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東京財団の政策提言『新時代の日本的雇用政策』

1_2 東京財団(写真は会長の加藤秀樹氏)から、政策提言『新時代の日本的雇用政策~世界一質の高い労働を目指して~』が公表されました。

http://www.tkfd.or.jp/research/project.php?id=13

http://www.tkfd.or.jp/admin/files/2009-14.pdf(提言本文)

いわゆる「派遣切り」問題を契機に労働者派遣法改正案が今国会で提出されるなど、雇用政策のあり方がいま改めて問われています。民主党政権の関心は格差是正や労働者保護に集中し、日本経済全体の生産性向上を目指す政策立案とはなっていません。そうした路線の行きつく先は結局「限られたパイの奪い合い」です。

今後、派遣法をはじめ雇用関係の重要政策が次々に検討される予定です。東京財団では、この喫緊の課題に応えるべく、最新の労働経済学における実証研究の成果も踏まえて、日本の雇用政策の新たな理念と体系的な制度改正案を提言いたします。


<検討メンバー>
岩井克人(東京財団主任研究員、東京大学教授)
村松幹二(東京財団研究員、駒澤大学准教授)
神林 龍(東京財団研究員、一橋大学准教授)
清水 剛(東京財団研究員、東京大学准教授)
佐藤孝弘(東京財団研究員兼政策プロデューサー)
冨田清行(東京財団研究員兼政策プロデューサー)

神林龍先生は、いろいろなところでおつきあいさせていただいている労働経済学者ですが、他の先生方は理論経済学や法と経済学を専門とされる方々で、正直、ここまで労働問題の本質をきちんと踏まえた提言をされていることに感激の思いがするほどです。

とりまとめに当たった東京財団の佐藤孝弘さん(以前拙著の書評をしていただいたことがあります)の的確なセンスが提言全体のクオリティを高めているのでしょうか。

http://blog.canpan.info/satotakahiro/archive/246(佐藤孝弘、怒涛の読書日誌@東京財団)

>これまでの雇用に関する政策論争には大きな混乱がみられる。政策立案の基本として、複雑な問題点を整理して政策目的を明確にし、それが複数ある場合はそれぞれ別な政策を割り当てなければならない、という原則があるが、昨今の与野党の労働に関する議論においてはそのような整理がなされていたようには思われない。

>非正規雇用の増加という新たな現実に対して、どのような政策的な対処がありうるのだろうか。ここ数年なされてきた議論としては大きく分けて二つの方向性が論じられてきた。
一方の見方は、非正規雇用を「悪い雇用形態」とみなし、禁止する方向の議論である。もう一方は、現在の正社員を「既得権」とみなし、解雇規制を緩和せよという議論である。前者に対しては、そうした過剰な規制は失業を増加させてしまうという反論があり、後者に対しては正社員を含めた労働者をさらに不安定な地位に置くだけであるという反論がなされてきた。
しかし、これらの議論が行きつく先は結局は現在あるパイの奪い合いという袋小路であ、将来の方向性は見出せない。そこで、新たな軸として必要となるのが技能蓄積と生産性向上である。

>本政策提言の基本理念は「技能蓄積と生産性向上による労働の質の向上」とし、そのための雇用のルールの見直しを提示していきたい。

>・労働者の技能蓄積、生産性向上の観点から、経済主体(労働者・企業)にインセンティブを与えていく政策(主に第2章~第4章)
・現在の制度が経済的に合理的でない結果を生む行動を労働者と企業にさせており、それを中立的にすることで改善する政策(主に第5章~第6章)

これまでの論争では、経済的な効率性と労働者の保護や分配が対立的に語られることが多かった。しかし、イデオロギー論争を離れ、生産性向上の観点から精緻に実態をみていくと、経済合理性の範囲内においてウィン・ウィンの関係が築くことが可能な分野がたくさん存在することがわかる。政権交代後も混迷を続ける雇用政策の議論に、本提言が解決の糸口を提供できれば幸いである。

以下に示される提言の数々は、部分的には異論のあるものもありますが、全体として極めてリアルな労働問題認識に基づいており、是非とも多くの人々に読まれるべき値打ちがあります。

まず、最低賃金の引き上げによる生産性の向上です。

【2】最低賃金の引き上げと労働の質の向上
(政策提言)
最低賃金を引き上げ、それを生産性向上の起爆剤とする。期間と上げ幅の大枠を決定し、それを事前に宣言した上で段階的に引き上げていく(例えば10 年かけて東京地域の最低賃金を1000 円まで引き上げるなど)
・最低賃金の引き上げに企業が対応できるよう、先行して企業内訓練に対する支援の充実と投資減税の拡充を行う
・社会保険制度における、いわゆる「130 万円(103 万円)の壁」をなくす

ここは、最新の労働経済学の研究成果を用いて、「最低賃金上昇によるスピルオーバー効果」を示し、

>、現在企業内で働いている労働者への支援と合わせて最低賃金の引き上げを実施することで貧困対策と生産性向上を同時に実現できる可能性を示唆している。

とし、

>このような政策をとることで、生産性を高めるアイデアを持つ企業は強化され、ビジネスを拡大し、賃金を下げることで業績を上げてきた企業は苦しくなることとなる。

と述べ、

>我が国は低賃金労働に依存する経済から転換し、生産性をより高めていくべきである。雇用の「質」において、世界一を目指すことが今後の日本の国家目標のひとつとして考えるべきではないだろうか。

と力強く主張しています。自国民の窮乏化によってしか生き残れないような企業にばかりやさしくすることが日本の将来を切り開くわけではないということですね。

次は派遣労働についてですが、

【3】労働者派遣の制度
(政策提言)
・労働者派遣法における、「常時雇用」の定義を、期間の定めなく雇用されている者のみとする
・従来からの禁止業務(港湾運送・建設など)と専門26 業務を除いた業務(製造業務も含む)については、登録型派遣は認めず、「常時雇用」(無期雇用)の労働者のみ労働者派遣事業を認める。これらの業務については、派遣期間の制限を設けない
・労働者派遣業事業はすべて許可制としたうえ、設立時の最低資本金規制、供託金制度を設け、参入規制を強化する
・専門26 業務については、業務の専門性の有無、業務の危険性の有無、技能蓄積の機会の有無、といった幅広い観点から、抜本的な見直しを行う

派遣労働については、わたしはそもそも業務限定方式という出発点に疑問を持っていますので、いささか意見が違うのですが、問題意識としては共通するところがかなりあります。

【4】セーフティネット、技能蓄積と教育訓練
(政策提言)
・雇用保険と生活保護の間を埋め、連続した制度へと再構築する
・学校教育と就労支援政策の連携を深める
・就労の相談相手となるキャリアカウンセラーを充実する
・「若年者トライアル雇用」「日本版デュアルシステム」の強化・拡充、給付つき税額控除特に勤労税額控除)の導入等により、セーフティネットにトランポリン機能を組み込む
・社会保障や税制を含めた各種制度はなるべく個人の働き方に対して中立的にする

ここで述べられている

>まず必要なのは、雇用保険から生活保護に至るセーフティネットについて、相互の関係も含めて一貫した制度として整理し直して再構築するということである。それぞれにつき、以下のような方向性で考えるべきである。
・雇用保険→適用範囲の拡大
・雇用保険と生活保護の間→就職活動や職業訓練を条件とした給付金、住宅支援
・生活保護→雇用へと戻すインセンティブを組み込む

という方向性は、上の二つは現に進みつつあり、生活保護についてもすでにそういう方向性はあるのですが、どこまできちんと意識されているかが問題でしょう。本提言が

>労働者にとって、働かないよりも、働いたほうが得になるような環境を用意することが重要である。

ということをしっかりと踏まえて書かれていることは、読む側に大変安心感を与えます。

【5】有期雇用の制度
(政策提言)
・「いつでも切ることができ、給料も安く、一生懸命働く労働者」などは存在し得ないという認識を経営者に持たせるために、有期雇用について、使用者が労働者に対し、無期雇用への雇用契約転換の期待あるいは契約の反復更新への期待、を持たせた場合には無期雇用とみなす旨を法律で規定する
・有期雇用の期間を制限しない。ただし、3 年を超える部分については労働者側からは期間の定めのない契約の時と同様の手続きで辞められるものとする

経済学なるものの社会的意義は、世の中にはトレードオフというものがあり、「いいとこどり」はできないということを世の人々に教え諭すところにあるのではないかと、私は思っていますが、経済学者を名乗る人々の中に「いつでも切ることができ、給料も安く、一生懸命働く労働者」がありうるかのように論じる人々が絶えないのは不思議なことです。

もちろん本提言は、

>通常、正社員への契約の転換の期待を持つ有期雇用の労働者は、その期待が強ければ強いほど実際に払われる賃金以上の努力を労働の現場で払うこととなる。職場において「認められる」ためである。その分、使用者は利益を得ることができるが、こうした状況は労働者個人にとってマイナスであるだけでなく、経済全体にとっても非効率である。また、実際リーマンショック後に起こったように、この認識のギャップが紛争の種ともなる。
日本の有期雇用の法制度を前提とした場合、有期雇用の労働者は、使用者サイドから見ればどこまでいっても「いつでも切れる」労働者である。にもかかわらず、労働者に対しては正社員への移行をほのめかし、賃金以上の努力を労働者に行わせているのが現状は改める必要がある。

という認識に立っています。

【6】無期雇用の制度
(政策提言)
・解雇をめぐる個別紛争について、総合労働相談制度や労働審判制度の機能を強化する
・違法な解雇が行われた際の、労働者の申し立てによる金銭賠償の制度を設ける
・労働時間について、新たに残業時間の総量規制を設ける

解雇規制の問題については、本ブログでも何回も繰り返し論じてきましたが、主として経済学者からなる本提言が、

>解雇規制の議論では、経営状況の悪化による解雇の議論と、差別的・恣意的解雇の議論とが明確に区別されないまま行われているがまずは両者の関係を整理する必要がある。

という的確な認識に立って議論を進めようとしている点は、かつて本ブログ上で、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/wedge-2092.html(WEDGE大竹論文の問題点)

>大竹先生に限らないのですが、とかく経済学系の方々が解雇問題を論ずるときには、ややもすると、あるいは場合によっては、意識的に、別に企業経営上解雇をする必要が生じていないにもかかわらず、使用者の特定の労働者に対する何らかの感情や意図に基づく不当な解雇は許されないという解雇権濫用法理の問題と、企業経営上労働投入量を削減せざるを得ず、そのために誰かに辞めてもらわなければならない、という場合の整理解雇の問題を、混同して議論する傾向が見られます。

>ある人が、経済学者は生理学者であり、法学者が病理学者であるといいましたが、整理解雇は生理現象であり、ちゃんと働いているのに「お前は生意気だから首だ!」ってのは病理現象であって、後者は、人間は合理的に行動する者であるという経済学者の想定からすると、なかなかすっと入らないのではないかと思われます。

病理学者である法学者にとっては、異常性の表れである一般解雇の規制がまず第一義的なもので、合理性の表れである整理解雇はその応用問題に過ぎないのですが、生理学者である経済学者にとっては全く逆なのでしょう。

と論じたわたくしからすると、議論がここまできたか、と感無量の思いであります。

ま、それはともかく、本提言の

>そもそも、解雇規制を緩和するというのはいったいどういうことを意味するのか。具体的な法制度を考えていくほど、そう簡単なことでないことがわかる。世界のどこを見ても、本当の意味で解雇が自由な国は存在しない。解雇自由とは、使用者がある労働者について「顔が気に食わない」とか「女性だから」といった、全く合理性のない理由に基づいて行う解雇をも認めるというものである。
こうした差別的・恣意的な解雇については、アメリカでは差別的な解雇を禁止する法律が発達しており、厳格に規制している。また、ヨーロッパ諸国の多くは解雇に「正当事由」を求めることで不当な解雇を規制している。
日本においては明文法でなく判例によって、差別的・恣意的な解雇は解雇権濫用法理、特に経済的な理由に基づく解雇については整理解雇法理が形成されてきたが、既に述べたとおり、整理解雇法理についても、組合同士の対立に起因する政治的な意味を含んだ差別的な解雇を解決する過程で形成されたという事情がある。
従って、「アメリカに倣って解雇規制を緩和する」といったとき、まず労働法に「解雇は自由である」と規定した上で、別途恣意的・差別的な解雇を規制する法律を作り、その中身を確定していく作業が必要となるが、その結果現れる状況が、現在の解雇規制による正社員の「クビにしやすさ」とどれだけ異なるか、疑問である。

という議論については、おおむね賛成なのですが、ただ整理解雇法理が4要件にせよ4要素にせよ、やや形式論的に捉えられすぎてきた面はあると考えています。この意味では、私は、解雇に正当事由を要求した上で、その正当事由としての経営上の理由による剰員整理については、立法による整理解雇法理の一定の緩和が望ましいと考えています。

また、違法解雇の救済方法としての金銭解決についても、

>一方、裁判における違法解雇の救済方法としては、現状では解雇無効の場合、原職復帰しか選択肢がない。しかし、実際には、違法解雇には納得できないが、職場には戻りたくないといったケースも多いものと考えられる。したがって違法解雇の際には、現職復帰という原則は維持しつつも、労働者側からの申し立てによる金銭解決の選択肢を用意すべきである。

というにとどまらず、ある種の破綻主義に基づき、懲罰的補償金の支払いにより、使用者側からの金銭解決も認めた方がいいのではないかと考えています。むしろ、労働局のあっせんにせよ、労働審判にせよ、クビ代が安すぎる傾向にあることに対してどう考えるかという問題意識がありますが、これについては、また改めて。

このあとも、

>現行の法制度では、労働時間の上限規制はなく、時間外労働をした際に割増賃金を義務付ける規定のみである。労使で36 協定を結び、割増賃金さえ払えば何時間でも働かせて良いということになっている。割増賃金の議論は、あくまで賃金の議論であり、そこに政策思想として“健康”という考え方は入っていない。

正社員の健康という観点はもちろん、非正社員の職を正社員の過剰労働が奪っているという側面もあり、何らかの労働時間規制を導入するべきである。

とか、

>近年の組織率の低下傾向や、労働組合に属していない非正規雇用の増加は既存の労働組合に新たな課題をつきつけている。労働組合は組合員だけの代理人なのか、非組合員を含めた職場の全ての労働者の代表なのか、という問題である。
前者の方向であれば、それを補完する政策対応が必要となる。労働組合が全ての労働者の代表たりえないのであれば、いわゆる「労働者代表制」の導入も検討すべきであろう。

>労働組合には、正規・非正規の枠を超え、これまで以上の大きな役割を果たすという高い理想を持って活動することを期待したい。

と、まさにわたくしが繰り返し述べてきたことを真っ正面から提言していただいており、心躍る思いが致します。

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