JIL雑誌9月号「若者の雇用問題:20年を振り返る」その2
昨日は、居神さんの論文を紹介しましたが、その他をいくつか。
児美川孝一郎さんの「「若者自立・挑戦プラン」以降の若者支援策の動向と課題」は、冒頭に新自由主義との関係についてのややマクロ社会的な議論、次にキャリア教育をめぐる動向で、最後にややマクロ的な問題提起となっています。
枠組みとしては、第1ステージの新自由主義が市場原理主義で、それが生み出した諸矛盾に対応すべく第2ステージの新自由主義として「排除」から「包摂」へという中で若者政策が出てきたということです。とはいえ、
>日本における第2ステージ新自由主義が採択したのは、同じ時期の欧米諸国における「ワークフェア」の路線よりも素朴で、いってしまえば”腰の引けた”政策展開だった
>日本では、そもそも若者手当などは存在せず、就労して雇用保険に加入していない限りは、失業手当が給付されることもない。ワークフェアをやりたくても「義務」とトレードオフすべき「権利」が存在していないのである。
この点は、一昨年末にOECDのアクティベーション政策調査団が来日したときに、わたくしが説明した点でもあります。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/oecd-dd50.html(OECDアクティベーション政策レビュー)
その背景について、児美川さんは
>一定の財政支出を覚悟してでも、「社会的包摂」を回復しなくてはいけないという点への国民的コンセンサスが得られないからでもある。このあたりは、労働組合や社会民主主義政党をバックに、国家を”壁”にして福祉国家を作り上げてきた伝統を持つ西欧諸国と、そうした経験がなく、企業の経済成長と社員への福利厚生を頼りにして”擬似的”な福祉国家(的体制)を実現してきた日本との落差が、大きな影を落としているということができるかも知れない。
と語っていますが、ここは大変重要です。日本の「さよく」な方々(「社会」とか「民主」とかいうタイトルを掲げている方々も含む)は、「国家を”壁”にして福祉国家を作り上げる」どころか、企業福祉体制にどっぷりつかりながら、そのことに無自覚なまま、”国家”にちょっとでも関わり合いがありそうなものを片っ端から蹴っ飛ばして、「ああ、自分は清らかだ」と脳内のみの精神の安らぎを得てきたわけです。
そして、こういう「さよく」的反国家イデオロギーがそのままずるりと(笠井潔風の新左翼的アナルコ・キャピタリズムを経て)新自由主義への熱狂に流れ込んでいったのが、この「失われた20年」の社会思想史的素描なのであってみれば、この問題は根深いのですよ。
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