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2010年1月 6日 (水)

日本学術会議大学と職業の接続検討分科会議事要旨その1

わたくしが昨年の6月から日本学術会議大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会大学と職業との接続検討分科会に参加させていただいていることは、本ブログでも何回かお話しして参りましたが、その議事要旨がそろそろ公開され始めました。今のところ、第1回と第2回のものだけですが、もうすぐ第3回と第4回の議事要旨も公開される予定です。

わたくしは第2回は欠席したので、今回は第1回の議事要旨にだけ出ています。この議事要旨は、委員長を除き個々の委員の名前は「○」と匿名になっていますが、中身を見れば、誰が喋ったことか大体判るようになっています(笑)。

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-youshi01.pdf

第1回目は委員から一言ずつということで、わたくしは、

>○ 正直気が重い感じがしている。というのは、教育問題は世間で議論される時にはある種きれいごととして、教育問題は教育問題だけで完結しているように議論がされてしまっている。それはそれで大変美しいが、教育の枠を一歩出ると何も相手にされないという傾向が強いのではないか。一般的な考え方をすると、社会システムは相互依存的、相互補完的な関係にある。教育は今の日本の雇用システムを前提として、それに合うように3世代にわたって構築されてきている。逆に言うと、そのように教育システムが構築されてきたことによって、企業の方もそれに合うように雇用システムを作り上げてきた。お互いに依存し合っているので、ある部分だけを取り出して、「この部分はけしからん、だからこの部分だけこのように変えよう」といっても、それで物事が動くはずがない。日本の雇用システムは基本的にjob ではなくて、会社の一員になるということである。会社の一員というのは、会社がこれをやれと言ったことを必死の努力をしてやる、ということが最大の課題である。大学で何を勉強したか、ということよりも、何を言われてもそれをやりぬくだけの素材であることが必要である。それは何で分かるかというと、広い意味で人間力、地頭の良さというのは、ある部分は大学で4 年生の時に何を勉強したかではなくて、4 年前に入試でどれだけ点を取ったか、ということである。しかし個々のことだけ取り出していいとか悪いとか言っても意味がない。逆に言うとこれは連立方程式を解くようなもので、同時に解が出ない。しかし、複数の式を同時に解こうということはある意味革命を起こすようなもので、戦後の激動期でもなければそんなにすぐにできるはずがない。
同じような話は福祉システムと雇用システムにも起こっている。雇用システムが中高年まで生活を保証するという仕組みがあったために、社会保障の方は年金を一生懸命にやっていればよく、現役世代をあまり相手にしなくてよかった。これが今問題になっている。これも一気に解決するのはできない。
できるのはパッチワーク的に問題の起こっているところに膏薬を張るような方法で、それを少しずつ広げていくしかない。場合によっては最終的に望ましい姿に向かうのとは違うベクトルのことをやらなければならないこともたくさん出てくると思う。それで最初に申し上げた気が重い話ということになる。どちらかというとここにいる研究者の方は学生を育てる立場の人が多いので、そう簡単に何かを言えないのだろうと思うが、就活のシステムを問題にした時に、就活のところだけが問題だからといって、それをけしからんと言って何か解決するだろうか。自分が企業の人事採用者になった時にそのことで対応できるのか。これから40 年間自分の企業のために頑張ってくれる人を何で評価するのか、といった時に、4 年生で先生のゼミに全部出た人間ということだけをもって社会に出てやっていけるのかといったら、それはできるはずがない。その中で一つでも二つでもできることがあるとすれば、それは教育システムそのものの中に何か、ある種の職業に向けた指向性を注入していくことでしかないのではないか。私は基本的には学者ではなく、労働省の役人をやってきた。欧米では教育という言葉と訓練という言葉はほとんど同じ意味を持つ。日本では異なり、教育というのはアカデミックですばらしいこと、訓練というのはあまりレベルの高くない、低いところでやっている、という社会的な意味がある。実はそのところの議論までやらなければ、就活のところだけ議論していても意味がないのではないか。

この最後のところについては、4回目の時に矢野先生との間で激論(?)になっています。乞うご期待。

それはさておき、発言者名は匿名になっているのに、私の発言のあとに

>私は社会保障・社会政策を専門にしている。大きなイメージとして、濱口さんにイメージをほとんど話していただいたが、私もほぼ同じ気持ちで、あまり明るい気持ちで参加しているわけではない。・・・

などという発言がそのまま残っていると、匿名にした意味がないような気がしないでもありません。もちろん、わたしは匿名にされる必要もないのですが。

第2回目は私は欠席しましたが、前半は児美川先生のお話と質疑応答が、後半は久本先生のお話と質疑応答が載っていまして、大変参考になります。是非ご一読を。

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-youshi02.pdf

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コメント

>パッチワーク的に問題の起こっているところに膏薬を張るような方法で、それを少しずつ広げていくしかない。

>その中で一つでも二つでもできることがあるとすれば、それは教育システムそのものの中に何か、ある種の職業に向けた指向性を注入していくことでしかないのではないか。

ちょうど本田先生の『教育の職業的意義』を読み、企業の人事部門の人間としてアレコレ考えさせられていたところです。
hamachan先生の仰るとおり、グランドデザインに拘り過ぎずに、出来ることから一つひとつ手を着けていくことなのでしょう。
雇用システムの現場にいる者として、この種の意識を持ち続けることが求められると思っております。

この4半世紀ほどで4年制大学がどれだけ増えているか、といった基本的な問題もありますね。少子化のはずが大学の数は増えている。新卒の採用数は増えていても新卒の採用率が低くなるのは分母の大きさの問題で、大学行政の責任は重大ですね。

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