『同一価値労働同一賃金原則の実施システム 公平な賃金の実現に向けて』
森ます美・浅倉むつ子編『同一価値労働同一賃金原則の実施システム 公平な賃金の実現に向けて』(有斐閣)をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641173743
>雇用者総数の3分の1を占める非正規労働者。その多くが女性である。日本における詳細な調査とイギリスの事例分析をもとに,社会政策と労働法の研究者が,性と雇用形態に中立な同一価値労働・同一賃金の実現に向け,その実施システムを提示する。
というわけで、本書は職務評価システムを作成しようとする社会政策チームと、イギリス(とEU) の平等法制度を研究する労働法チームのコラボレーションの作品です。
はじめに 本書の目的
第1部 日本における同一価値労働同一賃金原則と職務評価システム
第1章 正規・非正規労働者の仕事観・賃金観
第2章 医療・介護サービス職の職務評価
第3章 スーパーマーケット販売・加工職の職務評価
第4章 日本における職務評価システムの論点
第2部 同一価値労働同一賃金原則と実効性の確保──イギリスを例に
第5章 イギリス平等法制の現時点と課題
第6章 イギリス法・EU法における男女同一価値労働同一賃金原則
第7章 非典型労働者の平等処遇
第8章 実効性の確保に向けて
第3部 同一価値労働同一賃金原則の実施システムの構築に向けて
第9章 日本の賃金差別禁止法制と紛争解決システムへの改正提案
第10章 日本における同一価値労働同一賃金原則の実施システムの構築
「はじめに」の冒頭にありますが、この研究はこの科研費研究の成果ということで、
http://kaken.nii.ac.jp/ja/p/18310168/2008/3/ja(日本における同一価値労働同一賃金原則の実施システムの構築-男女平等賃金に向けて-)
この「研究概要」が本書の内容を示しているので引用しておきますと、
>本研究は、社会政策研究者と労働法研究者の共同研究である。平成20年度(最終年度)は、各グループが独自の課題を追究すると同時に、本研究課題に沿ったまとめを行った。 1.社会政策グループは、2008年5〜6月にスーパーマーケット販売・加工職7職種(精肉・畜産、鮮魚・水産、青果・農産、惣菜、デイリー、ドライ、チェッカー・カウンター)および医療・介護サービス職3職種(看護師、施設介護職員・ホームヘルパー、診療放射線技師)を対象に「仕事の評価についてのアンケート」(回収数1647票)を実施した。本調査によって、これらの各職種の職務の価値と賃金との関係を明らかにすると同時に、結果の検証を通して、日本において同一価値労働を測定するための職務評価システムのモデルを構築した。 2.労働法グループは、2007年9月に実施したイギリス現地調査のフォローアップから「イギリスの同一価値労働同一賃金原則」に関する包括的な研究成果を公表した(『労働法律旬報』No.1675,2008年7月上旬号,「特集イギリスの男女平等賃金に関する調査」)。さらに、本研究のまとめに向けて、同一価値労働同一賃金原則の観点から日本の労働法の改正の方向性、同一価値労働同一賃金原則を実現するための紛争解決手続の構築、企業内部における平等賃金監査システム構築の可能性を検討した。 3.本研究からは、日本における同一価値労働同一賃金原則の実施システムの構築に向けて(1)労働法の改正の方向性、(2)男女/正規・非正規間の賃金格差に関わる紛争解決手続と企業における平等賃金監査システムのあり方、および(3)このプロセスで、平等賃金の検証と実現に不可欠な職務評価システムのあり方を具体的に提案する。
ということで、社会政策チームのやった医療・介護サービス職とスーパーマーケット販売・加工職の具体的な職務分析・職務評価が一つのウリでしょう。こちらを担当したのは、森ます美さんをはじめ、山田和代、大槻奈巳、木下武男、禿あや美、小倉祥子、遠藤公嗣の各氏です。一方労働法チームは浅倉むつ子さんをはじめとして、宮崎由佳、黒岩容子、秋本陽子、帆足まゆみ、内藤忍の各氏です。
このうち、JILPTの研究員で現在ケンブリッジに在外研究に行っている内藤さんの「実効性の確保に向けて」は、イギリスにおける具体的な紛争処理システムのあり方の詳細に分け入って解説していて、関心のある方々には有用でしょう。
総体的な感想としては、本来男女差別という人権論的世界で発達してきた間接差別法理とか同一「価値」労働同一賃金の考え方と、雇用形態差別という労働市場ルールの世界の考え方が、ややごっちゃに論じられている感があります。確かに、パート差別の問題は男女間の間接差別法理でもって発展してきたのですが、それはその方が武器が多く使えるからで、逆に言えば男女の間接差別でない(有期や派遣などの)雇用形態差別は、ヨーロッパでも武器が限られているわけです。
男女じゃない雇用形態差別に対する武器として、一体どこまで使えてどこまでは使えないのか、そもそも本書の標題になっている「同一価値労働同一賃金原則」が、一般的に雇用形態差別に使えるのか、肝心なそこのところの議論が、やや安易にスルーされている感を受けました。わたくしの知る限り、EUレベルでもイギリスにも、男女を超えた一般的「同一価値労働同一賃金原則」というのは明示的には存在していないように思います。フランスの破棄院判決にはあるようですが、その射程がどこまでなのかは、フランスの専門家にきちんと聞く必要があります。
日本の文脈でいえば、もう少し手前のところにかなり大きな問題があります。いうまでもなく、日本では「価値」の入らない「同一労働同一賃金原則」自体が確立しておらず、異なる職種間の職務評価の高低を云々する以前に、そもそも同じ仕事をしていても同じ賃金を払わなければならないとは全然考えられていないわけで、そういう「同一労働別々賃金」の世界に「同一価値労働」なる言葉を投げ込むと、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-fb7d.html(日本経団連の定義による「同一価値労働同一賃金」)
>むろん、企業としては、自社の従業員の処遇に関して、同一価値労働同一賃金の考え方に基づき、必要と判断される対応を図っていくことが求められる。
>ここで、同一価値労働同一賃金の考え方とは、将来的な人材活用の要素も考慮して、企業に同一の付加価値をもたらすことが期待できる労働(中長期的に判断されるもの)であれば、同じ処遇とするというものである。
>他方、同一労働同一賃金を求める声があるが、見かけ上、同一の労働に従事していれば同一の処遇を受けるとの考え方には問題がある。外見上同じように見える職務内容であっても、人によって熟練度や責任、見込まれる役割などは異なる。それらを無視して同じ時間働けば同じ処遇とすることは、かえって公正さを欠く。
と、日本型システムにおける職能資格制における賃金決定原理をそのままこの言葉で呼ぶという事態を招いてしまいます。
著者たちの熱意に水を差すつもりはないのですが、正直なところ、現在の日本でリアルな議論をしようとするならば、いきなり「同一価値労働同一賃金原則」を持ち出すよりも、まずは「同一労働同一賃金原則」からきちんと積み上げていった方がいいと思います。
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