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2010年6月13日 (日)

同一労働力同一賃金説は俗流マルクス主義が源流?

最近、同一(価値)労働同一賃金が再びホットな話題になっていることから、その昔の議論をひもといてみんとてするなりというわけで、岸本英太郎『同一労働同一賃金』(ミネルヴァ書房、1962年)というほぼ半世紀前の本を読んでいるのですが、日本における労働側の議論の根本には、ある種の俗流マルクス経済学があったようですね。

>同一労働同一賃金についてのわが国最初の問題提起者といわれている宮川実氏は、その問題の論文(『資本論研究』2所収)で、同一労働同一賃金を同一労働力同一賃金と理解し、同じ質量の労働に対しては同じ賃金を支払えという原則であるとする理解を資本家的見解として否定した。

>・・・賃金の差は、労働力の質の差異に基づくものであって、労働の質の差異に基づくものではない。だから同一労働同一賃金の原則は、正確にいえば同一労働力同一賃金の原則であり、別の言葉でいえば労働力の価値に応じた賃金ということである。

きちんと読んだわけではなく、うろおぼえなので大まかな言い方になりますが、私の理解するところでは、賃金が労働の価値ではなく労働力の価値(=労働力の再生産費)だというマルクスの理論というのは、資本主義社会では(悲しいかな)そうなってしまうという話であって、そうあるべき正義という話ではなかったように思われるのですが、なぜか宮川氏の議論ではそれがあるべき姿になってしまうようです。

あるべき社会主義社会では、働きに応じた報酬といっているので、たぶん同一労働同一賃金が想定されているのでしょうが、現実の資本主義社会では賃金は可能な限り引き下げられるので、これ以上引き下げられない生存費にへばりつく。だから同一労働力(=労働力再生産費)同一賃金になってしまう、という現実批判の理論が、なぜか、だから賃金は労働ではなく労働力の価値に基づくべきであるという当為の理論になってしまっているところが、非常に不思議な感じがします。

こういう理屈は、まさに俗流マルクス主義という言葉がふさわしい気がしますが、それが、資本主義社会では悪辣な資本家がぎりぎりまで搾取するからそうなるというマルクス主義的な説明が非現実化し、誰もそんなことを考えなくなってしまうようになっても、そこから生み出された「労働力の価値に応じた賃金」という発想だけは生き残ってきたということでしょうか。

このあたりは、思想と現実の弁証法的関係が複雑怪奇に入り組んでいるところなので、そう簡単にばっさり説明しきることもできないのでしょうが、もう少し突っ込んで調べてみたいところでもあります。

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コメント

うちの組合の流派に、せっせと労働力の再生産費の記録をつけさせているマルキストグループがいて、まさにこの問題ですね。

先生の口から「あるべき社会主義社会」という言葉が出てくるとは・・・。
いやー社会主義とは奥が深いのですね。
改めて勉強になりました。

はじめまして。マル共連(再建)からやってきました。
思わず「ゴータ綱領批判」を読み返してしまいました。
では。

”資本主義社会では悪辣な資本家がぎりぎりまで搾取するからそうなるというマルクス主義的な説明が”

非現実化どころか、すき屋あたりでは現実化…げふんげふん

http://d.hatena.ne.jp/frroots/20111031/1320064438

>日本における「同一価値労働同一賃金」問題

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