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2010年7月13日 (火)

福祉における子どもと高齢者の非対称性

ニッセイ基礎研究所の遅澤修一氏が、「福祉における子どもと高齢者の非対称性--なぜ老人手当ては問題にされないのか-」という面白いエッセイを書いています。

http://www.nli-research.co.jp/report/researchers_eye/2010/eye100712.html

>子ども手当てに関する批判が止まない。

>だが不可解なのは、子ども手当てに対してだけ、なぜこれほどまで風当たりが強いのかということである。たとえば、基礎年金の3分の1には税金が投入されている。少なくとも税金部分については、言わば「老人手当て」と呼んでもよいはずだが、これは所得や資産に関係なく支払われるバラマキである。子ども手当ての批判に照らして言えば、富裕層にまでばらまき、後の世代にツケを回し、消費性向が低い層に金を流すので景気対策にもならない政策が、何の批判もなく継続されているのである。また、年金以外の社会保障分野でも、基本的に賦課方式の考え方に基づいていれば、貧しい現役世代から豊かな高齢者への逆流が起こりうる。

>既得権を持つ団塊の世代以前の高齢者が強い政治力を持つことも一因だろう。結局、社会保障政策において、世代間格差は問題にされず、「老人手当て」が既得権化してしまうのである。

と、ややもすれば高齢世代の既得権批判になってしまいがちなのですが、福祉といえば高齢者にお金をばらまくことであって、子どもにかかる金は正社員の生活給で面倒見るものという思想が牢固として強いことが大きいのでしょう。

純粋なリバタリアンの立場からすれば、高齢者であれ子どもであれ、一切バラマキは許されないとなるはずですし、西欧型社会民主主義の立場からすれば、高齢者も子どもも、自分で稼げない人々は社会全体で面倒を見るということになるのでしょうが、日本型システムにおいては、高齢者は豊かでも社会全体で面倒見るけれども、子どもは貧しくても親が面倒見ろよな、となるということではないでしょうか。少子高齢化するはずです。

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コメント

ねじれ

http://anond.hatelabo.jp/20100709233738

これもそうですね。(現物給付がシャツやカップラーメンを給付していることを指していると思っているのじゃなかろうかというのはさておいても)

・純粋なリバタリアンなら自分のものになった金をパチンコに使おうが(麻薬につかおうが)自由なはずなのに
出てくるのが
・パチンコを法律で規制したり、国(政府)が強制的にギャンブル中毒を治療させることを望む
という感性

不思議です

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