フォト
2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

« 労働政策審議会会長見解 | トップページ | 意味なさすぎ »

2010年12月 1日 (水)

日本型雇用システムと職業訓練

Toshimondai 東京市政調査会から発行されている『都市問題』12月号が、

「特集1 : 日本の大企業の罪と罰」

「特集2 : 職業訓練のこれから」

という特集を組んでおりまして、そのうち職業訓練特集は次のようなラインナップです。

日本型雇用システムと職業訓練   濱口 桂一郎
地域における公共職業訓練の今日的展開と役割、機能  永田 萬享
困難な条件をもつ若者に対する就労支援――包括的支援がなぜ必要か  宮本 みち子
学校教育の職業的意義をめぐる課題  本田 由紀
労働組合による職業訓練――新たな存在意義を示せるか  斎藤 貴男

このわたくしの論文をこちらにアップしました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/toshikunren.html

つぎのような中身です。

>1 日本型雇用システムの構造
2 日本型雇用システムと企業内教育訓練システム
3 公的教育訓練システムの低い位置づけ
4 公的教育訓練システム中心の構想
5 企業内教育訓練体制の確立
6 職業指向型教育システムに向けて
7 公的職業訓練軽視政策の継続
8 日本版NVQの可能性
(追記)

この最後の追記というのは、校正の時に、どうしても入れたくて、本文の記述を少し削ってわざわざ入れてもらったものです。

>(追記)10月27日に行われた「事業仕分け」で、ジョブカード制度は廃止と判定された。民主党政権は職業訓練を目の仇にしているのであろうか。

まあ、ネット上にも、職業訓練を目の仇にして飽くことのない徒輩がうようよしていますからね。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-429.html不満を吸収する言説の危うさ

>その方がいくら口先で「私は労働者の味方ですよ」といったところで、その舌の根も乾かないうちに「労働組合なんか潰してしまえ」とか「公的職業訓練なんかムダの塊だ」といいそうで信用ならないのです。

>まあ、その典型が、上述のようにリフレーション政策を支持しながら、その一方でミクロな積極的労働政策を排除しようとしたり、地方の自己責任を強化しようとしたりする方々の言説なわけですが。

>もちろんリフレ派の中には通公認さんのように大きな政府を志向して、政治主導とか地方分権に懐疑的な立場をとられる方がいらっしゃることは承知しておりますが、その一方で、高橋洋一氏のように補完性の原理だけを根拠に地方分権を推進したり、田中秀臣氏のように日本型サラリーマンを推奨して公共職業訓練を担う組織を排除しようとするような方がいらっしゃるというのも事実だということです。

実際に、たとえば本エントリで指摘したような公共職業訓練などの積極的労働政策とか、生活保護や介護保険などの再分配政策の地方分権化などが、そのような一部のリフレ派の標的となって「仕分け」られているわけで、上記のような立場をとる私からすれば、「でもリフレ派だから許しちゃう」なんてことはどうしてもいえないのです。

>その意味で、私にとっていわゆるリフレ派が制御不可能な政治集団に見えてしまう理由は、リフレーション政策以外の政策を執拗に攻撃し続ける高橋洋一氏や田中秀臣氏を、リフレ派だからという理由のみでもって、許容するどころか称揚してしまっている点にあるのだろうと思います。このお二方の言説には執拗な官僚バッシングも共通してしますし、日本的雇用慣行が積み重ねてきた経緯がミクロに現われる組織の人事労務に対して、その経緯を無視した批判を繰り広げる点も共通しているように思われます。

« 労働政策審議会会長見解 | トップページ | 意味なさすぎ »

コメント

拙エントリを引用していただきありがとうございます。

なかなかコンパクトにまとめることができない性分なもので、やたら冗長なエントリになってしまっておりましたが、ポイントを引用していただいたおかげで私自身がよく整理できました(汗)

拙エントリは一部のリフレ派の人事労務管理に対する無理解を取り上げた形になっていますが、職業訓練と企業の関係でいえば、今日の貴エントリ「『都市問題』12月号のその他の論文」で取り上げられていた本田由紀先生と竹内洋先生の世代論にも通じそうな気がしました。今度図書館で借りて読んでみます。

それはおそらく、ある種の「リフレ派」がリフレという自分の「トッププライオリティ」以外に政策課題を認めない偏狭な精神の持ち主であるため、その政策課題として認めてはならないとされる領域については、自分が世代論的に植え付けられたある種のバイアスについて現実と向かい合いながらじっくり思考することによって再検討するという契機が欠落し、結果的に「無思考」のまま世代の常識に安住することになるからではないかと思われます。

もともと何も深く考えない人が自分の育った世代環境の中で植え付けられたバイアスに無反省であることは当然ですし、ある種の政治部記者の思考態様はそちらで説明した方がよさそうですが、ある種のリフレ派の場合は、そういう素朴な無思考というよりも、マクロ経済以外に政策思考を向けることに対する禁忌意識が作り出す、「訓練された無思考」とでも評すべきものではないかと。

まあ、だから逆に、政策思考を必要としない分野については、(禁忌に触れないので)安心してだらだらと思考を繰り出すことが出来るのでしょう。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日本型雇用システムと職業訓練:

« 労働政策審議会会長見解 | トップページ | 意味なさすぎ »