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2010年4月 1日 (木)

四月馬鹿でなければ池田信夫氏は回心したようです

もし、これが四月馬鹿ではなく、池田信夫氏の本心からの声であるならば、つまり、これまで「フリードマンは地域や年齢に依存する福祉システムを廃止して、福祉を負の所得税のような所得再分配に一元化すべきだと主張した」という考え方を自らも強力に主張してきた池田信夫氏が本心からこういう考え方に改まったというのであれば、それは言葉の正確な意味における「回心」というべきでありましょう。

慎重を期するのであれば、本日4月1日が暦日として終了するまで様子を見るというのが研究者としてのあるべき態度なのかも知れませんが、せっかくですのでここに引用しておきます。もしかしたら、明日になったら四月馬鹿を真に受けてフライングしたと笑いものになっているかも知れませんが、まあその程度のリスクは覚悟の上で・・・。

http://agora-web.jp/archives/972545.html(無縁社会と福祉システム)

>しかし原子的な「無縁」の個人が、最低所得だけ保障される社会は幸福なのだろうか。過疎化する地方とともに失われてゆく伝統文化は、消えるにまかせてよいのだろうか。日本の所得は高いのに、「幸福度」は世界で90位だ。自殺率は主要国で最悪の状態が10年以上続いている。単なる所得保障ではなく、人々の「縁」を再建する工夫が必要なのではないだろうか。

すぐ下で紹介した宮本太郎先生編集の『社会保障』の中にはいっていても、ほとんど違和感のない文章であるのが、却って空恐ろしさを感じさせたりしますが・・・。

(追記)

4月4日になりましたが、池田信夫氏の「回心」は四月馬鹿どころか筋金入りのようです。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51401727.html(日本人は何を失ったのか)

>これは「小泉改革の市場原理主義」のせいではなく、資本主義の本来そなえている暴力性が一挙に顕在化したためだと考えられる。つまり80年代までは、人々は「会社」という繭にくるまれて資本主義の脱コード化メカニズムから身を守っていたのだが、90年代後半以降、会社が破綻すると、裸の個人が絶えず変化するコードなき社会に、いきなり放り出されたわけだ。

>今の日本が豊かな国であることは事実だとしても、「幸福度」は世界で第90位であり、自殺率は主要国で断然トップだ。こうした広義の福祉を考える上で、従来の「厚生経済学」は何の役にも立たない。・・・資本主義の暴力が伝統的共同体を破壊し尽くした「無縁社会」で、どんなコミュニティが再建できるのか(あるいはできないのか)という問題が、日本人の真の幸福を考える上で重要だと思う。

一瞬中谷巌氏の「回心」を思い出しますね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-3779.html(中谷巌氏の転向と回心)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-2350.html(中谷巌氏の「回心」再論)

なにしろ、中谷巌氏とは違った意味で、池田信夫氏もかつて「転向」してるわけですから。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-3ac0.html(悪しき権力に向かって闘っていきたい)

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