかげで企業が苦しんでいるとは考えていない。無限定な働き方の正社員に長期雇用保障がある一方、そこからこぼれ落ちた非正規労働者への救いのなさが問題」と反論。法廷闘争に至らない理不尽な首切り事例は山ほどあるとし、「それら全部を解雇権濫用法理にひっくるめるには無理がある。『不公正解雇』というまともな概念を立ち上げるべき」とした。

これに対し大阪市立大学の西谷敏名誉教授は「同法理は理屈上しっかりしており変える必要はない。むしろ広範に広がっている『退職強要』をどう効果的に規制するかが問題」だとした。

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貧困の社会モデルまたは労働市場のユニバーサルデザイン化

0234840 さて、昨日より発売された『自壊社会からの脱却』ですが、広田照幸論文と並んでとても興味深く、わたくしのアクティベーション志向の議論に対してもある意味で大変挑戦的なインプリケーションを持つものが、阿部彩さんの「ユニバーサルデザイン社会の提案」です。

ここでは、冒頭に「かっちゃん」という野宿者が登場します。初めて会ったとき、阿部さんに「おーい、そこのブス。おまえみてえなブスは見たこともねえ」といきなり怒鳴りつけた彼は、しかし人間関係に非常に不器用であったが実は優しいところもあったのです。

阿部さんは、生活困難を抱える人々の多くが精神障害や知的障害を抱えることから、「生きにくさ」というハンディキャップを負った人々に対して、積極的雇用政策だけでいいのか?と疑問を呈します。

>職業訓練を始めとする人的資本への投資プログラムに貧困の解決を求めることは、結局のところ、貧困が自己責任であるという発想から脱していない。・・・

>この考えには、彼らの生活困難は、そもそも彼らが社会に貢献できるような労働市場の条件整備ができていないからであり、「改善」すべきなのは労働市場であり、社会であるという発想が欠けている。この発想の転換の参考となるのが、「障害学」における「障害の社会モデル」である。

障害者問題に詳しい人はおわかりの通り、「障害の医学モデル」が本人の障害に原因を求めるのに対して、「障害の社会モデル」は社会の障壁に原因を求めます。

>冒頭に登場したかっちゃんを考えてみよう。彼の反協調的な性格は、変えられないであろうし、何かの事故の結果でもない。彼は、どんな訓練をしても、コンビニやファーストフードの店員のようににこやかに「いらっしゃいませ」ということができなかったであろうし、スーツを着てパソコンに向かうこともできなかったであろう。型にはまった職業訓練を彼に求めることは、彼が彼であることを否定し、社会が考える「理想の労働者」によりマッチした、彼とは異なる人物であることを求めることである。・・・

>かっちゃんが、かっちゃんのままで社会に認められ、人並みの生活を送ることは可能であろうか。そのような労働市場は存在するのであろうか。実は、かつて、そのような機能を持った一つの労働市場が建設現場や港湾における日雇の労働であった。

障害者が働けるようなユニバーサルデザインの職場づくり・・・があるならば、かっちゃんのような人が働けるユニバーサルデザインの社会づくりが必要ではないのか?という問題意識を、阿部さんは提起します。

まずはユニバーサルデザインの労働を、その上でベーシックインカムを、というのが阿部さんのチャレンジングな提案です。

>残念ながら、現代日本の社会の中で、かっちゃんが「承認」された場は路上だけであった。彼を包摂したのは路上のコミュニティだけであった。私が彼と出会って3年ほどした頃、寝ていた段ボール小屋に火を付けられて、泥酔していたかっちゃんは眠ったまま焼死した。焦げた地面の後には、仲間がいつまでも野の花を供えていた。

(追記)楠正憲さんの大変ディープな突っ込み

http://twitter.com/masanork/status/40246711465156608

>近代以前はユニバーサルデザインの労働もあったんだろうか?それは差別と結びついてなかっただろうか。この辺は人権概念や自己決定幻想の裏返しという気も

いや、まさに、差別と密接に結びつきながら、「生きにくさ」を負った人々が生きていくニッチを社会の内部に作り出していたのでしょう。

そういう「差別」をなくそうとする近代的な善意が、却って彼らの居場所を失わしめる逆説。

社会のあらゆる場所に「人権」を広めようとする熱意が、却って社会からの排除をもたらす逆説。

ディーセントに生きられない人々にディーセントを要求することの残酷さ。

このあたり、宮崎学氏が港湾労働とやくざの関係で書いていたことともつながるでしょう。

(再追記)あおざかなさんの感想

http://twitter.com/aosakana/status/41830771606032384

>ブログで言及されていた阿部彩さんの文章を早速読んだ。やはり直感的・現場感覚的にはこっちやよなーと思う。

この「現場感覚」は、福祉系の方々に共通するもののようです。

労働系の現場感覚からするときわめて素直に感じられるワークフェア的考え方が、そう簡単に通用しないんだよ、通用しない人たちと我々は付き合わざるを得ないんだよ、と。

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「使用者性」の再検討@経営法曹会議

経営法曹会議より、『経営法曹研究会報』66号をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

本号のテーマは「『使用者性』の再検討」。

1.子会社の解散と親会社の使用者性/法人格否認の法理

2.取引先当外部企業の使用者性

3.労働契約上の使用者の変更、労働契約の終了と労働組合法上の使用者性

という3つのテーマについて討議した研究会の記録ですが、その前に基調講演として山口浩一郎先生の「わが国の労働組合法と労使関係」が載っています。ところが、こちらは「使用者性」じゃなくて「労働者性」について論じたもの。れれ、という感じです。

面白いのは、派遣における団交応諾義務をどこが負うかについて、山口先生が立法時の経緯から、原則は派遣元だが、派遣先のみが責任を負う事項については派遣先が負うという整理をしたと述べて、経営法曹の方々が反論しているあたりでしょうか。

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大山礼子『日本の国会』

4312880 岩波新書編集部の方より、大山礼子さんの『日本の国会-審議する立法府へ』をお送りいただきました。

http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1101/sin_k568.html

>2009年8月末の総選挙で政権交代が実現し、民主党政権が成立しました。しかし、その後、政権は迷走、国会審議の空洞化が進んでいます。

>・・・そして、「ねじれ国会」が常態化した今、二院制の意義を再考し、これから国会をどう変えていくべきか、実行可能な具体的な改革案を提示します。現在の混迷した政治状況を打破するために、非常に重要な提言が示されています。

本書で興味深いのは、戦後日本の国会のモデルとして、かつてはアメリカ型モデルがもてはやされ、近年はイギリス型のウェストミンスターモデルが理想とされてきたけれども、それはかえってさまざまな問題を生み出してきたこと。それらの二大政党制を理想像とするモデルよりもむしろ大陸ヨーロッパの国会システムの方が、日本の制度に合っているという指摘です。

大山さんの議論はあくまでも国会の審議をめぐるものですが、政治行動自体のスタイルそのものについても、似たようなことが言えそうな気がします。

実質的な政策にあまり違いのない中で形式的な二大政党制を目指してきたことが、相手が構造改革といえばより一層構造改革と叫び、相手が格差是正といえばより一層格差是正と叫び、とにかく官僚を悪者にすることで「違い」を際だたせようという不毛な「政策なき政策競争」をもたらしてきたと、私には見えているものですから。

個人的には、本書では取り上げられていない政策形成へのステークホルダーの入力と国会審議との関係に関心があります。これはとりわけ大陸ヨーロッパ諸国では重要な論点であるように思われるのですが。

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職業教育主義は超えられるか?

0234840 さて、本ブログでも何回か宣伝してきた神野・宮本編『自壊社会からの脱却-もう一つの日本への構想』(岩波書店)ですが、いよいよ明日発売となりました。

今日のさまざまな課題を各論者が取り上げていますが、その中で特に興味深いのは広田照幸さんの「学校の役割を再考する-職業教育主義を超えて」でしょう。

わたくしの「ジョブ型正社員の構想」が、生活保障システムと並んで教育訓練システムを整備すべき重要な課題として打ち出しているのに対して、広田さんはある意味で真っ向から疑問を呈しておられます。

>・・・しかしながら、この新しい社会民主主義の諸議論には、学校の役割に関して、新自由主義的な改革論と共通の考え方が含まれている。・・・

>新しい社会民主主義が新自由主義と共有している前提の一つは、教育と経済との関連を強調する点である。教育こそが経済成長のエンジンとみなされ、学校は職業の準備のための場所とみなされる。・・・

こういう考え方を広田さんは「職業教育主義」と呼び、次のように警鐘を鳴らします。

>一つは、教育の関心が職業準備に過度に傾斜することで、学校教育が本来果たしうる多様な役割を封殺してしまい、教育を歪めてしまうことである。・・・我々は先進国に住みながら、本当に食うためだけに学校に通う、というのでよいのだろうか。

>もう一つは、もっと深刻な弊害である。職業教育主義に沿った学校教育が発展すればするほど、個々人は競争の主体として個人化され、他者への関心や広い世界とのつながりを失っていく、ということである。・・・

>一人ひとりの子どもたちが、職業的にうまくやって行ければ。教育システムとしては成功なのだろうか。あるいは、それぞれの教育機関としては成功なのだろうか。私はこの点を読者に問いかけたい。教育機関が職業準備に専念する社会は、民主主義も市民社会も空洞化を免れない。

日本学術会議の大学と職業との接続検討分科会には広田さんも出席し、まさに「職業教育主義」者の本田由紀さんや田中萬年さんとの間にさまざまな議論を交わしておられました。

この問題はいろいろな次元でいくつもの軸を踏まえながら議論をしていく必要があります。

ここではとりあえず、明日発売される新著の宣伝という意味を込めて、広田さんの職業教育主義批判の論点を紹介しておきたいと思います。

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「勝ち組」でも「負け組」でもなく「引き分け組」@蟹沢孝夫氏の新著

Isbn9784840138338_1 ブラック企業論で有名な蟹沢孝夫さんから新著『自分を伸ばす会社 自分を殺す会社』(メディアファクトリー)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.mediafactory.co.jp/c000051/archives/027/004/27459.html

>著者は、あくまで「働く人目線」で企業の「どこを見ればよいか」「企業とどう向きあえばいいか」を提示する。企業の厳しい論理や、本音の部分も含めた実態を提示するリアルさ。 企業の中で生きるために必要な身の処し方、考え方がわかる。 厳しい「企業の中で生きる者」に必要なのは「引き分けるが勝ち」という生き方であるという新提案

本書を読んで同感したのがまさにこの「引き分けるが勝ち」という発想です。

勝間和代的「勝ち組になろう」でも香山リカ的「負け組でもいいじゃん」でもなく、頑張らなくてもそこそこの「引き分け」に持ち込もう、という発想。本書はあくまでもキャリアカウンセラーとしての立場から個人としての労働者に呼びかけているわけですが、社会の在り方として、そういう「草食系」を一つのデフォルトとして認める余裕を社会が持つべきではないか、という風に言うと、これは労働社会論にもなります。むかし熊沢誠さんが使った言い方で言えば、「ノンエリートの自立」でしょうかね。

これはもう蟹沢さんの議論とはだいぶずれますけど、この言い方を使えば、「ジョブ型正社員」というのは、「勝ち組」であるメンバーシップ型正社員でも「負け組」である非正規労働者でもない「引き分け組」でしょうか。

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北欧モデル@『エコノミスト』3月1日号

20110218org00m020014000p_size6 明日発売の『エコノミスト』3月1日号は、特集は「米国復活」ですが、小特集までも行かないプチ特集記事として、北欧雇用モデルをめぐる3つの記事が載っています。

http://mainichi.jp/enta/book/economist/

◇エコノミスト・リポート

・日本にはハードルが高すぎる北欧型雇用モデル ■濱口 桂一郎

・スウェーデン 企業レベルでも強い労組の交渉力 ■西村 純

・デンマーク 自己責任の拡大で試される社会の“連帯” ■鈴木 優美

わたくしのが総論的に、北欧型雇用モデルを「曲解」しがちな議論を批判しているのに対し、西村さんはスウェーデンの労使関係の専門家として、鈴木さんはデンマークの社会問題の観点からそれぞれ分析しています。

「フレクシキュリティ」をねじ曲げて振り回す人々に対する一服の清涼剤としてどうぞ。

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労働法理論研究会@大阪市大

昨日(土曜日)は、大阪市大の根本到先生のご依頼で、労働法理論研究会の会合に出席し、拙著『新しい労働社会』で論じたことなどを中心にお話しし、研究会の諸先生方との意見交換をさせていただきました。

12074 ちょうど、西谷敏先生が『権利としてのディーセント・ワーク』を出版されたところで、その中に拙著に対するご批判が多々書かれていることもあり、出席された労働法の先生や弁護士の皆様にとって、拙著への御疑問点や疑念などを解き明かすための機会としてご活用いただけたのではないかと思います。

なるほど、と分かっていただけた点もあれば、ますます見解の相違が明らかになった点もあるように思いますが、こういう機会は大変貴重だと感じました。

会合の後は、宴席でもとりわけ西谷先生と親しくお話をさせていただき、いろいろと学ぶところがありました。今回の会合についてご配慮いただいた根本先生には、心から感謝申し上げます。

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社労士の皆様への講演会

去る金曜日は、議員会館の中で、社労士の皆様向けに、個別労働紛争事案の分析について講演してきました。

主として、昨年度の研究報告書についてお話ししましたが、合わせて現在とりまとめ中の今年度報告書のうちわたくしが担当している非解雇型雇用終了事案(いわゆる準解雇事案)とメンタルヘルス関係事案についてもちらりと触れてきました。

社労士の皆様方のお役に立てれば幸いです。

(報告書本体はこちらにPDFファイルで載っております)

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2010/0123.htm

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中小企業への差別@本田由紀

本田由紀さんのつぶやきから、中小企業への差別意識について、

http://twitter.com/hahaguma

>昨日の会合は中小企業の新卒採用がテーマだったが、いくつか印象に残る発言を聞いた。たとえば、大企業に行けなかった人が中小企業に行けばいい的な発想が昨今強いが、中小企業の採用選考が緩いわけではない、中小をなめんな!というのもその一つ。

>また、採用活動の時期を後に遅らせると中小企業が困るだろう、といったことも言われるが、そんなことは全然ない、むしろ、早期化・長期化は中小企業にとっても負担なので、後の時期になったほうが望ましい、と。

>さらに、保護者や大学等が中小企業への偏見が強く、保護者から「うちの子がそちらの採用試験を受けているが落としてください」といった電話がきたり、大学の就職センターで門前払いされたりすることが珍しくない、と。

>中小企業は数が多い分、多様性が大きいので、労働条件等について「ここは優良な企業です!」という太鼓判を押す機能がどこかに必要だ、とも。

>なんつーか、中小企業に対しても既卒者に対しても、レッテル貼りの強い社会だな、と痛感。「統計的差別」と言い換えればある意味合理的なようにも聞こえるけど、その範囲を超えて「ただの差別」になっているように思う。

いや、統計的差別であれ、偏見に基づく差別であれ、差別される側からすればみんな「ただの差別」なんです。統計的差別だから気が楽になるわけではない。

問題は、統計的差別は「差別はいけませんよ」的啓蒙だけでは解決しないということ。

まさに「労働条件等について「ここは優良な企業です!」という太鼓判を押す機能がどこかに必要」であるわけです。

わたくしが本ブログで繰り返し、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-f79a.html(中小企業労働問題はどこへ行った?)

>しかし、アカデミズムの世界では規模間格差問題が論ずるに足りないものになったとしても、普通の国民の民俗知識においては、「中小企業に入ったら損するよ」という口承伝説は着実に伝承されていきました。それは、学者先生の言葉を真に受けて下手な中小企業に入って苦労した人々の姿が現実に存在する限り、抹殺することはできません。

なまじアカデミズムから「中小企業労働問題」が消えてしまったために、フォークロアとしての「中小企業労働問題」が政策的に掬い取られることのないまま、労働市場のミスマッチを招いている、という反省が、本当は求められるところではないでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-a195.html(だから、十把一絡げではなく・・・)

>やはり企業からお金をもらって宣伝するための就活産業では、その中小企業が本当に働きがいのあるいい中小企業なのか、それとも使い捨て型のブラック企業なのかきちんと情報を届けることは難しいのではないか、という点を指摘したつもりです。

そこの情報流通メカニズムがきちんと働くことによって、学生の方も安心して「いい中小企業」を目指すことが可能になるのではないかというような趣旨が、上記短いパラグラフの中に入っていたのだということを念のため追記させていただきたいと思いました。

等と述べてきたことはそういう趣旨であったつもりです。

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学研の『働く人たちのひみつ』

Enn1102181605022p1 学研の「ひみつ」シリーズといえば、懐かしい想い出のある方も多いでしょうが、大人になってご無沙汰している間にどんどん進化していたようで、このたび『学研まんがでよくわかるシリーズ 仕事のひみつ編3 働く人たちのひみつ みんなを守る労働組合』を編集に協力した連合からお送りいただきました。

このシリーズは、一般書店で市販されていないのですが、これだけたくさん出されているのですね。

http://kids.gakken.co.jp/himitsu/

まだ『働く人たちのひみつ』はここにアップされていないようですが、少しだけ中身を紹介しておきます。

第3章の「労働組合ってなんだろう?」

主人公達也くんの友だちのさくらちゃんのお父さんは造船会社で働いているのですが、仕事中にケガをして入院していたのですが、退院して出社したら社長から、

「しかしな、芝原くん。キミにたおれられて仕事の進行はめちゃくちゃだよ・・・。それに、安全管理もキミの責任なんだしねえ・・・。」

「は、はあ・・・。」

「キミのポジションは、もうこの会社にはないんだよ・・・。わかるよね?この意味・・・。」

「辞表を準備した方がいいんじゃないか・・・?」

{そ、そんな・・・」

・・・

「パパこのままじゃ・・・会社をクビにされちゃうかもしれないの!」

「なんてヒドイ会社だ!!」

「それは困ったね・・・。なんとかならないものかなあ?」

「あっ」・・・

「労働組合に相談してみたらどうだろう」

・・・

「パパ労働組合よ!!」・・・

「さくら、うちの会社には・・・労働組合がないんだよ・・・。」

「なんでないの?」

「なんでって・・・。」

「ねえ、あなた労働組合ってつくれないの?」

「そうよ!つくっちゃいなよ!」

・・・

なんとベタなマンガ・・・とか言わないこと。ものごとの本質はよく出てるでしょ。

全国の学校図書館や公立図書館の児童室なんかに置いてあると思います。

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日弁連デンマーク調査報告書

一昨日シンポジウムに参加した日弁連ですが、昨年「フレクシキュリティ」で有名なデンマークに調査に行った報告書がHPにアップされていました。

http://jfba-www1.nichibenren.jp/ja/committee/list/data/danmark_report.pdf

第1 はじめに ....................................................................... 1
第2 労使関係 ....................................................................... 2
1 労使の社会的な役割 ............................................................ 2
2 労使のナショナルセンターの形成 .............................................. 2
3 LOの現状と活動 .............................................................. 3
4 労働者側の他のナショナルセンター ........................................... 4
5 経営者側のナショナルセンター ................................................ 5
6 基本協約と労使合意に基づいて設立された制度 ................................ 5
7 労働協約の内容と適用率 ....................................................... 9
8 デンマーク労使関係の特徴 ..................................................... 10
第3 解雇 ............................................................................ 11
1 解雇はけっして自由ではない .................................................. 11
2 整理解雇の「合理性」判断は緩やかだが背景に違い ........................... 12
3 非正規雇用の増加 .............................................................. 13
4 手厚い失業給付 ................................................................ 13
第4 職業教育・職業訓練 ............................................................ 15
1 概要 ............................................................................ 15
2 職業教育を重視した教育制度 .................................................. 15
3 離職者向け就労支援 ............................................................ 17

フレクシキュリティといえば、一部インチキ経済学者による首斬り自由自在の経営者天国という粗雑な議論が横行する一方、それを真に受けたモリタク氏が「財界の罠」だと叫んでみたり、なかなかまっとうな認識が浸透しませんが、こういう現地の労使を始めとする関係者のナマの声をきちんと発信することが、インチキな議論の横行を防ぐ最良の手段なのでしょうね。

解雇はけっして自由ではない 」けれども、経済的理由による「整理解雇の「合理性」判断は緩やか」。それを支える「手厚い失業給付」と、なによりも重要な「職業教育を重視した教育制度」と「離職者向け就労支援」。

そして、それらをマクロ社会的に支える根本的なインフラとして、法律すらもほとんどなく大部分を労働協約で決めてしまうほどの「労使の社会的な役割」があるわけです。

こういうきちんとした認識を踏まえて、例えばこれら社会的機構を整備することを前提に、整理解雇4要件の緩和を主張するのであればまことにまっとうなのですが、それと「社長の云うことを聞かないような奴はクビだクビだ!」という解雇自由化との区別がつかないような人がまだまだ多いのが悲しいところでしょう。

ちなみに、わたくしも雑誌『エコノミスト』の次号に、「「フレクシキュリティ」の真実 日本にはハードルが高すぎる北欧型雇用モデル」というのを書いております。来週初めの発売です。

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都留文科大学社会学科社会法ゼミの皆さんとの意見交換

本日、都留文科大学社会学科の細川ゼミ(社会法)の皆さんと意見交換。学部の学生さんとの交流はいい経験になります。一期一会。

喋っていると、自分でも今まで言わなかったような表現をしていたりすることがありますね。

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神野・宮本編『自壊社会からの脱却』岩波書店

51dbhwncudl__sl500_aa300_ 昨日もちらと触れましたが、来週火曜日(2月22日)発売予定の『自壊社会からの脱却――もう一つの日本への構想』の事前宣伝エントリです(笑)。

http://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E5%A3%8A%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E8%84%B1%E5%8D%B4%E2%80%95%E2%80%95%E3%82%82%E3%81%86%E4%B8%80%E3%81%A4%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%A7%8B%E6%83%B3-%E7%A5%9E%E9%87%8E-%E7%9B%B4%E5%BD%A6/sim/4000234846/2

目次は次の通り。

はじめに――「自壊社会」の構造と希望のビジョン  宮本太郎

第1章 新しい世界秩序・国際協調体制――21世紀は「陸と海のたたかい」  水野和夫

第2章 環境保全型発展の経済性――緑の経済成長から持続可能な発展へ  植田和弘

第3章 社会保障システムの再構築――トリクルアップ効果をめざして  駒村康平

第4章 「ジョブ型正社員」という可能性――新しい雇用システムのために  濱口桂一郎

第5章 ユニバーサル・デザイン社会の提案――「貧困」と「障害」を結ぶ社会保障  阿部彩

第6章 学校の役割を再考する――職業教育主義を超えて  広田照幸

第7章 反「小さな政府」論のその先へ――合意的課税が支える強靱な財政システム 高端正幸

おわりに――自壊社会を超えて  神野直彦

わたくしの章で結構強く「職業教育主義」を打ち出しているのに対して、広田先生がそういう考え方をこれまた明確に批判しているあたりが、興味深い読みどころか、と。

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ホワイトバレンタインの日弁連シンポ

Nichibenren ということで、本日雪降る聖バレンタインの夕べに、日弁連シンポジウム「どうする?これからの正規と非正規」に参加して参りました。

聴衆席には錚々たる方々の顔が並んでおりました。

若干時間の限られた中ではありましたが、充実した議論が展開できたのではないかと思います。

わたくしの発言のレジュメは次の通りです。

>日弁連シンポジウム「どうする これからの正規と非正規」提言           2011/02/14
                                                                      濱口桂一郎

1 労働法以前-日本型フレクシキュリティの見直し

・ジョブなきメンバーシップとしての日本型正社員
・限定なき義務と長期的生活保障の「社会的交換」
・陰画としての非正規と生計維持型非正規の露出
・セーフティネット、公的生活保障、公的教育訓練の必要性
・ほどほどの義務とほどほどの保障からなる「ジョブ型正社員」へ

2 個別的労働法-法政策の混迷

・労働者派遣法のボタンの掛け違い-業務限定という奇形的規制
・本質論としての有期契約規制-入口か出口か
・均等待遇をもう少し柔軟に考えよう

3 集団的労働法-見失われた解決の鍵

・「希望は戦争」でいいのか?
・労働組合は正社員の既得権か、ユニオンは個別紛争の請負人か?
・個別利害化した集団的労働法の見直し
・正規・非正規を包含した産業民主主義の再構築へ

(追記)

ついった上での速報

http://twitter.com/sudamitsuteru/status/37137300164968449

>今夜は日弁連主催の非正規シンポだった。労働法研究者の西谷敏さんや濱口桂一郎さんらがパネルディスカッション。非正規の権利拡充には正社員の解雇規制を緩和すべきかで議論。焦点は整理解雇の4要件。正社員のために非正規を切る論理は許されないが、規制の緩和は正規も非正規も守られなくなるだけ。

http://twitter.com/sudamitsuteru/status/37140696846573569

>今夜のシンポで西谷敏さんが指摘していた退職強要の法規制の必要性は、労働相談の現場で日々痛感。実質的には解雇なのだが、形式的には「合意」の上での退職。実態は陰湿なパワハラや一方的な賃金カット、理不尽な業務命令が横行。その結果、メンタル面の不調に至って退職に追い込まれる労働者の多さ。

http://twitter.com/sudamitsuteru/status/37144834062041088

>今夜のシンポで濱口桂一郎さんが非正規問題について職場での正規と非正規を包含した連帯が解決の鍵と主張していた点に共感。ユニオンが紛争解決にとどまり、職場のルール確立に到達していないとの指摘も重要。ただし、ゼンセン型のユニオンショップによる上からの非正規の組織化では解決にはならない

http://twitter.com/sudamitsuteru/status/37150335147446272

>労働者が現実として苦難に直面する職場でどこまで規制力を発揮できるかが我々も含めてユニオンの共通の課題である。個別紛争の解決自体の意義は大きい。が、経営者との交渉で労働条件を維持向上するという労組本来の機能と役割をやはり目指すべき。職場での「少数派から多数派へ」の取り組みが不可欠。

http://twitter.com/ozawak/status/37159115427942400

>非正規の話なのに司会を除く登壇者が皆男性、というのに、げっ!となってたが、濱口桂一郎さんが、非正規問題はもともと性別役割分業の話だった、とちゃんと論じていて、ほんの少し砂粒ほどw救われた気分。でも今日は、なんだかだ行って法の話に(日弁連さんだからねぇ)。

http://twitter.com/ozawak/status/37159797950259200

>自分が"当該”だったころ、「オルグするなら職場にいる派遣も」とか「仕事があるのに雇いどめして他の人を雇うのはおかしい」とか言っては何ばか言ってるの、とか言われてたが、今は壇上の「えらい」人がそう言ってるじゃないのwwww

http://twitter.com/kawazoemakoto/status/37473266209792000

>昨日の日弁連の非正規雇用問題シンポ。@sudamitsuteruさんのレポートが詳しい。非正規労働者と労働組合の問題は、濱口さんに総論賛成。しかし現実の運動としては、個人加盟ユニオンが活性化するような状況も同時につくらないと、濱口さんの想定する状況を実現できないのでは?

http://ono-blog.cocolog-nifty.com/sikou/2011/02/post-96a0.html

>・・・個々の話はとてもおもしろいのだけれども、正直、議論としてはどうもかみ合わない(笑い)。西谷さんは労働法の先生のなかでは、かなり柔軟な考えをする人だと思うけど、しっかりと、労働法の原則からいまの議論を批判するという話。人間的な働き方という視点から、現在の非正規・正規の労働の非人間的あり方を批判する。濱口さんの話は、一見、相手方の土俵に乗ってしまおうという議論にも聞こえる(笑い)のだが、現在の正規の働き方も含め、正常でない働き方を前提とした制度そのものを問おうというもの。しかし、議論は、現実から出発すべきだと。それはそれで、原則論がなかなか光をあてないような問題も含めて議論しようとする。やはり、問題の指摘はそうだと思うけれども、問題はいまの力関係のなかで、それをどうするのかは見えてこないわけで。

http://53317837.at.webry.info/201102/article_14.html

>いや、さすがにそうそうたるメンバーが集まってきた。弁護士、オルグ、研究者…。それもこれもパネラーが、西谷敏・大阪市立大学名誉教授、濱口桂一郎・立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)統括研究員、山根木晴久・連合非正規労働センター総合局長の3名だったからかもしれない。しかし…パネラーはともかく、個人的には時間の無駄であった。それぞれのパネラーは自分の主張を展開されるが、かみ合うはずもなく、そこには新たなものは見つからない。だからどうするのか、という苛立ちを覚えた方も思う。・・・

http://liberation.paslog.jp/article/1844159.html(現実を見ろとは言うものの、でも希望だって大事さ)

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連合総研『民主党政権の政策と決定システム』

Rials 連合総研からブックレット『民主党政権の政策と決定システム』をお送りいただきました。

既に連合総研のサイトに本文がアップされていますが、ここでは『DIO』2月号の要約から、

現時点ではまだブックレット自体はアップされていませんが、概要を載せた『DIO』2月号はアップされています。

> 劇的な政権交代から約1年半がたった。政権交代の実現によって、政府の政策の内容だけでなく、その決定プロセスがどのように変わるのかは、政策に関わる多くの人にとって、きわめて重要な関心事である。
 連合総研では、2009年10月に「国の政策の企画・立案・決定に関する研究委員会」(主査:伊藤光利・関西大学教授)を発足させた。同委員会では、自民党政権と民主党政権を比較し、政策理念や政策を形成するプロセスがどのように変わったのかを明らかにするため、労働、社会保障、予算・税制、地方分権の4つの政策分野における具体的事例をとりあげ、政策の内容と政策決定プロセスの両面から検討を行っている。
 今回、同委員会の中間報告としてブックレットを刊行した。このブックレットは、同委員会の主査および4名の委員の執筆により、現段階での問題提起をまとめたものである。鳩山政権期を中心に、菅政権の一定期間もカバーしており、第1章では総論、第2章以降では政策分野ごとの各論を展開している。ここでは、その要旨を紹介することとする。今後はさらに調査研究を深め、その成果を最終報告にまとめる予定である。

ということなのですが、正直申し上げてあまり面白くありませんでした。もう少し正確に言うと、真に追求すべき論点が抜けてしまっているのではないか?という疑問を持ってしまいました。

本ブログでも何回か述べてきたことですが、民主党政権(とりわけ鳩山政権から第1次菅政権にかけて)の最大の問題は、自公政権末期からの雇用・社会保障重視の政策方向をさらに充実しようという流れと、これまた自公政権のとりわけ小泉政権時代に高まった「官から民へ」「中央から地方へ」というカイカク志向の流れが、その矛盾をあまり意識する/させることのないまま同時並行で進んでしまったことにあります。

民主党政権の右手が左手のやろうとすることを叩き潰そうとするという奇妙な悲喜劇は、それが自公政権時のように政策の対立軸であるという認識すらないままある意味素朴なカイカク正義論で行われたこと、そしてそれを防御するメカニズムが素朴な「政治主導」を否定するステークホルダー原理に裏打ちされた三者構成原理に基づく労働組合による「横からの入力」であったという皮肉を抜きにして、やや綺麗事的な分析をしてみても仕方がないのではないか、というのがざっと目を通しての感想です。

そういう言い方をするものではない、と良識ある人なら言うのは分かっていますが。

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首都大学東京オープンユニバーシティの感想

先週水曜日(9日)夕方の首都大学東京オープンユニバーシティ参加者の感想が届きました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-3562.html(思いこみ大失敗)

>後半開始時に先生は時間間違っている発言されていた。

>講師にメモを入れるなど終了時刻を告げるなど運営側がして欲しかった。多分終了時刻を勘違いしているのでは?

いえ、悪いのはわたくしです。始まる前にはちゃんと8時半までと話していたのですから。

>時間配分をもう少し考えて欲しかったと思います。一番関心がある最後の問題が同じ流れの時間配分になっていませんでした。

はい、すべてわたくしの思い込みによる失敗です。申し訳ありません。

>楽しかったです。先生が博覧強記ゆえか、話があちこちに飛ぶことがあり、軸を維持する苦労がありましたが、首尾一貫していたので十分理解できました。

そういっていただけると有り難いです。

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第14回「希望のもてる社会づくり研究会」(公開研究会)

3月4日のシンポジウム「希望のもてる社会へ」の翌日に、そのもとになった全労済協会の「希望のもてる社会づくり研究会」の最後の会合が公開研究会として開かれます。

『全労済協会だより』の最後のページにちらりと案内が載っておりますので、こちらでも紹介。

http://www.zenrosaikyoukai.or.jp/publication/pdf/dayori49.pdf

3月5日(土曜日)13時から、場所は:ホテルサンルートプラザ新宿(東京都渋谷区)です。

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「左翼」の対極的二義性

BUNTENさんが自分のつぶやきを自分でトギャっておられるので、それを引用しておきます(一つながりの文章なので、整形して)。

http://togetter.com/li/96973

>左翼悪玉説みたいなのこそ、現代の「恐いもの」のような気がする。障害児ではなかったが問題児だった俺は組合だの左派だのが強かった(はずの)炭坑街で育った。教師からのつるし上げも経験したが、それは他に仕事が無くて仕方なく教師になった手抜き派とでも言うべき人物からで、どうみても左派ではなかった。もし当時の左派が今ネットで言われているような教育をしていたならば、問題児・いじめられっ子の俺がネットで左翼を自称することはなかっただろう。

学校にはいい思い出はないが、少なくとも、「出る杭」として教師から叩かれた記憶はない。(BUNTENは馬鹿だから、出てると言うより引っ込んでたんじゃないのかという突っ込みは許可。)

俺としては、左派の教育は悪平等主義である、みたいな主張には思いっきり異議を唱えておきたい。そういうものがあるとしても、それは既に左派の教育ではないのだと。

左派的教育というものがあるとすれば、ひょっこりひょうたん島の学校のような、個性を尊重した、いわば「みんな違ってみんないい」がそれであって、断じて出る杭を叩いたり悪平等を推進するようなものではないと言いたい。

封印していた話をいっこ出しておく。小学校の時、授業をエスケープした俺の話を、色々な先生が入れ替わり立ち替わり聞いてくれた。かといって、自由に逃げていいとかいう所に落とし所があったわけではないのでいい思い出にはカウントしていない(無茶)が、無責任に放任したとかそんな話でもないのは確かである。これが先のつるし上げ犯みたいなのなら、頭から決めつけられるか放任(放逐)されて終わりであったはずだ。年端もいかないガキを、学校ぐるみで(問題教師の着任前の話である)個として尊重する姿勢がなければこんなことはできない。

多数決が民主主義、みたいな話は、民主教育の劣化というよりは手抜き屋が口実として採用したものだという見解を採りたい。子供の代に、自主的クラス分けと称する、単なる人気投票を実施した教師がいた(で、息子がみそっかすにされたので何考えてんだと抗議した。何も考えていなかったのは言うまでもない。)が、この教師とは何度もやり合ったので、左派とかの類ではないことは保証できる。

出る杭を打ちたがるのは左翼ではなく、権威主義者とか言うべき人たちであって、権威主義的な教師が増えたとすれば、それは教育行政のいわゆる右傾化に伴って権威主義(児童生徒の実状を無視した式典の形式の押しつけなどが現場に持ち込まれたことによるところが大きいのではないかと疑っている。[右翼と権威主義を区別してあるのに注意。

いずれにせよ、いじめと教育問題とその歴史、みたいなデリケートな話を、左翼だ右翼だといった分類に落とし込むことには極めて慎重であるべきであると、強く主張しておきたい。

何らかの分類を行いたいのであれば、少なくともポリティカルコンパス程度(2軸4分割)くらいはやっておかなければ、現状分析ないし敵を見誤る危険性が高いのだと。

2軸のポリティカルコンパスでも手に負えないのは、「左」という言葉のコノテーションが、まったく対極的な方向を併有しているから。つまり、集団性・平等性を志向する方向と、それと対極にある個別性・異質性を志向する方向の双方を、それぞれのプロとコンの双方からいい意味と悪い意味の負荷を負う形で用いられてきたから。

ある人々にとって、「左翼」とは個人の自主性、独立性を全面否定するソビエトロシア的集団主義による個人の抑圧を「平等」という美名のもとに遂行する悪の教義であり、他の人々にとって、「左翼」とは社会の麗しき秩序を破壊するエゴイズムを個人の自由という美名のもとに振り回すトンでもない連中。

このいずれも政治思想的に存立可能な議論ではあるが、両者を同時に主張することは論理的に矛盾することは言うまでもない。

実際、個々の人レベルで言えばこの両者を同時に主張するような論理レスな人はあまり見ないが(とはいえ、たまにいるけど)、マスメディアレベルでは(たとえば産経の「正論」とか)あまり矛盾感覚なしに入れ替わり出現したりする。

こういう同時に180度逆向きの意味を併有してしまうような用語は使わないのが一番なのだが、悪口としてはとても使いやすいだけに、どうしても使われてしまうのですね。

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政治とは悪さ加減の選択

山口二郎さんのブログに『週刊金曜日』のコラムが載っています。

http://www.yamaguchijiro.com/?eid=901(通常国会の政策論議をどう進めるか)

この言葉にはまことに同感なのですが、

>・・・そうなると、みんなの党や減税を売り物にしている怪しげな地方首長など、ポピュリストやデマゴーグの出番となる。投機的再編論議に賭けるということは、日本の民主主義にとっては実に不毛である。

長年の付き合いだからというわけではないが、菅にもう少し政権を続けさせることが現状では最善の選択だと、私は考えている。丸山真男を持ち出すまでもなく、政治とは悪さ加減の選択である。今よりもっと悪いものが出てくることが確実なときに、わざわざ最悪を引き寄せるべきではない

わたくしも、まったくそう思います。ただ、この真理を、一昨年の総選挙の前にも語っていたのであれば、もっと説得力があったように思います。

当時の麻生首相に「もう少し政権を続けさせることが現状では最善の選択だと」は考えなくても、「わざわざ最悪を引き寄せる」ようなことをしていなかったか、権丈先生であれば若干違う意見をお持ちかも知れません。

その違いが「長年の付き合いだから」ということであったのであれば、それはやはり考えるべきことがあるのでしょう。

さはあれ、「ポピュリストやデマゴーグの出番」がもっとも避けるべきであることだけは、まっとうな感覚の持ち主であれば共有するところでしょう。

まことに「政治とは悪さ加減の選択である」という真理が身に沁む思いです。

(追記)

北の山口二郎さんといえば、名古屋の後房雄さんですが、河村市長を応援してしまった経験がどこまで身に沁みておられるのかなぁ、と思わせられるブログ記事が。

http://blog.canpan.info/jacevo-board/archive/230

後さんは、

>2009年4月29日の名古屋市長選挙の夜は、河村事務所の3階でテレビを見ていたものですが、それからの経過を考えるとなかなか感慨深いものがあります。

と、まさにカイカク派の応援団であったのですが、

>あらためて考えてみると、河村氏との政治イメージの違いが最大の要因だったように思います。選挙で票を集め、勝って市長になることだけをイメージしている河村氏(だからこそ今だに総理を目指すなどと叫んでいるわけですが)に対して、私としては市長になるということは市政全体に責任を持つことだと考えていたわけです。

>ともあれ、選挙のことだけ考えている人ですから、選挙では勝つわけですが、そのあとやりたいことは減税と議員報酬半減だけで、行財政改革も各分野の問題解決もめんどくさいことはやりたくないわけですから、今後も議会相手に広い意味での選挙運動のようなことばかりやり続けるのでしょう。大阪など応援にいく所もあるし。

市長という仕事をやる気がないということが市民の多数に理解されるまでは、もう少し時間がかかるでしょうが、事実ですからいずれは理解されるでしょう。

と、それがリフォーム詐欺の片棒担ぎであったという風に認識されるようにはなったようなのですが、

そして、コメント欄である方がその趣旨を明示しておられますが、

>「河村台風」を退治するとも書かれていますが、この「台風」を発生させた立役者は、事実かどうかは知らないけれど、後さんご自身だという話も聞いています。その通りであれば、「河村台風」というモンスターを世に送り出したはいいけど制御できなくなって逃げ出し、離れた所から他人事のように批判しているようにも見えます。

正直、過去の罪責を云々するよりも、これからのことに対する姿勢の方が大事でしょう。その意味で、こちらの記事は身体から力が抜ける思いがします。

http://blog.canpan.info/jacevo-board/archive/232

>毎日新聞によれば、注目の4月東京都知事選挙にワタミ会長の渡辺美樹氏が「みんなの党」から立候補しそうです。もし実現すれば大ホームランです。自治体経営のモデルが見られるかもしれません。

小説『青年社長』や渡辺氏の著書をこのブログでも紹介してきましたが、都知事候補としては文句ありません。ちゃんと仕事をしてくれるでしょう。なって騒ぎたいだけのどこかの市長とは違います。

どうして「違います」と思えてしまえるのかが不思議なのですが、魔法使いの弟子は永遠に魔法使いの弟子なのかも知れません。

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呉越同舟の原因を生み出したのは・・・

こういうつぶやきに対して

http://twitter.com/sunafukin99/status/35879515993415680

>財政再建主義と財源を社会保障に充てる派が何で呉越同舟でいっしょにいるんだよ。全然違うだろ。こんなめちゃくちゃな話をおかしいと思わない日本人って何だよ。わけがわからない。

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20110212今すぐできることはいくらでもあるはず

>これに対して反対派は、「社会保障なんて口だけで所詮は詐欺商法」などという陰謀論を繰り出すばかりで、正直言って幻滅している*2。消費税問題に過剰反応して闇雲にバッシングしたことが、財政再建派と社会保障派の呉越同舟を生み出した可能性を少し反省してみたらどうかと言いたくなる。

いずれにしても、医療、介護、雇用、教育、研究などなど、政府・行政にしかできない問題を多く抱えている現場で、「財源がない」の一言で、現場の人が真綿で首を締められるように苦しんでいる現実が膨大にある。とにかく、これを何とかして欲しいという気持ちが強い。「デフレ脱却・景気回復こそが最善の財政再建政策」というのは正論かもしれないが、それ以前に今すぐできることはいくらでもあるはずだと思う。

まあ、「医療、介護、雇用、教育、研究などなど、政府・行政にしかできない問題」に対する感性を欠如させたまま、ひたすら公的サービスへの攻撃を激化させるだけの揚げ塩風味の特殊日本的「りふれは」が、「財政再建派と社会保障派の呉越同舟」を生み出した張本人であることは、ご当人たちを除けば明白なのですが、そこが見えないのが彼らならではというところなのでしょう。

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弱者と強者の二重螺旋

金子良事さんのつぶやき

http://twitter.com/ryojikaneko/status/36234846586155008

>強い者に媚び、弱い者を蔑むのと、弱い者に媚び、強い者を蔑むのはコインの裏表である。どちらもその卑しさにおいて大差ない、と僕は思うが、この意見自体も強い者に媚びてはないものの、残念ながら、前者のカテゴリーに属しているというべきだろう。

ちょっと違う。

というか、そもそもで言えば、「強い者に媚び、弱い者を蔑む」ことと「弱い者に媚び、強い者を蔑む」(という言葉自体が論理的に矛盾を孕んでいるが)は非対称的。

しかしながら、社会の現実としては、まさに金子さんが描くような事態が存在するのも確か。

それは、現代社会では「弱者」という名のラベルが相手に対する権威として機能し、そのラベルの前にひれ伏させる力を持っているから。

その「弱者」の味方をして「強者」を罵ってみせることによって、つまり「弱い者に媚び、強い者を蔑む」ことによって、現実には「強い者に媚び、弱い者を蔑む」のと同じ効果を発揮できるから。

そういう事態が固定化してくると、その「弱者」と称する「強者」に虐められる「強者」という名の「弱者」を敢えて擁護することによって「弱い者に媚び、強い者を蔑む」者であることを演じようとする者が現れる。そうすることによって二重にねじれた形で「強い者に媚び、弱い者を蔑」もうとする者が。

こうして、弱者と強者の二重螺旋のどこかに居所を見つけて、「弱い者に媚び、強い者を蔑む」ことによって「強い者に媚び、弱い者を蔑」もうとする人々が列をなす。

そうすると、もはや事態は金子さんの言うように「コインの裏表」に見えてくる。

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「希望のもてる社会へ」シンポジウムの案内

Kibou2

3月4日に開催される全労済協会シンポジウム「希望のもてる社会へ」の案内です。

浜矩子さん、宮本太郎さんの基調講演の後、辻元清美さん、湯浅誠さんにわたくしを加えてパネルディスカッションをします。

お申し込みはこちらから。

http://www.zenrosaikyoukai.or.jp/thinktank/symposium/sym/post.html

このシンポのベースになっている本がこちらです。今月22日発売予定です。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/6/0234840.html

神野直彦,宮本太郎編 『自壊社会からの脱却―― もう一つの日本への構想 ――』

>貧困と格差の拡大で閉塞感とシニシズムが社会に巣くっている.崩壊しつつある社会システムをどう作り直せばよいのか.神野直彦と宮本太郎が,水野和夫,植田和弘,駒村康平,濱口桂一郎,阿部彩,広田照幸,高端正幸という,各分野の第一人者とともに問題解決のシナリオを提案する.次の時代のための具体的な青写真

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日弁連シンポジウム「どうする?これからの正規と非正規」

Nichibenren

聖バレンタインの夜を非正規問題を考えて過ごそうという奇特な皆様のご参加をお待ちしております。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/event/110214.html

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「就労請求権」問題が示すジョブとメンバーシップ

大内伸哉先生の「アモーレと労働法」で、就労請求権問題が取り上げられています。労働法の世界では、就労請求権はないけど(つまり実際に働くことは拒否できるけど)給料は払え、ということで一応決着していますが、民法の先生方からすると、いかにも奇妙なことだという意見が出たそうですね。

http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-0f97.html

これは、民法の先生方は民法の債権契約としての雇用契約、労務と報酬の交換としての雇用契約でもってものごとを考えるので、当然そうなるのに対し、労働法の世界は累次の判例法理で日本型雇用慣行に沿った形に変形されてきているため、労働契約は会社のメンバーになることであって具体的な就労とは切り離されているという考え方に立っているからでしょう。

後者における給料というのは武士の家禄のようなもので、具体的なジョブとは切り離されているので、特定奉行所の同心の仕事をさせろなどという権利がないのは当たり前ということでしょうか。

とはいえ、日本型判例法理の世界はそうであっても、制定法自体はジョブ型を前提にした規定であることは間違いないわけで、民法の先生方の指摘は法理論的には正しいのでしょうね。

(追記)

ついでにいうと、お気づきの方もおられるでしょうが、就労請求権がないので実際に仕事はさせてもらえないけれども給料はちゃんと払われているというのは、まさに「社内失業」状態ですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-2201.html(『社内失業』またはジョブなきメンバーシップ?)

>一見際物めいた印象を与える本ですが、考えれば考えるほど日本型雇用システムの本質に深く関わる問題であることが浮かび上がってくる感じです

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思いこみ大失敗

本日、首都大学東京のオープンユニバーシティの一環として、「今こそ考えたい派遣ルールのグランドデザイン」というタイトルで、約2時間の講演をしてきました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-e601.html

ところが、なぜか時間を勘違いして大失敗してしまいました。

講演は夕方の6時半から8時半ということでちゃんと頭に入っていたはずなんですが、9時までに建物から出なければならないので時間厳守でお願いしますといわれていて、なぜか講演が9時までという風にいつの間にか思いこんでいて、最後の10分を質疑応答に充てるから8時50分まで喋ればいいな、とか勝手に思いこんでいたんですね。それで8時40分近くなってさすがに司会の方が慌てて、「もう時間過ぎてますから・・・」。私も慌てて締めくくって終わりにしてしまいました。とりわけ最後のところにこれからの派遣ルールのあり方を喋る用意していただけに、聴衆の皆様には申し訳ないことになってしまいました。お許し下さい。

それにしても、平日のちょうど夕食時の2時間に、派遣ルールの話を聴きに150名もの方々が詰めかけてくださったことには、皆様の関心の高さが感じられました。

kayorineさんがついったで実況中継していただいていたようなので、それを引用しておきます。

http://twitter.com/kayorine

>首都大学東京なう。hamachan先生の講義を受講中。 1947年職安法で供給事業禁止、1985年派遣法で派遣事業認められると言われるが、実はかなり早い時期で供給事業の緩和は進んでいた。例えば占領が終わった瞬間に請負4要件の緩和。そして有料職業紹介事業の緩和。

>hamachan先生講義。ドイツ-常用型派遣はok フランス-派遣契約が臨時的一時的ならok と欧州はどちらかの規制に分かれる。英米は何ら規制しない。 日本は世界で稀なる規制になる…

>日本は現状追認で実際に業務処理請負でやってる業務はよし、となり、業務限定方式になったのが本当のところ…と思われる。しかしこれだと職業選択の自由にひっかかる。よって、日本型雇用慣行でやっている業務は派遣の対象としないという理屈を作り上げた。(hamachan)

>(hamachan)このとき守ろうとしたのは、男性正社員の雇用慣行。女性は寿退職した後の雇用の仕組みとして派遣を活用しようという意図。ファイリングとか事務用機器操作を専門性ある業務とした。

>(hamachan)99年改正の問題は、でっちあげた業務限定方式を理屈の上で維持したこと、そして、期間限定を間接雇用にだけ適用させたこと。いじいりやすいところだけ導入したこと。派遣事業をどう規制するかという枠組みが維持されたこと。

>(hamachan)03年改正の次もさらに緩和されると思われていた。06-07年頃に潮目が変わる。。。「日雇い派遣でネットカフェに寝泊まりするのは格差社会の象徴。」と言われ出す。審議会で派遣の規制の在り方について根本的議論必要とされ、規制強化へ。

>(hamachan)マスコミの影響もあり、派遣の中で特に日雇い派遣は良くないとされて審議会で議論。政治の動きもこれに絡む。与党としても国民受けするため?に雇用対策PTが日雇い派遣原則禁止を提言。先に結論ありき。 しかしある意味、矛盾した議論。

>(hamachan)日雇い派遣はそもそも臨時的一時的な派遣の究極の形。どのような労働契約を結ぶかも自由。それを禁止することは法律論的におかしいが、政治的な要請で法案に。

>(hamachan) 08年末の派遣村。派遣労働者ばかりではないが、労働市場からはじき出された弱者であることには変わりない。が、空いていた穴をきっちり閉じる対応もされたものの、必ずしもそうではない対応もされた。

>(hamachan) 派遣法改正案の迷走。率直にいうと、今の与党の中に、何が何でも通さないといけないという強いドライブがあるわけではないのではないか。しかし、社民党は強くこだわり。政治に疎いのでよくわからないが、官邸も悩んでいるんだろう、と。

>(hamachan) 法案とは別で「長妻大臣の指示による」専門26業務適正化プラン。そもそも業務処理請負でやっていたころの業務は何だったのか。何を派遣事業でやってたのか。当時厚労省が実態調査。その内容は適正化プランでまさに「ケシカラン」とされた業務。

>(hamachan) 世界でも通用しない、日本の中でも本当は通用しない理屈が適正化プランで露呈。 政治的な動きで影響を受けた最大のもの。法律でもなければ政令でも省令でもなく、通達。それでこんなに影響を受けること自体おかしいが、、、

>(hamachan) 適正化プランは、本当は正しいことをやっている。25年間嘘をついてきたことのツケ。しかし個人的には根本的に見直すべきと考えている。

>(hamachan) EU派遣労働指令。80年頃の考え方は、基本的な考え方はテンポラリーなニーズがあるときだけ、派遣も有期も使っていい、というもの。しかし、失業率が高まるにつれ、非正規雇用もある程度認めることに。ただし、待遇をきちんと確保するように。

>(hamachan)派遣法の1999年改正を後押ししたのが1997年のILO181号条約。原則自由化。正確に言うと、規制が二階建て方式になった。専門的業務は派遣受入期間の制限を撤廃、それ以外は若干フランス式な期間制限。このときに全てガラポンすればよかったのに。

>(hamachan)当時の社民党の案にも製造業派遣の禁止は入ってなかった。言い出したのは当時の舛添大臣。03年に製造業派遣に拡大したのが間違いだったと。99年改正のときに原則自由化とされていた。そのとき製造業だけ規制をかけるというのは法律論的にも無理があった。

>(hamachan) EU指令では派遣事業の禁止や規制を見直すべきとされている。労働者保護を別にすれば事業規制は撤廃すべきと明確にされている。一方で、均等待遇原則。派遣先労働者との均等。日本は均等待遇という言葉を硬直的に捉えすぎ。待遇の差に説明がつけばいい…

>(hamachan) ドイツ型かフランス型のどっちかになるだろうが、ドイツでも、2000年代になってハルツ改革で常用限定は捨てて、代わりに均衡待遇を導入。派遣先の直接雇用みなしも撤廃している。

>(hakenhou) 世界中どこをみても業務限定方式をとっている国は日本以外に存在しない。欧州は職務給で労働市場も職種別であるにもかかわらず、業務限定などとっていない。

>(hamachan) ここまで矛盾に満ちた規制は小手先ではどうにかなるもんではない。規制強化すべきというのは、労働者保護。 …ここで、大幅に時間オーバーで謝るhamachan先生なうwww

ということで、最後のwwwにたどり着きました。

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職業訓練再構築と労働組合の役割@連合総研『DIO』

Dio 連合総研の機関誌『DIO』が、「職業訓練再構築と労働組合の役割」を特集しています。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio257.pdf

職業訓練再構築の方向性—欧州の経験と労働組合への示唆  鈴木宏昌

学校教育と職業教育訓練の連携   児美川孝一郎

電機産業職業アカデミーの取り組みと今後の課題について  岡本昌

まず最初の鈴木先生のは、

>遠い昔、まだ私がジュネーブのILO本部で労使関係の国際比較の勉強をしていたときから日本の労使関係で不思議に思い、未だに分からないものが二つある。実質的な内容がほとんどない労働協約と職業訓練に関する組合関与の欠如である。・・・

という皮肉な言葉から始まり、最後のところで、3つの提言をされています。そのうちとりわけ重要なのが、

>1 )職業訓練・教育は個人の権利であることを明確化する。企業は経営上の必要があれば、その範囲で訓練を行う。したがって、そのような企業あるいは選抜された従業員は訓練政策の対象ではない。零細企業の労働者、パートタイム労働者、期間工、派遣労働者、失業者、あるいは子育てが終わった女性たちに職業訓練を受ける機会を提供し、技能のレベルアップにつなげることが訓練制度構築の目標となる。

昨日もある方に申し上げたことですが、高度成長期までの日本の労働政策は、少なくとも大企業から集めた失業保険料を、中小零細企業の労働者のための施策に使うという意味で、まっとうな資源の再分配をしていたと言えるのに対して、石油ショック以後の企業主義的労働政策は、中小零細企業から集めた雇用保険料を主として大企業正社員のために使うという意味で、逆分配型になってしまい、しかも最近は公的サービスを無駄だといって削ることでますますそれを加速させてきたといえるのでしょう。

企業が経営上の必要性に基づいてやっている正社員向けのOJTなどの企業内教育訓練に潤沢な助成金をつける一方で、そこからこぼれ落ちた人々向けの職業訓練回路はどんどん狭くなってきたのではないかというマクロ政策的反省が必要なのではないかと思っています。日本型システム擁護論者にしても、自由市場原理主義者にしても、その責めから免れる人はほとんどいないはずです。

次の児美川さんのは、日本における伝統的な「学校から仕事への移行」プロセスが構造的変容をとげ、職業的レリバンスという課題が学校教育に突きつけられているという状況の中で、とはいえ現行の日本型学校教育システムの中では、高校にせよ、大学にせよ、職業教育を充実するなんてとてもとても・・・という状態にあるという実情を見据えた上で、なおかつ現実的に可能性のあり得る処方箋を書いてみたというべき苦渋の一文です。

>もっとも即効性があり、またインパクトがあるのは、(職業教育の機能を備えていない)学校と(学校システム内外の)職業教育訓練との連携の可能性を追求するということなのではないか。。「学校で職業教育を」と主張してみても、そのための施設・設備・人的資源、そして教育上のノウハウの蓄積のないところで、職業教育をゼロから立ち上げようとしても、膨大な投資が必要となる。・・・

>とすれば、考えうる手としては、「連携」である。普通科高校であれば、近隣の専門高校や高等専修学校、公的職業訓練機関と連携して、在籍する生徒が職業教育を受けることのできる機会を創出する。また、地元の産業界と連携して、現状のインターンシップよりもはるかに本格的な(可能であれば、見習い生や訓練生として企業に受け入れられる)就業型の学習の機会を創りだすことが構想されてよいのではないか。大学も同様である。専門教育の内容の職業的レリバンスを強める努力を行うと同時に、専門学校や中等後教育の段階の公的職業訓練機関、そして産業界との連携の強化が模索されるべきであろう。

拙著の言い方をすれば、現状の学校教育システムに職業教育を大量に導入しようとすると、「特に文科系学部において、大学教師の労働市場に大きな影響を与えることになります」。それに対する反発が「教養」という正義の御旗のもとに結集すれば、多分何事も動かなくなることは明白ですね。

最後の岡本さんのは、まさに「職業訓練に関する組合関与の欠如」で特徴づけられる日本の労働組合の中で、例外的にその分野に手を伸ばした電機連合の意欲的な試みが、さりながら日本型システムの現実の中で、どのように当初の意図とは違うものになっていったか、という話としても読めます。

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力士会は労組として八百長の必要性主張を@水谷研次さん

「シジフォス」の水谷研次さんが、いまや政治家やマスコミ全体を覆いつくさんとする八百長非難に対して、敢然と反論しています。

http://53317837.at.webry.info/201102/article_8.html

しかし、水谷さんって、今から40年前にはマスコミにいて相撲を取材していたんですか!

>・・・賭博や薬物などの違法行為をしたのならともかく、相撲の世界では当たり前の「八百長」をしたとして、社会的に糾弾され、本場所や巡業が取りやめになり、しかも解雇までされるとしたら、絶対に納得がいかない。

>何度も繰り返すが、かつて私が相撲を取材していた時代は、八百長というのは当たり前だった。ある相撲担当記者からこんな話をきいたことがある。「老いた大鵬は引退する直前は、かなりの勝ち星を金で買わざるをえなくなった。自分のために八百長を普通にやる過ちはあそこから拡がった。若乃花や栃錦はお客のために八百長をやった。どれだけ力をこめ素晴らしい土俵・取り組みに見せるか、綿密な打合せで、あるときは事前に時間をかけてリハーサルをやってまで臨んだ。相撲は危険なスポーツであり、もしすべてが素でやったら、けが人だらけになる。したがってショー的要素を踏まえて取り組まざるをえない。」

>いつからマスコミは世論誘導をするようになったのだろう。大嫌いな石原都知事だが、この八百長問題に関してだけは「正論」が紹介されたのは彼だけだ。・・・

>力士ならず相撲関係者の誰もが「真実」を言えない中で、誰かが言わなければならない。八百長は力士にとっては必要悪であり、すべてがガチンコではなりたたないほど危険なスポーツであり、だからこそ「興業」なのだと。そして、これによって魔女狩りの如き八百長叩きがされるならば、相撲はなりたたない。力士会は、相撲の存続と、力士の生活と権利、安全を守るために「真実」を表明して欲しい。そのためには、一刻も早く「労働組合」に衣替えすべきだ。力士だって「労働者」なのだから。

40年前のスポーツジャーナリストがそう感じていたということは、現在のスポーツジャーナリストの多くも、心の中の本音ではそう感じている人が多いはずなのでしょうね。

「実はこうなんだ、が建前でこういわざるを得ない」をそのままにして、空疎な建前を振りかざすポリティカル・ファルスを繰り広げていくと、当事者たちの誰もが期待していないとんでもない悲劇が呼び込まれる、というのは、ここ数年来の労働時間法制や派遣労働法制で、いやというくらい見せつけられてきたことですが、同じような現象は他の分野にも同じように繰り広げられているということなのかも知れません。

ちなみに、「力士だって労働者」ということについては、本ブログでも何回か取り上げてきたトピックです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_c64e.html(力士の労働者性)

>ちなみに、民法の方々には疾うに周知のことと存じますが、旧民法においては、「角力、俳優、音曲師其他ノ芸人ト座元興業者トノ間ニ取結ヒタル雇傭契約ニ之ヲ適用ス」(265条)という規定がありました。現行民法制定時にもこれらが外れたわけではありません。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_fd03.html(時津風親方の労働者性)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_bbf0.html(幕下以下は労働者か?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d31a.html(力士の解雇訴訟)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-b776.html(朝青龍と労働法)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/by-916f.html(力士をめぐる労働法 by 水町勇一郎)

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絵で見る生活給思想

814 昨日紹介した『世界』3月号ですが、木下武男さんの「反貧困の賃金論」に面白い絵が載っています。

この論文自体は、木下さんが繰り返し論じていることが書かれていますが、

>日本人の賃金があがらない。賃金が増えないどころか、小泉「構造改革」以降、日本の労働者の賃金は減り続けている。それは、ひろがる貧困と格差のもっとも大きな原因の一つとなっている。なぜ、日本人の賃金が上がらないのか。日本の賃金体系をどう組み替えていけばいいのか。新しい賃金のありかたと働き方とを構想する。

実は、大変面白いのは、そこに引用されている、今からちょうど30年前の労働組合の春闘用のポンチ絵です。全国商社労働組合連合会の「81春闘のために」というパンフレットに載っているものということですが、男女雇用機会均等法ができる直前の時期、ちょうど一世代前の世の中の常識がどういうものであったのか、大変わかりやすく教えてくれます。

Seikatsukyu

母親と同居する独身女30歳(当時は「負け犬」という言葉もなかったのでしょうが)は、月額42.2万円。女房と二人の子どもを養う男一匹32歳はマンションを買ったこともあり、月額65.6万円。

もちろん、この額自体は労働組合の要求ですから、絶対額がどうこうよりも、ほぼ同じ年齢の男女で2対3の差があるのは、生活給思想からすればまことに当然であって、何もおかしいことはない、というのが30年前の常識であったということが重要です。

組合員には入れないのでここには書かれていませんが、旦那に扶養されている45歳の主婦パートがここに並べば、当然月額8万程度となるわけで、これまた常識であったわけです。

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昨日の「働き方改革WT」の模様

5036748d65f591af3223427668b0a98a 昨日の民主党働き方改革ワーキングチームについて、ついったに引き続き事務局長の石橋みちひろ議員がご自分のブログに書かれています。

http://blog.goo.ne.jp/i484jp/e/7047f5cee73d6532cb8478503d0ab47d?fm=rss

ここにも書かれているように、最後の「ジョブ型正社員」については、かなり疑念の声を戴きました。

もう間に合いませんが、今月22日発売予定の『自壊社会からの脱却』(岩波書店)の中での論考には、そういう疑念に対するお答えも盛り込んでおくべきだったかも知れません。

ちなみに、次回の「労働時間規制のあり方についてさらに掘り下げて議論」は、水町勇一郎先生とのことです。

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それは経団連用語の「主体性」を誤解していますね

朝日の記事に

http://www.asahi.com/business/update/0207/TKY201102060293.html(「大学生は主体性が足りない」 経団連、企業アンケート)

山のようにぶくまがついていますが

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/business/update/0207/TKY201102060293.html

圧倒的多数のぶくまーのみなさんは、単純に日本経団連用語としての「主体性」という言葉を誤解しているだけでしょうね。

これは、大学文学部の哲学科の教授が教えるような意味での、自立した「個」としての絶対的な主体性ではありません。

集団や組織に懐疑の目を向ける唯一者としての主体性ではありません。むしろ、集団や組織と一体化する主体性です。

これは、組織の一員として自分が組織を背負ったつもりで、地位は平社員であっても社長になったつもりで、まさに自分自身を組織の主体と考えて行動できる性質のことです。島耕作的主体性とでも言いましょうか。

こういう「主体性」に一番遠いのが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-3cff.html(「一般職に、男ですよ」・・・でどこが悪いの?)

一般職になりたいなどと腑抜けたことを抜かす男ということになるわけです。

もちろん、民法の雇用契約は、そういう「主体性」を前提にしてはいないのですが。

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働き方改革WT

石橋議員がつぶやかれたので、こっちでも公表。

http://twitter.com/ishibashi2010/status/34861260319227905

>午前中の「働き方改革WT」で、濱口桂一郎・JILPT統括研究員からお話をいただきました。テーマは、労働時間規制と均等待遇。それぞれ、今後の政策論議の方向性について具体的な課題を提起してもらいました。これを受けて次回は、労働時間規制の在り方についてさらに掘り下げた議論を行います。

わずか20分で労働時間規制と均等待遇について論じるという超コンパクト版。質疑が30分強ですが、それでも足りない感じでした。

1 日本に(真の)労働時間規制を

・日本に労働時間規制はあるのか?
・問題は残業代か?労働時間か?
・ホワイトカラーエグゼンプション騒ぎの勘違い
・いのちと健康のための実労働時間規制こそ重要
・勤務間インターバル(休息期間)規制
・絶対休日規制
・年休は使用者からイニシアティブを
・時間外上限規制とオプトアウト方式の可能性と危険性

2 非正規労働者からジョブ型正社員へ

・ジョブなきメンバーシップとしての日本型正社員
・限定なき義務と長期的生活保障の社会的交換
・家計補助前提の非正規法制と生計維持的非正規の露出
・労働者派遣法のボタンの掛け違い
・均等待遇をもう少し柔軟に考える
・公的生活保障と公的教育訓練の必要性
・非正規労働者からジョブ型正社員へ

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「超氷河期」の雇用と就活@『世界』3月号

814 岩波の雑誌『世界』3月号が「世界経済 長期大停滞の10年へ」という特集の中で、雇用労働問題に関わる論文を幾つも並べています。

http://www.iwanami.co.jp/sekai/2011/03/directory.html

まずは、「「超氷河期」の雇用と就活」という通しタイトルの下で、対談と論文二つ。

【「超氷河期」の雇用と就活】

企業と個人の新たな関係
  稲泉 連 (ノンフィクション作家)、樋口弘和 (トライアンフ代表)

揺らぐ「学校」と「仕事」の架け橋
  駒村康平 (慶應義塾大学)

「学ぶこと」と「働くこと」の有機的な連携──スウェーデンの教育改革にみる
  訓覇法子 (日本福祉大学)

いずれにも、日本型雇用システムにおけるメンバーシップ性がバックグラウンドミュージックのように流れています。

たとえば対談で樋口さんは、こう述べています。

>たとえば僕が留学した米国では、就職とは仕事をマッチさせることだと考えられています。社会に出ることは「就社」ではなく文字通り「就職」なので、まず仕事の選択があって、次の企業が出てくる。・・・

>しかし、日本の職業観では、就職が、学校という社会から、会社という社会への移行であるとの考え方が根深い。だから、仕事というレールに行くのは、今のところあまり現実的に考えられないと思います。であるとすると、二つの社会の接点をもう一回見直していかないと、問題の解決はできないのではないか。

まさに、「二つの社会の接点をもう一回見直」そうとしたのが、わたくしも参加していた日本学術会議の大学と職業との接続検討分科会であったわけですが、やはりその参加者の一人であった駒村康平さんが、「揺らぐ「学校」と「仕事」の架け橋」を書かれています。

>新卒一括採用、就職・採用活動の早期化と長期化、企業の曖昧な採用基準──就職活動のこうした弊害を指摘する声があいつぎ、さまざまな見直しが検討され始めている。
 しかし現在の就職、つまり教育から職業への連結に見られる揺らぎは、昨日今日始まった事態ではない。内定率の悪化は、日本の社会・経済システムが引き起こした「症状」の一つであり、対症療法では根本的な解決にはつながらない。本論考は、社会経済システムを構成するサブシステムをそれぞれ丹念に検証する。バブル崩壊、グローバリゼーションの本格化に先立つ1990年代以前の社会経済システムとは、いかなるものか。その「旧システム」はそこからどのような変貌を遂げた (あるいは遂げなかった) のか。
 いまだ根強い「旧システム」の複雑な相互補完関係を丁寧にほぐしていく。こうした粘り強い制度改革こそ、新しい社会経済システムの実現のために求められている。

短い中に論点が極めてコンパクトにまとまった論文ですが、とりわけ、最後のところで、近年都に流行るインチキ商品をざくっと斬っているところは是非お目通しを。

>・・・しかし、この道もまた険しい。

まず、新しい社会経済システムの構想をわかりやすく示す必要がある。それが見えないと直面している変化の「痛み」から、旧システムにしがみつきたいという人々の抵抗も強まるだろう。新しい社会経済システムの構想が見えないまま雇用システムの変化が始まったため、正社員や中高年労働者の既得権を奪えば解決するような表層的な議論、既得権をめぐる局地戦が行われるようになった。

>魔法の杖のような幻想を振りまいているのがベーシックインカムであろう。不安と混乱が広がる中で、困難な社会経済システムの再構築という作業を行わなくとも一気に問題が解決するかのように信じ込まれているが、一歩間違えると低額のベーシックインカムと引き替えに、あらゆる雇用保護の撤廃と既存の所得保障制度の廃止につながる危険性もある。

本日、都内某所でお話ししたこととものつながる問題です。

訓覇(「くるべ」さんと読むようです)法子さんの「「学ぶこと」と「働くこと」の有機的な連携──スウェーデンの教育改革にみる── 」は、一知半解にスウェーデンを論じる人が見落としがちな同国の職業教育システムを紹介する時宜に適した論文です。

>若者の貧困や失業問題に対処すべく、スウェーデンでは学校教育において職業教育を重視する教育改革を行ってきた。そこには、誰もが働き、社会での存在価値を見出し、民主主義に参加するというスウェーデンの理念が体現されている。学校を卒業しても就職できない若者が増大している日本にとって、スウェーデンの教育改革の軌跡は有益なヒントとなるだろう。

職業教育を蔑視しながら偉そうに雇用問題を説く人というのは、大体信用できません。

その他の論文も興味深いものがありますが、とりあえずここまで。

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峰崎直樹さんのメルマガから

現在内閣官房参与をされている峰崎直樹さんのメルマガ「官邸お庭番日誌」に、大変わが意を得たりというべき表現を見つけました。

峰崎さんは、鉄鋼労連、自治労を経て社会党、民主党の議員をされ、財務副大臣退任後は内閣官房参与として「官邸お庭番」をされています。

昨年11月の北大シンポ(権丈、宮本、山口の各先生)の際にご挨拶をさせていただきました。

その「お庭番」のメルマガに、与謝野大臣の下で進められ始めた社会保障改革集中検討会議について書かれている中に、こういう表現がありました。

>この事は自民・公明連立政権時代の福田・麻生政権の時代に策定された二つの審議会の結果を継承し、年金・医療・介護といった高齢者に偏っていた社会保障を、新たに全世代型に変えていくことを付加していくことになる。

その意味では、大きな社会保障政策の転換がなされようとしているといってよい。

この点について、ともすれば福田政権と麻生政権の下で、小泉・竹中路線が取ってきた市場原理主義による小さい政府路線や上げ潮路線から転換したことを見失いがちであるのだが、明らかに大きな路線転換がなされ、「中福祉・中負担」の日本を目指そうとしていたのだ。

ある意味では民主党の方が、むしろ「4年間は消費税を上げない」という鳩山前総理の発言にみられるように、小泉・竹中路線の継承者のようになっていたことを見失ってはならないだろう。

まことに、この数年間の(政局ではなく)政策の側面における実相をみごとに抉り出す描写であると思います。

わたくしが先日のエントリで述べたのも、まさにまったく同じ認識でありました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-caec.html(与謝野馨『民主党が日本経済を破壊する』文春新書)

>大変皮肉なことですが、同じ自民党政権の中で、ネオリベラルな構造改革路線から福祉国家をめざす路線への転換があり、それが政権交代で再び「事業仕分け」に熱狂するある意味でネオリベラル感覚全開の時代に逆戻りし、そして今ようやく再び、かつて与謝野さんが目指そうとした福祉国家再建の政策に再転換しようとしている、と、評することも出来るのかも知れません

現在の日本は、まさにこの政策断絶線において、どっちの側に立つのかを認識した上で主張しているそれぞれの人々(小泉・竹中・鳩山の側であれ、福田・麻生・菅の側であれ)と、そういう政策断絶線がまったく見えず、専ら政局レベルの敵味方感覚だけでものを喋る人々が、まったく通じ合わない言葉を語っているというべきなのかも知れません。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110206-OYT1T00622.htm

>国民新党の亀井代表は6日、広島県尾道市で開かれた会合で、政府の社会保障改革に関する集中検討会議について、「柳沢(伯夫・元厚生労働相)さんをはじめ自民党時代の人を使っている。自公政権の政策と決別したという原点を押さえないで、改革なんてあり得ない」と批判した。

だから、どっちの政策方向を向いた改革なのかが問題・・・なんじゃないんですね、多分。というか、大事な郵政以外は、社会保障改革の方向性なんて枝葉末節のことはどうでもいいのかも知れません。

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『週刊金曜日』悪法特集

110204_833 先週金曜日に発売された『週刊金曜日』2月4日号の特集「悪法大研究」の中に、小林蓮実さんの労働者派遣法が載っていて、その中でわたくしの発言も引用されてます。

http://www.kinyobi.co.jp/consider/consider_newest.php

念のため、わたくしは労働者派遣法を、労働者派遣それ自体が悪だからというような意味では悪法だとは全然思っていませんが、その虚偽に満ちた業務限定論を中心に据えた規制方式については、他国の派遣法に比べても、悪法と言うに値すると思っています。

(参考)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/jinzai1008.html(労働者派遣法自体の問題点を直視せよ)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roumujijo0901.html(事務処理派遣とは何だったか?)

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日航2労組は「整理解雇は条約違反」とILOに申し立て・・・てはいない

確かに日航の労組が整理解雇に絡んでILOに申し立てたのでしょうが、少なくとも「整理解雇することはILO条約違反」だなんて馬鹿なことは主張していないはずです。

http://www.asahi.com/job/news/TKY201102040388.html日航2労組「整理解雇は条約違反」 ILOに申し立て

いや、見出しはまことにミスリーディングですが、記事自体はまちがってはいない。

>会社更生手続き中の日本航空のパイロットでつくる日本航空乗員組合と、客室乗務員でつくる日本航空キャビンクルーユニオンは4日までに、昨年末に同社が実施した整理解雇の撤回を訴え、日本政府に対して是正勧告を出すよう国際労働機関(ILO)に申し立てた。

2労組は、整理解雇の際に「組合所属による差別待遇」「労組との真摯(しんし)な協議の欠如」「管財人の企業再生支援機構による不当労働行為」があったと指摘。これらは日本が批准する結社の自由と団結権保護や、団体交渉権の原則適用などに関する条約に違反すると主張している。

整理解雇された165人のうち、パイロットと客室乗務員の計146人は先月、解雇は違法で無効として、会社側を相手取り、労働契約上の地位確認と賃金支払いを求める集団訴訟を東京地裁に起こしている

要は、組合差別だからILO条約違反だと訴えているわけであって、そうでなければ通用するはずがありません。だって、差別のような不公正さがない限り、整理解雇それ自体は正当な理由のある解雇ですから。

ところが、朝日新聞の記者は、ILOに通用する組合差別という点ではなく、通用しない整理解雇という点を見出しにしたわけです。

ここが、差別問題にはきわめて鈍感なわりに、仕事自体が縮小したことに伴う整理解雇に対してはとんでもない悪事であるかのように考える日本型メンバーシップ感覚と国際的な労働問題のスタンダードのずれがよく出ています。

このJALの問題については、電話取材も受けましたが、肝心のここがなかなか理解されないのですね。

(参考)

ILOのサイトに、158号条約(使用者の発意による雇用終了条約)がありますので、英語ですが参考にしてください。正当な理由と正当じゃない理由がどういうものかわかります。

http://www.ilo.org/ilolex/cgi-lex/convde.pl?C158

Article 4

The employment of a worker shall not be terminated unless there is a valid reason for such termination connected with the capacity or conduct of the worker or based on the operational requirements of the undertaking, establishment or service.

Article 5

The following, inter alia, shall not constitute valid reasons for termination:

(a) union membership or participation in union activities outside working hours or, with the consent of the employer, within working hours;

(b) seeking office as, or acting or having acted in the capacity of, a workers' representative;

(c) the filing of a complaint or the participation in proceedings against an employer involving alleged violation of laws or regulations or recourse to competent administrative authorities;

(d) race, colour, sex, marital status, family responsibilities, pregnancy, religion, political opinion, national extraction or social origin;

(e) absence from work during maternity leave.

(追記)

念のため言うと、これはあくまでもILO向けには整理解雇4要件違反といっても通用しないからであって、日本の裁判所向けには整理解雇4要件を根底から覆す無謀・非道云々と言っています。

http://www.jlu.co.jp/ph291.pdf(日本航空の不当解雇1/19 裁判提訴)

これが上述の「ずれ」であるわけです。

ちなみにこのビラには「国際運輸労連からの支援」云々という文字も見えますが、いうまでもなく国際運輸労連も整理解雇4要件などではなく、解雇基準が差別的だといっているのです。

http://www.itfglobal.org/news-online/index.cfm/newsdetail/5506/region/1/section/0/order/1

事実がどうであるかはともかく、なんにせよ、国際的には差別的な不公正解雇であるかが問題なのであって、経営上の理由による整理解雇の方が悪いなどという考え方は存在しません。

も一つ言うと、ヨーロッパの基準では整理解雇時には労働者代表ときちんと協議することが求められていて、ILOに対しての申し立てにもそれが入っていますが、今回の諸組合はいずれも少数派組合であって、日本独特の複数組合平等主義ではそれぞれごとに平等に協議すべきということになるということなのでしょうが、これまたヨーロッパの基準からすると考えられないことです。このあたりも、戦後日本の集団的労使関係法制が、国際相場からはかなり隔絶したところに来てしまったことがわかります。この辺も、分かる人は分かっているのですが、なかなか言わないところです。

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少々物足りなさを覚える

ついった上の拙著書評

http://twitter.com/teitoushihouken/status/33721992532332544

>やる気がしないので最近読んだ本の書評でもしよう。濱口桂一郎『新しい労働社会』(岩波2009)。新書だけにまずとっつきやすい話題からはじめて,その実情を解き明かす。この本のいいところは,労働法にありがちな人権論による無茶振りがないこと

http://twitter.com/teitoushihouken/status/33724829823664129

>労働法改革にせよ(極端な)保守にせよ,どこかで「そりゃやりすぎや」という部分が出てくるものだ。その点,この本に記されている主張は労働法「補修」とでもいうべき現実的でバランスのとれたもの。おそらく一般の人は「ふんふん」とうなずきながら読めるだろう。

http://twitter.com/teitoushihouken/status/33726008058187776

>さすがはお役人出身,論理はかっちりしてよくできた本だが,裏をかえせば学者先生が書く本にしては極端さがなく,「そりゃやりすぎや」と苦笑いするところがあまりない(スキがない)点で,結構画期的なことを言っておられるにもかかわらず少々物足りなさを覚える。

http://twitter.com/teitoushihouken/status/33727558159699968

>新書だけにわりと抑えて書いておられるのだとは思うが,やはり「俺はこんな思想のもと書いとるんじゃ,俺の理想が正しいんじゃ,かかってこんかい」とでも言わんばかりの学者先生の芯がぶっとい本のほうが得るものが多いように感じてしまう。われながら残念な性分だ。

はぁ、「少々物足りなさを覚える」ですか・・・。

自分では、「俺の思想が正しいんじゃ」という思いを奥に秘めながら、現実に実践可能な戦略を提示するという立場から書いておりますので、この言葉はまさにその通りという面があると同時に、少々さみしい気もしないではありません。

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藤原千沙・山田和代『労働再審3 女性と労働』

81066 大月書店の『労働再審』シリーズの第3巻は『女性と労働』です。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b81066.html

内容は以下の通りで、いずれも大変興味深いのですが、

序章 いま、なぜ女性と労働か(藤原千沙・山田和代)
第1章 誰が正社員から排除され、誰が残ったのか―雇用・職業構造変動と学歴・ジェンダー(三山雅子)
【Note01】 氷河期世代の女性たち(古知朋子)
第2章 事務職にみる女性労働と職場の変化―「女性活用」の限界と可能性(駒川智子)
【Note02】 派遣労働問題の本質―事務系女性派遣労働者の考察から(水野有香)
第3章 「消費される農村」と女性労働(渡辺めぐみ)
第4章 女性労働と専門職(鵜沢由美子)
【Note03】 ケア労働をどのように意味づけるのか―「女性労働」からの転換(齋藤曉子)
第5章 戦後日本の性「労働」―売買春をめぐる権力関係と社会的背景(小野沢あかね)
【Note04】 人間らしく働き続けたい―性別役割分業意識の「壁」に挑んだ女性労働者たちの闘い(圷由美子)
第6章 ジェンダー雇用平等と労働運動(山田和代)

ここではまず、編者お二人が書かれている序章に若干疑問を呈しておきます。

といっても、書かれている議論の方向性に異論を呈しようというのではないのですが、今までの労働研究を批判しているところで、日本の労働研究が非近代的なものの解明に向けられていたのが転回していったというところで、

>日本の労働研究は、1955年頃から1960年頃にかけてようやく渇望していた「近代的」労働者の誕生を見たのであり、・・・「近代的」で「自由」な賃労働者としての「大企業正社員」をめぐる研究へと集中していった。

>1950年代半ば以降に誕生を見た「近代的」労働者、すなわち日本型雇用慣行を企業とともに構築してきたとされる「二重の意味で自由」な賃労働者は、日本資本主義の歴史上、むしろ一時期に成立した特殊な存在であると捉えることが出来るのではないだろうか。

といった言い方をされているのですね。

もちろん、「近代的」という形容詞は現実に日本の近代に登場した有り様を指すのに使うことはなんら禁止されませんので、それはそれでもいいのですが、少なくともそういう日本型雇用システムにおける大企業男性正社員の有り様を「二重の意味で自由な賃労働者」と呼ぶのは、いかがなものかと思います。

それは、まさに二重の意味で自由であった例えば明治時代の渡り職工の有り様を否定するものとして生み出されてきた「二重の意味で自由ではない」存在であったのではないでしょうか。そう、無限定の義務を負うという意味で自由でないだけでなく、職業生涯にわたる保障を得るという意味でも(マルクスの皮肉において)自由でないわけですから。

そういう「二重の意味で自由でない」男性正社員に比べて、かつての女性労働者たちは「二重の意味でやや自由」な存在であったわけです。それが、男女平等の中で、男性並みに「二重の意味で自由でない」総合職女性と、「二重の意味でもっと自由」な非正規に分離してきたわけですから。

いや、たぶん、言葉の使い方を別にすれば、藤原・山田両氏の言っていることにほぼ同意するところが多いのですけど、この用語法には違和感を感じてしまいました。

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OECD『日本の若者と雇用』が重版!

66113 昨年初めに発行した私たちの訳書、OECDの『日本の若者と雇用』(明石書店)が、ほぼ1年で初版を売り尽くし、重版の運びになりました。

http://www.akashi.co.jp/book/b66113.html

こういう専門的な分野の、それもOECDの報告書という売れ筋ではない本が、着実に読まれ続けているというのは、訳した私たちだけでなく、若者雇用問題に関心を持ち、鬼面人を驚かす奇言ではなく、まっとうな政策を志向する人々にとって、大変心強いことです。

>学校から職場へ――若者のキャリア展望を改善する政策へ向けた、OECDによる各国レビューの日本編。従来の雇用制度が機能しなくなり非正規雇用の矛盾が噴出する日本の現状を国際比較により分析し、積極的労働市場政策について提言する。

もしまだお読みでない方がおられましたら、是非お手にとっていただきたく思います。これが若者雇用問題を論じるまともな論じ方なのです。

はじめに
 要約と主な提言
 序

第1章 これからの課題
 第1節 人口動態と労働市場の成果
  A.労働年齢人口における若者の割合は減り続けている
  B.若年就業率と失業率
  C.就業しておらず、教育や訓練を受けていない若者(NEET)
 第2節 学校から職業への移行
  A.若年労働市場における高い職業流動性
  B.不安定雇用の増加
  C.入職時の地位はその後の地位を決める決定的な要因である
  D.より多くの若者がより長期間、親と同居するようになっている
 第3節 要点

第2章 教育と訓練
 第1節 教育制度の全般的な成果
 第2節 後期中等教育と労働市場
  A.職業教育は相対的に希少である
  B.教育と労働市場の連携
  C.学校中退者
 第3節 高等教育と労働市場
  A.労働市場からの要求に対する対応能力の改善
  B.高等教育資格における男女格差に取り組む必要性
  C.高等教育への経済的支援が限られている
 第4節 学校と職業の間
 第5節 訓練
 第6節 要点

第3章 若年雇用への需要側の障壁に対する取り組み
 第1節 雇用慣行
  A.使用者は長期雇用にあまり固執していない
  B.年齢に基づいた採用慣行
  C.仕事を維持する上で若い母親が直面する困難
 第2節 年功賃金制度
  A.賃金
  B.最低賃金と非賃金労働コスト
 第3節 雇用保護規制と若年労働市場
  A.雇用保護規制と労働市場の二重構造の拡大
  B.さらなる課題
 第4節 要点

第4章 積極的労働市場政策と給付
 第1節 若年労働市場の成果を改善するための近年の対策
 第2節 公共及び民間の職業安定機関
 第3節 失業給付
 第4節 要点

 参考文献
 訳者解説
 監訳者あとがき


Box一覧
 Box1.1 NEETと日本語の「ニート」
 Box1.2 日本の労働力調査における非正規労働者カテゴリー

(ついでに)

82108 先頃刊行した同じくOECDの『日本の労働市場改革』もよろしく。

http://www.akashi.co.jp/book/b82108.html

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小野善康・黒川滋対談

黒川滋さんの「きょうも歩く」に、日本の良心的ケインジアンの代表格の小野善康さんとの昼食時のやりとりが載っています。

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2011/02/23-c7ed.html(ご下問「なぜ公務員バッシングに政治家は燃え上がるのか」)

対話形式に整えてみました。

小野:どうしてああいう公務員たたきや税金のバーゲンセールみたいなのが政治的に流行するのか

黒川:1人が選ばれる長の選挙というのは、特定の敵を作ってその他をまとめた方が勝ちやすい、公務員というのはどんなに多く見積もっても人口の5%以上になることはなく、有権者・国民を団結させるストーリーとして、政治的には反撃できない公務員を敵視するのが最もリスクが少ないからではないか

小野:それは大変なことで、ナチスにとってのユダヤ人みたいなものですねぇ

黒川:それなら話は単純なんですが、今、子どもに最も影響力を持っている親たちが、そんな批判をしながら子どもになってほしい職業の1位が公務員なんですから

小野:???

そして、やや醒めた結論として、

小野:他人にストイックなことや、重箱の隅を突く指摘をするようなことは、忙しくないからしているんじゃないか。忙しくて有意義なことをしているときや、楽しいことをしているときには、他人の内面や他人の重箱の隅を突つくことに気が回らず、気にしないで結果オーライで仕事しているのではないか。マネジメントに過剰に力が入りすぎる今の社会は、不況現象なのか。

いや、まさにそうだと思います。他人の重箱の隅をつつきたがり、やる中身よりもその管理統制にばかり熱中するというのは典型的に不況現象。

日本の異常性は、「不況をなんとかしなくちゃ」というまともな人々と、上記のような不況現象を体現する揚げ塩風味な方々が、(小野さんのような少数派を除き)なぜか人間的に重なってしまっているというところでしょうか。これだけは外国のどういう立場の人にも説明不可能なガラパゴス現象かも知れません。

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2つの「認定職業訓練」

さて、一昨日答申された求職者支援法案ですが、法案要綱を読んでいくと「認定職業訓練」という言葉が出てきます。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011lac-img/2r98520000011lf0.pdf

これは、特定求職者のために厚生労働大臣が職業訓練実施計画を策定し、これに適合する職業訓練を認定し(これが「認定職業訓練」)、かつ助成するという仕組みをまず設けています。その上で、公共職業安定所長が特定求職者のために就職支援計画を作成し、この計画に基づいて認定職業訓練・公共職業訓練などの就職支援措置を受けることを指示することとし、これを容易にするために特定求職者に対して職業訓練受講給付金を支給する、という枠組みとなっています。

さて「認定職業訓練」です。求職者支援法上の「認定職業訓練」はこういう(公共職業訓練よりも下のレベルの基礎的訓練も含めた)民間教育訓練機関の行う訓練のことなんですが、日本国法体系上にはそれとは別の「認定職業訓練」がちゃんと存在します。

1969年の職業訓練法で、それまで技能者養成→事業内職業訓練と呼ばれてきた企業が自社内ないし共同でやる訓練のことを「認定職業訓練」と呼ぶようになったのですね。

そこには、企業内の訓練といえども、公共職業訓練と同じ基準できっちりやらなくてはいけないという外部労働市場中心の思想が色濃くありました。

それが70年代に内部労働市場中心になると、OJTを中心とした企業内能力開発への支援が政策の中心となり、「認定職業訓練」は職業能力開発促進法の中でもずるずると後ろの方に押し下げられていったのです。

で、時代は巡りめぐって、2011年、企業内訓練は縮小し、公的訓練も叩かれ通しという中で、失業者へのセーフティネットの一環として再びこの「認定職業訓練」という言葉が法律上に登場することになるというのも、いろいろな意味で感慨無量です。

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高等専門学校についての興味深いつぶやき

ある方のつぶやきに、高等専門学校についての興味深い指摘がありましたので、引用しておきます。「教育の職業的意義」とか論ずるなら、ここに書かれたことを表裏ともに踏まえておく必要があるのでしょう。

>中学時代、こんな下らん受験勉強で将来が決められるなんて冗談じゃない!と高専に行った。結果、受験勉強など7年間で一週間とせず大学院まで行けてしまった。こんなラクな脇道があるのにガチでセンター挑むとか考えられんわww

>5年間で大学相当の知識と、豊富な実習・実験で専門高校ばりの現場力も兼ね備えられるから、高専という教育システムは良いものだ。文科系の高専も作ればいいと思うよ。有力な専門学校を改組したりして。

>ただし高専は退学がめっちゃ多いんだよなぁ。大学なら留年なんてよくある話だけど、高専生は義務教育の中学生の感覚を引きずっているとこがあって、留年するとすぐ辞めちゃう。

>うちのクラスも44人入って、5年ストレートで出た人30人いなかったわ。3年や4年で留学生や高校(主に工業高校)からの編入生を補充するから、卒業人数だけ見ればさほど落ちてるように見えないけど実はごっぞり落ちてる。

>高専は工学に対する興味、やる気が無くなると終わる。私は受験勉強はめっちゃ嫌いだけど、専門の授業や実験は有意義に感じられたからさほど苦痛じゃなかった。逆に工学が嫌い・苦痛な人には高専は地獄だ。就職が良いからなんて動機でホイホイ入るとあっさり沈む

(つづき)

この方のつぶやきの続き。日本の教育制度への提言編。

>現状の高専は中学校の上位20%の生徒しか入れない上に、ほぼ工学系しかない。敷居が高すぎる上に品揃えが悪い。もっと拡充すべき。

>現実はそうなんよね~(´・ω・`) 工学系はこのくらいの定員でいいとしても、医療とか会計とかあったら選択肢が増えていいよねと思う。

>高専・専攻科という教育システムが優れているから、他の分野でも使うべきとおも。それにその方法で女子増えても、医療系と工学系高専はキャンパス別だろうとw

>純粋に教育システムとして、6334制より6352制の方が優れているのは事実。高専専攻科は貴重な成功例なのだから、文科省は自信を持って高専のシステムを他の分野にも拡大すればいいと思うよ。

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全国民的職業能力形成を目指して@職業能力開発総合大学校

20110131081712 職業能力開発総合大学校より、「わが国の職業能力開発の在り方に関する総合的研究」プロジェクトの報告書『全国民的職業能力形成を目指して』をお送りいただきました。

田中萬年さんもプロジェクトメンバーに加わっています。萬年さんのブログでも既に紹介されていますが、

http://d.hatena.ne.jp/t1mannen/20110131/1296425418

>本報告書は近く公刊する本報告の概要となる速報版です。全国の職業能力開発施設・関係者宛に発送された模様です。

 また、近く総合大のホームページにアップされる予定なので、その時はまたお知らせします。

現時点ではまだアップされていないようです。

最近私が述べていることとのつながりがありそうな記述をいくつかピックアップしてみますと、

>・・・わが国の「OJT中心の人材育成」とは仕事の経験の中で仕事の能力を育てる方式であり、そのパフォーマンスは高く評価もされた。だが同時に、それは個々の企業の事業として経営の責任で行われてきたため、能力が形成される過程が「仕事」の活動や「雇用」関係の陰に隠れており、「一人一人の国民の職業能力を形成する」という独立した国民的重要課題として広く表に現れてこなかった。そのことが職業能力の問題や職業教育訓練の問題についての議論が広く国全体に展開されないことにつながっているように思われる。

一方で職業教育訓練の必要性を説きながら、もう一方の手でその担い手を叩き潰したがる自公政権から現政権に至る一貫した傾向は、まさにこの「OJT中心で育った人材たち」の公的職業教育訓練に対する蔑視が根底にあるわけで、その精神構造の歪みを摘出することなくしては、事態の改善はなかなか難しいように思います。

アップされたらまた。

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政治部記者的感覚全開

別に毎日がどうこうというつもりはなく、どの新聞でも政治部記者のセンスというのはこういうものなんだろうな、ということで、取り上げるだけですので、誤解なきよう。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110203k0000m020070000c.html(社会保障改革:自公時代に議論回帰「政権交代の意味ない」)

>一体改革を担当する与謝野馨経済財政担当相は1月14日の就任会見で「麻生内閣でつくった会議の報告書の基調は、民主党政権下でも受け継がれている」と発言した。念頭にあるのは、08年の「社会保障国民会議」と09年の「安心社会実現会議」の報告書だ。

 福田内閣で発足した「社会保障国民会議」の特徴は、「小さな政府」を掲げた「小泉改革」に決別し、社会保障制度の機能強化と安定的な財源の確保を訴えた点にある。報告書は、無年金問題への対応や少子化対策の充実などを掲げ、15年度には消費税率換算で少なくとも3.3~3.5%程度の新規財源が必要との試算を示した。

 「安心社会実現会議」は、「国民会議」の議論を踏まえた上で、08年秋以降の経済・金融危機で失業などが社会問題化したことを受け、雇用確保にも力点を置いた。雇用・少子化対策の強化により、高齢者対策に偏重しない「全世代切れ目のない安心保障」を唱え、消費税を含めた税制改革のスケジュールも示すべきだと指摘。超党派による「円卓会議」の設置を求めた。

 民主党政権は政権交代時に消費税増税を封印し、無駄削減による財源確保を訴えていたが、現在は逆に野党に対し税と社会保障改革の協議を呼びかける立場に転じている。一体改革議論の下地づくりをするために昨年、政府が設置した「社会保障改革に関する有識者検討会」の座長には、「実現会議」で中心的役割を果たした宮本太郎北海道大大学院教授を起用。検討会の報告書は「実現会議」をほぼ踏襲した。

>・・・自公政権時に税と社会保障の議論を主導した与謝野氏と柳沢伯夫元厚生労働相も「集中検討会議」に参加。民主党政権発足から約1年5カ月を経て、自公政権時代の政策に回帰した格好だ。

どの政策が正しいのか、まちがっているのか、という問いかけだけが見事に欠落した、政局オンリーの政治部記者的感覚が全開の見事な実例と申せましょう。

この記者たちの論理からすると、政権交代した以上、その直前の政権と正反対でなければならず、ということは、その直前の政策というのが「「小さな政府」を掲げた「小泉改革」に決別し、社会保障制度の機能強化と安定的な財源の確保を訴えた」「雇用確保にも力点を置いた。雇用・少子化対策の強化により、高齢者対策に偏重しない「全世代切れ目のない安心保障」を唱え」たものであった以上、「小さな政府に回帰し」「社会保障の機能縮小と財源無視」「雇用確保には力を入れず」「高齢者に偏重した」「世代の切れ目のある」政策をとるべきだということになるはずですが、まあ、そんな政策次元の論理なんかはなから脳裏にはないのでしょうから、こんな皮肉を言ってもムダでしょうね。

そういえば、朝日新聞のWEBRONZAのBloggers Todayで、本ブログのエントリが転載されております。

http://webronza.asahi.com/bloggers/2011013100012.html(与謝野馨『民主党が日本経済を破壊する』文春新書)

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職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律案要綱

いわゆる「第2のセーフティネット」の法案要綱が、ようやく答申の運びになったようです。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011lac.html

>本日、厚生労働大臣は「職業訓練の実施等による特定求職者の就職の支援に関する法律案要綱」をとりまとめ、労働政策審議会(会長 諏訪 康雄 法政大学大学院教授)に、別添1のとおり諮問しました。
 これについて、同審議会職業安定分科会(分科会長 大橋 勇雄 中央大学大学院教授)及び職業能力開発分科会(分科会長 今野 浩一郎 学習院大学教授)において審議が行われた結果、同日、同審議会から厚生労働大臣に対して、別添2のとおり答申がありました。
 「おおむね妥当」とされたこの答申を踏まえ、厚生労働省としては、法律案を作成し、今期通常国会に提出する予定です。
 なお、法律案によって創設される求職者支援制度の主な柱は以下のとおりです。
・求職者の就職の促進のために必要な職業能力を高めるための職業訓練の機会の確保
・訓練期間中の生活を支援するための給付の支給
・訓練受講者に対するきめ細やかな就職支援

法案要綱はこっちですが、紙をスキャンしたものなので、残念ながらコピペできません。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000011lac-img/2r98520000011lf0.pdf

関心のある方はリンク先をどうぞ。

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だから、「怠けろ」じゃなくって・・・

小谷敏さんのつぶやきから、

http://twitter.com/binbin1956

>日本の若者が働かない、怠け者になったというのは大ウソである。居酒屋のチェーン店に行くと、若い男女が始終走り回っている。かの長友選手をして顔色を失わしめるほど走りまわっているのである。オランダのマクドナルドは一度撤退している。オランダ人があのハードな仕事に耐えられないからだ。

>日本の若者は働かないから駄目だというのはだから大嘘である。日本の若者が駄目なところは、怠ける能力がないことだ。無為怠惰に耐えられない、そこが問題なのだ。アルバイトの安い給料で長友選手をやるから阿漕な経営者に足元をみられるのだ。だからブラック企業が跋扈するのだ。若者よ、怠惰たれ!

>日本の若者が、生意気で、やなやつで、凶暴で、怠けもので、仕事をすぐやめるような輩ばかりだったら、大人たちは若者にびくびくして気を遣うだろう。暴れられると困るから、仕事も用意するだろう。辞められてると困るから職場で大事に使うだろう。若者があまりにいい人なので大人が図に乗っている。

ある面で共感するところもありますが、やはりこれではダメ。

そうやって、個人ベースでぽつりぽつりと「怠惰」闘争をやってみても、残ったハードワーカーがますますハードに働くことになるだけ。個人の「怠惰」も「暴力」も、阿漕な経営者をびくびくさせることにはならない。

始終走り回っている「長友選手」たちがみんなで示し合わせて、一斉に仕事をストップして、店が動かなくなって初めて、阿漕な経営者にメッセージが伝わる。

つか、それがストライキでしょう。それが集団的労使関係でしょう。

現代日本ではそういう感覚が失われているということが、こういうつぶやきからも窺われます。

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畠中信夫『法令読解ノート』

2 畠中信夫さんから近著『法令読解ノート』(全国労働基準関係団体連合会)をいただきました。ありがとうございます。

本書は、そうですね、『法制執務』のジュニア版と法学概論の入門編を一緒にしたような本とでも言えばいいのでしょうか。

第1章「法令及び法条文の組み立てのルール・わかりやすさの工夫」と第2章「法令用語の約束事~主要な法令用語の意味と使い方」は、霞ヶ関の徒弟奉公の初期に叩き込まれる条文の建て方や、「推定する」と「みなす」、「又は」と「若しくは」、「準用する」等々の法制執務知識がわかりやすく書かれています。

また第3章の「法が存在するいろいろな形~法源」と第4章「法秩序を構成している原理」、第5章の「法の解釈」は、まさに法学部1年生向けに偉い先生が喋るけれども大体あまり理解されない法学概論にあたるところを、具体的な労働法制にひきつけながら解説していて、学部生にも役に立ちそうです。

全基連のHPには、まえがきと本文のはじめのところがチラ見せ状態になっていて、

http://www.zenkiren.com/tosho/sample/img/hourei-dokkai1.pdf

まえがきに、まぜ畠中さんがこういう本を書こうとしたのかが説明されています。

>そういうことで、学生たちが、このような「法令読解力(Literacy)」の基礎を全く体系的に学ぶことなく、迷える子羊のような状態で、要領を得ないまま、債権法、会社法、手形・小切手法など学生の日常生活とは無縁の専門的法律を学ばざるを得ない状況に置かれているのだということに、今さらながら気付いて、学部の1年生を対象に、このような「法令読解の基礎」を体系的に教える講座を始めたわけです。(私自身、本書に書いてあるような知識は、大学で体系的に教えてもらったわけではなく、その大部分は、大学を卒業し、労働省に入り、1972(昭和47)年の労働安全衛生法の制定、1987(昭和62)年の労働基準法の改正などの立法作業や、多くの政令・省令・告示の立案作業に携わる中で、いわば身体で覚えたものでしたので、学生達には、授業という形で体系的に教えるべきだと思ったのです。)

霞ヶ関のOJTで身につけていたことを、教育課程化しようという試みですね。

この授業を受けた学生の感想:

>…自分は、この授業を受けて、ようやく「法学部生」になれたと思う。前期までの自分は、「主要な法令用語の使い方のルール」も、「法令を読む上での基本的な法概念」も、「法秩序を構成している基本原理」も、「判例の重要性」も、何も知らずに、憲法や民事法概論を学んでいた。この授業を受けなかった人の多くは、これらのことを体系的には習得することなく、あいまいなままで大学を出て行くのだろうと思う。自分は、これからあと3年、大学で法律を学んでいくための土台を、この講義で作れたと思っている。…

…今まで全く法律に触れたことはなかったので、六法の見方や、法令番号や、法令の構成や、ただし書き、柱書きの意味や、法令用語の使い方など、法律を学ぶための基礎の基礎を教えてもらって、本当に有難いと思います。正直、受講して良かったと素直に思える講義だったと思います。…

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