柴田徹平さんの拙著書評@『労働総研クォータリー』
労働運動総合研究所の機関誌『労働総研クォータリー』の78号に、わたくしの『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』(岩波新書)の書評が載っています。評者の柴田徹平さんは、中央大学の大学院生とのことです。
http://homepage3.nifty.com/hamachan/20100423141608908.pdf
この書評は3ページに及び、拙著の内容をかなり詳しく紹介していただいています。ありがたいことです。その最後に次のような批判的コメントが書かれています。それぞれに若干のコメントをしておきたいと思います。
>(1)著者の「労働組合の志向性」に対する希薄さに違和感を覚えた。・・・少なくとも以上のようにまったく志向の異なる労組があるとすれば、著者は企業別組合をベースに全労働者が加入できる再編と言うが、労働組合の志向性を抜きに組織論を考えることには疑問が残る。
ここで柴田さんが言われる「志向性」というのは、戦後長いこと組合運動で対立してきた様々な政治的潮流が念頭にあるのだと思うのですが、わたしはそういう政治的「労労対立」よりも、正社員組合に安住するのか、非正規も含めた職場の連帯を志向するのかという「志向性」の方が重要だと考えています。ただ、戦略論的に、正社員組合に安住しているのを断罪するよりも、非正規を含めた組織化を褒めていく方がいいと思っていますので、厳しさがないと受け取られるかも知れません。
>(2) 著者は個別的労使関係には個別的労使関係の法的枠組みを作るべきと主張するが、個別紛争の主体を労働組合員として組織していくという実態があり、・・・安易に法制度を変えるべきではない。
ここは、執筆時からそういうご批判をいただくことを予想していた点ですので、予想通りといえば予想通りです。本書にも書いたように、わたくしはそうしたコミュニティユニオンが寄る辺ない労働者の権利擁護のために大きく役立っていることを否定しているわけではありません。ただ、紛争解決機能としては有効であるとしても、紛争が終わった後もずっと組合員として活動し続けているというわけではないという実情からすると、それが「組織化」になっているということではないように思われます。この辺は、まさに拙著でも述べたように、「やり方によってはせっかく確立してきた純粋民間ベースの個別紛争処理システムに致命的な打撃を与えかねないだけに、慎重な対応が求められる」のですが、実態が労働NGOであるものは労働NGOとして生かしていく方がいいのではないか、そして、本来の労働組合はやはり職場の中から組織化していくのが本筋ではないかと思うわけです。納得はいただけないでしょうが。
>(3)著者は、今後職務給に日本の賃金制度が大きく舵を取っていくなら、年功賃金制度の生活給部分を公的に負担していく仕組みが不可欠になると言う。この点は認めるにしても、この公的負担の制度設計をする際、非正規の低賃金労働者への経済的負担を十分に考慮すべきであろう。例えばこの公的負担の財源確保のために消費税増税をするならそれは同意できない。生活給部分の公的負担化財源を消費税増税ではなく、大企業・資産家に対する増税によって実現すべきである。この点について、具体的に記していないことに違和感を覚える。
本書は税制自体を取り扱った本ではありませんし、「違和感を覚え」られても・・・というところですが、ヨーロッパ諸国の税制を見ても、消費税率はもっと高くてもおかしくないと考えています。資産課税の強化は賛成ですが、大企業増税論は疑問です。これはいわゆる「内部留保に課税を」という議論なのでしょうが、内部留保とは前に本ブログで書いたように、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-84cf.html(賃金と配当と内部留保のこれ以上ない簡単な整理)
>賃金と内部留保、配当と内部留保の関係というのは、短期的にすぐに労働ないし資本に賃金ないし配当として渡してしまうか、それともとりあえず企業の中にとっておいて、さらなる生産活動を通じてより膨らませてから、賃金なり配当として配分するかという、短期対長期の問題
なので、賃金や配当として配分された先でどういう風に課税すべきかという形で論ずるべきでしょう。その際には労働課税よりも資産課税にシフトする方がいいと思いますが、総体的な負担増を賄う中心は消費税になるように思います。ちなみに、企業には非正規労働者の社会保険料をきちんと負担してもらうことの方がはるかに重要な課題ではないかと思っています。
(4)の労働時間の物理的規制のところについては「大いに賛同」していただいています。
最後に、
>細部にわたり検討を行えば違和感を覚えるところがあるものの、本書は混迷する現在の雇用政策に光を当てた問題提起の書である。
と評価していただいていることに、心より感謝申し上げたいと思います。
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