安孫子誠男+水島治郎『持続可能な福祉社会へ 公共性の視座から3 労働』勁草書房
水島治郎先生より、先生の編著になる『持続可能な福祉社会へ 公共性の視座から3 労働』(勁草書房)をお送りいただきました。お心に留めていただきありがとうございます。
http://www.keisoshobo.co.jp/book/b62360.html
本書『労働』を含むこの双書は、千葉大学の21世紀COEの共同研究の成果ということのようで、執筆陣のかなりの部分が千葉大学の方々です。
>非正規雇用、ワーキング・プアなど「労働」をめぐる諸問題は「公共性」の問題である。理論的・歴史的視座から労働の公共性を問う。
安定的な生活を支えるはずの労働と福祉のあり方が大きく揺らぐ現在。労働と福祉にかかわる新たな理論枠組みとして、デンマークモデル「フレクシキュリティ」論、労働市場改革と社会保障制度改革を連携させるレギュラシオン学派〈労働─福祉ネクサス〉論等、ヨーロッパの雇用─福祉戦略をひきつつ、学際的に労働のあり方を問い直す試み。
ということですが、目次を見ると、それだけではなくて個別にも興味深い論文がたくさん載っています。
序論 新たな労働のあり方を求めて[安孫子誠男・水島治郎]
第1部 枠組み
第1章 労働問題研究と公共性[兵藤?]
第1節 いま,なぜ公共性か
第2節 公共性とは何か
第3節 労働問題研究の視座と公共
第2章 〈労働─福祉ネクサス〉論の問題[安孫子誠男]
第1節 T.アイヴァーセンによる福祉国家の再解釈
第2節 福祉・生産レジーム論
第3節 J.ポントゥソンの社会的市場経済論
結びにかえて
第3章 フレキシキュリティとデンマーク・モデル[若森章孝]
第1節 問題の所在
第2節 フレキシキュリティ共通原則の基本的考え方と4つの政策要素
第3節 EUにおけるフレキシキュリティの多様性
第4節 柔軟性と保障のマトリックス──フレキシキュリティの分析枠組み
第5節 デンマーク・モデルの特殊性と普遍性
第6節 フレキシキュリティと移動労働市場アプローチ
第4章 法的概念としての「労働」[皆川宏之]
はじめに
第1節 労働法草創期の研究
第2節 労働法の成立と従属労働論
第3節 従属労働論の意義
第2部 歴 史
第5章 近代奴隷制プランテーションの経営と労働──18世紀サン=ドマング島を事例に[大峰真理]
はじめに──問題提起と研究史の整理
第1節 フランス奴隷貿易概説
第2節 さとうきびプランテーションの経営
おわりに
第6章 労働からみた帝国と植民地[浅田進史]
第1節 「植民地労働」への問い
第2節 契約労働と植民地統治
第3節 強制と自由のはざまの「植民地労働」
結びにかえて
第7章 〈ポスト大転換システム〉の歴史的考察[雨宮昭彦]
はじめに──魔術化された世界
第1節 市場に埋め込まれた世界
第2節 〈ポランニー的課題〉とナチズム
おわりに──オルタナティブへの構想力
第8章 カール・ポランニーにおける市場社会と民主主義[若森みどり]
第1節 〈大転換〉の時代とポランニー
第2節 ポランニーの市場社会批判と自由論
第3節 市場社会と民主主義の問題──経済的自由主義,干渉主義,ファシズム
第4節 新しい市場社会とポランニー的課題──経済と民主主義
第9章 日本における「労働非商品の原則」の受容[三宅明正]
はじめに
第1節 「国際労働規約」の「原則」
第2節 労使の懇談組織
第3節 従業員の組合
おわりに
第3部 現状
第10章 労働における貧困と差別──買叩きの負の連鎖を断ち切る雇用再生を[中野麻美]
はじめに──問われる日本型雇用と社会の構造
第1節 非正規雇用──その差別と買い叩きの構造
第2節 労働の商取引化がもたらしたもの
第3節 差別と買い叩きの連鎖
第4節 雇用再生
第11章 育児休業制度からみる女性労働の現状[大石亜希子]
第1節 育児休業制度の概要と変遷
第2節 育児休業制度の理論分析
第3節 女性のライフサイクルと就業の実態
第4節 育児休業制度拡充によるワーク・ライフ・バランス施策の限界
第5節 ワーク・ライフ・バランス施策の方向性
第12章 労働と福祉,その光と影──スウェーデンの貧困をめぐって[宮寺由佳]
第1節 労働と福祉の連携──ワークフェアとアクティベーション
第2節 スウェーデンのアクティベーション──その光と影
第3節 社会扶助の「ワークフェア化」に対する評価
第4節 社会扶助のプログラムの課題と展望
第5節 日本への示唆
第13章 雇用多様化と格差是正──オランダにおけるパートタイム労働の「正規化」と女性就労[水島治郎]
第1節 雇用格差と非正規労働
第2節 オランダのパートタイム労働
第3節 女性の就労とパートタイム労働
第4節 「競争力も平等も」?
もちろん、兵藤先生(成城学園の学園長をされておられるんですね)の「労働組合研究の再構築」とか、若森さんのフレキシキュリティ論(フレクシキュリティじゃなくて)とか、とりわけ皆川さんの労働法における従属労働論とか、そしてもちろん水島先生のオランダのパート労働から日本の非正規問題を論じた論文とか、言及すべき論文は多いのですが、ここではまず第一に三宅明正さんの「労働非商品原則」に関する論文を挙げておきたいと思います。
ILOは「労働は商品にあらず」という原則を掲げているとよくいわれるんですが、実はヴェルサイユ講和条約の文言は「労働ハ単ニ貨物又ハ商品ト認ムヘキモノニ非ス」であって、これを「労働非商品の原則」というのは、実はずれているんですね。「労働は単なる商品ではない」というのは、労働が商品であることを当然の前提とした上で、それは単なる商品ではなく生きた人間なのだから、特別扱いしなくちゃいけない、たとえば、商品の取引も、集団的取引(collective bargaining)が原則になるということなんですが、日本ではこれが『労働はそもそも商品じゃない、商品であってはいけない」という原則として理解されました。
このずれは、労働者の人格承認要求という、二村一夫先生の累次の論文で説かれた日本の労働者の志向を反映しています。そして、戦前の工場委員会体制、戦時下の産業報国会体制、終戦直後の経営協議会体制という労使関係枠組みの中で、商品の集団取引としてではなく、1921年の神戸の大争議から終戦直後の争議に至るまで、工場管理、生産管理という労働者自身による企業経営を志向する動きとして現れ、それが日本型雇用システムにおける「企業内でメンバーシップを求める動き」として結実していったわけです。
ここが大変皮肉なところで、三宅さん自身の最後の一節を引けば、
>しかし、他方でそれは、たとえば労働力の適正な価格という考え方や、さらには同一労働同一賃金という原則の実体化を妨げる方向に作用してきたという面があると考えられる。いまの私たちには、あらためてそのことが問われているのではなかろうか。
という重い問いになって降りかかってきます。
労務サービスを商品として取引する雇用関係を「労働は商品に非ず」としてメンバーシップ型に再定義することによって生み出された日本型雇用システム(の中の『正社員』体制)の良きにつけ悪しきにつけ様々な問題点は、結局ここに遡るのですね。
日本における非正規労働問題とは、「単なる商品ではない」だけではなくそもそも「商品ではない」正社員と、「単なる商品でしかない」非正規労働者という形に二極化してしまったことに由来すると考えるならば、やはりその間に「商品ではあるけれども、単なる商品ではない」本来労働法が想定していた労働者を構築していくということになるのでしょうか。
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