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2010年4月 1日 (木)

宮本太郎編『自由への問い 第2巻 社会保障』

0283520 ということで、順序が後先になってしまいましたが、その岩波書店の強力シリーズ『自由への問い』の中で、内容的に『労働』の巻と密接な関係にある『社会保障』の巻が、宮本太郎先生の責任編集ということで先日刊行されております。

http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-028352-6

>新自由主義的な諸政策のもと,社会保障の抑制と信頼の衰退は社会に不安とリスクを増大させた.監視や安全保障によるセキュリティ強化から,人々のライフチャンスと自由を拡げる社会保障としてのセキュリティへの構造転換はいかに可能か.20世紀型の福祉国家の限界をふまえ,より広い合意にもとづく具体的な制度構想を探る.

目次は以下の通りです。

対論 セキュリティの構造転換へ 宮本太郎・齋藤純一

I 【考察】社会保障理念の再構築
 生活保障としての安全保障へ 山口二郎(北海道大学)
 社会保障法の基本理念としての自由 菊池馨実(早稲田大学)

II 【問題状況】矛盾はどこに,いかにあるか
 自由と生存をひきかえにするな! 雨宮処凛(作家)
 最低保障改革の動向と自由――包摂の名による排除 布川日佐史(静岡大学)

III 【構想】自由のための社会保障制度
 財政は信頼をつくり出せるか? 井手英策(慶應義塾大学)
 ベーシック・インカム,自由,政治的実現可能性 田村哲樹(名古屋大学)
 「二つの自由」への福祉国家改革 宮本太郎(北海道大学)

宮本太郎先生については、本ブログでも今まで『福祉政治』や『生活保障』を紹介しつつ、繰り返し取り上げてきましたので、今さらという感じもしますが、やはり、

>大事なポイントは、生活保障というのは社会保障と雇用の連携に加えて、再配分と承認の連携でもあるということです。これまでも社会保障と雇用が、ある方法で連携することで人々の生活が支えられた。その場合、生活が支えられるということの意味合いは何か。それは生活の資源が行き渡るということに加えて、その資源を基礎に、人々が「生きる場」、即ち社会的に意味のある生を生きていく相互的な帰属の場を持つことができていたわけです。・・・

>ところが今、そうしたもろもろのコミュニティが急速に解体して、多くの人々が寄る辺のない生を生きざるを得ない状況がある。このことを考えると、生活保障という場合、単に生活資源の提供にとどまらず、そうした資源をてこに、他の人々と認め認められる豊穣な関係を形作っていく回路のようなものも実現していかなければいけない。つまり生活保障というのは、雇用と社会保障を連携させることで、資源配分と社会的な相互承認をともに実現することである。そのように考えています。(p4~p5)

というような一節はできるだけ多くの人々に読まれて欲しいなあ、と感じることしきりです。この「承認」の契機をめぐって、宮本先生は「自分がどうやらカント派ではなくヘーゲル派らしいということがわかった(笑)」と冗談めかしつつ、

>あえて言うならば、カント的な構想に従って例えばBIという形をとれば、そこで確かにある種の隠れ家を確保することはできるかも知れません。しかし、そのことで現実の価値システムが変わっていくという展望がどこまで開けるのか。そこを逆に問い返したいわけです。むしろBIだけを元手に生きている人々に対してB級市民としての烙印が押されたり、あるいは今の新自由主義的なBI構想の流れに窺えるように、それだけで社会的責任はこと足れりとして、あとはその給付水準を引き下げていくような流れに帰着しないとも限りません。

と、ある種のリバタリアン型ベーシックインカム論をやんわりと批判し、

>大事なことは、ヘーゲル的に現実の関係から出発しつつ、その現実の価値システム、あるいは承認/非承認関係の歪みを正していく道筋をどう確保するかだと思います。

と、社会問題にアプローチするスタンスを明確にします。いやあ、まさにそうなんだよなあ。

そして、次の「職場に限定してお話しすれば」というのが、まさに今日の労働問題に対する正しいアプローチを示しています。

>脱商品化という構想は、一方では現実の職場から離脱する自由を確保する。イグジット(退出)の自由ですね。そのことで現実の職場に対するボイス(発言)をも増大させていくという戦略でもあるわけです。もちろん、そういう意味では脱商品化は、現実の労使関係や職場関係から距離を置く制度が前提になります。その一部としてBI的な制度が入ってくるのは当然だろうと思います。・・・

>ここで大事になるのがアクティベーションの政策で、それが職業訓練であったり、保育サービスであったりする。実は、仕事の場からいったん距離を置き、またそこに入ってもらうという相互的な回路が準備されることで、職場の承認/非承認関係、あるいはそれを従来支えてきた価値システムそのものの変容が起こりうる。・・・その意味でも、私はBIよりアクティベーションの流れこそが、既存の承認/非承認関係を変えていくことにつながると考えています。

このあたり、最後の宮本論文でも、ルームの言葉を借りて、

>脱商品化は、雇用の外で消費生活を維持できるという意味での「消費としての脱商品化」にとどまらず、雇用の場が自己実現と承認の場に近づくという「自己実現としての脱商品化」に転化して初めて意味をなすのである。

と述べているところです。

なんだか宮本先生の引用ばかりになってしまいましたが、他にもとりわけ菊池馨実先生や布川日佐史先生の文章は読まれるべき値打ちがあります。特に布川先生のは「包摂の名による排除」という刺激的な副題が付いていますが、あらためて生活保護制度の役割を強調し、その改革を主張するとても重要な内容です。

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