ナチス観の大転換
東京大学出版会の広報誌『UP』5月号が届きました。これに載っている雨宮昭彦さんの「システム理論で読むナチズム(上)-ポランニー的課題とポスト大転換システム」という文章は、まだ「上」だけで未完なのですが、大変興味をそそる記述があります。
ひと言で言うと、ナチス像が変わりつつある。ナチス研究のパラダイムチェンジが起こっている、というのです。
>・・・今世紀に入って以降、ナチス期の企業史研究を積み重ねることにより、従来の見方を大きく覆しつつある。統制経済や国家の道具化された経済というナチス経済の見方は後退し、今や、企業など個々の経済的アクターの自由度の大きさが注目されるようになったのである。
この新たなパラダイムによると、ナチス経済はオルド自由主義思想に支えられたものであり、このオルド自由主義こそが
>戦後西ドイツ経済の別名となった「社会的市場経済」という論説連合の中でコアコンセプトを提供したオルド自由主義は世界恐慌からナチズムの時代に発展した。
というのです。
「下」で、このインプリケーションが全面的に展開されるのでしょうが、これを見ると、日本における戦時体制、国家総動員体制が戦後体制に及ぼした影響とのアナロジーがどうしても浮かんできます。
実は、労働政策という観点からだけですが、ナチス労働戦線とかイタリアやフランス(ビシー政権)のファシズムの労働政策などが戦後のコーポラティズムにかなりのつながりをもっているという印象は、私はかなり強くもっており、ドイツの場合それが強くタブー化されていたのが、ようやくこういう議論が出てきたのか、という感じもしないではありません。
「上」では、まだポランニーもポスト大転換システムも出てきませんが、「下」が楽しみです。
(追記)
「on the ground」の松尾隆佑さんがtwittterで、
http://twitter.com/ryusukematsuo/status/13214091373
>RT @M_A_Suslov: UP記事のネタ元は雨宮先生が編者のこの論文集ですねhttp://bit.ly/aEViyS QT @ryusukematsuo http://bit.ly/ag6IqHに章が割かれて>ナチス観の大転換 http://bit.ly/bnsjtY
とつぶやいているのを発見。その論文集とは
http://www.nikkeihyo.co.jp/books/view/2043(雨宮昭彦/J・シュトレープ編著『管理された市場経済の生成 介入的自由主義の比較経済史』日本経済評論社)
で、
>大恐慌、ファシズム、世界戦争の中、資本主義は「管理された市場経済」へと進化し、経済的自由主義は〈統治のテクノロジー〉へと変容をとげる。比較経済史の可能性を追求。
>第1章 1930年代ドイツにおける〈経済的自由〉の法的再構築 雨宮 昭彦
第2章 ナチス経済像の革新 J.シュトレープ/M.シュペーラー
第3章 ドイツ電力業における市場規制の展開 田野 慶子
第4章 ナチス期金融市場政策の展開と貯蓄銀行 三ツ石 郁夫
第5章 戦時BISにおける市場認識と戦後構想 矢後 和彦
第6章 戦前・戦時日本の統制的経済体制とナチス的方式の受容 柳澤 治
第7章 戦時日本における金融市場のリスク管理 山崎 志郎
第8章 戦後ドイツ経済制度における連続性の再建 W.アーベルスハウザー
第9章 現代ドイツにおける規制の体系と規制改革 加藤 浩平
というもののようです。
こういう本が出ているのを知らずに、迂闊に書いてしまったようですが、まあでも多くの人も知らなかったでしょうから、いい紹介記事になったかも。
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どうもはじめまして。私はUPを読んでもおらず専門家でもないし、的確に紹介する能力もありませんが、ご引用された内容の前半に当たる論文は、雨宮昭彦さんの「競争秩序のポリティクス」の序章注26で紹介されています(ブーフハイムとシェルナー、Buchheim,Scherner、2003)、ただそこで述べられているほどこれまでの研究がナチス期の経済秩序の自由主義性を過小評価していたとも思えないのですが。この本自体は「経済思想」の本なので企業や労働政策についての実証的なことはあまり書かれていませんが、ワイマール期からナチス期の雇用政策をめぐる論争などは紹介されています。ポランニーについては索引にはないけど、あとがきに少しだけふれられています。タイトルもそれにちなんででしょうしその辺がどうなるか私も期待しています。
私の興味がむしろ(ホロコーストの一部としての)強制労働にあるせいもあってナチス期の労働政策や政策一般などは私はきちんと知らないのですが、川越修、矢野久「ナチズムの中の20世紀」などは労働を含むナチス期社会の研究の手軽なまとめかなと思います。この辺の紹介は釈迦に説法な気もしますが(^_^;)。とりあえず研究レベルでのタブー化は相当なくなっていると思います。
では余計なコメント失礼しました。
投稿: N・B | 2010年5月 2日 (日) 10時43分