江口匡太『キャリア・リスクの経済学』
拙著をJIL雑誌で書評していただいた江口匡太さんから、『キャリア・リスクの経済学』(生産性出版)をお送りいただきました。
>不確実性の高い時代、人事評価、昇進、技能形成、転職、雇用調整などキャリアにまつわるリスクは会社にも個人にも深まっている。本書は、人事管理の背後にあるリスクを、最先端の経済理論の知見を使って、制度と 実際に則して平易に解き明かしている。経済学から見ると、人事管理の常識も違って見えてくる。人事担当者はもとより、これから人事管理の理論を学ぼうとする人には最適の解説書であり、かつ、キャリア・リスクという時代の課題を先取りしたユニークな1冊である。
この「最先端の経済理論」とは、ゲーム理論の応用です。江口さんの「はじめに」の言葉を引用すると、
>従来の市場の理論である価格理論が市場システムの有効性を立証する理論的枠組みを提供したが、ゲーム理論はむしろ自由放任の限界を明確にした。その影響力は大きく、ミクロ経済学の教科書の半分以上はゲーム理論に関連する項目が占めるようになって20年になる。
そこで、本書は人事の経済理論を次の6項目について論じていきます。
はじめに キャリア・リスクの時代
第1章 人事評価をめぐるリスク
第2章 昇進をめぐるリスク
第3章 技能形成をめぐるリスク
第4章 採用と転職をめぐるリスク
第5章 情報伝達と権限をめぐるリスク
第6章 雇用調整をめぐるリスク
おわりに 人事管理制度の今後
生産性出版のHPから、江口さん自身のメッセージを引用しますと、
>キャリア形成に対して、確固としたイメージを持つことが難しくなって きています。会社にしがみつくのはリスクが大きいと言われる一方、今の ところで頑張っていかなければならないのも現実です。こうした現状にお いて、ビジネス・パーソンが理解すべき人事管理の考え方やキャリア形成 の注意点を、人事の経済学や労働経済学の観点から説明したのが本書です。 査定担当者が変わるとどの程度評価はぶれるのでしょうか? 係長から 課長へよりも、課長から部長へ昇進した方が大きく昇給しますが、なぜで しょうか? 正社員は保護されていると言われますが、どの程度本当なの でしょうか? こうした人事管理をめぐる問題を、人事評価、昇進、技能 形成、採用と転職、情報伝達、雇用調整の6項目に分けて経済学的な視点 で考えていきます。
どの章も興味深い話題で一般ですが、やはり第6章の解雇、雇用保障、有期雇用といったあたりは、労働法の観点からもたいへん興味深い論点がてんこ盛りです。
>解雇規制による雇用保障の功罪のうち罪を指摘する論点の一つは、労働者の働くインセンティブを削いでしまうというものだ。さぼっても解雇されないのであれば、手を抜くことになる。・・・
>一方、企業側のモラル・ハザードも存在する。一生懸命働いたのに、約束した報酬を払ってくれないのであれば、努力する気は失せる。・・・簡単に解雇されてしまうのであれば、その約束は履行されなくなる。
>また、時には従業員が経営陣に耳の痛い報告や提言をしなければならないこともあるだろうが、報告や提言を理由に簡単にクビになるのであれば、誰も何も言わなくなる。5-3で述べた発言のメカニズムが作用するためには、簡単に解雇されないという保障が必要となる。
>以上より、雇用保障は功罪両面ある。罪の方ばかり主張するのは一面的だ。実際に功罪のどちらが大きいかは意見の分かれるところかも知れない。解雇規制による雇用保障が強まるほど、労働者側のモラル・ハザードが深刻となり、反対に雇用の保障が弱まるほど、企業側のモラル・ハザードが深刻になる。
こういう文章を読むと、経済学ってなんて明晰でしかも現実感覚に富んだ素晴らしい学問なんだろうか、と思います。人にこういう思いを与える経済学者と、逆の感覚を与えるケーザイ学者の違いって、何なんでしょうか。
ここでは引用しませんが、第4章で直接労働者を雇用するかアウトソースするかの選択を契約の不完備性から説明した上で、労働法上の労働者性の議論がそれと深く関わっていることを説明するあたりもあざやかです。
(参考)
江口さんの拙著書評はここに貼り付けてあります。
http://homepage3.nifty.com/hamachan/20091127095929298_0001.pdf
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