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2010年2月21日 (日)

賃金と配当と内部留保のこれ以上ない簡単な整理

世の中というか、ネット界で話題になっているらしい議論が、どれもこれもあまりにも論点を外しているので、別に議論に割ってはいる気もないけれど、そもそもの概念についてこれ以上ない簡単な整理を。

企業は労働と資本というインプットを経営によって付加価値というアウトプットに変えるメカニズム。付加価値のうち、労働への報酬が賃金、資本への報酬が配当、その残りが内部留保。

内部留保は次の活動へのインプットになり、そのアウトプットが再び賃金、配当、内部留保に分かれ、これがずっと続く。

大事なことはこうだ。労働への報酬たる賃金と資本への報酬たる配当とは付加価値というパイの取り合いの関係にある。

これに対し、賃金と内部留保、配当と内部留保の関係というのは、短期的にすぐに労働ないし資本に賃金ないし配当として渡してしまうか、それともとりあえず企業の中にとっておいて、さらなる生産活動を通じてより膨らませてから、賃金なり配当として配分するかという、短期対長期の問題。

これまでの日本社会は長期的に企業が拡大していくことを前提に、内部留保を多くすることが労働や資本の側からも将来の賃金や配当を増やすことにつながるとして承認されてきた。この問題は、パイが将来膨れるのかどうかという短期と長期をどう評価するかという問題であって、労働と資本の関係のようなパイの取り合いの問題ではない。

賃金対配当はリアルな対立点たり得るが、賃金対内部留保、配当対内部留保はそうではなく、現在重視か将来重視かという論点である。これらがごっちゃになっているのが混乱の原因。

以上はミクロの問題。これとは次元を異にする問題として提起されているのが、マクロ経済的に消費拡大のために家計セクターにお金を持っていこうという論点。これはこれで経済政策的には重要。そして、家計にとっての重要性から考えれば、一部株主の配当などより多くの労働者の賃金の方が重要であることはいうを待たない。そして、このマクロ経済的観点から、当面内部留保を賃金に回して今現在の消費を拡大しようという議論は、(それが賃金対内部留保という誤った問題設定に立たない限り)それなりの意味がないわけではない。

なんにせよ、以上のような頭の整理が全然付かないまま、思いこみだけで突っ込むような議論が多すぎ。日本のネット界のレベルを問わず語りに物語っていると云うべきか。

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コメント

何年か前に世間を賑わせた村上ファンドの当時の主張と、共産党の主張が、「過大な内部留保けしからん」という点について合致していることに、hamachan先生が以前から何度も指摘されているリベラルな左翼と新自由主義の「共闘」を感じます。

まあ碌な運用をできていないのであれば、さっさと蓄えた金を吐き出せというのは、間違ってはいないんですけど。

同様の問題は、以下のリンクの記事中の引用とその記事のリンク先にある動画にもあるように思います。

http://d.hatena.ne.jp/qktn/20100221/1266769423

ベーシック・インカムについて議論するのはいいとして、専門家である山森さんを除けばたとえばすでに邦訳もあるフィッツパトリックの『ベーシックインカム論争』を読んでいる人はいなさそうです。概念整理もせず、すでに行われ分類されてもいる議論も参照せず、どうしてある主題について意見を述べようとするのか、理解に苦しみます。

charleyさんが指摘される「共闘」もさることながら、労働組合をも社会的なコストとしてしか見ないネオリベラルな「コスト削減原理主義者」が自らの「無駄口」だけは削減しないのは滑稽きわまりないというべきでしょうか。

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