横溝雅夫『人間の顔をした経済の復活-市場原理主義批判』
先日本ブログでそのエッセイを取り上げた横溝雅夫さんから、2年前に出版された『人間の顔をした経済の復活-市場原理主義批判』(産経新聞出版)をお送りいただきました。ありがとうございます。
その先日のエントリはこれです。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-af17.html(横溝雅夫さんの非正規論)
本書の紹介は、版元の産経新聞出版のものですが、
>●構造改革は万能薬か? 「人間が主人」の経済社会に ケインズ的政策との統合を提言
規制緩和、民営化など構造改革を進め政府の介入を減らし、市場のメカニズムに任せて経済を活性化するという市場主義的手法。これに対し、果たしてさまざまな問題を解決する万能薬か、と疑問をなげかける。構造改革が必要な部分はあるとしながらも、市場主義の行き着くところ効率と競争により弱者切り捨て、格差拡大の社会ということになる。こうした行き方にケインズ的な政策による「人間が主人」の経済社会の構築が必要と、ケインズの再評価を説く。そして景気安定策や弱者救済のセーフティー・ネットの構築など、ケインズ的政策との統合を提言している。
●日本型雇用システムのよさを生かせ
バブル崩壊後の大きな変化に対応できなかった日本経済。その原因のヤリ玉にあげられたのが日本型雇用システム。そして成果主義がもてはやされた。しかし、筆者は、長期雇用を中心とする日本型雇用システムは、雇用の安定により高いモラールが維持でき、技能の伝承なども行われなどのよさを評価。こうしたメリットに、長期的な見方で成果を評価する成果主義的手法を加え、非正社員の処遇を高め、高齢者の雇用を進めるなど、これからの新しい日本型雇用の構築を提言している。
●実務を手がけた元経済官僚のバランス感覚
著者は経済白書などを執筆する旧経済企画庁の調査課長をつとめ、広い立場で日本経済をみてきた。市場主義的手法、ケインズ的手法ともにバランス感覚のすぐれた筆致となっている。
第1部のケインズ復権論については、あまりきちんと批評することは出来ませんが、「はじめに」の次の一節に集約される考え方が最も重要であるように思えます。
>結局、市場主義とケインズ主義の違いは、経済社会の問題に対する取り組み方の姿勢にあるのではないか。市場主義者は、世の中の運営を市場メカニズムという無機質なメカニズムに委ねようとする。ケインズ主義者は、大きな流れは市場メカニズムをベースにするとしても、あくまでも主役は人間であり、人間生活を脅かすような結果をメカニズムがもたらすとするならば、人間がそれを補正する、というところがポイントではないかと気がついたのである。
また、第1部の最後のところのこの表現も味わい深いものがあります
>また、ものごとを簡単に白と黒に分けて黒を抹殺するというのではなく、多くのケインジアンがそうであるように、相対主義で、競争の土俵に上がれないような弱い人にもシビルミニマムは確保するし、意見が対立する問題も話し合いでよりよい方向に持って行く努力をすべきである。
確かに、世の中、「ものごとを簡単に白と黒に分けて黒を抹殺」したがる人がいっぱいいますからね。
第2部の日本型雇用システム論については、基本的な認識はきわめて共通していると思うのですが、わたくしの方が、
>日本型雇用システムの本質的問題は、それが男子正社員中心のシステムだというところにある(191頁)
という問題点を深刻に感じているというニュアンスの差があるかも知れません。横溝さんは、
>結論を端的に言えば、一つは正社員と非正社員の処遇は同一労働同一賃金(労働条件)の原則に合うようにすること、正社員になることを希望する非正社員は能力など正当な条件が満たされればそれを可能にする制度にすることに尽きよう。(225頁))
と述べられるのですが、それが日本型雇用システムの枠内でどこまで可能であるかについては、いささか疑問の余地があります。
同じ問題は、横溝さんが日本生産性本部の北浦さんと書かれた『定年制廃止計画』でも主張されていることですが、
>理想的には、アメリカがそうであるし、EUもその方向に動き始めたが、年齢で雇用を差別することを禁止し、定年制を違法にするべきである。
にも言えます。日本の雇用システムというのは、ある意味で根っこの所から年齢に基づいたシステムという面があり、それを否定することは、もはや日本型雇用システムの否定そのものなのではないか、と思われるのです。
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