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攝津正さんの書評その3:よくわからない点

攝津正さんの拙著『新しい労働社会』の書評の「その3」がアップされました。

http://book.geocities.jp/tadashisettsusougou/roudousyakai3.html

攝津さんは

http://d.hatena.ne.jp/femmelets/20100103#1262493182

>ちと苦労して書いたが内容はつまらない。念のために言うと、著者の議論がつまらないという意味ではなく、僕の批評が面白くないという意味である。

と謙遜されていますが、いや何を仰いますか、たいへん興味深い突っ込みになっています。

攝津さんは冒頭、

>僕によくわからない点があることを明記しておきたい。それはホワイトカラーエグゼンプションの問題と日雇い派遣の問題である。労働運動の論理、その常識からいえば、ホワイトカラーエグゼンプションには無条件で反対、日雇い派遣原則禁止ということだと思うのだが、著者は若干異なった見解を抱いているように思える。その真意を読み解きたい。

と言われ、具体的に次のように疑問を呈されます。

まずホワイトカラーエグゼンプションについてですが、

>お金の問題でなく時間の問題だというなら、在社時間・拘束時間を管理し、他方時間外手当は適用除外にする、という議論が経営側の立論としてあり得、それに対する労働側の反論は困難という理解でいいのだろうか?
 濱口は一貫して、残業代ゼロ法案というフレームアップを疑義に付しており、真に重要なのはいのちを守る時間の問題、時間の規制なのだという考え方を示している(ように僕には読める)。だとすれば、一定程度高給の人の時間外手当は適用除外という議論もあり得るのではないだろうか。この辺りが、よく分からない。

実は、ここは攝津さんの疑問の趣旨がよく理解できませんでした。

わたしはまさに、物理的な労働時間の規制がきちんとされるならば「一定程度高給の人の時間外手当は適用除外という議論もあり得る」と論じてきているので、「この辺りが、よく分からない」というのがよく分からないというところです。

ただ、おそらくこうなのではないか、というところを腑分けしてみると、「濱口は一貫して、残業代ゼロ法案というフレームアップを疑義に付しており」というところにボタンの掛け違いがあったのかも知れません。

ここはたいへんねじれているのですが、もともと残業代規制しかないアメリカ由来のホワイトカラーエグゼンプションとは残業代ゼロ法案であり、それは(労使合意がある限り)別に命と健康の問題ではない以上、「無条件で反対」すべきものではないというのが出発点です。

ところが、規制改革会議などがこれを正直に残業代ゼロ法案だと言わずに仕事と生活の両立だの自由な働き方だのとお為ごかしをいって、物理的労働時間自体の適用除外という命と健康の問題として論ずべきものにしてしまい、それで通そうとした挙げ句に、残業代こそが問題だと思いこんでいマスコミから残業代ゼロ法案だからけしからんというまことにひっくり返った批判を受けて沈没してしまったわけで、拙著のこの部分は、そういうさまざまな関係者のねじけた議論の有り様を批判するものになっているため、いかにも分かりにくいものになってしまったということなのではないかと思われます。

もう一つの派遣関係は、多くの方々から批判をいただいた点です。

>僕は著者の意見は合理的だと思う。ただ、運動の論理は一致団結のために時に単純化を必要とするから、著者の論理と違うからといって直ちに間違いとは言えないとは思うのだが。例えば、朝日新聞の偽装請負告発キャンペーンやホワイトカラーエグゼンプション反対運動の論理に幾らかの無理があったとしても、それは運動としては言わねばならぬ言葉であり、いわば必要悪であったと思う。

攝津さんはよく分かっておられると思います。わたしも、その文脈では同じように言います。実際、先日本ブログでも引用した湯浅誠氏の議論はまさにそういう趣旨のものであり、わたくしはそういうものとして評価しています。薄っぺらな派遣規制反対論では、派遣労働をまっとうなものにしていくだけの効果は期待できません。

しかし、拙著が読まれてほしい人々は、そういう運動論的な単純化による必要悪が分かった上で、その必要悪によって脳天気な無規制労働市場賛美論を押さえ込んだ上で、本当に重要なことは何であるのかをきちんと考えてほしい人々でもあるのです。

運動論的な単純化であると分かった人が分かった上で言っていることであっても、その単純化した部分だけが世の中に広がってしまうと、やはりその先に進める上でまずい面があります。

このあたりはどこまでを戦略論と考え、どこまでを戦術論と考えるかという問題ですね。

(追記)

まあ、しかし考えてみると、世の中にはびこる派遣禁止反対論のレベルがあまりにも低すぎるので、今はまだまだ「必要悪」が「悪」以前に「必要」な時期なのかも知れません。

前にも書いた気がしますが、わたしがあれだけきちんと制度の源流にさかのぼってさまざまな問題を腑分けして単純な派遣事業禁止論には問題があり、派遣労働者のための適切な労働条件規制が必要であると論じてみても、マスコミの人々すらそんなことにはほとんど無関心で、わたしが派遣禁止論に反対であるという事だけを理由に、どこぞの低能学者よろしく「低賃金劣悪な労働条件の派遣を禁止したら製造業は外国に逃げるぞオ」論を書いてくれとか依頼してくるくらいですから、現在の日本に必要なのはまずは「必要悪」の方なのだろうなあ、といささかの諦念とともに嘆息を漏らすしかないのかも知れませんね。

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コメント

>わたしが派遣禁止論に反対であるという事だけを理由に、どこぞの低能学者よろしく「低賃金劣悪な労働条件の派遣を禁止したら製造業は外国に逃げるぞオ」論を書いてくれとか依頼してくる

だいたいどのあたりからの依頼なのか想像はつきますが、しかしすごいですね。今年もまた「引き下げデモクラシー」を扇動するマスメディアの情報が氾濫するんでしょうか。先日ようやく「内需を中心とする「需要創造型経済」は、雇用によって支えられる」という当たり前のことが政府レベルで再確認されましたが、2010年代はこうした当たり前のことの再確認からスタートして、どこまでいけるか、ということになりそうですね。

投稿: haruto | 2010年1月 4日 (月) 12時25分

10年前「新自由主義」や「グローバリゼーション」という現象を自分たちの社会に浸透してきた批判的な課題として捉えようとしたとき、専門家の方々以外にはほとんど誰にも問題として伝わりませんでした(農民団体、労働組合、学生団体etc)。それは研究対象であっても運動対象ではありませんでした。
7年前「非典型雇用」「臨時雇用」現象を同じく課題として捉えようとしたときもほぼ同様の状況でした。
一番歯がゆかったのは理解してほしい「左翼」に理解されなかったことでした。
自分自身の勉強不足、伝え方の問題もあったのですが、周囲の勉強不足と問題意識には愕然としたものです。
勉強だけで運動は強化されないのですが・・・。
一方、専門家ではない者が問題化する場合、往々にして正確な知識を取得することが困難となり、解決方法が主観的、観念的になることがあります。左派にはよくある現象ですが・・・。
なので専門家と現場の意見交換というのが大切になるわけですが、以前は蛸壺化している状況でしたのでそれも困難でした。
しかし、インターネットの普及がそれを変化させているかもしれません。
以上の文脈(経験)から、hamachanさんが摂津さんの批評を取り上げたことの意味はとてつもなく深いものがあると思います。
非正規雇用問題は論点整理、論点提出の時期から制度の改変と具体的な政策の提出といった段階へと移行しています。世論ももう問題提起には慣れてしまった感があります。これまで各種運動団体と専門家諸氏が努力されてきたことが一定の実を結んだ結果ともいえます。
このなかでhamachan先生の「新しい労働社会」は労働者の権利を擁護する側が議論を行う際にあたっての共通のテキストになる本だと思います。また、労使協調が使用者にとっても利益となることを理解し、労働者と協調を行う意思を有する使用者にとっても必読だと思います(日本には比較的まだ多数おられると思います)。
先生も歯がゆい気持ちで一杯でしょうが、でも確実に状況の推移には対応していると思います。
もっとたくさんの方々と平場で議論出来る機会を増やすことで確実に次の段階へと運動総体を移行させることが出来ると考えています。
私も「産業民主主義」を学習し、自分なりに現実社会でその理念をどう実現していくかを検討していこうと思っています。
そして先生のような方がフリーター全般労働組合周辺と関係を持つことは、非常に煩わしい諸事情もあるかもしれませんが、総体としてみると大変有意義であると僭越ながら考えます。
今後ともご活躍を期待しております。
またブログも楽しみに拝見させていただきます。
心身ともにご苦労されていると思いますが、もう一歩頑張ってください。陰ながら応援させていただきます。長文失礼しました。

赤いたぬき(一日本共産党員)

投稿: 赤いたぬき | 2010年1月 4日 (月) 15時14分

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