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2010年3月24日 (水)

日本学術会議大学と職業との接続検討分科会一応終了

昨日、日本学術会議 大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会 大学と職業との接続検討分科会の第17回会合が開かれ、ほぼ終了しました。

今後細かい字句修正の上、文部科学省に報告されることになると思います。

現時点で学術会議のHPに載っているのは、1月26日時点の報告書案なので、それ以上のことをここに書くのは控えておきますが、なかなか面白い報告書になっております。主として執筆に当たったのは本田由紀先生と児美川孝一郎先生の両幹事ですが、その他の委員の発言も随所に盛り込まれております。

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/syoku.html

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/d-shidai14.html

ここでは、最終報告書とあんまり変わっていない冒頭の「1.若者を取巻く困難」の部分を、1月26日時点の報告案から引用しておきます。

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-14-2.pdf

>1.若者を取巻く困難

(1)若者が直面する就職問題

バブル経済の崩壊以降、卒業時に安定した正規雇用での就職先を得ることができず、結果として不安定な非正規雇用での就労に従事することを余儀なくされる大学卒業生が顕著に増加している。一旦非正規雇用での就労に従事した者は、その後に正規雇用の職を得ることが極めて困難になるという日本の労働市場特有の構造は、若者の就職問題を一層苛酷なものとし、「ロストジェネレーション」と呼称される、90 年代の厳しい就職難に遭遇した世代の苦境は、今日に至るも抜本的に解消されることがなく、日本の社会に刻まれた深い傷跡となっている。その後の景気の回復によって、就職を取巻く状況は一次的な改善を見せていたが、一昨年末の世界同時不況の到来により、再び深刻な就職難が懸念される状況となっている。

また、従来から、多くの企業は採用に当たって、積極性や協調性などの学生個々人の人間性や、将来的な「訓練可能性」¹などを重視してきたとされるが、近年、企業が学生に対して求める能力の要求水準が高まる、あるいは、若者一般に対する企業の評価が厳しいものとなってきていると言われている。しかし、そこで要求される能力に関しては、一定の職業生活を経験して初めて身に付くのではないかと思われるような高度な対人能力や、常人では思い付かないようなアイデアを考える発想力、いままでの人生での大きな困難を克服した体験等、大学教育との関係が薄く、目的合理性を持った努力では対応が困難なものばかり求められているかのような言説も振りまかれている²。

こうした状況は、大学生の将来展望を不透明なものにし、多くの者が非常に早期からの就職活動の必要性を意識して、長期間にわたって就職活動に多大なエネルギーを注ぎ込まざるを得ないようにさせており、学生の学業生活に甚大な支障を及ぼすばかりか、メンタルヘルス面でも少なからぬ問題を発生させている。また、企業にとっても、近年の過熱する就職活動(採用活動)は、非常に費用対効果が良くないものと感じられるようになっていると言われている。

¹ ここでの「訓練可能性」は、採用後に企業の中での配置や処遇に応じて自己の職務能力を開発していくことのできる柔軟な学習能力を意味している。企業の採用に当たって、大学の「序列」が重視されてきたことは周知の事実と言ってもよいであろうが、大学の序列が、大学入試の受験能力という意味で個人の学習能力を表す一つの指標であると解すれば、このようなふるまいもある意味で自然なことと言えよう。

² 特定の学生に内定が集中する一方、内定が全く取れない学生が多数生じるとされる現象も、こうしたことと密接に関係していると思われる。

(2)問題状況の背景-日本的雇用システムとその成立基盤の動揺

社会・経済の仕組みは、金融、産業、雇用、社会保障、教育などの様々なサブシステムによって構成され、それぞれが相互に補完・調整し合い、全体として効果的・効率的に機能する。しかし、環境変化の中で特定のシステムに変容が見られると、諸システム間の補完関係が機能不全となり、そこには社会的な矛盾や困難が蓄積していく。

若者の就職をめぐる問題状況についても、現象面にのみ着目して対策を講じても、問題の解決には寄与しないと考える。以下に見るように、この問題の根底には、日本の社会・経済を取巻く環境の不可逆的な変化があり、そのことに由来するサブシステム間の不具合として問題が発生していることを理解することが重要である。

① 日本的雇用システムと大学教育

日本の雇用は、大別すれば、正規雇用者を中心とし、長期雇用、年功賃金、企業別組合を「3種の神器」とするいわゆる「日本的雇用システム」と、その外部に広がる非正規雇用者を中心とする周辺システムから成立してきた。日本的雇用システムは、かつての高度経済成長期を通じて形成されたものであり、恒常的な人手不足を背景として、企業に優秀な人材を囲い込む上で、重要な役割を果してきた。そこでは、長期雇用を前提とした手厚い企業内訓練を行うことが広く行われており、新規の採用者に求められたのは、(1)で述べた「訓練可能性」や、積極性や協調性などの人間性であり、専門性に根ざした実践的な職業能力ではなかった。

一方、大学に関しては、第二次世界大戦後間もなく行われた学制改革の一環として、1949年に多数の新制大学が発足し、以後、進学率の上昇と相まって高等教育人口が急激に拡大し、産業界での旺盛な人材需要に応えることとなる。しかしまた、当時の日本は、東西の冷戦体制が激化する中、左右のイデオロギー的な対立が陰に陽に社会を分断する傾向が次第に強まり、大学を含む教育界では、左翼的な考え方の影響もあり、特に文科系の分野を中心に、教育を職業との関わりから考えることを、教育を産業に従属させることとして否定的に捉えるような傾向も広まった3。

3 職業的な能力形成ではなく、「専門分野の研究後継者の養成課程」であるという視点が、長く大学教育の質保証に係る暗黙の規範として機能していた面があると考えられる。しかしこのような視点が、大学教育の規模が飛躍的に拡大した時代において、一部の選抜性の高い大学ばかりでなく、すべての大学において共有されるべきものであるかはもとより自明ではない。(大学教育の規模が格段に小さかった戦前の日本の大学は、大学令に「大学ハ国家ニ須要ナル学術ノ理論及応用ヲ教授シ・・」と規定されていたことが象徴しているように、国家のエリートの養成機関としての性格が強く、その枠組みの中で、研究者養成と職業人養成とが伴に包摂されていたと考えられる。)
80年代から90年代にかけて、「国際」や「情報」、「環境」等をキーワードとするいわゆる「四文字学部」が多数開設されたことに関して、今日では否定的に評価する言説も多いが、研究後継者の養成を暗黙の規範とする伝統的なディシプリンではなく、現代的な課題について学際的なアプローチを介して学ぶことを目指した意図はそれなりに了解可能である。しかしこのような教育課程においても、やはり職業能力の形成という視点が重視されることはなかったと思われる。当時の時代状況における限界と言うべきかもしれない。

② 日本的雇用システムの動揺と縮減

職業能力形成に無関心な大学教育と、大学教育の成果を殆ど問うことなしに、企業特殊的な訓練を施して「会社人間」に染め上げる日本的雇用システムとの間での「大学と職業との接続」は、本来は相反するものの間に成立した逆説的な親和性の上に、長期にわたって一見順調に機能してきたが、それはあくまでも経済の持続的な拡大という恵まれた環境を前提としたものだった。

しかし91 年のバブル経済の崩壊後、長期にわたり経済の停滞が続き、グローバリゼーションの下での競争圧力が強まる中で、以前のような長期雇用と年功賃金を保障した正規雇用を維持することは、多くの企業にとって負担となる。このため、非正規雇用に対する規制緩和がなされ、正規雇用を縮小して、非正規雇用を増大させる傾向が顕著となるが、その際、現役労働者の雇用を守る上からも、まず「雇用の調整弁」とされたのが若者の新卒採用であった。また、長期雇用と年功賃金に基づく人事体系の流動化は、それらを前提として行われてきた企業内教育の在り方にも影響を及ぼしており⁴、新卒の「厳選化」傾向とも相俟って、学生に対する要求水準の高度化をもたらしていると言われる。

従来の「大学と職業との接続」が前提としていた環境の半ばは失われてしまったのである。

⁴ もちろん人事体系の変化は会社によって一様ではなく、経営体力の強固な大企業においては、従来型の人事体系を維持しているところも少なくないと思われる。しかしそのような企業でも、生産現場や関連子会社においては、ここで述べたような日本的雇用システムの変化と縮減が進行している場合が少なくないと思われる。

(3)大学と職業の接続の機能不全

若者の就職をめぐる問題の根底には、低成長時代に入った日本経済の下で正規雇用の縮小が進行する一方で、この間大学進学率が上昇を続け、大学卒業生の数が急増したため、労働市場における需給バランスが変化したという厳然たる事実がある。

このような状況にあって、従来の「大学と職業との接続」が、その内実においては全く接続していなかったことが露わとなり、学生は、大学教育を通して自身が身に付けた職業能力を殆ど主張できない状況で、しかも、不首尾に終わった場合のセーフティーネットもないままに、厳しい就職活動に臨むことを余儀なくされている⁵。しかしまた、企業においても、依然として学生に対して大学教育を通して身に付けた職業能力を問う姿勢は見られない。まずこのことの不自然さを直視し、大学教育の職業的意義を高めることを手始めとして、大学と職業との接続の在り方を変えてゆくことが必要である。

その上で、教育以外の問題についても目を向けないわけにはいかない。大学教育の職業的意義を高めることにより、従来の大学と職業との接続の在り方を改善したとしても、雇用が過小なままであれば、多くの者がディーセントワーク⁶に従事する機会からこぼれおちていくことになる。

今般の世界同時不況が発生した際に、日本の経済とそれを支える雇用が極めて脆弱であり、従来の仕組みが限界に来ていることを我々は痛感することとなった。もとよりこれは学生のためだけの問題ではないのであり、困難ではあっても、日本を取巻く環境の不可逆的な変化に対応して、今までの社会・経済の仕組みを構築し直す努力を行うべきであると考える。

⁵ 選抜性の高くない大学の学生にとって、とりわけ問題は深刻であると考えられる。

⁶ ここでの「ディーセントワーク」とは、個人の能力と貢献を適切に反映した賃金やワーク・ライフ・バランスを可能にする労働時間のみならず、個人の継続的な向上可能性の展望が開かれているような働き方を意味している

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