木村琢磨『戦略的人的資源管理 人材派遣業の理論と実証研究』
木村琢磨さんより、近著『戦略的人的資源管理 人材派遣業の理論と実証研究』(泉文堂)をお送りいただきました。ありがとうございます。
この本は、メインタイトルはなんだか経営学部の教科書みたいですが、サブタイトルは我々にとってとても興味をそそるものになっています。
そして、本の構成も、まさに二重構造になっています。
目次は
序章 戦略と人的資源管理
第1章 事業環境分析
第2章 事業戦略
第3章 戦略と役割行動
第4章 情報の収集と転写―コミュニケーション
第5章 コンフリクトと交渉
第6章 問題解決と意思決定
第7章 人材育成
終章 まとめ
となっていますが、この各章が、それぞれ理論編と実証編に分かれているのです。
率直に、私の素朴な感想を言いますと、この理論編て、要るのかな?という思いがしました。もちろん、それは私の関心がもっぱら派遣業の具体的な戦略にこそ関心があるから、ではあるのですが、「理論編」の記述があまりにも一般的というか、教科書的であって、派遣業界の現実とのつながりが、正直言って今ひとつ見えにくい印象です。そもそも、人的資源管理、って、一般理論から演繹的に降りてくるものなのかなあ?という疑問もこれあり、「要るのかな?」と感じた次第です。むしろ、派遣業の実証研究から帰納的に一般的な理論を導くような記述であれば、興味深く読めたかも知れません。
それに対して、各章の後半をなす実証編は、まさに前人未踏というか、派遣業の派遣する側の有り様を、きめ細かく、かゆいところに手が届くような筆致で分析していて、これはもう派遣業を語る人必読という感じです。
これはやはり、木村さんが研究者になる前に、人材派遣会社に就職し、営業担当者として活躍されていた経験が、研究者には見えにくい重要なディテールにきちんと目がいくように役立っているのであろうと推察されます。こういう「カン」って、結構重要なんですよ。
とりわけ、第5章の「コンフリクトと交渉」、第6章の「問題解決と意思決定」のあたりは、ヒトという独立の意思を持って行動する特殊な「商品」を継続的にサービス提供し続けるという特殊な業態からくる能力の必要性がビビッドに描かれています。
営業担当者は普段派遣先にいるわけではないので、トラブルを未然に防ぐといっても限界があるし、トラブルが発生したからといって、うかつな対応をするとかえって事態を悪化させることもあります。「伝書鳩」じゃだめだ、という記述がありますが、労働局の個別紛争あっせん事案でも、この「伝書鳩」的な事案がありました(30616)。
派遣労働者本人が派遣会社の営業担当者に、やる気が出ないので、どれだけの成績を上げれば時給を上げてもらえるのか、派遣先に聞いて欲しいと言い、それを聞いた営業担当者が派遣先に伺って問い合わせたところ、派遣先担当者は成績も上がっていないのに時給を上げて貰う交渉に来たことと、このままではやる気が起こらないという本人の言葉に大変不快感を覚えたようで、派遣先の方針にそぐわないというの判断で、明日から来なくていいという指示を出され、その1時間後に(派遣会社の)社長が交渉に伺ったが、話し合いは平行線をたどり、その派遣先に人材を派遣できるのはその日までとなった・・・、という事案です。
もちろん派遣先にも大きな問題があるし、何らかの対処も必要ではありますが、それにしても、この担当者、「ガキの使いやあらへんで」という感じではありますね。「コミュニケーション能力」の問題と言うべきか。
いずれにしても、少なくとも各章の実証編は派遣問題に関心を持つ方々には必読の研究書だと思います。
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ご紹介ありがとうございます。
この場で言い訳もなんですが、研究書としてではなく講義テキストとしての出版なので、「理論編」を入れ、実証編は例として入れる位置づけになっています(講義ではさまざまな業界を扱いますので)
投稿: 木村琢磨 | 2010年10月20日 (水) 17時53分
ご来訪ありがとうございます。
事情を無視した乱暴な書評をお許し下さい。
そうですね。現下の厳しい出版事情の中、一定の部数の見込める講義テキストとして出版されたわけですから、その中にこれだけ派遣業界の実態がリアルに分析された記述が含まれていることを素晴らしいと考えるべきでしょう。
今後のさらなるご活躍を祈っております。
投稿: hamachan | 2010年10月20日 (水) 20時24分