さて、『現代の理論』新春号の特集「若者の貧困・未来は拓けるか」から、いくつか興味深い記事を紹介しましょう。
まず、毎度おなじみ(笑)の小林良暢さんですが、「若者無業と新卒採用システムの転換」が、現状を次のように分析しています。なかなかここまで書いたものはないので、ちょっと長いですが引用します。
>昨年の就職戦線がほぼ終えた2010年6月の時点での旧七帝大の内定率は理系・文系を問わず90%半ばであった。その気になりさえすれば内定がとれる状態だ。大学卒の就職戦線は、この内定率ほぼ100%の東大、京大を頂点として、以下、早稲田、慶応、上智の私学のトップクラスがほぼ90%前後と言われ、早・慶・上智の受験生が滑り止めにする「MARCH」と呼ばれる明治・青山学院・立教・中央・法政といったクラスが85%前後と、このあたりがおおよその相場のようだ。
さらに、日東駒専クラスになると内定率は75%、大東亜帝国クラスでは60%程度、さらに関東上流江戸桜と呼ばれる大学群になるとさらに下回る。関西でも、関関同立は80%台だが、産近甲龍クラスになると60%前後あたりのようだ。大学の就職戦線は、大学受験の「偏差値格差」がそのまま「就職格差」になるという、何ともわかりやすい階層構造になっている。これらの未内定者がすべて未就職者になるわけではなく、卒業時には地元の中小企業に就職したり、派遣やコンビニ、飲食業のバイトに就いていくのである。・・・
>このように就職戦線における「就職格差」とは、即「大学格差」、もっといえば大学受験時の「偏差値格差」そのものである。なぜこういうことになるかというと、企業は大学の教育成果などに鼻から期待しておらず、偏差値「素材」としての学生を買っているだけで、必要な教育は入社してから会社でやればいいと考えているからである。だから「良好な雇用機会」の場である一部上場企業の新卒採用枠は、文系でいえば東大・一橋を頂点に早慶上智「MARCH」「日東駒専」という偏差値の序列に従ってシェアされ、それからはずれた大学からの「就活」は苦戦を強いられ、よほどのコネでもないと排除されるという階層構造が出来ているのである。・・・
こういった認識から、小林さんは最近の提言や政府の施策を批判し、最後のところで次のように政策の方向性を示しています。
>企業は、新規学卒を大量にとって抱え込むという高度成長期の企業体力はなくなって「厳選採用」に舵を切っているのは、それが長期の雇用保障という大きなリスクを伴うことになるからで、それさえなければ若い人材を採用したいことに変わりはない。そうであるとすれば、新卒はまず契約社員で採用するとか、派遣社員で受け入れるなりして、そこから数年かけて「厳選」するのであれば、企業は採用に踏み切るだろう。
それには、正社員と非正規社員しかいない企業の現在の雇用制度を、契約社員、地域・職域限定社員、常用型派遣社員など中間的な雇用形態を新設することである。・・・
>これには当然正社員と中間社員、あるいは正規と非正規との「均等待遇」の実現が前提条件であることはいうまでもない。その具体的な方策が同時に求められている。そうすることで、学生から就業への「入口」の柔軟なアプローチが可能となり、後は「出口」の柔軟化も中間的雇用形態を活用してスムースに誘導する施策を整備することが可能となる。
わたしは「中間的」という形容詞を使うことには批判的なのですが、中身はおおむね小林さんと似た見解です。
吉田美穂さんの「労働法教育-若者の社会への移行支援」からは、心を衝かれるエピソードを紹介しましょう。
>勤務校ではアルバイトは届け出制で、アルバイトは生徒の日常の一部である。・・・携帯代はもちろん、定期や昼食代など学生生活に必要な費用をアルバイト代から出すように求める保護者も少なくない。
>現在の勤務校に着任した当初、私は生徒にとってのアルバイトの重みを理解できていなかった。教えてくれたのは生徒である。自宅近くのコンビニで、ある生徒とよく会うようになり、学校でも「バイト頑張ってる?」等と話すようになった。しかし、コンビニの競争は激しく、その店は開店から数ヶ月後のある日、閉店になった。次に学校で会ったとき、私は会話につきものの笑顔で言った。「コンビニなくなっちゃったね!」その時の生徒のこわばった顔は忘れない。「先生、笑いながら言わないで」。3年生のその生徒は就職が決まっておらず、卒業後にまで深刻なダメージを与える出来事だったのだ。・・・その後担任として生徒の生活をより深く知るようになると、平日は放課後4時くらいから10時まで、土曜日曜は朝から晩まで正社員並みの仕事を任されてガソリンスタンドで働く生徒や、ファーストフード店での早朝勤務と午後から夜までの勤務をこなして、失業した母親に代わって母子家庭の家計を担う生徒などに出合っていくことになる。
>アルバイトを始める高校生には、大人が思う以上に「お金をもらう以上、ちゃんと働かなきゃ」という意識が内面化されている。・・・「学校には遅刻してもバイトには遅刻しない」という言葉もよく聞く。「シフトに穴が空いちゃったから」と店のことを考え、一生懸命シフトを埋めることに協力する生徒もいる。時には早退してまで。・・・が、アルバイトに多くの時間を割くために、学校への遅刻・欠席が増える例も多い。
>そして彼らが就職する際には、アルバイトでの貢献や意欲はまったく評価されることはなく、学校生活への取り組みが調査書に記載されていく・・・。
上西充子さんの「大学教育と職業キャリアとの接続」から、最近の「中小企業へ行かないのは・・・」に関わる一節を。
>現在、就職状況が厳しい中で、比較的求人が多い中小企業に学生の目が向かないことが問題視されているが、中小企業の特定分野での競争力の高さや産業を下支えする力などに魅力を感じるためには、消費者目線で大企業にあこがれを抱く段階を超えて、より経済・社会の仕組みに関する理解が及んでいないと無理である。しかしキャリア教育の中で、経済・社会の動きを理解する力、それぞれの業界を詳しく理解する力、就職支援業者から与えられる情報だけでなく新聞やビジネス誌や専門誌などから得られる情報を読み解く力などを養っているかというと、そこにはなかなかキャリア教育の力点は置かれていない。また働く現実の中で遭遇するトラブルに対処するために必要な労働法制度に関する知識・理解も、促進されているとは言い難い。・・・
特集以外の記事も紹介しておきましょう。
といっても、昨日の改造で法相になった江田五月氏とか、早野・橘川対談のような政局に関わるのものはスルーして、矢代俊三さんの「どこまで行くのか知性の劣化」から、より本質的な部分をいくつか。
>・・・メディアはどうか。これまた同じ。領土問題にせよ、「自衛隊暴力装置」発言にせよ、領土問題は存在するし、官房長官発言としては褒められてものではないが、「暴力装置」、そんなのは常識ではないのか、左翼用語でもない。なぜ正面から論じる記事が出ないのか。出せないのか。・・・
>より深刻なのは、一線の部長やデスク、記者連中に教養のなさ、知性の劣化が進行しているのでは。論じるべき中身が分からず、上の方針を跳ね返す知力のレベルがどんどん低下していることを危惧する。
そして、やはりこの問題を
>最後にどうしてもひと言。読者の皆さんは、国の未払い賃金の立て替え払い制度をご存じだろうか。ほとんど知られていないが、労働者にとってはきわめて重要なセーフティネット。これは先の事業仕分けで原則廃止になった。・・・
>事業仕分けをやった連中は内容や現実を知らなかったようだ。これは劣化ではなくお粗末のひと言。それにしてもひどい話である。
労働法教育が必要なのは、高校生や大学生だけではなく、まずなによりも政治家やマスコミの連中なのかも知れませんね。
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