中学校で不登校の子が職業訓練校で皆勤賞
田中萬年先生の「職業訓練雑感」から。
http://www.geocities.jp/t11943nen/(実習の意義 2.不登校者が職業訓練校で皆勤賞!?)
本ブログでいままでも田中萬年先生の言葉を紹介してきていますが、この「実習の意義」シリーズは、心に残る言葉が多く、思わず引用したくなります。
権丈節とならぶ萬年節シリーズということで・・・、
>中学校で不登校児だったK君はある県立の職業訓練校に入学した。K君が不登校だったことが中学校から連絡が有ったわけではない。ある日、担任の指導員がK君と話している時にK君から告白したのだ。K君のノートはすばらしく整理され、講義も実習も優れていたから指導員はK君が不登校者だとは微塵も思わなかったのだ。とても高校に入れない生徒とは思えない。実習が遅れた級友も手伝い、指導員の助手の役目も果たしてくれた。そしてなんと、K君は皆勤賞を取ったのである。卒業して就職した会社で無くてはならない人材になっているという。また、指導した先生が持っていない職業資格を取って頑張っている。更に大学での学習を目指し、訓練校の経歴は学歴に換算されないため定時制高校へも通ったという。
この話を私は指導員の研修会で必ず紹介するが、すると必ず「私も同じような経験をしている」との話が出てくる。中学校で不登校の子が職業訓練校で皆勤賞をとったK君は例外ではないのである。
この事実は、学校では生きられなかった子どもが、職業訓練校で息を吹き返す例である。“学歴”社会の中で、高等学校へ進学できない子供達、また、高校を“やむを得ず”中退してしまった子供達に長い職業生活のための真の希望の光を指し示すことは、公共職業訓練の一つの大きな意義となっている。つまり、公共職業訓練は学校で見捨てられた子供達に職業訓練により、社会で生き抜くための身を守る職業能力を修得させることが充分可能であり、この事により真の人間形成を施している、といえる。その核心には実習があるから可能なのである。学校で不可能な人間形成が実習にはあるのである。
実習が人間形成として重要な働きが有ることを是非とも理解して頂きたいものである。
職業教育訓練が、社会で生き抜くための身を守る職業能力を習得することが、なにか「真の人間形成」とは逆のものであるかのような紙の上のインテリの浅薄な発想でものごとを考えることの落とし穴を、見事に指摘しています。
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