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2010年11月28日 (日)

トイレの女神と文化摩擦

今朝の読売の「編集手帳」がトイレ掃除について語っています。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20101127-OYT1T00945.htm

>トイレ掃除には不思議な力が宿っているようである。「トイレの神様」のヒットで今年の「紅白」初出場を決めた植村花菜さんの笑顔に、その思いを強くした

トイレには女神がいる、毎日きれいにすれば「女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで」という祖母の教えを守ってきた。国鉄職員だった濱口國雄さんの「便所掃除」という詩は、教師が子供にトイレの美化や掃除の意義を説く際、度々引用される

<扉をあけます/頭のしんまでくさくなります>で始まり、苦心惨憺の作業が綴られ、こう結ばれる。<便所を美しくする娘は/美しい子供をうむといった母を思い出します/僕は男です/美しい妻に会えるかも知れません>。トイレ磨きは人の心を磨く修業であろう

大手カー用品会社の創業者鍵山秀三郎さんは、10年にわたり黙々と社内のトイレ掃除を続けた。「トイレ掃除しかできない」経営者と笑われたこともある

社員が参加し始めて「社風」となり、社外からの研修希望が増えて各地の学校にもトイレ掃除は広まった。鍵山さん編著の近刊は「便器を磨けば、子どもが変わる!」である。

ここに引用されている濱口國雄の便所掃除という詩の全文は、

http://kaijyuu.chu.jp/kokoro/benjyo.html

にあります。上のコラムでは出てきませんが、この濱口氏は国労の活動家で、反マル生運動の闘志だったのだそうです。

hamachan、急に詩なんか持ち出してどうしたの?とお考えの皆様、ちゃんと話がつながります。

実は、今分析している個別紛争事案の中に、中国人の労働者が、素手で便器を掃除させられた、これはいじめだ、民族差別だ、と訴えている事案があるのですが、会社側は、新入社員にはみんな便所掃除をさせている、差別なんかしていない、と主張しているんですね。

たぶんそれは事実で、差別的意図やいじめというつもりはなかったのでしょう。しかし、便所掃除夫として雇われたわけではないのに、便器を素手で洗わされた中国人労働者がそれを「その会社の社員としての本来的義務」と感じることができなかったことも、また当然ではあります。

国労の活動家と中国人労働者の間にあるこの感覚の差。

こういうのは一般的には「文化摩擦」という名で呼ばれるわけですが、正確にいえば雇用システム間摩擦というべきかも知れません。

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