山下昇・龔敏編著『変容する中国の労働法』
九州大学出版会から刊行された山下昇・龔敏編著『変容する中国の労働法』をお送りいただきました。ありがとうございます。
http://kup.or.jp/booklist/ss/area/1006.html
本書は、編者お二人に加えて、鄒庭雲さん、野田進先生のあわせて4人の共著です。野田先生は皆様ご存じのとおりですが、山下さんは中国労働法を専門とする日本の研究者、龔さんと鄒さんは中国人の労働法研究者です。
http://kup.or.jp/booklist/ss/area/1006.html#tab3(著者紹介)
内容は、
>多数の低賃金労働者を武器に「世界の工場」と呼ばれるようになった中国。2007年6月以降「労働契約法」等の新しい労働立法が相次ぎ,有期契約の更新・解雇・労働者派遣等の規制,労働契約違反責任の明確化など,労働者の権益保護が強化された。新立法は,「世界の工場」をどう変えようとしているのか。日系企業はどう対応すればいいのか。本書は,最新の実態・判例などを踏まえて,中国労働法をわかりやすく解説した入門書である。
ということですが、コンパクトな中に、大変わかりやすく記述されていて、現在の中国労働法の姿がよく分かります。
目次は、
序言
プロローグ 変わる中国の労働法制
第一章 労働者の国の雇用・失業
1 社会主義中国の社会・労働のシステム
2 経済発展の裏で増加する失業者
3 中国の労働市場と雇用格差
第二章 労働契約の締結とそのルール
1 なぜいま「労働契約法」が必要だったのか
2 労働契約の期間
3 労働契約は必ず書面で
4 労働契約の内容
5 契約違反の代償 違約金は相当重い
第三章 変わりつつある中国の人事制度
1 賃金はどうやって決めるのか
2 中国の人は転勤しない?
3 昇進の仕組み
4 会社のルール 就業規則の決め方
5 ルール違反者に懲戒処分を
第四章 中国の労働基準はどうなっているか?
1 賃金に対する法規制
2 労働時間・休日・休暇に対する法規制
3 労働者の安全衛生は守られているか?
4 労働条件の改善 低付加価値生産モデルからの脱皮をめざして
第五章 中国における労働者派遣とその法規制
1 中国においても労働者派遣が登場
2 中国における労働者派遣の発展
3 中国の労働者派遣の現状とその特徴
4 中国の労働者派遣の法規制
第六章 市場経済化の宿命 リストラ
1 経済政策の転換と雇用システム
2 解雇をしないリストラ
3 解雇の法規制
4 有期契約に対する制限
5 解雇紛争解決の実態
第七章 労働組合は労働者の代表か
1 労働者の国の労働組合
2 労働組合は自立を望んでいるのか
3 労働者の代表か企業の協力者か
4 労働組合の実力 争議権はあるのか?
第八章 労働紛争解決の中国的スタイル
1 労働紛争解決システムの概観
2 労働調停の制度と実情
3 労働仲裁の制度と実情
4 まとめ 中国における労働紛争仲裁制度の理解
第九章 中国社会におけるセーフティネット
1 転換期における中国社会とセーフティネット
2 都市労働者のためのセーフティネット
3 「出稼ぎ労働者」のためのセーフティネット
4 農村住民のためのセーフティネット
5 新しい発展方向が明確にされた
6 今後の発展に期して
第一〇章 日系企業から見た中国労働法
1 日系企業の調査
2 募集・採用
3 労働契約の期間と雇用
4 賃金・処遇の諸制度
5 人事異動
6 労働組合
7 労働法制への注文
8 まとめ 日本の雇用社会の近未来への実験
エピローグ 中国労働法の過去・現在・未来
主な参考文献
冒頭の「序言」は、中国人民大学労働人事学院副教授の澎光華さんが書かれていますが、現在の中国の労働状況を大変冷静に書かれていて、ちょっと長いですが、引用します。
>市民社会の権利意識と法律群の形成が法治の前提であるというならば、中国では、市民社会の形成にはほど遠く、労働者集団の権利意識が全体的に希薄であり、裁判官・弁護士・研究者が一体となって法治社会を推し進める集団となっているわけではない。財産と教養が市民法の基礎であるというならば、中国では、資源分配の不均衡により、労働関係の一方である労働者には十分な財産が与えられておらず、これに対して、十分な財産を集約してきた他方の当事者である企業の多くには、十分な教養がない。労働法にはその独立した理論体系が欠かせないというならば、中国の政策制定および労働法学の世界では、労働関係、労働報酬や労働時間といった基本的な概念の中身も明らかにされていない。裁判例の積み重ねで形成された判例法理および社会通念が労働法理論を有効に補充し、かつ労働関係のマネジメントの際に参考となる「相場」を示すというならば、中国では、裁判例の法的効力が承認されておらず、労働関係の各関係者らがともに認める共通の価値観も形成されていない。労働立法、法律解釈、監督・執行、制裁・救済が一つの完結したプロセスであるというならば、中国では、このプロセスは断裂しており、そしてこのプロセスの進行に携わる人材のストックもかなり不足している。
市民社会が形成されないまま社会主義となって建前上「労働者の国」であったはずが、改革・開放で急激に資本主義化したため、労働法のインフラ整備が追いついていっていなかったという状態でしょうか。社会主義のはずの中国の労働実態が先進国のネオリベ派の理論的根拠となるという皮肉な状況でしょうか。たしかに、上の描写は、ネオリベ派にとっては愚劣な労働法規制によって拘束されない資本主義のパラダイスということもできるかも知れません。
それが、2008年の労働契約法をはじめとする労働3法施行を期に、労働法律体系が形成され、
>勤勉で責任感のある労働行政側をはじめとする政策集団は、労働法を解釈し、使用者を監督して労働者を救済しようとしている。
>市場経済の進行過程において次第に分断されてきた労資双方は、他方のニーズを確認しつつ、コミュニケーションを通じて共通した価値観、並びに労働関係のルールの形成を試みている。
まあ、どこまで労働実態が変わってきたのかという話は、労働法の動きとはまた別に論ずべきことかも知れませんが、少なくともようやく中国が本格的な「労働法の時代」に足を踏み入れつつあることは確かなようです。
アジア労働法の研究もいよいよ本格的な開花の時代ですね。韓国労働法はいまやいくつかの分野によっては日本労働法の先を行きつつありますが、中国労働法もやがてそういう観点からの研究も出てくるかも知れません。
若い研究者の関心の対象としても、今後重要な分野になってくると思います。
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コメント
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日本も休日平準化の実験->検証のような事を数多くやり、非効率なシステムは 改めていかなければならないです。例えば雇用の硬直化である。これに対しては ドイツのように社員10人以下の企業は解雇自由にするなどの実験->検証 を行ってみるべきでしょう。
(ア) 解雇制限緩和(解雇制限法の改正)
解雇制限対象となる企業の範囲を、従業員6人以上から11人以上に縮小し、
解雇事由も緩和した。
解雇制限法は、従業員6人以上の事業所の勤続6か月以上の労働者の解雇
について適用され、正当事由のない解雇を否定している。すなわち、
(1)緊急の経営上の必要性に基づかないもの、(2)労働者を同一事業所
または同一企業の他の事業所で継続して雇用可能な場合、(3)解雇対象者
の選定が不正な場合等は不当解雇となるとしていた。
こうした厳しい解雇制限があるため、一度雇用すれば雇用関係の終了が
困難となることから、かえって事業主の新規雇用意欲がそがれ、結果として
新規雇用創出がはかどらないという指摘がなされていた。
そこで雇用に果たす中小企業の役割が大きいこと(全雇用の8割を中小企業が
占める)から、中小企業を解雇制限対象から外すことによって、中小企業に
おける新規雇用の促進を図ったものである。
また解雇に際しての人選基準も改正され、人選基準は、労働者の勤続年数、
年齢、扶養家族の3要素のみで足りるものとなった。なお、労働者の
知識・技能等に基づく人選が正当な経営上の利益に合致する場合には上記
の人選基準は適用しないとされた。(従前の法では、解雇対象者の人選に
当たり、各種要素を考慮しなければならないとされていただけであった。)
そして、労使間の事業所協定で解雇の人選基準を定めた場合、経営側に重大
な瑕疵がない限り、裁判所は具体的人選の当不当を判断しないものとされた。
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpyj199701/b0081.html
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091221/plc0912210131000-n1.htm
投稿: 田中 | 2010年1月17日 (日) 19時29分