フォト
2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 「もちつけblog(仮)」さんの拙著書評第3弾 | トップページ | 官僚たちの冬?東大生座談会@『POSSE』 »

2010年3月 2日 (火)

アクティベーションか、ベーシックインカムか

生活経済政策研究所から送られてくるメールマガジンに、こういうのがありました

>2月26日、国際シンポジウム「アクティベーションか、ベーシックインカムか― 持続可能な社会構想へ」を開催しました。宮本太郎・北海道大学教授からの問いかけをコーディネーターに、先進諸国で模索される貧困、格差、生活不安からの脱却の最前線の試みが報告、議論されました。失業保険と教育・職業訓練とを連携させる政策、アクティベーション(積極的労働市場政策)で90年代の高失業率からのを脱出したデンマークについては、ヨルゲン・グル・アンデルセン教授(デンマーク・オーフス大学)が報告。その出発点には加入制限がほとんどない失業保険制度を基盤とする市民賃金アプローチがあり、その後、就労との連携を強化するワークアプローチ、雇用能力を高める人的資源アプローチへと展開してきたことを紹介しました。一方、就労や所得に関係なく一定の所得をすべての人に保障するベーシックインカム。その構想のラディカルさから実現可能性が疑問視されますが、ヤニク・ヴァンデルホルヒト教授(ベルギー・ルーベンカトリック大学)がこれまでの批判を整理しつつ、所得に関係なく給付される日本の子ども手当などすでに世界にはベーシックインカムの構想が部分的に実現されていることを報告しました。時間の制約もあり、会場からの質疑は3本しか受けられませんでしたが、とても充実した内容となりました。

うーーん、子ども手当がベーシックインカムの代表選手みたいにいうのは、そもそも子どもを就労にアクティベートすることが考えられない以上、いささかどうかという気もしないではありません。

わたし自身、『日本の論点2010』の中では、

>筆者に与えられた課題はワークフェアの立場からBI論を批判することであるが、あらかじめある種のBI的政策には反対ではなく、むしろ賛成であることを断っておきたい。それは子どもや老人のように、労働を通じて社会参加することを要求すべきでない人々については、その生活維持を社会成員みんなの連帯によって支えるべきであると考えるからだ。とりわけ子どもについては、親の財力によって教育機会や将来展望に格差が生じることをできるだけ避けるためにも、子ども手当や高校教育費無償化といった政策は望ましいと考える。老人については「アリとキリギリス」論から反発があり得るが、働けない老人に就労を強制するわけにもいかない以上、拠出にかかわらない一律最低保障年金には一定の合理性がある。ここで批判の対象とするBI論は、働く能力が十分ありながらあえて働かない者にも働く者と一律の給付が与えられるべきという考え方に限定される。

と断っていますし、働ける人に「お前みたいな無能な奴は働かないでいいからじっとしてろ、捨て扶持やるからさあ」というホリエモン型BI論の問題点が出てこないように思います。

« 「もちつけblog(仮)」さんの拙著書評第3弾 | トップページ | 官僚たちの冬?東大生座談会@『POSSE』 »

コメント

題名:いかにして、ホームレスなどの生活困窮者を救うか

以下、長文・乱文にて失礼します。

雨宮処凛さんによると、
路上生活者だけでなく、飯場や製造派遣を転々としているとか、
ネットカフェやサウナとか個室ビデオで寝泊まりしているとか、友達の家に転がりこんでいるとか、
そういう人もすべて「ホームレス」と定義してカウントすれば(イギリス流のホームレス調査)、
毎年10万人くらい推計されるという調査があるそうです。
そういう意味では、日本はホームレス大国かもしれないとのこと。
http://www.magazine9.jp/karin/100203/
以下、その「ホームレス」についての記事です。

■「再起のチャンスほしい」 熟年男性目立つ派遣村
開設2日目の29日、利用者の中で目立ったのは50~60代の熟年男性だった。
再就職が厳しい年齢に、不況が追い打ちをかける。
「もう一度人生をやり直すチャンスがほしい」。
寒風が吹き付ける年の瀬に、初老の男性たちは声を詰まらせながら語った。
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/tokyo/091229/tky0912291934005-n1.htm
■石原知事視察しないまま都の派遣村解散
東京・御徒町のカプセルホテルに移動した54歳の男性入所者は、新宿近辺の路上で約30年間過ごしてきたという。
男性は「年末年始だけでも助かりましたが、ハローワークで仕事が見つかるぐらいならこんな所には来ない。
結局路上生活に戻るしかない」とうなだれていた。
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20100105-582681.html
■年越しの公設派遣村に700人超 「食事が豪華すぎて、今後との落差が怖い」
白米をほおばった男性(62)は、
「質素でいいから、継続的な支援がほしい」と不安を口にした。
平成20年秋に派遣切りにあった男性(40)は、特設された相談窓口に行ったが
具体的な解決策は見つからなかった。
「ハローワークならいつも行ってる。ほしいのは『住まい』なのに」・・・
ほとんどの人が、4日以降の生活のめどが立っていない。
50代の男性は、「ほうり出される日と思うと、
『地獄へのカウントダウン』が始まった気持ち」と不安をにじませた。
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/091231/biz0912311807007-n1.htm
■岐路の夏:09衆院選 路上生活、票なき声 争点にもならず…
http://mainichi.jp/select/seiji/09shuinsen/kiro/news/20090819ddm041010126000c.html
■路上生活者:34%に知的障害の疑い 東京・池袋で調査
http://mainichi.jp/select/today/news/20100302k0000m040127000c.html
■<ニッポン密着>東京の路上生活者、6割に精神疾患 救済対策手つかず
厚生労働省は「精神疾患の患者や知的障害者がずっと路上にいるのは好ましくない」としつつも、
特別な対策はとっていない。・・・
こうした路上生活者を救済する方策はまだない。
「精神保健福祉士ら専門職を雇うため補助を増やしてほしいとの自治体要望はあるが、
そんな視点で検討したことはない。
どんな対策がとれるかも分からない」。
厚労省地域福祉課の担当者はこう話すと口をつぐんだ。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20091206ddm041040100000c.html(リンク切れ)
http://d.hatena.ne.jp/i-haruka/20091214/1260781777
真上の記事のように、国も自治体もこのようなホームレスの人たちを事実上、放置しています。

長く路上生活していると、歯はボロボロ、皮膚もボロボロ、
そして、精神もボロボロ、さらにおそらく内臓もボロボロ・・・になってしまいます。

もちろん、私は路上生活経験はありませんので、私には路上生活者の本当の辛さはわからないでしょう。
しかし、すくなくとも、路上生活者を目の当たりにし、接してみて、
この場所で会うまで、彼らが日々どんなに辛い状況におかれてきたか・・・を想像することはできます。

このような状況を目の当たりにしていると、「アクティベーション型生活保障」でも「ベーシックインカム型生活保障」でもなんでもいいですから、
国は、「プログラム規定」などといつまでも言い訳せず、
憲法25条で規定された「健康で文化的な最低限度の生活」をすべての国民に保障するべきではないだろうかと感じるようになりました。
ナショナルミニマムがストリートチルドレンから身寄りのない老人まで、
あらゆる人々に無条件で保障されるような社会になりさえすれば、支援者・困窮者側にとっては、
学派間の争いなどどうでもいいことなのです。

ベーシックインカムは「金銭絶対主義」と批判されていますが、ちょっと違うと思います。
「お金」は、路上生活者・ネットカフェ難民等の生活困窮者を救う十分条件では、決してありませんが、必要条件です。
お金がなければ、人は生きていけないのです。
すくなくとも、お金がなければ、憲法で保障されているはずの「健康で文化的な最低限度の生活」は送れないのです。

ちなみに、「文藝春秋 日本の論点PLUS」において濱口先生とともに登場した
田村哲樹氏も宮本太郎氏著書「生活保障」について
>時代状況の認識については、本書で書かれていることのほとんどと、僕の考えとの間に違いはないと思う。
>ただ、本書が「就労原則」「就労を軸とした」という「言い方」をする点だけが異なっているのだろう。
http://d.hatena.ne.jp/TamuraTetsuki/20100104/p1
と述べていることから、ベーシックインカム左派とアクティベーション派は、実はそれほど大きな違いはないのではないかと感じました。
そもそも、ベーシックインカムは、「ネオリベ」「共産主義」「金銭給付絶対主義」なるイデオロギーの類ではなく、単なる制度ですから、
具体的制度設計如何では、アクティベーション型生活保障と大差ないものになりうると思います。

ベーシックインカム提唱者のパレース教授もアクティベーションを認めているようです。

>国民国家間での経済的国際競争が現実として存在する限り、
>より包括的な再編的福祉国家の構想としては、
>パレース自身認めるように、ベーシック・インカム制度だけでは不十分であって、
>積極的労働市場政策の採用が不可欠であろう。
http://www.ier.hit-u.ac.jp/~yosihara/rousou/ronsou-13.htm

アクティベーション型生活保障を提唱する宮本教授も次のように述べているようです。
>「福祉政治--日本の生活保障とデモクラシー」=宮本太郎・著
>ベーシック・インカムをも含む所得保障については、国(ネイション)レベルでより柔軟に。
>医療や介護などの公共サービスについては、人々のニーズに直接向き合える市町村(ローカル)レベルで、行政と民間組織とが連携しつつより機敏に。
>そして雇用の創出については、都道府県あるいは道州(リージョン)レベルで、地域の特性をふまえてより果敢に、と。
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2009/01/20090125ddm015070007000c.html

ホリエモン型BIはともかく、「左寄りの福祉充実系」BI(東浩紀氏命名)とアクティベーション型生活保障は、
結局、ほとんど大差ないように思えます。

ベーシックインカムについて述べた東浩紀氏のtwitter

今は理念レベルで同床異夢の状況に見えます。
左寄りの福祉充実系、自由主義系の負の所得税系、行政コスト削減の構造改革系、高等遊民志向の文化系、etc.。
具体制度設計時に細部で大きな差が出そうです。大同団結できないと実現は困難かと。
http://twitter.com/hazuma/status/9820990841

ちなみに、twitter上では、以下のとおり、ベーシックインカム=共産主義という批判が多いようです。

ベーシックインカム=共産主義という批判が多いな
高野宏康
http://twitter.com/takanohiroyasu/status/9387586554

結局ベーシックインカムなんて名前だけ変えた共産主義
http://twitter.com/Osa/statuses/9600324199

ベーシックインカム、共産主義としか思えない。実現は無理だろ
http://twitter.com/moririn/statuses/9453336433

嫁とベーシックインカムについて議論。
私は格差賛成派で、楽して金を得る事が大反対。完全実力主義肯定派で、反共産主義。
http://twitter.com/scarlett_kisara/statuses/9828321860

親父にベーシックインカムを説明しようとすると、
社会主義とか共産主義と混同しやがる。
http://twitter.com/djharakiri/statuses/9714378097

>もちろん、私は路上生活経験はありませんので、私には路上生活者の本当の辛さはわからないでしょう。

他者への哀れみだけで見てしまうと事の本質を見誤りますよと御忠告。
私自身が「ニート」「引き篭もり」同然の生活をしていたので実感してますが、路上生活にせよ私が陥った前述の状態も社会的束縛から外れてしまうため、本人の意識無意識の差無くそれに慣れてしまって抜け出せなくなるのが最大の問題です。
ある特集で「路上生活は3日もやれば辞められなくなる」と語る生活者がいましたが、私はこの人の弁がすべてを物語っていると思います。
確かオバマ大統領も演説で語っていたはずですが、確かに身も心も疲弊した人に必要なのは温かい食事と厚さ寒さを凌げる住居であるのは言うまでもありません。
ただし、その後が問題でじゃあカネだけ出せばいいというのはあまりに短絡かつ片手落ちでしょう。
私もそうでしたが労働という社会的関わりを絶つ、あるいは絶たれた人に対して必要なのは社会との関わりの大切さとそれを気づかせる為の教育、そして社会の繋がりを築く元である労働スキルの訓練でしょう。
事情はどうであれ、前述の部分が補えてないからこそ底辺に陥る悪循環が存在する訳で、そこは各々に「これでは駄目ですよ」という意識付けと、そこから脱出するための労働訓練なり教育を施すべきです。この辺はお金なんかよりも現物で施すべきこと。
この辺はお名前を出して恐縮ですが、「雇用維新」さんのサイトに派遣労働者への様々なケアなりアシストでの苦労話を見るとわかるはずです。
厳しい言い方が混じった点をお詫びしますが、私自身が底辺の住人だからこそあえて言いますが、雇用問題なり失業問題を語る際には「暖かくも厳しい目線」が欠けてはいけない、同情だけでは当事者の落ち度なり問題が見落とされるし、厳しさだけでは相手の惨状や疲弊振りに対し無頓着となりがち、両方を見た上でちゃんと語るべきだと思います。

ふみたけ様へ

貴重な御忠告、ありがとうございます。
おっしゃっていることは、十分に理解しております。ほぼ異論はありません。

ただ、一点、お言葉を返すようで恐縮しますが、
本文をよく読んでいただければおわかりのとおり、
「じゃあカネだけ出せばいい」などといった趣旨のことは一言も書いておらず、
むしろ、逆に、
<「お金」は、路上生活者・ネットカフェ難民等の生活困窮者を救う十分条件では、
決してありませんが、必要条件です>
などと書いており、十分条件とは申しておりません。
アクティベーションも否定しておりません。
(むしろ、積極的労働市場政策への公的支出は欧州先進国並みに充実させるべきでしょう。)

以上のとおり、必要条件と十分条件を区別していただければ、この点の誤解が消えるのではないかと存じます。
どうか、その点だけは、誤解なさらないようお願い申し上げます。

2010年のエントリが人気ランキング入りした現象こそまずは考えることではと思われますし、たしかに同一労働同一賃金、ワークワイフバランスとともにBI 論の復活を最近確認できます。
コメント(紹介)から同意できるのは、東浩紀氏のツイートにある”今は理念レベルで同床異夢の状況に見えます”は6年後の今はより研究世界の細分化は産んだものの、現実社会に適応させるために必要不可欠な担保となる生産性の未解決問題が解を見せないため為替で凌ぐ状態です。結局は金融マジックでお得意の未来負債を今使うディレイ金融社会のディレンマが解を見ない限り(むろん両セクターに同時進行的なシンクロが不可避であることはいうまでもありませんが)、こうした公共政策も科学と同じく研究者による実証の理論武装的説得力を求めなければ、いわば哲学問題のようなリフレインのディレンマのように見えてしまいます。内生的思考実験の限界ではないですか。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アクティベーションか、ベーシックインカムか:

« 「もちつけblog(仮)」さんの拙著書評第3弾 | トップページ | 官僚たちの冬?東大生座談会@『POSSE』 »