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« ジョブ型社会のジョブ保護規制-EU企業譲渡指令について | トップページ | 欧州議会のミニマムインカム決議 »

2010年10月 9日 (土)

「やりがい」型片思いメンバーシップの搾取

Htbookcoverimage 大変面白い、そしてさまざまなことを考えさせるドキュメントです。

著者は匿名の「エム」さん。

>仕事命、シングルマザーのエム(39歳)が入社したのは心身共にハードなベンチャー企業。常識はずれな要求と激務の末、職場の真ん中で倒れ、生死の境をさ まよった末、奇跡の復帰を遂げた彼女を待っていたのは、会社都合の理不尽なリストラだった。退職を余儀なくされたエムは、労災認定、未払い賃金の請求、パ ワハラ慰謝料を要求すべく、法律知識ゼロから会社に立ち向かった。人ごとではない、リアルで怖くて、しかも抱腹絶倒!? 読み出したら辞められないジェッ トコースター・ノンフィクション!

個々の事例は、ここでへたに紹介するより現物で直接読んでいただく方が遥かに迫真的ですので、ここではやや理論的に。

「心身共にハードな」仕事というのはさまざまにありえます。よく大企業の経営者が言いたがる「若い頃は金を払ってでも猛烈に働け」というのは、一定の条件下では必ずしも「ブラック」ではありません。その若い頃の猛烈労働が同じメンバーシップの仲間によってきちんと評価され、やがて年を重ねていくとともに利子が付いて戻ってくる、という仕組みがきちんと働いているのであれば。自分自身がそういう仕組みの中で会社の暖かいメンバーシップの中で育てられてきた大企業の中高年の人々がそのようにいうのは、少なくとも主観的には真実なのです。

一方、そんな保障などできるはずがない中小零細企業の労働者には、それなりの働き方がありました。労務と報酬がもっと短期的にバランスのとれた働き方でないと、預金がふいになってしまう危険性があるからです。これは必ずしも冷たい関係というわけではありません。中小零細企業にはむしろ地域に根ざしたほのぼのとしたメンバーシップ感覚もあったからです。

ベンチャー企業とは、要するに中小零細企業です。ほのぼのとした地域型メンバーシップじゃないハードな仕事ぶりの中小零細企業です。そして、そういうところが、本来保障できるはずのない長期的メンバーシップの代わりに「やりがい」というなんだかよく分からないけどやたらにありがたそうなお題目を掲げて、「心身共にハードな」仕事を労働者に要求し、労働者の側はそれに応じて限りなく自分自身を、そして仲間を搾取し続けるというのが、こういうベンチャー型ブラック企業の典型的な姿であるように思われます。

考えてみると、ある時期までは経済成長とともに大企業型のメンバーシップの及ぶ範囲が少しずつ拡大していったのでしょう。その中で、労働法がどうたらなどと下らぬことを喚いて将来の収入をふいにするような愚かな真似はせずに、若いうちは会社に預金するつもりで猛烈に働くことが、経済的に利益であったため、それが通俗道徳となっていったのでしょう。通俗道徳とは、「世の中はそういうものだから、ちゃんと従った方が身のためだよ」という向こう三軒両隣的な教えであって、それが相当程度現実に適合的であったがために、広がっていきます。

ところが、おそらく1990年代からそういうメンバーシップ型の領域は収縮を始めます。収縮した内部はそれがより一層濃縮されるので、昔若者だった世代よりもかなりハードな仕事ぶりになっていきますが、それでも一応メンバーシップの内部にいるので、我慢しないと今までのサンクコストがふいになってしまいます。しかし、その収縮した部分の先行きも次第に不明になってくると、これはいわばじわじわとブラック化が進んでいるということになりえます。自分が居たような大企業だけが日本の経済だと思っているたぐいの人が言いたがるのは主としてこの部分ですね。

それに対して、もともとそういう長期的なメンバーシップなどあり得ないベンチャー企業においては、「やりがい」という原価ゼロの商品で労働者を釣って、労務と報酬がバランスしないハードな働き方を調達するという、はたから見ればほとんど詐欺商法みたいなやり方で絶対的剰余価値を取得しているということになりましょうか。こういうのを経済外的強制とか言うと立派な学者に叱られそうですが、経済外的とは必ずしも物理的暴力に限らず、ある種の「大衆のアヘン」を使うのもありですから、「やりがい」という名のアヘンで釣るのも含めておかしくはないでしょう。

この状態というのは一種の片思い型メンバーシップといえるでしょう。企業の側は長期的なメンバーシップのなかでずっと守っていくつもりなどはなからないのに、労働者の側は恋い慕っているという。

(追記)

「ここでへたに紹介するより現物で直接読んでいただく方が遥かに迫真的」と書きましたが、やはり実例をいくつか引用した方が、読もうという気が起きるかな、ということで、本文中でゴシック体になっているところを。

>「本当にやる気がある人に来てもらいたいんです」

「やっていただきたい、お任せしたい業務がたくさんあります」

「残業代だってちゃんとつきます」

「仕事の価値って、時間やお金でははかれませんよね!やはり、やりがいでしょう!」

よーし、この会社で頑張らせていただこう!私の力を使っていただこう!

>「エムさん。我が社にタイムカードはありません」

「自己申告です」

「残業時間は全員、最初から決まっていますから」

「たとえエムさんが何十時間残業したとしても、25時間分の残業代しかお払いできません」

労働契約を交わしたときの月給額が、すでに「残業代込み」の金額だったという事実

>「いいですか。これからはあなたの部下がひとりでも残っている場合、帰宅するのは厳禁です。いいですね」

「そういう問題ではありません。とにかくそこにいることがあなたの義務でもあるわけです。早く帰れるなんて、まちがっても周囲に思わせないでください」

「上司になった以上、プライベートはありません。・・・本当に仕事が好きで熱意を持った、時間なんか関係ない!というアツイ人じゃないと、ここの仕事はやっていけませんよ。部下に見本を見せるのもあなたの大事な仕事とは思いませんか」

「我が社の全員が毎日書いている出退勤簿がありますね。これをエム主任の部下4名分、残業時間を書き直してもらいます」

「それを1ヶ月の合計が15時間ちょうどになるように帰宅時間を計算して、あなたが書き直してください」

>「いいじゃないですか。どうせどれだけやっても毎月給料は変わらないんです」

「ふざけるな、エム主任っ。こいつらがこんなに態度が悪いのは誰の責任だと思っているんだ?時間や金で仕事を計る人間ばかりじゃないか。それもこれも、普段からエム主任が早く帰ろうとするからだっ!」

「エム主任。明日からあなたの定時は夜の11時です。その時間を過ぎたら好きな時間に帰ってもいいことにしましょう」

>「我が社はベンチャー企業です。こういったことが嫌なら辞めればいいんです」

「しかし、若い女性が夜遅くの帰宅。もし何かあった場合、会社は責任をとれるのですか」

「仕事に男女は関係ありません。それにたとえ夜道でレイプされたとしても、この会社に入社を希望したという、本人の選んだ道だからしょうがないでしょう」

「それからあなたの部下を恋人と別れさせてください」

「恋人と別れないのであれば、会社を辞めてもらってください」

こういう調子でいちいち引用してるときりがないのですが、それでも、

>部下とはですね、上司城氏を育てなきゃいけない存在でもあるんですよ

とか

>100時間以下は残業とはいわないんですよ

とかという素晴らしき名文句が山のようにちりばめられています。

そしてやがて急性くも膜下出血で倒れ、そこから先のストーリーもまた絶品ですが、そこは是非お買い求めいただかなければ・・・。

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コメント

ハードワーク系ベンチャー企業における労務と報酬の"まとも"なモデルは、

「うちの会社は将来性はあると思うけど手元にお金が少ないから、事業がうまくいったら成果を山分けするから、(時間当たり)低賃金でがんばって働いてね」

だと思いますが、このモデルって事業がうまくいかないとただの激務・低賃金なんですよね。

しかもこのモデルがまともに機能するには、それなりにClever(※)な従業員がミドルリスクミドルリターンを明確に意図して参加する必要がありますが、実際には雇用の流動性の低い日本では、大企業・公務員に就職できなったあまりCleverじゃないむしろ低リスク嗜好の人が仕方なしにくることが多いという。

悪循環ですねぇ

※会社にホールドアップされないだけの能力がある&あくどい経営者に対しても最低限自分の身を守ることができる要領のある人

ベンチャー型ブラック企業が蔓延っているのは労働者側にも大きな原因があると思う。

まともな判断力があれば、使い捨て労働者として利用されているに過ぎないのは入社してすぐ気づくはず。

あくまでも大企業「型」というモデルについて語っているようなので、単純化は仕方ないのかもしれません。しかしリストラや過労死被害者への対応を考慮すると、大企業における「メンバーシップの仲間」の建前の部分に光を当て過ぎている気がします。会社側の対応もそうですが、労組でもリストラや過労死の裁判を支援したという話は、あまり聞いたことがありません。また大企業がクリーンに見えるのは、それこそ中小企業や派遣会社(専ら派遣など)、請負に負担を転嫁している(汚いことをやらせている)からだという側面にも目を向けた方が、立体的なモデルができるのではないでしょうか。

それから、社長を崇拝する「恋い慕っている」タイプの社員より、ただ他に一定の生活水準を保てる仕事がないから仕方なくブラック企業に勤めている社員の方が多いような気がします。それに対しベーシックインカム推進者なら、最低生活が保障されればブラック企業は淘汰されると言うでしょうし、具体的な財源の試算もなされ始めています。

一方、良心的なワークフェア/アクティベーション推進者にとっても、ブラック企業の淘汰は重要な課題だと思います。それで雇用創出といった場合、具体的にどれほどの予算をかければ、質のともなう「まともな雇用」を十分な量生み出すことができるとお考えでしょうか?もし試算などあれば教えて下さい。

ベンチャーとか、中小企業、って、大げさに言うと、日本ではブラックの巣窟、っていう感じになってしまいそうですが、本来、ベンチャー、中小、は、産業の活力、地域の活力を担うはずの存在ですし、これまた、「ヨーロッパでは」そうした企業を国が支える仕組みが工夫されているし、日本のように、そういう企業にはワークライフバランスなんてない!(私も、「うちには産休の制度はない!」-育休でさえなく、産休、というのがスゴイところ-と言われた人を知っていますが)、ということはないし、むしろ、ちょっと意欲のある労働者が、起業をめざすというのは、よく聞く話です。
毎度毎度ですが、なぜ、こうも違うのでしょうね。

揚げ足取り的で申し訳ありませんが、

>部下とはですね、城氏を育てなきゃいけない存在でもあるんですよ

の誤変換に笑ってしまいました。
確かに「城氏」にも育っていただきたいと私も思います。

10年ほど前に流行ったストックオプションが問題。
当時はたしかに派遣社員で家を買った人がいたらしいが、
それを狙うベンチャー企業がストックオプションを与える代わりに
年収を抑えるようにした。

結局、市場が急変してストックオプションを行使できなかったのに、低く抑えられた賃金は既成事実となって放置された。

転職の際に、それまでの年収を申告し、
その額をベースに話が進んでしまう。

もっとも、市場価値のある人は高額で転職していったが
そうでない人は・・・。

あれはいったい何だったんだろう。

勤務医の多くが体験したようなデジャブ感があります(笑)

医療従事者の多くが、給料以外のモチベーションのために、病院の標語(「患者さまのために!」とか、「キリスト教精神に基づいて!」とか。。。)で倫理観を麻痺させられて低賃金、長時間労働、(+違法労務管理)で酷使されてます

ぜひ、医療業界にも目をお向け頂ければ、究極の違法労務管理の姿も見えてくるだろうと思います(医師については給与水準は高いものの、労働時間や責任は地方ほど悲惨で恐ろしいものがあります)

いろいろ調べているうちにみつけたものですが、厚生労働省のサイトに、同省の政策の評価が公表されています。http://www.mhlw.go.jp/wp/seisaku/index.html
どの事業、あるいはどの分野の政策、という風に調べるのはけっこうめんどくさいですが、「ワークライフバランス」というか、労働時間については、
http://www.mhlw.go.jp/wp/seisaku/jigyou/09jisseki/dl/09jis_iiia04.pdf (要旨)
http://www.mhlw.go.jp/wp/seisaku/jigyou/09jisseki/dl/09jis_iiib04.pdf (評価書)
がアップされています。
これを読んでもなかなかわかりにくいのですが、どうも、厚労省の政策は有効で、政策目標はけっこう達成されている、と書いてあるような気がします。そうなのかなあ・・・・。
厚労省をおちょくりたいわけではなく、そもそも、厚労省って霞ヶ関では最もWLBから遠い組織であることはじゅうじゅう承知なので、「成果が出ている」と書かなきゃいけないんだろうなあ、とお気の毒に思ったりもしますけれど、でも、政策の成果については、国民の税金でやっているんですから、実際のところを、かつ、わかりやすく書いてほしいです。

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