宮崎哲弥氏と勝間和代氏にケチをつけますが
今をときめいておられる宮崎哲弥氏と勝間和代氏のささいな間違いにケチを付けます。
この本全体の趣旨に文句を付けようというわけではありません。しかし、本全体の趣旨が結構だからといって、細かいところでいい加減なことを書かれてもかまわないというわけにもいきませんのでね。
「第2章 デフレは百害あって一利なし」(章題はそのとおりですが)の93ページあたりから、
>(宮崎)しかし、その正常化策の一環として、たとえば安倍政権の下で2007年「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入がアジェンダに載せられたことがありましたが、民主党を中心とする労組の支持を受けた勢力の強硬な反対にあって見送りとなりました。確かにあの法案に関しては政府側、厚生労働省側の説明に不明な点が多く、当時は私も反対したのですが、ああいった労働法政上の改革がまるで腫れ物に触るかのようにタブー視されるようになったのは、全く「羮に懲りて膾を吹く」の愚です。
>(勝間)それは労組の幹部たちが給料を減らされるのがイヤだから、「NO!」といったわけですよね。
いまをときめく売れっ子評論家の方々には、このとき、労働組合側が実際にどういう主張をしていたかなんてことをきちんと議事録に当たって確認するなんてことはするヒマはないでしょうし、当時私が『世界』や『エコノミスト』で論じたことも目に入っていないでしょう。
たぶん、「残業代ゼロ法案」という当時のマスコミのフレームアップとそれに踊らされた与野党の政治家の右往左往だけが記憶に残っていて、あとは「どうせ労働組合なんて輩は碌でもない奴らに違いない」という思いこみから、こういう根拠のない発言が口の端からこぼれてくるのでしょうね。
もちろん、この間違いは、本書全体の論旨には特に影響はありません。ここで宮崎氏と勝間氏が述べている放言にかかわらず、確かに「デフレは百害あって一利なし」でしょう。そして、この本を評価する多くの人々は、労働問題で些細な間違いを放言したからと云って、それが何か問題なのかね、というでしょうね。
しかし、そういうことの積み重ねが、労働問題に対する誤った世間の常識をますます固定化し、おかしな方向にもっていくことになるのです。些細なことですが、ここはきちんとケチを付けさせていただきます。
(参考)
正しい適用除外制度を歪めてしまったのは誰だ(『エコノミスト』2007年2月20日号)
>朝日新聞など一部の大手紙が、「残業代ゼロ制度」などと取り上げ、世論に敏感な政治家たちも、07年7月の参院選を意識して、一斉に否定的な発言を始めた。マスコミも政界も、大騒ぎの割には、制度の本質をきちんと理解して騒いでいるとは到底思えないところがある。
冷静に考えてほしい。本誌を読んでいる多くのサラリーマンにとって、残業した時間に正確に比例して残業手当を支払わなければならないというのは、どこまで絶対的な「正義」と感じられているだろうか。
>ホワイトカラー・エグゼンプションに猛反対していると報道されている労働組合自身は、必ずしもこのホンネに反対しているわけではない。少なくとも民間企業の労働組合はこれまで成果主義の導入を受け入れてきている。労働組合としては、残業代を含めた総人件費を確保することが重要だ。
では、労働組合はどういう理由で猛反発しているのだろうか。答申の当日に連合の古賀事務局長が出した談話に明確に述べてある。
「労働時間に関する最大の問題は、長時間労働による過労死、過労自殺、メンタルヘルス不調など労働者の健康被害や、ワーク・ライフ・バランスの欠如である。にもかかわらず、労働時間規制を適用除外し時間外割増賃金を支払わない制度や企画業務型裁量労働制の業務制限緩和という、長時間労働を助長する法改正を行うことは認められない」
ホワイトカラー・エグゼンプションは長時間労働を助長し、過労死や過労自殺をもたらすからけしからんのだ、というのが連合の公式見解なのである。
ホワイトカラーエグゼンプションの虚構と真実(『世界』2007年3月号)
>ホワイトカラーエグゼンプションをめぐる最大の問題点は、マスコミや政治家のレベルにおいては、本来問題とすべきではないことが問題とされ、真に問題とすべきことが後ろに隠れてしまっていることである。
以下順次説明していこう。多くのマスコミや政治家にとっては、ホワイトカラーエグゼンプションはサラリーマンから残業代を取り上げる制度であるがゆえに、慎重に対処すべきものであるらしい。ことごとに「残業代ゼロ」と言いつのる朝日新聞の編集部も似たような発想であろう。しかし、残業代がゼロであることはなにゆえに悪いことなのか、きちんとした説明がされたことはない。
>しかしながら、ここで正当性があるのは時間外手当支払い義務という規制の緩和であって、労働時間規制の緩和ではない。現在提起されようとしているホワイトカラーエグゼンプションの最大の問題点は、それが時間外手当の適用除外にとどまらず、労働時間規制そのものを適用除外しようとするところにあるのだ。労働基準法の条文で言えば、第37条にとどまらず、第32条及び第36条が適用されなくなってしまうという点に問題があるのである。どういう問題があるのか。生命と健康である。労働時間規制とはゼニカネのためのものではない。労働者の生命と健康を守るためにある。これ以上長時間働いては生命と健康に危険だ、というのが労働時間規制の最大の目的である以上、これを外すことには慎重でなければならない。さもなければ過労死や過労自殺が続出する危険性すらあろう。ところが、この最大の問題点は、審議会における労働組合側の主張では繰り返し提起されていたにもかかわらず、マスコミや政治は余り関心を持っていないようだ。
焦点は残業代ではない マクドナルド賃金訴訟の本質は長時間労働の規制にある(『エコノミスト』2008年3月18日号)
>原告は正しく主張していたのに裁判官自身が無造作に退け、マスコミもほとんど関心を持とうとしない点について。原告の主張の第一は残業代の支払いではなく、法定労働時間を超えて労働する義務を負っていないことの確認であった。お金ではなく、いのちと健康が最大の争点だったのである。・・・ところが、各紙とも一面の見出しは「残業代」のオンパレードである。いのちや健康は二の次のようである。
>しかし、健康を守るための労働時間規制とは切り離した上で、残業代という賃金規制に関してはもう少し柔軟な対応が可能であってもいいように思われる。これは、企業経営の立場から合理的だというだけの話ではない。これだけ長時間労働の弊害が叫ばれているにもかかわらず、物理的に労働時間そのものを制限しようという声が一向に広がらず、残業代というお金の問題ばかりが世間で論じられるという現状において、最大の被害者はいのちの問題をゼニカネでしか理解されない長時間労働者自身なのではなかろうか。いのちの問題をいのちの問題としてしっかり議論するためにも、ゼニカネの話は一旦切り離した方が望ましいと思われる。
http://homepage3.nifty.com/hamachan/iwanamimokuji.html(新しい労働社会-雇用システムの再構築へ(岩波新書) )
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