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2010年7月

埼玉県が生活保護家庭の教育支援へ

産経の記事ですが、

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/100731/trd1007311342007-n1.htm「貧困連鎖」絶て!生活保護家庭の教育支援 埼玉県が全国初

>生活保護受給世帯で育った子供が成人後、再び生活保護を受けるなど「貧困の連鎖」が問題化していることを受け、埼玉県は都道府県として初めて、県内の生活保護世帯の全中学3年生を対象に、教育支援事業を実施する。予算額は約1億1千万円。県議会の議決が得られれば、9月からスタートする。

>県は、中学卒業後の進路が、貧困の連鎖の一因になっていると分析。新事業では、教員OBなど約20人の教育支援員を県内市町村の福祉事務所に派遣し、県内の生活保護世帯の中学3年生約800人を対象に教育訪問を行い、養育相談を受け付ける。

>県の担当者は「時間はかかっても、貧困の連鎖を断つためには結局、教育しかないと考えている。地道に取り組んでいきたい」と話している。

>関西国際大の道中隆教授(社会保障論)の話「埼玉県の取り組みは全国でも例がなく画期的だ。貧困の固定化と世代間連鎖は、わが国が直面する非常に大きな課題だが、まだ十分に注目されていない。格差を生み出すのが教育なら、格差を埋めるのも教育ということを忘れてはならない。教育への公共財の投入を増やし、高校の義務教育化も考える時期にきている。奨学金制度の充実も必要だ」

これは久しぶりによいニュースです。

Isbn9784569697130 埼玉県といえば、『生活保護とワーキングプア』を書かれた大山典宏さんがおられるところですが、今回の政策に何らかのつながりがあるのでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_d0c9.html(湯浅誠『反貧困』をめぐって)

>湯浅氏の著書を読み物として読むと、福祉事務所に何回行っても追い返されていた人が、湯浅氏がついていくとすぐに生活保護の手続がされるなどというところで、ざまあみろ悪の権化の福祉役人め!と、まさに勧善懲悪的快哉を叫びたくなるところですが、実はそう単純明快な話ではないということを理解するためには、もう一冊、埼玉で生活保護のケースワーカーをされていた大山典宏氏の「生活保護vsワーキングプア」が必読です。

(追記)

本事業は、まさに大山典宏さんが担当されていました。

なお、これは「生活保護受給者チャレンジ支援事業」の3本柱の一つで、第1は職業訓練により自立をめざす事業、第2は無料定額宿泊所からアパートへの移行をめざす事業、そして第3がこの貧困の連鎖を防止するための教育支援事業です。

このうち第2の事業については、7月9日の毎日新聞(夕刊)に報じられていました。

http://mainichi.jp/select/science/news/20100709k0000e040055000c.html(無料低額宿泊所:入居者の転居支援 埼玉で全国初)

>入所者の金銭管理や処遇などでトラブルが相次いでいる「無料低額宿泊所」の問題で、埼玉県は9月にも、長期滞在している入所者をアパートや老人ホームに移し自立や就労を支援する事業を始める。半年で500人の転居を目指す。県によると、宿泊所入居者の転居に向けた行政支援は全国初という。

 無料低額宿泊所は、路上生活者に生活保護を申請させ、狭い居室で高額な家賃や食費を取る「貧困ビジネス」型施設も多い。月額13万円(50歳単身)の保護費のうち、宿泊所に10万円近くを納めさせるケースもある。入所者は限られた費用で生活するため滞在は長期となり、「自立」にはつながりにくいのが現状だ。

 このため県は、社会福祉士会などを対象に事業を引き受ける組織を公募。入所者に支援員を付け家賃4万円程度のアパートなどに移るよう促す。敷金・礼金や引っ越し代は、保護費に上乗せして支給される。転居後、知的障害や精神疾患を持つ人には医療機関の受診などを勧め、職業訓練や就労、日常生活も支援する。支援員は40人規模を想定し、予算額は約1億5000万円。

 厚生労働省によると、無料低額宿泊所は首都圏を中心に全国に439施設あり1万4089人(09年6月末)が生活している。このうち、埼玉県内では36カ所に2073人(10年4月)いる。

 生活困窮者を支援するNPO法人「ほっとポット」(さいたま市)の藤田孝典代表は「行政はこれまで、生活保護費を支給した後は無料低額宿泊所に丸投げしていた。入所者をきちんと福祉に結びつける全国のモデルになる動きだ」と評価する。【稲田佳代】

住宅や教育という、本来社会政策の重要な柱であるものが、社会政策としてきちんと位置づけられていないという日本の問題は繰り返し指摘されているところですが、埼玉県の生活保護行政において、国レベルではなかなか縦割りの中で動きにくい本来の社会政策ワイドな問題意識に基づいた事業が行われようとしていることは心強いことです。

本当の政治主導というのは、こういうことを実行する構想力のことであるはずなんですが・・・。

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『人材ビジネス』8月号

201008 『人材ビジネス』8月号に、「国際基準を無視した「政治主導」 派遣法自体の問題点を直視せよ」を寄稿しました。

http://www.jinzai-business.net/gjb_details201008.html

ちなみに、この8月号の特集「9月政変と派遣法改正」の冒頭近くで、派遣法改正案の今後の動向について3つのシナリオなるものが書かれています。なかなか興味深いので、コピペしておきます。

>与野党の政界関係者の見通しを総合すると、現実的には次の3つの展開に集約される。

①2カ月間の短い今秋の臨時国会で、あえて審議を再開。「時間切れ」による廃案にして「ゼロベース」に戻す②野党(自民、みんな、公明)の修正案に大幅に譲歩して、来年の通常国会で成立させる③法案は「塩漬け」にしたまま、復活した党の政策調査会で取り上げ、民主本来の考えに基づく法案を出し直す――のシナリオだ。

①は民主党の対外的な〝思惑〞が色濃い内容で、当時、連立相手だった社民に配慮し過ぎた法案を「なし」にしたいのが本音。しかし、閣議決定までした体面と、支持母体の連合が可決を目指しているため、「やるだけやったが、直近の国民の支持を集めた自民、みんなの党などに潰された」との大義を保てる手法だ。

②は、すり合わせに一定程度の時間を要する。それだけに、骨格は今年末までに固め、詳細は来年の通常国会期間中に行う形となる。

③の「民主本来の考え」については、「月刊人材ビジネス」09年10月号(7ページ)と、今年7月号(11ページ)に詳細を記している。

いずれにせよ、参院選敗北を踏まえた常識的な展開は、「規制一辺倒にブレーキをかける」に流れるのが必至の情勢だ。

わたくしには狭義の政治業界のことはよく分かりませんので、これについても何とも言えませんが、こういう観測があるということのようです。

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サルコジ大統領がジプシー追放命令

あんまり日本の新聞は報道していないようですが、フランスのサルコジ大統領が不法入国のロマ族(いわゆるジプシー)の違法キャンプを叩き潰して国外に追い出せ!と命じたようです。

http://euobserver.com/851/30557(Sarkozy targets Roma for explusion)

>French President Nicolas Sarkozy on Wednesday (28 July) announced his government is to order police to round up allegedly illegal migrants of Roma ethnicity for expulsion from French territory and destroy their encampments.

The announcement was the result of a cabinet meeting dedicated to the subject called after officers shot and killed a gypsy youth in the Loire Valley, provoking a riot by others of his community.

ロマ族の若者警官が射殺する殺されるという事件があり、暴動に発展したようです。

>Mr Sarkozy said that Roma encampments established illegally "will be systematically evacuated."

>The president's office put out a statement accusing the camps of being "sources of illegal trafficking, of profoundly shocking living standards, of exploitation of children for begging, of prostitution and crime".

ロマ族の違法キャンプは犯罪の巣窟だ、と。

彼らロマ族の多くはルーマニア、ブルガリア出身で、政治的動機により進められてきたEU拡大の一つの裏面ということになるのかも知れません。

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法律抜きに公務員労働問題を論じても役に立たない

金子良事さんが、先日の刑務官の話の続きを書かれていて、部分的には同感できるところもあるのですが、根本的に、公務員労働問題は公務員法制によって規定されているという点についての認識がいささか足りないのではないかと思われる記述が散見され、この問題に詳しい人であればあるほど、「なんやこれ、なんもわかっとらんやないか」になってしまう危険性が高いように感じられます。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-169.html(対案なしでは議論にならない:続刑務官の待遇改善のための労使関係論)

このエントリを読んでも、国家公務員法における争議禁止規定を削除させることがまず第一とは書かれていません。その中で、

>たとえば、ストを打つということです。争議権がないじゃないかですか。それはそうですね。でも、少し考えてみましょう。ここ数年間で印象に残っているストは何でしょうか。私の中では2008年の漁業と2004年のプロ野球です。両方1日しかやらなかった。それもやる前からストをやる事実上の意味はほとんどなかったんです。でも、彼らは実行した。社会にこういう問題があるよと訴えるために。

というのは、端的に刑罰の対象となる犯罪行為を断行せよと煽り唆しているのと同じことです。

プロ野球選手は労働者性の問題があり、労働組合法上の保護を受けられるかどうかという問題はあります。しかし、保護が受けられないとしても、それはそれだけのことであり、ストをやったプロ野球選手が刑事罰を受けるわけではありません。

労働組合法上の保護の有無如何に関わらず、プロ野球選手が「社会に訴えるために」ストライキをやることは刑罰の対象となる犯罪行為ではありません。

>刑務官は本来、ストを起こすべきではない立場にある。しかし、にもかかわらず、ここで訴えなければならない、という文脈だとかえって争議権なんかない方がいい。もちろん、実際、本格的に1日ストを打ったら大変でしょうから、治安維持が出来るギリギリの範囲で、部分的に何かの業務をやらない、という形で十分です。それで十分に社会の関心を集めることが出来るでしょう。

団結権のない刑務官であれ、団結権だけはある普通の非現業公務員であれ、あるいは団体交渉権まである現業公務員であっても、ストは「起こすべきではない立場」などという生やさしいものではありません。法律で禁止される犯罪行為でおり、あえてやれば刑事罰が科せられます。

このあたりの感覚のずれは、公務員労働法制を語る上ではいささか致命的であるように思われます。

わたしの年代では、スト権ストというのはリアルな体験なのですが、それこそまさに労働基本権問題に「社会の関心を集めるため」に「ここで訴えなければならない」と、事態を勘違いした指導者たちによって多くのランクアンドファイルが振り回され、やがて手痛いしっぺ返しを受けることになった出来事でありました。しかし、それはある意味で自業自得であったのです。

そういう歴史的経験を知っている人を相手に、あまり迂闊な発言はいかがなものかと思います。労使関係は単色ではありません。

(追記)

金子さんがリプライ「お叱りにお答えして」を書かれ、そこにわたくしがコメントしていますので、ご覧下さい。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-170.html

おそらく、研究者同士のやりとりとしてであれば、「もう一歩踏み込んで内在的に根本的なレベルまで批判して欲しかった」というお言葉はまことにもっともであったと思われます。

しかしながら、まさに道理を知らぬ者たちから無理無体な悪者攻撃を受けている中で、一歩でも二歩でも物事を進めようとしている実務の世界の無名の原田甲斐たちからすれば、

>ちなみに、こういう問題を考えるときには労使関係論の教科書なんか読んでも全くダメで、読むなら山本周五郎の『樅の木は残った』新潮文庫に限ります。

という言葉はあまりにも悲しいのではないか、ということです。言う相手を間違えています。

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中山慈夫『就業規則モデル条文 第2版』日本経団連出版

Bk00000200 経営法曹のリーダーのお一人である中山慈夫さんから、『就業規則モデル条文 第2版』日本経団連出版をお送りいただきました。ありがとうございます。

本書はまさに企業の人事担当者が就業規則を担当するときに安心して使えるこの一冊というものでしょう。

第1章 就業規則のルール
第2章 総則
第3章 人事/採用/試用期間/異動/休職/解雇・退職
第4章 服務規律/就業等/施設管理/出退勤/欠勤
第5章 労働時間/所定労働時間/裁量労働制/時間外
第6章 休暇、休業/年次有給休暇/育児介護等の休業
第7章 賃金/総則/基本給・各種手当・賞与/昇格・昇給
第8章 退職金/退職年金
第9章 安全衛生・災害補償
第10章 表彰・懲戒
第11章 教育・研修、福利厚生、職務発明
第12章 非正社員/就業規則作成の留意点と記載事項

第2版の特徴は最後に非正社員に関する章が設けられていることです。

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2010京都自治研集会

本日、自治労京都府本部と京都地方自治総合研究所主催の2010京都自治研集会で「日本型雇用システムにおける非正規労働とセーフティネット」というテーマでメイン講演をして参りました。

http://www.jichiro-kyoto.gr.jp/img/temp/autonomy1.gif

「現場力を活かした職場からの公共サービスの再生・改革」というメインテーマにどれだけお役に立てたか分かりませんが。

わたくしの講演の前に山田副委員長が基調提案として話された中で、

>地方分権の推進によって、住民を中心にした地域の意思決定がこれまで以上に重要になります。自治を高める観点から、自治体・公共サービス労働者がどのように地域住民と意思疎通を図り、政策形成を進めていくのかが問われます。

という一節がありました。

それ自体はまことにもっともなことだと思うのですが、地方分権の推進が、そして住民を中心にした地域の意思決定が、ただちに公共サービスの充実という方向に向かうかどうかは、まさに地方自治の質が問われる面もあるのではないかという気もします。

偶々、黒川滋さんのブログに、こんな実例が載っていました。これは阿久根市ではなく、東京に隣接する朝霞市のことなんですね。

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2010/07/729-69e5.html(とんでもない俗論がまかり通る朝霞市の外部評価委員会)

>知り合いの友人が今年から始まった朝霞市の外部評価委員会なるものの傍聴をしてひどいというので、メールを送ってくれた。
外部評価委員が①介護・福祉、②保育サービス、③地域ブランドがターゲットとして選ばれ、①②については、ムダだ、非効率だ、費用対効果は、受益者負担を求めよ、家族がやれ、の発言のオンパレードだったらしい。
だいたい、ムダなハコモノ大好きな朝霞市役所を洗い直すのに、なぜわざわざ福祉分野を標的にしたのか、委員たちのセンスに理解が苦しんでいる。元気な「行革じいさん」が好きなことやってるなぁと思って、市役所への電話確認をあわせて、こういうことらしい。

・・・私に事態を教えてくれたメールではさらに、地主議員が学童保育について家庭責任と言い切ったようだし(市議会議員をやっていられるような道楽地主に働いている人の気持ちなんかわかるかと思う)、学童は3年ごとに価格入札にかけて人件費をダンピングさせる指定管理にしろ、と言っているようだし(今の直営でもアルバイト並みの給料で働かされて、大したコストはかかっていない)、緊急時の子ども保護のためのトワイライトステイが予算確保されているだけで使われていないという理由だけでムダと断定しているし、子どもに関わる政策の基礎的な知識やルールも知らずに、行革用語をオンパレードして、ミニ蓮舫を気取っている委員ばかりらしい。

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労働政策フォーラム

本日は、昨日までとは打って変わった土砂降りの雨の中、わざわざJILPTの研究成果報告会にいらしていただき、ありがとうございました。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/info/201007.htm

会場はびっしり最後列まで埋まり、関心の高さを改めて感じた次第でございます。

限られた時間の中、わたくしの報告にも、質疑応答にも不全感を感じられた方は多いと存じますが、ご容赦のほどお願い申し上げます。

報告書は

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2010/0123.htm

で全文ダウンロード可能ですので、是非お目を通していただければ幸いに存じます。

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日本のリベサヨな発想

で、その「少し前のヨーロッパ左派の大家によく見られた思考」(笑)から見ると、極東某島国の自己意識としてはリベサヨらしいヒトの発想というのは、想像を絶するものでありまして、その実例が本日の朝日新聞の東浩紀氏の論壇時評に引用されていますが、

>・・・前者で荻上は、選挙区ではみんなの党、比例では社民党に投票したことを明かし、「経済的リベラルに1票、政治的リベラルに1票という意味だ」と自己解説しているが・・・

何にせよかっこよさげに反体制ぶっている連中の脳みその中に、欧州社会党の10原則のどれ一つとして含まれていなさそうであることだけは間違いないようです。

こういう「ワカモノ」とやらには、「年金はワシのためた金じゃ」と思いこんでいるネオリベ老人に反論することなど思いもよらないのでしょうね。

(参考)

ちなみに「リベサヨ」なる概念については、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_c3f3.html(赤木智弘氏の新著)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html(赤木智弘氏の新著その2~リベサヨからソーシャルへ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-b950.html(だから、それをリベサヨと呼んでるわけで)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_2040.html(松尾匡さんの「市民派リベラルのどこが越えられるべきか 」)

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少し前のヨーロッパ左派の大家

雑件ですが・・・、

某つぶやきで、hamachanについてこういう評がされていたようです。

http://twitter.com/WARE_bluefield/status/19586543584

>それはそうとして、こないだやりとりになったhamachan先生ですが、先生みたいな思考法の持ち主をどっかで見たなぁと思っていたのですが、要は少し前のヨーロッパ左派の大家によく見られた思考ですよね。

http://twitter.com/WARE_bluefield/status/19586635314

>素朴な発達段階論に依拠して、ポランニーが大好き。自身の価値観なり理想を大衆に仮託して語ろうとする。例えば、アンゲロプロスの映画で描かれている歴史・社会観なんかとよく似ているわけです。伊達にEUを名乗ってない。

いやまあ、伊達にEU名乗ってますけど。

「少し前」というのがいつぐらいなのかよく分かりませんが(少なくとも欧州社会党が10原則をまとめたのより古くはないと思いますが)、まあそんなところかも知れません。

少なくとも、極東の某島国の左派の大家(?)とは、ありとあらゆる点で考え方が違っているので、「少し前のヨーロッパ左派の大家」の方が近いことだけは確かですし。

(参考)

そんなに「少し前」じゃない最近のヨーロッパの左派の考え方をまとめると、このエントリ先の10原則のあたりになるのだと思います。そこにトラックバックされている平家さんによる全訳を参照のこと。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/10_7fc9.html(欧州社会党の10原則)

新しいソーシャル ヨーロッパ みんなの未来の10原則

前文

1 すべてのものの権利と義務-結びつきの本質

2 完全雇用-みんなの未来の基礎

3 人間への投資-われわれは本道を行く

4 締め出したりしない社会-誰も置いてけぼりにはしない

5 誰でも利用できる子育て支援

6 男女同権

7 社会対話 これなしには何もできない

8 多様性と統合をわれわれの強みに

9 持続可能な社会 気候変動への取り組み

10 みんなのために積極的に行動するヨーロッパ

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年金世代の大いなる勘違い

先日スウェーデンで開かれた国際社会政策学会で報告してきた呉学殊さんと話していて、「たった5%の消費税を上げるのに猛反対するのが人気を博するような日本はもう終わりかも」という話から、その理由として考えた話ですが、ちょうど「dongfang99の日記」というブログで書かれていた「年長世代の「小さな政府」志向」ともつながる話なので、簡単に。

http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20100725

>近年支持が高い政治家や政党に共通しているのは、ラディカルな「小さな政府」路線であることである。

>そしてさらに気になるのは、どうも年金生活に入っているような、本質的にラディカルな改革を好まないはずの年長世代のほうが、こうした政治手法への支持がより高いらしいことである*1。年金・医療への関心の高さから言って、この世代が本当の意味での「小さな政府」を望んでいるとはとても思えないのだが、なぜそうなってしまうのか・・・

これは確かにわたしも感じていることです。ただ、理由付けは異論があります。官僚への期待値も政治的疎外感も、逆方向に向かう蓋然性の方が高いはずです。

では、お前の考える理由は何か?

彼らが「年金生活」に入っていることそれ自体が最大の理由ではないか、と思うのです。

ただし、これは社会保障がちゃんと分かっている人には理解しにくいでしょう。

公的年金とは今現在の現役世代が稼いだ金を国家権力を通じて高齢世代に再分配しているのだということがちゃんと分かっていれば、年金をもらっている側がそういう発想になることはあり得ないはずだと、普通思うわけです。

でも、年金世代はそう思っていないんです。この金は、俺たちが若い頃に預けた金じゃ、預けた金を返してもらっとるんじゃから、現役世代に感謝するいわれなんぞないわい、と、まあ、そういう風に思っているんです。

自分が今受け取っている年金を社会保障だと思っていないんです。

まるで民間銀行に預けた金を受け取っているかのように思っているんです。

だから、年金生活しながら、平然と「小さな政府」万歳とか言っていられるんでしょう。

自分の生計がもっぱら「大きな政府」のおかげで成り立っているなんて、これっぽっちも思っていないので、「近ごろの若い連中」にお金を渡すような「大きな政府」は無駄じゃ無駄じゃ、と思うわけですね。

社会保障学者たちは、始末に負えないインチキ経済学者の相手をする以上に、こういう国民の迷信をなんとかする必要がありますよ。

労働教育より先に年金教育が必要というのが、本日のオチでしたか。

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労働時間指令改正案を12月に予定

欧州委員会の今後の作業予定表を見ていたら、

http://ec.europa.eu/atwork/programmes/docs/forward_programming_2010.pdf

冒頭にいきなり

>Proposition de directive du Parlement européen et du Conseil modifiant la directive 2003/88/CE concernant l'aménagement du temps de travail

14 décembre 2010

とありました。今年の末にもういっぺん労働時間指令の改正案を出し直す予定のようです。

説明の方はなぜか英語で、

>Adapt the legislation to the needs of workers, businesses, public services and consumers of the 21st century.

労働者と使用者に加えて、公共サービスと消費者のニーズというのが付け加わっているのが、趣旨を語っていますね。

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事実への軽侮は永遠に治療不能

労務屋さんが売春合法化論で有名な藤沢数希氏のつぶやきに反応しているようです。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100726#p1([ネタ]藤沢数希氏)

>>デンマークとかオランダって神奈川県ぐらいの人口しかないのにサッカー強いよね。神奈川県選抜チームがワールドカップで優秀候補になる感じ。やっぱり解雇規制が緩くて消費税が高くて法人税が安いからだろうね。

>ある意味藤沢氏の脳内がよくみえるツイートではありますね。結論ありきで、なんでもそれに結び付けてしまう。まあ結論が同じであれば根拠や理念は問わずにお仲間だという人たちの間ではそれでもいいのでしょうが、

ネタだとわざわざいってるのにまじめくさって取り上げるのもなんですが、一応事実関係だけ確認しておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-7d63.html(竹中平蔵氏の「日本版オランダ革命」)

藤沢氏のような事実を軽侮する人々の頭の中では、フレクシキュリティ即首斬り自由、どいつもこいつもクビだクビだクビだあああぁ!という事実に反する固定観念が1年間洗ってない風呂場のカビの如くびっしりとへばりついていて、それにそぐわない知識情報は自動的に排除されるようになっているのでしょう。

(追記)

ちなみに藤沢氏の高潔な人格に関しては下記参照。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-451b.html(ネオリベ派規制緩和による成長戦略)

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JIL雑誌8月号は「健康と労働」がテーマ

New 日本労働研究雑誌の8月号は「健康と労働」が特集テーマです。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/new/

提言高齢者の健康と労働  (129KB)
日野原 重明(聖路加国際病院理事長)

解題健康と労働  (197KB)
編集委員会

論文中高齢者の健康状態と労働参加
濱秋 純哉(内閣府経済社会総合研究所研究官)・
野口 晴子(国立社会保障・人口問題研究所 社会保障基礎理論研究部第二室長)

健康状態と労働生産性
湯田 道生(中京大学経済学部准教授)

安全(健康)配慮義務論の今日的な課題
和田 肇(名古屋大学大学院法学研究科教授)

健康上の問題を抱える労働者への配慮――健康配慮義務と合理的配慮の比較
長谷川 珠子(独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター研究員)

座談会多様な健康状態の労働者と人事管理
大内 伸哉(神戸大学大学院法学研究科教授)・
佐野 嘉秀(法政大学経営学部准教授)・人事担当者 3名・労組役員 3名

紹介職場復帰をいかに支えるか――リワークプログラムを通じた復職支援の取り組み
有馬 秀晃(品川駅前メンタルクリニック院長)

98歳の日野原先生に「高齢者の健康と労働」を語らせるというのは、あまりにもあまりな企画なので、ちょっとスルーさせていただいて。法律関係は2本、和田先生と長谷川珠子さん。

和田先生のは安全配慮義務についての過不足のないい解説ですが、最後のところで労働者の自己保健義務論(正確には労働者が自分の健康をきちんと維持する義務を守らなければ、その範囲で使用者の安全配慮義務が免責されるという議論)に対する反論が述べられ、さらに労働者のプライバシーや自己決定との関係が論じられています。和田先生はこの問題については反自己責任派でありまして、

>労働契約関係においてその保護の重要性が増していることを否定するものではないが、それを強調しすぎると、使用者の安全配慮義務の縮減と労働者の自己責任の拡大につながることになるが、果たしてそれが正しい方向なのか。労働者の安全健康に配慮する責任は、第一次的には使用者にあることをないがしろにするような形で労働者の自己責任を強調することには、慎重でなければならない。

と明確にその立場を示されています。

この問題についてはわたくしも、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/karoushi.html(「過労死・過労自殺と個人情報」『季刊労働法』第208号)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/karoshiprivacy.html(「過労死・過労自殺とプライバシー」『時の法令』6月15日号)

などで解説したことがあります。

ただ、現時点では、危険有害業務のような古典的な安全衛生分野と、過労死過労自殺のような分野では基準を変えるべきではないかという風に考えるようになっています。前者であれば、指揮命令関係のもとで労働者を危険有害業務に従事させる以上、指揮命令する側が最大限に安全健康を配慮すべき義務があって当然でしょうが、後者の場合業務自体は危険でも有害でもなく、ただそれを限度を超えてやり過ぎた(やらせすぎた)ことが問題を発生させるのですから、安全配慮義務などという迂遠な話ではなく、本来労働時間規制が対象とすべき問題なのではないか、と考えるからです。

逆にいえば、安全配慮義務論が過労死過労自殺問題にこれだけ使われるという他国には見られない事態そのものが、「どれだけ長く働かせてもそれ自体は全然問題はない」という長時間労働カルチャーを前提にした現象なのではないかという反省も必要なのではないか、と思うのです。使用者の責任を「労働者の健康に配慮しながら長時間労働させる」義務ではなく、その前段階にそもそも「長時間労働させない」義務があるべきだろう、と。安全配慮義務論とは、「企業主義の時代」に生まれた必要悪だったのではないか、という評価もそろそろあってよいように考えるのですが。

もう一つ、長谷川珠子さん(現在、高障機構障害者職業総合センター研究員)のは、この健康配慮義務と、アメリカやEUの障害者差別法制における合理的配慮とを比較するというユニークな論文です。

長谷川さんの文体とはあえてまったく違えて皮肉ったらしく書くと、

<<日本の使用者は合理的配慮は不明確だとか負担が増えるとかいって合理的配慮に否定的だけど、日本の健康配慮義務の方がよっぽど広範かつ高度なんじゃ?要するに、健康を配慮してもらえるのは正社員だけだから、一時的なコストは長期雇用の必要経費になるけど、合理的配慮は募集採用段階から正規非正規みんなやんなきゃいけないから負担だってこと?>>

という感じでしょうか。いやこれはもしかしたらまったく趣旨に反しているかも知れません。是非雑誌論文自体をお読みください。

次の人事担当者、労組役員各3人と大内先生、佐野さんの座談会はとても面白いです。こういう問題が企業の中で収まらなくなると、個別労働紛争として噴出してきたりする。私たちの研究素材でも、メンタルヘルスに問題があるケースはとても多いのです。

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事業場外みなし再論

これも労働法テクニカルなトピックですので、関心のある方だけ。

北岡大介さんが「人事労務をめぐる日々雑感」で、阪急トラベルサポート事件(東京地判平成22年7月2日(判例集未掲載))を取り上げています。

http://kitasharo.blogspot.com/2010/07/blog-post_26.html「ケータイを持たせて事業場外みなしが可能か」再論

冒頭に昨年のわたくしとのブログ上でのやりとりが書かれておりますが、この判決はやはり北岡さんの言葉のように「大変に特異な判断」というべきもので、結論よりもむしろそこに至る論理展開が「をいをい」ではなかろうか、と感じました。

以下、北岡さんの引用をそのまま使いますが、

>「また・・通信手段が相当発達しており、使用者は、労働者が今どこにいるかリアルタイムで把握することができ、思い立ったときには指示をし、報告を求めることができるから、事業場外みなし労働時間制は相当の僻地への出張など極めて限定された場合にのみ妥当すると主張する。」「しかし、電話やファクシミリなど必要な場合は連絡可能な設備が備え付けられている在宅勤務について、事業場外みなし労働時間制の適用があることを完全に否定することにもなりかねず、原告の主張は、採用できない。」

いくら何でも、これは論理が逆転しているのではないでしょうか。

在宅勤務については、以前本ブログのコメント欄で、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-bf09.html

>在宅勤務というのは、家庭で家事や育児をしながらできるという面があり、コンピュータが常時接続だから常に行動を管理されているというのはいささか無理があったわけですが、セールスマン型の外勤社員の場合、昔は喫茶店やパチンコ店にしけ込んでいても成績さえ上げていれば管理されなかったのが、今はそう甘くはないということでしょうから、ちょっと違うでしょうね。

と述べたように、まさに労働時間と家事・育児時間が混合しているという点にある意味でメリットがあることから、事業場外労働のロジックをそのままもってくるとかえってまずいよという面があり、「どこにいるかをリアルタイムで把握」できても(そりゃ家にいるに決まっている)、みなし制を適用することに合理的な面があるということなのだと思うのですが、その在宅勤務を持ち出して、およそ連絡可能であれば在宅勤務にもみなしが適用できなくなっちゃうから、元に戻って本来の事業場外労働でも同じように考えるべきだというのは、話の筋道が逆転しているように思われます。

まあ、ただ本件については

>あてはめにおいて、派遣先が貸与していた携帯電話が使用されていたか否かを検討し、いずれも本件においては「携帯電話により具体的な指示を受けたことはなかった」と評価しています

ということなので、そういうことを言わなくても、結論としては北岡さんの言うように

>本件は海外旅行の添乗員という性質上、日本国内から連絡がなされる可能性が低く、その点を考慮した事例判断と解する余地もあるやもしれません

と解する余地はあるようにも思われますが、それにしても上のロジックはあまりにも乱暴じゃないか、と感じます。

(ちなみに)

北岡さんは

http://kitasharo.blogspot.com/2010/07/blog-post.html事業場外みなし労働をめぐる混乱(阪急トラベルサポート事件から)

判例研究会で同じ阪急トラベルサポートの別事件この原審判決(下記北岡さんのコメントのとおりわたくしの勘違いです)を評釈していたら、

>その席で先輩会員から「今朝の新聞に、同じ会社で事業場外みなし労働の適用を肯定した判決が登場した」とご紹介を受け、驚愕

したということです。

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刑務官の団結権について

これはやや公務員労働法テクニカルなトピックですが、

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-168.html(刑務官の待遇改善のための労使関係論)

やや議論が混乱しているかな、と思うのは、刑務官は自衛官、警察官、消防職員とともに団結権が禁止されているグループに属し、一般の非現業公務員は団結権はあるけれども団体交渉権はないグループに属し、昔の3公社5現業、いまでは国立病院が最大勢力の団体交渉権はあるけれどスト権はないグループと3つに別れるわけです。

団体交渉権がないということは、団結してみてもそれは(少なくとも労働条件という意味での)「待遇改善」とは直接関係がないということですから、刑務官であろうが一般職公務員であろうが、誰かにやってもらわなければならないという意味では同じであり、それはいうまでもなく政務三役のようなもろに「使用者側」(だって、本来の使用者である「国民」様の代表として労働者の仕事ぶりを監視するために来ているわけですから)ではなくて、人事院という中立機関がその役目を果たしているという建前になっているわけであって、なんだか、話が大まじめにねじれていくのを目の当たりにしているような感じがしてしまったわけですが・・・。

ただ、それこそ金子さんが仰る「労組って、その組織の労働者のためだけじゃなく、その組織を中から監視するものとしても存在意義があるんですけどね」という意味では、団体交渉権のない団結権にも一定の意味があるわけで、そこのところはそれこそ公務員組合の皆さんはちゃんと説き聞かせる責任があるように思いますよ。

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自治体職員の職域年金を一般競争入札にかけないのはEU法違反!?

欧州労連の記事で気がつきましたが、7月15日に結構重大な判決を欧州司法裁判所が下していたようです。

http://www.etuc.org/a/7521(Economic freedoms vs Fundamental rights – the dark series continues)

経済的自由対基本的権利、というと、例のラヴァル事件以来の話ですが、今回の判決は、ドイツの地方自治体の労働協約で定める職域年金について、一般競争入札にかけることなく、当該労働協約で定めた受託先に委託したことが、EU公共調達指令に違反するとして欧州委員会から訴えられ、そうだ違反だ!という判決が出されるに到った、ということです。

その判決文は

http://curia.europa.eu/jurisp/cgi-bin/form.pl?lang=en&newform=newform&jurcdj=jurcdj&docj=docj&typeord=ALL&allcommjo=allcommjo&affint=affint&affclose=affclose&numaff=271%2F08&ddatefs=&mdatefs=&ydatefs=&ddatefe=&mdatefe=&ydatefe=&nomusuel=&domaine=&mots=&resmax=100&Submit=Submit

にありますが、興味深いことに、ドイツ政府側に立って補助参加しているのがスウェーデン政府とデンマーク政府、いずれも高い労働組合組織率に基づいて高度の労使自治で社会を動かしてきた国です。

欧州労連の批判も、こんな判決がまかり通れば、労使が合意した労働協約の意味がなくなってしまうじゃないか、ということにあるわけです。

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白山ひめ神社事件最高裁逆転判決

一昨年4月、名古屋高裁金沢支部の判決に対し(まったく労働法政策とは関係ないけれども)いささか異議を述べたことがありましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_d553.html(白山ひめ神社御鎮座二千百年式年大祭)

一昨日最高裁は「神社の鎮座2100年を記念する大祭に係る諸事業の奉賛を目的とする団体の発会式に地元の市長が出席して祝辞を述べた行為が,憲法20条3項に違反しない」と、逆転判決を言い渡しました。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100723103621.pdf

中身はリンク先をご覧下さい、ですが、一昨年のエントリの末尾に書いたこの一言は、いろんな意味でなおきわめて有効な言葉なのではないかと思います。何のための政教分離だったのかという歴史的意味を忘却した政教分離のための政教分離の暴走が不毛な結果しか生まないのとまったく同じことが、今なお様々な分野で暴走中なのではないかと反省してみるためにも。

>最初はねじれながらもその意図はある意味明確であったものが、ねじれた議論をねじれたまま無理やりに突き進めていくと、こういうまったく訳の分からないところにいってしまう。

他の分野でも気をつけるべき点でしょう。使いやすい正義に過度に頼ると必ずそのツケが回ります

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OECD『社会的企業の主流化』

67889 OECD編『社会的企業の主流化-新しい公共の担い手として』を、翻訳に当たった連合総研よりお送りいただきました。ありがとうございます。ていうか、連合総研もいろいろと手を広げますね。

http://www.akashi.co.jp/book/b67889.html

社会的企業とは、協同組合という形であれ、会社という形であれ、様々な社会的サービスの提供や就業・雇用の場の提供という目的を追求する企業体ですが、OECDでも地域経済雇用開発という文脈で10年間研究が行われ、その成果がこの報告書というわけです。

訳者はしがき(薦田隆成:連合総合生活開発研究所長)

 序文(セルジオ・アルゼニ:OECD企業家・中小企業・地域開発センター局長)

 要旨

第1章 ヨーロッパにおける社会的企業の法的構造と立法の新しいフロンティア:比較分析
 第1節 ヨーロッパにおける社会的企業規制:主な論点
 第2節 いくつかのヨーロッパ諸国で最近行われた改革:法的形態と組織モデル
  2.1 協同組合モデル:イタリア、ポルトガル、フランス、ポーランドのケース
  2.2 会社モデル:ベルギーとイギリスのケース
  2.3 「自由選択形態」モデル:フィンランドとイタリアのケース
 第3節 モデルの比較と政策課題の分析
  3.1 社会的最終目的の定義
  3.2 積極的資産配分と消極的資産配分との間で:非分配制約と資産の封じ込め
  3.3 ガバナンス構造:いかなるステークホルダーに対していかなる権利を付与するのか?
  3.4 説明責任と責任体制の問題
  3.5 法的形態に戻って:協同組合なのか、会社なのか、あるいは「自由に定義された」民間活動主体か?
 第4節 ヨーロッパでの展望はいかなるものか?――つぎの展開:社会的企業にかんする白書

第2章 OECD諸国における社会的企業:資金調達の動向
 第1節 はじめに
 第2節 社会的企業:簡潔な概観
  2.1 歴史的事情:制度的革新のためには経路依存性が重要
 第3節 社会的企業の資金調達
  3.1 最近の傾向:概観
  3.2 状況の可変性
 第4節 進展する社会的企業向け資金調達の景観
  4.1 社会的企業の資金調達における新機軸の傾向
  4.2 社会的企業に対する資金供給のための新機軸の6分野
 第5節 社会的企業の資金調達の基本構造:社会的金融から持続可能な金融まで
  5.1 行動の「グレーゾーン」としての社会的金融
  5.2 社会的金融セクターの制度的な新機軸
 第6節 結論

第3章 社会的企業を支援する仕組みとしてのネットワーク
 第1節 はじめに:社会的企業の発展を支援する仕組みの重要性
 第2節 社会的企業のためにどのような支援をするのか
 第3節 支援する仕組みの分類
 第4節 クラスター1:アイデンティティ/文化/代表権/質
  4.1 イギリスの社会的企業戦略
  4.2 イタリアの社会的協同組合協会におけるネットワークの質向上のための戦略と手法
 第5節 クラスター2:事業支援
  5.1 事業・就業協同組合
  5.2 バルカ財団:家族から地域社会へ
 第6節 クラスター3:事業分野の発展
  6.1 社会的フランチャイズ
  6.2 再利用とリサイクル型社会的企業
 第7節 クラスター4:地域開発
  7.1 「クームパニオン」:スウェーデンにおける協同組合および社会的企業に対する支援システムの新たなブランド
  7.2 ケベックにおける地域開発協同組合による協同組合の発展および就業への支援
 第8節 結論:社会的企業を支援する仕組みを援助するためのガイドライン
  8.1 ボトムアップ手法と戦略的展望
  8.2 格子型支援体制
  8.3 事業間の相互支援の活用
  8.4 より大きな市場を活用するための支援
  8.5 社会的企業の発展の動力としての支援の仕組み
  8.6 ゆるやかで柔軟な仕組み
  8.7 統合戦略のなかの専門化された仕組み

第4章 社会的企業と地域経済開発
 第1節 はじめに
 第2節 イギリスとイタリアにおける社会的企業の法的枠組み
 第3節 企業理論における社会的企業
 第4節 社会的企業の配分機能
 第5節 地域経済開発の新たな概念
 第6節 社会的企業の地域開発への影響
 第7節 政策介入
 第8節 結論

第5章 連帯協同組合(カナダ、ケベック州):社会的企業が社会的目的と経済的目的を結合できるようにする方法
 第1節 はじめに
 第2節 グローバルな視点からみたマルチステークホルダー型協同組合の発展
  2.1 グローバル経済、グローバルな技術
  2.2 人口動態の変化
  2.3 国家の役割
  2.4 マルチステークホルダー型協同組合モデルの付加価値
  2.5 マルチステークホルダー型協同組合の法的認可
 第3節 ケベック州の連帯協同組合の背景
  3.1 共助組織と協同組合の発展
  3.2 ニーズの顕在化
  3.3 地元開発
  3.4 村落の消滅
  3.5 託児所の発展
  3.6 労働市場の統合
  3.7 在宅サービス
  3.8 連帯協同組合の定義
  3.9 最近の変化
 第4節 連帯協同組合の展開
  4.1 活動領域
  4.2 さまざまな角度からのデータ
  4.3 連帯協同組合の発展支援
 第5節 2つの視点からみた連帯協同組合
  5.1 社会的結束
  5.2 保健医療サービス
 第6節 結論と提言
  6.1 提言

 執筆者紹介
 訳者紹介

翻訳陣は

〈連合総研翻訳プロジェクト〉
薦田隆成(連合総研所長:要旨、第1章)
宮崎由佳(連合総研研究員:第1章)
成川秀明(連合総研客員研究員:第2章)
澤井景子(連合総研主任研究員:第2章)
麻生裕子(連合総研主任研究員:序文、第3章、執筆者紹介)
小熊栄(連合総研研究員:第3章)
松淵厚樹(連合総研主任研究員:第3章)
大谷直子(前連合総研研究員:第4章)
山脇義光(連合総研研究員:第5章)
南雲智映(連合総研研究員:第5章)
高島雅子(連合総研研究員:第5章)
高木郁朗(山口福祉文化大学教授、教育文化協会理事:翻訳アドバイザー)

と、まさに連合総研の総力を挙げた翻訳プロジェクトですね。

ちなみに、OECDに先立ってEUでも地域雇用開発の観点から「第3のシステム」という呼び名でこの種の社会的経済部門を取り上げていました。それについては、今から10年前に『月刊自治研』に小文を書いたことがあります。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/chiikikoyou.html(EUの地域雇用創出政策と第3のシステム(ソシアル・エコノミー)

先日、協同総研に呼ばれたお話ししたこともありますが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-6897.html(協同総研にて)

こういう社会的企業を法制的にどのように位置づけていくかというのは、労働法学の立場からももっと真剣に取り組まれていいことでありましょう。

昨日著書を紹介した松尾匡さんは、マクロ経済論の一方でこういう協同組合経済にも志向性を示しておられますが、このあたりもうまく学際的なつながりができればいいなと思っています。

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松尾匡『不況は人災です』

03290688 筑摩書房より、松尾匡さんの『不況は人災です』をお送りいただきました。ありがとうございます。

ほんとうは先週なかばには東大の公共政策大学院の事務室に届いていたのですが、わたくしは今では週一こまの非常勤講師なので、なかなかほかに用事がないと取りに行く機会がなくて、今まで御礼が遅れてしまいました。申し訳ありません。わたくしの常勤先は労働政策研究・研修機構(JILPT)ですので、今後はそちらにお送りいただければ幸いです。

本書は松尾さんが今まで説いてこられた新しいケインズ経済学をわかりやすく一般向けに解説したもので、特にわたくしにとっては、「第6章・金融緩和は誰の味方?」が、本ブログでも何回となく取り上げてきたテーマを正面から書いています。

ていうか、欧州社会党とか、欧州左翼党といった「左派」が完全雇用を目指しているなどというのは、太陽が東から昇るに等しい当たり前のことで、それが逆転している極東の某国の異常性こそが問題なわけです。シバキ主義は右派の専売特許であって、左派が掲げるものではないという常識が逆転しているこのねじれを指摘することはもちろん重要です。

ただ、そのねじれが、松尾さんが考えているほど単純なねじれではない、という点こそが、この問題の(松尾さんの語らない次元における)怪奇性を示すものでもあります。

その点も、本ブログで何回か繰り返してきました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_1560.html(欧州労連の経済政策要求)

>欧州中央銀行は頑固で何もせんから、各国の財務当局は一斉に財政拡大政策をとれ、と。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-45e1.html(欧州労連は欧州中銀の利下げせずとの決定を遺憾に思う)

>いつまでも過去のインフレにこだわるんじゃねえ、現実を見ろ、6月の利上げは間違いでしたと認めろ、と。

とまあ、ヨーロッパでは何の不思議もない光景なんですが、こなた極東の島国に持ってくると、なんだかねじれが・・・

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-74bb.html(欧州労連 カジノ資本主義に終止符を)

>「ねじれ」ってなあに?

>こういう立場の人(組織)が「欧州労連は欧州中銀の利下げせずとの決定を遺憾に思う」と主張するのが「ヨーロッパでは何の不思議もない光景」なのですが、なぜか日本ではそれが入れ替わってしまうわけで、そのねじれの隙間に構造改革にリフレ粉を振りかけただけの自称リフレ派がはびこるわけです。

つまりねじれは二重構造です。

もともと社会党系である松尾さんが気にするのは、本来完全雇用を求めるべき左派がシバキ主義に走ってしまうことであるわけですが、それと裏腹の関係にあるのが、まさにシバキ主義むき出しの政治的志向をもつ人々が、なぜか金融政策においてのみ「りふれ」を掲げることによって、あたかも「りふれは」というのは片っ端から仕分けして公共サービスをことごとく叩き潰せと喚き散らす脱藩官僚(脱力官僚)率いる人々のことであると、良識ある多くの国民が考えるようになっているという実態があるわけです。

幸い、この松尾さんの本には「りふれ」などというおぞましい言葉は用いられていませんし、素直に読めばたいへんまっとうなことが書いてあると分かるからよいのですが、交友関係には細心の注意を払わないと、「卑小な仲間意識で正義感が鈍磨」したグループの一員とみなされかねません。気をつけていただければと思います。

(参考)

ちなみに、うえでのべた「ねじれ」が、ねっとりふれ派自身の神経の奥底に染みついたものであるということの、何よりも明白な証拠が、本ブログに残っています。

今回ネット上で血塗られた政治的殺人を平然と行った田中秀臣氏のところからたくさん飛び込んできたネットイナゴの一人ですが、多くのイナゴがただ罵詈讒謗を塗りたくるだけであるのに対して、理論的にものごとを語ろうとする人格が感じられただけに、その思考の根底に存在する「ねじれ」には気が遠くなるような絶望感を感じたものでした。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_b2d6.html(構造改革ってなあに?)

>稲葉さんの偉さは、一左翼であることがリフレ派であることと矛盾しないことを左翼として始めて示した点だと思う。それまでの左翼は、ある意味ネオリベ以上の構造派で、つまりはアンチ・リフレであったわけだから。それに対して、稲葉さんはそれが「ヘタレ」にすぎないことを左翼として始めて断言したわけで、これは実はとても勇気のあるすごいことだと思う。

投稿: 一観客改め一イナゴ | 2006年9月20日 (水) 14時46分

まともっぽい書き込みなので、まともにコメントしますが、その場合の「左翼」って、ケインジアン福祉国家を擁護する社会民主主義は入らない定義ですね。日本の知的世界の特殊事情を踏まえれば、そういう用語法は理解できますが、ヨーロッパで普通に「レフト」というと、こんなに失業があるのに欧州中銀はなぜ利率を引き上げるんだと文句をつける側です。
なんつうか、あたりまえのことを当たり前だと喝破したことが偉大だと言えばその通りかも知れませんが。

投稿: hamachan | 2006年9月20日 (水) 15時18分

そのことを「あたりまえ」といえるのなら、別にhamachanさんがリフレ派を敵視する必要はないな。リフレ派がいっているのは、構造は構造でゆっくり考えればいいから、とりあえず中銀はちゃんと仕事をしろ、それをしないで失業云々いってもしょうがないよといことだから。こういう「あたりまえ」のことを言っている左翼って、日本で稲葉さん以外にいたっけ?

投稿: 一イナゴ | 2006年9月20日 (水) 15時45分

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EU無神論者・フリーメーソンサミット

例によってEUobserverから、ほとんど労働でも法政策でもない話題を。

http://euobserver.com/9/30506(EU to hold atheist and freemason summit)

EUは2005年以来、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教など宗教界リーダーとの政治的対話を行ってきており、今ではこれはリスボン条約に基づくものとなっているのですが、をいをい宗教界を呼ぶんなら無神論者も呼べや、という声がこれあり、来る10月15日にEU無神論サミットが開かれることになったのですが、そのサミットに非宗教的団体ということで、あのフリーメーソンも招待されるのだそうです。

ええっ!!!ふりーめーそん!?

あの、世界征服を企む悪の組織かあっ!

と、おもわず叫んだあなた。

太田龍の読み過ぎですって。愛読しすぎると阿久根市長になっちゃいますよ。

そういうことで問題になっているわけではなくてですね。フリーメーソンが「非宗教的団体」といえるのか?という点が問題なのです。

欧州ヒューマニスト連盟会長ポラック氏曰く、「あいつらわけ分からん、宇宙の偉大な建築者とかいってるじゃんか。何でそんなのと一緒くたにされにゃならんのや。」

EUobserver紙はこの問題につきイギリスのグランドロッジに見解を伺おうとしましたがうまくいきませんでした、と。

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おっしゃるとおり!

いやおっしゃるとおり!

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-166.html(濱口先生の若干の誤解、あるいは実業教育と職業訓練の関係について)

1978年生まれの金子良事さんに、

>我々は自分が幼かった頃の時代精神を意外に忘れきっているものです。最近何回も書いていますが、1960年に書かれた国民所得倍増計画を読むと、その素朴なまでの近代主義的志向は、1970年代以降の知的世界を知っている人間には驚くほどのショックを与えます。

はなんぼなんでもないですわな。誰が幼かった頃やて?

所得倍増計画も63年経済審答申も「明治」ですわな。

ただまあ、それはともかく、下のコメント欄にも書きましたが、このテーマはわたくしの身の丈に見合った政策制度史でだけ扱うにはあまりにも大きなテーマであり、ほんとうに社会学とか思想史の方に突っ込んで取り組んで欲しいところです。

最近、ようやく教育学方面からいくつかのアプローチが進められようとしていることを、とても楽しみに見守っていますが、望むらくはもっとトータルな社会システム認識を踏まえて進めて欲しいと念じています。例えば、

>むしろ普通教育全盛になったのはなぜか

>これに抵抗したのは教育学者を筆頭として、現場の普通教育に携わる教師たち、生徒の親などである

は、職工の人格要求、工職身分差別撤廃闘争、ブルーカラーのホワイトカラー化といった労働場面におけるキーワードとつなげて論じられるべきものでしょう。

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職業訓練の社会的地位について

金子良事さんの

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-165.html(トレードやプロフェッショナルが尊敬されない世界では職業訓練の未来は暗い)

>私は日本で職業訓練が冷遇されているのは、稲葉さんのようにその対象が学校・企業というルートからこぼれ落ちる人を対象にしていると考えるのではなく、トレードおよびプロフェッショナリズムが定着していないからだと考えている。

という考え方には、実は半ば同意するのですが、

(これは実は二村一夫先生の「クラフト・ギルド、クラフト・ユニオンの伝統の欠如」論とも通ずるのですが)

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/lhcontents.html

そういう中過去レベルの議論でなくて、もすこし近過去レベルでいうと、日本社会で本格的に公的職業訓練がどうしようもない落ちこぼれのいくところという風にみられるようになったのは高度成長末期以後、1970年代以降のことであって、それまでは地域の中小企業の基幹的人材を養成してくれる機関として、それなりの社会的地位があったのだという方向での議論も必要ではないかと思われます。

専門職への侮蔑も、もともと大企業を中心にそういう傾向があったとはいえ、日本社会全体に瀰漫するようになっていくのは、やはり1970年代以降、わたくしのいう「企業主義の時代」が政府でもアカデミズムでも一般世論のレベルでも主流化していく時代精神のなかで進んでいった事態ではないかと思うのです。

我々は自分が幼かった頃の時代精神を意外に忘れきっているものです。最近何回も書いていますが、1960年に書かれた国民所得倍増計画を読むと、その素朴なまでの近代主義的志向は、1970年代以降の知的世界を知っている人間には驚くほどのショックを与えます。

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派遣法制定当時の「事務処理請負業」の中身

今まで25年間、ファイリングとか事務用機器操作という名目で一般事務職の派遣をやってきたことは、確かに法令の条文を文理解釈すればいささか筋が通らないものであったことは確かですが、とはいえそれで四半世紀やってきたということは、それで全然おかしくないと、誰もが思ってきたからであって、誰もおかしいと思わなかった最大の理由は、派遣法が制定前には厳密には違法であった偽装請負の労働者供給事業を、現に行われている業務に限って派遣業として認めたものであるという、その歴史的経緯からして、まさか派遣法制定以前にもっとも広範に行われていた事務職派遣をできないようにつくってしまったなんて馬鹿なことはないですよね、というまことに常識的な、しかし内閣法制局的には通用しない実務感覚に根ざしたものであったわけです。

というようなことは、派遣法ができる前とできたあとをちゃんと知っている我々のような世代にとってはまったく当たり前のことなんですが、どうも必ずしもそこのところがちゃんと理解されていないのではないかという危惧感も最近感じるところがこれあり、知っている人には今更話ではあるのですが、四半世紀前に派遣法をまさに施行しようとしていた当時の労働行政が、事務職派遣がどういうものであるかをちゃんと分かっていたということを、当時の雇用職業総合研究所の調査報告から見ておきましょうか。

1985年12月の「業務処理請負事業の実態に関する統計的調査結果総括報告書」によれば、ユーザー調査において、事務処理業務のうち現在利用している業務は、単純事務7.9%、データ入力7.0%、経理5.8%、営業事務4.4%・・・であり、今後利用したい業務としてはデータ入力17.3%、単純事務11.1%、営業事務10.0%、経理9.9%・・・となっています。また事務処理業務を処理するために必要な知識経験の程度を聞くと、「知識経験はほとんどいらない」が27.4%、「知識経験がある程度必要」が36.2%、「知識経験はかなり必要」が34.4%と、決して専門職といえる状況ではありませんでした。

1986年4月の「人材派遣業(事務処理)の女子労働者の仕事と生活に関する調査研究報告書」によれば、派遣中の派遣業務は、多い順に一般事務44.9%、タイプ・ワープロ28.4%、情報処理18.2%、通信13.5%、経理事務11.6%となっています。もっともこの調査では情報処理の大部分はデータ入力のことで、システム設計・プログラミングはごくわずかです。また平均月収は15~20万円が38.0%、10~15万円が26.4%であり、また時間給でみると1000~1200円が43.7%、1200~1500円が31.8%と、パート・アルバイトのような非正規労働者よりははるかに高いですが、一般正社員よりも高いとはいえず、少なくとも専門職賃金といえるような水準ではありません。

派遣法制定に力を尽くした高梨昌氏は「もともと専門職の業務は、相対的に高賃金の紙上を形成しており、・・・良好かつ健全な派遣市場の形成に役立つと考え、ポジティブリスト方式を提案し」たと述べていますが、はじめからそうでないことは皆分かっていたはずです。中途採用の道のない一般職の女性たちに派遣という形で働く機会を提供することこそがその目的だったことは、関係者みんなが重々承知していたことのはずです。。にもかかわらず真実を隠して、専門職だからという虚構を続けてきたことこそが今日の破滅的な事態の根源にあるのではないかと、そろそろ反省する必要はないのでしょうか。

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日本の税制、どう変えるか?

20100607_simp 生活経済政策研究所より、生活研ブックス31『日本の税制、どう変えるか?』をお送りいただきました。ありがとうございます。

本書は、6月7日に開かれた「日本の税制、どう変えるか?」というシンポジウムの記録です。このシンポジウムについては、

http://www.seikatsuken.or.jp/news/index2010.html

>総会に引き続いて、6月7日に、記念シンポジウム「日本の税制、どう変えるか?」を全電通労働会館2階大ホールで開催しました。生活研税制のあり方研究会メンバーの星野明治大学教授、町田専修大学教授、中村熊本学園大学教授、青木神奈川大学教授、関口立教大学准教授に、生活研前所長で顧問の神野東大名誉教授、大沢所長(東大教授)という豪華メンバーにご出席いただき、町田教授のコーディネートで、所得税、法人税、社会保障、地方税、消費税、環境税の各論と全体的な改革のアジェンダについてご報告いただきました。当日は、いろいろ日程が重なっていたにもかかわらず、参加者も80人を超え、マスコミも数社参加されていました。内容は生活研ブックスとしてとりまとめ、7月に発行する予定です。

という、その冊子なんですが、ううーーむ、時期的にどうなんでしょうか。まえがきでは

>ともすれば安易な消費税増税に流れがちな税制改革の議論に対して一石を投じる内容となっています。

と書かれているのですが、それならなおのこそいっそう、参議院選挙の前に出しておいた方が良かったような気がしますが。

冒頭の神野直彦先生の基調報告で、ギリシャの話から強い福祉、強い財政、強い経済という話が展開されているだけに、本来ちゃんとこういう話になるはずだったのにね、という思いがしますね。

内容的には、中村良広氏の所得税改革が「サラリーマン増税は不可避」と明確に言い切っていること、青木宗昭氏が環境税は川下でかけるべきと述べていることが記憶に残りましたが、なんといっても一番インパクトがあったのは星野泉氏の次の言葉です。

>3つめは、地方への事務配分を減らすことです。地域主権をめざすなかでは逆行とも言えますが、国際的に見て日本の自治体の事務配分は大きいのです。つまり地方自治体が仕事をやりすぎるから財源がないのであって、投資的経費部分を中心に国に返してしまうという発想です。他の国のなかでイメージするのはイギリスでしょうか。イギリスはかつては『地方自治の母国』といわれたのですが、今やほとんど地方税のない国の一つです。先ほどのOECDの国際比較のデータで見ても地方税は4.7%。ほかのデータで国税対地方税の割合を見てもイギリスは国税94%対地方税6%となっており、ほとんど地方税なしの国です。もちろん、国のレベルでの垂直調整を行っていますが、全体から見ても地方のやっている仕事の範囲はきわめて限定的なものになっています。

イギリスの第3の道の真似をするんなら、こういうところもちゃんと見習った方がいいのではないかと思われます。

実際、イギリスが首相の命令で職安と福祉事務所をさっと統合できたのも、中央集権のお蔭であるわけで、日本のような素晴らしい地方自治の国では、「ハロワでワンストップサービス!」といってみても、地方自治体が「やだよ、冗談じゃない」といえば動かないわけです。もちろん、そんなこと簡単にやれないのが地域主権の神髄と考えれば、それは尊重されるべきではあるのでしょうが。

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卑劣な第3法則の効果

批判したこともあれば、批判されたこともありますが、わたくしはネット上のいわゆるリフレ派のなかでは数少ない(唯一とまではいわないまでも)知性と良識を兼ね備えた方であると敬服しておりました。

http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20100721/p1(無期限休筆宣言)

わたくしのように、素顔を晒してブログを書いている人間であれば、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/3_a7ad.html

池田信夫氏の第3法則:池田信夫氏が議論の相手の属性(学歴等)や所属(組織等)に言及するときは、議論の中身自体では勝てないと判断しているからである蓋然性が高い

というたぐいの卑劣な中傷を受けたところで、(一時的には変なイナゴが湧いてくるにしても)物事を議論の中身をじっくり読んで判断する人にはちゃんと判断されるはず、という安心感がありますので、まあそれほど打撃を受けることもないのですが、bewaardさんのように(その知的道具立てはその所属組織の刻印が強く感じられるにしても)敢えてその正体を隠してその所属組織の方向性とは異なる政策的立論を唱えてきた方にとっては、「正体ばらすぞ、ゴラァ」という脅迫が、その論者としての生命を絶ちきるほどの脅威であったことは十分理解できるところです。

ネット言論の一つの可能性が無造作に拗りとられる瞬間を同時代的に観察できたことは、言説における悪貨が良貨を駆逐する条件がどのようなものであるかを考察する上で大変有益でありました。

また、本ブログのコメント欄でかつて見られたように、「同じリフレ派だから」という卑小な仲間意識による正義感の鈍磨が、結果的にどのような事態を招くかという大変よい社会学の教材になったのではないかと思います。ねえ、稲葉先生。

(追記)

本家3法則氏が、えせ3法則氏を批判するの巻

http://twitter.com/ikedanob/status/19235623342

>話題になっているbewaad氏の「無期限休筆宣言」。霞ヶ関の「良心の声」が聞ける貴重なサイトが、不心得者の暴言で消えてゆく・・・

ご自分の行動様式を抜きにすれば、まさに仰るとおり。

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労働教育についてのささやかなコラムの小さな影響

昨年3月、JILPTのHPのコラムで、「労働教育の復活」という小文を書いたことがあります。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0119.htm

わたし自身、この研究会の立ち上げに関わったこともあり、是非多くの方々に報告書を読んでほしいという思いで書いたささやかなコラムですが、最近、意外なところでその影響を見ることができました。

http://d.hatena.ne.jp/michiru-nakajima/20100616/1276679351

Voice of Yoshizuka: 職業・労働教育方法の確立に向けて」という教育関係のブログで、このわたくしの書いたコラムが取り上げられていたのです。

>余り体調が良くないので、勉強を中断し、プリント整理などを行っている。

すると、独立行政法人 労働政策研究・研修機構の統括研究員、濱口桂一郎氏の「労働教育の復活」(2009年3月27日に同機構のHPに掲示)というコラムのプリントがでてきた。私が「労働教育」なる言葉を知ったのも、「労働教育」のために自分ができることを、何かしなくてはならない、と決意したのも、このコラムがきっかけであった。

同コラムは、厚生労働省「今後の労働関係法制度をめぐる教育のあり方について」という報告の紹介であった。当時私は、濱口さんのお名前も知らず、全くの無知もいいところであったが(今もそうだけれども)早速、この報告書をダウンロードし、製本して読んだ。そういう作業をしたのも、おそらく、はじめてのことだったのではないか。そして、これだ、と思った。

プロフィールにも多少書いているが、私は九州大学法学部を卒業後十数年にわたって、東京で家庭教師やアルバイトやら、ともかく非正規雇用の仕事をしていた。就職氷河期と呼ばれる時代に、持病もあったため、そういう形態で生きていた。社会が二極化していこと、自分が間違いなく「下方に」移行していくことを肌で感じていた。そして、周囲のアルバイト仲間が正規雇用の労働者以上に、心身を擦り減らすような労働をしているにもかかわらず、「下方」からは這いあがれない構造になっていることをも肌で感じていた。そういうなかで、多くのひとの気持が荒れていくのも感じた。この社会は間違っている、と思った。

その後、アルバイトから契約社員の職にありついたのときには32歳を過ぎていた。教育関連の企業に拾ってもらった。ひとり、家庭教師やらボランティアやらでやってきたわたしの「教育」はあながち間違ってもいなかったと思った。教育は自分の仕事なのだと思っている。

またそののちに、福岡で比較的安定した生活ができるようになった。私は、件の社会に対する「間違っている」という怒りと「教育」を結ぶものを探していたのかもしれない。そこに、先に挙げたコラムに偶然出会ったのである。

いまだ、目的地どころか、先の見えない道程を彷徨しているのが現実である。いったい目的地に辿りつけるのか、それが存在するのかすら、本当のところはわからない。しかし、これだ、と思った――思わせた何ものかがあった――という初心は忘れてはなるまいと思っている。

おそらく圧倒的に大部分の方々には、「ふーん、なるほど」というひと言でそのまま読み捨てられていくであろうHP上のコラムが、このように熱く読まれているということ自体が、わたくしにとっては思いがけないことでした。

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積み立て方式って、一体何が積み立てられると思っているんだろうか?

黒川滋さんが、鈴木亘氏のトンデモ本を批判して、

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2010/07/717-be9e.html(ちくま新書「年金は本当にだいじょうぶか?」を信じてはいけない)

>ちょっとでも若者よりの言論をしたがる人にとって、積立方式が少子化社会にたえられる魔法の杖のように言われがち。しかし、少子化社会という前提のもとでは、どんな方式であっても同じ問題にぶちあたる。

>問題は、鈴木氏のような言説が、若手の武者震いしているような政治家やその予備軍たちに浸透して、たえず政党の年金改革談義に悪影響を与えていること。そのことで年金が政争の具となって、事態は混乱している。

と書かれています。なんだかすごくデジャビュを感じたのですが、昨年同じように黒川さんの記事をネタに、こういうエントリを書いていたのですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-9649.html(財・サービスは積み立てられない)

ここで言ってたことも本質的にはまったく同じこと。今から10年前に正村公宏先生がひと言ですぱっと言われたこの真理に尽きるわけなんですが。

>この問題は、いまから10年前に、連合総研の研究会で正村公宏先生が、積み立て方式といおうが、賦課方式といおうが、その時に生産人口によって生産された財やサービスを非生産人口に移転するということには何の変わりもない。ただそれを、貨幣という媒体によって正当化するのか、法律に基づく年金権という媒体で正当化するかの違いだ」(大意)といわれたことを思い出させます。

財やサービスは積み立てられません。どんなに紙の上にお金を積み立てても、いざ財やサービスが必要になったときには、その時に生産された財やサービスを移転するしかないわけです。そのときに、どういう立場でそれを要求するのか。積み立て方式とは、引退者が(死せる労働を債権として保有する)資本家としてそれを現役世代に要求するという仕組みであるわけです。

かつてカリフォルニア州職員だった引退者は自ら財やサービスを生産しない以上、その生活を維持するためには、現在の生産年齢人口が生み出した財・サービスを移転するしかないわけですが、それを彼らの代表が金融資本として行動するやり方でやることによって、現在の生産年齢人口に対して(その意に反して・・・かどうかは別として)搾取者として立ち現れざるを得ないということですね。

「積み立て方式」という言葉を使うことによって、あたかも財やサービスといった効用ある経済的価値そのものが、どこかで積み立てられているかの如き空想がにょきにょきと頭の中に生え茂ってしまうのでしょうね。

非常に単純化して言えば、少子化が超絶的に急激に進んで、今の現役世代が年金受給者になったときに働いてくれる若者がほとんどいなくなってしまえば、どんなに年金証書だけがしっかりと整備されていたところで、その紙の上の数字を実体的な財やサービスと交換してくれる奇特な人はいなくなっているという、小学生でも分かる実体経済の話なんですが、経済を実体ではなく紙の上の数字でのみ考える癖の付いた自称専門家になればなるほど、この真理が見えなくなるのでしょう。

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政策無関心の枠組みフェチ

どの新聞も同じですが、右代表ということで、

http://www.asahi.com/paper/editorial20100717.html#Edit1(国家戦略局断念―「政治主導」は大丈夫か)

ほんとうに、どうして新聞政治部記者の発想って、そろいもそろってみんな、「政治主導」の枠組みばっかりで、その政治主導とやらで、一体どういう政策をやろうとしているのか、それはいい政策なのか悪い政策なのか、という発想がこれっぽっちもないんでしょうかね。

それがどういう名前のものであろうがなかろうが、省庁を越えた政策的意思決定をやるわけでしょう。問題は、それが特定の利害を代表する人々のみによって行われるのかそうではないのか、というところにあるはず。ところが、狭い意味での「政治」関係者には、そういう中身の発想が欠落しているんですね。

昨年、『現代の理論』誌に寄せた「労働政策:民主党政権の課題」の最後のところで、私はこう述べました。問題状況は何ら変わっていないように思われます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/minshu.htm

>最後に、民主党政権の最大の目玉として打ち出されている「政治主導」について、一点釘を刺しておきたい。政権構想では「官邸機能を強化し、総理直属の「国家戦略局」を設置し、官民の優秀な人材を結集して、新時代の国家ビジョンを創り、政治主導で予算の骨格を策定する」としている。これは、小泉内閣における経済財政諮問会議の位置づけに似ている。

 政治主導自体はいい。しかしながら、小泉内閣の経済財政諮問会議や規制改革会議が、労働者の利益に関わる問題を労働者の代表を排除した形で一方的に推し進め、そのことが強い批判を浴びたことを忘れるべきではない。総選挙で圧倒的多数を得たことがすべてを正当化するのであれば、小泉政権の労働排除政策を批判することはできない。この理は民主党政権といえどもまったく同じである。

 労働者に関わる政策は、使用者と労働者の代表が関与する形で決定されなければならない。これは国際労働機構(ILO)の掲げる大原則である。政官業の癒着を排除せよということと、世界標準たる政労使三者構成原則を否定することとはまったく別のことだ。政治主導というのであれば、その意思決定の中枢に労使の代表をきちんと参加させることが必要である。

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本日の名言

ステークホルダー民主主義論の松尾隆佑さんの名言です。

http://twitter.com/ryusukematsuo/status/18883119131

>結局,当面の立場を同じくするからといって放埓な論者を黙認しておくと,後々面倒を抱え込む結果になりやすい.議論相手を(たとえ外面的にであれ)尊重できない人間と,長期的な行動を共にできるはずがない.小異を捨てるのもいいが,要所要所で諌めることも不可欠

この世のあらゆることについて言えることですけどね。

松尾さんの念頭にある事象とは別ですが、労働問題というのはそういう事態が発生しやすい領域であります。

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雇用を経済ガバナンスの中核に

7月8日に開催された非公式雇用社会相理事会は、非公式なので公式の理事会サイトには出ておらず、議長国ベルギーのウェブサイトに載っていました。

http://www.eutrio.be/pressrelease/informal-council-epsco-employment-central-new-economic-governance(Informal Council EPSCO : employment central in new economic governance)

ここで、議長国ベルギーのジョエル・ミルケ副首相兼雇用相が述べた言葉

>1.First it would be necessary to accept that while employment undoubtedly constitutes factor of social cohesion, it also (and at least as much so) constitutes a fundamental factor of competitiveness and of growth. This key growth and competiveness policy element has not however been given the importance that it warrants.

2.These different elements and arguments demonstrate the extent to which employment policies should lie at the heart of macroeconomic and growth policies and by extension at the centre of the new economic governance. The President maintained that the EPSCO Council should play an active role within the new Europe 2020 economic governance strategy, through optimization of article 148 potentialities

雇用は社会統合の要素であるだけでなく競争力と成長の基本要素なのに、それだけの重要性を与えられていない。雇用政策をマクロ経済政策と成長政策の中核に据え、新たな経済ガバナンスの中心におくべきだ。雇用社会相理事会がEU2020経済ガバナンス戦略で積極的な役割を担うべきだ。

「べきだ」というのは、現実は必ずしもそうなってなくて、どうしても意思決定は経済財務相理事会中心で、その後ろで政策をつくってるのは経済財務総局の役人であって雇用社会総局の役人ではないという実態があるからですが、まあこれはどこの国でも見られる現象ですが、それを政治主導でもっと雇用に重点を置く方向に向けようと、各国の雇用社会相たちに呼びかけているという図式です。

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これでもかこれでもか ワーキングプア120連発

Workpoor 連合総研より、『ワーキングプアに関する連合・連合総研共同調査研究報告書Ⅰ―ケースレポート編― ~困難な時代を生きる120人の仕事と生活の経歴~』をお送りいただきました。

http://rengo-soken.or.jp/report_db/pub/detail.php?uid=208

ここに本文と概要が載っていますので、是非ざっとでも目を通してみてください。ここには、現代日本のもう一つの姿が、これでもか、これでもか、とばかりに120ケース連ねられています。

この報告書は、連合と連合総研が共同して行った働く貧困層への聞き取り調査120例のケースレポートです。もう一つ、アンケート調査も加えて分析した報告書は近日公表ということですが、この120ケース、一つ一つの事例が結構重いです。どれが、というのも難しいのですが、そうですね、最近の相撲部屋と暴力団の話題に引っかけてというわけでもないですが、調査番号:東京26を見てください。

http://rengo-soken.or.jp/report_db/file/1277259200_a.pdf

男、31歳、中卒、

おおまかな職歴:中学卒業→中華料理店・店員(正社員、4年)→相撲部屋・調理等(力士見習い、1年)→整体院・整体師見習い(アルバイト、1年)→暴力団事務所・組員(2年)→露天商(5年)→建設会社・作業員(正社員、数カ月)→建設会社・作業員(登録型派遣=違法派遣、2年)→路上生活→年越し派遣村→現在、生活保護受給中/糖尿病の治療中

>1978年、北海道生まれ。
 両親、弟1人、妹1人と自分の5人家族。兄2人は先天性疾患で乳児期に死亡したので、幼くして弟、妹を含む3人兄妹となった。民間賃貸住宅で暮らしていた。
 小学校就学中に両親が離婚した。父母ともに子どもの引き取りを拒んだため、子ども3人は祖父母の世話になることになった。以後、祖父母が事実上の親代わりとなった。
 中学校を卒業(1993年、15歳)して就職した後は、自分が弟、妹の生活の面倒を見ることになった。
 最後の学校時代(中学)は、両親が離婚していたので何も楽しかったことはなかった。強いて言えば不良仲間だけが唯一話せる相手だったこともあり、不良グループが自分の居場所だった。
 父親はアルコール依存でいつも家族に当たり散らし、家出して愛人のところに行っていた。また、母親は子どもを嫌い、面倒を見なかったため、自分にとっては祖父母だけが頼りであった。そのため、事実上の両親であった祖父母を父さん、母さんと呼んで暮らした。経済的には主に祖父母の年金などが頼りで生活は楽ではなかった。

<初職からの経験>
 1993年(15歳)、両親が離婚しており、生活が苦しかったため中学卒業後に、中学校による紹介で道内の中華料理店に就職した。常連の出前先に暴力団事務所があり、そこの組長から執拗に組員への勧誘を受けた。
 1997年(19歳)、暴力団加入から逃れるため、恵まれた体格を活かして相撲部屋に入門した。部屋では飲食店員の経験を買われて調理を担当した。ところが入門の動機が暴力団から逃れるためであったので、長続きせず1年ほどで辞めてしまった。
 1998年(20歳)から1年ほど、友人(暴力団員)の紹介で、整体院でアルバイトとして働いた。住み込みであった相撲部屋を辞めて以来住居がなく、友人のアパートに同居していた。
 1999年(21歳)、いつまでも友人のところに同居していては迷惑をかけると思い、その友人の紹介で暴力団事務所で住み込みのアルバイト(留守番係)として働き始めた(この時整体院は退職)。それを2年ほど続けた。アルバイトの留守番係でも暴力団の構成員としての活動は拒めず、軽犯罪に関わったり、右翼団体の運動員として働いた。
 2001年(23歳)、暴力団の活動には良心が痛み馴染むことができなかったので、転職を希望して組を辞めた。暴力団員を辞めるために小指を切断し、正式な離脱を図った。
 同年、暴力団を辞めてから、愛媛県にあった暴力団系列のテキ屋(露天商)の元締めのもとで、露天商に転職した。
この当時、「刺青師」の知人にお金を貸したが返済不能となり、借金返済の代わりに自分の体に刺青を入れてもらうことで解決をはかった。
 露天商として5年程度働いたが、暴力団員であった友人の自殺を機に 暴力団関係との絶縁を決意して露天商を辞め、北海道に帰省した。この時点で手持ち資金は5万円だけで、帰省の費用に充てた。
 2006年(28歳)、帰省後、北海道のハローワークで、埼玉県にある建設会社を紹介され、正社員として採用された。
地元にいた母親を訪ね、上京のための費用を工面してもらった。
 ところが、就職した建設会社で「指詰めと刺青」が発覚して居づらくなり、数カ月で自主退職することとなった。
 同年(28歳)、派遣会社に派遣社員として登録(28歳)し、建設現場に派遣された。ところが、2008年(30歳)に派遣先の建設現場での違法派遣が発覚して、事件になった。
この当時、未払い賃金の支給を求めて派遣会社とトラブルとなった。個人で交渉のうえわずかな賃金を受け取り、会社を辞めた。その後、ホームレスに近い状態にまでなった。
 2008年末の「年越し派遣村」に参加した。派遣村で、支援に来ていたある産業別労働組合の執行委員と出会い、NPOの生活困窮者支援グループを紹介され、支援を受けるためその会員になった。

女性はやはりDVがらみのケースが多いですが、こういう高学歴ワーキングプアの事例もあります。調査番号:東京50。

女、37歳、博士課程中退。

> 1972年、京都府生まれ。
 両親と妹を含め4人家族。
 家族関係は幼少期よりずっと良好。父親はメーカーのエンジニア、母親は事務職で共働き。実家の生活水準はごく普通で姉妹ともに大学に進学した。両親とも組合員であったので労働組合の必要性や役割については若い頃から聞かされてきた。
 小、中学校とも成績は上位でいつも学級委員をつとめ、友人も多く交友関係は良好であった。高校は地元の有名進学校に進んだ。両親と同じような平穏な家庭をつくろうと思っていた普通の女の子だった。
 1991年(19歳)、地方の大学に進学、海洋生物学を専攻。
大学の海洋調査実習では女子であるという理由で調査船の航海には参加できずフィールドワークを積むことができなかった。
 1995年(23歳)、東京の大学の大学院に入学。博士課程に進み、研究者を目指すも専門分野の就職の機会に恵まれず、2000年(28歳)で博士課程を中退した。

<初職からの経験>
 1999年(27歳)9月、大学院在学中に専門学校の講師のアルバイトを開始した。
 2000年(28歳)3月、専門学校は春、夏、冬季の3期の休校期間があり、収入不足を補うため、情報通信会社に契約社員として就職した。
 2006年(34歳)に入り、情報通信会社の都合で担当業務が数年後に廃止されることが決まったことがきっかけで、個人加盟できる労働組合に相談した。
 同年、仲間とともに自分たちで労働組合を結成し、業務の廃止撤回を求めて団体交渉を開始した(現在も団体交渉を継続中)。
 2007年(35歳)3月、専門学校のアルバイトを退職。情報通信会社の契約社員専業となり現在に至る

実は、この調査はサンプルが偏っています。報告書のはじめの方に書いてあるように、

>今回のアンケートおよび聞き取り調査では、調査対象者は、労働組合、支援団体を通じて紹介していただいたケースが圧倒的に多いことから、回答者の属性に偏りがある。とりわけ、聞き取り調査対象者には、アンケート調査回答者以上に偏りがあると思われる

のですが、しかし、

>とはいえ、ここで示された各ケースは、まちがいなくワーキングプアの具体的な存在の一つひとつであり、その考察から彼らの抱える問題を明らかにできるものと考えている

のもまた、確かであると思われます。

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会社役員に女性クォータ制の導入?

会社役員というのは雇用される労働者ではありませんので、正確にいえばこれは「EUの労働法政策」には当てはまらないことになるわけですが、男女共同参画政策という観点から大変興味深いことを検討しているようです。EurActiv紙より

http://www.euractiv.com/en/enterprise-jobs/eu-mulls-gender-quotas-on-companies-boards-news-496351(EU mulls gender quotas on company boards )

>The European Commission is considering introducing quotas to tackle gender imbalances in the decision-making bodies of private companies, where only 10% of members are women.

民間企業の意思決定機関における男女インバランス(現在女性は10%)を是正するため、会社役員へのクォータ制の導入を欧州委員会が検討していると。

>"Equality in decision-making is not yet a fact," EU Fundamental Rights Commissioner Viviane Reding told a hearing of the European Parliament's women's rights and gender equality committee yesterday (14 July).

"I do not rule out the possibility of putting forward legislation in this area," she added.

法制化も辞さない、とレーディング男女平等担当員が欧州議会で述べたということです。これまでは労働社会政策担当委員が男女平等も担当していたのですが、今年の新欧州委員会から独立したのですね。

>People close to the commissioner told EurActiv that the most likely action could be aimed at the private sector, with the introduction of gender quotas for boards of directors of top European firms.

彼女の側近によると、一番考えられる行動は、民間大企業の取締役会に性別クォータを導入することであると。

>Reding considers the introduction of binding quotas as a last resort should companies prove incapable of voluntarily adapting their gender balance. There have been suggestions that an initial quota of 20% or more could be applied, but the Commission insists it has no precise figure in mind at the moment.

企業が自主的にやらないときは強制力あるクォータを導入し、それは20%以上を想定しているようだと。

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樋口美雄先生インタビュー

ダイヤモンドオンラインで、樋口美雄先生が「“雇用の二極化”の解消だけではない!「同一価値労働同一賃金」が変える“男女の役割分担”」というインタビュー記事で語っています。

http://diamond.jp/articles/-/8773

いろいろと重要なことを語られていますが、やはり現時点では

>ただ、非正規社員がみな正社員になれば問題が解決するかというと、そうではない。正社員は正社員で抱えている問題がある。不況下の人員削減によって正社員に責任と仕事が集中するようになり、長時間労働が常態化した結果、メンタルヘルスの問題を抱える正社員が増えている。

 したがって、正社員と非正規社員の双方が問題を抱えていることが“本当の二極化問題”と言えるだろう。こうした問題を解決していくためにも、双方が働き方を変えていかなければならない。

>正社員・非正規社員という上下構造があり、「正社員になりたいのになれないから非正規をやっている」という状況では、意味がない。また今のままの正社員では、そうなりたくないという人も多い。働く側が働き方を選択できる状況をつくり、選択肢を増やすこと重要だ。

 そこで求められるのが、多様な働き方を認めていくということだろう。たとえば、「地域限定」「事業所限定」など、労働時間や働く場所などについて柔軟性がある働き方を増やしていけば、問題は多少なりとも解決するのではないか。これは、正社員と非正規社員、あるいは有期雇用と雇用保障付き雇用の中間的な働き方と言ってもよいだろう。最近、こうした「多様な正社員」といった雇用形態を提案する向きも見られる。

「向きも見られる」じゃなくて、樋口先生が座長をされた雇用政策研究会がまさに先日の報告書でそれを提示しているわけです。

ただ、これも何回も本ブログで言ってきたことですが、わたしは「中間的」という言い方は好きではありません。土佐藩の上士と下士ではないのですから、身分格差を感じさせるような言い方はよくないと思います。考えている中身はほとんど同じなんですが、「まず名を正さんか」ということで。

それで、「ジョブ型正社員」と言っているんですが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roukijunpo0225.html

何とかこの言い方を広めていきたいと思います。

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大野正和さんのご逝去

本ブログでも何回かその著書や文章をとりあげ、またご本人も何回か本ブログに来られてコメントいただいていた大野正和さんが、突然ご逝去されたという情報を、ご本人のブログ上で知りました。

http://ohmasakun.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-5d1d.html#comments

心よりご冥福をお祈りいたします。残念ながら物理空間でお会いする機会を得ることはできませんでしたが、それ以上に深くお互いに交流していたのではないかと思っております。

大野さんの議論は、ご自身が愚痴めいて語られていたように、通常の労働研究者とはなかなか接ぎ穂の見つけにくいスタイルでありましたが、労働社会の表層を低回する我々には見えにくいある人間の本質的なものにつながる何かを感じさせる「ちょっと変わった」タイプのものでした。

絶筆となった『先見労務管理』誌連載の「非正規な怒り」「続・非正規な怒り」も、普通の労働研究者の目にはあらぬ方向をさまよっているように見えて、大変深いところをえぐるような議論が展開されていたと思います。この連載については、改めてきちんと論評したいと思っていたところでしたが、それを大野さんに読んでいただける機会は永遠に失われてしまいました。

http://www.geocities.jp/japankaroshi/hiseikiikari.htm

本ブログで大野さんについて触れたエントリです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-7764.html(大野正和さんの慧眼)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-1a25.html(大野正和『自己愛化する仕事』)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-1ea7.html(「死ぬ気で仕事をしろ」と「葬式はいやだなあ」の間)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-8151.html(アスペルガー症候群が生きにくいメンバーシップ型社会)

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派遣労働者の語る派遣の世界

JILPTの労働政策レポートとして、奥田栄二さんの『派遣労働者の働き方とキャリアに関する調査──派遣労働者16人の代表事例から──』が公開されました。

http://www.jil.go.jp/institute/rodo/2010/008.htm

>派遣労働者の属性等については、これまでもアンケート調査などによる総括的な把握がなされてきた。しかし、個々の派遣労働者がどういった経緯、経路、理由で派遣労働者となり、派遣労働者としてどの程度の満足、あるいは不満を抱き、今後自らのキャリアパスをどのようにしたいと考えているのか等についての詳細なヒアリング事例調査は少なかった。そこで、現在、派遣労働者として働いている人に対して、学校卒業後から派遣労働者になるまでの経緯や理由、派遣労働に従事することの満足度、今後のキャリアパスに対する認識などについて、ヒアリング調査を実施した。

主な事実発見は次の通り。

>派遣労働者のなかには、初職が正社員で派遣社員になる者(例えば、結婚退職でやめた女性)だけでなく、就職氷河期や不況の長期化によって、正社員になれずに派遣労働をやむなく選んだ者が少なくない。就職氷河期で学校卒業後に即派遣になった人のなかには、派遣労働を通じて実務経験を積み、正社員になりたいと考えている者が目立つ。

正社員になれずやむなく派遣をしている者のなかには、不況の長期化により、正社員の転職がうまくいかず、派遣をそのまま続けている者も多い。とくに一人暮らし(未婚)では、生活を維持するために、早く働かなければならず、求職活動ができない現状もある。また、派遣を続けると、派遣契約期間中の求職活動は就業時間以外ではやりづらいことや、企業の募集要件(例えば、学歴、経験者募集等)によって、応募前に求職活動を諦める者もいる。

2008年9月のリーマンショック以降、派遣会社の仕事の紹介件数が減っていることを経験した派遣労働者が目立つ。派遣会社から希望の仕事が紹介されないため、派遣の仕事を探している者のなかには、ネット等の仕事検索サイトから入り、仕事を選んだうえで、派遣登録するケースも多い。これにより、派遣元との結びつきが希薄になっている。

派遣労働者のほとんどが、派遣という働き方について、派遣先からいつ切られるか、派遣元から仕事の紹介がなくなるのではないか、などの雇用不安を抱いている。派遣労働者は、景気低迷が続けば、派遣会社の仕事の紹介が減ると考えている者が多く、年齢上限から雇用不安を感じる傾向もある。雇用不安を払拭するため、彼・彼女らのなかには、正社員になりたいという希望を持つ者が多い。雇用不安から正社員になりたいという者と、このまま派遣社員を続けたいと考える者に二分化している。

この「派遣をやめて正社員になりたい」と「このまま登録型派遣を続けたい」に二分化している現状を適切に捉えて、それぞれに適切な政策をとる必要があるわけですが、下手をするとそれぞれに逆向きの政策になってしまう危険性もあるのでしょう。

こういう一人一人のディテールの見える調査こそが、政策を論ずるときにはとても貴重です。選挙も終わったことだし、政治家の皆様方には是非熟読していただきたい報告書です。

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フランス国会がブルカ禁止法を可決

416d77073b37 EUobserverから、フランスの下院がブルカ禁止法を335対1で可決したという記事。

http://euobserver.com/9/30477

社会党は棄権ということで、圧倒的多数により可決となったようです。世論調査では82%我支持しているということで、先のベルギーに続いて、今後他のヨーロッパ諸国でも同様の動きにつながりそうです。

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雇用政策研究会報告

ということで、昨日、雇用政策研究会の報告「持続可能な活力ある社会を実現する経済・雇用システム」が公表されました。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000000cguk.html

>雇用政策研究会(座長:樋口美雄 慶応義塾大学商学部教授)は、近年の経済環境、労働市場における変化を踏まえ、政府の新成長戦略で目標とする2020年に向け、重点的に取り組むべき雇用・労働政策の方向性について検討を重ねてきました。
 このたび、検討結果を取りまとめましたので、報告書を公表します。

既に、先週8日に、「(案)」のついた形でご紹介しておりますので、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-07ac.html(雇用政策研究会報告書(案))

それとほとんど変更はありません。

報道発表資料というのに、「報告書のポイント」とかポンチ絵みたいな図解とか、「報告書の主な記述」という「ここ読んでね!」的な抜き書きがついていて、お忙しい人には役に立ちます。

本日はちょいと違った角度から・・・。

この報告書、役所の研究会の報告書ではあるんですが、なかなかにアカデミックな雰囲気が横溢しております。特に「注」とか「参考文献」とか。

たとえば、報告書14頁の注48、「年功賃金制度」にこういう注釈がついています。

>48 年功賃金に関する理論的な枠組みは、大きく分けて3 つある。第一に、Becker (1964)の人的資本理論では、「投資」としての教育や訓練の結果により職業能力が向上するに従って賃金も上昇すると説明される。第二に、Lazear (1979)は、能力が向上しなくとも年功賃金が存在することの説明として、個人が雇用期間の前半で限界生産性よりも低い賃金を受け取り「預託金」を積み、雇用期間の後半において高い賃金を受け取るという黙示の契約がなされていると捉えた。雇用期間の途中で解雇されることは「預託金」を十分に受け取れないこととなり、個人の努力を引き出すインセンティブになり得る。第三に、制度的な観点として、年功賃金を年齢とともに増大する生活費などを賄う「生活給」として歴史的に形成されたものと考える見方もある。

思わず、「労働経済学のテキストかっ!」という感じです。

46頁の参考文献をみると、最初のところに英文の論文がずらりと並んでいます。20頁の注でも引用されていますが、

67 Neumark and Wascher(1992)10%の最低賃金引上げが1~2%ほど若年層の雇用量を減少させるとの結果。

Neumark and Wascher (1992) ”Employment effects of minimum and subminimum wage: panel data on state minimum wage laws,” Industrial and Labor Relations Review, vol.46, No.1

68 Card and Krueger(1994) ニュージャージー州とペンシルヴァニア州でのファーストフード店の雇用量変化について比較した結果、最低賃金が引き上がったニュージャージー州で雇用の伸びが大きかった。

Card and Krueger (1994) ”Minimum Wages and employment: a case study of the fast food industry in New Jersey and Pennsylvania,” American Economic Review, vol.84, No.4, pp.772-793

という最低賃金の効果をめぐる法と経済学の定番論文が載っていますね。

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人材派遣会社におけるキャリア管理

JILPTの小野晶子研究員らによる『人材派遣会社におけるキャリア管理―ヒアリング調査から登録型派遣労働者のキャリア形成の可能性を考える―』という報告書がアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2010/0124.htm

>本研究は、登録型派遣会社が派遣労働者のキャリアをどのように考え、どのような方法でキャリアを管理しているかということを明らかにすることにある。派遣労働者のキャリア形成を、経路の側面からとらえると、次の3つの問題を明らかにする必要がある。すなわち、キャリアの入口の問題、派遣社員としてキャリア形成中の問題、キャリアの出口の問題である。(第1図)。

研究方法はヒアリング調査による。調査対象は派遣会社全14社。調査期間は2008年12月から2009年12月までの1年間である。

本ブログで昨年5月に紹介したディスカッションペーパーは3社だけでしたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-64d9.html(登録型派遣労働者のキャリア形成の可能性を考える)

その後さまざまな属性の派遣会社14社を対象に詳細な聞き取りを行い、今回こうして報告書にまとめられたわけです。

主な事実発見として、

>まず、入口である。登録型派遣労働の入職ハードルは低い。学歴や正社員としての履歴はほとんど問われない。業務未経験であったとしても、ヒューマンスキルが高ければ、それを担保に派遣会社が派遣先へ「押し込む」ことがある。また、専門職で派遣先とのパイプが太い場合、補助的業務から入職出来る可能性がある。

次に、派遣期間中のキャリア形成の可能性であるが、キャリア形成を、能力の向上に伴って賃金が上昇するという定義で見た場合、派遣先を移動しながらキャリアを積む「移動型」は、市況によって変化する派遣料金に連動するため、能力の向上に伴う賃金の上昇は担保されない。それよりも、同一派遣先にいて仕事の幅を広げていく「内部型」の方が、賃金を伴ったキャリア形成が出来る可能性が高いが、概して派遣会社の派遣先に対する立場は弱いため、必ずしも期待出来ない面もある。よって、派遣期間中は仕事を通じて実務経験を積むことによる能力形成は可能だが、賃金を伴うことが難しい。

派遣労働における年齢上限に関しては、事務系では40歳前後、製造、軽作業系では年齢は関係ないが、労働者側の体力的問題が発生する。いずれにしても、年金受給資格年齢まで接続して派遣労働で働くことは難しい。ただし、専門業務(経理、医療事務、技術職等)に関しては、年齢の「壁」を乗り越えやすい。また、30歳代から1つもしくは少数の派遣会社に固定し、実績を積むことにより、派遣会社はその人の働きぶりを把握できるため、年齢が上がっても仕事が紹介されやすい。

最後に、出口である。登録型派遣労働者が、紹介予定派遣以外の方法(「引き抜き」)で、派遣先へ直接雇用されるケースは少なくない。派遣会社では契約満了後の転換については、把握しきれないが、その数は、紹介予定派遣と同じかそれ以上になる可能性もある。転換申し込み時の雇用形態は契約社員が多いようである。直接雇用になりやすいのは、正社員との職域が重なっている派遣労働者、年齢は30歳代半ばまでである。派遣労働をステッピング・ストーンとして正社員へ転換する可能性はある。派遣元での「期間の定めのない雇用」への転換は、主に請負事業にシフトする事業においてそのリーダー役として雇われるようなケースで、今後増えていくと考えられる。

そして政策的考察として、

>派遣労働者の賃金は派遣料金を通じて、市場の需給や市況の変動に影響されやすい。派遣労働者の能力の向上や職務難易度の向上に伴い、賃金を上昇させるしくみを作り、価格競争から質的競争への転化させる必要がある。特に専門職に関しては、職種ごとの職務分析によるレベル分けと、そのレベルにあった派遣料金の結びつけ、そして評価制度について、業界全体の業務と派遣料金をデザインすることが求められる。

派遣労働から正社員への転換に関して、移行がスムーズに行われるような方策が必要である。派遣会社は派遣労働者に対し、仕事の紹介にあたり、派遣先で正社員転換の制度等があるか、過去の転換事例があるかといった情報伝達を行うことが求められる。

これはもう、一つ一つの聞き取りのディテールが面白いので、是非リンク先を読んでください。

派遣法改正案の先行きはもはやよく分かりませんが、何にせよ、事実に基づかない議論が役に立った試しがないことだけは確かなのですから。

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雇用ポートフォリオ・システムの規定要因─コールセンターを対象に─

JILPTの前浦穂高研究員によるディスカッションペーパー「雇用ポートフォリオ・システムの規定要因─コールセンターを対象に─」がアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/discussion/2010/10-04.htm

>研究の目的と方法

本研究の目的は、コールセンターという同一の職場を対象に、雇用形態の組み合わせである雇用ポートフォリオ・システムを規定する要因を明らかにすることにある。
コールセンターは90年代以降雇用を拡大してきたが、離職率の高い職場としても有名であり、人事管理上の問題を抱えている可能性が高い。またコールセンターは非正規比率が非常に高く、多様な雇用形態の労働者が働いている職場でもあることから、本稿の分析対象として相応しいといえる。
分析は、事例調査(5社)とアンケート調査(142センター)に基づく統計分析を用いている。事例調査からコールセンターの情報を収集し、それを基に仮説を構築し、統計分析で検証を試みている。事例調査による結果の概要は、図表の通りである。

主な研究成果

コールセンターの雇用ポートフォリオ・システムを規定する要因は、非正規比率の高さを規定する要因と主たる雇用形態を規定する要因の2点から考えている。コールセンターの非正規比率はコスト圧力によるが、その程度は、業態、従業員規模、業務のレベル、シフト制によって規定される。その結果、正社員中心型になるかどうかが決まる。
主たる雇用形態を規定する要因であるが、非正規労働者を中心に構成されるセンターで比較すると、その要因は従業員規模と就業時間である。従業員規模は派遣社員を対象とした雇用者数の増減による雇用調整を意味し、後者はパート社員を対象とした労働時間による雇用調整を示す。いずれにも該当しない場合は、契約社員中心型となる。つまりどのような形でバッファ機能を担うか(担わないか)で、正社員中心型を除く、主たる雇用形態が規定される。

政策的含意・提言

同一の職場であっても、雇用ポートフォリオ・システムのありようは企業によって異なる。そのため政策的対応をする際には、産業や業種のみならず、その類型に応じた対応が必要となる。
類型別にみていくと、契約社員中心型とパート社員中心型では、正社員と同一の職務を担うケースがあるにもかかわらず、労働条件や雇用保障面で差があるなど、均衡処遇が問題になる可能性がある。そのため雇用形態別に職務内容や役割を明確に区別したり、正社員登用制度を整備・拡充したりすることが求められる。
派遣社員中心型は、雇用保障と情報管理の関係が重要になる。派遣社員はバッファ機能が期待されており、景気や業務量の変動が生じた時に、彼らは雇用調整の対象となる。他方でコールセンターは、顧客情報が集積する職場でもあり、頻繁な離職は情報漏洩リスクを高めることになる。そのため派遣社員の活用は、バッファ機能と情報管理とのバランスによって決まると考えられ、どちらを重視するかで発生する問題が異なるため、政策的対応もその問題に応じて考えるべきである。

同じコールセンターといっても、労働力の使い方一つとっても実にさまざまなパターンがあることがわかります。

昨年10月、当時コールセンターのスーパーバイザーをされていた「養壷」さん(現在はマネージャー)に拙著『新しい労働社会』の書評をいただいたことがありまして、

http://yanghu.blog23.fc2.com/blog-entry-78.html

その後ときたま覗かせていただいているのですが、まさにコールセンターの人事労務管理の世界が現在進行形で描かれていて、本ディスカッションペーパーと頭の中でクロスすることがあります。

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福祉における子どもと高齢者の非対称性

ニッセイ基礎研究所の遅澤修一氏が、「福祉における子どもと高齢者の非対称性--なぜ老人手当ては問題にされないのか-」という面白いエッセイを書いています。

http://www.nli-research.co.jp/report/researchers_eye/2010/eye100712.html

>子ども手当てに関する批判が止まない。

>だが不可解なのは、子ども手当てに対してだけ、なぜこれほどまで風当たりが強いのかということである。たとえば、基礎年金の3分の1には税金が投入されている。少なくとも税金部分については、言わば「老人手当て」と呼んでもよいはずだが、これは所得や資産に関係なく支払われるバラマキである。子ども手当ての批判に照らして言えば、富裕層にまでばらまき、後の世代にツケを回し、消費性向が低い層に金を流すので景気対策にもならない政策が、何の批判もなく継続されているのである。また、年金以外の社会保障分野でも、基本的に賦課方式の考え方に基づいていれば、貧しい現役世代から豊かな高齢者への逆流が起こりうる。

>既得権を持つ団塊の世代以前の高齢者が強い政治力を持つことも一因だろう。結局、社会保障政策において、世代間格差は問題にされず、「老人手当て」が既得権化してしまうのである。

と、ややもすれば高齢世代の既得権批判になってしまいがちなのですが、福祉といえば高齢者にお金をばらまくことであって、子どもにかかる金は正社員の生活給で面倒見るものという思想が牢固として強いことが大きいのでしょう。

純粋なリバタリアンの立場からすれば、高齢者であれ子どもであれ、一切バラマキは許されないとなるはずですし、西欧型社会民主主義の立場からすれば、高齢者も子どもも、自分で稼げない人々は社会全体で面倒を見るということになるのでしょうが、日本型システムにおいては、高齢者は豊かでも社会全体で面倒見るけれども、子どもは貧しくても親が面倒見ろよな、となるということではないでしょうか。少子高齢化するはずです。

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『現代の理論』10夏号

03299231 『現代の理論』2010年夏号を頂きました。ありがとうございます。それにしても、選挙当日の7月11日発売の雑誌で「菅新政権の戦略はこれだ」という特集を組むというのもすごいですね。

やはり、山口二郎氏の「政権交代をなぜ生かせなかったのか-民主党における『失敗』の考察」が(ある意味で彼自身に跳ね返る性質を持った批判であるだけに)読ませます。

>最後に、政権交代以後の政治の混迷と、政治学の責任について触れておきたい。この点に関しては、民主党の背後、あるいは周辺で政権交代に向けた理論を整備した学者の言説にも原因があると私は考える。特に、佐々木毅氏及び21世紀臨調が政権交代至上主義を民主党に注入したことは重大であった。政権交代によって資源配分や外交戦略をどう変えるかという問いを一切捨象し、手続き制度に関する政治改革の文脈に政権交代を封じ込めたのは、21世紀臨調の議論の最大の特徴である。

>政党に対してマニフェストをつくれという説教はするが、どういうマニフェストをつくれという議論は一切議論しない。また、北川正恭氏の悪影響で、マニフェストにおいて過度に数値目標が重視される一方、政策を統合する基本的な思想については何も語らないというきわめて歪な議論が横行した。

まったくその通りだと思いますが、しかしまさに「民主党の背後」の一番近いところにいた山口二郎氏にその責任の一端がないというわけにもいかないように思います。

ここは、なかなか難しいところではあって、社会科学者でいえば政治学者、新聞記者でいえば政治部記者というのは、経済、社会、労働、教育・・・・といった専門分野じゃないジェネラリストという面があるわけですが、だからこそそれら専門分野における考え方の違いが政治的対立として反映されてくるというその構造をきちんと理解して、各専門分野における対立構造を踏まえた形で議論をしたり記事を書いたりしてもらわないと、単なる政局を追っかけているだけの底の浅い代物になってしまうわけです。山口氏のいう「政権交代至上主義」ってのがまさにその底の浅さの典型であるわけですが、そこで「何のための政権交代?」と自らに問い返せるかどうかで、政治学者や政治部記者の値打ちが決まってくるのだろうと思います。失礼な言い方ですけど。

あと、やはり『現代の理論』といえばこの人、小林良暢さんの「最小不幸社会の雇用・年金戦略-消費税10%の内容が問われる」が正論を述べています。

>雇用における「不幸を最小にする」には、長期失業者に対して職業訓練を実施して就職・再就職に結びつけることである。長妻厚生労働大臣は「職業訓練バウチャー」制度を検討しているらしい。しかし、今公的職業訓練に必要なことはそういう小手先のものではなく、その担い手である訓練機関の強化と教育内容の拡充である。

それから、自治労の秋野純一氏の「地方分権の現在にはらむもの」が、分権原理主義の危うさを見事に摘出しています。

>社会保障の現場では、「地域主権」が前提にしているような抽象的な「市民」は存在しない。

>社会保障分野における財源の一般財源化や分権の先行事案によれば、公立保育所の実施水準や福祉事務所のケースワーカー配置など、多くの分野で実施水準が低下しているという事実があるが、地方政治におけるパワーゲームの現実のなかでは、ある意味で当然といえる。簡単に言えば、声の小さいところが削られるのである。こうした「事実」を踏まえた議論は少なく、分権原理主義的な「あるべき論」が横行している。

>道具に過ぎない「分権」の自己目的化を見直し、個々の政策決定に当たっては、常に「誰のための分権か?」を問い、政策を実現するために手段としての有効性を検証することが必要である。また、抽象的な「強い市民」による民主主義ではなく、当事者主権やステークホルダー民主主義、地域横断的な中間団体の自治を含む多様で重層的な民主主義が求められる。

>トップダウンによる分権など語義矛盾であり、政策策定過程においても民主主義が保障されなければならない

これもことごとく賛成。そして、この地方分権こそ、政治学者や政治部記者の「罪」が一番重い分野ではないかと思います。福祉や教育が切り捨てられることが分かっていて、「地域主権」などという美名でごまかしてきたのですから。

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日本IBM事件最高裁判決

本日、日本IBM(会社分割労働契約承継)事件の最高裁判決が出されました。

早速最高裁のHPに掲載されています。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100712111131.pdf

結論は地裁、高裁の判断を維持。本判決で重要なのは、リンク先の判決文で下線を引いてあるところですが、

>上記立場にある特定の労働者との関係において5条協議が全く行われなかったときには,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるものと解するのが相当である。
また,5条協議が行われた場合であっても,その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため,法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には,分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく,当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。

本件においては

>被上告人の5条協議が不十分であるとはいえず,上告人らのC社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。

と、原告の訴えを退けています。

この問題、日本の会社分割労働契約承継法のもとになったEUの企業譲渡指令をなまじ知っていると、話がまるでひっくり返っているのがとても面白いところです。

本ブログでも、4年前にこういうエントリを書いたことがあり、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_1578.html(労働契約承継とEU指令)

>要するに、ジョブ中心社会を前提にして、ジョブが移るのなら人も移せ、というのを基本ルールにしつつ、行きたくない労働者はいかなくてもいいよ、しかしもとのところにいられるとは限らないよ、というのがEUのルールなんです。だから、これを、メンバーシップ社会でメンバーシップを維持しろという裁判に使えるかというと、いささか首をかしげるところはあるんですね

この問題は、突っ込めば突っ込むほど、ジョブ型労働社会とメンバーシップ型労働社会の違いが浮き彫りになるテーマです。緻密な研究もいいですが、そういう観点からの法社会学的研究も面白いと思いますよ。若い研究者の皆さま。

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勤務間インターバル規制@熊沢誠エッセイ

熊沢誠先生のHPに掲載されたエッセイで、情報労連傘下組合が締結した勤務間インターバル規制が取り上げられています。

http://www.kumazawamakoto.com/essay/2010_july.html(労働組合運動──意義ぶかいふたつの営み)

このテーマの重要性に比して、あまり労働問題の専門家が積極的に取り上げられないように感じてきましたが、今年『働きすぎに斃れて──過労死・過労自殺の語る労働史』(岩波書店)を刊行された熊沢先生に取り上げられるのはこの問題を説いてきた私としては嬉しいことです。

ただ、その中の記述に、

>つとにインターバル規制の必要性を唱えてきた濱口桂一郎の示唆もあって、その導入を方針とした情報労連傘下「通建連合」の諸組合が、その協約化を求めたのである。

と書かれているのですが、いえ、わたくしは別に組合の方々に直接示唆などしておりません。ただ、本ブログやいろんな雑誌などで、「せめてEUの休息期間くらいは導入したらどうでしょう」と一般的に申し上げてきただけで、情報労連がこういう方針を打ち出したのは、まったく組合の自主的な判断です。だからこそ素晴らしいのだと思うのです。

もう一つ取り上げられている連合と人材派遣協会、生産技能労務協会との対話にしても、EUでは派遣業界の労使が積極的に対話をしているよ、と繰り返し本ブログでも述べてきましたが、そういう動きが自発的に動き出すようになってきたことにこそ、将来への希望を感じさせてくれることだと思います。

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経営者が命じたくせに社員を横領だと訴えた事件の最高裁判決

一昨日、最高裁判所が下した判決については、新聞でも報道されておりますとおり、民事訴訟法上の問題が論点であって、本ブログの管轄範囲ではないのですが、事件の中身がなんというか「ひでえ経営者!」って話なので、紹介しておきます。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100709142120.pdf

その横領ってのは、

>被上告人らが主張する本件横領行為等の行為態様は,上告人が,① X1の業務に係る支払に充てるなどの名目で小切手(2件については約束手形)を無断で作成し,又は偽造して,これを現金化した上,同小切手金等を領得したというもの,②被上告人らの預貯金を無断で払い戻したり,解約したりして,払戻し等に係る金員を領得したというものであった。

なんですが、下級審の事実認定によれば、実は、

>原審は,X1の経理処理態勢等について,X1における小切手等の振出しは,上告人が所要事項を記入した小切手用紙にX2がX1の銀行届出印を押捺して行われていたこと,X は同印章を外出時に2 妻などに預けるほか常に携帯していたこと,X2は,X1の振り出す小切手等の控えを入念に点検していたほか,会計事務所の担当者が毎月行う会計帳簿等の点検の際も立ち会っていたが,上記点検によっても使途不明金が発見されるなどの問題が生ずることはなかったことなどを認定した上,本件横領行為等を認めるに足りないとするにとどまらず,被上告人らが上告人において無断で作成し,又は偽造したと主張する小切手等の振出しや預貯金の払戻し等については,そのほとんどを,X2が自らこれを上告人に指示したもので,上告人において小切手等を現金化し,又は預貯金の払戻し等を受けた現金は,その多くをX2が上告人から受領し,その他についてもX1の業務に係る支払等に充てられたことを積極的に認め,本訴請求についてはこれを棄却すべきものとした

ということだったようです。

自分で小切手の振り出しや預貯金の払い戻しを命じ、その金をちゃんと受領しておきながら、それを忠実に実行した社員を横領で訴えるとは、とんでもない経営者ですな。

本判決はこの事実認定を前提として、そんな無法な経営者側の訴えを不法行為と認めなかった高裁の判決を退けたものなのですが、

>原審の認定するところによれば,被上告人らが主張する本件横領行為等に係る小切手等の振出しや預貯金の払戻し等のほとんどについて,X2が自らこれを指示しており,小切手金や払戻し等に係る金員の多くを,X2自身が受領しているというのである。
そうであれば,本訴請求は,そのほとんどにつき,事実的根拠を欠くものといわざるを得ないだけでなく,X2は,自らが行った上記事実と相反する事実に基づいて上告人の横領行為等を主張したことになるのであって,X2において記憶違いや通常人にもあり得る思い違いをしていたことなどの事情がない限り,X2は,本訴で主張した権利が事実的根拠を欠くものであることを知っていたか,又は通常人であれば容易に知り得る状況にあった蓋然性が高く,本訴の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められる可能性があるというべきである。

>しかるに,原審は,請求原因事実と相反することとなるX2自らが行った事実を積極的に認定しながら,記憶違い等の上記の事情について何ら認定説示することなく,被上告人らにおいて本訴で主張する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであることを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて本訴を提起したとはいえないなどとして,被上告人らの上告人に対する本訴提起に係る不法行為の成立を否定しているのであるから,この原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

と差し戻しをしています。

どういういきさつかはよく分かりませんが、ひっでえ経営者ではあります。

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第4の原理「あそしえーしょん」なんて存在しない

下の「冷たい福祉国家の幻想」のdojinさんのコメントがつきました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-a1fa.html

このあたり、ちょっと筋道はずれますが、むかし本ブログのあるエントリのコメント欄で、(妙なイナゴ諸氏の乱舞するなかで)ちょっとやりとりしたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_b2d6.html(構造改革ってなあに?)

>いなば: あと、飯田君はご自分の経済政策論と労働・社会政策論をそんなに無理矢理対立関係におかれる必要はないと思います。
ぼく自身は『教養』では連帯指向の社会運動・社会政策にもっぱら「後衛」、マクロ経済的に言えばビルトインスタビライザーとしてのみ肯定的な位置づけを与え、好況期にはむしろ市場にとっての死荷重と化す、としましたが(だからこそ「ケインズ主義最小国家」なんてアイディアも出てくる)、最近はちょっと違った風に考えています。

学校教育も労働組合も社会保険も、それどころか民間の保険でさえ、営利企業によってでもまた国家によってでもなく、民間レベルでの慈善や社会的連帯運動によってはじめられ、それがやがて、あるいは営利企業によって運営可能となり、あるいはまた国家によって制度化されるようになった。(ここにインターネットを加えてもよい。あるいは永瀬唯『疾走のメトロポリス』INAX出版、を参照。)このように、ある種の新ビジネス(セットアップコストがひどく高いとか、外部性が大きいとか)は、その立ち上げ時においては連帯の思想に支えられた協同主義的社会運動によってこそうまく運営できると思われる。いわゆる社会政策の少なからずはこれに当てはまると思われる。(ここではかつての慈善、そして国家におけるパターナリズム問題の検討は保留する。)

以上を踏まえれば社会運動・社会政策は市場経済の支配する社会においても、ただ単にセーフティーネットやスタビライザーを提供する「後衛」としてでなく、イノベーション・インキュベータとして「前衛」でもありうるのだ、と言えそうです。ただし「前衛」の宿命として、敗北を通じてしかその成功はあり得ないのでしょうが。

>hamachan: 第2、今回新たに書かれた点についてはよく理解できないところが多いのですが(従って誤解に基づくものとなっているかも知れませんが)、わたしは、第4の原理として「あそしえーしょん」があるというたぐいの議論には、何重にも眉に唾をつけることにしております。人間という生き物は、協働と脅迫と交換という3つの原理の間をぐるぐる回ることしかできないものだという諦観から出発しないと、またぞろとんでもない失敗をしでかしかねないのではないでしょうか。

>いなば: 「第四原理としてのアソシエーションは信じない」「協同と脅迫と交換だけだ」というのはごもっともです。私は別に第四原理について、柄谷的アソシエーションについて論じたつもりはございません。濱口先生の仰る「協同」についてのみ念頭に置いております。それが『仲間』を超えられないんじゃないかという濱口先生の懐疑も十分に理解しておるつもりです。
この手の議論としてもっとも風呂敷が広かったのはかつての岩田昌征先生の三極図式、「自由-平等-友愛」に「市場-計画-協同」を対応させ、更に「資本主義-中央計画型社会主義-自主管理連合型社会主義」を重ね合わせて理解しようとしたあれですが、あの図式は歴史の審判に耐えられませんでした。
関連してぼくが興味深く読んだのはジェーン・ジェイコブズの『市場の倫理 統治の倫理』です。彼女によれば一貫した道徳理論には二種類、垂直的な統治の倫理と、水平的な契約・市場的取引の倫理しかない、ということになります。第三の倫理、協同組合主義者や共産主義者が夢見た水平的連帯の倫理というものはそもそも存在しない、というのです。それは(ぼくなりにパラフレーズすると即自的な自然発生的共同体のなかでしかありえず、文明社会の形成原理には成り得ない、というのでしょう。

>hamachan: 第2の論点については、どうも基本的な認識に違いはないようなので、私が稲葉先生の仰っているご趣旨を誤解したということにようですね。ただ、言い訳すると、わかりにくいですよ、あの文章は。しかも、私は柄谷さんを例に挙げましたが、ご承知のように、一番それに近い主張をされているのは松尾匡さんです。対談集を出されたばかりでもあり、ついその影響かな、と先回りして考えてしまいました。

http://www.std.mii.kurume-u.ac.jp/~tadasu/shucho7.html

我々の手持ちのカードは、国家と市場とムラなんですから、その原理をどう組み合わせるか、で考えていくしかない。労働組合も社会保険も、もとはムラの助け合いの原理でしょう。それをもっとマクロ社会的に作動可能にするために、国家権力や市場メカニズムをどう組み合わせていったか、というのが社会政策の歴史であり、福祉国家の発展史なのであって、どこぞ宇宙から「ねっとわーく」なるものが降って湧いたわけではない。

0236930 ごく最近も柄谷行人氏が『世界史の構造』(岩波書店)という大部の本で、世界史は3つの原理の絡み合いというところは全くその通りなのに、第4の原理として「アソシエーション」を持ち出しています。そう言うのが一番危ないのですがね。

たぶん、現在の組織のなかで「アソシエーション」に近いのは協同組合でしょうが、これはまさに交換と脅迫と協同を適度に組み合わせることでうまく回るのであって、どれかが出過ぎるとおかしくなる。交換原理が出過ぎるとただの営利企業と変わらなくなる。脅迫原理が出過ぎると恐怖の統制組織になる。協同原理が出過ぎると仲間内だけのムラ共同体になる。そういうバランス感覚こそが重要なのに、そのいずれでもない第4の原理なんてものを持ち出すと、それを掲げているから絶対に正しいという世にも恐ろしい事態が現出するわけです。マルクス主義の失敗というのは、世界史的にはそういうことでしょう。

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中核派の賃金論

わたくしを「趣味者」認定していただいた「マル共連BBS再建協議委員会(準)」(笑)からリンクをたどって、革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)のホームページの『前進』の記事を読んでいくと、なんとあの懐かしき「同一労働力同一賃金説」がこの平成の御代に堂々と書かれておりましたがな。

http://www.zenshin.org/f_zenshin/f_back_no10/f2445.htm#a2_3

>全国ユニオンは、パート・派遣労働者の組織化と、「有期雇用の問題」をいかに突破するかを課題に挙げている。もう一つは、「賃金の二極化」に対するリビングウエッジ(生活賃金)条例と均等待遇の実現だ。均等待遇実現のために「同一価値労働同一賃金」原則が必要だと主張する。
 ユニオン全国ネットが09年に掲げた方針は「均等待遇、合理的理由のない有期契約禁止」「公正・公平で差別のないワークルール作り」だ。有期契約禁止に「合理的理由のない」という枕ことばが付いている。有期契約絶対反対ではないということだ。
 この均等待遇要求は「同一価値労働同一賃金」論を原則としている。これは、さまざまな労働に“価値の違い”があるかのような非マルクス主義的な考え方を軸に、異種の労働を点数で評価して“同一価値の労働に同一賃金を支払え”というものだ。価値の違う労働は賃金差があって当然という考え方だ賃金は生活手段の価値に規定された労働力の価格である。このマルクス主義の基本を否定し、「労働の質」に応じた賃金格差を容認するのが「同一価値労働同一賃金論」だ。この理論に基づく「均等待遇」は、差別分断の助長・拡大にしかならず、むしろいっそうの非正規雇用拡大に道を開くものとなるのだ。

「価値の違う労働は賃金差があって当然」というのは許し難い考えのようです。

終戦直後にあるマルクス経済学者が説いた

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-31c9.html(同一労働力同一賃金説は俗流マルクス主義が源流?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-89f6.html(同一労働力同一賃金原則@俗流マルクス主義)

が、冷凍保存したみたいに見事に生き残っておりましたですな。

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ベーシック・エデュケーションの提唱

全労済協会から送られてきた『全労済協会だより』42号に、高屋定美・西尾亜希子両氏による「社会的排除と高等教育政策に関する国際比較研究-高等教育の経済効果の視点から」という報告の要約が載っています。

報告の全文は後日発行する予定ということなので、現時点ではこの要約しか世の中にないわけですが、社会的排除と労働市場、教育の関係について様々に論じた上で、最後の第4章では大変興味深い提言をしているようです。

以下、『だより』から引用します。

>・・・本報告では将来の社会のあり方としてデンマークなどで実施されているフレクシキュリティの方向を受け入れざるを得ないと考え、そのためには従来の義務教育だけではなく、職業訓練、生涯教育を含んだベーシック・エデュケーションが必要であることを述べている。本報告での提言を以下に掲げる。

(1)アクセスコースの創設を含むベーシック・エデュケーションの実現を行う。

(2)勤労意欲と勤労自信をはぐくむための教育プログラムと教育制度を開発、運営する。

(3)ベーシック・エデュケーションのための財源としては、政府からの補助を期待するが、そのために広く薄く徴税するために消費税の増税はやむを得ないものと考える。ただし、労働組合を通じた労働者側と経営者側からの協同出資による教育・訓練機関を創設し、プログラムなどはできるだけ自主的にその機関が開発・運営するようにする。

(4)解雇規制などは現行よりも緩やかにし、労働市場での流動性を高める工夫が必要である。

(5)政策の実行順位とすると、まずベーシック・エデュケーションを実現させ、労働者に職を失っても安堵感を与えることが必要であり、その上で解雇規制の柔軟化を行う。

以上の政策を実行するためには、従来の政策フレームワークを組み替え、厚生労働政策と教育政策の横断的な政策立案と意思決定が必要となる。

細部には、もう少しよく考えた方がいい点もありますが、大きな枠組みとしては大変示唆的だと思われます。

正式の報告書になった時点で、また取り上げてみたいと思います。

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「冷たい福祉国家」の幻想

そういえば、稲葉振一郎先生が、最近こんなことを呟いているのを発見しました。

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20100630/p2

>最近「分配する最小国家」はぎりぎり可能だとしても「冷たい福祉国家」はありえへんような気がしてきた。

どんなに豊かな社会にも落ちこぼれた少数の不幸な人々は存在し、マクロ経済政策やベーシックインカム型のルール型・普遍的制度設定型政策はそうした人々を減らす役には立っても、そうなってしまった人をケアする役には立たない。どうしても誰かが「権威」を背負って押しつけがましく時に暴力的な「ケア」、つまりフーコー的にいう「統治」を担わないわけにはいかない。

というと福祉プロパーや左翼からBIに流れてきた人は嫌な顔をするだろうか。

もう今から4年近く前になりますなあ・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_cda3.html(冷たい福祉国家)

>いや、もちろん、原理的に考えるのが好き(あるいは得意)な人と、現実のごちゃごちゃしたのから考えをめぐらすのが好き(あるいは得意)な人とでは、ものの考え方の筋道が違うんだなあ、ということに尽きるんですが・・・。

そもそも「冷たい福祉国家」ってなんやねん、そんな訳の分からんもん、あるかいな、と最初に感じてしまうともうなかなか話についてけない。年金のもとが軍人恩給であり、障害者対策のもとが傷痍軍人対策であるように、福祉国家とは熱い戦友の共同体、戦場で共に死線をくぐった「仲間」が、冷酷な資本主義の「悪魔の挽き臼」に放り込まれ、貧困と屈辱にあえぐ姿が、戦友たちの怒りを呼び起こし、国家という「想像の共同体」の名の下に、悪逆非道な資本家から資源を取り上げて、彼らに再分配せよ、と発展していったわけで。それがやがて、「銃後」の戦場で戦う戦友たちにも広がり、ひいてはネーション共同体全てが戦友化することによって普遍化していったのが福祉国家なるものであって。まあ、広がっていくと共に、「熱い」福祉国家はだんだん「生暖かい」ものになり、「生ぬるい」ものになってはきたけれども。

そういう福祉国家の「熱い」原点を抜きにして、小役人が眠たい目をこすりながら書類をいじるような手つきで、「再分配する最小国家」だの何だの言ったって、そもそもそんなものを追い求めなきゃいけないモチベーションがありゃせんわな。「冷た」くなったら福祉国家じゃないのよ。私的自由がそんなに大事なら、再分配する理由なんかありゃしない。勝手にさらせ、だけでしょ。

すっごくベジョラティブな言い方をすると、テツガク者とケーザイ学者だけで福祉国家を論じてると、その一番大事な根っこが消えてしまうように感じられる。資源を一方的に奪われる側にとっては何のアピールもない話にしか思えない。みみっちいベーシックインカムといえども、そんな得体の知れない金を出す義理はない、ってことになるだけ。結局、福祉国家なるものが可能だとしたら、それは、いかに仮想的であったとしても、何らかの戦友共同体を構築するところにしかないのですよ。どんなに就労困難な重度障害者であっても、社会に参加し、貢献している「戦友」なんだといったようなね

あのときに比べると、(分かっている人、分かっていない人含めて)ベーシックインカムを振り回す人が格段に増えたのは確かですが、ものごとの筋道は何にも変わっていないと思いますね。

(追記)

分かる人には今更ですが、分からん人もいるようなので

武器も持たずに「てめえの顔なんか見たくもないが、さっさと金をよこしやがれ、この野郎!」といわれて、喜び勇んでお金を差し上げる奇特な人はそうそう世の中にいないということ。

人類の行動原理は、おおむね「これあげるから、それをちょうだい」という交換の原理、「これをされたくなかったら、それをよこせ」という脅迫の原理、「友だちだろっ、仲間だろっ、ねっ、ねっ、だから・・・」という協同の原理に尽きるのであって、市場経済に基づく福祉国家というのはそれを適度に(どの程度が適度かは国によって様々だが)混ぜ合わせて動かしているわけで、そのいずれとも明確に矛盾する原理で世の中が動かせるなどと思わない方がいい。

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産科医当直は違法な時間外労働…労基署、奈良県を書類送検

読売の関西版に、標記のような記事が出ています。

産科医の当直?奈良県を書類送検?

あの事件じゃないか!!

わたくしが『ジュリスト』の昨年11月15日号に判例評釈を書いた、あの事件じゃないですか!

http://homepage3.nifty.com/hamachan/naraken.html労働判例研究 地方公務員たる医師の「宿日直」の監視断続労働性及び「宅直」の労働時間性 --奈良県(医師時間外手当)事件

この事件は民事訴訟として起こされ、一審で明々白々な(とはいえ重要な見落としのある)判決が出されているのに奈良県は控訴して争っているわけですが、

いうまでもなく労働基準法は民事上の効力を有するだけではなく、刑事上の効力も有しますからね。労働基準法違反は刑事犯罪なんですからね。

そういうことをおそらく知らなかったであろう奈良県の医療当局にとっては、労働法を一から勉強し直す、大変いい機会になったに違いありません。

>奈良県立奈良病院(奈良市)に勤務する産科医の当直勤務は違法な時間外労働に当たるうえ、割増賃金も支払っていないとして、奈良労働基準監督署が、同病院を運営する県を労働基準法違反容疑で書類送検していたことがわかった。同病院は昨年4月、産科医2人が当直勤務に対して割増賃金の支給を求めた民事訴訟の奈良地裁判決で、計1540万円の支払いを命じられ、控訴審で係争中。公立病院の医師の勤務実態に関して、刑事責任を問われるのは異例という。

 捜査関係者らによると、同病院では、産科医らが当直中に分娩や緊急手術など通常業務を行っているが、病院は労基法上は時間外労働に相当するのに割増賃金を支払っていなかったうえ、同法36条に基づき、労使間で時間外労働や休日労働などを取り決める「36協定」も結ばず、法定労働時間を超えて勤務させた疑い。

 昨年4月の民事訴訟判決で、奈良地裁は「当直の約4分の1の時間は、分娩や緊急手術など通常業務を行っている」などとして、医師の当直勤務を時間外労働と初めて認め、割増賃金の支払いを命じた。判決後の同9月、県外に住む医師が県を労基法違反容疑で告発し、奈良労基署が調査を進め、今年5月に送検した。

まあ、上記判例評釈で指摘したように、奈良地方裁判所の裁判官自身が、公立病院の医師に対する労働基準法の適用関係を誤って理解したまま判決文を書いてしまうという労働法リテラシーの欠如ぶりでありますので、奈良県の医療当局ばかりを責められない面もあるわけなんですが、

>県は2004年から、36協定締結について労組側と協議したが、現在まで協定は締結されていない。ただし、県は06年の提訴後、2万円の当直手当に加え、当直中の急患や手術の時間に応じて割増賃金を支給し、当時5人だった産科医を7人に増員するなどの措置を取っている。

 武末文男・県医療政策部長は「書類送検されたことを重く受け止めており、協定をできるだけ早いうちに結びたい。割増賃金については、引き続き県の主張を説明する」としている。

いまなお刑事上の違法状態が継続しているわけです。一方で、民事裁判の控訴は断固戦い続けるつもりなのでしょうか。まあ、地裁判決の間違いを正すためにも、高裁でちゃんとした判決を出してくれた方がいいわけですが。

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『POSSE』第7号つづき

Hyoshi07 さて、『POSSE』第7号ですが、あんまり素っ気ないのも何なので、いくつか面白い記事を。

といっても、正面から「地方から新しい公共を」という感じの記事ではなく、ちょいと搦め手っぽいところで。

正直言って、五十嵐泰正さんの「北の荒野を往く-成長の爪痕と向き合う旅」は、もうすこし写真を大写しにして、ニッポン廃墟列伝みたいな感じにしたら、もっと感じが出たのではないかな、と。

今野晴貴さんの北海道のユニオンの話、とくに札幌地域労組の鈴木一書記長の話も興味深いです。鈴木さんはこの業界ではニッポン三大オルグの一人として有名ですが、「地方だから地域メディアで報道されやすい」というのは、戦う手段をうまく駆使するユニオンの面目躍如です。

>大都会に行くと小さいユニオンがいっぱいありますよね。だからよっぽど工夫しない限り、マスコミに取り上げてもらうことは難しい。北海道は大阪や東京都は違って、ローカルの中で割と華々しく運動をやる組合ってうちぐらいしかないんですよ。そういう意味では札幌という規模がちょうどよかったという部分があるかも知れません。私たちの運動と何かネタが欲しかったマスコミとがうまく噛み合ったのだと思います。

あと、「龍馬伝」対談から、五十嵐泰正さんの発言、

>龍馬の本質は、フリーランスのコーディネーターであり、非常に遊撃的な運動家。殿様にも敵にも外国人にも一個人で会いに行き、そこで必ず相手を魅了しちゃう。だから、「俺が俺が」とお山の大将で徒党を組みたがる新党党首が龍馬だって言うのは本質をはずしてる。むしろ武市半平太ですよね。

最後に、次号予告で「ベーシックインカム」。編集長の部屋の言葉によると、

>今号とはまた違う意味で面白いですよ。穏やかじゃないというか。

ということなので、期待できます。

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JILPT平成21年度研究成果報告会

JILPTの研究成果報告会のお知らせです。7月28,29日の両日行われます。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/info/201007.htm

>雇用・就業形態の多様化や少子高齢化の進展等を背景に様々な労働・雇用面での構造変化が進む中、労働政策研究・研修機構ではこうした変化に対応した総合的な調査研究の実施を通じて労働政策の企画・立案に貢献しています。

本報告会では、機構が実施した平成21年度の研究成果を幅広く提供するとともに労働政策研究の今日的課題について報告・議論します。

プログラムは下記の通り。

第1日:7月28日(水)
<<午前の部 10:00~>>

高齢者雇用
継続雇用等をめぐる高齢者就業の現状と課題
藤井 宏一 (統括研究員)

女性の就業継続
女性の働き方と出産・育児期の就業継続
─就業継続プロセスの支援と就業継続意欲を高める職場づくりの課題─
池田 心豪 (就業環境・ワークライフバランス部門研究員)

<<午後の部 13:30~>>
雇用多様化の今日的課題
<報告>
雇用の多様化の変遷 II:2003~2007―厚生労働省『多様化調査』の特別集計より―
浅尾  裕 (労働政策研究所所長)

非正規社員のキャリア形成―能力開発と正社員転換の実態―
原 ひろみ (人材育成部門副主任研究員)

契約社員の職域と正社員化の実態
高橋 康二 (就業環境・ワークライフバランス部門研究員)

<報告者によるディスカッション>
コーディネーター
浅尾  裕 (労働政策研究所所長)

第2日:7月29日(木) 
<<午前の部 10:00~>>

キャリア発達
成人キャリア発達に関する調査研究―50代就業者が振り返るキャリア形成―
下村 英雄 (キャリア・ガイダンス部門副主任研究員)

労働時間
仕事特性と個人特性から見たホワイトカラーの労働時間
小倉 一哉 (就業環境・ワークライフバランス部門主任研究員)

<<午後の部 13:30~>>
個別労使紛争
個別労働関係紛争処理事案の内容分析
―雇用終了、いじめ・嫌がらせ、労働条件引下げ及び三者間労務提供関係―
濱口桂一郎 (労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員)

中小企業の人材育成
中小サービス業における人材育成・能力開発
藤本 真 (人材育成部門副主任研究員)

職業資格
我が国における職業に関する資格の分析―Web免許資格調査から―
西村 公子 (キャリア・ガイダンス部門統括研究員)

わたくしのパートは29日(木)の午後一からです。

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雇用政策研究会報告書(案)

厚生労働省のHPに雇用政策研究会の報告書(案)がアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/06/dl/s0624-6b.pdf

「持続可能な活力ある社会を実現する 経済・雇用システム」という格好いい題名がついていますが、内容も現代労働社会の課題に的確に対応するものになっています。とかく雇用政策研究会報告書はいささか総花的な、何でも書いてあるけど、どれもあんまり突っ込んで書いてない、という傾向がありましたが、今回のは(やはり総花的とはいえ)かなり突っ込んで書かれていて、読み応えがあります。下に、わたくしが特に関心を持った部分のみをいくつか引用しますが、是非上記リンク先で全文をじっくりお読みください。

まず、総論として、「雇用は「生活保障のかなめ」であり「成長の土台」」であるという認識を示したところ。

>経済社会が抱える課題の解決を新たな需要のきっかけとし、それを成長につなげていくことが極めて重要であるが、この「課題解決型国家戦略」は安定した雇用によって支えられる。国民は安定した雇用の場を得ることにより、所得を得て消費を拡大し、需要不足を解消することが可能となる。また、各々の生活保障を確立することによって、家族形成も可能になる。
このような意味で、雇用は「生活保障のかなめ」、「成長の土台」であり、それに関わる仕組みは持続可能なものでなければならない・・・。

目指すべき社会のイメージ:

>このようにして構築される社会は、本人の努力に関わらず経済情勢に生活が過度に左右される運任せの冷たい社会ではなく、努力することなく生活の安定が得られるぬるま湯のような社会でもない。
こうした取組により目指す社会のイメージは以下の通りである。
○雇用の場が十分に確保され、職業キャリアが形成できる
○仕事と生活の調和が実現できる
○生活を支えるしかるべき収入が得られる
・夫婦で働けば安心して子供を産み育てられる
・労働者間の賃金バランスがとれている
・介護などの公的制度の下で働く労働者も人並みの賃金が得られる
○企業が活力を持つ

各論では、まず何より「多様な正社員」の環境整備」が重要です。

>世界経済の連鎖性が強まる中、企業は異常時の雇用調整が比較的容易な非正規労働者を増加させており、非正規労働者の雇用期間は長期化している。
これは、企業にとって、安定的に事業を運営するには、非正規労働者が基幹的な業務も行えるようにするため、ある程度継続的な雇用関係を望んでいることが背景にあると考えられる。また、正社員においても、ワーク・ライフ・バランスの観点からより多様な働き方が望まれている。
以上のような状況も踏まえ、従来非正規労働者として位置づけられてきた労働者に対しても、ある程度正社員的な雇用管理をするような雇用システムが望まれる。そのためには、「多様な正社員」(従来の正社員でも非正規労働者でもない、正規・非正規労働者の中間に位置する雇用形態)について労使が選択しうるような環境の整備が望まれる。
「多様な正社員」の具体例としては、金融業や小売業で見られ始めた「職種限定正社員」や「勤務地限定正社員」といった、業務や勤務地等を限定した契約期間に定めのない雇用形態が挙げられる。
「多様な正社員」には、現行の有期契約の多くがこの「契約期間に定めのない雇用契約」に移行することで、労働者にとっては従来の細切れ雇用を防止できるという利点があり52、また、非正規労働者が正社員へステップアップする手段にもなり得るものである。
企業にとっても、事業所が閉鎖される等の異常事態の際に雇用調整できる余地を残しつつ、非正規労働者を新しい雇用契約の下で、適切なキャリア形成支援の実施により中長期的に戦力化することが可能になることが期待される53。また、企業内に多様な人材の存在を認める多様性がある企業となることによって、今後グローバルに競争していくなかで活力を維持することにもつながると考えられる。
「多様な正社員」の環境を整備するにあたっては、実態や司法判断の蓄積により、整理解雇等における法的地位の異同についての整理が必要なほか、正社員の中から切り出して一つの雇用アウトソーシングの手段として利用され、不安定な雇用形態を増大させることにならないよう十分配慮する必要がある。
現行の法律上は、「従来の正社員」と「多様な正社員」は、いずれも期間の定めのない労働契約を結んでいる労働者として区別されていないことを考慮しつつ、今後どのような取組が可能か労使も含めた検討が求められる。
「多様な正社員」の環境が整備されることにより、今後、非正規から正規への移行をはじめとする各雇用形態間の移行や、派遣労働者や有期契約労働者等の雇用形態のあり方にも大きな効果を与えることが期待される。

本ブログで何回か述べてきたように、わたくしは「正規・非正規労働者の中間に位置する雇用形態」という表現には賛成ではないのですがね。

ハローワークを雇用と福祉の連携の拠点に、という話

>2008年秋の経済危機後に大量離職が発生した際、ハローワークにおいて緊急に「ワンストップ・サービス・デイ」を実施したことが、一定の効果を生んだ。この取組で明らかになった課題を踏まえ、地域ごとに関係機関が参集し地域におけるワンストップ・サービスの在り方を検討する場として「生活福祉・就労支援協議会」が設置されるとともに、「第2のセーフティネット」等に関する総合相談を日常的にワンストップで実施する「住居・生活支援アドバイザー」がハローワークに配置されている。
さらに、様々な生活上の困難に直面している求職者に対して、個別的かつ継続的に相談・カウンセリングや各サービスへのつなぎを行う「パーソナル・サポート(個別支援)」サービスの導入が現在検討されており、現場レベルでの取組を踏まえた実際的な議論を行うためモデル・プロジェクトの準備が進められている。今後ハローワークには、制度や組織体制の面からも雇用と福祉の連携を図るポジティブ・ウェルフェアの拠点としての役割が期待される。

社会保障が成長ともたらすという、権丈先生が強調し、最近菅総理も強く打ち出した考え方

>なお、社会保障は尐子高齢化を背景に負担面が強調され、経済成長を阻害するものとされてきたが、医療・介護や年金、子育てなどの社会保障への不安や不信を取り除き、安心して消費がなされるようにすることで、成長をもたらすことが可能となる。医療保険や介護保険といった社会保険制度の下での労働市場で働く人々が、一定程度の生活水準を維持できるような政策をとることなどにより、労働市場全体としても労働条件の底上げにつながることが期待される。
全産業における医療・福祉業の占める有業者の割合は約9%と高まってきており、特に地方においては約10%~14%と高い割合となっているため83、医療・福祉分野の労働条件の底上げを目指すことは、建設投資が減尐する中で地域対策としても有効な手段であるといえる。

教育の職業的意義について

>雇用の量と質を向上させるためには、人的資本の形成に資する教育の充実が不可欠であるが、学習到達度を国際比較すると、日本の順位は年々低下傾向にある104。また、我が国の学校教育には様々な指摘があるが、大学・大学院等の高等教育も含め教育内容が必ずしも豊かな職業生活を送るニーズに適っていないという指摘がある。基礎的な職業能力や適職選択に向けた職業理解、職業意識、労働法の基礎知識といった実際的な教育をより充実させることで、将来の職業キャリアの形成につながっていくと考えられ、職業との関わりにおいて、日本の教育の在り方を改めて検討する必要がある。

そして、雇用政策の実施体制

>雇用政策を十分に機能させるためには、実施体制の整備が重要である。企業の雇用保障機能が弱まる中でハローワークの利用者数は趨勢的に増加傾向で推移しているが、ハローワークの設置数や職員数はむしろ減尐してきており105、人口1人当たりの職員数は先進国中最低水準になっている。今後、前述の雇用政策を効果的に実施するには、地方公共団体等関係各部門との連携を一層密にしつつ、全国ネットワークで運営されるハローワークの体制整備を行うことが必要である。
特に「新しい公共」を担うNPOや社会的企業については、基盤が脆弱なものも多いことから、中間支援組織の整備が重要である。
また、質の高い効果的な訓練が十分提供されるよう、職業訓練の実施体制を整備することが必要であり、ハローワーク等との連携により、訓練期間中から就職に結びつけるための取組を行うことが重要である。
さらに、増加を続ける個別労働紛争の円滑かつ迅速な解決の促進を図るため、労働局・総合労働相談コーナーにおける体制の強化及び一層の業務効率化を図る必要がある。司法、行政(国・地方)、民間ADRからなる複線型の個別労働紛争解決システムの中で、関係機関がそれぞれの持ち味をいかして紛争解決に当たれるよう、労働局、都道府県(労働委員会を含む)、裁判所、民間ADR機関などの一層の連携強化に取り組むことが必要である。
これらにより、真に政策を実施するための実施体制を十分に整備することが必要である。

中身的には以上ですが、最後に、「参考文献」というのがついていて、さまざまな著書や論文が並んでおりますが、その中に、

濱口桂一郎(2009)『新しい労働社会』岩波新書

というのもありました。

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明日発売の『世界』誌の座談会に出ています

807 明日、岩波書店の総合雑誌『世界』8月号が発売されますが、その中に、宮本太郎先生、白波瀬佐和子先生とわたくしの3人による「民主党政権の社会保障政策をどう見るか」という座談会が載っています。

http://www.iwanami.co.jp/sekai/index.html

特 集 菅政権で何が変わるのか――参議院選挙とその後

【普天間・子ども手当・消費税】
心に確たる対抗軸を――菅内閣への期待と助言
  伊東光晴(京都大学名誉教授)
【脳力のレッスン (100)】
日米同盟は「進化」させねばならない――普天間迷走の総括と今後
  寺島実郎【執筆者からのメッセージ】

【さめた有権者】
政権交代に何が付託されたのか――残された政策課題と民意の行方
  小林良彰 (慶応義塾大学)

【拡大版 片山善博の「日本を診る」(32)】
対談 いま、政治に何が求められているか
  片山善博 (慶応義塾大学)、田中秀征 (福山大学客員教授)

【状況をどう見るか】
「政治主導」を問い直す
  杉田 敦 (法政大学)

【選挙に何を求めるか】
「理念なき政党政治」の理念型
  空井 護(北海道大学)

【国会はどうあるべきか】
日本の逆を行くイギリスの議会改革――ウエストミンスター・モデルのゆくえ
  高見勝利 (上智大学)

【座 談 会】
民主党政権の社会保障政策をどう見るか
  宮本太郎 (北海道大学)
  白波瀬佐和子 (東京大学)
  濱口桂一郎 (労働政策研究・研修機構)

【子ども手当】
「子どもを社会で育てる」――イギリス家族政策13年の成果
  阿部菜穂子 (ジャーナリスト)

【政策実現能力】
「事業仕分け」の功罪――成果と課題は、民主党を映す鏡
  まさのあつこ (ジャーナリスト)

【「消費税」の政治実験】
菅政権の複雑な勝負――「税と選挙」のトラウマと民主党の原点回帰
  柿﨑明二 (共同通信)

【永田町ガールズは政治を変えるか】聞き手=秋山訓子 (朝日新聞)
声さえ発せない人たちに向き合いたい
  福田衣里子 (衆議院議員)

公平、公正な政治が実感できるために
  西村智奈美 (衆議院議員)

政治家は自分で決めて、責任を取らなければならない
  菊田真紀子 (衆議院議員)

座談会の紹介は次の通りです。

民主党政権の社会保障政策をどう見るか

宮本太郎×濱口桂一郎×白波瀬佐和子

>民主党政権になって、社会保障・雇用政策は何が変わり、何が変わらなかったのか。社会保障予算は増加したが、これは「新しい福祉国家」に向けた一歩といえるのか。子ども手当の創設や派遣法改正案など、この間の民主党政権が行ったいくつかの施策を取り上げながら、民主党の社会保障政策をどう評価するか、欠けているものは何かを議論する

大変面白い座談会になっていると思いますので、是非お誘い合わせの上お買い求めいただければ幸いです。

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『POSSE』第7号

Hyoshi07 『POSSE』第7号をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.npoposse.jp/magazine/new.html

今号の特集は「地方から『新しい公共』を!」で、ううむ、こういう耳受けのいい言葉を聞くとおもわず「ほんまかいね?」といいたくなりますが、特集の論文を読んでいくと、決して今流行の「地域主権」を褒め称えているわけではなさそうです。

■特集 地方がつくる「新しい公共」

岡田知弘(京都大学教授)
  地域再生に何が必要か
  ~戦後最大の経済危機と雇用・くらし・産業再建の基本方向~

  地域経済の主体は大企業だけじゃない!
  グローバル化が…


進藤兵(都留文科大学教授)
  「自治体版福祉国家」のために

  新自由主義を進める「地域主権」に対抗し
  21世紀型「新福祉国家」の実現を!


田嶋康利(協同総研専務理事)
  自治体を住民の共同体へ
  ―労働者協同組合の可能性

  官僚的な行政でも、市場原理の民営化でもない
  地域の公共サービスの第3の担い手とは


五十嵐泰正(筑波大学講師)
  北の「荒野」を往く
  ~「成長の爪痕」と向き合う旅~

  シャッター商店街はグローバル化だけが原因なのか?
  日本の地方政策の「遺産」を巡る旅の記録


●本誌編集部
  行政依存をやめ、住民が共同参加する福祉を

  産業の衰退した北海道から
  NPOの力で新しい雇用と新しい福祉をつくりだせ


●今野晴貴(NPO法人POSSE代表)
  なぜ、北海道で労働組合の加盟者が急増しているのか

  地方なのに組合員が3000人を突破…
  組織化が難しい非正規労働者が6割以上!


遠矢恵美(ライター)
  路上生活から抜け出したい!失業者の自立を支援するNPO

  仙台の路上生活者の「命綱」とは?
  衣・食・住から雇用まで…誰もがこぼれ落ちない社会を!

とくに、進藤さんの論文は、地域主権改革がナショナルミニマムを下回る自由を自治体に認めようとしていることや、補助金一括化という名の下に、社会保障や義務教育関係の国庫補助金も公共土木事業投資などの補助金と一括化する試案を出していることに的確に批判をしています。

>このような自由主義国家という言説を伴った新自由主義的「地域主権改革」は、高度成長期の「開発主義国家」、特に中央集権主義と官僚主義への”解毒剤”にはなるとしても、積極的労働市場政策と最低賃金制度・最低生活保障制度の構築にも、・・・結びつきにくい。

というのはまったくその通りだと思うのですが、その後の

>そこでわたしが対案として差し当たり考えているのが、言葉は熟さないが「自治体版福祉国家」である。

というのですが、その後の論述を読んでいっても、なかなかそこがすとんと落ちないのですね。

まあ、わたしは今号の特集についてはあまりいい読者ではないというべきなのかも知れません。「新しい公共」という理念は、たとえば田嶋さんの書かれる労働者協同組合などいろんな可能性はあるとは思いますけど。

今号で面白かったのは、あまり本筋じゃないですが、木下武男さんと五十嵐泰正さんの「龍馬伝」をめぐる対談(というか放談?)です。あと、後藤和智さんの城繁幸批判。

市野川容孝(東京大学教授)
  連載:労働と思想7
  J-J・ルソー『社会契約論』を読む

  不平等な社会をどう変えるのか
  「社会的な契約」による2つの答えとは


木下武男(昭和女子大学教授)+五十嵐泰正(筑波大学講師)
  連載:ユニ×クリ
  新党たちはなぜ坂本龍馬の夢を見るのか


佐藤敬二(立命館大学教授)
  新連載 実践的労働法入門 第2回 「内定」のない内定取り消し


後藤和智
  新連載 検証・格差論 連載第1回 城繁幸
  ――「昭和的価値観からの脱却」の暴走

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年金支給開始年齢の自動上昇メカニズム

EUobserverが本日、明日欧州委員会が公表するはずのグリーンペーパーの中身をリークしています。

http://euobserver.com/9/30430(Brussels keen for 'automatic' hikes in retirement age)

>Keen to push forward with raising the retirement age right across the EU, but wary of the potential backlash from trade unions, Brussels wants to take the decision out of the political sphere and create an automatic legal system instead.

The European Commission will on Wednesday (7 July) say in a green paper that with the economic crisis aggravating the demographic challenge of pensions, it is time that retirement ages go up across the bloc, but that they should be automatically adjusted upward every time life expectancy increases.

まあ、先日来のフランスの引退年齢引き上げ反対ストを見てもわかるように、年取ってまで働きたくないというヨーロッパ人をいかになだめすかして働かせるかというのが、欧州政策担当者の最大の頭痛の種であるわけですが、この難問を解決するための魔法の杖が、平均寿命が延びると同時に自動的に年金支給開始年齢がするすると引き上がっていくという仕組みの導入、というアイディアのようです。

確かにいったんこの仕組みが導入されれば、いちいち支給開始年齢の引き上げで騒ぎを起こさなくて済みますからグッド・アイディアに見えますが、最大の問題はたぶん、

で、誰が最初に猫の耳に鈴を付けるの?

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「ドブスを守る会」退学学生の指導教官解雇 首都大東京

解雇といえば、ついさっき報じられた

http://www.asahi.com/national/update/0706/TKY201007060461.html

>首都大学東京(本部・東京都八王子市)の男子学生2人が「ドブスを守る会」と称して街頭の女性を撮影し、動画投稿サイトに無断投稿して退学処分になった問題で、同大は6日、2人のゼミの指導教官だった男性准教授(43)を諭旨解雇処分とした。

 准教授は映像の内容を知りながらやめさせず、大学の調査に対しても当初は「映像は見ていなかった」とうそをついていたという。同大は「学生に対する不適切な指導が大学の信用を失墜させる行為にあたる」とし、調査にうそをついたことと合わせて就業規則に抵触し、諭旨解雇が相当と判断したとしている。

 同大によると、准教授は6月上旬、学生が卒業制作の候補として準備中だったこの映像をゼミの時間に見たという。その際、准教授はサイトへの投稿はやめるように言ったが、制作自体はやめさせなかったという。

投稿するな、といっても、制作自体をやめさせなければ諭旨解雇相当であるということです。これはやはり裁判に訴えて正当性を問うてほしいところではあります。

「そりゃクビ大ですから」という突っ込みは禁止。

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日本銀行『北欧にみる成長補完型セーフティネット』

昨日、日本銀行調査統計局から『北欧にみる成長補完型セーフティネット―― 労働市場の柔軟性を高める社会保障政策 ――』という報告書が出されています。

北欧諸国では労働移動が活発で・・・というところから論を始めて、解雇法制のところでこの日銀マン氏、ちょっととまどったようです。

>北欧では、解雇法制も流動性の高い労働市場に適応したものとなっていると言われている。これについて、OECDによる常用雇用の雇用者保護指標(EPL:Employment Protection Legislation)をみると(図表9(1))、よく「解雇自由の国」と言われるデンマークでは低めになっているが、デンマーク以外の北欧諸国では、意外にも、解雇基準の厳しい雇用保護的制度を有している5。しかし、こうしたEPLでみた結果を、労働市場の硬直性(柔軟性)の程度を表すものとして単純に捉えることは適切ではないと考えられる。この点を確認するために、EPLを要因分解してみると(図表9(2))、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーでは、「解雇手続きの厳格さ」や「解雇理由の定義の厳格さ」、「不当解雇の補償」などが雇用者保護度合いを高めていることが分かる。これは、解雇が労働組合との交渉を通して厳格に行われ、解雇要件や金銭的補償の基準も明確に設定されているなど、これらの国では解雇ルールにおける客観性・透明性が高いことを示している。

「意外にも」というところに、「あれっ?北欧諸国って首斬り自由だったんじゃなかったの?」という素朴な疑問がにじみ出ていて思わず微苦笑を誘います。

もちろん、スウェーデンは首斬り自由だと喚き散らす某似非経済学者と違って、事実をちゃんと見つめることのできる誠実さが感じられるので、悪い気はしませんけどね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-26ec.html(これがスウェーデンの解雇規制法です)

>解雇自由ということと、解雇されてもあんまり辛くない社会であるということは別だということでしょう。

スウェーデンは上述のようにいかなる意味でも解雇自由ではありませんが、「不当解雇だ!」といって争う機会費用と、さっさと会社を辞めて手厚い失業保険をもらいながら、たっぷりと時間をかけて職業訓練を受けて好条件で再就職していくことを比較考量して、後者を選ぶ人が多いということでしょう。それはそれで社会の選択肢が多いということで結構なことです。

それを、不当であろうが不道徳であろうが解雇は自由という概念である「解雇自由」と呼ぶことに問題があるのだと思います。(コメント欄)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-6bab.html(池田信夫氏の熱烈ファンによる3法則の実証 スウェーデンの解雇法制編)

ついでに、本ブログにおけるスウェーデン関係のエントリを拾い上げてみると、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_1d40.html(スウェーデンの雇用システム)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-7380.html(スウェーデンは「ナチ」か?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8023.html(スウェーデンにおけるパターナリズムと市民的公共性)

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「高福祉・高負担」国家を目標に by 榊原英資

Wlf1007060303001p1 正直申し上げて、この方も時たま(時々?)変なことを突発的に言い出したりする性癖がおありになるので、今ひとつ全面的に左担する気にはなりにくいところがあるのですが、さはさりながら、本日産経新聞の正論に書かれたこの論は、細部には下記の通りいささかの異論もありますが、大筋では心より賛同いたします。

http://sankei.jp.msn.com/life/welfare/100706/wlf1007060303001-n1.htm

>さまざまなビジョンを描くことが可能だろうが、筆者はヨーロッパ型、特にフランス型の福祉国家の建設を目標にすべきだと考えている。高福祉高負担である。現状日本の国民負担率(税プラス社会保障料)は39%、負担率35%のアメリカとともに経済協力開発機構(OECD)諸国の中では小さな政府グループに入る。

 他方、フランスは61%、ドイツ、イギリスはそれぞれ52%と48%。ヨーロッパ諸国は大きな政府を維持している。なかでもフランスはスウェーデンの65%には及ばないが、西ヨーロッパの中では最も大きな政府を持っている。

 日本の社会福祉は基本的には年金と医療。対象者の多くは高齢者だが、フランス等ヨーロッパ諸国の福祉は出産、育児、教育などに手厚く、若年層にむけたものが多い。ちなみに、出産、育児、教育給付に一般的家族手当を加えた家族関係の支援はフランスでGDPの3・00%、日本は0・81%である。また、フランスでは保育園(3歳からほぼ全員入る)から大学まで公立学校は無料。グラン・ゼコールというエリート教育のための大学では公務員なみの給与を支払っている。

 こうした政策の結果、フランスの出生率はついに2・0を超えた。先進国では、2・0を上回るのはアメリカとフランスのみ。人口の増加は最大の成長要因でもある。少子化に悩む日本はフランスに学ぶべき点が多々あるのではないだろうか。

ヨーロッパ型の福祉国家を目指せ、というご趣旨には心から賛成です。とくに、高齢者向けがほとんどの社会保障システムを、もっと若年層向けに再編成すべきだという考え方も、まことに正しい。

3092159671_ed9567428b ただし、なじかは知らねどおフランスをやたらに褒めあげていることについては、先週金曜日にまさにそのフランスのローラン・ウォーキエ雇用担当大臣からフランスの悩みをお聞きしたばかりということもあり、いささか異論があります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-799f.html(フランスのウォーキエ雇用相の昼食会)

フランスはある意味で、手厚い福祉国家のために労働者が働きたがらなくなってしまった典型例でありまして、だからこそ現在のサルコジ政権は北欧を見習ってワークフェア政策を採ろうと苦労しているわけですね。

確かに増税してでも手厚い福祉を構築することは必要ですが、同時にそれが労働を促進するようなものである仕組みも必要であるわけで、その辺、欧州各国の経験をきちんと腑分けして研究する必要があります。

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『産政研フォーラム』86号

中部産政研より、『産政研フォーラム』86号をお送りいただきました。ありがとうございます。

今号の特集は「信頼」。仁田道夫先生の例によって皮肉の効いた「制度への信頼」も必読ですが、ここでは北浦正行さんの「信頼社会に向けた労使関係の構築」から、拙著第4章での議論と関わるところを引用しておきたいと思います。

>第3に、労使の話し合いを担保することである。そのためには、従業員個人に対する面談や相談の体制の整備も必要であるが、基本は従業員集団として企業とのコミュニケーションをどのように図っていくかという点にある。すなわち、労働組合は、組合員だけでなくすべての従業員に対するセーフティネット機能を果たす存在だということの再確認である。

「再確認」といいますか、そもそもいままでそのように「確認」されてきていなかったと思うので、いまこそ「新たに確認せよ」という話ではないかと思うのですが。

>その意味で、従業員代表制の法制化論議が活発化していることの意味は大きい。代表機関が労働組合と両立しうるのかという観点から導入に懐疑的な意見も少なくないが、問題は、すべての企業において、すべての従業員のボイスが反映できる「集団的な話し合いの装置」をつくることである。そのためのオルガナイザーとして労働組合が機能していくことが期待されよう。未組織企業に対しても、産業別組合などを通じた社会的な働きかけによって、「信頼」創造のための装置として機能するよう取り組んでいくことができるのではないだろうか。

ここは、拙著第4章で悩みながら書いたこととと大変響き合っていると感じます。

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小さな政府で成長するって、どういうふうにやるんだ?

久しぶりの権丈節ですが、大変わかりやすい図式なので、コピペ。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare322.pdf

>今時、正々堂々と、小さな政府で成長をと言っている政党や政治家がいるようだけど、それって、どういうふうにやるんだ?

ここ20年ほどの、高度に成熟したゆたかな社会――つまり各種の私的消費がある程度飽和水準に到達している社会――をながめてみると、経済運営には3つあるようにみえる。

一つは、アメリカのように、小さな政府でバブルを連発し、あまり品の良くない消費や住宅投資を煽って需要不足を補っていく方法。いまひとつは、大陸ヨーロッパのように、大きな政府で消費水準を政策的に引き上げて需要不足を補う方法。そして、3つめが、日本のように、バブルを連発する立場にもなく小さな政府のまま、需要不足に苦しめ続けられる国。日本のような経済運営をとる国は、需要不足は、外需(純輸出)という神頼みで埋めていくくらいしか術はなく、運良く外需が伸びれば成長もできるが、運悪く外需がこければ、内需というバッファーが薄いためにダメージは他国よりも大きくなってしまう。

資本主義が高度に成熟したゆたかな社会では、バブル頼みの経済運営をとらないのであれば、国民経済に再分配政策を適切に組み込まざるを得なくなる。小さな政府で成長する――なんか、もっともらしく聞こえるけど、この日本で、そんな夢のような(?)ことをどうやって実現できるんだろうかね。

いや、「今どき正々堂々と」そんなことをいう連中には、実はちゃんと底意がある、というのがその続きです。

あと、ついでに、といっては申し訳ないのですが、「本日の名言」に値する一節をとあるtwitterから見つけたので、

http://twitter.com/magazine_posse/status/17572523223

>アナーキストとリフレ派の共有する思想的弱点が空虚なベーシックインカム論を推進する…

普通の人には多分解説文が必要なのだろうけど、ある程度見知っている人には「見事に言い当てている」一節です。

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『経営法曹』164号

経営法曹会議より、『経営法曹』164号をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

今号では、榎本弁護士の東西NTT事件(高齢法関係)、高橋弁護士のパナソニック事件(派遣関係)の判例研究が興味深いものですが、海外労働法関係で、橋本陽子先生と水町勇一郎先生の講演録が載っておりまして、これが有用です。

これは経営法曹の皆さんの欧州視察のための事前勉強の一環ということで、このあとわたくしもEU労働法についてお話しをしており、そのうちに『経営法曹』誌に載ることになると思います。その後さらに、オランダ、デンマークについても識者が講演することになっているそうで、今から楽しみですね。

さて、わたしには特に水町先生のフランス労働法概論が興味深いものでした。「実はここ3~4年くらい、フランスのことを全然やっておらず・・・」と冒頭おっしゃっている割には、最新の動向についても見事な解釈をしてみせていて、さすがという感じであります。詳しくは是非本誌をどうぞ。

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蓼沼謙一『戦後労働法学の思い出』労働開発研究会

03292933 労働開発研究会の末永さんより、蓼沼謙一先生の『戦後労働法学の思い出』をお送りいただきました。実は、わたくしは世代が違いすぎて、蓼沼先生と直接お会いして言葉を交わしたことはないのですが、その著作集は以前から読ませていただいておりました。

本書は、労務屋さんの言葉を借りれば「多くは一人称で書かれた自伝的な本ですが、労働法学の目からみた戦後労働運動史という趣もあり、労働法学がさまざまな局面と格闘してきたことに思いを致されます」という本でありまして、我々のような世代からすると神話伝説に属する時代の生き生きとした証言となっております。

http://www.roudou-kk.co.jp/books/

>•本書は戦前の僅かばかりの蓄積のうえに、第二次大戦後になってほとんどゼロから出発した戦後労働法学の草創期に労働法研究を志し、常にその第一線で学界をリードしてこられた蓼沼謙一先生による労働法学50年の回顧であり、ご自身の長年にわたるご研究についての回顧録である。
•本書は季刊労働法上に連載された論説をまとめ、先生ご自身による大幅な加筆修正が行われ、決してその題名通りに思い出の書にとどまらず、なぜ労働法を研究するのかなど、これからの世代に対する強烈なメッセージが込められている。

内容は以下の通りですが、

  1. 戦後労働法学の草創期
  2. 労働法学会発足のころ
  3. 第二世代
  4. 末弘中労委
  5. ゼネスト禁止令
  6. 政令101号前後
  7. 初期協約まで
  8. 労組法改正前後
  9. 大量整理
  10. 初期労働法学
  11. 講和問題
  12. 臨時工問題の今昔
  13. ピケ法理
  14. 学史の節目
  15. 高度成長始動期
  16. ぐるみ闘争と春闘
  17. 職場闘争論
  18. 組合分裂
  19. 組合分裂と法
  20. いわゆる企業別脱皮
  21. 合同労組運動
  22. 逆締付け
  23. 四・一七スト問題
  24. 終身雇用と法
  25. 高度成長期の春闘
  26. スト権スト前史
  27. スト権スト
  28. 労組=誓約集団論
  29. 低成長期へ
  30. 石油危機以後の労働法学
  31. 労使関係の日本的特色
  32. 日本的雇用の変容

日本的雇用システムについて書かれた項もそれなりに面白いですが、やはり激動の時期をくぐり抜けてこられた先生の自伝としての部分がなにより興味を惹きます。

一点ちょっと気になったことをメモ。末弘中労委のところで、「今日では信じがたいという人が多いであろうが、初期中労委には、末弘会長の意向により、戦後再建された日本共産党の初代書記長、徳田球一氏が労働者委員が加わっていた」という記述があります。

わたくしが『労使コミュニケーション』に書いた「労働行政」で引用した終戦直後の時代の労政課長だった中西実氏の回顧録では、

>この人選は中西労政課長の判断で、幣原首相が「共産党を公的機関に入れるのは早すぎる」と怒ったらしいが、本人は「誰にも相談しなかったが、あのころは本省の課長というのはえらかったものだ」と後に回想している*8。

>木田進(1983)『OBが語り継ぐ戦後労働行政史』、1983年。これは中西実へのインタビュー記録である。

と書かれておりました。真相はどうだったんでしょうか。

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カミオーカーさんの拙著書評

twitter上での言及はありましたが、ブログ上での本格的な書評はしばらく少なくなっておりましたところ、本日久しぶりに拙著を正面から評するエントリがアップされました。

カミオーカーさんの「秋田で教育を考える - 日々勉強中」というブログです。

http://akitadefreelancer.blog35.fc2.com/blog-entry-140.html年功賃金制と同一労働同一賃金制)

>日本の労働問題の論点を整理したいなら、これは必読です。
当の僕はまだ理解度が浅く、「何がいいか」を整然と説明できないというジレンマ。

内容と関係がない(いや、あるのか)ところでいくと、特筆すべきは論理的であること。
労働問題って、結構感情論、イメージ、印象が先行していることが多いんですよね。
特に最近話題の「派遣」とか、「貧困」とか、「過労死」とか、そういう観点で話を進めると。

ところが、「派遣」を例にとって見ても、これ自体は多様な雇用形態の一つであって、なにが問題なのかをきちんと整理せずに下手に規制なんかかけてしまうと、余計なとばっちりを受ける人が続々出てきてしまいそうで怖い。

「新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書)」で語られる内容は理路整然としています。
表現の問題なのか、「欧州いいよ、欧州」と言っているだけと読める気もしなくもないですが、それを差し引いても日本の労働に関わる問題の「何が根っこなのか」を、歴史的背景や判例も踏まえつつとても丁寧に紐解こうとしている態度、尊敬します。

わたくしの執筆姿勢そのものを的確に評価していただいていることにまずもって感激です。

このエントリの標題についても、その問題意識をこのように語っておられます。

>就職活動をしていた当時は、いわゆる「大企業」に安易に入社することを否定し、「会社の安定よりも個人の安定」を声高に叫んでいたものでした。
その流れで、自然と「年功賃金」は僕の批判の対象となっていました。
「職能給にNO!、職務給にYES!!」と何となく思っていました。

ところが、僕はその根拠がさっぱり分かっていなかったのです。
そして、なぜこれまで日本企業は「年功賃金制」をとっていたのかも。
まさに、"感情先行"でした。

この本を読んだことで、大分整理ができたように思います。
「給料」のお金は、誰にとっても身近で切実であるはず。
どれだけ理解できているかの確認のためにも、この記事に僕なりにまとめたいと思います。

本書が発行されたのは2009年の7月ですから、ほぼ1年になります。その間、こうして真摯にものを考える方々に読まれ続けてきていることを、心から感謝申し上げたいと思います。

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『社会政策のなかのジェンダー』明石書店

Neobk793009 筒井美紀先生より、木本喜美子・大森真紀・室住眞麻子編著『講座現代の社会政策4 社会政策のなかのジェンダー』(明石書店)をお送りいただきました。ありがとうございます。

本書は題名の通り、ジェンダーという観点から社会政策のいくつもの分野を横断的に分析したもので、目次を見ると、

序章 企業社会の変容とジェンダー秩序
第1章 労働政策におけるジェンダー
第2章 若者就労支援政策におけるジェンダー
第3章 「両立支援」政策におけるジェンダー
第4章 児童手当政策におけるジェンダー
第5章 ひとり親世帯をめぐる社会階層とジェンダー
第6章 社会保険・税制におけるジェンダー
第7章 介護政策におけるジェンダー
第8章 高齢期の貧困とジェンダー
第9章 住宅とジェンダー

となっています。いずれも重要な論点ですし、日本型雇用システム、社会保障システムと密接につながる問題ばかりですが、とりわけ大森真紀さんの第1章と筒井美紀さんの第2章(それぞれの筆者がマキさんとミキさんであるのは別に平仄を踏んだわけではありませんが)が、中心的論点を浮き彫りにしています。

その筒井美紀さんの第2章なんですが、たとえば「若者」が男女計でのみ表象され、ジェンダー軽視的であることを批判的に指摘しつつ、それが保守的な人々の支持調達上の戦略としてやむを得ない(正直に出すと「フリーターの男性は女性よりも少ないのか。ならばそれほど深刻ではない」という反応になってしまう)面があることを認めつつ、なおかつ権利系の主張を功利系の主張に組み替えて提示することの危うさを指摘するという何重にも入り組んだ論理構造になっており、政策分析のもつ本質的複雑性を見事に示しているように感じられました。

「むすび」で筒井さん自身が述べられているように、

>第一に政策対象者を明確に特定するには、ジェンダーに敏感でなければならないが、そうであろうとすればかえって性差別的な意識を刺激したり、アンダークラス論的反発を呼び起こしかねないというパラドクスがある。第二に、雇用・労働の領域で、その劣化や性差別を食い止める政策は、どれだけ実効性のあるものを打ち出せるのかという難問を抱えつつも、若年就労支援が続けられるよう、その重要性を表明していかねばならない。

>中央政府という、若年就労支援政策を制度化し構造化する中心的なアクターから発せられる言説は、かくして「ほどほどに」ジェンダーに敏感なものとなる。

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川人博『過労死・過労自殺大国ニッポン』

51ca747 過労死・過労自殺問題の第一人者である川人博弁護士から、新著『過労死・過労自殺大国ニッポン』(編書房)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.kwlaw.org/

本書は、90年代、2000年代に書かれた様々なエッセイをまとめたもので、標題は「過労死。過労自殺」となっていますし、内容的にもそれに関わるものが多いのですが、それ以外のトピックもいろいろと載っています。川人さんといえば、過労死・過労自殺問題の次に有名なのは北朝鮮の拉致問題ですが、それもかなり載っています。しかし、それら以外のエッセイも結構たくさん載っていて、川人さんの意外な側面がかいま見られるのも興味深いところです。

一番びっくりしたのは、タイムトラベルSF風の「小説 1968年との対話」。現代の東大生とその後輩の女子高校生が、駒場祭で1号館のそばに地下に入っていく入口を見つけ、入っていくとなんと「駒場東大」駅があって、地下鉄に乗って「本郷東大下」駅に着いて外に出てみると、なんとそこは東大紛争華やかなりし頃の安田講堂前でありました・・・。、5時までに戻れと言われていたのに乗り損ねてしまった二人は、当時の東大生につれられて、今は亡き駒場寮に行って、いろいろと話をしていく・・・というお話です。そこに出てくる当時の若き東大生の後の姿が・・・というのがオチになっているんですが、いやしかし川人さんのSFを読むとは思いませんでした。

作家の篠田節子さんとの対談も、とても興味深いものですが、本書で一番「その通り!」と膝を叩いたのは、「イチロー選手の隠れた記録」です。イチローは内野ゴロ出塁がとても多いのですが、これが打撃記録上は何ら積極評価が与えられないのは不当であるというまことにもっともな論説。全くその通りですよ!あれはエラーというけれど、イチローの実力が生み出していることは間違いないのですから。

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協同総研にて

本日、協同総研の「新しい公共と市民自治」研究会に呼ばれて、お話をして参りました。

http://jicr.roukyou.gr.jp/blog/archives/2010/0616_1427.php

>協同合研究所7月の研究会 
「新しい労働社会」をどう創造するか -雇用・就労システムの再構築へ-

「正規労働者であることが要件の、現在の日本型雇用システム。その不合理と綻びは、もはや覆うべくもない。
正規・非正規の別を超え、合意形成の礎をいかに築き直すか。問われているのは民主主義の本分だ」と、
昨年7月に発行された『新しい労働社会』(岩波新書)が、労働組合をはじめ各界・研究者の注目を集めています。

濱口さんからは「旧労働省時代に勤務していた頃より、労働者協同組合(事業団運動)に注目しており、
『労働法政策』(ミネルヴァ書房)という教科書にも、労働者協同組合に触れています」と、紹介されました。
研究会では、「新しい労働社会」で提起された雇用システムの再構築にあたって、
いま何が求められているのかについてお話し頂くと共に、
先頃日本労協連が発表した「新時代の労働政策-完全就労社会へ」、
また「協同労働の協同組合」とその法制化の意義についても、コメントしていただく予定です。
会員以外の方も、ぜひ、ご参加ください!

■日時:2010年7月3日(土)13:30~16:45
■講師:濱口 桂一郎さん
(独立行政法人 労働政策研究・研修機構 労使コミュニケーション部門統括研究員)
■会場:日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会 6階大会議室
      東京都豊島区池袋3-1-2 光文社ビル6階
      (JR池袋駅 歩10分/地下鉄要町駅 歩3分)

お話の主たる部分は拙著の内容の概略でしたが、最後のところで「協同労働の協同組合」について若干のコメントをしたところ、質疑の大部分がそちらに集中しました。

大変熱っぽい質疑応答になったと思います。

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フランスのウォーキエ雇用相の昼食会

3092159671_ed9567428b 本日、フランスのウォーキエ雇用担当大臣の昼食会に呼ばれて、高齢者雇用問題について若干お話しを申し上げて参りました。

ウォーキエ雇用相は、ご自分のホームページをお持ちですが、

http://www.wauquiez.net/index.php

現在35歳と大変若い方です。上の写真もかっこいいですね。ENA首席卒業、2004年に29歳で国会議員当選、2007年に報道担当大臣、2008年に雇用担当大臣という経歴。

本日呼ばれたのは、慶應大学の樋口美雄先生、山田篤裕先生、法政大学の藤村博之先生、敬愛大学の高木朋代先生に、わたくしを加えた5人です。わたくし以外はみなアカデミック系ですね。

ウォーキエ大臣の問題意識は、まさに先日、本ブログで取り上げた

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-a69f.html(だからリタイアメントエイジを定年と訳してはいけないと何遍言ったら・・・)

>この問題はとりわけフランス政府にとっては鬼門でして、働きたくない高齢労働者をいかに長く働かせればいいのか、というのがフランス労働政策担当者の最大の難問であります。

で、かれらにとっては、極東の神秘の国、高齢労働者がもっと長く働かせろといって定年の引き上げを要求し、それに押されて政府の政策が進められてきた不思議の国、ニッポンが興味津々となるわけでありまして、近々お呼びがかかるようであります。

ということに尽きます。

このエントリに対しては、ご承知の通り労務屋さんから「愚痴」が寄せられたわけですが、

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100617(愚痴)

>それにしても日本の「定年」は「いやがる労働者をむりやり「定年だから」といって社外におっぽり出す年齢のこと」なんですかそうですか。

そりゃ、いやがる労働者をむりやり長く働かせようと、雇用担当大臣自ら極東の神秘の国にまでその秘密を探りに来る泰西の福祉国家から見れば、まさにそのように見えるということであります。

まあ、どっちがいいかというのは問題によるというところであります。昼食会の最後に樋口先生が述べていましたが、日本が少子化問題で悩み、フランス式の福祉国家で子どもがどんどん生まれているのは、この問題が一筋縄ではいかないことを示しているのでしょう。

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「ダメなものはダメ」だけで頑張ると、社会生活の方が壊れる

生活経済政策研究所から『生活経済政策』7月号が届きました。

特集は「座談会 民主党政権誕生と鳩山政権の8か月」で、住沢博樹、山口次郎、内山融、高安健将の4氏が論じあっています。

が、ここでは馬場宏二氏の巻頭言「重税国家のすすめ」を引用しておきたいと思います。現下の情勢において、熟読玩味していただきたい人々がいっぱいいるものですから。

>今必要な政策は重税国家化である。・・・

>税金はお上が勝手に取り上げる年貢ではない。納税者が拠出を認め、負担の公平と税金の使途を監視するために、議会が必要となり選挙が行われる。・・・

>国や市町村はなぜ必要か。各人の私的生活の他に、それを外側から支え維持資質女づける社会的生活が必要である。国防、治安、行政、公衆衛生、家計扶助、文化、教育・・・。これら、私人が担いきれない業務を担う国や市町村は、通常そのための十分な財産を持たない方、納税者たちが約束にしたがって拠出する金で賄う。源泉徴収残の可処分所得だけを自分の所得と考えたり、逆に国が無限に金を持っていて政治はそれを無限にばらまけるなどと間違えてはいけない。税を払うのが嫌だからといって、「ダメなものはダメ」だけで頑張ると、社会生活の方が壊れるか、別の人や別の形で払わされる

>日本で箱の租税国家をきちんと教えていないから、年金世代の親の懐をあてにしているくせに、俺の世代は社会年金制度で損をしているなどとうそぶく若者がでたり、義務教育はただだと錯覚して、子どもの給食費を払わなくてもよいと考える不届きな親が出てくる。増税は、人々がこうした社会生活を捉え直す機会になる。

>重税が経済成長を引き下げるなどの非難は論外である。グローバリズム化の規制解除と減税が、金融破綻と大型不況を引き起こしたのはつい先頃ではないか。・・・

熟読玩味すべき人は、ちゃんと読んでいますか?

「ダメなものはダメ」だけで頑張ると、社会生活の方が壊れるんですよ!

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藤森克彦『単身急増社会の衝撃』

100525_tanshin みずほ情報総合研究所の藤森克彦さんから、新著『単身急増社会の衝撃』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。本書は、みずほ総研自らの広報を引用しますと、

http://www.mizuho-ir.co.jp/topics/tanshin100525.html

>本書は、単身世帯の現状とこれまでの増加の実態と要因について概観し、貧困・介護・社会的孤立など単身世帯の増加が社会にもたらす影響について考察した上で、社会保障制度の拡充の必要性と地域コミュニティーのつながりの強化について検討したものです。

本書は4部構成で、第1部では、単身世帯の現状と増加要因、さらに将来の状況を展望し、都道府県ごとの状況についても概観しています。第2部では、低所得者層の増加や介護需要の高まり、社会から孤立する人々の増加など、単身世帯の増加が社会に与える影響について考察し、将来的に単身世帯になりうる「単身世帯予備軍」が抱える問題について概観しています。

第3部では、日本よりも単身世帯比率の高い北欧・西欧諸国の状況を中心に、単身世帯を支える社会的制度や単身世帯の増加に関する議論を紹介し、英国の単身世帯の状況についても概観しています。第4部では、「自助」、社会保険や生活保護制度などの「公的なセーフティネット」、地域コミュニティやNPO法人の活動など「地域の助け合い」について考察し、社会保障制度の拡充の必要性を指摘するとともに、そのための財源確保に向けた政治不信の克服について検討しています。

本書が将来の姿として用いた「2030年」は今から20年後になりますが、社会の準備期間としては決して長い期間とはいえません。結婚して家族がいることが当然視されてきたこれまでの日本社会にとって、単身世帯の急増は確かに「衝撃」といえるでしょう。しかしこの衝撃は、うまく対応すれば社会をよい方向に持っていく力にもなりうるのではないでしょうか。血縁を超えて、公的にも地域としても支えあっていけるような社会の再構築を考察しました。

ということで、大変読み応えのある一篇です。

第4部の冒頭近くで、非正規労働者問題に関連して拙著『新しい労働社会』を引いて論じていただいているところももちろん重要ですが、現下の状況からするとやはり、最後のあたりで書かれている「社会保障の拡充は経済成長の基盤」というところが政治的メッセージとして大事でしょうね。この関係でイギリス労働党政権のトランポリン型社会保障を引き合いに出しているのは、もちろん『構造改革ブレア流』の著者である藤森さんの面目躍如というところです。

そして、政策実現の過程としても、イギリス流の「グリーンペーパー」「ホワイトペーパー」という国民の意見を採り入れていく仕組みを提示しています。どうしても劣情刺激的なポピュリズムに走りがちな現代日本の政治構造の中で、さまざまなステークホルダーの意見をくみ入れていく仕組みとしては、検討に値すると思われます。

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"中日劳动政策和法律研讨会"举行 多维对话平台

00114320c9e60d963fe53e 一昨日の「中日劳动政策和法律研讨会」が中国のネットニュースで取り上げられています。

http://news.china.com.cn/txt/2010-07/01/content_20394176.htm

具体的な議題についてわたくしが報告したことについて報じている部分は次の通りです。

>在工资及收入差距议题中,日本劳动政策研究・研修机构滨口桂一郎研究员对日本的非正规就业人员和正规就业人员的工资制度的历史演变及决策机制作了报告,重点介绍了同工同酬原则、最低工资制度、职业培训以及社会保险等制度的变迁。

>在劳动争议及劳动者权益保障议题中,滨口桂一郎研究员介绍了日本集体劳动争议和个体劳动争议的状况,并且就劳动关系的终止、职场侵权和性骚扰以及降低劳动条件等案件进行了类型化的深入分析。

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