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2010年5月 7日 (金)

分権はむしろ福祉の敵です

毎日新聞の5月4日の記事から、

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100504ddm001010057000c.html(ガバナンス・国を動かす:第3部・中央と地方/2(その1) 省庁の抵抗「政治主導」)

>厚生労働省の山井(やまのい)和則政務官(48)は、政府方針に反する回答をためらおうとはしなかった。

「社会福祉の中でも緊急的なものは中央集権的にやらないとだめです。分権だと迅速にできない。分権はむしろ福祉の敵です」

まったくそのとおり。

ところが、この記事を書いている毎日新聞の記者にとっては、これはけしからんことのようです。

>「何を一番やりたいのか。まさに地域主権の確立だ」「国と地方のあり方を大逆転させることが一番の本分」

 鳩山由紀夫首相(63)は自らが議長の地域主権戦略会議を開くたびに理想を語る。副議長の原口一博総務相(50)は「ここが決定の場だ」と会議の権威を強調している。

 ところが、足元がなかなか定まらない。

>省庁の枠を超えた一括交付金が実現した場合、各役所は予算要求権と配分権という力の源を失う。自民党時代は官僚が地方分権の骨抜きを図ってきたが、鳩山内閣では抵抗そのものが「政治主導」に変わった

チホー分権という絶対正義に逆らう輩は、官僚であろうが政治家であろうが、地獄に堕ちろといわんばかりです。

この記事を書いた記者にお伺いしたいのですが、「分権はむしろ福祉の敵です」という山井政務官の認識についてどうお考えなのでしょうか。

チホー分権にして首長の好き放題にしたら、福祉や教育にどんどんお金を回してくれるのか、その逆なのか。新聞記者なら普通若い頃田舎勤務をしているはずですが、田舎政治家がどういう人々であるかまさか知らないわけではないと思うのですが。

それとも、チホー分権にして福祉がどんどん削られても、それこそ民主主義の成果なのであるから、もって瞑すべしというお考えなのか。

まあ、チホー分権真理教を突き詰めれば、阿久根市民が選んだ阿久根市長がどんなことをやらかそうが、それこそ市民自治の成果なのですから、阿久根市民でないよそ者がとやかく言うべきことではないのかも知れません。

まあ、それはそれで一つの首尾一貫した思想であることは確かなので、そこまで断言するのであればどうぞご自由に、としかいいようがないのですが、そこのところをごまかして耳に心地よいというだけでチホー分権を振り回しているのであれば、その悲惨な帰結の責任をとる覚悟があるのかと問いつめたいところです。

とはいえ、しょせん無署名記事なので、こんなことをブログで書いてみてものれんに腕押しなんですけどね。

(追記)

ちなみに、福祉じゃなくて教育関係ですけど、こういうこともあるようです。

http://takamasa.at.webry.info/201004/article_4.html(学校図書購入費はどこへ行った?)

>・・・・・・こういう議論をすると、「そんなことをすれば、選挙で落ちてしまうから首長も議会もそんなことはしない。地方自治体を信頼すべきだ。」という、いささか紋切り型の反論が返ってきます。

しかし、こんな実態があります。

文科省のHP」の下のほうにある広報チラシを読むと、国は学校図書館整備5カ年計画を立てて、毎年200億円を図書購入費として配っています。ただ、これらの経費は使途を制限しない一般財源で、それを図書購入に充てるかどうかは市町村などが決めます。その結果、平成19年度には156億円しか図書購入に使われませんでした。44億円はどこへ行ったのでしょう?でも、これが問題になって市長さんや議員さんたちが選挙に落ちたという話は聞きません。市長さんや議員さんたちはそれを知っているから、図書購入費を別なところに使ってしまうのでしょう。

ほとんどの市民もどれだけの額が措置され、そのうちどれだけが図書購入費に使われたかは知らないはずです。実は私も自分の住んでいるところでどれだけの額が措置されどれだけの額が使われたかは知りません。

小学生のころ、よく図書室で本を読んだものです。いい本が子どもの心を豊かにすることに疑問を持つ人はいないでしょう。親ならなおさらです。それでもこんなものなのです

(参考)

本ブログにおける地方分権関係エントリ

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_39f9.html(地方分権を疑え)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_942b.html(分権真理教?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_9f95.html(補完性の原理についてごく簡単に)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-3ec3.html(地方分権の教育的帰結)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-7566.html(労働政策審議会意見「地方分権改革に関する意見」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-6653.html(東京目線の地方分権)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-6d5f.html(地方分権という「正義」が湯浅誠氏を悩ませる)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-01db.html(地方分権という「正義」が湯浅誠氏を悩ませる 実録版)

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コメント

地方分権推進委員会 最終報告
http://www8.cao.go.jp/bunken/bunken-iinkai/saisyu/4.html
でも謳われている
”わが国の事務事業の分担関係をこの「補完性の原理」に照らして再点検してみれば、国から都道府県へ、都道府県から市区町村へ移譲した方がふさわしい事務事業がまだまだ少なからず存在している一方、これまではともかく今後は、市区町村から都道府県へ、都道府県から国へ移譲した方が状況変化に適合している事務事業も存在しているのではないかと思われる。分権改革というと、事務事業の地域住民に身近なレベルへの移譲にのみ目を向けがちであるが、分権改革の真の目的は事務事業の分担関係を適正化することにあるのである。”
と分権改革推進と中央から地方へ、末端へはイコールでないんだ、地方へ移さない方いいものが、むしろ地方から中央へ移した方がいいものがあるんだ、という真っ当な発想は出てこないんでしょうね。
(”官から民へ”という雪崩式ワンフレーズを連想)

いやほんと、地方の消費税で地方の社会保障(医療とか)をやろうとしたら中国四国地方は融けてなくなると思いますがね。

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