西谷敏『人権としてのディーセント・ワーク』
西谷敏先生から、近著『人権としてのディーセント・ワーク 働きがいのある人間らしい仕事』(旬報社)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/656
既に本ブログでも予告しているとおり、2月14日には日弁連のシンポジウムでご一緒することになっておりますし、そのすぐ後にも関西方面でご一緒することになっております。
本書では、拙著も何回か引用され、西谷先生のお立場からの批判が書かれておりまして、たいへん勉強になります。
>雇用の問題は、単に失業を減らすという労働市場政策の問題ではなく、たえず雇用の質、つまり雇用の安定性や適切な労働条件との関連で論じられるべきである。真面目に働けばぜいたくはできなくても一生安心して生活できる社会――今多くの労働者が真剣に求めるのはそうした社会であろう。そのためには、雇用の安定性や一定水準の労働条件の保障が不可欠なのである。
こうした働き方や生き方は、単に望ましいというにとどまらず、憲法がすべての国民に基本的人権として保障しているところである。いかなる制度を設計するにしても、人間として、社会として、これだけは譲れないという最低線があるはずであり、それを定めているのが憲法の人権規定である。日本では、その譲れないはずの線が大きく崩れているところに根本的な問題があるのではないだろうか。
目次は以下の通りです。
第1章 働くことの意味
1 労働への関心
(1)ニート・フリーター問題から派遣切りへ
(2)生活保障における雇用の位置
2 労働は苦痛か喜びか
(1)労働観の変遷――苦痛から喜びへ
(2)近・現代の労働への批判
(3)福祉国家と労働批判
(4)日本の労働者の意識
(5)労働の人格的・社会的意義
(6)条件に左右される労働の苦痛と喜び
第2章 ディーセント・ワークの権利
1 ILOのディーセント・ワーク概念
2 憲法とディーセント・ワーク
(1)願望か権利か
(2)勤労の権利(労働権)
(3)人間の尊厳と生存権
(4)差別禁止と均等待遇
(5)労働者の自由権と労働基本権
(6)自己決定権とディーセント・ワーク
3 今なぜディーセント・ワークか
(1)労働者状態の変化とディーセント・ワーク
(2)平成不況期以降の状況
(3)ディーセント・ワーク概念の現代性
第3章 安定的雇用――ディーセント・ワークの条件1
1 なぜ雇用の安定か
(1)恒産なくして恒心なし
(2)権利保障の条件
(3)雇用の人格的意義
(4)労働関係終了と自己決定
2 解雇の制限
(1)解雇権濫用の法理
(2)人員整理と解雇制限法理
(3)今後の解雇政策
3 退職と労働関係の終了
(1)退職の法的性質とその二面性
(2)退職の強要
(3)退職の自由と撤回
4 有期雇用と雇止め
(1)不安定雇用としての非正規雇用
(2)有期雇用の問題点
(3)有期労働契約に対する法の態度
(4)雇止め制限の法理とその限界
(5)有期契約の立法論の方向
(6)公務臨時・非常勤職員
5 労働者派遣
(1)間接雇用としての派遣労働
(2)直接雇用原則から間接雇用の拡大へ
(3)労働者派遣の今後
6 高年齢者の雇用
(1)高年齢者雇用の意義
(2)定年制の適法性
(3)高年法による雇用保障
第4章 公正かつ適正な処遇――ディーセント・ワークの条件2
1 ディーセント・ワークと賃金
2 最低生活の保障
(1)ワーキングプア問題解決の方向
(2)最低賃金制度
(3)官製ワーキングプア問題と公契約条例(法)
3 賃金の決定と変更
(1)賃金の安定性
(2)賃金の決定・変更の方法
4 賃金体系のあり方
(1)賃金体系の変遷
(2)能力・成果と労働者間競争
(3)評価・査定の客観性
(4)給与体系における職務、生活、年功
5 賃金差別の禁止
(1)均等待遇と差別禁止
(2)同一価値労働・同一賃金原則の法的意義
(3)性差別から非正規差別へ
6 非正規労働者の差別と均等待遇
(1)非正規労働者の賃金と現状
(2)差別は正当化されるか?
(3)必要とされる均等待遇原則の宣言
(4)非正規労働の将来
第5章 人間らしい働き方――ディーセント・ワークの条件3
1 労働と人とモノ
2 ディーセントな就労の権利
(1)就労請求権
(2)業務の内容・場所の決定と変更
(3)業務命令とその限界
3 労働時間と年休の考え方
(1)日本の労働時間
(2)労働時間はなぜ制限されるべきか
(3)労働時間規制の方法
(4)年休権の考え方
(5)ワーク・ライフ・バランス論の功罪
4 安全・健康・快適な職場環境
(1)職場「環境」と安全配慮義務
(2)脳・心臓疾患と過労死
(3)セクハラといじめ
(4)メンタルヘルス問題
5 職場における自由と権利
(1)ディーセント・ワークと職場における自由と権利
(2)服装の自由
(3)プライバシー権
6 就労の一時的中断
(1)問題の設定
(2)労働者の私傷病
(3)妊娠・出産、育児・介護
第6章 ディーセント・ワークが保障される社会へ
1 ディーセント・ワークの社会的意義
2 ディーセント・ワークと雇用政策
(1)雇用の維持と創出
(2)採用の自由と制約
(3)職業教育と訓練
(4)職業紹介とハローワークの役割
(5)失業者の生活保障と再就職
3 ディーセント・ワークと法的規制
(1)法的規制の緩和か強化か
(2)法的規制とその実現
4 ディーセント・ワークの主体
(1)権利主体の知識と意識
(2)労働組合の役割と発展の可能性
重要な論点はここで簡単に書くのは難しいのですが、たとえば労働時間規制の問題など、西谷先生と私の共通性と相違点がわりとよく出ているのではないか、と思います。248頁以降です。
西谷先生は、
>割増賃金の支払いを強制することが間接的に時間短縮につながる可能性があることは否定しない。しかし、長時間労働の効果的抑制のためには、もっと直接的な労働時間規制に重点を置くべきであろう。
と述べておられます。お読みいただいた方には分かるように拙著第1章でいいたかったこともまさにこれです。西谷先生はそこでEU指令の休息時間も書かれています。そして、注として
>これに対して、時間外労働に法律上の制限を課した上で、個々人の同意によってその延長を認めるという考え方(濱口桂一郎『新しい労働社会』46頁以下)には賛成できない。現状では、労働者が意に反して「同意」させられることが目に見えているからである。
と書かれています。ある意味仰るとおりであり、事実、その直後に、わたくしは
>もっとも、イギリスの例に見られるように、個別オプトアウトには実はかなり問題があります。特に日本では、男性正社員がこれを断るのは相当の勇気が要りそうです。「なるほど、君はもう出世をするつもりはないと、こういうことだね?」という上司の言葉を覚悟しなければならないかも知れません。
とも書いております。
おそらく、ここに現れているのは、現状ではいのちと健康に関わるような長時間労働すら青天井になっている状況下で、どの程度の妥協を現実的と考えるかということなのかな、と思います。本人の意に反してでも強制すべき基準はいのちと健康に関わるものであって、仕事と生活を両立させるための基準は(たとえ現状の労働社会を前提とすれば相当程度ザルになるにせよ)本人同意とせざるを得ないというのが、私の現時点の判断です。それを変えていくためには、むしろその背景にある労働社会のあり方自体を少しずつ見直していくしかないのではないでしょうか。
というような調子でやっていくと、本日のエントリの域を超えますので、とりあえずここまで。
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