橋口昌治さんの拙著批判について
さて、ホリエモン騒ぎはそろそろおいといて、打ち掛けになっていた橋口昌治さんのわたくしに対する批判です。『生存学』第2号に掲載された橋口さんの「労働運動の社会運動化と社会運動の労働運動化の交差」という論文の最後の節が、まるまるわたくしの『新しい労働社会』の第4章に対する批判になっています。
http://homepage3.nifty.com/hamachan/20100406123153794_0001.pdf
>本書やブログなどの主張を読むと、濱口氏は「外で騒いでいるだけ」のユニオンより、企業別組合によって職場の民主主義が再構築されることを現実的だと考えているようである。確かに企業別組合の変化、職場における民主主義の実現は重要課題である。しかし、「民主主義は工場の面前で立ちすくむ」と言われて久しい中、主流の労働組合が自ら率先して民主的な組合運営、職場の民主化を進めていくと考えているのだとしたら、濱口氏を「リアリスト」だと評価することはできない。実際、今これほど労働問題への関心が高まっているのはユニオンが「騒いだ」からこそであり、主流の組合は腰が重いのが現状である。また、民主的な組合運営の模索を長年行ってきたのもユニオンなのであり、そうした活動を軽視して「新しい労働社会」を展望することはできない。濱口氏が本書で論じている均等待遇や派遣労働問題は、ユニオンなどが粘り強く取り上げてこなければ社会問題にはならなかったであろう。そうした運動の成果にフリーライドする一方で、ユニオンの存在を軽視し、複数組合主義に否定的な態度をとることはフェアではない。成果だけを取り上げ、それを生んだ運動を軽視しているため、本書の提言する諸施策を進めていく主体は、結局のところ濱口氏の理想の中にしか存在しないのではないだろうか。本稿で論じてきたような運動のダイナミクスを捉え切れていない濱口氏の議論は、運動なき運動論になってしまっている。
同様の批判がアマゾンレビューにありましたが、
http://www.amazon.co.jp/review/R20F822D3FCMJC/ref=cm_cr_rdp_perm(リアリストなのだろうか)
おそらくこの「S/H」さんは橋口昌治さんではないかと思われます。
ここで言われていることは2点あります。「ユニオンが騒いだから関心が高まったんじゃないか」というのはある意味その通りです。そして、そのこと自体はわたくしは否定しておりませんし、その功績を評価することにやぶさかではありません。しかし、それはあくまでも、かつて『POSSE』のインタビューで述べた言葉を引用すれば、
http://homepage3.nifty.com/hamachan/posse04.html
>要するにあれは「叫び」です。・・・叫びそのものに意味があるのだけれども。
ユニオンが「叫」んだから多くの人が耳を傾けた、というのは、そのとおりですが、「叫び」だけで現実の職場における正規と非正規の格差が消滅するわけではありません。
現実の職場でそれを遂行するためには、「叫ぶ」ことに粘り強いユニオンではなく、使用者との交渉に、そして何より正社員組合員を説得することに粘り強い企業別組合が、粘り強く遂行しなければなりません。
最近よく取り上げられる広島電鉄の労働組合の事例は、まさにそのいい例だと思います。
ここではもともと、会社がコスト削減策として分社化を提案したのに対して、賃金引き下げを危惧した組合が反対し、その結果有期雇用で家族給のない定額賃金の契約社員制度が導入されました。まさに、池田信夫氏や城繁幸氏が鬼の首を取ったように喜ぶ「正社員組合のエゴ」の例だったわけです。
しかし、ここの組合は契約社員も組合員とし、その正社員化を要求し続けました。まず、正社員Ⅱという期間の定めがないが定額給の制度ができ、さらに労働条件の統一を要求しました。しかし、もともと労務コストから契約社員を導入したのですから、全員今までの正社員並みの賃金に統一することは困難です。
これに対し会社側は、すべて職種と職責に応じた職種別賃金制度の導入を提案し、組合はこれを受け入れたのです。その結果、高年齢、長期勤続の正社員の賃金、退職金は大きく引き下げられました。正社員と契約社員が不利益分配という連帯を実現したのです。これは「叫び」だけでは実現しえないことだと思います。
最終的に妥結する前の段階で書かれた報告書ですが、連合総研の「非正規労働者の組織化」報告書に収録された「第10章 ユニオン・ショップ協定を前提とした契約社員制度の導入 私鉄中国地方労働組合 広島電鉄支部」は、この事例を詳しく紹介しています。
http://rengo-soken.or.jp/report_db/file/1233737989_a.pdf
橋口さんは「本書の提言する諸施策を進めていく主体は、結局のところ濱口氏の理想の中にしか存在しないのではないだろうか」と言われるのですが、私は必ずしもそうではないと思います。そして、ある種の人々が目の仇にするユニオンショップを、わたくしがむしろ肯定的に捉えるのは、正規と非正規を同じ連帯の枠の中に入れていくためには、それが役に立つはずだと「リアリストとして」考えるからでもあります。
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» 利害を怖れないこと、ポピュリズム批判と労組について 濱口桂一郎『新しい労働社会』(6) [もちつけblog(仮)]
■労働組合再生のために -企業内への包摂か、業界・職種同士の連帯か-■
現代の日本において労働組合は、メンバーを正社員に限定しており、... [続きを読む]
hamachan先生は、あれかこれかという議論をしているわけではないのですよね。
集団的労使関係の代表として今の正社員組合は全従業員代表組織に脱皮しなければならないし、一方でユニオンはユニオンで労働者の救済活動として意味も役割も大きい、と繰り返しおっしゃっていますね。
正社員組合であり、仕事を守るために非正規労働の導入に関する規制を取り払い、非正規労働者の組織化を加盟組合にハッパをかけ、かつうちがとりこぼした非正規労働者に対してユニオンがストライキを打って闘えば正社員組合として若干の負い目を感じたり組織内の批判を克服しながら支援行動をしている労働組合の立場からすると、hamachan先生の言っていることはあれかこれかの議論ではなくて、まったくその通りだと思っています。
投稿: きょうも歩く | 2010年4月10日 (土) 22時59分
橋口氏の意見はいわゆる「地域ユニオン」や「コミュニティーユニオン」などで非正規労働運動を担っている方々のある意味で代表的な意識と意見が集約されていると感じました。
濱口氏も以前から繰り返し指摘しているように非正規雇用の現場での労働基準法違反は酷いことが多いのでどうしても橋口氏のような意見になることが多いのでしょうが、それ以外にも、いわゆる80年代の「労線統一」に対して少数派労働組合運動を対置してきた左派の歴史があるようにも思われます。連合のコミュニティーユニオンもその延長線上にあると思いますし。
一方企業内組合の非正規雇用の組織化で最大手のUI全繊同盟は左派によっては「目の敵」に映り、「非正規を騙している悪い正規労働組合」というイメージを持っているのだと思います(私の主観かもしれませんが)。実際UI全繊同盟の非正規雇用労働運動が如何なる質を有するものかを知らないのでなんとも言えませんが、非正規雇用労働の問題が広く社会的な問題となっている昨今においてはやはり社会的な広がりをこれま以上に強化することが必要だと思います(そういえば昔連合評価委員会がそのような報告をしていましたね)。実際連合や連合内の企業内労組のほとんどが地域ユニオンや個人加盟ユニオンを白眼視してきたことも事実だと思います(連合(内左派?)が地域コミュニティーユニオン運動を形成しようとした時にかなり「右派」からの妨害を警戒したと聞きますし妨害まではいかなくともいい目では見られなかったでしょうから)。
私としては、非正規の労働運動はまずは産別的に組織化する必要があると思っています。それは非正規の働き方がJOB型だと思うということと、産別交渉によって権力を強化することが(非正規雇用の)労働条件の維持向上には適切であると考えるからです。しかしそれだけではやはり問題(格差、職業能力の停滞、企業の生産性の低下)は放置されると思います。なのでもう一つ企業内労組との連携による職場民主主義の確立が重要になると思います。そうすることで現場から労働者が労働自体をセルフプロデュースする力が生み出されると考えるからです。
なので結論を申せば、非正規雇用労働組合は産別化を促進し(青年ユニオンにはそのような傾向が存在します)、企業別労働組合はそれを支援しつつ両者が連携して職場民主主義確立のための組織を各職場に形成するのが望ましいという立場です。
非常に折衷的ですが、労働現場の「民主化」のためには、縦軸(企業内)と横軸(産別)線の二本の線が必要だと思うのです。この二本の線が有効に機能することが出来れば非正規雇用労働問題を媒介としつつ正規の労働運動も社会的や役割をより積極的に果たせると思います(ポイントは非正規には二本の線が必要ということです)。
そのためには地域ユニオンは産別的に連合することも視野に入れつつ大同団結する必要があります。
地域ユニオン、個人加盟ユニオン、企業内ユニオン、産別ユニオン含めてイデオロギーや歴史を超えて連携していく必要性がますます必要だと思われます。
こういう場合まとめ役を誰がするのかが問題になるのですが、全港湾と電機or自動車系でどうですかね?
正非連帯民主主義貫徹!!
なんちゃって(笑)。
長文&妄文失礼しました~。
投稿: 赤いたぬき | 2010年5月25日 (火) 16時24分